いやまあ、サーヴァントは皆、死んでるんですけど。
これは必要だったとはいえ、ちょっと、うん。
「貴女は病気です」
軍服に身を包む女性は、ロクサーヌを一目見るなり、そう言い切った。
彼女はバーサーカー、ナイチンゲール。この特異点アメリカの地で召喚されたサーヴァントの一人である。
「
ナイチンゲールは目の前のロクサーヌにではなく、自分に対してそう言い聞かせた。
さて、ナイチンゲールといえば、“クリミアの天使”の異名を持つ看護師にして統計学者である。
その特徴を一言で表すのなら、人の話を聞かない。それこそが彼女の成功の秘訣であり、彼女の信念なのだ。
たとえ患者をぶち殺すことになっても、患者を救ってみせる。彼女は本気でそう思っており、それを実行に移すことに一切の躊躇いが無い。
故に英雄、故にバーサーカー。
「こちらに患者を差し出しなさい。これは警告です」
ロクサーヌはカルナの影に隠れるが、ナイチンゲールはそれを許さない。彼女は腰に差したペッパーピストルを抜き、威嚇射撃として発砲した。
弾はカルナの胸に命中したが、撃たれた本人は血を少し流しただけで、まるで意に介していない。
「なるほど。通りでマスターがこの女を避けたがっていたわけだ。まるで全てを救わんとする機械だな。病的なまでに、目の前の人間しか見えていない。お前の存在は今の我々とって障害でしかないようだ」
「医療行為の邪魔をする気ですね」
ロクサーヌをカルナから引きはがさんと、ナイチンゲールはカルナに組み付く。
しかし、カルナもまた英雄。
ナイチンゲールは狂化の特性により強化されているとはいえ、それでもカルナはびくともしない。あまりにも、二人の地の力が離れすぎているのだ。
「ククク。狂犬の中にも、面白き雑種はいるのだな。つくづく
と、そんな中ギルガメッシュが、趣味の悪いにやけ面を隠そうともせずに現れる。
ナイチンゲールが黄金の姿を見ると、顔を険しくした。
「なるほど。貴方が病気ですか」
彼女の言葉を聞くと、彼はその朱い眼を大きく見開いた。
「ク、ハハハハハ!? 我を前によくぞほざいたものだな? 雑種の分際で、この我を病原呼ばわりか! ククク、そうかそうか」
暫く、彼は笑い続けていたが、やがて彼の持つ宝物庫の門を開いた。金色の波紋が広がり、数本の武器が顔を覗かせる。そしてその先は、ナイチンゲールの方を向いている。
「だが、所詮は狂犬よな。我も寛容だとはいえ、流石に病原呼ばわりは許容できん。貴様はここで死ね」
武器はナイチンゲールと放たれ、彼女の身体へと突き刺さる。
そのまま、後ろのめりに彼女は倒れた。
「え、えいゆうおう!?」
「霊核をやられたようだな。あれではもう助かるまい」
ロクサーヌは、ギルガメッシュの方と、ナイチンゲールの方、そしてカルナを同時に見ようとしている。
そんな中、カルナはいつもと変わらない顔をしている。
何も思ってはいない、ということは無いだろうが、表情から気持ちを読み取れない。
ただ、戦士としての勘から、ナイチンゲールの状態を見抜いていた。
「カルナぁ」
「マスター。あまり言いたくはないのだが、こうなることは分かり切っていたことだろう。いい加減、自分の行いの現実を見ることだ」
「で、でも」
ロクサーヌは現実を認められず、うろたえるばかりである。
結局のところ、超級のサーヴァントはその我もまた、超級であるのだ。
彼女は、ギルガメッシュというサーヴァントを理解してはいた。この未来を予測できたことである。
だが、その現実を認められるわけではなかったのだ。
「なるほど。貴女も、また、私と同じような存在ということですか」
ナイチンゲールは武器が突き刺さったままの瀕死の身体を起こし、何とか立ち上がった。
その顔はバーサーカーとは思えぬ、険が取れたように穏やかですらあった。
「ナイチンゲール?」
彼女はゆっくりと足を引きずり、ロクサーヌの前に立つ。
「これを」
「え?」
ナイチンゲールは武器により破れた上着を、自らさらに破いて脱ぎ。そうして上着掛けにするように、服をロクサーヌの身体へと掛けた。
「いいですか。全ての人間を、病から解放するのです。それが我々の宿命です」
ナイチンゲールは、己とロクサーヌへと語りかける。
その言葉は消滅に瀕してなお、力強い。
