神転オリ主で人理修復をする話   作:倉木学人

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Born This Way

 ―夢を見た。

 俺の見たことのない、だが知ってはいる風景を。

 

「そう。我々はついに辿り着いたんだよ。争いも飢えも、差別も偏見もない、理想の世界に」

 

 俺がこの風景を見ているのは、何でだろうか。

 だが、盾の少女がこの世にいない以上、こういうこともあるのだろうと一人納得する。

 

「死から解放された。命の虚しさから解放された。オレたちは今、この上ない幸福にいる」

 

 彼らは笑っている。

 永遠の中で、何も憂い事はない、と。

 しかし、俺は彼らの笑みがどこまでも空虚であると知っている。

 

 いや、今なら分かる。

 そこには■がいないのだと。

 

「魔神王、どうして俺にこの光景を見せる。この俺にすごーいとでも言ってほしいのかな」

 

 突如として、空間が凍り付く。

 そして、そいつは現れた。

 

「どうしてだと? 定められた命から解放され、死の恐怖から解放され、あらゆる不安から解放された」

 

 豪勢な衣装に身を包む魔神王、ゲーティア。ソロモン王の遺体にとりついた魔神柱の集合体。

 ソロモン王でありながら、ソロモン王でない。ソロモン王ですらたどり着けなかった全能者。

 

「可能な限り、人間にとっての幸せを実現した世界。それのどこが不満なのだ。ロクサーヌ」

 

 第五特異点でもそうだったが、不思議と圧を感じない。

 目の前の魔神王が持ってるはずの、あるはずの力を感じなかった。

 例えるなら、そう。出来の悪い子に語り掛けるように、穏やかですらあった。

 

「君も心の底ではコレを望んでいるのではないか? 辱めを受け、その上で祀り上げられた女よ。“ただ何事もなく、生き続ける事ができる”。その素晴らしさは君だからこそ理解できると思ったのに」

 

 マシュ・キリエライトは、目の前の魔神王にどう答えたのだったか。今となっては、よく覚えていない。

 たしか、死を乗り越えようとするからこそ生がある、だったか。

 

 しかし、この俺では、汚れてしまった自分では。

 清らかな心を持たぬ自分では、生き続けるだけの永遠に価値はないのだと、そう言えるのだろうか。

 だが―

 

「悪いな。何故、お前が俺の前に現れるのか、その理由は分からんが。何だろう。まさか俺を案じている、という訳ではないだろうけど。否定させてもらうよ」

「ほう。何か理由があるのかね?」

 

 理由か。

 さて、俺は何故、人理修復を続けているのか。

 辞めたいと何度思ったか。“主人公”がいればと何度思ったか。

 

 そうは思っても、俺は未だ辞めずにいる。

 その理由が、俺にもあったはずだが、何だったか。

 

「アダムとイブは蛇に唆され、禁じられた実を食べたが故に楽園から追放された。人間は原罪を背負う宿命にあるのだ」

 

 何か言おうと思うと、自然とその言葉が口に出た。

 

「永遠の生命は、お前の決めることではない。私はその時を待つのみ」

 

 魔神王は、目を細めた。

 しかし、俺の言葉に怒っている、という訳でもなさそうだ。

 何か、意外だ。お前はそんな顔も出来るのか。

 

「つまり、私は君の主ではないということだな。なるほど。君は私の嫌がる答えを的確に選んでいる。だが、それは君の本心ではないだろう。君のそれは言わされているだけだ」

「人の上に立つものは、断じて獣ではないぞ。魔神王」

 

 ただ、少なくとも。俺の求めたものが、魔神王の提案の先にはないのだと。

 それだけは、何となくそう思っている。

 今の自分は、そんな状態なのだ。

 

「嫌われたものだな。何故、君がそこまで私を嫌うのか。何もかも、私に求めるだけで楽になれるというのに。理解に苦しいが、良かろう。残念だ。非常に残念だが」

 

 確か、魔神王の性格は、対面するその人に近い性格が出るのであったか。

 であれば、この魔神王は自分に近い性格をしているのだろうか?

 それだけではなかったはずだが、なんだったかな?

