装甲悪鬼村正 トータル・イクリプス   作:Flagile

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装甲競技

「今日と明日は遊びに行くから支度してね」

 

 鶴の一声であった。そう告げる茶々丸に引っ張られるようにして俺達は出発したのだった。あのよく揺れる車に乗ること数時間、俺達は駿河国小鹿の田村甲業直営サーキットに来ていた。

 

「ここで何するんだ?レース観戦か?」

 

 サーキット場に来てすることなど他にないだろうと思いそう言う。遊びに来たというのならそれできっと正解だと思っていた。

 

「んにゃ、お兄さんにはレースに出てもらおうと思ってる」

「何!?本気か!?」

「本気も本気、お兄さんのために新型機も用意したんだからね」

「そんなに規模の大きくない大会なのか?」

 

 新型機というは気になる所だが、俺にお鉢が回ってくるってことは戦術機を模した機体だろう。大会にイロモノ枠というは付き物だ。そういう意味での参加なら有りうるかも知れない。

 

「んー、大会の規模としては大きくないよ。でも参加する各社のワークスチームが来年の勝負を見据えた機体を送り込んでくるから注目度はバッチリだね」

「なんでそんな大会に出なくちゃならないんだ……」

 

 想像以上に大会の規模としては大きいようだ。

 

「何でって面白そうだから?」

「そんな理由なのか……」

「うーん、気に入らなかった?なら政治向きの理由もあるけど」

「政治向きの理由?」

 

 問い返すとちょっとだけ真面目な空気に切り替わる。

 

「あては戦術機の事を完全には隠していないんだ。これは下手に隠したほうが興味を惹かれるからね。で、隠していないからにはある程度実績ってもんが必要な訳、まぁ結果が出なくてもあての道楽って事になるだけなんだけどね」

 

 ちゃんとした理由があるのなら出るのを断る訳にはいかないだろう。これで出て優勝しろとか言う無茶振りならともかくそうじゃない。できることをやらない理由はない。

 

「……分かったよ。茶々丸。出ること自体はそんなにイヤって訳じゃねぇし」

「流石お兄さん、話が早い。後お兄さん、これからは茶々丸じゃなくてこの名で呼んでね」

 

 そう言うと一枚の名刺を渡される。

 

 灰色の荒野(コンクリートサバンナ)を駆け抜ける風

 弾丸雷虎(ダンガンライガー)・見参!!

 

 名刺にはそう書かれていた。

 

「何だ、これ……」

「え?見てわかんない?名刺だよ、名刺」

「いや、名刺は知ってるが、ダンガンライガーって何だよ……」

「あての偽名」

 

 とてもいい笑顔で自分を指差す茶々丸、改めライガー。何かもうどうでも良くなってきた。それから劔冑を見せてあげる、といってガレージに案内される。その途中の事だった。

 

「おっと、すまない」

「いえ、こちらこそすみません」

 

 気が抜けていたのだろう。角を曲がったところで人とぶつかってしまう。学生の四人組だ。きっと装甲競技(アーマーレース)のファンなのだろう。

 

「お兄さんはレースの参加者なんですか?」

「……ああ、一応な」

 

 彼らのすぐ先はスタッフエリアとなっており、部外者は進入禁止になっている。その場所を目指していたのだレースの関係者である事は一目瞭然だろう。だが、飛び入り参加の身で堂々と参加者だと名乗るのも憚られた。

 

「どこのチームなんですか!?」

 

 少年の一人、軽薄そうな糸目の少年がキラキラした目で問う。だが生憎と今日参加を知らされた俺はどこのチームの所属なのかすら知らない。その事に今、気づいた。

 

「あ、ああ。茶、ライガー頼む」

「おうさ!あてらチームは閃光の雷(ライジングサンダー)だぜ!!」

「おおっ、あのライジングサンダー!!……って知ってるか?」

「うん、確かあまりパッとしない金満プライベーターだったと思う」

「おい、忠保言い過ぎだ!」

「うう、正論が痛い……」

 

 酷い言われようだった。とは言え茶々丸の落ち込み様を見る限り、その通りなのだろう。否定する要素は何もないように思う。苦笑しながら言う。

 

「まぁ、今回は度肝を抜く事にはなると思うぜ」

「おっ、お兄さん強気発言だね~、やる気になってくれてあて嬉しい」

「レース楽しみにしてます!」

「ああ、楽しんでいってくれ」

 

 手を振り、応援してくれる少年たちと別れてガレージへと向かう。

 

「さてお兄さん、遂に、遂にあて達の愛しい愛騎とのご対面だよ!」

「そうか、おーいつくし居るんだろ?」

「うわぁーい、軽く流されちまったぜ」

 

