未来への進撃   作:pezo

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「エレン!どういうことだ!?なぜ今許可もなくやった!?答えろ!!」

 

 

「答えろよエレン!!どういうつもりだ!!」

 

 

 

突然の爆発音のあとに広がった蒸気が薄らぐより前に、いち早く反応したのは特別作戦班の班員たちだった。

 

赤い筋がむき出しになった巨大な拳が、鼻孔をつくような異臭を放っている。それを取り囲むようにして、特別作戦班の面々は刃を両手に臨戦態勢に入っていた。

 

 

「リヴァイ!下がれ!」

 

 

耳元で怒鳴ったその声に、イリヤはようやく声の主――エーミールが自分の半身を支えてくれていたことに気付いた。

 

そして次に、自分の腕の中にあるものに、目を奪われた。

 

 

「お、おかあさ、ん」

 

 

長いブロンドの髪に、使用人の黒い洋服。その色彩が、大量の真紅に塗り上げられていた。まるで絵の具でもまき散らしたかのように、その赤い血が己の身体にも滲んでいる。

 

 

黄金色と黒、そして鮮明な赤の色彩のコントラストに、頭の奥がぐらりと揺れるような、不確かな感覚に襲われる。

 

見れば己の右足がつぶれて、肉片が草に絡んで跡形もなくなっていた。

 

 

巨人の拳が、ブロンドの母と己の足をつぶしたのだ。

 

そう悟って、巨悪の根源を見据える。

 

 

 

目の前で異臭を放つ皮膚のない巨大な手の上。そこに、手の持ち主がいた。

 

 

色素の薄いその髪色には幼いころから見覚えがある。あいつは、

 

 

「ウーリ!!」

 

 

 

 

「イリヤ?」

 

 

拳の持ち主の名を呼んだ瞬間、腕の中でつぶれていたはずの、赤に染まった人間が顔を上げて自分を呼んだ。

 

 

「兵長!エレンから離れてください!近すぎます!」

 

「いいや。離れるべきはお前らだ。下がれ」

 

 

特別作戦班とリヴァイ兵長の緊迫したやりとりが、やけにはっきりとイリヤの耳を打った。頭の上から冷水でも被せられたような心地に襲われ、イリヤの意識は鮮明に現実へと戻される。先ほどまで右足から身体全体を切り裂くように襲っていた痛みも、いつの間にか消えている。

 

つぶれていたはずの右足は、無傷のまま兵団用のブーツに包まれていた。

 

 

「リヴァイ!離れろ!」

 

「エーミール。お前も落ち着け」

 

「エーミール!下がって!!兵長の指示に従え!」

 

 

腕の中からするりと抜けて立ち上がって男の名を呼んだのは、黒髪の短い髪の女だった。その背中には、自由を象る双翼が躍っている。先ほどまで腕の中で息絶えていた長いブロンドの髪の女ではなかった。

 

 

「あんたは下がっててください!ケガしてるのに!」

 

「下がるのはあんただ、エーミール」

 

 

黒髪の女、クシェル班長と、その部下エーミールの攻防の向こうでは、特別作戦班の面々が、巨大な拳に刃を抜いている。その拳を守るように彼らと相対するのは、リヴァイ兵長である。

 

 

「エレン!」

 

「ちょっと……」

 

「エレン!!答えろ!お前は人類にとっての――」

 

「ちょっと!!黙っててくださいよ!!」

 

 

拳の持ち主のその悲痛な叫びに、イリヤは耳を疑った。

 

 

 

「エレン……?」

 

 

 

先ほど見た、色素の薄い髪の老人ではない。それは、困惑の中にも深い攻撃性を孕んだ少年だった。

 

 

当然である。

 

 

 

ここは、兵団の演習場で、今はエレンの巨人化実験を終えたところなのだ。イリヤが見たのは、イリヤが幼いころから憑りつかれている、妄想そのものだった。稀に夢に見る、屋敷の主人、ウーリ・レイスと母の、妙な妄想。もしくは悪夢。

 