 

「魔神フラウロスから君の話は聞いていた。神に作られた定命の者が、我々の正体と目的を見切った上であがいていると」

 

 はて。自分とは何であったか。

 

 頭が、痛い。何も、考えたくない。

 

 ―何も、考えるな。君はもう、手遅れ故に。

 

「君は“こちら側“であると、今まで特別視していたが。いや、そうだな。まだ、今はその時ではない」

 

 魔神王のその姿が消えていく。

 そして、この夢の空間も次第と消えていき、意識がだんだんと覚醒していく。

 

「また会うとしよう。君に希望は、まだ残されている」

 

 

 

 

 

 第七特異点、絶対魔獣戦線バビロニア。

 そこはまさに考え付く限りの地獄だった、とだけ言っておこう。

 語るに語れないほどの押し寄せる“人類“により、一種の絶望というものをカルデアは教わることになったのであった。

 

 とはいえ、黙って倒されるカルデアでもない。

 これまでに培ったノウハウを活用し、現地の英雄たちと十二分に協力することを行い、カルデアはその地を修復するに至った。

 

 こうして、全ての特異点が修復された。

 しかし、最後の敵である魔神王は、すぐそこまで迫っている。

 よって残すは、敵の本拠地に乗り込み、諸悪の根源を打ち倒すのみである。

 

 カルデアに残された時間もあと僅か、決戦の時は近い。

 

「そうか。ではみんな、最後の休みに入ってくれ。その間、ここの様子はボクが見ているよ」

 

 部屋のスタッフたちは了解して、それぞれが仮眠へと入っていく。

 彼らは第七特異点から仕事を続けていて、誰も彼もが疲れている。

 しかし、ここからが本番であるのだ。だから彼らには、少しでも休憩が必要である。トップであるロマニはそう判断した。

 

 ロマニが辺りをぼんやりと見渡していると、自らも疲れからウトウトしだす。

 そんな中、誰かが部屋に入ってくるのを見て、その意識を急速に覚醒させる。

 

「やあ、ロマニ」

 

 万能の人こと、レオナルド・ダ・ヴィンチである。

 彼女も、自らの仕事を多数抱えているはずなのだが、どうしてか此処に現れていた。

 

「ダ・ヴィンチちゃん? 仕事はいいのかい?」

「何。私もちょっとしたリフレッシュさ」

 

 レオナルドは辺りのモニターを見渡すと、うんうんと頷いて。やがてロマニの方へと向いた。

 

「いよいよ。最終局面だね」

「うん。そうだね」

 

 長かったカルデアの旅も、最後はもうすぐそこ、という所まで来た。

 これまでは盛大な前座に過ぎないと言ってもいいかもしれない。

 いよいよ真に、人類の未来が決するときが来たのだ。

 

「ボクがカルデアに赴任してから、大雑把にみて十年間。長かったような、あっという間だったような。でも正直、まだ実感は湧かないなあ」

 

 感慨に浸るロマニを見て、レオナルドはクスリと笑った。

 

「ロマニ。もう終わった気になったのかい?」

「そうだね。まだ、早い、ね」

 

 ロマニがカルデアに貢献し続けて、ようやくこの時がやってきたのであった。

 かつての自分が残した負の遺産と対面できる機会がやってきたのである。

 彼の気持ちはいかに。

 

「ロマニ。君はどう思う? ロクサーヌちゃんは魔神王とやらに勝てると思うかい?」

「それは。流石に無理だろう」

 

 これからロクサーヌはサーヴァントを連れて、七十二柱の魔神とその集合体である魔神王に対面するのだろう。

 のであるが、ロマニはこちらの勝機はないと既に言い切っていた。

 

「幾らサーヴァントが強力でも、かの魔神王には遠く及ばない」

 

 確かに、ギルガメッシュやカルナは超級のサーヴァントである。ただし、所詮はサーヴァントでしかなく、本来の実力を持たない使い魔だ。

 対するは第一の獣、ゲーティア。カルデアはその力を第五特異点で観測したが、それはまさに“神”にも等しい力であった。

 例えるならこちらは戦闘機の小集団だが、あちらは核兵器を持った大国家だ。

 勝算は一つもない。

 

「ふむ。今の君はそう考えるのか。君は優秀だが、やはり失ったものが大きいと見えるね」

 

