神転オリ主で人理修復をする話   作:倉木学人

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これが、自分が描きたかったもの、なのですかねえ。
いざ描いて見ると、なんだかなあ。

とにかく、これで蛇足編は終了です。
自分はこれで満足したので、これで満足できないなら、まあ。
君もFGOの小説を書こう、としか言えません。

自分は、もうしばらく小説は書きたくない。


Heal The World

 西歴二〇一六年,冠位時間神殿ソロモン。

 この場所が時間旅行の終焉にして、最終目標。

 ソロモン王を騙る者の玉座であり、ゲーティアたちの本拠地である。

 

 そんな地に人類最後のマスターであるロクサーヌは、サーヴァントも連れず一人でこの地に赴いていた。

 当然、考えなしに単身で突っ込んだ訳ではない。

 カルデアの職員たち、そしてサーヴァントたちと良く話し合ったうえで、ロクサーヌはこの選択を選んでいた。

 

 とはいえ、そこは敵の本拠地である。その光景は、ロクサーヌの想像を超えていた。

 イメージとして見知ってはいたけど、実際にここへ訪れたわけではなかった故に。

 時間神殿を目の前をして、ロクサーヌは何をするでもなく、ただただ突っ立っているのであった。

 

 この空間こそが魔神王の第二宝具である戴冠の時来たれり、基は全てを始めるもの(アルス・パウリナ)、固有結界“時間神殿ソロモン”。

 ソロモン王の魔術回路を基盤とする小宇宙。

 空は獣の霊基に満ちており、地は魔神柱で出来ている。そこはまさしく悪魔の巣窟であった。

 

「どういうつもりだ? サーヴァントも連れずに我らの神殿に来ようとは? とうとう自害を選んだ、という訳でもあるまいな? そうであるのならば、どんなにありがたいことなのだが」

 

 そんな中で、魔神柱が一柱、魔神フラウロスがロクサーヌへと近づく。

 その姿は人間で、いつぞやのタキシード姿である。

 

「ロクサーヌ。君は、私と出会った時から、何も変わっていないのだな。幾多の試練を乗り越えて、施しの聖者から鎧を施されてなお、我々を。そして人間というものを恐れている」

 

 フラウロスが近づくたびに、ロクサーヌの身は震える。

 しかし、逃げようにもここが敵地であり、旅の終着点。身を隠すものは何もない。

 どこにも逃げられず、彼女はただ身を震わせるのみ。

 

「君が人類最後のマスターだと知って、正直私は笑いが止まらなかった。最早、我々の邪魔をするものは何もいないのだと。そう確信した。だが、君は我々の予想を悉く裏切った」

 

 ロクサーヌは弱い。

 精神薄弱で、魔力供給しか能が無いマスター。

 一見、そのように見える。

 

 しかし彼女はそう見えるだけで、確かな強さがある。そう魔神柱たちは認めているのであった。

 でなければ、彼女はここまで到達しえなかっただろう。

 偶然と片付けるに、彼女の進撃はあまりにも都合がよすぎる。

 

「認めよう、私の眼は節穴だった。何故、あの忌々しい存在はこのような者を送り出したのだ? 全く、理不尽で腹が煮えくり返りそうだよ」

 

 ロクサーヌが深呼吸をし、口を開く。

 

「おれのかみの正体がわかっているんだね」

「知識さえあれば子供にだって分かることだろう? 暴君ネロが嫌い、帝国神祖ロムルスがローマの一面と認めざるを得なかった。そのような神など、一つしかない」

 

 ロクサーヌに味方する神は、間違いなく聖書の神。

 それも新約聖書に書かれた唯一神。

 その教えはかつてローマで栄え、ローマの権威を食いつぶした宗教でもある。

 その名をキリスト教という。

 

「私としては、君に問い詰めたいことが山ほどあるのだが。それは我々の総意でもあるのでね」

 