 茶々丸が若干いじけてるが気にしてはいけない。ガレージのドアを開け中に入る。中ではつくし達が一騎のクルス(劔冑)を整備していた。

 

「あ、ユウヤ、いらっしゃい」

「コイツが俺の乗る劔冑か?」

 

 そこにあったのは白一色の純白の劔冑だった。八八式のような武骨さとは対称的な流麗なフォルム。ベースとなった機体がレーサークルスなのだろう。流線型の機体は如何にもスピードを意識しているように見える。そしてこの機体の特徴である腰部にマウントされた二基の合当理、跳躍ユニットだ。

 

「今回はまともに飛ぶのか?」

「大丈夫、サンダーボルトの4WD(四翼駆動)を組み替えて跳躍ユニットをマウントから可動速度も十分。合当理も高出力の物に取り替えた。左右の合当理の調整も万全、この前みたいな無様は起きない。でもスタートだけは気をつけて多分暴れる(・・・)でもユウヤの技術なら乗りこなせる、勝てる」

 

 つくしが饒舌に語る。最後の言葉だけで十分過ぎるほど伝わった。つくしは勝つつもりなのだ。

 

「よっしゃ、じゃあ勝つぞ!」

 

 俺が気合を入れるとスタッフ一同が気炎を上げる。スタッフからレースに関してのブリーフィングを受ける。何せこちらはズブの素人なのだ。最低限レースのルール程度は把握していないとどうしようもない。

 

 そして練習が始まる。今日は午前が練習で午後に予選があるという話だ。そして明日が本番。だが、まずは予選を突破しないことには話にもならない。

 

 ピットからコースに出る。会場がどよめく、それも無理ないことだろう。他の機体は全て単発、なのに双発の上腰部に合当理がマウントされているのだ。双発というのはルール上問題ないらしいが、どこも取り入れてない。それはそうだろう。単発で十分な出力が出せるなら双発にするなどデッドウェイトを増やすだけの愚行だ。会場からもそんな声が聴こえる。

 

 だが、そんな声は気にならない。何せこの機体は根本的に設計思想が違うのだ。そんな的外れの指摘を気にしても仕方がない。

 

 スタートする。出力が極端に上がったためにスタート時の安定性は悪い。つくしの言葉通り暴れる。それをねじ伏せる。左右の合当理の出力調整機構が逆に悪さをしているようだ。がそれもすぐに収まり安定した騎航に入る。

 

 出足は遅い。とは言っても他の機体に比べれば、だ。八八式・改の時と比べれば雲泥の差だ。加速は適当なところで止め最初のカーブ、攻めない。ただ安全に曲がりきることだけを考える。他の機体がドンドン抜き去っていく。観客の盛り下がりを感じる。だが、これが初飛行なのだまずは慣らしていかないと話にならない。

 

 一周、もう一周とドンドン観客が盛り下がっていくのを感じる。だが、俺は手応えを感じていた。カーブでの挙動、直進での加速性能一つ一つを丁寧に確認していく、そして午前の練習も最終盤、残り一周まで来た時にはほとんどのチームが練習を終えていた。俺はその最後の一周を全力で攻める。今までのような様子見の走りじゃない全力を尽くす。

 

 加速はゆるゆるとこれは仕方ない重いのだから。だがその加速が終わらない(・・・・・)、双発で高出力だからこそできる圧倒的な最高速度、全身のフレームが振動し、暴れ馬のように乗り手を振り落とそうとする。それを強引に押さえ込む。そしてカーブ、今までのような低速での突入ではない。他の機体を置き去りにするほどの高速での突入だ。

 

 ぶつかる!

 

 そんな悲鳴が聞こえた気がする。跳躍ユニットを可動させ、慣性をねじ伏せる。身体に尋常じゃないGが掛かる。がそれでも機体を制御し続ける。最低限の減速でカーブを抜け、再び短いストレート。歓声が上がる。それからも最低限の減速でカーブを抜けていく。その度に歓声が上がる。機体が悲鳴を上げる。だがコイツの限界はまだ先にある筈だ。そう感じる。そして最後のホームストレート。コイツの限界速度を見せつける!そんな思いで機体を駆る。そしてゴール。一際大きな歓声が上がる。

 

 ゴールを抜けピットに戻る。スタッフが駆け寄ってくる。

 

「どうだ!見たかコイツの限界を!」

 

 つくしに頭をぶん殴られた。

 

「無茶しすぎ、機体もボロボロ……」

「ああ~、こりゃダメだね、跳躍ユニットを保持してるフレームの奥の方が歪んでやがる」

 

