未来への進撃   作:pezo

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日もすっかり落ち、周囲はすっかりと夜の空気に満ちていた。演台のある演習場では、松明の火がそこらで炊き上げられている。

 

 

真っ暗な夜の底で、橙色の炎が揺れている。まるで、世界の輪郭もあやふやになるようで、イリヤは少し不安な心持ちになった。

 

 

被験体である巨人二体の殺害の件はまだ解決していない。だが、訓練兵が所属兵団を選択するその式は、通常通り行なわれることとなった。

 

 

 

「イリヤ。地図、持ってきてくれる?」

 

 

「はい。ペトラさん」

 

 

 

エレンを引き連れて、特別作戦班もその式の準備に忙しい。イリヤは資材の中から大きな地図を取り出して、特別作戦班の紅一点であるペトラに手渡した。

 

 

あたりでは他の兵士たちも一様に忙しそうに準備をしている。

 

 

兵団勧誘式は、今年もまた調査兵団が一番最初に行なう。イリヤがここでエルヴィン団長の演説を聞き、心臓を捧げたのはもう一年も前のことだ。

 

 

あの頃、共に心臓を捧げた同期たちは、もう誰一人残っていなかった。近年稀に見る、生存率の低さだった。多くの同期は、初陣で命を落とした。その後生き残った奴らも、この一年の間にあっという間にいなくなった。

 

 

 

最後に残っていたのは、イリヤとクルト。

 

 

クルト・ウェルナーだった。

 

 

 

数ヶ月前、共に壁外に取り残されたものの、リヴァイ兵長やクシェル副官の指示のもと、なんとか生き延びた奇跡は未だに記憶に新しい。

 

 

彼は、兵団の情報を漏洩させた罪で拘留され、そして逃亡してしまった。もうあれも、トロスト区攻防の前のことだ。

 

 

 

「イリヤ」

 

 

 

呼ぶ声に振り向けば、そのクルトを拘束した上官の一人、リヴァイ兵長が立っていた。

 

 

 

「お前はエレンと舞台袖にいろ。訓練兵には姿を見せるな。お前は死んだことになってるからな」

 

 

「あ、はい。承知しました」

 

 

最近、他兵団の兵士のいる場では常に緑の外套のフードを被せられている。もともと他兵団に知り合いも少ないからか、それほど行動を制限されているわけではないが、こういうとき、自分の戸籍の状態に胸が痛む。

 

 

父のいる屋敷には、自分がトロスト区で行方不明になった報せは、もう届いているのだろうか。

 

 

 

「リヴァイ兵長。もう始まります。あなたもこちらへ」

 

 

 

クシェル副官の声に、リヴァイ兵長がひとつ頷いて舞台の脇へと歩を進めた。彼らが視線を合わせて頷き合う。

 

 

ペトラは彼らが仕事以外でほとんど会話することがないと言っていたが、本当のところはどうなのだろう、とイリヤは無粋にも思った。リヴァイ兵長やクシェル副官に家族がいる話は聞いたことがない。彼らが他の上官のように、故郷へ帰省する様子は今まで一度も見たことがない。リヴァイ兵長が休みの日は、兵舎の隅から隅を思う存分掃除して回るのは有名にすぎる。クシェル副官にいたっては、その休日やプライベートなど、ほとんど謎である。休みをとっているのかどうかも怪しい。

 

 

彼らもまた、こんな風に兵団選択を行なったのだろうか。

 

 

なぜ、彼らは調査兵団を選んだのだろうか。

 

 

舞台の前に、訓練兵たちが並ぶ。まだ線の細い者が多い。そんな少年兵たちの姿を、炎の色だけが染めている。

 

 

 

「エルヴィン団長。そろそろです。お願いします」

 

 

「ああ」

 

 

 

クシェル副官が団長の脇でささやいた。彼女の持つ演説用の原稿を断り、エルヴィン団長は手ぶらのままに舞台中央へと歩いていった。

 

 

彼の演説は聞く者の心を揺さぶる。それは悪い意味でも良い意味でも。イリヤにすれば、他兵団の誰よりも彼の演説は素晴らしいものだと思う。

 

