未来への進撃   作:pezo

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窓から差し込む銀色の月光に、深い黒みがかった赤い血がぬたりと輝いている。はたた、とその色が古い石の廊下へと落ちる音が、静かな古城の夜に響いた。

 

 

イリヤはその赤を見ながら、巨人のように血は蒸発しないんだな、と他人事のように思った。

 

 

 

「はっ!こりゃ傑作だぜ。あっという間に治りやがった」

 

 

 

首をその鋭利なナイフでかき切った初老の男は、まるで子供のようにはしゃいだ声で笑った。

 

 

 

「……ケニー。なんだ。一体何の用なんだよ。お前」

 

 

「オイオイ、怒るんじゃねえよ。いきなり切っちまって悪かったな。まあ、もう治っちまったし許してくれよ。なあ?」

 

 

「ケニー……」

 

 

 

振り返れば、男は口角を上げてにやにやと笑っていた。イリヤが幼い頃からよく見知っている、道化のように底の知れぬ笑みは変わらぬ。顔に刻まれた皺は記憶の中のそれよりも深く、多くなっていたが、その猛禽類をも想起させる瞳は以前よりも狡猾に光っていた。

 

 

 

「もう一度聞く。何の用なんだ。ここは兵団の施設だぞ。無断の侵入は、」

 

 

「おっと。面白みのねぇ堅物みてぇなことは言うなよ。俺はただ、あれだ。プライベートってやつだ」

 

 

「は?」

 

 

 

ケニーは頭に乗せた帽子を目深にかぶりなおして、イリヤにぐっと顔を近づけて、「お忍びってやつだ」とまるで内緒話でもするかのように囁いて笑った。

 

 

 

「レイスの屋敷にお前の行方不明通知が届いたがな。俺ぁ、きっとテメェのことだから生きてると踏んで、様子見に来てやったんだよ。優しいだろ?」

 

 

 

不敵に笑みを浮かべるその長身の男は、イリヤの世界の「異分子」である。使用人の一族の者たちとも、主人であるレイス家の貴族とも、その貴族の知り合いの金持ちたちとも、稀に出入りしていた憲兵達とも、男はどこまでも違う生き物だった。

 

 

主人の侍衛であった男の異質さは、イリヤにとって畏怖の対象であると共に、侵しがたい憧憬の領域の者でもあった。

 

 

 

その男が、今、何と言ったのか。

 

 

 

イリヤは耳の奥でケニーの言葉をひとつずつ反芻して、そしてひとつの答えに行き着いた。

 

 

 

「お前、俺のことを知ってるんだな?ってことは、俺のこれは、もっとガキの頃からのもんなのか?……あいつは……親父は知ってるのか?」

 

 

 

イリヤがすがりつくように、問いつめる。その姿に、ケニーの目から猛禽類のような色は鳴りをひそめ、冷たく観察するような、それでいて奥の読めない影がさしたように見えた。

 

 

 

「俺やテメェの親父は、「知ってる」。だがそれだけだ。お前のそれを「理解してる」やつは……、もう、いねえ」

 

 

 

笑わずに、ケニーは言った。

 

 

 

「テメェの母ちゃんには俺の家族が世話になったからな。少しは恩返しだ。教えてやるよ。俺が「知ってる」ことをな」

 

 

 

そのために来た。

 

 

 

男は、銀色の月光に当たらぬ影の中で、ナイフを玩びながら、そう言った。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「どうかしましたか?リヴァイ兵長?」

 

 

 

不意に、懐かしい声が聞こえた気がして足をとめれば、後ろをついてきていたクシェルの声が背中を軽く叩いた。

 

 

 

周囲にも、古城の外にも、人の気配はないように思う。それぞれの班員たちも皆、自室で休みをとっているはずだ。

 

 

 

振り返れば、余所余所しい言葉遣いの割に、心配そうにひそめられた眉の女の顔があった。

 

 

 

 

「……いや。何でもない」

 

 

 

 

