未来への進撃   作:pezo

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異能の力をもった少年兵たちは、そろって頑固で、そろって甘いクソガキだ。

 

 

それが、リヴァイが抱いた二名の能力者の印象だ。エレン・イェーガー、そしてイリヤ・ツェラン。このクソガキたちに人類の未来を託さなければならないほど、調査兵団にはもう手がなかった。

 

しかしそのうちの一名は、その甘さと頑固さ故に、調査兵にはとことん向かない人間でもあった。なぜ調査兵団を志望したのか、正直全く理解できなかったが、先ほど、礼拝堂で聞いた話でなんとなく察した。

要は、思った以上にこのイリヤという男はクソガキだったということだ。だが、現状を嘆いてガキさながらにもがく様は、大人しく諦めるような人間よりも幾分、リヴァイの目にはマシに見えた。

 

 

 

「エルヴィン。イリヤだ」

 

 

 

陣形訓練の一旦中止を指示したその上官の名を呼べば、その金色の指揮官は、ん?と碧眼を丸めて振り返った。副官の一人もつけずに、古城で一番高い塔にひきこもるとは、この上官も困ったものだ、と心中で嘆息する。

 

何をしているのか問えば、ここからは良く壁内が見えると子供のように嬉しそうにその男は返してきた。

 

 

 

「ここは戦時での監視棟の役割を果たしていたんだろう。ほら、見えるかリヴァイ。ここからは四方がよく見える。特に、あれだ。シーナ内地の方角。ここは王政と戦うことになったとき、良い拠点になるだろうな」

 

 

「オイオイ。不穏な発言は控えろよ団長様。タダでさえ、エレンの件で王政から警戒されてるって時に」

 

 

「何。問題ないさ。聞いてるのはお前と」

 

 

 

ようやく振り返った男が、笑いながらそいつの名を呼んだ。

 

 

 

「イリヤだけだろ」

 

 

 

その邪気のない信頼感にむず痒くなりながら、それすらもこいつの人心掌握術か、とも疑いながら、リヴァイは「お前が呼んだんだ。連れてきてやったぞ」と困惑するイリヤの背中を押した。

 

敬礼して団長に向かうイリヤは、まるで真面目な新兵だ。その態度に、自分を含めて、こいつの近くにいる上官は少し舐められてきているのではないか、と思った。少なくとも、彼の直属の上官であるクシェルと団長への態度が違いすぎる。躾は必要か、とリヴァイは不穏な思考にひたりかけた。

 

 

 

「すまない。そう緊張しないでくれたまえ。君は古城勤務だからね、そうそう会って話す機会がなかったから。この休息時間を良い機会だと思って呼ばせてもらった。すまないね」

 

 

「いいえ。滅相もありません。用件とは、一体……」

 

 

 

エルヴィンは、怖がらせまいとしてか、やけに優しく柔和に笑いかけた。先ほどまで、鬼の形相で指揮をとっていた者とは同一人物には見えない。

 

 

 

「君のお父上から手紙が来ていてね。君が行方不明ならば、遺品をひとつでも返して欲しいという旨と、そして生きているならば、帰ってくるようにとの」

 

 

「父から」

 

 

「ああ。それと、君の意志を聞かせてもらいに呼んだんだ」

 

 

 

塔の外で降る雨が、再び強くなるのを聞きながら、リヴァイは腕を組みながらその話を聞いていた。

 

 

 

「君の上官から、君の除隊、もしくは異動の願いが出ていることは知っているね?」

 

 

「はい……」

 

 

「その意志を、聞かせてほしい」

 

 

 

リヴァイからすれば、そんなもの、言い聞かせて従わせれば良いだけだとも思う。しかし、それはどうやらエルヴィンのやり方ではないらしい。もしイリヤが脱退を願い出たらどうするのか。せっかくの力をみすみす手放すことになるというのに。

 

それを一度言った時は、「だめだ」と一蹴されてしまった。何か、考えるところがあるのだろう、とリヴァイは計り知れない男の脳内を思う。

 

 

 

「俺は、今のままで結構です。クシェル副官のもとで、働かせてください」

 

 

「いいのかい?君はあまりクシェルをよく思っていないようだが」

 

 

「……俺は、あの人を……」

 

 

 

口を噤んだイリヤに、リヴァイは後ろから蹴りを入れてやる。さっき言ってただろう、と何度もその尻を蹴ってやれば、「うぅ」とためらいながらイリヤは団長へと本音を述べた。