 

地獄を見た104期生だが、エルヴィン団長の演説を聞けば、その意思を揺さぶられて調査兵団に入団する者も出てくるだろう。そう、イリヤは疑いなく思っていた。

 

 

 

しかし。

 

 

 

当のエルヴィン団長が話したことは、勧誘というよりも、脅しに近いような内容であった。

 

 

 

「トロスト区の扉が使えなくなった今、東のカラネス区から遠回りするしかなくなった。4年かけて作った大部隊の行路もすべてが無駄になったのだ」

 

 

 

恐ろしいほどの沈黙が、演習場に満ちている。訓練兵は、さすがしっかり躾けられており、どの者も身じろぎひとつせずにエルヴィン団長の言葉ひとつひとつに耳を傾けている。

 

 

 

「その4年間で調査兵団の6割以上が死んだ。4年で6割だ。正気の沙汰でない数字だ」

 

 

 

イリヤの隣で、ペトラが地図を片手に顔を伏せた。確か、先日のトロスト区攻防の際の遠征では、特別作戦班の一人が死亡していたはずだ。

 

 

 

4年で6割。

 

 

 

実際に兵団に身を置いていれば、もっと多い気もする。

 

 

日々、イリヤたちは別れの連続に身を置いている。

 

 

その事実を聞かされた新兵たちは、動揺を隠しきれないようで、かすかにざわめきが生じていた。それでも、エルヴィン団長は隠さずその過酷さを告げることをやめようとしなかった。

 

 

 

「今期の新兵にも一ヶ月後の壁外調査に参加してもらうが、死亡する確率は3割といったところか。四年後には殆どが死ぬだろう。しかし、それを越えた者が生存率の高い優秀な兵士となってゆくのだ」

 

 

 

もはや演説などではない。これは、ただの恐怖を煽るための脅しだ。

 

 

 

「この惨状を知った上で、自分の命を賭してもやるという者はこの場に残ってくれ……。……自分に聞いてみてくれ。人類のために心臓を捧げることができるのかを」

 

 

 

訓練兵たちが壮絶さに絶句しているのが舞台袖にいるイリヤにもはっきりとわかった。エルヴィン団長は、全く感情をあらわにしない厳格な表情のまま「以上だ。他の兵団の志願者は解散したまえ」と号令した。

 

 

 

「団長、必要以上に脅しすぎではありませんか?一人も残りませんよ」

 

 

 

団長付きの副官のひとりである男性兵士が、たまらず声を上げる。全くもっともだ、とイリヤも無意識に頷いたが、隣にいる女性副官、クシェルは何も言わずに黙したままであった。

 

 

 

「クシェル副官。団長は一体何を考えているんですか?こんなことしたら、残る者はほとんどいませんよ……」

 

 

 

ただでさえ、調査兵団なんて人気がないのに。イリヤの問いに、クシェル副官が振り向いた。その表情が、いつもより少しだけ悲しそうに見えたのは、気のせいだろうか。

 

 

 

「エルヴィン団長の言うことは嘘偽りない事実でしょ?」

 

 

「でも……そんなことしたら、新兵が……」

 

 

「イリヤ」

 

 

 

彼女が、イリヤの肩に腕を回して、高い位置にある彼の頭を下げさせてそっと耳打ちした。

 

 

 

「よく見ていて。あれがエルヴィン・スミスだ。見せかけの希望で夢をちらつかせるような真似はしない。彼は、いつでもどんな人間にでも自分で「選ぶ」ことを優先させる人間だ」

 

 

「はい?」

 

 

「見せかけだけの判断で団長への評価を決めてはいけない」

 

 

 

耳に直接語りかけられたその言葉に、イリヤはぎくりと肩を強張らせた。クシェルの真っ黒な瞳が、肌に触れそうな距離で彼の瞳を覗き込んでいる。

 

 

自分の中にある、エルヴィン団長への不信感を見抜かれたような気がして、冷や汗がにじんだ。

 

 

 

「少し残ったようだな」

 

 

 