 そう言うとフラウロスは彼女に背を向け、どこかへと向けて歩き出した。

 

「来るがいい、我が王の下へ。このフラウロスが、君を玉座に案内してあげようではないか」

 

 一時的に魔神柱たちはその活動を休止することで空間が歪み、玉座の道が開かれる。

 フラウロスがその先へと歩み出したことで、ロクサーヌはそれについていく。

 

『ロクサーヌ、ちゃん』

 

 

 

 

 

「来たか」

 

 そこは王の玉座。

 本来なら道中を破壊しつくさねば立ち入れぬ、神殿の心臓部。

 そこには膨大というにもおこがましいほどの魔力が渦巻いている。

 

 そこに立つのは、魔神王ゲーティア。

 ソロモン王に巣食う七十二の魔神柱、ソロモン王の負の遺産。

 ソロモン王の遺体を用いているが故に、その姿はソロモン王のそれである。

 

「何故このようなものが、我々の敵なのか。理解に苦しい。今にも助けを乞わんとするほどに、怯え声を上げんとするほどに、苦悶の海に溺れているではないか」

 

 彼は理知的ではあるが、威圧的。

 人の姿であれど、その本質は不老不死の全能者のそれ。

 完全故に人間には理解できず、また彼も人間を理解できていない。

 

 震えながらそこに立つ、ロクサーヌの存在を未だに認められないでいる。

 

「だが、認めよう。その本質は我々と同じ志を持てるものであると。そして、その力は私の足元にも及ばないにしろ、私の前に立つ程度には相応しい力であると―」

 

 だが、完全故に理解できることはある。

 彼女は神の名の下に、来るべきして来たのだ。

 それはかつて戯言だと切り捨てられていたが、今は七十二柱の総意となった。

 

 そんな中、ロクサーヌのとった行動に目が向いた。

 

「何だ、その薬は」

 

 ロクサーヌは懐から液状の薬を取りだし、零れ落とそうになりながらも飲もうとしている。

 

「思考を向上させる薬か? しかも劇薬のそれではないか。直にでも死ぬ気か?」

 

 ゲーティアはその力故に、薬の性質を見抜いた。

 その薬は、思考能力を短時間だけ活性化させる力がある。

 ただし使用者の寿命をすり減らし、脳機能に後遺症が残るような劇薬でもある。

 

「あー、あー。水黽(あめんぼ)赤いなあいうえお、浮き雲に小エビも泳いでる。うん、よし」

 

 ロクサーヌは良く通る、呂律の良く回る、透き通った声を出した。

 その眼に、普段よりは光が見えるような気がする。

 

「俺の寿命に関してはもう、いい。この戦いで、この身体も不要になる。それより、しっかり思考ができるってことが俺には必要だ」

 

 彼女は明確な意思を持って、目の前の魔神王と向き合う。

 

「俺と話がしたいのだっけ? でも、あー。俺と話すことなんて、今更ないと思うのだけど」

「いや、そうでもない。我々にとって、君の行いは見過ごせない」

 

 彼女は首を傾る。魔神王の意図がわからない。

 お互いに、相容れない存在だと思っているはずだ。

 以前の夢でもそうだったが、なぜ話そうとするのだろう。

 

「見過ごせない? なのに、何を話す?」

「我々としては、君の行いを認めたくないのだ。だから、君を止めようとしているのだ、ロクサーヌ」

 

 止める、という言葉にロクサーヌは疑問を思った。排除する、ではなく、止める?

