「うう、お兄さん。急ぎじゃないんだから今回は延期して、あても一緒に行った方が良いんじゃない?」
「仕事なら仕方ないさ。それに危険地帯って言ってもコイツを持たせてもらってるし、何より俺は軍人だぜ、危険なとこ行くのも仕事さ」
「ホントーに気をつけてね。お兄さん」
心配そうな茶々丸に見送られ堀越を出発した俺達は伊豆から大阪近辺まで列車に乗り、一番近い新大阪の駅で降りるのだった。他に降りる人物はいない。そこから淀川を渡れば大阪の中心部だ。大阪と言えば日本帝国では経済の中心地として有名な街だ。大和でも経済の要所
だが
「これは酷いな……」
「うん」
眼前に広がるのは広大な廃墟の森。たった今爆撃を受けた後だと言われても納得できてしまうほど徹底した破壊の跡がそこかしこに残っていた。ここが経済の中心地であったことは立ち並ぶ廃墟群だけが僅かに主張するのみだった。
「……大阪虐殺」
今回水先案内人として同行したつくしがぽつりと言う。そこには怒りと僅かな恐れが感じられる。大阪虐殺、事前のブリーフィングでも聞いた言葉だ。六波羅の暴虐を示す代表的な例。
「確か、反六波羅勢力、そしてそれに加担する街の有力者を
「そう、さらに大阪虐殺を根拠に国難の時代すなわち戦時であるとして六衛大将領が施政権を持つべきだと主張。六波羅幕府は支配体制を確立した」
「……何度聞いても反吐が出そうな話だな」
何時になくつくしが饒舌に語る。六衛大将領とは六波羅幕府のトップであり、征夷大将軍と対をなす将軍職だ。征夷大将軍が外征のための将軍だとすれば六衛大将領は防衛のための将軍だ。そして防衛戦において施政権を認められている。現在の六波羅幕府はその拡大解釈によって大和を支配している。
「イーニァ、何か感じるか?」
さて、そんな荒廃した大阪に何をしにやって来たのかと言えば劔冑の探索である。坐摩神社という神社の御神体として劔冑が祀られていた可能性があり、その劔冑が
「うんん、このあたりには
イーニァは頭を振る。イーニァが言う変なのとは劔冑の事だ。この間、鎌倉を訪ねる事があったのだが、そこでイーニァが変なのを見つけたと言い出して走り出したのだ。それを追いかけていった結果、誰とも血縁していない劔冑を発見するという一大事があったのだ。
その時の騒動を思い出す。
―――――――
「ゆうや!こっちこっち!」
「おい、待てってイーニァ」
俺達は茶々丸のお使いで鎌倉にやって来ていた。用事も終え、そろそろ帰ろうという時にイーニァが変なの見つけたと言って走り出したのだ。それを追いかけている内にいつの間にか神社へと入り込んでしまう。流石に勝手に上がり込むのはマズイだろう。そう思った時にはイーニァは既に中に入り込んでしまっていた。それを追いかけて俺も上がり込む。
「……失礼しますっと」
ドンドンと進んでいくイーニァを追いかける。段々と奥に進むに連れて不安になっていく。これはミーシャに会わせてあげると言われてソ連軍基地に無断侵入した時と同じではないのかと思ったのだ。戻ろう、そうイーニァに言おうとした時だった。奥まった部屋の前でイーニァが立ち止まったのだ。
「このへやの中に
「ここか?イーニァその変なの見たらすぐに帰るぞ」
正直に言えばイーニァが言う変なのが何なのか気になったというのも間違いない。だが、その時はあんな大騒動になるとは思いもしなかったのだ。俺はそーっと戸を開ける。立て付けの良い戸は音も立てずに開く。部屋の中を覗くとそこには大きな神棚のような物がある。それ以外には目を引く物は何もない。
「これ、か?」
「うん、この中!」