 勝算は無いはずである。

 しかし、それでもレオナルドは前向きであった。

 それどころか、ロマニの予想を否定していた。

 

「キミは違うと?」

「ああ。根拠がまだ不十分で、説明はできないがね。そんな予感がするのだよ」

 

 予感。漠然とした言葉ではある。

 だが、才ある二人にとっては、ある種の信憑性がある言葉ではある。

 

「予感か。以前だったら、分かったのかな」

 

 かつてはその手の才も、ロマニは十分に持っていたものであった。

 だが、今はただの人の身である。

 自らが王であった頃に比べては、どうしても足りないように感じる。

 

「ロクサーヌちゃんは、魔神王に対抗できるだけの“何か”を持っているのかな」

「持っていても不思議ではあるまいね」

 

 レオナルドは感慨深く、ため息をついた。

 

「思えば、彼女はどう見ても万全の状態ではなかった。しかしそれにも関わらず、ここまでたどり着いている。それがどれほどの力かは私にも分からない。だが、何かしらの力が働いていると見ていいだろう」

 

 こうして考えてみるとロクサーヌの存在は不思議だ。

 どうみても頼りない姿をしていて、いつ壊れるかハラハラしていたものだ。

 しかし、その不安を裏切り、今も壊れそうになりながら持ちこたえている。

 

「でも、聞く暇なんてなかったね。彼女も言ってくれれば良かったのだけど」

「基本、私たちは仕事してばっかりだったからねー。遠慮されちゃったかな?」

 

 ロクサーヌは“神”とやらが作ったホムンクルスだとは認識されている。

 しかし、少なくともこの二人はその力を把握しきっていない。

 知ることと言えば、健康診断で知れるようなことと、存在証明のための観測ぐらいである。

 彼女は精神薄弱で、妙に一部の英霊たちからの風当りが強かったような気がするのだが―

 

「そう。ボクはこの十年間、できる事は全部やってきた。だけど、この戦いが終われば、全てが終わる。これが終われば、ボクは。そう。ようやく」

 

 ロマニは何かを言おうとしたが、どうしてもその言葉が出ないでいる。

 

「あの魔神王がソロモン王であれば、グランドオーダーは人類の敗北という結果しか残っていないはずだった。でも、ロクサーヌちゃんが、ある可能性を示してくれた」

 

 ともかく、ロクサーヌはカルデアに貢献してくれた。

 彼女が示したのは、人類悪の証明。人理焼却の犯人の、正体とその目的。

 それが事実であるならば、魔神王には、ある決定的な“欠点”が存在していた。

 

「だけど。怖いよ。その時が来るのが」

「ロマニ」

 

 二人は互いに理解できる関係であり、信頼もしている。

 故に、その思いは互いに知るところ。

 

 その時により、我々の関係は終わる。だが、その別れがどうしても“惜しい”。

 

 空間に沈黙が流れる。

 

 そんな中、遠慮しがちな足音とともに、新たに来訪者が訪れた。

 ロクサーヌとそのサーヴァント、アンデルセンだ。

 

「ん? ロクサーヌちゃん。どうしたのかい?」

「おいおい、まだ時間には早いよ。君も疲れているのだから、もっと仮眠をとっておいで」

 

 決戦への時間としては、まだ余裕があった。

 トップの二人としては最後のマスターたる彼女に、万全の状態を整えてほしいのだが。

 

「いや、もう。そうもいってられなくってさ」

「何かあったのかい?」

 

 ロクサーヌは何か、困ったように言いよどむ。

 そんな主人を見かねて、アンデルセンが口を出した。

 

「サプライズだ、ロマニ・アーキマン。良いニュースと悪いニュースがある」

 

 アンデルセンは高く腕組みをしながら、語りかける。

 

「良いニュースは、俺の仕事が終わったことだ。感謝するがいい」

「え? ああ。そうか。完成したんだね。ロクサーヌちゃんへの宝具」

「おかげ様でな」

 

 アンデルセンの仕事とは、つまり、執筆作業である。

 アンデルセンの宝具、“貴方のための物語(メルヒェン・マイネスレーベンス)”を書き上げ、己のマスターを完成させること。

 それが、アンデルセンの仕事であった。

 