「ですが、忘れてはなりません。我々もまた人間という病であり、病から解放されるべき人間なのです。それを忘れないようにするのです」
彼女は最後に、目の前の病へと、微笑みかけた。
「同胞に出会えたことに。この出会いに、感謝を」
そうして、ナイチンゲールは、エーテルの塵となって、消えた。
「え?」
ロクサーヌは、今起きたことに理解が追い付かない。
これはどういうことなのか、彼女は何を伝えようとしたのか、何故彼女の服を託されたのか。
「なるほど。そういう方向もあり、か。」
それを今、知るのは、周りのサーヴァントだけである。
地を同じくして、特異点アメリカ。ここに、とある超級のサーヴァントが召喚されていた。
波動を放つ大弓を持った色黒の青年、彼の名をアルジュナと言い、インド神話に語られし授かりの英雄である。
その本質は授かり。様々な神や人間に支援されてきたからこそ、授かりの英雄。
「ふむ。
「くっ。ふざけるな! 英雄王! 貴様には
そんな彼であったが、今、多くの傷を負い、倒れそうになりながら、必死に姿勢を整えていた。
彼の目の前には、かつての宿敵であるカルナ、ではなくギルガメッシュが立ちふさがっていた。
「ふむ。そのような言葉が我の中にも、どこかにはあったような気はするのだがな。はて、どこであったか」
「貴様ァ!」
彼は、アーチャーとして召喚されていて、敵対するギルガメッシュもまた、アーチャーである。
弓兵としての技量は、断然、アルジュナが上である。
ギルガメッシュの弓兵としての行いは、ただ、己の財をばら撒くだけである。
しかし現状は、アルジュナが満身創痍であり、ギルガメッシュはかすり傷一つ程度。
事は単純で、ギルガメッシュはあらゆる財をふんだんに使っているだけである。
アルジュナの矢は無数の盾により塞がれ、雨霰のあらゆる武具がアルジュナへと襲い掛かる。
これこそがギルガメッシュの強み。
古今東西あらゆる財を集めた結果。
あらゆる英雄の原点と頂点に立つ男の力。
様々な神々の寵愛を受けたアルジュナも、それなりにやる気を出したギルガメッシュの前ではこの有様であった。
「私が、その男にどれだけ執着していると思っている! 神々の見ぬ地で私がその男と再び会い見え、一騎打ちで戦うことを、私がどれだけ渇望したかと思っている! 俺のことをその眼で見抜くのであれば、その男との戦いだけは邪魔をするな!」
この恵まれた英雄には、未練というものがあった。
かつてカルナとの戦いに勝利した彼は、勝利にも関わらず空虚な心に満たされていた。
かつて
だからこそ、もう一度見えることがあれば、その時は公正な勝負を。
そう、思っていた、のだが。
「それは我への命令のつもりか? 不敬であるぞ。全ての決定権は我にあるのだ。貴様は、この我の望むがままに戦えばそれで良かろう」
が、そんな思いも、ギルガメッシュによってあっさりと阻まれているのであった。
この男が殺したいなら、まず、我を倒してみよ。
いけえしゃあと、王様なのか戦士なのかよく分からない理屈で立ちはだかっていた。
「ククク。こうして神に愛された極上の獲物が、醜く己をさらけ出しながら。なお、獣のように地へ這いつくばるのを必死で抑えんとしている。そんな無様な姿は、何とも滑稽よな? なあ、模造品?」
ギルガメッシュとしては、神代の戦士が神の手を借りずに戦い合うというのは、それなりに心惹かれるものがあるのだが。
それを加味しても、この目の前の愚か者を前にして。己の中から湧き出る嗜虐心が抑えられなかったのであった。
「もう、いやぁ」
「悪趣味だ。お前も、マスターも、見るに耐えん」
ロクサーヌとしては、アルジュナとはカルナと適当に戦わせ、屈服させた後に仲間に勧誘しようと思っていたのだった。
カルナは神々の妨害を受けた身である。本来ならカルナの方が格上であり、十分に勝算のある計画だったのだが。
「何だ。これが、お前の望むものではなかったのか? この我を呼んだということは、つまりはこういうことよ。我の偉業を、確とその眼に焼き付けるがよい」
それを、ギルガメッシュが余興でぶち壊しにしていた。
彼女がギルガメッシュを止められるはずもなく、嫌々ながらギルガメッシュの蛮行を見逃していたのだった。
「カルナ! お前は何故、平然でいられる!」
アルジュナは苦痛に悶えながら、叫んだ。
視線の先には、冷酷なまでに静かなカルナの姿がある。