そう言ってイーニァは止める間もなく神棚の扉を開く。中には子供程の大きさのある大きな狐の像が鎮座していた。深い紫紺の色味も雅やかな金属の光沢を持つ九尾の狐。
「ちゃちゃまるみたいなの、このこ!」
「何?」
茶々丸みたい、だと?それはもしかして……そう考え込んだ時の事だった。
「おまさんらは誰や?」
呑気な声が俺達に掛けられる。俺が振り向くとそこには
「あっ、これはそのすみません。勝手に上がり込んでしまって……」
「うん、分かったえ。それはええ」
「本当にすみません……あの、
そう俺が問うと、貴人はマズイ物を見られたとばかりに黙り込む。
「……何も見んかった。そんな事にはできんかえ?」
「それは……」
返答に窮する。仮にも茶々丸という幕府の高官に養われている身としてはあまり隠し事をしたくはない。だが、勝手に首を突っ込んで面倒を起こしたのは自分なのだ。
「うん、分かった。腹は決めたわ。で、結局おまさんらは何物なんや?」
「堀越公方の元で世話になっている者です」
「堀越公方!それは驚きやわ、何でそんな人がこんなとこにおるんや?」
「それは……イーニァが
「気配?」
「はい、ちょっとした特殊技能です」
貴人の視線がイーニァに向かうのを感じる。その言葉の真偽をイーニァから探ろうとしているのだろうが、イーニァはいつも通りニコニコとしているだけだ。
「偶然っちゅうことやね。はぁ、しょうがないわ。諦めた。好きにすればいいえ」
「……大切な物なのですか?」
「実家の倉で埃被っとっった骨董品や。古いばっかりで由来も何もはっきりわからんような、いい加減な代物やな」
実家の倉ということは、この貴人の所有物という事なのだろう。ここの御神体のような物ではないという事だ。そしてそんな物をわざわざここに持ってきていると言う事は……
「申し訳ないのですが、堀越公方に報告させてもらいます」
「……好きにしたらええ。どうせわしには何もできん」
そう言って貴人は道を譲るように身体を避けてくれる。このまま出ていっていいという事なのだろう。そう判断し、イーニァの手を引く。
「イーニァ、行くぞ」
「……最後におまさんの名前教えてくれんかえ」
「ユウヤ・ブリッジスです。こっちはイーニァ、イーニァ」
「イーニァ・シェスチナです。おもしろいおにいさん」
「おもっ!?……まぁええわ、ユウヤ君、またな、何か知らんがまた会う気がするんやわ」
「あの、こちらもお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ん?わしかえ?わしは
やはり生粋の貴人だったらしい。おそらく朝廷のお偉いさんだ。今は実権はないとはいえ尊敬を集めている存在なのだろう。
「宮殿下、失礼いたしました」
そう言って、頭を下げ舞殿宮の横を通り、もと来た方向へと向かう。今度は呼び止められなかった。そのまま誰に出会う事もなく外に出ることができる。そこで初めてここが鎌倉八幡宮と呼ばれる場所である事が分かる。
「変な人だったな」
そう呟く。嫌いになれそうにない。だが、鎌倉という事実上の首都に劔冑という至上の武器を持ち込んでいたのだ。その事を見逃すことはできない。後は茶々丸にどうにかうまいこと処理するようにお願いするだけだ。他人任せだが他にどうしようもない。
後に調べたところによると出会った人物は舞殿宮春熙親王。先帝の長兄である基熙皇太子に次いで、皇位継承権第二位に位置する人物であった。まごうことなき貴人である。
