未来への進撃   作:pezo

41 / 41


バタバタしていて気づいたら11月になっていました。

アニメも来年の7月に放送が発表されたし、劇場版も1月にあるし、うれしか〜〜〜♪

それまでに、二幕を終わらせます。気づいたら全然物語が進行していない。いや、時間軸的には、原作も全然進まないのですが。
相変わらず、クシェルの思い出話的なところは、前作『それは愛にも似た、』のネタを使用しておりますが、そんな大したことはないのでスルーしていただけますと幸いです。







 

 

 

 

時折、クシェルは空に泳ぐクジラの幻影を見る。

 

それが白昼夢であるのか、はたまた夜に見る夢の光景なのかは分からぬが、空にはクジラは泳がぬから、それは幻なのであろう。しかも、そのクジラはこの壁の中では、実在しない幻の海獣とされているものである。禁書にだけ描かれたその姿を知る者など、壁の中では誰一人としていない。

 

だから、彼女が見るそれは、まさに単なる幻なのだろう。しかし、彼女はそれを壁の中に来てからというもの、昼夜問わず見ていた。青い、蒼い空に泰然と、白い腹を翻しながら泳ぐそれの名を、クシェルは最初知らなかった。

 

それを教えてくれたのは、彼女の後継人でもあるエルヴィン・スミスの与えてくれた生物図鑑であった。禁書の類のそれは、彼から彼女への最初で最後の贈り物であったため、クシェルはそれはそれはその図鑑を大切にしていた。

 

空に泳ぐ幻のそれではなく、海に泳ぐ現実のクジラを見たいと彼女が思うようになったのは、調査兵団への入団をエルヴィンから提案された頃だった。しかしその夢は、エルヴィンにもついぞ語ったことはない。

 

子供じみた幻のような夢を語ったのは、リヴァイにだけであった。彼が入団してまもなくの頃、お目付役として彼と同室であった時、二人で腹の探り合いをしながら酒を飲み交わした際に語った夢物語である。稚拙な夢であったが、彼は笑うことなく、真面目くさった顔で「そうか」と頷いていた。それは、まだ昨夜のことのように鮮明な記憶である。

 

良い仲間に恵まれた己は、実に果報者であった。

 

そう、暗くなりかけた視界で、夕焼けの空を悠然と泳ぐクジラを認めながら、クシェルは息を吐いた。

 

 

 

 

「おい、クシェルさん。大丈夫すか。寝たら死んじまいますよ」

 

すぐ近くから声が降ってきて、クシェルは重い瞼を開けて、「ユミル、」とその声の主を呼んだ。

 

「寒いんだ。変な幻覚まで見えてきた。これはいよいよ危ない。お願いだから、一回巨人化してぱくっと一飲みにでもしてくれないかな。このまま失血死なんて笑えないよ」

 

クシェルが巨大樹の幹の上で寝そべったまま笑えば、ユミルと呼ばれた長身の少女は、大人びた表情でため息をわざとらしく吐いた。

 

「せっかくここまで生き延びたんですから、しっかりしてくださいよ。第一、死にたかったら、そっから飛び降りりゃすぐ巨人が食ってくれますよ」

 

「うぅん、あいつらは食べ方が汚いからなぁ。とっちらかすだろ、あいつら。ああいう死に方はできるだけ避けたいよなぁ」

 

クシェルが冗談めかして言った言葉に、少しだけユミルが動揺したように息を飲んだ。

 

その場所は、旧ウォール・マリア内地にある小規模な巨大樹の森だった。ユミルのそばには腹の傷から血を垂れ流しているクシェルが、その隣には四肢をもぎとられたエレンが気を失って横たわっている。

彼らのいる幹の上から少し離れた場所には、ライナーとベルトルト、そして彼らより一期上のクルトがいる。三人とも、ユミルたちとは違って立体起動装置をしっかりと身につけていた。

それは、クシェルがジークたちの取引を拒み、そのままそこに放置されてから数時間後のこと。壁の上での交戦から逃れてきたライナーたちが、偶然にも彼女の寝そべっていた場所に逃げ込んできてしばらくしてからのことだった。