「お前は、私との一騎討ちを望まないのか! お前は、あの戦いに、未練はなかったというのか!」
この男が、己との戦いを望まないはずがない。
あれだけの妨害を受け続けたのだ。卑劣な行いの中で命を落したのだ。
己との公正なる再戦を、武人として望まないはずがないのだ。
「確かに、お前ほどの
カルナは淡々と口にする。
その言はいつものように本音でありながら、彼には珍しく己の欲というものが垣間見えていた。
「だが、お前とのこうした形の再会に、こうした形での戦いになることに、疑問を挟む余地はない。この再会は、紛れもなく必然だった」
それでも、アルジュナの呼びかけを断っていた。
この惨状を、それでも是であると全て肯定していた。
「今回は、ただ。間が悪かった。オレにはそう思う」
その言葉に、アルジュナは絶句するばかりである。
「馬鹿な。ありえん。お前はこの好機を、みすみすと逃すつもりなのか。お前はそれで良いのか」
「マスターもこれは望んでいなかった。だが、これもマスターが選んだことだ」
彼らは戦いたい衝動に駆られている。しかし、それでもカルナは揺るがない。
己はただの槍であることを、カルナは貫こうとしていた。
「ガハァ!」
「ここまでだな」
何度目かの、ギルガメッシュの追撃を食らい、とうとうアルジュナの身は地に倒れた。
最早、素人のロクサーヌの眼にも、彼が致命傷であることは明白であり、それほどまでに損傷していた。
「最後はせめて、貴様の手で葬るが良い。我が貴様に施しをしてやろうではないか」
己の玩具で遊びきったギルガメッシュはアルジュナの弓を拾い上げ。突如それまでしていた笑みを消し、霊体化により姿までも消し去っていた。
「感謝する。こういう施しは、オレは慣れていないのだが。感謝するべきなのだろうな」
カルナはアルジュナの傍らに立った。
アルジュナは辛うじて顔を動かし、カルナの方、ではなくロクサーヌの方へと向けた。
「カルデアと言ったな。恨むぞ」
「ごめん」
ロクサーヌは、自分の非を認めていた。
この場は、ギルガメッシュを抑えることができれば、こうはならなかったのだ。それができなかった、そして、この場を招いた自分が、結局全て悪いのだろう。
「そうか」
何としても、カルナと戦いたかった。だが、そう素直に謝られると、アルジュナは怒りをぶつける先がない。
終わった理不尽に対して、この場でみっともなく叫ばないだけの高潔さは、アルジュナは持っているのであった。
「私は。何が間違っていたのだろうな。思えばお前と敵対しようと、初めから決めつけていたのが間違いだったのかもしれん」
そうして、自らの行いを反省する。
冷静に考えてみれば、妥協できる道があったのではないか?
なぜ、出会ったらすぐさま殺そうと思っていたのだろう。焦らず、全てが終わった後に、勝負をつけようとしても良かったのかもしれない。
自分は死んでしまったが故に、生前の思いにとらわれ過ぎていたのかもしれなかった。
「カルナ。すまない。私は、何もかもが間違っていたようだ」
「アルジュナ。何を謝ることがある」
アルジュナはカルナの方を向いて、謝る。が、カルナは謝罪を否定する。
「
それどころか、アルジュナの思いを全て肯定していた。
「それを邪魔したのはオレの我儘で、オレに非がある。オレは厚かましい男だと自分でも思う。オレがただ、お前に相応しい
「それは。そんな、はずはない」
それは、違うだろう、とアルジュナは否定する。
お前の主人が、そして、もっと根本的な問題である自分が悪かったのだ。
なぜ、そこまでして自分のことを肯定しようとするのだ。
「カルナ。これは、お前の見た光景ではなかったのか? 私に討たれる時のお前は、こんな気持ちではなかったのか?」
訳が分からなかった。アルジュナには、理解ができなかった。
分かることは、英雄王はカルナを認め、自らを貶めようとする気概があった。
であれば、形は歪だが、彼はカルナの方に肩入れしていたのではなかろうか。
カルナの味わった屈辱を、自らに味あわせようとしていたのだろうか。
「それも違う。お前に討たれるとき、オレはこの上ない喜びを感じていた。オレは幸運だった。そして、今もそうだ。この出会いもまた、喜びに溢れている」
施しの英雄であるカルナと、授かりの英雄であるアルジュナの間には、大きな溝がある。