そんなやんごとなき身分の人間は、本来であれば朝廷がある京都に坐する。ともすれば、春熙親王の御名の由来も窺い知れよう。六波羅の手によって京の都から招かれ、此の奥殿へ迎えられた親王――故に舞殿宮。
源氏棟梁を称する六波羅一門は、当然源頼義を開祖とする八幡宮を信仰している。であればこそ、六波羅は朝廷への信仰心、勤皇精神を顕すため、京都から八幡宮の祭祀長職別当として春熙親王を奉じたと。表向きにはそう謂われている。実際は、皇室をも自在に動かしうるという六波羅の権威表明であった。
とどのつまり、宮殿下は人質なのだ。直接的に手を下せぬ朝廷に睨みをきかせるために、六波羅は春熙親王を鎌倉に囲った。そしてそんな人物が六波羅の地、鎌倉に劔冑を持ち込んだのだ。問題にならない訳がない。その事を茶々丸に報告すると、しばらく何事か考え込んだ後
「分かった。お兄さん、余計なことしてくれたけど、ありがとう」
そんな感謝とも何ともつかない事を言われる。
「すまない……すまないついでに申し訳ないんだが、あまり舞殿宮殿下を責めるような事にはして欲しくないんだ」
「それは舞殿宮の立場をわかった上での発言?」
「いや、全く分かってない。個人的なお願いだ」
「うーん……まぁ、それもありか、分かった。堀越で秘密裏に回収する方向で動いてあげるよ」
「すまん、助かる」
そこまで報告を聞くという体だった茶々丸が一気に表情を変える。ここからは個人としての茶々丸ということらしい。
「それよりも御堂だよ。封印状態の劔冑を見つけられるって凄い能力だよ。あてにもできないことをやってのけたんだから」
「茶々丸にはできないのか?」
「あてには封印状態の劔冑の声は聞こえないね」
凄い凄いという茶々丸に相槌を打ちながら雑談へとなだれ込む。それから茶々丸が舞殿宮の事をどう処理したのかはよく知らない。ただ舞殿宮殿下はそのまま鎌倉に居るということだけは教えてもらった。
―――――――
思い返してみてもとんでもない事をしてしまったと思う。
このイーニァの特殊技能を利用して坐摩神社にあったという劔冑を見つけ出すのが今回の目的だ。完全にイーニァの能力頼りの行き当たりばったりの調査になる。
そのまま旧大阪市街へと足を踏み入れる。そこもやはり復旧は一切されていない廃墟が立ち並ぶ。大通りには人気が一切ない完全なゴーストタウンだった。だが、道を何本か入ったところには僅かに人の気配がする。この大阪という街は今、巨大なスラム街、いや六波羅を嫌う者達、その落人が最後に流れ着く場所になっていた。そのためまともな法はない自分の身は自分で守るしかないそんな危険な場所だった。
そんな場所を坐摩神社を目指してひたすら南下する。会話はない。ピリピリした雰囲気で、遠くから見られている事が分かるからだ。
「……多分、こっち、だと思う」
つくしの先導で歩いているとだいぶ近づいたのだろう。大通りから裏通りへと導かれる。いい加減視線にもなれ、気になっていた事を尋ねる。
「つくしは昔大阪に住んでいたのか?」
「そう、昔、子供の頃、父の仕事で」
「そうか、お父さんは何をされてたんだ?」
「ん、技術者、大阪工廠で働いてた。でも大戦で……」
つくしが言葉を濁す。それだけでつくしの父に何が起きたのか大体想像がつく。
「そうか……話してくれてありがとな」
「いい、それより、着いた。ここが坐摩神社」
つくしが足を止め、指をさす。そこには辛うじて焼け残ったのだろう石造りの鳥居だけが存在している。他の建物は焼けてしまい無残な姿を今も晒している。
「イーニァ、どうだ?ここから何か感じるか?」
「うんん、だめ、なにもかんじないよ」