昨夜、勢いに任せて殴った左頬が痛々しく腫れている。その傷が両腕の火傷とあわせて、先程からひどく熱をもって痛んでいるという理由で、ハンジの巨人談義から逃れてきたのはつい数分前のことだ。今頃は、ハンジの相手はいつも通り、モブリットが受けもっているだろう。あいつは、いつのまにか副官どころか、ハンジの飼い主か何かのように奴に付き添っている。その献身さはエルヴィンに対するクシェルのそれに似ていた。

 

 

 

「……悪かったな」

 

 

 

その痛々しく腫れた頬に、さすがに喉から言葉が漏れた。女はしばらく何を言われたのか分からないとでもいう風に目を見開いて白黒させていたが、「ああ」と少しだけはにかむように笑った。

 

 

頬が痛むのだろう。ひきつったその笑顔は、腫れ上がった顔とあわせて、非常に不細工だったが、それ故になかなか良かった。

 

 

 

「……あなたは、どう思う?あの子たちは、人類の「英雄」になれるかな?」

 

 

 

唐突にそう言ったクシェルは、窓の外に視線をやっていた。廊下から差し込む月の光は、冴えわたって、女の黒髪をなめらかに照らしている。

 

 

 

「なれるかどうかじゃねえだろう。あいつはらそう、ならなきゃいけねえんだ」

 

 

「本物に」

 

 

「そうだ。俺たちみたいな偽物の「英雄」じゃなくて、あいつらには「本物」になってもらわなきゃいけねえ。……なれなけりゃ、どっちみち人類は終わりだろう」

 

 

 

 

そう。

 

 

 

 

ただ単に生き残ることが得意な己と、事実の誤解によって英雄と称された女。俺たちは、象徴として「英雄」となった。用意された器はからっぽであったが、それでも俺たちはは器としての役割を求められた。

 

 

 

その要望に応えるために、ひたすらに、必死こいて飛び回ってきたのが俺だ。

 

 

 

だが、どうだ。

 

 

 

いきなり現れた巨人のガキと、不死身のガキは、確かに人類存亡のカギを握る。その働き次第で、彼らは本物の「英雄」となるだろう。

 

 

 

俺たちは、そのガキで何もわかっていない幼い彼らに、情けなくすがりついて頼るしか生き残る道がないのだ。

 

 

 

「俺たちにできることは今、やれることをやるだけだ。命がある限りな」

 

 

 

無様な生き様だと、他の奴らが見れば笑うだろうか。

この壁の中の人類とやらが「英雄」と拝む男は、そんなものでしかない。ただの、人より少しだけ速く飛ぶことが出来るだけの、良い歳したおやじだ。

 

 

 

「報われるといいね。人類」

 

 

 

まるで他人事のように言った女は、蒼い夜の空を見上げていた。

 

 

あまり壁の中では見ないその黒い瞳は、月の裏側を見つめるかのように、ここではないどこかを思っているように見えた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

男が語った物語は、禁書の中にあるような少し危険で、でも100年以上前ではどこにでもあったのでは、と思わせるようなありきたりなおとぎ話であった。

 

 

多くのおとぎ話がそうであるように、むかしむかし、という決まり文句から、その物語は始まる。

 

 

 

むかしむかし。

 

 

 

とある国の王様の家来には、とても強い侍従と、とても思慮深い詩人がおりました。

 

侍従は誰よりも強い力を持ち、王様を守っていました。詩人は不死の力を持っておりました。その力で、王様の身代わりともなる「依代」として、王様を支えていました。

 

 

 

王様に危険が訪れたときは、詩人が「依代」となって王様の身代わりとなり、侍従が王様をその強い力で危険から守ってきました。

 

 

それは、もう何年も何年も繰り返されてきたことでした。

 

 

しかし、彼らは「巨人」をめぐった脅威には太刀打ちできませんでした。その脅威から逃れるため、107年前に王様たちは一族を引き連れて三重の壁を築きました。その壁の中で、王様は一時の平穏を守るために生きましたが、侍従はそれに反対しました。脅威には立ち向かわなければならない、と。結局、意見が対立した王様は侍従を追放しました。