カルナはアルジュナを理解できるが、アルジュナはカルナを理解しにくい。
それを理解していながら、カルナは言葉を紡ぐ。お互いに理解できるものだと信じて。
「喜び、だと。それに、この出会いには、とはどういうことだ?」
「ああ。こうして時空を超えて、我々は出会ったのだ」
こうして、二人が再び出会ったことは奇跡だった。
このようなことが二度あるかどうかは、時空が数多あれど、あるかはどうか分からない。
「ならば、また次に出会うこともあろう。その時こそ、全力を尽くしてお互いに殺し合うとしよう」
それでも、カルナは約束する。
少なくとも、“ない“ということはないと、こうして証明されたのだ。
ならば、信じていれば、また、出会うこともあるだろうと。
「なるほど。納得はできないが。そう考えるのが、少しは良いのかもしれんな」
「ああ。まだ、この機会を失っただけだ」
二人はそうして、笑った。幾多数多の英雄が、かつて浮かべたように。
「また会おう、カルナ」
「ああ。また会おう、アルジュナ」
そうして、カルナはアルジュナの首を討った。
「みんな、おねがい!」
「また私に、絶望を与えようというのか!」
「はいよっと。
「やめろ。やめてくれ」
「友よ。出番だぞ、
「何故だ。何故、こんなことに」
「全呪開放、加減は無しだ。絶望に挑むが良い。
「人間! これがお前たちのやることか!」
「神々の王の慈悲を知れ。インドラよ、刮目しろ。絶滅とは是、この一刺。灼き尽くせ、
「かっちゃった」
「これって、勝利で良いんでしょうかねえ」
「何を言う。これぞ実に良き勝利よ」
「ああ。お前の勝利だ」
「勝ったな」
第六特異点、数多の信仰混ざり合う聖都エルサレムの地。
ロクサーヌたちは、また一つ、人理を脅かす脅威を“修復“していた。
だが、その表情は様々で、特にマスターであるロクサーヌの顔は優れなかった。
『何だろう。確かに、喜ばしいことなのはずだけど。彼の表情を見ると、すごく申し訳ない気がするよ』
「まあ、そう思うのも間違いではないだろうな。流石の俺もアレには同情する」
ロマニは通信越しに、コメントを残す。
カルデアから少し離れた先には、湖の騎士にして裏切りの騎士、ランスロットが何ともいえない顔で佇んでいた。
「これで、良かったのだ。これで。これで」
ことの始まりは彼女、聖剣の返還が成らなかった故、聖槍ロンゴミニアドに飲まれてしまった騎士王。そのifであるアルトリア・ペンドラゴンがこの特異点に到達したことによる。
彼女、いや、女神ロンゴミニアドは、人理崩壊を起こしたゲーティアの手から逃れるべく、その槍の権能をもって“理想の人間”のみを保管しようとした。
とはいえそれは、他の人間を切り捨てることと同意である。そのような歴史は“あってはならない”。
その存在を認められぬカルデアにより、この地において、カルデア対女神ロンゴミニアドの戦いが、ここに始まった。
それがこのざまである。
初めは威力偵察のつもりだったのだ。次々と現れる円卓の騎士を倒しているうちにエスカレートしていき、最後にはその場のノリでロンゴミニアドを倒してしまったのであった。
「かえろう。もうこのちは、これでいい、だとおもう。たぶん?」
おかしい。こんなはずではなかったのに。
もっと愛とか、奇跡だとか、巡りあわせがこの地にあったはずなのに。
どうして自分たちは力づくで全てを解決しているのだろう。
『わ、わかった。じゃあ、これからこの地からの退去を行うよ』
「ああ、ちょっと待ってくれないかな」
レイシフト先からの撤収を行うそんな中、老人のような、それでいて若者のような。白髪の人物がロクサーヌたちへと近づいてきた。
杖を持ち、白いローブを着込み、まさに彼は身は職を表すといったところか。
「やあやあ。我こそはキャスターの中のキャスター、マーリンお兄さんだよ」
「フォーウ!」
彼こそは、アーサー王伝説に登場する花の魔術師マーリン。
彼は伝説の預言者にして、物語のトリックスター。
その足元には、白い毛玉のような獣がちょこんと座っている。
「ほう、貴様は。そしてその獣は」
「なんで、マーリン、とキャスパリーグが? でも、あー、やっぱりそこにいたんだ。よかった?」
「フフフ。どうして私がここにいるかって? それはね。それは企業秘密なんだ」