もしかしたら、という期待があったのだが、流石にそううまく行くことはないらしい。だが、これでとりあえず最低限の任務は達成だ。ないということが確認できただけでもそれはそれで成果なのだ。
踵を返す。こんなところで夜を越したくはない。その思いから足早に歩いて行く。チラリを背後を確認する。誰も見えない。
「もし、お武家様……」
しばらく歩いていると女性に声を掛けられる。ようやく来たか、そんな思いもある。ここに来てからずっと尾けてきていた相手が遂に声を掛けてきたのだ。振り返ると顔色の悪く痩せこけた、だがそれが凄烈な美を醸し出している女性が立っていた。
「何かな?お嬢さん」
「……お願いがあるのです。あの人を殺した山賊を殺して欲しいのです」
「山賊?……俺は殺し屋じゃない。そんな願いは叶えられないね」
「でも、お武家様じゃないと、そのバイク、劔冑なんでしょう?山賊は劔冑を持っているのです」
「山賊が劔冑を?……それでも答えは変わらない。他を当たってくれ」
そう切り捨てるように言う。確かに俺は今、劔冑を所持している。俺がずっと押して歩いていきたモノバイクがそれだ。だが、劔冑と戦えるような物じゃない。何せこの前テストパイロットをした試作機なのだ。旧式の上に無茶な改造でバランスも劣悪。精々一般人に対する圧力になるぐらいが関の山なのだ。
「あなた達は坐摩神社にあった物を探しに来たんでしょ?」
「……そうだ、それがどうかしたのか?」
「それならアイツラが持ってるわ」
「何、アイツラってのは山賊の事か?」
聞き捨てならない事を女が言う。坐摩神社に探し物をしに来たことは尾行していたのなら分かってもおかしくない。山賊が劔冑を持っていると言ったがそれが目的の劔冑の可能性がある。こうなっては単に無視するという訳にもいかない。
「……分かった。話だけは聞こう」
そして女が語りだす。女の名は匂宮望、元々大阪に住んでいたごく普通の夫婦だったらしい。それが全てが変わったのが大阪虐殺の後だった。大阪虐殺には軍に入った幼馴染の警告があったため巻き込まれることは避けられた。しかし、生活の基盤が失われ、廃墟となった大阪の町で細々と農業をして生きていたらしい。
その生活が一変したのは警告してきた幼馴染が戻ってきた時からだった。幼馴染は軍で出世し竜騎兵まで成り上がったのだが、何か事情があって脱走したそうだ。そしてその武力に頼ってこの大阪の町に一大勢力を築き上げる。一般人には手に負えない山賊の誕生だ。
だが、それでも幼馴染という縁があった夫婦は見逃されてきたのだ。いやむしろ最初は何くれとなく物資を融通してくれたり親切にしてくれた。しかし、山賊がその立場を笠に着て望を手に入れようとした時、その関係は終わった。反抗する望の夫を山賊が殺してしまったというのだ。それから望は夫を殺した山賊を殺すために生きているのだという。
「……そう、か」
これも六波羅の暴政が招いた歪みだろう。想像はしていても実際に本人から聞かされるとその酷さが実感できる。だが、目的を取り違えるわけにはいかない。
「それで、坐摩神社にあったのは何なんだ?」
「劔冑、だと思うわ。何をしても反応しない、でも絶対に普通の像じゃない大きな土竜の像があの神社には祀られていたわ」
土竜の像!それこそが探し求めていた劔冑に違いない。こうなれば望の話を無視する訳にはいかないだろう。
「何でそんなこと知ってるんだ?」
「私と夫、そして山賊は幼馴染だったっていうのは話したでしょ。この近辺の生まれだった私たちにとって神社は良い遊び場だったのよ。ある時入ってみようって話になってそれで見つけたわ」