 茶々丸がレーサークルスの表面を叩いて何かを診断する。

 

「フレームの強度が足りなかった。お兄さんの技量にこの子がついて行けてない。これは、私達の未熟」

「すまない、戦術機と同じ気分で乗っちまった」

「良い、私達の未熟」

 

 限界まで酷使し過ぎたらしい。コイツには悪いことをしてしまった。そこで気づく。俺はコイツの名前すら知らないのだ。

 

「なあ、コイツの名前って何て言うんだ?」

「……名前、ユウヤが付けて。良いよね、ライガー?」

「もちろん!あてがビックリするようなカッコイイ名前をお願いね」

 

 そう言われて考える。名前、名前か……。戦術機と劔冑の合いの子。そう思うと不知火・弐型(TYPE94-2nd)の事が思い出される。あれも日米の戦術機の合いの子だった。

 

「……不知火、コイツの名前は不知火・参型だ」

「それがお兄さんの選択?」

「ああ、そうだ。戦術機と劔冑の架け橋、そんな機体になって欲しい」

 

 結局、整備できるような状態じゃないとして出走は取り消しになった。だが、不知火・参型の走りは確かに存在したのだ。観客の記憶の中に残っている。

 

 そして、午後、暇になってしまった俺達はレース観戦をしていた。

 

「あっ、さっきのレーサーのお兄さん!」

「ん?ああ、さっきは悪かったな」

 

 そこには先程ぶつかってしまった学生四人組が居た。

 

「いえ……あの凄い走りだったんですけど、リタイアですか?」

「ああ、機体に無理させすぎてな、合当理のとこのフレームが逝っちまった。……俺の技量不足だな」

「そんなことないです!あの走り、他のレーサーとは違う何かを感じました!」

「ははっ、そう言ってもらえると嬉しいね」

 

 確かに俺はレーサーではない。骨の髄までテストパイロットだ。いつだって機体の限界を手探りで探している。そして今回はその限界を見誤った。死ぬ事はなかったが、死んでもおかしくなかったと思う。思いの外自分の意志を反映してくれる機体に浮かれすぎていたのだ。

 

「あのお兄さん、お兄さんの名前を教えてくれませんか?」

「ん?ああ。俺の名前はユウヤ・ブリッジス、こっちでは百橋ユウヤと名乗ってる。あんたらは?」

「ユウヤさん……あっ、俺は稲城忠保です。レーサー目指してます」

「友人の新田雄飛です。よろしくお願いします」

「飾馬リツよ、よろしく」

「来栖野小夏です。よろしくお願いします」

「ああ、よろしく。稲城君はレーサーを目指しているのか?」

「はい!もしよければどうやってレーサーになったかを教えてもらえませんか?」

 

 レーサーになった経緯、か。そもそも一度も出走していない俺はレーサーなのだろうか?少年には悪いが俺の例は参考にはならないだろう。それならむしろ……。

 

「生憎と、レーサーをやることになったのは流れだからあんまり話せることはないな。……だが、テストパイロットについてなら話してやれる」

「テストパイロット?」

「そうだ。俺は元々軍に所属していてそこで新型機を開発するためのテストパイロットをやってたんだ」

「それって凄いエリートって事なんじゃ……」

「まぁ、そういった面があるのは否定しない。幸い俺のいた軍は実力主義が基本だったからな。多少生まれが変わっていても受け入れる懐の深さがあったんだ。で、必死になって勉強して機体を動かして、最善の挙動を研究し続けていたらいつの間にかテストパイロットに抜擢されてた。それでも満足できなくて色々酷い無茶もやったもんだ」

 

 思い出されるのは苦い経験。自分の無茶の結果、上官を死なせてしまったという自分が背負わなくてはならない咎だ。

 

「あの、ユウヤさん」

 

 それまで俺と稲城の会話を聞いているだけだったもう一人が問う。

 

「ユウヤさんはなぜ軍に入ろうと思ったんですか?」

「なぜ軍に、か……。そうだな俺は……ダブル、いや、ハーフとして生まれたんだ。生まれた土地は差別意識が強くてな。それに負けないように愛国心を示してやるって士官学校に入ったんだ。……大した理由じゃなくて悪いな」

「あの、何か、すみません、立ち入ったことを聞いてしまって……」

「別にいいさ、もう俺の中では割り切ったことだからな」

 

 そこまで話すとどうも場がしんみりしてしまった。俺はもう気にしていないのだが、少年には少し刺激が強い話だったらしい。

 

「さて、俺の話はここまでにしよう。それよりレースを見ようぜ!」

「そう、ですね。うん、レースを楽しみます!」

 