 本来ならロクサーヌという素材では、かつて彼が言っていたように、大した宝具の効果は見込めないはずである。

 だが、今回に限っては事情が少し異なっていた。

 

「この都度の旅は、俺にとって実に良いものだった。俺自身も驚くほど、執筆が良く進んだものだ。やはり旅というものは良いな。生前、俺も散々旅をしたものだが。時間旅行というものはその中でも格別らしい」

 

 アンデルセンが記したのは、今回の人理焼却の顛末全て。

 彼女が生まれ、そして終わるまでの物語。

 それを彼なりに書き記したのが、彼がしたことの全てであった。

 

 別に、ロクサーヌがこれで、何か成長した訳ではない。

 ホムンクルスである彼女は既に、“完成”している。

 

 ただし、アンデルセンによりロクサーヌは“物語の主役“となった。

 彼女は物語として、語られる存在になったという訳である。

 つまりそれが何を示すかというと、彼女は“英雄”として宝具を所持するに至ったのだった。

 

 宝具の材料は、カルナから譲り受けた鎧、聖人たちから貰った聖骸布、そして、ナイチンゲールから受け取った軍服の残骸。

 

「これだけでも、カルデアに来た甲斐があったと言える。その点ではお前たちに感謝をしてやらんでもない」

「ああ。そうだね。うん」

「たとえ、その出会いが、どんなに醜いものであってもだ。だが、出会わなければ、作家は書き続けられんのだ」

 

 気分よく、アンデルセンは語る。

 だが、ロマニの気は晴れなかった。

 確かに嬉しいニュースではあるのだが、それでも今後の不安は晴れないでいる。

 

「悪いニュースは、そうだな。お前の人生は、まだ捨てるときではない、ということだ」

 

 しばらく、時が止まったような錯覚を覚える。

 

「どういうことだい?」

「こんかいばかりは、ロマニのほうぐを、つかわなくってもすむってことだよ」

 

 皆の視線が、ロクサーヌに集中する。

 

「ロクサーヌちゃん?」

「やはり、か。君に何かあるんだね?」

「うん」

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 

 ロクサーヌの説明の後は、再び沈黙が支配した。

 そして、その沈黙を破ったのはレオナルドだった。

 

「なるほど。そういった力であれば、七十二柱の魔神全てを、かの魔神王を倒せるだろうね」

「正直、俺はこういう御都合主義に対して、納得はできんのだがな。嫌な結末だよ、全く」

 

 レオナルドは微笑みながら頷いていて、ロマニは押し黙っている。

 

「とはいえ、君のいう作戦に問題がない訳ではない」

 

 レオナルドの微笑みはそのままで、その温度が一気に下がった。

 

「ロクサーヌちゃんは、健康診断の最新結果を見たかい?」

「うん」

「それを踏まえた上で、はっきり言おう。君はその力を振るえる状態ではない。そうだろう? ロマニ?」

 

 ロマニは反応しきれず、ぼんやりとしている。

 

「え? ああ。うん」

「これまでの魔力行使と急激な環境の変化の連続で、君の心身はガタガタだ。そんな状態で君はその力を振るえるのか、私は甚だ疑問なのだが。サーヴァントである私だって、いつどんな時でも宝具を使える訳ではないのは知っているだろう? 生ある君なら猶更だ」

 

 ホムンクルスの一生は短い。

 生まれながらに完成しているが故、生まれた後は劣化していくのみである。

 

 それは神により作られたロクサーヌとて例外ではない。

 サーヴァントの維持による多大な魔力行使の連続と、レイシフトの連続で、ロクサーヌの心身は限界を超えようとしている。

 

「せめて、心の状態を整える必要がある。その準備を今から出来なくはないが。かなりの無茶をする必要がある。これを乗り越えたとしても、その先はないだろうね」

 

 限界を超えれば、その先はさらに短い。

 ここで無茶をしてしまえば、全てが終わった後、少しでも生きられるかどうか。

 

「君はそれでいいのかい?」

 

 そうなれば、君は死ぬ。

 そんな現実を、レオナルドは突きつける。

 

「おれは、こわいよ」

 

 ロクサーヌは、それにポツリ、と答える。

 

「でも、かくごはすでに、できている」

 