 

 

 

友である侍従を失った詩人は、悲しみに暮れ、王様のもとを離れていってしまいました。

 

 

 

 

「そのなれの果てが、ツェランの一族だってわけだ」

 

 

 

ケニーが両手を広げて、子供にするように物語の終わりを告げた。見れば、聞き手であるイリヤは粗末な椅子の上で怪訝な表情をしていた。苛立っているのか、それとも困惑しているのか、その手がひっきりなしに机の上のペンをいじっていた。

 

 

 

「信じられねぇってツラだな」

 

 

「そりゃ……そうだろ。何だよその話」

 

 

 

イリヤの手の中で、みしりとペンが軋んだ。

 

 

 

「それが本当だったとして……。結局、この能力を持つ一族であるツェラン家は、結局「脅威」に屈したんだろ?……そんなの。今のこの状況で……そんな役立たずの「詩人」なんて必要ねぇだろ……」

 

 

 

頭を抱えた少年に、ケニーは「はあ?」とバカにしたように彼を嘲笑った。ケニーからすれば、この少年は本当に甘っちょろいクソガキだったからだ。

 

 

 

「なんだテメェ。世界を救う「英雄」にでもなりたかったってのかぁ!?」

 

 

 

黙したままのイリヤに、肯定ととったケニーは「こりゃ傑作だ!」とおかしそうに声をあげて両手を広げて笑った。

 

 

 

「今年一番の傑作だぜ!何様だテメェは!?力にすがって、その力任せにでかいツラしようってのかよ!?とんだフザけた野郎だな!」

 

 

「ケニー、静かにしろ……」

 

 

「その力がお前にあるのは、お前が選ばれたからだとても思ってたのか!?その意味があるとでも?テメェはほんっっとお気楽なヤツだな。こりゃあ脳みそもピンク色でもしてんじゃねえか?」

 

 

「ケニー!!黙れ!!!」

 

 

イリヤの声が、彼の狭い自室の中で乾いたように響いた。図星をつかれて、声を荒げるとは、とんだクソガキだ、とケニーは心中で嘆息した。兵士になって少しはマシになったかと思ったが、少年はいまだ変わらず大人たちに守られている子供のままだった。

 

 

 

「オイ、イリヤ。先輩である俺様が助言してやるよ。この世界は力だ!何よりも力が強いもんが勝つ!それだけの単純な世界だ。だがよ、力はただ単に「在る」だけじゃどうにもなんねぇらしいぜ。それを己の中で屈服させたヤツだけが強ぇんだ」

 

 

 

臭い息を吐き散らしながら、ケニーがイリヤに顔を近づけて大仰な手振りで語る。まるで、それは道化のようだった。

 

 

 

「だが可哀想なことによぉ、誰もが奴隷なんだ。世界で一番強い王様だって、奴隷だったんだよ。女も、男も、ガキも全員な!」

 

 

 

誰も自由じゃなかった。

 

 

 

そう言った時のケニーの表情が、やけに悲しそうで、肩を落とした姿はまるで気弱な老人のようでもあったと、彼自身は知らない。イリヤは困惑したように、ケニーを見つめるばかりである。

 

 

栗色の髪と瞳は、少年の父親、つまりツェラン家の血を色濃く継いだ証だ。だが、その顔つきは、母親と似て一見大人しそうな風貌だ。性格も、あの頑固でどこか子供っぽく、理想主義な女と良く似ている、とケニーは過去を思い返してイリヤを見つめ返した。

 

 

 

「テメェの母親はいいオンナだった。地下街の娼婦にしておくのはもったいねぇくらいだった」

 

 

 

狭い部屋の机のランタンがともす光に、ケニーのくたびれた長いコートが揺れていた。ケニーは、まるで自分の輪郭が夜の暗闇とにじんで溶けていくように感じた。

 

 

曖昧な感情が、彼を芯から揺さぶる。イリヤは何も言わずに、ケニーの言葉にじっと耳を傾けていた。母親の過去を一字一句聞き逃さんとするような姿勢だった。

 