 ちょうどタイミングも良く、各騎がピットから姿を現し始め各々飛び始める。今日の予選は一周のラップタイムを競う。制限時間内なら何度挑戦しても良いし、すぐに止めてもいい。そんなルールだ。

 

 予選開始直後、できるだけ長いこと飛びたいというチーム達によるデッドヒートにボルテージが上がっていく観客、俺達も場の流れに合わせて無理矢理テンションを上げていく。無理矢理でもテンションが上げればいつの間にか本当になっているものだ。

 

「どこか注目のチームしてるチームはあるのか?」

「そうですね、やっぱりタムラですね」

「確か……タムラって言うと今回の主催でサンダーボルトを作ったとこだったか」

「あれ?ユウヤさん、あまり詳しくないんですか?」

 

 そう問われてしまうと困ってしまう。俺にとって装甲競技(アーマーレース)自体ほとんど未知のものなのだ。ここでごまかしてもすぐにバレるだろうと思い、本当の事を言う。

 

「ああ、装甲競技自体初めて観戦する」

「ええっ!?それでいきなりレースって……」

「だから言っただろ。俺の例はあてにならないって、不知火を操縦するためだけにここに来たって言っても過言じゃないんだ」

「不知火ってあの双発の機体ですか?何か合当理自体が動いてましたけど……」

「俺達は跳躍ユニットって呼んでる。根本的に通常の合当理とは設計思想が違う代物さ。まぁ色々問題も多いんだが……」

 

 先程、全力走行で不具合を出してしまった跳躍ユニットを保持してるフレームの強度のことを思い嘆息する。やはり根本的にスーパーカーボンを使用しないとどうしようもないのだ。スーパーカーボンなしでやろうとすると重量が嵩み過ぎる。今度、折れた長刀を素材にすることも提案してみようと心のなかで決める。

 

「なるほど……特別な機体を操縦するためのユウヤさんって訳なんですね!……それで、何でそんな特殊な機体がレースに出てきたんですか?」

「まぁ、実績作りの一環だよ。お偉いさんにこんなもんができてこんな事ができるんだぜってことをアピールするためさ」

 

 肩をすくめながら、茶々丸に聞いた表向きの理由を言う。

 

「なるほど……あっ、タムラが出てきました」

「おっ、あの青いのか、確かに不知火の面影があるな」

 

 出てきたのは群青色が空のような、特徴的な四翼を持つ流線型をした機体だ。こうして比べてみると同じ機体を改造したとは思えないほど別物に見える。

 

 走り出す。他の機体と比べても軽快に加速していく。その姿は不知火とは比べ物にならない程スムーズだ。乗っている騎手もいいのだろう。順調に周回を重ね、順当に良いタイムを出している。

 

「なるほど、良い騎手だな」

「やっぱり分かりますか!皇路操はやっぱり世代ナンバーワンですよね!」

 

 稲城忠保が言うように他の機体と比べても動きがいい、特に優美でありながら攻撃的なコーナリングは他の誰にも負けないと言っても過言じゃないだろう。

 

 こうして外から眺めていると、自分も内側で走りたかったという思いがふつふつと湧いてくる。さっきの限界走行を行ってようやくついていけるかどうか、そんな世界が目の前で展開されているのだ。それを見てるだけでも試してみたくなることが増えていく。自分はまだ劔冑の仕手として未熟なのだと思い知る。

 

 そこからはひたすら食い入るようにレースの予選に見入るのだった。

 

「長刀の破片を使えないか?」

「ユウヤ?良いの?」

 

 不知火・参型の整備を行っていたつくし達に提案する。この前のレースで発覚したフレーム強度の問題、それを根本的に解決できるかもしれない提案だ。つくしも同じような案を検討したことがあったのだろう。あまり戸惑うことなく、反問する。

 

「ああ、折れた長刀なら使ってくれて構わない」

「ユウヤ……ありがとう」

 

 そう言うと早速部下達を率いて破損した長刀に挑む。未知の材料なのだ。俺にとっても流石に材料の特性や大まかな作り方程度ならともかくそれ以上の事は出てこない。そしてそうした基礎知識は既に伝えてある。後は実際に扱ってみてもらうしかないだろう。

 

 そして一月後、そこには長刀のスーパーカーボンを部分的に組み込んだ不知火・参型の姿がそこにはあった。

 

「えらく早かったが、ちゃんと試験はしたのか?」

「大丈夫、の筈。一通り材料評価はした。安全マージンは十分以上にとってある。後は疲労破壊の結果待ち、それも多分大丈夫。前みたいな無理をしても壊れない。その筈」

 

