驚くほど、読みづらいところが多かったです。それでもこんな今作でも最初から最後まで読んでくださっている方がいらっしゃったりして、本当にありがたい限りです。
まっこと、ありがたき幸せです!!
その女と男の関係性を、リヴァイは実はあまりよく知らない。
シグリという女は、リヴァイが地下の馴染みと共に調査兵団へ入団した頃からその男の隣を陣取っていた。彼女が中央憲兵に追われて兵団を抜けたとき、男は情けない様子でリヴァイに弱音らしきものを吐いていた。男がリヴァイの前で実にもならぬ想いをさらけ出したのは、後にも先にもあれきりだった。
その後、壁外追放を装って彼女を再び兵団へと迎え入れた時、リヴァイは彼女に「クシェル」という名を与え、その手をひいて男のもとから引き離した。まるで妹のように気にかけていた女を、地下街のゴロツキなんぞがさらっていったにもかかわらず、男は何も言わなかった。
ナナバ曰くは、女とリヴァイの関係性はいわゆる「恋人」というものであったらしいが、いかんせん、リヴァイには彼女と将来を共に歩まんとするような人生の展望は全く持ち合わせていなかったし、女も女で、求めれば応じるものの、基本的にはのらりくらりとしていたものだから、どうにも甘い雰囲気はなかった。少なくとも、リヴァイがよく目にした兵団内の「恋人」同士とは、およそ温度が違っていた。
男が13代団長に就任し、リヴァイが兵士長に就任してからというもの、仕事抜きでの二人きりの時間など、本当に限られていたように思う。もちろん、非常に健康的な兵士である以上、身を燻る欲をお互いで発散することは往々にしてあった。しかしそれも、いつしか発散のみが全面に押し出された殺伐としたものとなっていた。共に夜を過ごすのは、情愛というよりかは、お互いに使い回しの相手をするのは病気をもらいそうで嫌だから、というある種の清潔観念に根ざしたものだった。
年を経るごとに甘さを失っていく二人の関係を、「専属の発散相手」と称したのは決してリヴァイではなく、女の方である。さすがにその表現にはリヴァイも腹を立てたし、あのハンジですら目を丸くしていた。ナナバにいたっては「不純すぎる」と友の貞操観念の様相に泣き叫ぶ始末だったが、男は黙って頷いただけだった。
その男、エルヴィン・スミスと、女、クシェルの関係性を、リヴァイはよく知らない。それはひとえに、彼が彼女との心の触れ合いを怠ってきたことの何よりの証左なのだが、彼は彼で近しい人間関係の構築に著しく不慣れであるから自覚はない。ただ彼がはっきりと分かっているのは、いつもは素知らぬ顔をしているエルヴィンにとって、その女の存在はかなり大きなものであるらしい、ということだった。
「エルヴィン。お前大丈夫か」
「何がだ」
そう問うたのは、もう陽もすっかり天高く昇った頃、トロスト区内でのことだった。迅速な指示を部下と憲兵団の面々に出していた男が、一息ついたようにリアヴィの隣でため息をこぼした時である。男は不思議そうな顔を装ってリヴァイを振り向いた。
「情けねぇ面してんじゃねえぞ」
「さて。どんな顔だろうか」
嘯くように男が首を傾げる。ほんの僅かな動揺だ。部下どもには全くわからないであろうほんの細やかな揺れだった。だが、六年間隣で男を見続けていたリヴァイからすれば、大きな違いだった。
「テメェの気に入りが一人死んだくれぇで。らしくねぇぞ、エルヴィン団長」
ひと睨みすれば、男は碧眼の大きな瞳を一つ瞬かせた後、困ったように眉尻を下げた。
「そんな風に見えるか」
「そんな風に見えるから言っている」
男は目の前で準備に勤しむ部下たちに視線をやった。リフトの準備もできつつある。今から、彼ら調査兵団は、ハンジ分隊が超大型巨人と交戦したという場所まで壁の上を行軍する。鎧と超大型に敗北したという報せを持ってきた駐屯兵団と、104期のサシャ・ブラウスもまた、準備のために資材を持って辺りを駆けていた。
