未来への進撃   作:pezo

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巨大樹の森からただいま!

この場面はどうしても暗くなっちまいますねぇ。。。。


第一章 帰還


 

目を覚ましたときにまず視界に入ったのは、黄色がかった青い空だった。日の入りが近くなっているその空を認めた瞬間、頭を割るような鋭い痛みと、荷馬車の不愉快な振動が身体を襲って、思わず呻き声を上げた。

 

 

 

「クシェル副官。お気づきになりましたか」

 

 

 

半身を起こそうとしたとき、そっと手を貸してくれた手と、労わるような声が頭上から降ってきた。

 

 

 

「……モブリット」

 

 

「もうすぐ壁に着きます」

 

 

 

ハンジの補佐官である彼は、作戦途中に気を失ってしまった私に付き添ってくれていたらしい。同じ荷馬車の上には、何人かの負傷兵が膝を抱えていた。早朝に出立したときよりも、遥かに数を減らした行軍を組む兵士たちの姿は、一様に暗鬱たる雰囲気をまとっている。

 

 

 

「……死体は捨てました。副官の班員の遺体も……」

 

 

「ああ……。だから、やけに空の荷馬車が多いんだね……」

 

 

 

あたりを見回していた私に、なぜか申し訳なさそうに言ったモブリットを振り返る。いつも精悍にひしきめられた彼の顔が、苦渋に歪められていた。その後ろに、高くそびえる我らが壁。

 

 

自由を奪うと共に、私たちを守る忌まわしきもあり、絶対的でもある壁だ。

 

 

守られているときは忌まわしいだけのその壁は、この瞬間だけは誰もがほっと息を零す安息の印だ。

 

 

今日もまた、ここへ帰ってきた。

 

 

 

「クシェル。起きたなら壁の中では歩け」

 

 

「リヴァイ兵長。副官は頭を打っておられます。医者に診てもらうまでは安静にすべきです」

 

 

 

壁の前まで迫った行軍がその速度を落としたとき、荷馬車に馬を寄せてきて言ったのは、班員全てを失った兵士長であった。私がその上官の命令に答えるより先に、私の肩を支えてくれていたモブリットが異をとなえる。的確かつひるみのない声に、流石、ハンジ分隊長が手放そうとしない優秀な兵士だ、と改めて思う。

 

 

 

「歩けないなら馬に乗れ。お前がエルヴィンの後ろにいねえと住民どもがうるせぇ」

 

 

「しかし」

 

 

「モブリット。行軍の旗振りはこいつの役割だ。特に、「壁の中」ではな」

 

 

 

それは、確かに私の役割だった。壁を壊されたあの日から、奇しくも負ってしまった栄誉たる役割だ。

 

 

 

「モブリット、大丈夫。心配ありがとう」

 

 

「クシェルさん、ご自分ではわからないかもしれませんが、あなたは二度気を失っているんです。女型との戦闘で頭を打った際と、そのあとエレン巨人の死体を見たときと。脳に何か異常があったらどうするんですか!?」

 

 

 

モブリットの制止に頭に巻かれた包帯に触れたとき、壁の鐘がとどろいた。門扉解放の鐘の音が、敗者たちの帰還を告げる。兵士たちを迎え入れる門扉がゆっくりとあがっていくのに合わせて、行軍がその歩みを止めた。

 

それに合わせて立ち止まった荷馬車から降りれば、兵士長殿が頷く。見れば、私の馬は彼が持ってきてくれたらしい。なんとも、準備がいいことだ。

 

 

 

「クシェルさん!」

 

 

「ごめん、モブリット。ちゃんと生きて帰ってきたことを知らせたい人もいるんだ。馬に乗るから。ね?」

 

 

 

モブリットは納得のいっていない、という不服そうな顔をしながらも、ぐっと言葉を飲み込んで「気分が悪くなったり、頭痛がひどくなったり、異常があった際はすぐに荷馬車に戻ること」と念を押した。繰り返すが、本当にハンジ分隊長が彼を手放さない理由がよくわかる。

 

 

そんな優秀かつ献身的な彼に笑みを返して、そのまま兵士長のあとに続いて行軍の先頭へと馬の腹を蹴った。

 

 

 

門扉が開き、兵士たちの間に一瞬、安堵のため息が漏れる。門扉の形に切り取られたカラネス区の街並みが、敗者たちの前に現れた。

 

 

その街並みが、我々を迎え入れているのか、それとも拒んでいるのか。考えたくもない思考に、いつものように一瞬とらわれて、いつものようにその思考を中断させた。

 

 

鐘の音が、重く、体の芯に響く。

 

 

英雄気取りの勘違い野郎たちの帰還だった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

調査兵団にとって、帰還の際の行軍ほど、過酷なものはないだろうという兵士もいる。憎き巨人に立ち向かうときも、死の恐怖は常につきまとっており、その任務は苛烈きわまりないが、この帰還の行軍は違った意味で兵士たちの精神を蝕む。