呟いたのは、クシェルの向こう側に並んで立っていたリヴァイ兵長であった。ふと見れば、演習場には二十名ほどの訓練兵が残っていた。常より少ないが、思った以上の多さに、瞠目していれば、クシェルはイリヤをつかんでいた手をようやく解放させた。

 

 

松明の火が爆ぜる音に混じって、すすり泣く声が聞こえる。抑え込むような嗚咽もわずかに漏れている。

 

 

その訓練兵たちの姿は、まさに命を賭した選択をしたツワモノたちのものだった。

 

 

 

「君達は、死ねと言われたら死ねるのか」

 

 

「死にたくありません!!」

 

 

恐怖に怯えた声が答える。

 

 

 

イリヤは息をのんだ。皆、泣きながら、歯を食いしばりながらその場に立っていた。その光景は、一年前にはなかったほど壮絶さと悲壮さを極めていた。

 

 

 

「そうか……皆……良い表情だ」

 

 

 

 

 

「では今!ここにいる者を新たな調査兵団として迎え入れる!これが本物の敬礼だ!心臓を捧げよ!!」

 

 

「ハッ!」

 

 

 

 

誰も、調査兵団の者たちは声をあげなかった。トロスト区での地獄を既に経験しながら、その場に残った新たな調査兵たちに、それぞれの思いを抱きながら静かに見守るのみであった。

 

 

 

「よく恐怖に耐えてくれた……君達は勇敢な兵士だ。心より尊敬する」

 

 

 

団長の声が、夜の底に響いて、勧誘式は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「お前の同期は今、何人残ってるんだ」

 

 

 

そうエレンが聞いてきたのは、古城の地下室へと戻ってきたときだった。エレンの就寝の部屋は地下にある。クシェル副官と打ち合わせがあると言うリヴァイ兵長の代わりに、イリヤが彼を地下にある牢へと送っていた時だった。

 

 

 

エレンがベッドに腰を下ろすのを確認して、牢の鍵を片手に背をむけたとき、ずっと黙していたエレンが言ったのだ。

 

 

 

「何だよ。さっきの勧誘式で同期が恋しくなったか」

 

 

「そ、そんなんじゃ!」

 

 

 

ちゃかせば反射的にその反抗的な後輩は顔を上げたが、すぐに気弱に顔を俯かせた。

 

 

 

「……いや、そうだな。その通りだ。あいつらが、入団してくれて嬉しい反面……」

 

 

「怖いのか」

 

 

 

問えば、その細い肩がびくりと震えて、イリヤはため息をついてエレンに向き直った。

 

 

 

「俺にはこの力をどう使えばいいかまだわからん。なのにまた、あの時みたいに俺を守るために誰かが死ぬんじゃないかって……。もしかしたらそれは、あいつらなんじゃないかって思うと……」

 

 

「…………」

 

 

「お前言ったよな。お前のその力は意味もまだわからないって。俺にとってもそうだ。この巨人の力は……」

 

 

「巨人を駆逐するためだろ?」

 

 

「だけど、」

 

 

「俺の同期はもういない。ほとんど死んだよ」

 

 

 

最初の問いかけの答えを返せば、エレンが弾かれたように顔を上げた。大きな瞳が、さらに見開かれて大きくなって、放っておけばぼろりと落ちそうだな、とイリヤは頭の隅で思った。

 

 

 

「そんなもんだよ。調査兵団ってとこは。別に、お前を守ろうが守るまいが、皆んないずれ死ぬ」

 

 

「そ、そんな……」

 

 

「何だよ。お前知らないわけじゃないだろ。違うか?」

 

 

「……いや、違わない……」

 

 

 

イリヤのもつランタンの炎が揺れて、エレンの姿もぐらりと揺れて見えた。光に透かし見れば、顔が青くなっているようだった。イリヤはため息をついて、踵を返した。

 

 

 

「もう遅い。休め。あまり考えるな。お前はやれることだけやってればいいんだ。それしかないだろ」

 

 

「イリヤ」

 

 

「なんだよ、まだ何か、」

 

 

「お前は、どうして目的もないのに死にに行けるんだ」

 

 

「は?」

 

 

 