男が揺れたのは、超大型の出現のせいではない。ただ、ミケ分隊に配属していた男の副官の死亡の報告を聞いたせいだ。死亡確率の低い配置であったにもかかわらず、死んでいったあの女一人のために。
「……俺がクシェルのために悲しんでいるとでも?」
「……そうだろうが」
リヴァイの言葉に、しかし男は小さく笑った。
「リヴァイ兵士長殿はひどく動揺しているようだな」
「は?」
まるで揶揄うように放たれた言葉に、思わずリヴァイは眉をひそめた。男が何か言おうと口を開きかけた時である。準備に駆けていた兵士たちの間から、どよめきが上がった。
「エルヴィン団長!」
そのどよめきの中心から、男を呼ぶ声が上がる。見れば、そこには死亡した副官の直属の部下、エーミールが立っていた。
「エーミール調査兵!そんな身体で動いてはいけませんと何度言えば!!」
彼は白い病院服に身を包んでおり、体中に包帯を張り巡らせている。息を切らせながらリヴァイたちの元に歩み寄ってくる彼の身体を、衛生兵が支えながら叱咤を飛ばしていた。先の巨大樹における女型の巨人との交戦で負傷したエーミールである。その怪我のため、今回の作戦からは外されていた兵士だった。
「どうしたエーミール」
「先ほど、報せを聞いて……!クシェル副官が……戦死されたというのは本当なのですか!?」
顔を青くして叫ぶように言ったエーミールは、シガンシナ陥落前から彼女の部下であった者だ。異動もなく、彼女の部下であり続けたのは、ひとえに彼女がエーミールを手放そうとしなかったためである。
「間違いない。巨人に食われたところを見たと104期が証言したらしい」
抑揚なく言った男に、エーミールはその女好きのする顔を歪めて、その場に膝をついて崩れ落ちた。
「おい、大丈夫か」
彼の元に膝をついてリヴァイがその震える肩に手を伸ばせば、彼は絶望の表情を載せながら呟いていた。
「まだ俺は全部聞いてないのに……。まさか、あの人が……このままじゃ、「人類」は……」
「エーミール?どうした」
リヴァイにしか聞こえないような小さな声の呟きの意味がわからず、リヴァイは彼の肩を再度叩く。しかし、エーミールは臆病に取り憑かれたように頭を抱えて震えるだけである。その姿は、リヴァイが入団した頃の、死の影に怯えていた若い頃の彼を彷彿とさせた。
「エーミール。君は兵舎へ戻れ。ここにいては邪魔だ」
リヴァイとエーミールの頭上から、冷たい声が落ちてきた。見上げれば、エルヴィンが揺るぎのない、感情の読みづらい瞳と目があった。
「クシェル一人の死を悼んだところで状況は変わらない。今我々がすべき事はエレンの奪還だ。それができなければ、人類が生き残る道は潰えるだろう」
「……エルヴィン団長……」
「たった一人の死に捕らわれるな。お前たちには、これからも働いてもらわねばならない」
男はエーミールの震える肩に手を置いた後、リヴァイを一瞥してそう言った。その眼は、もうすっかりと迷いのない団長のそれになっていた。
「エレンをつれて帰る。必ずだ。待っていろ」
踵を返した男の背に、双翼が翻る。ああそうだ、とリヴァイは頷いた。この男はそういう人間だった。たった一人のかけがえのない命を、無機質な数字として数えることのできる人間だ。己の感情の揺れでさえ、単なる誤差の範囲として計算式に組み込んでしまえる男だ。リヴァイは、初めての壁外で馴染みを亡くした時のことを思った。あの時に自分は、かけがえのない死を、括弧の中に入れてしまうことを決めたのだ。この男のように。
「了解だ。エルヴィン。テメェの仕事ぶりを期待してるぜ」
立ち上がってそう返したリヴァイに、男はわずかに口角をあげて満足そうに頷いた。その背中を見た瞬間、怪我した足が一際大きく痛んだ。