 確かに戦術機に用いられている材料なのだ。そうそう悪い結果が出ることはないとは思うが、それでも材料を変えるというのは根本を変えるという事だ。何が起こるのか分からない。

 

「まぁ、後は飛んでみるしかない、か」

 

 そういう事になったので、テストフライトを行う。緊急事態に備えて救助用に茶々丸の所から八八式竜騎兵を借り、万全の態勢で臨む。

 

 合当理に火を入れず、跳躍ユニットをグニグニと動かす。反応も悪くない。これぐらい反応速度があれば十分に機体を振り回せるだろう。同じように全身の感触を確かめていく。

 

 そして、まずはストレートを飛んで見る。相変わらず初動で暴れるが問題はないようだ。着甲したまま簡易整備を受ける。茶々丸による触診も問題なしだった。今度はカーブを曲がる。とは言っても跳躍ユニットを使ってではない。あくまで通常の劔冑のように全身の体を操作することによってだ。そして、一周、再び簡易整備を受ける。仕手としての感触も悪くない。むしろ良さそうだ。

 

 ついに跳躍ユニットを使う時がやってきたようだ。合当理に火を入れ、地面を蹴り飛び立つ。ストレートは問題ない。そしてカーブ、先程曲がった時とは異なり、跳躍ユニットによる推進方向の変更でカーブを曲がる。

 

 ここまでは以前の機体でもできていた事だ。問題はここから先なのだ。一周、一周丁寧に飛びながら負荷が掛かっていないかをチェックする。ここで無理をする必要はない。以前のように熱気に浮かされて動かすなどもってのほかだ。

 

 そして、テストフライトは順調に進んでいく。改良した部分も問題ないようだ。戦術機のテストパイロットとしての経験と学んだ劔冑の知識を基に限界を手探りで探すように一歩にも満たない距離をジリジリと踏破していく。

 

 ついに計算上の限界性能を達成する。歓声が上がる。俺も心の中でガッツポーズする。そしてテストパイロットとしての勘が言っている。これ以上は機体に無理を掛ける事になると、緊急事態じゃない限り、否、緊急事態だとしても発揮すべき領域ではない、と。

 

「……ここまでだ」

「ユウヤ……了解、帰投して」

 

 帰投した不知火・参型を徹底的にメンテナンスする。僅かな歪みも見落とさないように丁寧に、丁寧に。最も負荷が掛かったであろう跳躍ユニットを繋ぐフレーム部分にも問題はないようだ。茶々丸のお墨付きをもらう。

 

 ここに戦術機と劔冑の合いの子が本当の意味で誕生したのだった。

 

 そしてその実戦の機会がユウヤに与えられた。東雲サーキットで行われる全大和装甲競技選手権がそれだ。この大会は東京万博で戦技披露を行う選手の選抜も兼ねているらしい。上位5チームにその権利が与えられるそうだ。正直そちらには興味がない。茶々丸からも勝利するようにとはオーダーは出ていない。

 

「……お兄さん、気をつけてね」

 

 貴賓席でレースについて茶々丸と打ち合わせをしていた時、茶々丸はそう言った。それはレースという速度の限界に挑むという意味ではないように俺には感じられた。

 

「?何をだ?」

「実はこのレース……オヴァムが使われているんだ」

 

 オヴァム、神の欠片、劔冑を超常の存在にする第三の主体、その結晶。数打に陰義を付与する追加パーツ。平久里村での事が思い出される。

 

「それは、GHQがこのレースで実験してるって事か?」

「そう、GHQは資金援助の代わりにオヴァムを供与し、テストしようとしている。……だから何が起きるかあてにも分からない」

 

 そう言われて見ればたかがレースに九○式竜騎兵を八騎も動員するのは如何にもおかしい。過剰戦力過ぎる。

 

「まさか、俺の機体にも?」

「まさか!そんな事黙ってしたりしないよ、お兄さん。お兄さんの役目は何が起きるか分からないレースを無事に生還する事、いつもより安全マージン多目にとってくれると嬉しいかな」

「了解、気をつける」

 

 それだけ言い残すとガレージへと向かおうとする。その時の事だった。声を掛けられる。

 

「やぁ、ユウヤ君。元気だったかい?」

「ウォルフ教授……あなたもレース観戦ですか?」

「ん?茶々丸君から聞いていないのかね?」

「……オヴァム、ですか」

「何だ、知ってるではないか。……まぁ、私にとって陰義の発現がどうとかはどうでもいいのだがね」

 

 貴賓席を後にしようとするとウォルフ教授と出会う。GHQがオヴァムの実験をしているのならこの教授が居ることは何もおかしくないのだろう。GHQからの来賓というのもこの教授の事なのかも知れない。