 

「私からの唯一の忠告だ。全てを放棄し、カルデアに引き籠っているが良い。それが最善の選択だ」

 

「何故戦う。いずれ終わる命、もうすぐ終わる命と知って」

 

「死を恐ろしいと、無残なものだと認識するのなら、知性を捨てたままでいるべきだったのに」

 

「人間たちはこの二千年の先を生きて、何になる? ひたすらに死に続け、ひたすらに無為であろう」

 

「貴様らには死が前提にある。その生き方に価値はない」

 

「だから、今すぐその生き方を止めて、知性なき生命として生きるが良い、人類最後のマスター。これは、私からの同類へ憐れみであり、優しさなのだ」

 

 魔神王の“説得”が終わると、ロクサーヌは俯いていた。

 

「そうか。お前達は、俺を止めようとするのか」

 

 ロクサーヌの中で、ロマニの姿が思い浮かぶ。

 

「確かに、魅力的だな」

「そうだろう」

 

 彼も自分が、そして彼自身が苦しむのを止めようとしていた。

 故にあの行動だったのだろう、故にこの行動なのだろう。

 

「俺も、この苦しみから解放されたいと何度思ったか。もう数えきれないほどだった」

 

 誰も彼もが、これ以上辛い思いをしたくないのだ。

 魔神王は、生ある苦しみを感じたくないないのだと。

 ロマニは、辛い光景を見たくないのだと。

 ロクサーヌも、苦しい精神状態から逃げ出したいのだと思っている。

 

「この世にあの主人公がいればと何度思ったか。だがこの世に、あの主人公はいない。何故だろうな」

 

 藤丸立花がいれば、全て解決だったのだろう。

 ロマニは満足して天に帰り、魔神王は人の王となる。

 そして主人公には新しい冒険が。

 

 だが、そんなものはいないのだ。その光景は永久に訪れない。

 

「足りない頭で考えていたけど。そもそも、この世には主人公など、居てはいけないのかもしれない。ナイチンゲールも言ってただろう、俺は英雄(びょうき)だと。俺のような英雄なんて、俺のような主人公なんて、本当はいてはいけないのだろう」

 

 主人公の代わりに用意されたのが、自分という主人公(えいゆう)

 合理的で、最低限の力を持たされた、都合の良い病気(ぶたいそうち)

 

 こんなの、誰も望んでいないであろう。

 

「俺には、お前達の言う世界も、そう悪くないのかもしれない」

「ならば」

 

 逃げ出してしまえば、自分は主人公という呪縛から解放されるのかもしれない。

 

「だけど、だけど。駄目だな。悪いが、お前の言いなりにはならない」

「それは何故だ?」

 

 ロクサーヌは唾を飲み、その言葉を絞り出した。

 

「下らない理由だけど、やっぱり勝ちたいからだよ」

 

 ゲーティアはしばらくの間、沈黙する。

 

「私に、勝ちたい、か」

「結局のところ、お前に勝つことだけが、俺が今、ここにいる理由で、主の望んだ宿命だからだろう。だから、お前に勝って、俺の存在を証明したい」

 

 ロクサーヌはホムンクルス。

 目的のために作られ、消費される存在である。

 主より彼女に与えられた命は、ゲーティアを殺すこと。

 

 その目的はあまりにも明確で、一人の道具。

 道具にすぎないが、確かに価値はあるのだろう。

 

「そうか。何とも分かりやすい理由だ」

 

 なるほど、大いなるにより作られ、崇高なる目的を果たす。

 古今東西によくある英雄碑だろう。

 面白いのだろう、素晴らしいのだろう。

 

「何とも英雄的で、嫌悪しかない。何とも無意味で、無価値でしかない」

 

 しかし、ゲーティアには悪酒のようにしか思えない。

 その過程で、一体幾つもの生が踏みにじられると思っているのだ。

 それを思うと嫌悪しか湧き出なかった。

 

「うん。理解されるとは思わんさ。俺の思いが理解できれば、人類悪などに成りはしないのだろう。そういった所が、俺とお前との違いなのだろう」

 

 ロクサーヌは沈んだ顔で、ゲーティアに顔を向ける。

 

「残念だ。非常に残念だ。では、今ここで私の手によって死ぬがよい。それがお前の唯一の救いになる」

「死ぬのはお前だ。憐憫の獣」

 