彼は再び人と出会えたことに喜び、笑みを浮かべていた。
本来の彼は、アヴァロンの塔に幽閉される身である。
彼のその笑みは紛れもなく本物で、屈託のないように見える。
『今更、キミが何をしに来たんだい? ひょっとして、アーサー王を倒したことに問題が?』
ため息をついて、ロマニは知人であるマーリンへと問う。
彼は伝説のキングメーカーにして、トラブルメーカー。
今の自分には分からないことではあるが、彼が何かしらカルデアに関わっているのかもしれない。
ひょっとしたら、何も関わってないかもしれないが。
「いや、それはもういい。君たちがほとんど解決してくれたからね。だけど、ちょっとした小言と、応援をね」
「こごと?」
「何、君にも分かってることさ」
それはまるで、天気の話をする口調で、彼は語りだした。
「“君は美しくない”。私が言いたいのはそれだけだよ」
魔術師マーリン。彼は最高位の魔術師にして、世界を見通す千里眼を持っている。
カルデアの道中を見守っており、その真意を見抜いた上での感想がそれだった。
「で、でも。マーリン。このせかいには」
「それも分かってる。この世界に君の言う“主人公たち”はいないのだからね」
人と夢魔の混血である彼の望みは、人間の“美しいもの”を見ることである。言うなれば、ハッピーエンドを。
彼が望んでいたものは、まさにそれであったのだが、彼はこの物語でそれが手に入らないことを見抜いていた。
「その代わりを君に任せるのも酷だしねえ。しかし誰だい、君なんかに世界を任せるお馬鹿さんは。君にそれを言うのはお門違いだけど、どうしても愚痴らずにいられないよ」
ロクサーヌの姿は美しかったが、その本質はまるで醜い獣だ。
彼女は大したことをしていないくせに、彼女にとって望ましい結果というものを得続けていた。
しかも、それを本人が望まないうちに望んでいるという。
こんな存在は彼にとって、不愉快極まりなかった。
花のように人を愛していると思い込んでいる、そんな彼に目の前の彼女は醜く映った。
「お前がそれを言うのか? 花の魔術師よ。かつて王に選択を迫って面白がっていたお前の行いと同様に、その言動は人として逸脱している。オレには亡霊でもない分際で、再び同じ生を繰り返しているようにしか見えないのだが」
「フン。醜いと思うなら、任せるのではなく自分で推敲すれば良かろうに。何でも知った気になっている癖に、そんなことも分からないのか? それだからお前の手がける作品はハッピーエンドとしてドのつく三流なのだ」
とはいえ、本質を見抜いているのはお互い様である。
カルナとアンデルセンは、マーリンのことを勝手に評していた。
結局の所、酷い存在はマーリンもそうであるのだから。
「施しの英雄と校正者は手厳しいねえ。ああ、本当。自分が嫌になるよ。私だって、何もしていない訳がないじゃないか。なのに何で、何でこんなことになるんだ」
因みに、誰だいだとか、何で何でと言いながら、何故かは彼も分かっていた。
結局何もかも、ロクサーヌの存在が悪いのだ。
それはあくまで彼の主観であるが。
「フォウ。フォーウ!」
「何だい、君まで彼の肩を持つのかい」
獣、キャスパリーグはロクサーヌに向かって吠える。
怯えるでもなく、警戒するでもなく、何かを伝えようと吠えていた。
「キャスパリーグ? おれは、おれはおれでよかったのかな?」
「フォウ! フォウフォーウ!」
ロクサーヌも、自分でも美しいものを見せられないと分かっている。
だが、どうしても、自分というものを肯定して欲しいのだ。
キャスパリーグと言葉は通じないが、何だか励まされている気がする。
獣である彼に励まされるのは、何だか変なものではあるのだが。
「ま、いいさ。ノーマルエンドは嫌だが、バッドエンドは懲り懲りだ。微力ながら、私も応援させてもらうよ」
そうして、マーリンたちの姿はぼんやりと消えていく。
「それじゃあ人理修復、頑張ってね」
再び瞬きする頃には彼らの姿は消えていて。後には何も残らなかった。
それは最初から存在しなかったかのようだった。
「本当に応援するだけだったな。なるほど、人でなしだな」
「マ、マーリンはキャスパリーグをおさえるしごとがあるから」
そうして、かの魔術師マーリンが、彼女たちの前に現れることは二度となかったのであった。