「なるほど、分かった。とにかく山賊に会いに行く」
「山賊達は大阪城跡を根城にしているわ……それじゃあ、頼んだわよ」
山賊に会いに行くと言うと望の瞳が怪しげに光ったように見える。望は山賊の根城を教えるとどこかへと去っていく。
「それで、ユウヤ、行くの?」
「行かないわけにも行かないだろう。何せ目当てのものがある可能性が高いんだからな」
「応援を呼んだ方がいい」
「応援か……呼んだ方がいいんだけどな」
劔冑を所持している山賊に会いに行き、劔冑を引き渡してもらう。言葉にすれば単純だが、実行は困難だ。最低限度の武力はあるとは言え討伐部隊を用意すべきなのだろう。しかし、この近辺で協力が得られそうな場所は京都守護を目的としている室町探題しかない。室町探題と四公方の関係を考えると躊躇せざる負えない。
「いや、とりあえず様子を見てからにする」
「……ん、分かった」
俺達は大阪城を目指して移動する。
そして今、俺達は山賊の頭と対面していた。あれから大阪城に近づいたのは良かったのだが、あっさりと見張りに見つかりそのまま囲まれて御用になったのだ。だが、事情を話すとあっさりと頭の元まで案内されたのだ。
「ほう、お前さんらが俺を殺しに来たって奴等か」
「いや、別に殺そうとは思ってないが」
「ほう?望と会ったからここに来たんじゃないのか?」
「それはそうなんだが……俺達には俺達の目的がある」
「その目的ってのはなんだい?」
「あんたが坐摩神社から持ち去ったって話の劔冑だ」
「劔冑?俺が?」
「土竜の劔冑、違うのか?」
「……ああ、あれか……なるほど、そう言う事か」
「?持ってるんだろ?違うのか?」
「ああ、欲しければ俺と戦いな」
そう言うと山賊の頭はところどころ欠けているボロボロのモノバイクを椅子の裏から引っ張り出す。あのモノバイクは待騎状態の大和の数打劔冑だ。俺が押してきた物と同質のものだ。
「そんなボロボロの状態でやるってのか?」
「ああ。……おい、この兄ちゃんの劔冑を持ってきてやれ」
頭がそう言うと取り上げられていた劔冑が返却される。どうやら戦うしかないようだ。
「尽忠報国」
頭が誓言を唱える。モノバイクが甲鉄の欠片となり一瞬空を舞い、頭を包み込む。そこにはそこかしこに破損が見られるものの堂々たる佇まいの武者―九○式竜騎兵―が出現していた。
「八紘一宇!」
俺も続いて誓言を唱える。頭と同じようにモノバイクが甲鉄の欠片となり空を舞う。次の瞬間には全身を劔冑が包み込み、活力が全身を満たす。この感覚は劔冑独特の物だと思う。少なくとも戦術機では感じられない。
「何だそりゃあ?双発の八八式?そんなもんもあるのか」
「これは試作機だからな、まともに飛びやしない」
「はっ、お前こそそんな状態でやるってのか?」
「やるしかないんならやるだけさ」
「いい覚悟だ!じゃあ行くぜ!」
そう言うと頭は合当理に火を入れる。合わせて俺も合当理に火を入れる。爆音を上げて飛び立つ俺達。が、やはり双発に変更された結果の重量増が出足を鈍らせる。もっとも向こうも万全ではないらしくそこまで高度差はない。
武者の戦いの第一段階はまず高所の取り合いから始まる。この時に重要なのが加速性能だ。そしてこの試作機は加速性能が劣悪である。高度優勢を取った方が重力を味方に付けて攻撃できる分重い攻撃ができるのだ。
高度優勢は取られたがまだ水平に近い状態だ。この状態なら高度の差はほとんどないと言っても過言ではないだろう。そのままヘッドオンで直進していく。太刀は武者正調の方に担ぐような上段の構え、相手も同じようだ。まずは一手目、どうする?