振り返った先に、まるで獣のような獰猛な瞳があって、イリヤは思わず言葉を失った。先ほどまで、まるで弱りきったウジ虫のような顔をしていたガキが、今はどうだ。その代わりように、イリヤは思わず目を奪われた。

 

 

 

「前言ってたよな。調査兵団にいる理由は特にないって。でもこの兵団にいる人は皆んな何か目的がある。リヴァイ班の先輩も、あのハンジさんも。……きっとリヴァイ兵長だって……。そうでなきゃやってられねえだろ?どうしてお前は、理由もないのに巨人のいる壁外に出れるんだよ」

 

 

「…………そんなの、知るかよ。ここしかいる場所がないから、そうしてるだけだろ。別に、死ぬかもしれないのはどこにいても同じじゃねえか」

 

 

 

イリヤは胸の底に、つかえのようなものを感じながらも、エレンのその視線から逃げるように、身を翻して牢を出た。

 

 

 

まるで逃げるように階段を駆け上がり、石造りの廊下を走って、一番近い戸口から外に躍り出た。

 

 

 

ひやりと、初秋の心地よく冷たい風が、頬を撫ぜた。ランタンの炎が乏しくなるほど、やけに庭の草木が明るいと思って見上げれば、空にはほとんど満ちようとしている大きな月が浮かんでいた。その冴えた白い光に、ようやくイリヤは自分の息が上がっていることに気づいた。

 

 

 

「……はっ、情けねぇ」

 

 

 

柄にもなく、動揺したのか。

 

 

 

ランタンの炎を消して、思わずその場にうずくまりながら、己の不甲斐なさに失笑がこぼれた。

 

 

 

――何のために。

 

 

 

イリヤが調査兵団にいる理由など特にない。それは、単に屋敷から最も遠い場所が調査兵団だった。それだけのことだった。

 

 

屋敷にいたくない理由など、大人を自称するイリヤにとっては、もうどうでもいいことのはずだった。それなのに、理由を聞かれれば未だにこうして動揺する。そんな自分が情けなくて、頭を抱えながら笑いをこぼした。

 

 

 

脳裏に、母の姿が浮かぶ。

 

 

 

巨人の拳から自分を守って死んでくれた母親。もう、ほとんど記憶も薄れてしまっているにもかかわらず、彼女が死んだあの光景だけは今でもはっきりと思い浮かぶ。

 

 

 

「イリヤ」

 

 

 

不意にかけられた声に、イリヤは顔を上げて勢いよく立ち上がった。

 

 

風はいつものように穏やかにそよいでいる。月の光の底にある中庭では、いつもと変わらず、草木や井戸などが静かに佇んでいる。

 

 

そんな静かな夜に、もう一度自分を呼ぶ声がこだまして、イリヤは思わず体を強張らせた。

 

それは、ここにはいないはずの人物の声だった。

 

 

 

「お前、どこにいるんだ……。おい、なんで、」

 

 

「ごめん。驚かせて」

 

 

 

声の主が、井戸の影から姿を現した。

 

 

それは、数ヶ月前、兵団を脱退したはずの彼の同期、クルト・ウェルナーだった。

 

 

 

「どうして……お前、今までどこ行ってたんだよ、あれから」

 

 

「ごめん。今はまだ話せないんだ。それよりイリヤ。俺と来て欲しい」

 

 

「はぁ!?」

 

 

 

思わず声を荒げたイリヤに、クルトはしぃっと人差し指を立ててあたりを見渡した。そうだ。彼は今、兵団を逃亡した兵士。リヴァイ兵長やクシェル副官に見つかればタダではすまない。そう気づいて、イリヤは口を己の手で塞ぎながら問うた。

 

 

 

「来て欲しいって……。どこにだよ」

 

 

「それもまだ言えない。でも、きっとここよりマシなところだ。ここにいたらお前、近々死ぬだろ?」

 

 

「……っ!いや、そうと決まったわけでは」

 

 

「エレン・イェーガーの件は俺も知ってる。今回はそのエレンを伴っての遠征だろ?あのエルヴィン団長だ。またよくわからん作戦をして、兵士が大勢死ぬに決まってる」

 