「クルト……!クルト・ウェルナーはどこにいますか!?トロスト区から出発したと聞いたのですが!!」
エルヴィンがその場を去ろうとした時、不意に叫んだのはエーミールである。いつの間にか、その肩は震えを止めて、焦りのような感情がその女好きのする顔に乗っていた。
「クルトなら、ハンジの分隊に組み込んだが。イリヤと同じ班に配属されたはずだ」
「彼はどうなったんですか!?あいつは、」
やおら興奮して立ち上がったエーミールが腹の傷を抱えて言葉を詰まらせる。衛生兵が「無理はやめてください」と叱咤したが、当の本人は気にしない様子でその焦った表情を団長へと必死に向けていた。
「オイ、エーミール。どういうことだ」
「リヴァイ!クシェルさんが言ってたんだ!あいつは、壁の外から来た人間だ!」
エーミールの言葉に、リヴァイとエルヴィンが顔を見合わせた。エルヴィンは一つ頷き、エーミールの前にかがみ込んだ。
「話してくれ。クシェルは何をつかんでいた?」
そして、副官の遺した情報をその部下に問うた。
******
トロスト区にまで南下していた調査兵団の本隊が、駐屯兵団から超大型と鎧の巨人の出現の報せを受けるより数時間前にさかのぼる。
壁の上、ハンジ分隊と駐屯兵団先遣隊が合流した時のことである。
ウドガルド城で巨人と交戦し、生き残った104期と共に、壁の上へと一時避難したハンジ分隊は、ユミルという少女の巨人化と、壁に穴が空いていないという二つの異常事態に困惑していた。
「一旦、トロスト区で待機しよう」
壁の上から臨むローゼ内地は穏やかなもので、巨人の影一つ視界に納めることができない。平穏な草原の広がる光景を見渡しながら、兵士たちにそう指示を出したのはハンジ分隊長である。
「……ユミル。帰ろう……」
ポツリと落とされたその言葉にイリヤが振り向けば、担架の側で、金髪の髪の長い少女が顔を俯かせていた。その両手が、担架の上で眠る巨人化した少女の残った右手を握りしめている。
ヒストリア・レイス。
イリヤの一族が代々仕えてきたシーナ内地に領土を持つ貴族。その現当主の妾の子であると告白したのは、ウォール教のニック司祭だ。その妾の子が、壁の秘密に迫る鍵なのだと彼は言ったが、その意味はイリヤにはさっぱり分からなかった。レイスの屋敷は、使用人長の息子であるイリヤの育った屋敷でもある。だが、彼が知るのは単なる平凡な貴族の日常だけで、壁の秘密とは程遠い安寧だけだった。
とは言っても、12歳になってすぐに屋敷を出て訓練兵団に入団したイリヤには、屋敷の主人たちとの関わりなどほとんどなかった。まともに会話をしたことがあるのは、幼い頃、イリヤにも分け隔てなく接してくれていた現当主の弟、ウーリ・レイスくらいのものだった。
「ヒストリア。そろそろ」
イリヤが声をかければ、小柄な彼女は、憂いた表情のまま、「はい」と小さく頷いて立ち上がった。大きな青い瞳が、苦しげに歪められていて、胸を締め付ける。笑えばさぞ可愛らしいだろうに、とイリヤは思った。
「あの、何か……」
不躾に彼女の顔をじっと眺めていたことに気づいたのは、その本人が訝しげにイリヤを見上げてきた時だった。イリヤはしどろもどろになりながら、場に似つかわしくなく、自己紹介をした。さらに訝しげに首を傾げたヒストリアに、イリヤは口ごもりながら、
「えっと、あの、うん、俺、レイス家の使用人だったから……。君と会ったこと、あったかな、と思ってさ」
「……私は屋敷には行ったことないので。会ったことないと思います」
しかし、笑って語りかけたその言葉は、さらに表情を暗くしたヒストリアに一蹴された。
「だよなぁ〜」
イリヤは、ははは、と乾いた笑いを返すだけで精一杯だった。噂で聞くには、どんな時でも優しい「女神様」だと聞いていたが、印象は大きく異なる。まあ、こんな異常事態だから当然か、と思いながら顔を上げれば、離れた場所にエレンがライナーとベルトルトと会話している姿が目に入った。