 

おおよそのことの次第を、クシェルとユミルたちは情報交換しあった。なんの意図か、ライナーたちは夜までここで待機すると決めた。腹の傷が痛むというクシェルに手当をしてやらないのは、つまり、そういうことだった。彼らにはクシェルを生かす選択肢など端からないようだった。

 

 

 

 

「情けないもんですね、クシェル副官。あんたがそんなに弱ってるところ、死んでいった部下たちに見せてやりたいですよ」

 

冷たいクルトの声が攻めるように、横たわって息を切らしているクシェルに投げられた。その女の腹から滲み出た血の色は、すっかりと白いシャツを染め始めていた。ウドガルド城の攻防から、ライナーたちの仲間にこの巨大樹に連れてこられた彼女は、どうやら腹を巨人に食われたらしい。傷はそう深くはなさそうで、簡易な手当もされているようであるが、なにぶん時間が経ち過ぎている。

 

ウドガルド城の攻防から、悠に20時間近く経過しているのだ。屈強な兵士である彼女の体力も徐々に死へと近づいてきているのだろう。

 

「兵団の情報を提供してくれていれば命は助かったでしょうに。仲間がここにあなたを置いていったのは誤算でしたが、どちらにせよあなたはここで死ぬ運命だ」

 

クルトの冷たい瞳が睨みつけるようにクシェルを見下ろす。その声と瞳に、彼女はちらりと視線をよこしただけで、何も言わずに再び視線を空に向けた。否、仰向けにされた胸が深く上下しているのを見るに、言葉を返す余裕もないのかもしれない。

 

「あんたらがイリヤさんを連れてくるために、この人を囮にしたってのは理解したけどよ、ここで見殺しにするなんてやめてやれよ」

 

みかねたユミルが、ダメ元で冗談のように懇願すれば、即座にライナーが首を横に振った。

 

「クシェル副官がいたことは俺たちにとっては想定外だ。ここから故郷に帰るまで、俺たちだって命がけなんだ。これ以上定員は増やせないし、彼女に連れ帰る利点も感じられない」

 

「故郷ってのは相当厳しいみてぇだな。一体あんたら、何を目的にしてんだ?」

 

「その話はエレンが目を覚ましてからだと言ったろ」

 

有無を言わさぬ体で言い切ったライナーに、思わずユミルの口から舌打ちが漏れる。見れば、彼女は寒そうに体を震わせて瞼を閉じている。ライナーたちに連れられて、ここまで来たユミルが目覚めたときに見たときより、更に少し顔が青くなっている。

 

「クシェルさん」

 

「大丈夫だよ、ユミル。あいつらのお仲間さんに朝方、ここに置いてかれてからずっと横になってるんだ。ずいぶんゆっくりさせてもらってる。すぐに死にゃしない」

 

「…………なんで、やつらの言うことを聞かなかったんですか。命が惜しいなら、適当な情報喋ってひとまず生き延びるって方法もあったんじゃ」

 

「あぁ……そういう方法もあったね。まあ、確率は低いけど、たしかに。うん、今よりマシだったかもね」

 

瞼を閉じたまま、うっすらと微笑を浮かべた彼女の額には、びっしりと冷や汗が浮かんでいる。

 

「なんで」

 

「まあ……私は調査兵団だから、かな」

 

その答えに、ユミルは眉をひそめた。ユミルがクシェルと会話したのは、ウドガルド城でだけだ。そのわずかな間だけであるが、その時の彼女と、今目の前に横たわっている彼女はどうにも別人のように思えた。その違和に、ユミルはウドガルド城で彼女が巨人に食われる前に言ったことを思い出す。

 

 

――生き残ったら答え合わせをしよう。

 

 

「あんた、壁の外から来たんだろ?どうして、今まで調査兵団にいながらそれを黙ってたんすか」

 

 

沈黙。

 

 

その沈黙は、意図して彼女が黙したそれだった。ユミルが辛抱強くその答えを待っていれば、ふと黒い瞳が開いて、ユミルを見上げてきた。濡れた、まるで子供のように大きく、キラキラ光りを抱いた瞳だった。