夢から覚めたような感覚に、イリヤは目を瞬かせた。

 

 

 

「エレぇン!!その腕、触っていいぃぃぃ!?」

 

 

どこからともなく寄生を発しながら登場したハンジ分隊長の熱に、特別作戦班やエーミールの緊迫した警戒心が溶解していく。それをを肌で感じながら、イリヤは立ち上がった。

 

己の身体に滲んでいた血もどこにもついていない。それこそまるで、夢幻のように、一滴の赤も残すことなく消えていた。

 

 

「イリヤ?」

 

 

黒髪の上官が、ひとり己の両手を見つめているイリヤを訝しみ、声をかけた。

 

リヴァイ兵長に殴られたという彼女の左頬が痛々しく腫れ上がっている。その無残な顔を見ながら、イリヤは幼いころに亡くなった母を思い出した。

 

 

彼女の両手が、赤く火傷でただれている。

 

 

ようやく、イリヤはその母の面影とは到底似てもいない女が、自分をかばってくれたのだと悟った。

 

 

エレンの右腕が巨人化した際、最も近くにいたイリヤを守るために。

 

それは、母の死に際の状況と、酷似していた。

 

 

 

******

 

 

 

 

「実際に敵意を向けられるまで、気付きませんでした……。あそこまで自分は信用されてなかったとは……」

 

 

 

膝を抱えて言ったのは、エレンである。古城の地下で、リヴァイ兵長の監視のもと、ハンジ分隊長とクシェル班長の実験結果報告の帰りまで待機していたときである。

 

 

イリヤがその孤独な少年の顔を横目で見れば、巨人化したときの顔色の悪さは幾分マシになっていたが、表情自体は暗鬱としたままだった。

 

 

ハンジ分隊長の計画した巨人化実験は、エレンが巨人化できないという結果で失敗に終わった。

 

 

にもかかわらず、その後の休息時間に突如としてエレンはその右手のみを巨人化させたのである。巨人化に伴う爆風によるケガ人は、エレンの近くにいたイリヤをかばったクシェル班長だけであった。幸い、彼女の負った火傷は、軽傷であったが、エレンの巨人化はそれよりも精神的な禍根を兵士たちに負わせることとなった。

 

 

 

特別作戦班の面々が、エレンに刃を向けたのは、つい数刻前のことである。

 

 

 

 

エレンの呟きに答えたのは、彼をはさんでイリヤの反対側の壁に背を預けていたリヴァイ兵長であった。

 

 

 

「当然だ……。俺はそういう奴らだから選んだ」

 

 

 

暗い古城の地下では、炎の揺らめきだけが視界を照らす唯一の光である。その明かりのもとだと、その上官の表情筋ひとつ動かない顔つきは、まるで人形のように冷え切っているように見えた。

 

 

 

「「生きて帰って初めて一人前」ってのが調査兵団の通説だが……。巨人と対峙すればいつだって情報不足。いくら考えたって何一つわからない状況が多すぎる。ならば努めるべきは迅速な行動と、最悪を想定した非情な決断だ」

 

 

 

兵長が努めるべきとする行動指針の後者は、明らかにイリヤには欠如していた。彼が兵士としての技術的な能力が高かろうと、そこが欠如している以上、特別作戦班へのお声かけはないものと言える。自分が選ばれなかった異動の理由を知り、イリヤの捧げたはずの心臓がちくりと痛んだ。

 

 

 

「……かと言って血も涙も失ったわけでもない。お前に刃を向けることに、何も感じないってわけにはいかんだろう」

 

 

 

仲間を切り捨てるような非情さを持ちつつ、その痛みを抱えもする。そんな兵士を求める兵士長の言葉に、イリヤはぞっと背筋が凍るような心地がした。

 

 

 

それは、まるで兵士長の行なう掃除そのものだったからだ。

 

 

 

埃一つ見逃すまいとする潔癖さは、その精神にまで及んでいるというわけだ。人間としての矮小な弱さを、彼は自分の班員には許すことはないのだろう。

 

 

 

まさに、高潔なまでの在り方だ。

 