 言葉と共にゲーティアの圧が膨れ上がるが、それでもロクサーヌは強がってみせる。

 

「何故、貴様は私に勝てると思っている。私はそれが不思議でたまらない」

「それはこっちの台詞だよ。何でお前は俺に負けないと思っている? 何故、お前は負けないと思っている? アンデルセンが説いていたけど、あれから答えは見つかった?」

 

 互いの力の差は明確だ。

 ゲーティアは強く、ロクサーヌは弱い。

 普通なら、ゲーティアが勝つはずだ。

 しかし、ロクサーヌはここに来て勝利を確信している。

 

「我々はあれからあらゆる可能性を検討したが、終ぞ見つかることはなかった。その可能性が実在するというのなら、是非とも聞かせてもらいたいところだ」

「ビーストⅠ、魔神王ゲーティア。その攻略法は二つあると俺は知っている。一つはグランドクラス。例えばグランドキャスター、ソロモン王が持っている、第一宝具」

 

 その言葉に、ゲーティアはピクリと反応する。

 

「その名を訣別の時来たれり、其は世界を手放すもの(アルス・ノヴァ)。ソロモン王がその最期に、神による全能の指輪を天に返した逸話の宝具。これを発動すると、ソロモン王は己の持つ全ての偉業を手放すこととなる。無論、お前たちの存在もな」

 

 神の恩恵を天に返還すること。

 それはソロモン王という存在の消滅を意味する。

 発動後、彼のあらゆる全ての偉業はこの世から、そしてその存在が座から消滅することになる。

 勿論、その場に全ての指輪が揃っていて、自爆宝具と知って持ち主が発動すれば、であるが。

 

「まさか。だが、あの男が。ありえん」

「全てが見れるのなら、その可能性があると分かるのじゃないかな。もし、ソロモン王が聖杯戦争に呼ばれたら? その聖杯戦争で己の願いをかなえ、現代に“ただの人間”としての生を望んだならば? それが、今もこの状況を見守っているとするならば?」

 

 そして、その男は、今もこの場を見守っている。

 彼女を信じて送り出している。

 

「貴様は。その男を」

「いや。ロマニは来ない。そもそもこのような物語に、彼は来るべきではないだろう。この場では、“主人公”が全てを解決する、それでいいだろう」

 

 ゲーティアの反応を余所に、彼女は続ける。

 

「もう一つは、ビーストと同等の存在をもって、ビーストを倒すことだ」

 

 それは毒をもって、毒を制する方法。

 岡っ引きのように犯罪者を利用して、犯罪者を捕まえる方法。

 まさに劇薬のそれだ。

 

「人類悪と同等である存在。キャスパリーグとか、ティアマトとかは分からんが。人類の欲望を詰め込んだマスターであるリヨぐだ子とか、殺生院キアラにアンデルセンと聖杯があれば、かなあ」

 

 古来より毒は薬であり、薬は毒である。

 毒である故に、毒を制することができる。

 そうした神秘を用いることで、人間は毒を破ることができるのであった。

 

「なるほど。だが、我々と互角である、と? それはあり得ない。貴様は我らと同じ可能性はあれど、格は我らに遠く及ばない」

「そうだな。それだけの力は、あまり現実的ではないし。そんな力を持っている次点で、本来なら駆逐の対象だろうしな」

 

 かつて、彼女がリヨぐだ子の存在を思い浮かべた時のように。

 その存在は、存在するだけで劇物である。

 存在は出来る限り、望ましくない。

 

「そして俺にはそれだけの力は持たされていない。いや、それだけの力は必要ない。神の力を得たビーストといえど、対抗策は存在している。お前は倒せる。それでいいだろう」

 