 

「覚えてなかった。忘れてた」

 

「は?」

 

「壁の外から来たなんて、自分の妄想だと思ってた。それほど、記憶はほとんど曖昧だった。海獣の知識も、技術革新の歴史の違和も、全部おぼろげで、自身がなかった。自分の知る言語が、生まれた故郷のものだったと思い出したのは、ついさっきなんだよ」

 

「じゃ、じゃあ、あんたは壁の外から来たにもかかわらず、それをさっきまで全然覚えてなかったっていうのか?」

 

こくりと頷いたその黒髪の小さな頭に、ユミルは絶句した。そんなことがあるのか、と。否、不自然な点は他にもあった。彼女が「どのようにして」この壁まで来たのか、という点である。それについても、彼女は思い出したのだろう。

 

キラキラとした黒い瞳は、ウドガルドで見たまっすぐな意思に固められたそれではなく、まるで幼子のように不安げに揺れていた。

 

 

「どうしよう、ユミル」

 

 

か細い、迷い子の震える声がユミルを呼んだ。細くも、兵士らしく硬く鍛え上げられた彼女の右手が、そのまま顔を覆うように添えられた。

 

「私は調査兵だ。彼らを裏切れない。…………なのに、どうして。こんなにも、死にたくないんだ。生きて、故郷に帰りたいって思ってしまうんだ……」

 

仲間に顔向けできない。そう言って嗚咽を漏らした彼女は、両手で顔を覆ったので、ユミルからはその表情は見えなくなってしまった。

 

その姿に、ウドガルド城での彼女との相違を見出して、はた、とユミルは気づいた。クシェルは、団長付きの副官として、そして古参兵の一人として、シガンシナ陥落の英雄として、その誇りを胸に抱えて立っていた兵士だ。その兵士は、決して部下の前で本音を吐露しない。ましてや、こんな弱々しい姿は見せやしない。

 

 

「……もしかして、クシェルさん。あんた……記憶があったら、調査兵団なんて入ってなかったんじゃ……」

 

 

まさか、と思いながら呟かれたユミルの言葉に、クシェルはわずかに首を縦に振った。「全部、裏切った」とその小さな口は呟いた。その意図はユミルにはわからなかった。調査兵団への裏切りなのか。それとも。

 

そのあと、彼女の口からだれかを呼ぶ声が漏れたが、ユミルの耳にはその名前は届かなかった。ただ、黒髪の女の小さな嗚咽と、自分とエレンの体から上がる蒸気の音だけが耳の奥に痛みをもって響いていた。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

同刻。壁の上である。

 

イリヤが目を覚ました時には、既にエルヴィン団長率いる調査兵団本隊が合流していた。リフトの昇降音が唸るのを、イリヤは目覚めたばかりの惚けた耳で聞くともなしに聞いていた。

 

 

 

「イリヤさん!大丈夫ですか?」

 

 

 

駆け寄って来たのは、104期のアルミン・アルレルトだった。金色の髪が斜陽に輝いているのを見て、自分がかなり長い時間眠っていたことを悟る。

 

「ああ……俺は、」

 

「超大型巨人が落ちて来た熱風で気を失っていたんです。外傷はすぐに再生したんですが、なかなか目を覚まさなかったので心配しました……」

 

アルミンの手を借りながら立ち上がれば、壁の上でせわしなく兵士達が右往左往している。両翼の紋章と、薔薇の紋章。そして、

 

「憲兵団?」

 

一角獣の紋章の兵士。

 

「はい。エルヴィン団長が」

 

見れば、エルヴィン団長は横たわるハンジ分隊長のそばに膝をつき、なにやら話しているところだった。その物々しい様子に、イリヤは瞬時に悟った。

 

「……エレンが負けたのか……」

 

「はい……。ハンジ分隊長の推測で、ここから一番近い巨大樹の森に向かうことになりました。夜までにそこにたどり着ければ、ライナーたちに連れ去られたエレンを奪還できる可能性があると」