 

「いや、しかし今回は俺は団長の副官の班だし、まさか死亡率の高い場所に配置されることはないと思うし……」

 

 

「何言ってる。次生き残っても、その次があるかどうかわからないだろ?なあ、イリヤ。お前のそれは、不死身ってわけじゃないんだ。死ぬことだってあるんだよ」

 

 

 

イリヤの両腕を握って、クルトが必死の形相で言った。

 

調査兵団に所属していた頃から、クルトには臆病なところがあった。エルヴィン団長の指示が理解できず、不信感を募らせていたのも同期の中では一番であった。そんな彼が、今、何と言ったか。

 

 

 

「……クルト。お前、何か知ってるのか。俺の、この……」

 

 

「知ってる」

 

 

 

強く頷いたクルトの顔は、イリヤが知っている臆病なだけの同期ではなかった。どこか強い意思が、その双眸に光っていた。

 

 

 

「エルヴィン団長やリヴァイ兵長のことだ。お前のその能力とここにいるところから見て、エレンの護衛につかせるためなんだろ?お前、そんなことしてたら真っ先に死ぬぞ」

 

 

「何を、お前、何を言って……」

 

 

「お前死にたくなんかないって言ってたじゃないか!俺と一緒に来い!そうしたら死ぬ可能性は低くなる。俺はお前をこんなところで無意味に死なせたくないんだ。だから、」

 

 

 

突然、クルトがはっとしたようにあたりを見渡し、声を潜めて早口で言った。

 

 

 

「いいな。明日の夜、二○○○に本部の近くの内門付近で待ってる。死にたくなかったら……必ず来てくれ。くれぐれもバレないように……特に、あの女には気をつけろよ」

 

 

「は?あの女?」

 

 

「クシェル副官だ」

 

 

 

それだけ囁いて、クルトはあっという間に中庭を抜けて姿を消してしまった。あっという間の邂逅に、イリヤが言葉を失って呆けていると、中庭に続く木戸が開けられて、中からリヴァイ兵長が顔を出した。

 

 

 

「おい、イリヤ。そんなところで何してる」

 

 

「……リヴァイ兵長」

 

 

「?どうした。何かあったのか」

 

 

相変わらずの厳しい表情はそのままに、リヴァイ兵長が中庭へとおもむろに出てきた。夜も更けているからか、兵団服ではあるものの、ベルトを外し、上着も、首元のクラバットもしていない軽装だった。

 

 

 

「イリヤ?」

 

 

 

リヴァイ兵長は、イリヤが今まで出会ってきた人間のなかで最も人相が悪い。まるで人殺しでもしてきたのかというような鋭い目つきに、万年寝不足という哀れな体質が表れているひどい隈。小柄で身体の筋肉もそう大きくないのに、にじみ出ている圧迫感。そして、何よりその口を開けば出てくる粗暴の悪い言葉たち。

 

 

部下思いの上官だとは聞いていたが、何よりその風貌と、訓練時における厳しい態度から、どうしても憧れと同時に畏怖の念を抱いていたのも否定できない。

 

 

だが、クシェルの班に配属されて、その見た目に反して、彼の心根が決して畏怖の対象となるものではないということが、イリヤにも何となくわかってきていた。

 

 

 

「オイ。何ぼうっと突っ立ってやがる。情けねえ面さらしてんじゃねえぞ」

 

 

 

ツカツカと近づくその人が、咎めるためではなく、自分を気遣うためにそこにいるのだと、それがわかるくらいには、イリヤはリヴァイ兵長のことを理解できるようになっていた。

 

 

 

「オイ」

 

 

 

呼ばれて、はと気づいてその上官を見下ろせば、彼は今まで見たことのないような、微妙な顔つきをして自分を見上げていた。

 

 

 

「イリヤ。何を泣いてる」

 

 

「え?」

 

 

 

アイスブルーの三白眼が、困ったように細められたのを見て、イリヤはようやく自分の頬を濡らすものに気づいた。

 

 

両の目からぼたぼたと落ちる涙に、イリヤはこの夜、わけもわからないまま嗚咽をもらした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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