ライナーとベルトルトがアニ・レオンハートの仲間である可能性がある。
そう、エルミハ区で行き着いた一つの疑義を思い出し、イリヤはヒストリアの側から離れ、エレンの方向へと足を進めた。
「この壁の中は一体どうなっちゃったんでしょう」
サシャやアルミンが呟きながらハンジ分隊長の後を歩いて行くのとすれ違いながら、「エレン」と彼はその少年の名を呼んだ。
壁の上の空は、いつしか曇天に覆われて、霧雨が彼らの上に降り注いでいた。暗雲立ち込める静けさに、イリヤは嫌な予感がして足を進める。そのイリヤの姿を見て、エレンが二人と会話していることに気づいたミカサが足を止める。
「エレン」
「イリヤ」
しかし、エレンのそばに寄ろうとしたイリヤを呼び止めた者がいた。振り返れば、そこにはイリヤの同期であるクルトがじっと彼を見つめて立っていた。
「なんだ、クルト。ちょっと後にしてくれないか」
「イリヤ。なんであの日、俺の元へ来なかった?」
風が上空で唸る音が耳に届いた。壁の上は静かなものだが、空は嵐を呼びそうなほど風が強いようだった。黒く分厚い雲が、駆けるように空を流れている。
「何だよ、こんな時に……。そんなこと、今話すことじゃないだろ」
「この前の壁外調査の前。お前が古城に勤務していたとき、俺はお前に一緒に来てくれって言ったよな。どうして、来なかった?誰かにバレたのか?」
イリヤの言葉を無視して、じっと見つめてくるクルトの表情は何かを思い詰めているように、険しく顰められていた。
「いや……バレてない。あの夜は、見張りがきつくて……古城から出られなかっただけだ……」
嘘である。あの夜、イリヤはクルトが己の能力を知っていることから、彼の元に行こうとした。しかし、それはクシェル副官とリヴァイ兵長に見つかって叶わなかった。イリヤは自分の耳を犠牲に、クルトのことだけは上官に漏らさなかったが、あの嗅覚の鋭い上官たちはもしかしたら気づいていたのかもしれなかった。
「なあ……クルト。お前、どうして俺の能力のことを知ってたんだ?一体、お前は何で、この能力の由来を俺に教えてくれるなんて言ったんだ……」
−−クルト・ウェルナーを監視しろ。
エルミハ区を出る前、イリヤに指示したハンジ分隊長の言葉が脳裏によぎる。イリヤは両手の拳をぎりりと握りしめた。じっとりと気持ちの悪い汗が滲んでくるのがわかった。
「あの時、お前は俺をどこに連れてくつもりだった……?いや、お前、今までどこにいたんだ?憲兵たちに見つからず、どこに隠れてたんだ……」
問いながら、それでもイリヤはその友人のことを信じていた。否、信じようとしていた。彼は単なる脱走兵だ。「人類の敵」ではない。
−−彼は、アニ・レオンハートと同じく「敵」である可能性がある。
ハンジ分隊長の憶測は間違っている。そう、イリヤはクルトを見ながらそう言い聞かせていた。
「おい!何とか言えよ!クルト!」
いつの間にか、焦ったようにイリヤは叫び出していた。彼の焦燥とは裏腹に、あたりは静けさに包まれており、面するクルトも冷静さを貼り付けたように、黙りこくったままである。己の感情との対比に、イリヤはますます追い詰められていく。叫んだ声が、震えるのが止められなかった。何とか言ってくれ。そう、叫んでいた。
だが、クルトは少し悲しそうな表情を浮かべた後、イリヤに手を差し伸べた。
「イリヤ。俺と来い。俺はお前を友達だと思ってる。お前に死んで欲しくないんだ。お前なら、きっとあちらに行っても死ぬことはない。きっと大丈夫だから」
「……っ!何だよ、それっ!あちらって何だ?!」
曇天の下、ひゅるりと風が一陣唸った。
「壁の向こうだ」