 

「そう言えばモグラの劔冑を見つけたのは君なのだろう?」

「え、ええ。そうです」

「いやー、あれは実に役に立ってくれているよ。今まで地質調査とは効率が違う。おかげで研究も捗っているよ」

 

 大阪で回収した土竜の劔冑は茶々丸を通して、ウォルフ教授の研究に役立てられているらしい。そしてウォルフ教授の研究とは神の研究だ。特に今はその神がどこに座しているのかを突き止める事を目標にしていると聞いている。

 

「そう、ですか……」

 

 歯切れが悪くなる。どうしてもあの誰も救われなかった、どうしようもない結末を思い出してしまうのだ。

 

「おや?あまり嬉しくなさそうだね。君にとっても神は価値があるものだと聞いていたのだが、そうでもないのかな?」

「いえ、ちょっとその劔冑を入手した経緯で色々ありまして……」

「なるほど、神ではなく劔冑の方の問題か、それは私の範疇外だね」

「ええ、教授に何かしてもらう類の話ではありません」

「むしろ、手伝ってもらっているのは私の方だからね。……また、何か茶々丸君を通して頼むと思うからその時はよろしく頼むよ」

「教授の研究が成就することを私も願っています」

 

 それだけ話すとウォルフ教授と別れ、今度こそガレージへと向かう。

 

 今回は前回と違って十分な練習時間を確保できている。ならば最初から無理する必要はない。そう判断し、しばらく他チームの練習飛行を観察する。今のところおかしなところは、ない。

 

 流石に練習飛行から陰義が発現するような惨事にはならないようだ。そう言えば「極限の意志」が必要だとか言っていたような気がする。それが正しいのなら本当に危険なのは本レースの時だろう。自分の限界を見誤って事故を起こすならまだしも他人と絡んで事故など堪ったものではない。つくづく俺はテストパイロットなのだと思う。

 

 ピットから出撃し、無理をしないように飛ぶ。各部の動作を確認しながら一周一周テーマを定めて飛ぶ。何周走っただろうか?それそろ燃料が底を着く。機体の調子も悪くない、これなら明日も期待できるだろう。

 

 補給も兼ねてピットインする。確認したいことは一通り確認できた。その事をつくし達に伝える。長めのメンテナンスを行い、メカニック視点で見ても問題ない事を確認する。

 

「今日はこれぐらいにしておく?」

「ああ、無理をする必要は今はないと思う」

 

 サーキットを確認すると翔京やタムラと言ったワークスチームは続々と練習を切り上げていた。今走っているのはプライベーターが主だ。特に目を引くのはオレンジ色の劔冑、ワスプだろう。出場している機体の中でも群を抜いて古い(・・)。何せ戦前の機体だ。二翼稼働(2WD)にも関わらずコーナーを上手く捌いて機体性能の差を詰めている。その走りは評価に値するのだろうが、昔の自分を見ているようでどこか危なっかしい。

 

 そしてその危惧は若干予想とは違う形で現れる。限界に近いものの完全に制御された状態でコーナーに侵入するワスプ。そこに完全に速度を見誤って突入してきた機体がいたのだ。蟹光線(クラブ・レイ)、丸輪水産がスポンサーを務めるプライベーターだ。ワスプはどうにか接触を避けようと努力するも結局接触。ワスプは僅かに態勢を崩した程度で治める。なかなかの技術だ。接触した際にどこか痛めたのだろう。ピットインするワスプ。それに続くように蟹光線(クラブ・レイ)もピットインする。

 

 気になるのは蟹光線(クラブ・レイ)だろう。練習飛行など無理をする場面ではない。なのに無理な騎航を行った。その原因にオヴァムがあるのではないだろうか?だとすれば蟹光線は要注意だ。

 

 そして、翌日。春の青空の下。風は冴えて、空気は澄んでいる。絶好の装甲競技日和だった。スターティンググリッドに着き、シグナルが変わるのを待つ。合当理は既に火が入っており、唸りを上げている。シグナルが青に変わる。その瞬間身体が反射的に地面を蹴り、飛び立つ。接触しないように特に注意する。何せ不知火だけが双発で、加速性能に差があるからだ。横を他のチームの機体が抜き去っていく。

 

 だがこれで良い。と言うかこうなるしかない。ほとんど最下位まで順位を落とす。ストレートでゆるゆると加速していく。前方では第二集団が直角コーナーに挑むのが見える。先頭は驚いたことに旧式のワスプ、超低空飛行により地表効果を得た結果だ。その速度の代わりに激しいGと急な失速を招きやすい死と隣り合わせの危険な走りだ。