 とはいえ彼女には幸いなことに、この世界はメタを張っての勝利ならそう珍しいことではない。

 エミヤがギルガメッシュに勝てる可能性があるように。

 一点特化が最強に打ち勝つ可能性は、十分に残されている。

 少量の毒でも、猛毒に打ち勝てる可能性は十分だった。

 

「やろうよ、戦闘。そっちも準備はできているのだろう。お互いのことは、己の力をもって証明して見せよう」

 

 ゲーティアの姿がソロモン王の姿から変わる。

 

 人の姿から、金と白金に彩られた筋骨隆々の姿に。

 頭に角を生やし、腕や胸は裂け、そこから口や目玉が覗いている。

 その姿はおどろしき悪魔や怪物の姿。

 

「では、貴様の望み通り、お見せしよう。貴様の旅の終わり。この星をやり直す。人類史の終焉。我が大業成就の瞬間を! 第三宝具、展開」

 

 ゲーティアが展開するは、原罪のⅠ。

 各特異点の上に輝いていた光帯。

 その本質は、人類の歴史全てを熱量に変換したもの。

 

Ring-a-Ring-o' Roses(わっかをつくろう), A pocket full of posies(ポケットいっぱいのはなたばで), Atishoo, Atishoo(くしゃん、くしゃんと), We all fall down(みんなたおれた)

 

 ロクサーヌが展開するは、彼女の精神。

 ロクサーヌという存在の象徴。

 その本質は、心の病が作り出す心理の膜にして壁。

 

誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの(アルス・アルマデル・サロモニス)

小夜啼鳥の籠(かごめ、かごめ)

 

 光が、束となってロクサーヌを飲み込む。

 いかなる防御でも、この熱量には耐えられぬ。

 人類の歴史全ての重みが、この攻撃に集約されているが故に。

 

 この熱量に敵うものなし。そのはずである、が。

 

「熱つつ。なんとか、致命傷で助かった、か」

 

 しかし攻撃の後には、それまで着ていた病人服を捨て去り、光輝く簡素な服を残したロクサーヌの姿があった。

 

「なるほど。その宝具か」

「そう。身体は失えど、この宝具が俺の血肉となる。そして、これを発動している限り、俺は生き続けることができる」

 

 彼女のホムンクルスとしての身体は焼き尽くされた。

 しかし現在、精神エネルギーのみで彼女は生き続けている。

 つまりは、かつてのオルガマリーと同じ状態だ。

 

 そしてその状態を支えるのが、彼女の宝具。

 カルナの血肉、太陽の鎧を主材料とするこの宝具はその性質を受け継いでおり、神でも壊せぬ代物。

 本人が捨てなければ、決して破られることはない。

 

 ただし、生の苦痛に耐えられるのであれば、であるが。

 この宝具は精神的な痛みを所有者にそのまま伝える。

 

「だが、どうするのだ。守ってばかりでは私には勝てない。そして、私は守るだけで、目標が達成できる」

「そうだな」

 

 ただ、人類を滅ぼすことが、彼らの目的ではない。

 人類の歴史の熱を集めた理由は、過去へと至るため。

 天体が生まれる瞬間に立ち会い、そこでエネルギーを集め、死のない惑星を作り上げる。

 これこそが彼らの目的であり、その時が来るときに彼の目的は達成される。

 

「ここまでして折れぬか。何故だ。何故折れぬ」

 

 ロクサーヌの存在は気にかかるぐらいに邪魔なのだ。

 だからこそゲーティアは、この場の全力をもって排除しようとした。

 だが、苦しみながらも最後のマスターは未だ、立っている。

 

「何故、分からぬ。人間には絶望しかない。人類に未来などない。それなのに、何故そこまでして人に味方する」

 

 不可思議だ。

 何故、この苦しみを我慢できる。

 何故、我々の敵である。

 完璧であるゲーティアは、人間がどうしても分からない。

 

「何故、か。勝ちたいから、だけでは納得しないのかな」

 

 ロクサーヌは、自分に語るように答えた。

 