 

 

巨大樹の森にて女型の巨人と交戦したものの、一歩及ばず敗走。多くの兵士と多額の資金援助によって造った捕獲用の器具を失ったその日の壁外調査。街の住民たちの出迎えは、いつもよりもさらに兵士たちの弱り切った心に鋭く刺さった。

 

 

エルヴィン団長の副官のひとりであるクシェルが一瞬盗み見た団長の表情は、いつもよりも青ざめており、見開かれた瞳孔は何ものも見つめていないようだった。

 

 

馬から降りて歩く団長の3馬身後ろで、クシェルは馬の上から悪口雑言を吐く住民たちの姿にちらちらと視線を走らせていた。

 

 

 

「エルヴィン団長!今回の犠牲に見合う収穫は得られたのですか!?」

 

 

「死んだ兵士に悔いはないとおっしゃるんですか!?」

 

 

酒屋の主人らしき人物は口汚く調査兵団を罵っている。

 

 

年増の女が亡くなった兵士の最期を大声で聞いて回っている。

 

 

恰幅のいい若い男が、涙目に拳をつきあげて何か泣いている。

 

 

皆、一様に散った兵士の命を嘆き、調査兵団の存在意義を問い、その無為さに怒りを露わにしていた。その様々な感情に、クシェルたち調査兵団が返せる反論の余地などは、一切ない。それらは全て、彼らが壁の外に出る代償なのだ。

 

 

 

「クシェル副官」

 

 

 

小さいが、はっきりと耳に届いたその声に、クシェルは弾かれたように顔を上げた。住民たちの中に、赤ん坊を背負いながら、子供と手をつなぐ女性を認めて、彼女は思わず馬から飛び降りた。

 

 

 

「ナタリア」

 

 

「副官。よくぞご無事で。……あの人が、今日の作戦で死ぬ予定だから、と……。だから、副官のお姿ももう見れないものかと、」

 

 

「ナタリア。ありがとう。帰ってきた。私は、無様にも五体無事で怪我も軽いものだ。……本当にすまない」

 

 

 

それは、クシェルが率いた班の班員の妻と子供だった。妻は昔、調査兵団で働いていた元兵士で、勇敢なる女性だ。そしてその夫は、女型捕獲のために捨て駒となったクシェル班の中で、唯一その作戦内容を知らされていた古参兵であった。

 

クシェルが謝れば、ナタリアと呼ばれたその女性は、彼女の手を両手ですくい上げて握りしめた。

 

 

 

「良いんです。あの人は、バカだから心配してたんです……。きちんとお勤めを果たしたんですね」

 

 

「違う。違うんだよナタリア」

 

 

「え?」

 

 

 

夫が上官を守って死んだと、まさに兵士の本分を果たしたのだと、喜びを表現するように笑ったのを見て、クシェルは首を横に振って、その柔らかな手を握りしめた。

 

 

 

「生きてる。生きてるんだ。エーミールは生きてる。重傷で起き上がれないが、意識もある。生きてるんだよ、ナタリア」

 

 

 

その言葉に、女が息をのんだ。震える息は、声にならない感情をのせてクシェルに届く。次の瞬間に、女はわっと涙をこぼしてその場に崩れた。

 

 

 

「ナタリア」

 

 

「副官。あの人は生きてるんですね。帰ってくるんですね!?」

 

 

 

冷静に、理知深く、慈悲を固めたような温かな笑みをこぼしていたその女が、顔をぐしゃぐしゃに歪めて、その喜びとも不安とも知れぬ感情に涙をこぼして言った。地面に膝をついた彼女を支えるようにしゃがみこんだクシェルの外套を、彼らの娘である3歳くらいの少女が遠慮深げにつかんだ。

 

 

 

「パパは?」

 

 

「……大丈夫。今は休んでるだけだ。しばらくしたら一緒に、トロスト区の家に帰れる」

 

 

 

確か、その少女は「アニ」と言っただろうか。その金色の髪は、父親譲りだろう。出立前に、父親を見送りにきていた彼ら家族の笑顔を思い出す。

 

 

死ぬ父を送り出す家族は、妻は、どれほどの苦痛に耐えただろう。どれほど恐怖を味わっただろう。

 

そして今、喜びと共に再度その恐怖に脅かされてはいないだろうか。

 

待つ勇気など持たぬクシェルは、待つことのできるその強い女性の肩を一撫でした後、一言添えて行軍へと戻った。

 

 

 

「クシェル班長」

 

 

「イリヤ」

 

 

 

彼女が歩いて合流したのは、すっかり列の後ろの方であった。そこに、クシェルの班のもう一人の生き残りが声をかけた。

 

 