 

 

「……イリヤも、皆さんと同じ任務なんですよね?」

 

 

 

不意に話題にのぼった自分の名前に、思わずイリヤはエレンを振り返った。エレンは、兵長を見ている。

 

 

 

「そうだ」

 

 

「…………」

 

 

「それがなんだ」

 

 

 

黙り込んでしまったエレンに、不審に思ったのか、リヴァイ兵長が問う。

 

 

 

「いえ……。エーミールさんは俺に刃を向けましたが、イリヤはそうではなかったので……」

 

 

「そりゃこいつが呆けていたからだろう。お前の一番近くで巨人化の爆発に巻き込まれたんだ。クシェルがかばわなければ、どうなってたかわからんが」

 

 

「ほ、呆けていたわけではありませんよ……」

 

 

 

疑うように眉を曲げてイリヤを見つめたその上官に、「……ちょっと、クシェル班長の行動に驚いただけです……」と苦し紛れにイリヤは言い訳した。あのとき見た幻のことなど、言えるはずもなかった。

 

 

 

「昨日は耳を撃たれたのに、今日はかばわれるなんて……。意味が分かりません」

 

 

「別に深く考えて出した結果の行動じゃない。あいつは命の優先順位をよく分かってる。それだけだ。……職歴も判断力も分隊長クラスのあいつが、エルヴィンの副官でとどまっているのも、そのためだ。あいつは命の優先順位が高いやつを身を挺して守ることができる優秀な副官だ。それこそ、お前をかばったのもほとんど脊髄反射だろうよ」

 

 

「そ、そうですか……」

 

 

 

脊髄反射のように危険に身をさらすことができるならば、それは確かに特別優秀な副官だろう。乾いた笑いをこぼして、イリヤは曖昧に返事をした。相変わらず、彼にはあの班長たる女性も、目の前の人類最強のことも、到底理解できない様だった。

 

 

 

「あれは……、お前の母さんが死んだときに似てたな」

 

 

 

そうしたイリヤの思考は、エレンの突然のその呟きに、制止を余儀なくされた。その言葉の意味が飲みこめず、イリヤはエレンの顔をまじまじと覗き込む。

 

 

 

 

「……は?何言ってんだ?」

 

 

 

 

「いや。だから、お前の母さん、巨人に殺されたんだろ?お前をかばって」

 

 

「………………なんでお前がそれを知ってるんだよ」

 

 

「……お前が、話してくれたんじゃなかったか?」

 

 

「言ってねぇよ。そんな状況まで話すわけないだろ」

 

 

「じゃあなんで俺が知ってるんだよ」

 

 

「いや。だから、」

 

 

 

 

 

「リヴァイ兵長。ハンジ分隊長がお呼びです」

 

 

 

 

イリヤとエレンの食い違う会話を中断させたのは、地下への階段を下りてきたハンジ分隊長の副官、モブリット・バーナーだった。

 

 

 

「わかった。……おい、お前ら。その話は後にしろ。今は任務に集中しろ」

 

 

 

二人の会話を黙って聞いていたリヴァイ兵長が、彼らの疑問にふたをするように言い放った。

 

 

 

兵長の後をついてくエレンの後姿を見た時、イリヤは頭の奥がちくりと微かに痛む気がしたが、わずかな疑問と共に、それを振り払って、彼らの後を追った。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

エレンの想定外の巨人化についての報告から、ハンジ分隊長とクシェル班長が古城へと戻ったのは、もう夜も更けつつある頃合いだった。

 

 

 

いつものようにクソネタで軽妙なやりとりをする兵長と分隊長を横目に、クシェル班長だけは黙したまま、会話に混ざろうとはしなかった。

 

 

 

昨夜、イリヤをめぐって暴力沙汰にまで及んだリヴァイ兵長とクシェル班長の間には、わずかながら禍根が残っているようだった。それぞれ心的ダメージの大きい急所を狙い合ったのだ。まあ、当然と言えば当然だろう。

 

 

 

