〝耐エ難キヲ耐エ 忍ビ難キヲ忍ビ――〟
雑音混じりの玉音放送が響く最中、大東亜戦争とは何かと初めて考えた。
連日乱舞していた銀色の大型爆撃機の来訪は一機も無く、抜ける様な蒼空が口をあけヒトを呑み込む錯覚に陥る。
水平線上に連日艦砲射撃を加えていた米軍艦の姿も無く、永らく眺望できなかった青い海原が広がっていた。
戦火が鎮みその意味を問いてみても、循環論に陥るのみで結論が出る筈もない。
再び見た海に、白い
何だろう。
沖合に黒い物体が浮上した。潜水艦ではなく、況んや復員船でもない。
何だろう。
黒い物体は次々と浮かび上がり、十を超えた。
玉音放送に耳を傾ける如く、ジッとしている。
何だろう。
放送が終了すると黒い物体は沖へ去り、戻ることはなかった。
今年もまた敗戦の日が巡って来た。
敗戦から半世紀以上が過ぎ、黒い物体が何であったか気掛かりになっていた。
あれはイルカか、クジラか。
いや違う、そんな物じゃない。
何だったのだろう。
敗戦と同じ陽が射す同じ浜辺に立っていた。
あの時と同じに、あの時の記憶と同じに、黒い物体が浮上した。
黒い物体はガラスの様に光っている。まるで黒曜石のように。
視界を覆う巨大さ。仰々しく物々しい武装――軍艦、黒い軍艦。大東亜戦争で活躍できなかった軍艦達だ。
彼女らは静かに佇む。
本当に 静かに。
私の知る限り、長門型戦艦、天城と信濃型空母、最上型巡洋艦、風型駆逐艦を含む歴とした艦隊で、長門型の煙突は二本、それも一本の煙突が大きく湾曲した近代化改装前の型で他に艦式不明の物があった。
黒曜石の艦隊はただ停泊をするだけだった。
翌日の新聞で、不明の艦種を知った。
ペンシルベニア級。長門と共に原爆に曝された戦艦、大東亜戦争と太平洋戦争の亡霊達が蘇っていた。
彼女らは空虚だった。脱け殻だった。ギタギタ輝く艦体が異様だった。
調査によると、艦内はキチンと整い、所々に残る弾痕さえ奇麗に刻まれているという。
座乗する者は無い、遺骨もない、ただの幽霊船だった。
夏の太陽と黒曜石艦隊を背に、大衆は写真を撮り、画像を上げ、海水浴を楽しむ。
黒曜石艦隊は何も起こさない。何も起きない。
そして黒曜石艦隊は世界各地の旧軍港に浮上した。
真珠湾、カリフォルニア沖、地中海、バルト海。世界各地に浮上し、停泊をするだけだった。
黒曜石艦隊は老人のように厄介者扱いされた。
パナマ運河の閘門を黒曜石艦隊が塞ぎ、通航不能となった。
マラッカ海峡は黒曜石艦隊のために船舶の航行が困難となった。
ペルシャ湾を埋め尽くした黒曜石艦隊は、石油タンカーの航行を不可能とした。
マルマラ海を埋め尽くした黒曜石艦隊で、黒海艦艇は一切の作戦行動を封鎖された。
ジブラルタルを埋め尽くした黒曜石艦隊が、地中海から大西洋への航路を封鎖した。
ある国はタグボートで黒曜石艦隊の曳航を図ったが、艦艇は水平線に貼り付き、動くことはなかった。
試みに黒曜石艦隊の一隻をミサイルで爆破した国があったが、破砕された黒曜石の破片は鋭利な刃となって沿岸を襲い、広範囲に亘って甚大な被害を及ぼした。
それどころか、破片それぞれが一隻の軍艦となって増殖し、たちまち湾内を黒曜石艦隊で埋め尽くした。
万策尽き、停泊するに任せたままにした国々は、数日を経て愕然とした。艦艇の数は倍に増え、水平線を黒く埋めていた。
黒曜石艦隊は浮上を続け、海は黒曜石艦隊でイッパイになっていく。
戦争で使用された船が蘇るのであれば数知れない。
海が黒曜石艦隊でギュウギュウになり、身動きが取れなくなるまですぐだと、その夏に私は思った。