栗色の髪の長身の少年兵は、出立前より、少しばかり精悍な顔つきをしているように見える。彼は、クシェルの命の恩人だ。

 

 

 

「班長。ケガ、大丈夫なんですか?後ろでモブリットさんが心配してましたよ」

 

 

「大丈夫」

 

 

 

今回の調査で、おそらくは二度ほど死んだであろうイリヤ・ツェランは、しかしその持ち前の不思議能力ですっかり元気に回復しきっている。その体には、擦り傷ひとつない。

 

 

 

「班長。あれ、一体何だったんですか?」

 

 

「あれ?」

 

 

「あれです。エレンの巨人の死体を見たときです。「エレン・クルーガー」って誰なんです?」

 

 

「さあ。そんなこと私言った?倒れる前に?」

 

 

 

とぼけたように、しかし本当に忘れているかのように首をかしげたクシェルに、イリヤと呼ばれた兵士は「ええ?」と眉尻を下げて、口を開いた。

 

 

が、再度口を開こうとした彼の次の言葉は、彼らの数人前にいる兵士を呼ぶ声にかき消された。

 

 

 

「リヴァイ兵長殿!」

 

 

 

住民のなかから、先を行く小柄な兵士に駆け寄る姿があった。その男の少し震えた声が、取り繕ったようにやけに明るくて、後ろにいるクシェルたちの耳にも届いてしまった。

 

 

 

「娘が世話になってます。ペトラの父です」

 

 

 

その名乗りに、イリヤが息を飲んだ。足を痛めたというその人類最強は、クシェルに乞うたとおり、自らも怪我を隠して両の足でしっかりと行軍を歩いていた。

 

 

 

「娘に見つかる前に話してぇことが。娘が、手紙を寄越しましてねぇ。腕を見込まれて、貴方に仕えることになったとか。あなたに全てを捧げるつもりだとか。まぁ、親の気苦労も知らねぇで惚けていやがるわけですわぁ」

 

 

 

死の匂いの濃い行軍に似つかわしくない、ペトラの父親の笑い声が響く。イリヤはその声に、顔をしかめて、耳を塞ぐようにフードを被って後ろに下がってしまった。クシェルは逆に、その遺族となってしまった父親と、その兵士の後ろ姿に近づくために歩を早める。

 

 

 

「父親としてはですね、まだ嫁に出すには早ぇかなと思うわけです。あいつもまだ若ぇし、これからいろんなことが」

 

 

 

父親の娘を思う言葉たちが明るく紡がれている。近づけば、その父親の口元がひきつって震えていること、そして顔にじっとりと汗が滲んでいるのがわかった。クシェルが声をかけようと口を開きかけたとき、じっと黙って歩いていたリヴァイ兵長がようやく口を開いた。

 

 

 

「また、後日。……お伺いに参ります」

 

 

 

歩きながら、それでも頭を下げながら小さく紡がれたその言葉に、父親は口を噤んで、足を止めた。

言葉の意味をしっかりと理解したのであろうその遺族を置いて、行軍は本部へと歩を進める。まるで、遺族や街の人々から逃げるように。

 

 

クシェルは目の前にいる小柄な兵士の横に並んだ。

ちらりと見れば、その顔は常よりも青ざめていた。一瞬、横に並んだクシェルに視線が投げられたが、すぐにそれは行軍の先に戻される。

 

 

明日からまた、遺族への死亡通知の巡回が始まるだろう。人類最強たる彼は四人の兵士の遺族へ。「戦女神」と称されるクシェルは二人の兵士の遺族の元へ。

 

 

クシェルもまた、行軍の先を見る。隣にいる彼女の旧知である人類最強の英雄には、言葉のひとつもかけることはなかった。かける言葉など、あろうはずもなかった。

 

 

いつでも調査兵は、死者の前に口を噤む。それは生き残ったものの業だ。紡げる言葉があるとすれば、さらに先へ進もうとする「誓い」のみであろう。

 

 

 

それでも。

 

 

 

――それでも、生きている。

 

 

 

遺族の悲しみを背負いながら、それでも、彼女は生き残ったという喜びを感じずにはいられなかった。決して口にはしない。その喜びは、芽生えて心を潤すと同時に、やましさに転換して身を切り裂く。だが、やはり生きているのだ。

 

 

クシェルは、その喜びとやましさに全身を預けながら、地面を踏みしめる感触に、夕焼けに染まる世界の色に、住民たちの罵倒と悲しみの旋律に、涙をこぼし続けながら歩いた。

 

 

 

850年。

 

 

トロスト区の壁が破られてからひと月あまり。

 

 

今回の壁外遠征にかかった費用と損害による痛手は、調査兵団の支持母体を失墜させるには十分であった。

 

 

エルヴィンを含む責任者が、王都に召集されると同時に、エレンの引渡しが決まった。

 

 

 

 

 

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