 

 

 

「俺は、あの人を見返すまで、あの人のもとで働きます」

 

 

 

この優等生め、とリヴァイはもう一度強くその少年兵を蹴り上げた。

 

 

 

「違うだろ。もっとはっきり言え。さっき礼拝堂で言ったみてえに」

 

 

「なんだ、リヴァイ?どういうことだ、イリヤ」

 

 

「だから、エルヴィン。コイツは、要はクシェルを泣かせて、あのすました顔を跪かせてやりたいと、」

 

 

「それはあんたじゃないんですか、兵長!?そうじゃなくて、俺はただ、あの人を心底ぶちのめすまでは、!!」

 

 

 

イリヤがしまったという風に口を塞いだのを見て、思わずリヴァイは鼻で笑った。馬鹿だ。

 

 

 

「ぶちのめす」

 

 

「申し訳ございません団長!上官への侮辱罪として、甘んじて処罰を受ける所存です!!」

 

 

 

そしてクソ真面目だ。

 

確かに、侮辱罪ととられてもおかしくない言葉を発したイリヤに対して、しかしエルヴィンは可笑しそうに声をあげて笑った。

 

 

 

「ああ、なるほど。そうか。君の気持ちはよくわかった。君の意志が重要だ。配置換えはしないでおこう。なるほどな……クシェルが可愛がるわけだ」

 

 

「こんな奴が良いとは、あの女も変態だ」

 

 

「え?え?」

 

 

 

歯向かうばかりの可愛くない上に、使い勝手の悪い兵士をあえて可愛がるなど、趣味の悪いのが団長付きの副官だ。被虐趣味も大概にした方がいい、とリヴァイは思う。すました顔の彼女を屈服させたいという、後ろ暗い己の欲望は棚に上げて。

 

 

 

「しかし、君の表情を見て安心したよ。報告では、かなり迷っていると聞いていたからね」

 

 

「迷っていないわけではありませんが……。もう、自分のよくわからないこの能力に意味を求めようとするのはやめようと思って」

 

 

 

エルヴィンが首をかしげれば、イリヤは顔を上げてはっきりと述べた。

 

 

 

「俺が、俺の意味を決めようと思ったんです。俺がここにいる意味も、この力がある意味も。誰に決めてもらうんじゃなくて、俺が」

 

 

「そうか」

 

 

「はい」

 

 

 

その意味がわかったのかどうかはリヴァイの知るところではないが、確かにリヴァイの目には、エルヴィンが満足そうに頷いたのが見えた。わがままで甘く、生意気なクソガキは、どうやら団長のお眼鏡にはかなったようだった。

 

 

 

「もし、君が守ってやれるなら、あの子をどうか……守ってやってほしい」

 

 

「はい!エレンは俺の命を尽くして守ります!」

 

 

「いや、エレンもそうだが、クシェルだ」

 

 

 

その言葉に、思考を止めたのはイリヤだけではない。リヴァイもまた、その名前に眉をひそめた。

 

 

 

「ク、クシェル班長ですか?あ、ええ、上官をお守りするのは。確かに、部下の務めです」

 

 

「オイ、違うだろ、イリヤ。エルヴィンよ。お前、どうした。クシェルの命よりイリヤの方が優先順位は高いはずだが?」

 

 

 

は、とエルヴィンが息をのんで口を噤んだ。

 

らしからぬ失態に、その場に沈黙が落ちる。雨音は止まぬ。

 

何を今更言っているのか。彼女が死ぬ配置を考えたのは、お前だ、とリヴァイはエルヴィンを見つめた。その鋭利な思考でそう決めておいて、今更何をその口はほざいたのか。

 

 

 

「いえ、しかし、リヴァイ兵長。クシェル副官は、お二人にとって大切なご友人だとお聞きしました。ならば、」

 

 

「オイ、イリヤ」

 

 

 

気づけば、リヴァイはその生意気なクソガキの胸ぐらを掴み上げていた。

 

 

 

「ここは友人ごっこをやる場所じゃねえだろ。お前は、お前の友人が、上官の友人ごっこに巻き込まれて死ぬのを指を咥えて見ていられるのか」

 

 

「やめろ、リヴァイ」

 

 

 

制止の言葉を吐いたその声は、迷いのない、いつもの団長エルヴィン・スミスのものだった。

 

 

 

「すまない、イリヤ。リヴァイの言う通りだ。さっきの発言はどうか忘れてくれ」

 

 

「だ、団長。しかし、」

 