 

よどみなく告げられた状況報告に、イリヤが見れば、エレンの幼馴染というその少年は、きりりと迷いない瞳で壁の向こうを見据えていた。その姿に、イリヤは頷く。

 

「アルミン。俺の装置は?」

 

「え?まさか、イリヤさん、出撃するつもりですか?」

 

「そりゃそうだろ。もう体は大丈夫だ。俺の任務はエレンを守ることだ」

 

「そ、そんな、無茶です。まだ、」

 

「あなたは足手まとい」

 

イリヤを止めようとしたアルミンの言葉を遮った声に振り返れば、そこには鋭い瞳でこちらを真っ直ぐに見つめるミカサが立っていた。その迷いのない表情に、イリヤは少し意外に思って目を丸めた。

 

「お前、大丈夫なのか?」

 

「?」

 

「エレンがさらわれて、もっと取り乱してると思った」

 

あけすけにイリヤが言ったが、彼女は怒るでもなく、赤いマフラーで口元を覆いながら「もう、大丈夫」と頷いた。

 

「私はもう大丈夫。迷いもない。でも、あなたはそうじゃない。そんなに焦っていては、体以前の問題」

 

「焦ってないさ」

 

イリヤは壁の向こうの広大な景観に視線をやった。陽が傾きつつあるなか、旧ウォール・マリア領土内は、広大な草原を黄金色に染め上げ始めていた。その穏やかな景色を見ながら、イリヤは拳を握りしめた。

 

「焦ってない。俺は、諦めてない」

 

何を、とミカサが問おうとした言葉は、ひとりの男性が彼らの前に歩み寄って来たことで形をなさなかった。アルミンやミカサ、そして長身のイリヤよりもさらに屈強で背の高い影がさして、イリヤは視線を上げた。

 

「エルヴィン団長……」

 

「イリヤ。君も出るのか」

 

「はい。エレンを守るという任務を果たせなかった責は、きちんと果たすつもりです」

 

真っ直ぐにイリヤはその碧眼を見つめて頷いた。目覚めてから、体は軽い。きっと、大丈夫。なによりも、自分が行かなければいけないと感じていた。

 

「……君には礼を言わなければいけない」

 

「え?」

 

「クルトに連れ去られそうになったとミカサに聞いた。その際、彼に交渉をもちかけられていたとも。クシェルの命と引き換えに、君がここに残ってくれた。その選択ができた君に、敬意と感謝を」

 

厳しい表情で、抑揚のない声で、しかし熱のこもった眼差しを向けて、団長が言った。イリヤはその声に、瞳に、泣きそうな思いに駆られる。そんなふうにこの人に言ってもらえたのは、巨大樹の森における女型の巨人との交戦以来だ。

 

あの時は逆に、クシェル副官の命を救ったことと、生き延びたことを褒められた。

 

「当然の判断です。俺はクシェル副官に……、救える命の数が多い方を選べと教えられました。俺があちらに行って一人の命を助けるより、こちらに残った方が多くの人を助けられると判断したまでです」

 

「……ああ。しかしそう簡単にできる判断ではない。人一人の命は決して軽くはないのだからな」

 

そう言って、エルヴィン団長は遠い目をして、その副官がいるであろう壁の向こうの景色へと視線をやった。彼にとって、部下の命を切り捨てることはもう何度目になるのだろうか。それでも、その一度は毎回、辛いものであるはずだ。なにより、彼女は彼に最も長い時間就いていた副官なのだ。

 

「エルヴィン団長!」

 

イリヤは拳を握りしめて、その兵団の最高司令官を睨みつけるように見上げた。

 

「しかし俺は諦めていません!あの人はまだ生きている!エレン奪還の次に、俺はクシェル副官救出を掲げます!!」

 

右手拳を心臓へ。

 

誰も死なせたくない。死にたくない。そんな甘い価値観を叱ったのはクシェル副官だったが、リヴァイ兵長はその甘さを貫き通せと教えてくれた。ならば、やりたいようにやりたかった。イリヤはあの厳しく、折の合わない上官を見返してやると決めたのだ。