 

 そしてコーナー、どうにか第二集団の尻尾まで食いつくことに成功する。先頭のワスプは減速し、高度を上げている。流石に直角コーナーにあのまま飛び込むほど命知らずではなかったらしい。

 

 俺は第二集団の尻尾の位置から、ほとんど減速せずにコーナーに突入することを企図する。

 

「!!」

 

 減速しないのに他のチームを抜けない。その異常事態に咄嗟に減速する。案の定というべきだろうか。跳躍ユニットもなく、減速もせずに直角コーナーに飛び込んだ第二集団が次々とクラッシュする。

 

「クソッ!」

 

 これもオヴァムの影響か?無茶が過ぎる。レースが加熱しすぎている。最低でもオヴァムの影響下にあるのか、それを乗りこなせているのか確認できるまでは安全第一で行くしかない。

 

 それからもレースは荒れに荒れた。二十の参加機体の内、六騎がクラッシュにより飛べなくなり棄権(リタイア)、優勝候補だった翔京のワークスチーム三城七騎衆も六周でピットインし、そのままマシントラブルで棄権。

 

 俺はどうにかクラッシュに巻き込まれないように周回を重ねていく。そして十五周目に突入した時の事だった。既に参加機体は半分に減っていた。また騎航を続けている中にはあのワスプもいた。上位陣に食い込むその騎航は旧型機であることを考えれば驚異的だった。

 

 そろそろ機は熟したように思う。今飛んでいる機体は安定した飛行を見せている。これならそれなりに信用して飛べるのではないかと思う。今までの安全第一の騎航から勝負の騎航へと移る。コーナーで一騎ずつ丁寧に抜いていく。時にブロックされる事もあったが、こと運動性で不知火に勝てる機体は存在していない。振り回し、隙を見て抜き去っていく。後は劣悪な加速性能を付かれてストレート序盤で抜き去られないように気をつけるだけだ。ブロック勝負となりながら先頭集団をジリジリと追っていく。

 

 蟹光線(クラブ・レイ)を抜き去り、先頭集団に追いつく。驚いたことに要注意と思っていた蟹光線は安定した騎航を続けていたのだ。抜く時も何事もなく、順調に抜くことに成功する。そして前に居るのは旧型機ワスプ、だが油断できる相手では間違ってもない。旧型騎を駆りながら上位に食い込む、その技術は一流と言っても過言ではないだろう。

 

 そのブロックも巧みだった。最低限の動きで頭を抑えつける。加速性能が劣悪な不知火では完璧にブロックされると再チャレンジまでに時間が掛かってしまう。どうする?そう思った時の事だった。十分に加速できていない内にスプーンカーブに突入する。その隙を狙ったのだろうか、後方から蟹光線が抜きに掛かる。俺は蟹光線の頭を抑え、ブロックする。

 

「な!?」

 

 だが、蟹光線は減速しない。しまった!油断した!こいつはやっぱりオヴァムを使っていたのだ。ブロックを止め退避行動に移る。が、既に近接しすぎていた。跳躍ユニットに突っ込む形で蟹光線と衝突する。咄嗟にぶつかる跳躍ユニットを停止させる。そして衝撃。片肺になりながら辛うじて飛行を続ける。幸いアーチにぶつかることはなかったようだ。片側の跳躍ユニットは衝突によりぐちゃぐちゃだ。コースに復帰する。残念ながらここでリタイアのようだ。コースの端によりピットインを目指す。

 

 そう言えば蟹光線はどうなった?そう思い頭を巡らす。驚愕の光景が目に入る。蟹光線は貴賓席を目指して暴走していた。護衛の九○式竜騎兵が迎撃態勢に入っている。それを阻止しようと言うのだろうか、ワスプも貴賓席へと飛び出していく。

 

「茶々丸!!」

 

 クラブ・レイは九○式の暴威に気付いたのだろう。回避行動へと移る。だが、無茶な騎航は続く、九○式を振り切り高空へと至るクラブ・レイ、そしてそれを追うワスプ。九○式の重機関銃がクラブ・レイを狙っている。競技用劔冑の高度限界に至り、失速する。そこに手を伸ばすワスプ、だが、まだ僅かに距離がある。届かない。その次の瞬間だった。クラブ・レイの合当理が火を吹き爆発する。九○式は発砲していない。火球が広がりワスプも飲み込む。墜落するワスプ。

 

「死なせてたまるかよ!」

 