「はっは、鈍亀だな!」
「うるせぇ、そっちも似たようなモンだろうが!」
幸いと言っていいのか武者の剣は力任せだ。力とは、最も単純な強さだ。そして単純であるが故にアメリカでも、引いては自分でも研究している。そして得た結論は力とは速さだ。俺にとって最もやりにくい相手とは技を持った相手である。単純な力勝負であればまだ勝機は見える。
斬り間に入ると同時に全力で太刀を叩きつける。鋭く重い金属音が響き渡り手首に凄まじい負荷が掛かる。太刀が弾かれた、だが、相手もほぼ同様に弾かれている。即座に旋回機動へと移る。
武者の戦いの二段目はこの旋回能力だ。これが優れていれば二撃目以降に高度優勢を取りやすい。そしてこの機体は運動性能も劣悪である。腰に合当理が存在しているため何も支えがない空中では向きを動かしにくいのだ。そして跳躍ユニットのメリットであるユニット自体の可動もカタツムリよりも遅い。即ち糞の役にも立たない。それでも必死に旋回を終え、再び敵騎を捉える。
今度は互いに高度優勢を取り合うように上昇しながら距離を詰めていく。僅かに敵騎の方が上方を確保する。その場で敵騎はピッチを下げて加速体制に入る。高度優勢は敵騎に奪われたようだ。
相手は武者正調の上段の構え、そのまま下に駆け抜ける算段のようだ。ならばこちらは下段に構える。下に抜ける敵騎に対して上段に構えても打ち下ろしが敵を追いかける事になり致命傷になりえない。ならば下段に構えて待ち構える。これで構えは五分、問題は高度優勢を取られているためにこれでは負けが見えているという事だ。
「おらぁ!」
「シッ!」
激突の瞬間、双発である利点を活かし、単発ではあり得ないバレルロールを行い、僅かに打点をズラす。お互いの太刀が互いの甲鉄を打ち砕く。
《右肩部装甲被弾、中度損傷》
CPUがダメージレポートを伝えてくる。腕がちぎれたかと思ったが、八八式の分厚い甲鉄がダメージを抑えてくれたようだ。壮絶な痛みとともに腕の感覚も戻ってくる。まだ繋がっているし動く。ならば問題なし、だ。敵騎はこちらの不意打ち、相打ち上等の奇襲でかなりダメージを負ったはずだ。それぐらいいいのが入った感触がある。機体を立て直し、旋回する。
敵騎はまだ旋回途中だった。ここで高度優勢を取るのも一手だろうが、それよりも奇襲の効果が薄れない内にもう一撃しておきたい、そう判断し、敵騎に向かって直進する。
どうにか旋回を終えた敵騎に太刀を振り下ろす。態勢の整わない敵騎は太刀打ちできないと判断したのか回避を選択する。
「チィッ!」
だがまだ優位はこちらだ。即座に旋回し、再び突撃しようとする。が、その出足の事だった。
《
「なに!?」
機械的な音声が新手の存在を告げる。慌ててそちらに向き直るとそこには茶色の劔冑が飛び上がってきていた。その姿は異様、獣をそのまま直立させたような異形の姿、その手には
「あの劔冑……真打か!まさか目的の!?」
「悪いな、兄ちゃん、俺の客だ」
そう金打声が響く、見ると頭の九○式竜騎兵が新手の真打劔冑へと向かっていくのが見える。敵の増援という訳ではないようだ。そのまま頭と不明騎は双輪懸を開始する。だが、様子がおかしい。頭は見事な技でパイルバンカーの一撃をいなしている。問題はいなしているだけという事だ。十分にカウンターを入れられるタイミングにも関わらずそれをしていない。ただひたすら守り続けるだけだ。激突を繰り返すたびに僅かずつ頭の機体にダメージが蓄積していく、いくら受け流すことに成功しても完全にノーダメージとはいかないからだ。
そして遂に綱渡りは終わりを迎える。いなしてなお威力十分だったパイルバンカーの一撃が
「待ちな、勝負は着いた。殺さなくてもいいだろ?」
「邪魔しないで!!!」