自分の浅薄な行動のために上官同士が険悪になったことを気に病んだイリヤだったが、二人の部下でありながら、二人の新兵の頃を知り、旧知の仲でもあるというエーミール曰くは、「気にするな。放っとけ」ということだった。なので、イリヤはその二人の中に流れる微妙な空気には、見て見ぬふりを貫いた。

 

 

 

「エーミールは謝罪しないのかい?エレンに」

 

 

 

彼女がようやく口を開いたのは、ペトラやエルドたち作戦班が、エレンに刃を向けたことを謝したときのことだった。

 

 

 

 

――私たちを信じて。

 

 

 

 

そう言ったペトラの気持ちは、どれほどエレンの孤独に沁みただろうか。己の非を恥じ、謝罪して、自傷行為を真似ることで誠意を示そうとした特別作戦班の若き精鋭たちに、クシェル班長はひどくご満悦なようだった。

 

 

 

彼ら特別作戦班の潔癖なまでの誠実さに、ハンジ分隊長は目を白黒させていたが、彼女をはじめとして、そこにいた古参兵の皆が、彼らの兵士としての技量の高さに感服したことは疑いがない。

 

 

そんな彼らとは異なり、何も言わないままの己の部下、エーミールに、クシェルは揶揄するようにいたずらっぽく笑いながら聞いたのだ。

 

 

彼もまた、エレンに刃を向けた人物だった。

 

 

 

「俺は謝りませんよ。俺がエレンに刃を向けた判断は正しかったと思います。後悔もしていませんし、反省もしてません」

 

 

 

エーミールの清々しいほどの断言に、落ち込むようにその凛々しい眉を下げたエレンに、彼は「勘違いするな」と言葉をつなげた。

 

 

 

「お前が巨人だとかそんなこた、関係ないぞ。俺は俺の上官がケガさせられたから、お前に刃を向けたんだ。不可抗力であれ何であれ、自分の上官が危険な目にあったときに動けない部下なんざ、ゴミみたいなもんだ。違うか?」

 

 

「そ、その通りだと思います……」

 

 

 

すごむように顔を近づけたエーミールに、エレンが思わずのけぞりながら答える。エーミールは歳も三十を超えているが、そこらの若者より整った顔つきの俳優のような男である。そんな美形が顔をすごめれば、それはリヴァイ兵長やミケ分隊長のようなあっさりとした顔つきの男がすごむよりも幾倍も恐ろしい。

 

 

クシェル班長が「いじめるなよ」と笑って、ペトラたちもつられて笑い、ようやく場が和んだ。厳しい顔を崩せなかったエレンやイリヤも、少しだけ破顔したとき、その緩んだ空気を遠慮なくぶち壊したのは、ハンジ分隊長だった。

 

 

 

 

 

「エレンが巨人化するのに、目的が必要なのだとしたら、実験の後、自分でつけた傷が治らなかったのも巨人化の条件と連動すると考えられるね」

 

 

「なんだ突然。クソメガネ」

 

 

「だからさ、治癒能力にも「目的」が条件となるってことだよ」

 

 

「だから何だ」

 

 

 

苛立ったように、リヴァイ兵長が問うた。だからさ、と詰問された分隊長は興奮気味にイリヤを見て言った。

 

 

 

「イリヤの再生能力も、そうだと考えられないかな?つまり、再生する、しないを自分の意思でコントロールできるかもしれない。エレンが巨人化するのと同じようにね」

 

 

 

話の中心として持ちあがったイリヤに、その場にいた面々は一斉に彼を見た。が、当のイリヤはエレンと同じく、ただその視線にたじろぐしかできない。

 

 

 

「でも……それは考えにくいと思います。イリヤが初めて再生能力を発揮したのは、トロスト区防衛戦の最中です。あのとき、彼は意思が云々という状況ではなく、明らかに「死んで」いました。ねえ、エーミール」

 

 

「ええ。俺もクシェル班長と同じように思います」

 

 

 

下半身を食われてもなお、彼が再生して蘇生した現場をその目で見た二人が言った。だがそれに対して、「待て」とリヴァイ兵長が何やら思案するようにイリヤに問うた。

 