その言葉を聞いた瞬間、イリヤは腰の刃を振り抜いていた。刃を構える両手が震える。カチカチと奥歯が鳴るのが止められない。イリヤは、四年間苦楽を共にした友人に、刃を向けていた。
「エレン!逃げて!!」
次の瞬間に、耳をついたのは、背後で叫ばれたミカサの声だった。振り向いた先で、踊るように舞ったミカサの身体と、ポンと空に投げ出された人間の手首が見えた。その手首が切断されたライナーのものだと理解した時には、ミカサはベルトルトの首を掻き切っていた。
「エレン!!」
「イリヤ!!」
叫んだ瞬間に、背後で刃を抜く硬質な音が響いてイリヤは急いでクルトに向き合った。彼は、イリヤに刃を向けながら、「一緒に来い」と再度言った。
「よく考えろイリヤ。ここでお前とエレンがこちらに来れば、ひとまずの危機は立ち去るぞ」
「だから!それが意味わかんねえって言ってんだろ!?」
異変に気付いたハンジ分隊長たちが、イリヤとエレンの名を呼びながらこちらに駆けてくるのが、クルトの背後に見えた。しかし、次の瞬間、イリヤの背中を襲ったのは、巨人化の際の閃光だった。振り向けば、ライナーとベルトルトの体から、独特の雷のような閃光が放たれていた。
「エレン!」
「お前はいつだって誰かが死ぬことを嫌ってたよなイリヤ!」
巨人化する二人に向かおうとするイリヤに、クルトが躙り寄りながら叫んだ。
「お前が来ることで確実に助けられる命が一つあるぞ!お前が来なければ、あの人は殺される!見殺しにしたくなければ俺と来い!!」
「は!?誰だって!?」
「クシェル副官だ!あの人を殺されたくなけりゃ、俺と来い!イリヤ!!」
クルトがそう言って、イリヤに手を伸ばしたのは、ライナーたちの巨人化の爆風が壁の上を襲う寸前だった。
身を焼くような熱風の中、飛ばされないようにうずくまって体を庇いながら、イリヤは涙が両頬を伝うのを感じた。
−−この裏切り者が。
そう言ったのは、エレンだったのか、それとも自分だったのか。
爆風の中、全ては混乱の底に消えていった。
*****
巨人の腹の中は、たいそう寒く、そして硬いらしい。予想外の事実だ。ハンジに報告すれば、彼女はそれは興奮して喜ぶ事実だ。
そうまどろむ意識の底で、クシェルは仲間の顔を思い浮かべていた。
死後の世界にしては、やけに五感が鋭い。体中を襲う寒さと痛みに、声を漏らせば、喉もカラカラで痛かった。死してなお、安息は訪れぬらしいと思い、否、それもそうかと己の生前の行いを振り返って得心した。
しかし、うっすらとその瞼を開けて、そこがどうやら死後の世界ではないらしいと気付いた時には、ホッとするより先に、げんなりとした気持ちが去来した。
一つ二つ瞬きをすれば、煌々と光る満ちた大きな月と目があった。ウドガルド城の外か、と思い、体を動かそうとした時に、頬に当たる木の皮の感触に驚いて、思わず半身を起こす。
「巨大樹……」
人一人が身を転がしてもまだ余裕のあるほど大きく太い幹。それは、自分が先ほどまで戦っていたウドガルド城の付近には生息していない植物だった。
「あ、目が覚めたみたい」
困惑に息を詰めていたクシェルの近くから、女性の声が落ちてきた。
声の方向には、髪の長い女と、メガネをかけた青年が幹の上に腰掛けていた。兵団服も、立体機動装置も身につけていない。見慣れぬ服を身にまとった二人が、緩やかな笑顔を浮かべている。
「おはよう、兵士のお姉さん」
月の光が反射したメガネを向けて男が笑った。
刻限は夜の深い頃合い。
ちょうど、ナナバとゲルガーが崩れかけた塔の上で、生き残りをかけて巨人と戦っていた時のことだった。
今回も長くなりました。ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
次回からは新しい章になります。
ジークさん、ピークさん、よろしくお願いいたします。