女性の金切り声が金打声で響く、そして躊躇なくこちらに向き直り、突進してくる。邪魔する者は全て排除しようと言うことだろう。仕方なくこちらも応戦の準備をする。幸い高度優勢はこちらの側だ。
ピッチを下げて降下、加速体制に入る。向かってくる敵騎は中段の構え、というより武器の形状上他に選択肢はないのだろう。先程から中段以外に構えていない。そして攻撃は突き一択。分かりやすいことこの上ないがその一撃がこちらを確実に破壊可能なのだ。対応は慎重に慎重を重ねる必要がある。
こちらは上段に構える。そして衝突の寸前、身を捩って敵騎の上に抜けるコースへと進路を変更、同時に太刀を下段に構え直す。敵騎はただがむしゃらに杭を撃ち放つ。
衝撃
《腰部甲鉄被弾、軽度損傷》
「きぃゃああああああ!」
敵騎にはかなりいいのが入った。やはり敵騎は素人のようだ。俺も劔冑の戦術に関しては詳しいとはいい難いのだが、それよりも拙い。中段からの突きを上に抜ける敵に当てることは困難だ。本当に一瞬を掴むしかない。それに対してこちらは線で攻撃できる。狙えるほどの腕もないならラッキーパンチにさえ気をつけていれば大丈夫だ。
旋回しながらピッチを上げて上空を目指す。一度明確に高度優勢を確保できれば機体性能に明確な差がない限りそう簡単に奪取されることはない。その例に逆らわず、二撃目もこちらの高度優勢は間違いない。とは言え一撃の威力は侮れない。決して油断していい相手ではない。
未だ機体制御にもたつく敵騎に向けて直進する。隙だらけの姿に狙う部位を選べるだけの余裕がある。狙うは合当理飛行できなくなれば戦闘続行は不可能になる。そう考え太刀を振るう。
「……やらせねぇよ」
「なっ!?」
墜落した筈の頭の九○式が突然、割り込んでくる。背中に不明騎を庇う態勢だ。とっさに
「死ねぇえええええええ!!!」
そして事態は唐突に終焉を迎える。背中を晒している九○式にむかって不明騎が攻撃を仕掛けたのだ。背後からの奇襲、対処できるはずもなくパイルバンカーに貫かれる九○式。そして二度目の墜落。今度は致命的な落ち方をした。
「頭!……クソッ」
「やった!やってやったわ!!あは、あはははははは!」
「お前は何なんだ!」
吼えながら、再び敵騎へ向かって降下を開始する。避けるどころかこちらに反応すら見せない敵騎に向かって太刀を振り下ろす。殺すつもりはない。だが、墜落は覚悟してもらおう。太刀が合当理を切り裂き、不明騎が堕ちていく。
地上に降りる。偶然のなせる技か、二騎はほとんど同じ場所に墜落している。
「頭!生きてるか!」
「……騒ぐな、若造。……死神に嫌われちまったようだ」
そこには腹に大穴を空け血をだくだくと流してる頭が廃墟の壁に凭れていた。周りには九○式竜騎兵の残骸が散らばっている。残骸の破損具合から考えると奇跡的だと言えるのかも知れない。
「すぐに病院に連れて行く」
「俺の事はいい、それよりあっちだ」
残った気力を振り絞ったのだろう。指差す左手は震えている。指差した先には例の不明騎が墜落していた。
「何でそんなにあいつの事を気にかけるんだ!?」
「俺は……あいつを……俺のせいなんだ。だからこれは自業自得さ」
「クッ、分かった。あっちを見てくる。すぐ戻ってくるからくたばるんじゃねぇぞ!」
不明騎へと駆け寄る。ダメージの受けすぎで装甲状態が解除されたのだろう。一人の女性と一体の金属製の土竜がいる。
「な!?この人は……」
そこで気絶しているのは匂宮望だった。土竜の劔冑の仕手は望みだったのだ。だがそこまで驚きはない。良く考えてみれば劔冑を持っていた事以外はごく順当な成り行きなのだ。頭を殺したがっていた望が頭を襲撃した。ただこれだけなのだ。呼吸を確認し、外傷もない事を軽く確認する。大丈夫だ。望を頭の近くの安全な場所に横たえ、再び頭の元へと戻る。どう考えても頭のことが最優先だ。