 

 

エルヴィンは笑って、もう一度「忘れてくれ」とイリヤに言い聞かせた。その、否定を許さない様に、イリヤが頷いたのを見て、リヴァイはすぐさまイリヤを配置に戻るよう指示した。

 

 

 

 

 

後に残ったエルヴィンに、リヴァイが舌打ちしながら見上げれば、彼は先ほどの団長としての表情ではなく、少し困ったような、珍しく役割をとったような顔をしていた。

 

 

 

「悪かった、リヴァイ。寝不足が続いてるからかな。妙なことを言った」

 

 

「本当にな。……お前がそんなにあの女の命を優先してるなんて、知りたくもなかった」

 

 

「ああ。本当に。俺もだよ」

 

 

 

雨は止まない。まだ、行軍は組めない。エルヴィンは、その塔の上から、壁の中の景色に視線をうつした。

 

 

 

「まだ止まないな。……ここは檻のようだ。早く出たいものだな」

 

 

 

その檻が、一体何を指しているのか。リヴァイは想像して、気が滅入る心地になって舌打ちを返しただけだった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「脚の腱を狙え!!」

 

 

 

巨大樹の森で、クシェル班長の声が響く。それは、女型の巨人を少しでも足止めせんがための指示だった。

 

 

 

ここからは、イリヤの見た景色だけを述べていこう。

 

 

 

クシェルの指示で、まず動いたのはエーミールだった。彼が女型の前に躍り出て、気をひいたすきに、低空を飛行していたクシェルとイヴォがそれぞれ右足と左足の腱を狙った。イヴォの攻撃は、女型の硬化能力で塞がれ、クシェルはその巨大な足払いを受けそうになったが、ワイヤーをその足にまきつけて方向転換することで、右足の腱を削ぐことに成功した。

 

 

流石、五年以上の兵士は高度な技を使う、とイリヤが関心したときには、女型は膝をついていた。

 

 

その姿に、イヴォがうなじを狙った。その判断は、決して悪いものではなかった。

 

 

 

しかし、その攻撃はまたしても硬化の防御をうけた。次の瞬間に、そのうなじを狙った兵士のワイヤーが巨大な右手に掴まれたのを、イリヤははっきりとその目で見た。

 

そしてそのときに、クシェルが、エーミールに離脱を命令したのもはっきりと聞こえた。

 

 

 

その後のことははっきりと見えなかった。

 

ただ、イリヤが抜いた刃はイヴォ同様、硬化の能力によって塞がれたのと、クシェルが指示を出した一瞬の隙に、その体の上に大きな足が振り下ろされようとしたのだけは、はっきりと見えた。

 

そのあとは、もう無我夢中だった。

初めて、死をその身にしっかりと感じた瞬間だった。

兵士たちの激しく狼狽した声だけが、耳の奥に残った。

 

 

 

 

目を覚ました時には、すでにその巨人は姿を消していた。

 

 

 

「あ……」

 

 

 

身体中を襲う激しい痛みと、頬に触れる地面の硬さに、混濁する意識を集中させれば、イリヤの体から一気に蒸気が噴出した。

 

体を焼くような暑さに耐えていれば、数秒後には立ち上がれるほど痛みは回復した。どんどん早くなるその再生能力は、今のイリヤにとっては好都合だった。体中から出る蒸気の量を見るに、どうやらまた一回踏み潰されたらしい。

 

 

晴れてきた視界に、振り返って。

 

 

 

息を詰めた。

 

 

 

巨大樹の森に走る一本道。そこに、仲間たちの無残な死体が点在していたからだ。にじみ出てくる涙の気配を押し殺しながら、イリヤは立ち上がった。

 

 

 

「クシェル班長……!!」

 

 

 

すぐ近くに転がるその身体に、すがるように走り寄った。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

森の中に轟いた爆発音の残響がおさまり、硝煙の大量の煙が晴れる頃、エルヴィンが待機する巨大樹の枝に、リヴァイが合流した。

 

 

 

「動きは止まったようだな」

 

 

「まだ油断はできない」

 

 

 

森の中、何人もの兵士をなぶり殺しにした巨人が、拘束されている。ハンジが考案した通り、その巨人の身体に貫き通した無数のワイヤー付きの槍は、もがくほどにその肉をえぐっているようだった。

 

 

 

「しかし。よくこのポイントまで誘導してくれた」

 

 

 

労うエルヴィンに、リヴァイは彼の顔をちらりと盗み見る。

 