「まあ、これは失う物の方が多い戦いなのは認めるよ。オルガマリー所長は死に。ロマニたちは仕事に追われ。俺のサーヴァントたちは俺の指示を待っている。俺の心は確かに限界だった」

 

 確かに、自分は限界だったのだろう。

 誰にも縋れず、孤独だった。

 いつ壊れるか、そんな日々がここまで続いていた。

 

「だが。この旅においては、ここまでは来れるとは分かっていた。そして、お前達には勝てると知っていた。それだけが俺の、心の支えだった」

 

 ただ、それでも勝機は既に手中に収まっていた。

 そして、それをサーヴァントたちは理解しており、支え続けてくれた。

 それを自覚していたからこそ、彼女はここまで正気を保っていられた。

 

「俺も、最初は自分の力を認識していなかった。自分がここまで力を持っているなんて、思いもしなかった」

 

 ロクサーヌは己の胸に手を当てる。

 そこには、彼女ではない“何か”の力が脈動している。

 それこそは、彼女の中の“男性“である。

 

「だが、最初から俺は、この力を持っていたのだと知ったよ。最初から神なるものは、己の中にあったということだ。あの男に抱かれることによって、屈辱と恍惚の中で、俺はこの力に目覚めた。あの時確かに、俺は神を見た」

「また、随分と古いものを持ってきたものだ」

 

 彼女の力は、例えるならインドの密教のようなものである。

 もっと古いのであれば、エルキドゥもシャムハトとの交わりによって知恵を得たことが、例に挙げられる。

 それは男性と女性の交わりにより、心身の完成を目指す儀式。

 彼女の力は、これに類しているものなのだ。

 

「だが。同時に、こんなものかとも知ってしまった。勝利なんて、こんなものなんだって。それでも俺は、戦わずにはいられないのだけど」

 

 彼女は天を仰ぎ、目を瞑った。

 

「しかし、これ、手放さなきゃならないのか。分かっていたけど辛いなあ」

 

 すると彼女の服は破け、黄金の鎧が露出する。

 そして黄金の鎧もバラバラとなり、崩れ堕ちる。

 

「宝具を捨てた、だと」

「ああ、俺の真の力を発揮するには、邪魔なんだ。俺が私であるためには、俺はロクサーヌであることから解放されなければならない」

 

 肉体を失ったロクサーヌの身体が、光となって消え去っていく。

 光の粒子は霧となった後に、再び一か所に収束していく。

 すると光は、ある形をとった。

 

「来たれ。私はこの時を恋い焦がれてありし者なり」

 

 何かの祈りが、その場に木霊する。

 祈りは仰々しくもあり、同時に慎ましくもある。

 その正体を、ゲーティアはすぐさま看破する。

 

「黙示禄の四騎士、だと」

 

 白磁器の肌を持つ、男とも女とも区別のつかない者が白い馬に乗っていた。

 手には弓が握られ、頭には王冠が載せられている。

 その白い眼は無機質で、何も映し出していない。

 

「やはりフラウロスめ、その目は節穴か」

「私の名はホワイトライダー。勝利の上に勝利を得るために出かけるもの」

 

 ある日、主が男の夢枕に現れた。

 

“汝に資格あり。望みを口にせよ。願うものを与えよう”

 

 それに彼はこう答えた。

 

“ならば、俺に勝利を”

 

「括目して待て。私こそは、主に勝利を求めたものの末路でもある」

 

 彼女(かれ)こそは白の乗り手。

 小羊が開いた七つの封印が一。

 新約聖書、ヨハネ黙示禄に語られし存在。

 

「だが。その鎧を失った以上、私の攻撃は防げない」

 

 脅威的な存在であれ、力を発揮する前に屠ってしまえば関係ない。

 格は明らかにこちらが上、どのような力だろうと圧倒できる。

 ゲーティアは彼女(かれ)に手を上げる。

 