 

 

「イリヤ。なぜお前はあのとき、巨人と戦った?」

 

 

「へ?いや、あのときはただ、死に物狂いで。駐屯兵を助けることが目的でした」

 

 

「死にたかったのか?」

 

 

「いいえ!まさか!生き残るためにそうしたんです!死んでたまるかって!絶対生き残ってやるって思って……」

 

 

 

問いかけに、イリヤは必死になって答えた。

 

 

 

その解答に、その場の全員が得心したように「あぁ」と間延びしたような声を発した。

 

 

 

「え?」

 

 

「なるほどね。そういう意味じゃ、イリヤの意思はかなり強いものでしょうね」

 

 

「そうだねぇ。なかなかないくらいの「死にたくない」マンだもんね。イリヤは」

 

 

「兵長の足にすがりつくほどだもの。死んでも死にきれなかったんじゃないかしら?」

 

 

「おい、ペトラ。それはさすがに面白すぎだろ。幽霊みてぇじゃねえか」

 

 

 

クシェル班長や、ハンジ分隊長、ペトラやオルオがおかしそうに言った。困惑気味なのは当の本人、イリヤだけである。

 

 

 

「死にたくない」と公言しつづけてきたイリヤならば。意識がなくとも、「死んで」いようとも、その目的のために再生させることは可能なのかもしれない。

 

 

 

「そうだとしたら、イリヤにもまた実験させてもらいたいな。どう?クシェル?」

 

 

「ええ。その実証は必要だと思います」

 

 

 

女性の上官二名は、イリヤをそっちのけに、二人して実験の計画についての話題に花を咲かせ始めた。

 

 

そんな上官たちを眺めながら、エレンは、

 

 

 

「お前も大概だな」

 

 

 

イリヤにそう言った。すぐさま、イリヤから「お前が言うな」と否定の言葉が投げられたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

再生能力の実験の協力、一日の行動から、イリヤは地下牢から自室での休息が許可された。

 

 

リヴァイ兵長とクシェル班長はいまだ広間で「会議」と称した、ハンジ分隊長直々の巨人講座を受講中である。

 

 

 

エレンが現れてから。否、自身の不可思議な能力が露見してから、物事は多忙を極めている。

 

 

 

エレンの巨人化。イリヤの再生能力。

 

裏切者クルト・ウェルナーが知るというイリヤの能力。

 

 

 

しかしそればかりに気を取られていてはいけない。次の壁外調査までは一か月を切っている。エレンを連れた試験運行的な小規模な調査とはいえ、自分はいざという時、この身を投げ出して彼を守れという任務を言いつかっている。

 

 

 

考えるべきは、調査のことだった。

 

 

 

「……俺の能力の意味なんて、考えてもわかんねぇだろ」

 

 

 

なぜこの能力が自分にあるのか。それをどう使うべきなのか。その力を得た意味とは。

 

 

 

イリヤは首を振ってその考えを否定した。その問いかけは、能力の詳細すらわからないイリヤにとっては、深淵に近い答えのない問いだ。

 

 

 

自室へと続く廊下を歩きながら、古城の窓からのぞく空の白い月を見上げた。ほぼ満ちたその月も、壁外調査の頃には新月に近くなるのだろう。

 

 

 

 

ため息をついたとき、不意に、冷たく硬質な感触が、首筋に触れた。

 

 

 

 

 

「その意味、俺が教えてやってもいいぜ?イリヤ」

 

 

 

 

 

長身のイリヤより、さらに高い位置から落ちてきたその声は、渋くひしゃがれた初老の男の声だった。

 

 

首につきつけられたそれが、ナイフだと悟ったのと、背後に立つ男の正体に気づいたのは、ほぼ同時だった。

 

 

 

「ケニー……」

 

 

 

「よう、久しぶりだな」

 

 

 

 

見えないはずの頭上の男が、にやりと道化のように笑ったのが、闇の中でもはっきりとわかった。

 

 

 

 

 

 

 

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