 そうして、ロマニの眼をじっと見つめた。

 

 

「何を迷っている? 心優しいオウサマ?」

 

 アンデルセンが問いかけることで、ロマニはようやく沈黙を破った。

 

「ロクサーヌちゃん。キミの知っての通り、ボクはソロモン王だ」

 

 ロマニは、とある一つの指輪を取り出した。

 

「ボクがこの指輪を使えば、全てを終わらせることができる」

 

 かつての魔術王ソロモン。

 そんな彼が、ただの人間としての生を聖杯に望んだ姿。それがロマニ・アーキマンという人間である。

 

 今の彼に残されている、ただ一つの宝具がこの指輪。

 これを彼が用いれば本当に、全てが終わる。

 彼の全てを引き換えとして、この物語を終わらせることができるのだ。

 

「それを知って、キミはその命を差し出そうとするのかな。正直、キミがこれ以上無理する必要はないと思っている。だってロクサーヌ、キミは―」

「ロマニ」

 

 ロクサーヌは主張する。

 それは、いつもの彼女らしくない決意が感じられる。

 

「おれは、あなたに。うつくしいものを見せられなかった。マーリンの言うとおり、おれは、うつくしくない」

 

 マーリンの言葉が、彼女に突き刺さっている。

 いや、彼女だけでない。この場に居るすべての者が、何かしらの形で自覚していることだった。

 

「でも、うつくしいものがなにかはしっている」

 

 しかし、それでも、美しいものを求めることを、彼女は諦めている訳ではなかった。

 

「おれがいうのもへんだけど。いのちをすててしまうのはかんたんだ。かつて、おれがいぜんをすてたように、ひとはかんたんにいのちをすてることができるのだろう」

 

 この場においては、全てをロマニに任せることで、解決するのだろう。

 ソロモン王が、その偉業を再現することで、全てが終わる。

 それが、彼女の知る本来の歴史であり、美しいものであった。

 

「でも、それは、ひょっとしたら。このばでは、それはうつくしくないのだとおもう。いまのロマニは、このよからかいほうされるより、このあとでうつくしいものを見出してほしいんだ」

 

 しかしそれは、この場この時においては、相応しい行いであると彼女は思っていない。

 自分が美しいものを見せられぬまま、彼にこの世を去ってほしくなかった。

 

「このせかいには、まだ、みるべきものがあるのだと、おれはしっている。たとえ、せかいのすべてをみしっても、まだロマニの生ははじまってすらないんだと。ロマニのしる人げんは、まだこんなものではないのだと。それをこれから、あなたにかんじてほしい」

 

 ロマニは、俯いた。

 彼の中で、名伏しがたい感情が渦巻いている。

 

 

「時間だ。アーキマン、選ぶんだ」

 

 レオナルドが選択を迫る。

 もはや、カルデアに時間は残されていない。

 

「ボクが、だよね」

「そうだ。この場では君がトップだ。君の選択でカルデアの今後が決まる。君が命を捨てるか。ロクサーヌちゃんが命を捨てるか。あるいは、皆で運命を共にするかだ」

 

 自らを犠牲に、問題を解決するか。

 ロクサーヌを犠牲に、問題を解決するか。

 問題を解決せず、穏やかな破滅を選ぶか。

 

「ロマニ、えらばなくてもいいけど。そのときはおれがいくよ」

 

 そんな中、ロクサーヌが胸に手をあて、ロマニの方へと歩み出る。

 

「おれは、あなたに“がんばって”なんておもってないんだ。じゆうないままに死んで、せっかくいきかえったのに。みをこなにしているひとに、もういっかいしんでとは。おれにはいえないんだ。ロマニはじゅうぶんにがんばっているんだから」

 

 ロマニの頑張りは、カルデアの皆が知っていることである。

 彼は足りない人材をその身で補い、薬で身を削りながら働いていた。

 レオナルドと共に、自分の領域を超えた仕事をこなしていた。

 

 ロクサーヌとしてはそんな彼に、これ以上の無茶をさせたくないと思っていた。

 美しいものも見れず、散々酷使しておいて、最後は自爆してではあんまりではなかろうか。

 