 しかし、彼女(かれ)は事前にゲーティアに弓を向けていた。

 

「我が権能を持って命ずる。“動くな”」

 

 そう宣言すると、ゲーティアの体は瞬時のうちに石像と化した。

 

「体が、動かん」

『観測所、ガープより警告。全魔神柱がコントロール不能。支配権を握られている―』

 

 黙示禄の騎士は、神によりそれぞれ権能が与えられている。

 それぞれの騎士たちは、地上の四分の一を支配する権能と剣、飢饉と死と地上の獣により人を殺す権能を与えられている。

 

「私の権能は、我が領域に対して絶対。ソロモンの犬よ、憐憫の獣よ。その心は私のものだ」

 

 白の騎士は勝利の上に勝利を重ねる者。

 そして、地の四分の一の支配と地上の獣により人を殺す権能である。

 彼女(かれ)はその権能より、聖書の神に関するもの、ゲーティアを支配することができるのだった。

 

「貴様は。その力が何を意味するのか、分かっているのか。お前たちは再び、あの蛮行を繰り返そうというのか」

「然り。私もまた、人類に害を成すもの」

 

 彼女(かれ)は獣により人を殺す権能を与えられしもの。

 毒を持って毒を制すとはよくぞ言った所であろうか。

 ゲーティアの存在は人類にとって猛毒であるが、彼女(かれ)の存在もまた、毒である。

 

「私は四騎士の中でも尖兵に過ぎぬ。私がこうして生まれた以上、いずれ第二、第三の騎士が現れるであろう」

 

 彼女(かれ)がこの世に生まれた以上、第一の騎士が現れた以上、黙示禄の時は始まった。

 黙示禄が訪れる時、人類は未曽有の災害に巻き込まれることになる。

 勿論、彼女も分かっていたことだった。

 彼女がこの世に生まれた時から決定づけられ、既に何もかもが手遅れである。

 

「終焉だ。此の命令をもって、この場を締めるとしよう」

 

 彼女(かれ)は再び、ゲーティアにその弓を向けて宣言する。

 

「我が権能をもって命ずる。“自害せよ、ゲーティア”」

 

 石化していたゲーティアは解放され、体が勝手に動き始めた。

 光が彼の体から迸る。

 蓄積された異常な魔力の流れが、ゲーティアの体を壊し始めた。

 

「このままでは終われぬ。我らの計画が、こんな結末など、断じて認めない」

 

 各々の魔神柱も同様の状態である。

 必死に魔力の流れを操作しようとするが最早止まらぬ。

 だが、ゲーティアとてこのままで終わらない、終わる訳がないのだ。

 

「いずれ貴様も、知るだろう。貴様らに、今の人類の生に幸福などないというこ、こと、を」

真に(エイメン)。人類に災いの多からんことを」

 

 ゲーティアは必死に言葉を振り絞り、彼女(かれ)はそれに謹んで答えた。

 

 光はいよいよ臨界を迎え、まさに爆発せんとす―

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 

 神殿が崩壊する中、彼女(かれ)は空を見上げていた。

 そんな中で、彼女(かれ)に話しかけるものが存在していた。

 

「気は済んだか。狂人」

「英雄王」

 

 彼女(かれ)が振り向くと、そこにはロクサーヌのサーヴァントたちが皆、揃っていた。

 

「全く、今の現世に興醒めな者も居たものよな」

 

 最前に、英雄王の姿がある。

 

「何の機会もなく滅ぼされることが、人の命ではなかろう」

「は。滅ぶならそれまでの人間ということよ」

 

 彼女(かれ)はぼそり呟いた。

 

「ゲーティアはこの手で仕留めた。しかし、手ごたえはなかった。あれが全てであるとは思えん」

 

 彼女(かれ)が思うに、ゲーティアは、この結末を察していたように思える。

 だからこそ、こちらを何とか諦めさせようとしたのだろう。

 