 

 

「俺の家族が地下街で世話になった。同じ娼婦仲間だったよしみでらしいが……。俺は恩返しのつもりでやつを地上に案内して、ツェランの家に紹介したんだ。……数年後、テメェが生まれたんだ」

 

 

 

ブロンドの、髪の長い女だった。特別器量好しというわけではなかったが、面倒見が良く、そして強情で意思の強い女だった。

 

 

ケニーは壁に背を預けたまま、ちらりと簡素で固そうなイリヤのベッドに視線をやった。そう。そのくらいの大きさだった。

 

 

彼の妹はそんな場所でガイコツのようにやせ細って死んでいった。幸せだったかなど、聞くまでもなかった。

 

 

闇の中から、あのときの死臭が香り出てくるような気がして、ケニーは俯いて、その気配から逃げるように瞼を閉じた。

 

 

 

「地上の居住権は地下街の人間からすりゃ天国に行くより欲しいもんだ。……だが、結局、あいつはガキを生んで数年後にあっさりおっ死んじまった」

 

 

「……俺をかばって」

 

 

「そうだ。お前をかばって。母親って言ったって、女も人間だ。どの村でもテメェの命欲しさに子供を売っぱらうなんてよくある話だが……。お前の母親はそういう種類じゃなかったみてぇだな」

 

 

 

妹を、そしてその忘れ形見の甥を、面倒を見ていたというその女は、結局のところ、幸せになれたのか。それはもう、ケニーの知るところではない。

 

 

ただ、彼はその女が自分の一人息子を「ツェランとレイスの血から守ってくれ」と言い残したそれだけを守ろうと思っただけだった。

 

 

だが、こうして顔を合わせてみて、それがどうすればできるのか、ケニーには分からなくなった。イリヤは、その不可思議な力に呑み込まれて、ただ翻弄されているばかりである。それから救う術など、この兵団にいる以上、あり得ないようにケニーには思えた。

 

 

 

「俺ぁもう帰るわ」

 

 

「は!!?」

 

 

 

まあ、話すことは話せた、とケニーがあっさりと部屋を出ようとしたとき、イリヤの慌てたような声が追いかけてきた。

 

 

 

「おい、お前このタイミングで帰るのかよ!?話は!?」

 

 

「は?終わっただろ。もういいだろ」

 

 

「いやいやいやいや。俺はそんな昔話なんて聞きたかったわけじゃないぞ。俺はこの力の意味が、」

 

 

「まだそんなこと言ってんのかぁ?」

 

 

 

ケニーはドアの方へと足を向けながら、右手で拳銃をかたどって、イリヤに銃口にあたる人差し指を向けた。

 

 

 

「テメェが自分の存在の意味を求めてんなら、そりゃ俺に聞くのはお門違いってもんだぜ。それはテメェが泥水すすってでも見つけるもんだ。もしくは、そんなもんは、ハナっからねえか。どっちにしろ、さっさとしねぇとあっという間に、自分の内臓の色見ながら死んじまうことになるぜ」

 

 

 

バキューン、とやけに楽しそうにイリヤに向けて拳銃を撃つそぶりをしたケニーは、

 

 

 

「テメェの大好きな母ちゃんも、大嫌いな父ちゃんも……、ウーリもお前が自由になれるようにその力のことは話さなかった。それでも知っちまったんなら、仕方ねぇ。お前が決めて、自分で選べ。それで死んじまうなら、その程度のこった」

 

 

「え……?それって、」

 

 

「じゃあな」

 

 

 

来たとき同様、イリヤの都合もおかまいなしにドアから出ていこうとするが、あ、と忘れ物に気付いてケニーは振り返った。そこには、イリヤが口を大きく開けた間抜けな顔があった。どうやら制止の声をかけようとしたときに、突然ケニーが振り返ったので、声は行き場を失って呑み込まれてしまったのだろう。「大事なこと忘れてたぜ」と言いながら、そのガキ臭い顔つきに、思わずにやりと笑ってしまった。

 