「匂宮望は大丈夫だ。今は自分の事だけ考えてろ」
「……そうか、望は無事だったか、良かった」
持っていたタオルで直接圧迫止血法を試みる。
「俺達は幼馴染でな、バカみたいに気があったんだ」
「いいから喋んな!」
「聞いてくれよ、どうせ最後だ。……それで何をするにも一緒だった。そんな俺達に転機が訪れたのはあいつが十三が望に告白した時だったな。望はそれを受け入れ、俺は祝福した。でも……どこか受け入れられなかったんだ。だから軍に逃げた」
そこで頭は口腔内に溜まった血を吐き捨てる。
「それからは必死だったな。そしたらいつの間にか竜騎兵まで成り上がってた。そんな時だった。大阪を、俺達の町を、焼き捨てるって話が入ってきたのは、それまでも散々焼き払ってきたのにその時だけは受け入れられなかったんだ。俺はすぐに脱走して、あいつらに伝えた。そこから仕方なく。いや仕方なくもなかったのかな?山賊を始めたんだ。意外と才能があったようで今じゃ結構な数のお頭って訳さ」
頭が力なく笑う。
「あいつらの事は何くれとなく面倒見てやってた。それが間違いだったのかも知れないな。いや、山賊なんか始めたのが間違いか。俺に頼るしかない現状に十三が耐えられなかったのさ。望の暴力を振るうようになったんだ。そんなこと知らない俺はお気楽に物資を渡しては冗談めかして、言い寄ったりしていた。そして次に耐えられなかったのは望だった。望は……十三を殺した」
「お前が殺したんじゃないのか!?」
「俺にはそんな勇気はなかったね。結局。そして望はその自責の念に耐えられず、俺が殺したって事にしたらしい。望は俺を殺そうとどこから手に入れたのか劔冑まで使って襲ってくる。殺される覚悟がない俺はただ熱量が尽きるまで相手をしてやるだけだった。それから望は俺を殺せる誰かを求めて彷徨いだした。後はあんたも知っての通りさ」
そう語り終えると安堵したように目を閉じる。血はまだ止まらない。そろそろ墜落を聞きつけて山賊たちがやってきてもおかしくないと思うのだが。そう思い周囲を確認する。一瞬見逃しそうになるが、望の姿が消えている。それに気付き逡巡する。重症の頭か、何をするか分からない望か。
「ゆうや!」
イーニァがつくしと共にやってくる。
「悪い、この人を頼む!」
それだけ言い残すと俺は望を追いかける。何故か胸の内側から不安を吹き出してくるような感覚がある。
……遅かったようだ。
そこには望がいた。自らの手で胸を一突きしている。脈を確認する。ない。既に冷たくなり始めていた。遺体の横には血文字でごめんなさいとだけ残されている。そしてその側には土竜の劔冑。俺は廃墟の壁を叩く。手が痛くなっただけだった。
望の遺体と土竜の劔冑を持って、イーニァ達の元へと戻る。そこからはあまり覚えていない。頭を部下に引き渡して、俺達は解放された。
行きと同じようにモノバイクを押す。その座席には土竜の劔冑が鎮座していた。任務は達成できた。だが、後味の悪い任務だった。
本当は小狐丸はこの段階では鎌倉にないと考えたほうが自然なのですが、話の都合上持ち込まれてる事にしました。贖罪編(無料公開中!)のフラグが折れてしまいました。小狐丸の活躍が見たい方はぜひ贖罪編のダウンロードを自分とは違い原作の雰囲気そのままです(ダイマ)
以降、後書きと言う名の言い訳です。
話の流れが唐突な部分が多々あると思います。掘り下げ不足も甚だしいと思います。実はプロット段階では大阪編という形で四日に渡るシティーシナリオを予定していたのですが、本筋に直接関わらないためバッサリカットしてしまいました。これはこの先の書きたい部分を書くための措置ですが、申し訳ありません。