「いずれ、その獣性を受け継ぎし者が現れるのかもしれぬ」

「何。それもまた一興であろう。そのぐらいが腑抜け切った人間共には丁度良い」

 

 そして、こちらの力に対して何か対策をしていてもおかしくはない。

 もし、負ける可能性をゲーティアが認識していれば、これだけでは確実に終わらない。

 これで全て解決だとは、どうしても思えなかった。

 

「我は寛容よ。貴様もその見世物も模造品であるが。此の都度の旅に免じて、貴様の行いを許容しようではないか」

 

 ギルガメッシュは、何かを彼女(かれ)目がけて放り投げた。

 彼女(かれ)がそれを見ると、光り輝く太陽の鎧の一部であった。

 彼女が捨てた、宝具の一部だ。

 

「だが、その姿は不愉快だ。これは貴様の物であろう? 其れをもって我の眼を欺く事を特別に赦そう」

「良いのか?」

 

 これの元はカルナの宝具だ。

 カルナは彼も認める超級の存在で、その宝は彼の眼にも適うほどのものであるのだが。

 どうしてだろうか。

 

「不敬。我に二度を言わせるなよ」

「例え一流であっても、手垢のついた真作など英雄王の蔵には不要だということだろうな」

「施しの英雄よ。いくら貴様とはいえ、お喋りが過ぎるぞ」

「すまない。貴様のことを必要以上に語ることは、余計だったな」

 

 納得して、彼女(かれ)は宝具を再び身に着けることで、彼女へと戻る。

 光輝いている、宝具頼りでかろうじてこの世に現存している姿だ。

 

「やけに、しっくりするな。一回捨てたのに」

「アホか。こうなることは分かり切っていたのだぞ。一回読んだぐらいで飽きる作品なんぞ、俺が提供するとでも?」

「ああ。そういうことか」

 

 カルナの鎧は、一度手放した後は、二度と戻ってこなかったはずだが。

 どうやら、宝具は一回手放しても再利用できるように、書き換えられているらしい。

 おかげで、ロクサーヌは自分という存在を保っていられるようだ。

 

「そっか。これから、俺も。もうちょっとだけ生きなければいけないのか」

 

 ロクサーヌは崩壊しかかっている辺りを大きく見渡した。

 

「というか。なんだかなあ。帰りたくないなあ」

「帰る約束をしたのだろう」

 

 カルナの指摘により、彼女の表情は沈む。

 

「これから、ろくでもないことがいっぱい起こるんだ。俺が楽した分、世界はさぞ素敵な光景になるに違いない。これが、主の望んだこと。黙示禄の時。俺が選んだ選択の、末路」

 

 こうなることはわかっていた。

 しかし、いつだってそれを許容できるとは限らないのだ。

 

「俺は強く、あれたのかな」

 

 所長は救えなかった。

 旅は満足できるものではなかった。

 そして、結局世界に問題は残されている。

 

「神に縋る時点で、我からしては軟弱よ」

「お前はお前らしくあればいい。それ以外に何が必要だ?」

「そう。だな」

「とんだ人に騙されましたー。こんなのあんまりですよー」

「まあ、希望を持つことだ。これからは乱世になるだろう。その中で、お前の仕えるに相応しい人間も出てくるだろうさ」

 

 ロクサーヌは顔をこすり、顔を上げる。

 そしてようやく、旅への終わりの方向へと向き合った。

 

「急ぐがいい。マスター。禄でもない未来がお前を待っているぞ」

「うん」

 

 こうして彼女の戦いは終わった。

 獣は倒され、人類は救われた。

 そうして彼女たちは明日へと向けて歩き出す。

 

「帰ろう。皆が待っている」

 

 彼女の眼が少しだけ、輝きを取り戻した。




ご愛読ありがとうございました。

やる気が向いたら、設定や雑感を公開したり、補足的な話を書くかもしれません。
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