 

まだ、それは達成されていない。あの人には、生きて帰って来てもらわねばならない。あの上官を、団長や兵長のもとに連れ帰るのはこの俺だ。そう、思った。

 

エルヴィン団長は、一瞬、驚いたように目を丸めた。そのまま一度二度瞬きをした後、

 

「生きていると思うのか。あいつが」

 

「信じています」

 

「根拠は」

 

「ありません!」

 

胸をはって言えば、背後からミカサのものと思わしき呆れたようなため息が聞こえたが、イリヤは素知らぬフリをする。根拠など、そもそも最初からない。

 

エルヴィン団長は、そんな部下の発言に、ふと穏やかに笑った。そしてその大きな右手を、細く薄いイリヤの肩に置いた。

 

「そうか。……クシェルが君を可愛がっていた訳がようやく理解できた気がするよ。……無茶はするな、イリヤ。第一の目標はエレン奪還だ。第二は生きて帰ること。それが達成できなければ、クシェル救出は叶わない。それを肝に銘じておくように」

 

「はい!」

 

許可を得た。それに安堵して大きく頷けば、団長はまた少しだけ笑った。そのままほかの副官たちと馬のもとへと踵を返して歩いていく。その顔は、再び険しい団長のそれであった。

イリヤが嬉々として振り向けば、驚いた表情のまま目を白黒させているアルミンと、呆れた顔を隠そうともしないミカサがこちらをじっと見つめていた。

 

「呆れた……」

 

「そりゃ、お前らからすればそうだろうな。エレン奪還が主目的なことは忘れてないから安心しろ。それに……可能性が低いってこともわかってるよ。……でも、そうじゃねえだろ」

 

「そうじゃない、とは?」

 

怪訝そうに首を傾げて不安げに問うてきたのはアルミンだ。賢い彼だからこそ、クシェル副官の生存の可能性の低さは、しっかりと数値として割り出せているのだろう。

 

「信じてる。あの人はこんなところじゃ死なない」

 

もう一度、自分に言い聞かせるようにイリヤは言った。

 

「呆れた……」

 

再度言ったのはミカサ。呆れた顔の、上官と同じ色の瞳をしたその少女に、イリヤは笑った。

 

「そういや礼を言ってなかったな。ミカサ、あの時俺の両手を斬ってくれてありがとう」

 

それは、クルトの拘束から逃れようとしたときの咄嗟の判断。クルトから逃れるために、ミカサに頼んで自分の両手を切断させた。あの切れ味はとんでもなかった。

 

「ミカサだから頼めた。嫌な頼みだったと思うけど、ありがとう」

 

「い、いえ……。別に…………」

 

「ミカサ?」

 

照れたように顔を伏せたミカサに、思わずアルミンが驚いて彼女の顔を覗き込む。そんな二人の様子をそっちのけに、イリヤは体のベルトを締め直していく。

 

調査兵団の古参兵たちは、皆一様にその心臓を公に捧げきっている。仲間の死をも肥料として、彼らは悲しみを殺して前に進み続ける。未来にあるはずの自由のために。

しかし、彼らのそうした崇高な夢には、彼ら自身のしあわせな姿は決して描かれることはない。死地へと向かう彼らに、それを描けというのはたしかに酷なことなのかもしれない。

 

でも、仲間の死に抗うことは決してダメなことではないはずだ。

 

イリヤは思う。

きっとあの上官を連れて帰る。そして、すっかり悲しみも怒りも殺すことに長けてしまった団長と兵長のもとへと連れて行くのだ。仲間の死に涙ひとつ流すことなく、指示を出し続けたハンジ分隊長だってきっと泣いて喜ぶ。

 

失くしてはいけない。そんなものばかりなのだ。自分たちには。大切なものばかりが増えていく。まだ可能性があるなら、それを信じたい。

 

 

 

陽が沈む。リフトが兵士たちを巨人の領域へと運んでいく。タイムリミットは夜まで。

 

追う者たちの、エレン奪還の数時間が幕を開けようとしていた。

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。