「おれはいぜんで、じゆうをしっている。でも、しめいとかにしばられて、ロマニはじゆうでないだろう? だから、いま、ここで、すきに“えらべる“というじゆうをしってほしい」

 

 以前の自分は、この上なく自由であった。

 そう思うと、目の前の彼はこの上なく不自由だ。

 使命やら生前からの因縁やらに縛られて、何の自由も無い。

 

「おれがこのよにいるかぎり、おれはもう、どうあがいてもおのれからにげれない。でも、ロマニにはにげるじゆうがあるのだと、おもっている」

 

 自分はもう、手遅れの存在だろう。

 だが、彼は違うはずだ。

 こんな世界だからこそ、“ただの人間“である彼はまだ、生きてもいいはずなのだ。

 

 突如として、ロマニは顔を抑え、体を振るわせる。

 

「は、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 

 そして、狂うように笑い出す。

 

 

「は、はは。そうか。これが、自由か。この感覚、久しく忘れていたな」

「ロマニ?」

 

 その顔は、今までより特にやつれたように見えた。

 

「わかった。ロクサーヌ、キミの好きにするといい」

 

 ロクサーヌは少しうつむいて、頬を緩ませた。

 

「ありがとう」

「ただし」

 

 ロマニは、ロクサーヌの眼を強く見つめる。

 

「これはボクのワガママになるのだけど。無茶なお願いだとは思っている。だけどどうか、生きてカルデアに帰って来てほしい。それを約束だけでもいいから、してくれないかい?」

 

 その言葉に、ロクサーヌは少し驚いたが、やがて微笑んで答えた。

 

「うん。やくそくするよ」

 

 そうして、ロクサーヌは準備に取り掛かるため、満足そうに部屋を出て行った。

 

 

 残されたのは、ロマニとレオナルド、そしてアンデルセンだ。

 

「お前がそのような選択をするとはな。どういう心持の変化だ? アーキマン?」

 

 アンデルセンが片目は細め、もう片方は大きめに開きながらコメントを残した。

 

 彼としては、ロマニの決断は意外に思えた。

 まさか、この男がこんな決断を下すとは。

 失意も喜びもある、そんな奇怪な感情がアンデルセンの中に芽生えていた。

 

「ボクは、何をやってるんだろう。ボクがトップなんだ。本来ならボクが責任を取って解決するべきなんだよ」

 

 ロマニは椅子に大きく寄りかかり、俯いている。

 

「でも、逃げて、って逃げないようお願いされたら、ボクはどうすればいいのさ」

 

 アンデルセンが見るに、ロマニ・アーキマンという男は小心者だ。

 強気だがチキン。王としての才あれど、善人に過ぎる。

 そして、何もかもを一人で解決したがる悪癖がある。

 

 そんな男だと勝手に思っていたのだ。

 

「してやられたよ」

 

 だからこそ、この決断は不思議だった。

 

「早速後悔しているのかい? 盟友よ?」

「うん」

 

 レオナルドもまた、ロマニの決断を不思議に思っている。

 同時に、友人である彼の決断に、不信を抱かないでもない。

 

「だが私は。どのような理由であれ、君の選択を尊重しよう」

 

 彼女から見て、この問題はロマニが解決するべき問題であろうと思う。

 ことの原因がソロモン王にある以上、ソロモン王が解決するのは道理に適っている。

 

 その上、今の彼はロマニ・アーキマンという人間だ。

 ただの人間である彼が、この戦いに勝利をもたらすのならば。この勝利は間違いなく“人間”の勝利であるのだから。

 

「自由って、こんなに辛いんだね。知らなかったよ」

「ああ。辛いさ」

 

 だが、レオナルドは悩める彼の姿を見て、彼を尊重しようとしていた。

 生きている人間が、悩みながらに決断を下したのだ。

 サーヴァントである彼女の、それ以上の口出しは無用であろう。

 

 それに、なんだかんだで彼が生きていてくれることが嬉しかったのもある。

 それがロクサーヌという犠牲の上で成り立つのは、何とも言えないが。

 

「でも、ボクは生きているんだと、ようやく思ったよ」

「それ、嬉しいか?」

 

 アンデルセンの突っ込みに、ロマニは少し戸惑い、弱々しく返答してみせた。

 

「よく、わからないや」

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