 

 

「……後列の班と……、クシェルの班が命を賭して戦ってくれたおかげで、時間が稼げた」

 

 

 

リヴァイの脳裏に、勇敢に立ち向かい続けた仲間たちの最後の姿がよぎる。そして、最後に馬を離脱して飛んで行った旧知の友の班の姿も。

 

 

 

「あれがなければ不可能だった」

 

 

「……そうか」

 

 

「そうだ」

 

 

 

 

エルヴィンの視点は女型の巨人から一切逸れない。リヴァイもまた、その「敵」を見据えた。

 

 

 

「彼らのおかげで、こいつのうなじの中にいるやつと会える」

 

 

 

二人の眼差しは、等しくその「敵」をどうやってなぶろうか、と考えるような目をしていた。

 

 

 

「中で小便もらしてなきゃいいんだが」

 

 

 

そして、その捕らえた巨人から中身が漏らしているのかどうかを確認するのは、リヴァイとその次に実力を誇るミケ分隊長である。ミケが所定の位置で待機しているのを確認したリヴァイは、腰から刃を振り抜いた。

 

 

 

「待て、リヴァイ。念には念をだ」

 

 

 

それを止めたエルヴィンの第二波の号令によって、ありったけの弾薬が投下される。

 

 

その爆音を聞きながら、そしてそれを真っ向から受けてもがく巨人を眺めながら、二人は凍てつく思考を巡らせていた。見るものが見れば、その二人に、多くの兵士を失った、否、失わせた悲哀と怒りを感じ取ることができたかもしれない。

 

 

 

しかし、それを見る者はそこにはいなかった。

ひたすら彼らは、その目の前の獲物を見据えていた。一人はその静かな激情をおさえた瞳で。もう一人は、わずかな歓喜を孕ませて。

 

 

 

「リヴァイ兵長!エルヴィン団長!!」

 

 

 

だから、二人がその兵士が近づいてきていたことに、気づいたのは、すぐ近くで声をかけられたときだった。その爆音と煙の中、現れた長身の兵士が、息を切らせながら二人がいる枝の上へとワイヤーを巻き取って上がってきた。

 

 

 

「お前、イリヤ」

 

 

 

驚きに目を見開いたのはリヴァイである。

 

 

呼ばれたその兵士は、肩に担ぎ上げたそれを下ろした。

 

 

 

「クシェル班、イリヤ・ツェラン戻りました!クシェル班長と、他一名存命です!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう叫んだときの、リヴァイ兵長の顔を、イリヤは生涯忘れないだろう。その驚きの中に、期待を滲ませた表情は、鋼鉄に張り巡らされた彼の心情をわずかながらに表すものだったからだ。

 

 

 

「オイ、クシェル」

 

 

 

踏み潰されそうになったクシェル班長は、イリヤが身を呈したおかげで、なんとか命をとりとめた。つきとばした衝撃で、どこかに頭を打ったらしいが、目立った外傷はない。それを告げれば、リヴァイ兵長は無遠慮に、その意識を失ったクシェル班長の細い肩を揺らした。

 

その乱暴ともとれる呼びかけに、わずかに班長が反応したのを見て、大きくリヴァイ兵長は息を吐いた。思わず漏れ出たとでもいうようなその息に、イリヤが顔を上げれば、その向こうにいるエルヴィン団長と目があった。

 

 

 

「イリヤ」

 

 

 

その顔は、先ほど、下から見上げた冷徹な司令官のそれと何ら変わらない。私的な感情など、一切かいま見ることのできないものだった。

 

だが、

 

 

 

「クシェル。イリヤ。よく生きて帰ってきてくれた」

 

 

 

その労いの言葉が、力強く。イリヤの耳に染み渡った。

 

 

 

 

イリヤの腕の中で、その上官が身じろぎをする。意識はまだ戻っていないが、目を覚ますのも時間の問題だろう。

生きていれば、彼女はまた再びこの戦いの場で指揮をとることになる。

 

しかし、それを求めた兵士たちが目の前にいる。その二人は、彼女とイリヤの無事を確認すれば、すぐに女型へとその鋭い視線を戻した。

 

 

 

その二人の背中に翻る揺るぎない双翼に、イリヤは胸が締め付けられるような思いに駆られた。

 

抱きしめた腕の中の体温はあたたかく、鼓動を伝えてくる。

 

 

イリヤはこのとき、初めて、守られて生き残り続けてきた自分を許せるような気がして、涙を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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