 

 

「テメェの父ちゃんから伝言だ。死にたくなかったら帰ってこいだとよ」

 

 

 

それだけ言い置いて、ケニーはイリヤの顔も、返事も聞くことなく、部屋をするりと出て行った。

 

 

 

 

*****

 

 

 

自分が生きていることに、何の意味もない。

 

 

しかし、その意味のない人生を豊かにすることはできる。それには、まあ、趣味が第一だ、とはケニーの口癖である。

 

 

ケニーには趣味とやらの大いなる夢がある。

 

 

その夢の道路に、どれだけ邪魔があろうと、殺しまくりで死体を積み上げる。ケニーはそんな人間だ。

 

そしてそんな人間をクソだとも思っている。

 

 

即ち、自分はクソ野郎だと。

 

 

ただ、その夢の道中には、この古臭い城に寄るなどなかったはずだった。ただ、それは彼の知己の女のためだけ、それだけだった。

 

 

 

「神様の真似事はやっぱ性に合わねぇな」

 

 

 

女の残した約束は、実はケニーとの間のものではない。それは、ケニーの「友人」であった、あの神様と女の間で交わされたものだった。そしてそれを、あの「友人」がいなくなった今、勝手にケニーが受け継いで、なんとなく守りたくなった。そんな気まぐれな訪問であった。

 

 

 

 

ケニーがイリヤに話した昔話は虚構がある。それは、昔、彼の甥っ子に話したような、子供だましの寝物語に近い。

 

ツェランとは、確かに壁成立以前の著名な詩人の名であるが、それは本来のイリヤの一族の名ではない。

 

 

もちろん、ツェラン家と名乗る彼ら不死の一族は詩人ですらない。

 

 

 

だが、それがアッカーマンと並んで、王家の双翼としていたことは確かな事実である。それを誰が知らなかろうとも、それは紛うことなき王家の記憶である。

 

 

 

 

ケニーはウソは言っていない。だが、また口を閉ざしただけだった。

 

 

 

 

ケニーは廊下を歩きながら、瞼を閉じた。その闇の中に、声が聞こえて足を止める。

 

 

 

「リヴァイ。ありがとう」

 

 

「ああ。おやすみ、クシェル」

 

 

「おやすみ」

 

 

 

 

男と女の声だった。ケニーは壁の陰にかくれて、その曲がり角の向こうにいるであろう人間の声に耳をそばだてた。

 

 

ドアの閉まる音が聞こえ、しばらくして、兵靴が床を叩く一人分の音が廊下を遠のいて行くのが聞こえた。男が女の部屋まで送った後、そのまま奥へと立ち去ったようである。

 

 

 

 

――こっちのクシェルはまだご存命らしい。

 

 

 

 

閉じた瞼の裏に、初めて口をつぐんだ日の、彼の妹――クシェルの死体と、甥のリヴァイの死体のように落ち窪んだ瞳が、浮かんでは消えていった。

 

 

 

もしかすると己は、あのブロンドの女に死んだ妹を、一人息子にあのチビの甥を重ねていたのかもしれない。

 

 

そういう思いに至ったとき、ケニーはなんだかおかしくなって笑ってしまった。廊下の奥へと消えていった人類の「英雄」、彼の誇りたる甥は、彼が仕込んだ通り、堪の鋭い男である。少しでも過剰な息をもらせば、あっという間にあの甥は自分を不審者として捕らえ、拷問でも加えて血祭りにあげるだろう。

 

 

それは避けなければ、とケニーは必死に笑いをこらえながら、急いでその場を去った。

 

 

名乗れない辛さと、たった一人の家族への愛しさ。そしてその愛しさに身を浸すことの恐ろしさに、久しぶりにケニーは身を炙られた。

 

 

 

古城を囲む森まで出てきたとき、ケニーはようやく大きく笑い声をあげた。

 

 

まるで子供を心配する親のような真似事に、おかしくて仕方なかった。

 

 

 

それは、ケニーとイリヤの最後の邂逅の夜となった。

 

 

 

 

 

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