 片肺の跳躍ユニットに鞭を入れ、墜落予想地点へと移動する。ボロボロになったワスプを受け止める。勢いを殺しきれず一緒に地面に叩きつけられる。ワスプのレーサーはどうなった?救助隊が駆け寄ってくる。どうやら生きているらしい。

 

 あの後ピットに帰還した俺はつくしに説教されていた。無茶しすぎだと言われてしまった。だが、あんなガッツのある行動を見せられて見捨てる訳にはいかなかったのだ。とは言え心配を掛けたのは事実だ。今は説教を受け入れるしかない。そんな時の事だった。一人の少女がガレージを訪ねる。

 

「あの、ありがとうございました。おかげでうちの前ちゃん……前田が助かりました」

 

 そう言うと俺に向かってお辞儀をする。前田、おそらくワスプの仕手だろう。それよりもこの少女だ。俺はこの少女を知っている。

 

「いや、大した事はしていない。彼が助かったのは彼が行動に移したからだ……あー、その名前を聞いても良いか?」

「あっ、失礼しました。瀧澤琴乃です」

 

 瀧澤琴乃、やはり瀧澤静蓮の娘、琴乃だった。こんな偶然があるのだろうか?二度と会うことはない、そう思っていたのだが。

 

「やっぱり、か」

「?どこかでお会いしたことがありましたっけ?」

「…………ああ、平久里村で会っている」

 

 数瞬、答えるべきか悩んだ末、回答する。

 

「村で?……あっ!あの時のお武家さん!」

「ああ、そうだ。ユウヤ・ブリッジスだ」

「ユウヤさん……ということは、あの時も助けてもらったんですよね?ありがとうございます」

「いや、大した事はしていない。結局静蓮さんも助けられなかったしな……」

「それは……」

 

 活発そうな雰囲気が沈み込む。やはりまだ村での事を引きずっているらしい。そう察し、話題を変える。

 

「瀧澤さんはやはりメカニックを?」

 

 研師であった静蓮の事を考えると娘である琴乃も研師の技術を仕込まれているのだろう。その技術を活かしてレーサークルスのメカニックをしているのではないかと思ったのだ。

 

「はい!あ、琴乃で良いですよ」

「そうか、琴乃。メカニック、頑張れよ」

「はい!あの……話は変わるんですけどオヴァムって知っていますか?」

「!?どこでその名前を?」

「やっぱり知ってるんですね。お願いします。知ってることを教えてください」

 

 確かにオヴァムについて俺は知っている。だが、この子は一体どこまで知っているんだ?

 

「そう、だな……GHQが供与している部品だってのは知ってるか?」

「はい、うちのチームにもテストの依頼が来てましたから」

「そうか。どんなパーツなのかは?」

「いえ、怪しげなパーツなんて付けられないと断ってしまったので……でも!今回の大会で問題が多発したのはオヴァムのせい、なんですよね?」

「……おそらく、その通りだ。オヴァムは劔冑を暴走させる危険性を孕んでいる」

「何で、そんな物を装甲競技に?」

「それは……」

 

 琴乃の強い視線を感じる。絶対に喋ってもらうそんな決意すら感じられる。これは下手に隠してもGHQや他のチームに突撃してしまいそうだ。そうなれば彼女の身が危うい。

 

「極限の意志、彼女はそう言っていた」

「極限の意志……」

「オヴァムは数打に陰義を付与する効果を持っている。陰義を発現させるために必要なのが極限の意志だ。そしてレースではそれが発現しやすいのではないかと推定されている。だからこの大会が利用されたのだろう」

「数打に陰義を……」

 

 まだ、理解が及んでいないのだろう。ただ呆然と呟く琴乃。

 

「だから、琴乃、この件はこれ以上関わるな。死ぬぞ」

「それは!……そうなんでしょうね。……ユウヤさん。ユウヤさんはなんでそんな事を知ってるんですか?そしてなぜ教えてくれたんですか?」

「それは……知ると辛くなるかも知れないぞ?」

「構いません。教えてください」

 

 ため息を一つついて琴乃の疑問に答える。

 

「琴乃、お前が無関係じゃないからだ」

「無関係じゃない?」

「オヴァムの原形は平久里村で確立されたんだ……そしてお前の母、静蓮に受け継がれていた」

「お母さんが……」

「オヴァムの事も静蓮さんに聞いたことだ。だからお前には知る権利があると俺は思う。そして俺が知っている理由はその調査を俺がしていたからだ」

「ユウヤさんが……」

「静蓮さんはお前に生きていて欲しい筈だ。だからこれ以上オヴァムに手を出しちゃいけない」

 

 言いたいこと、言うべきことは一通り言ったと思う。後は琴乃がどう判断するか、だ。

 

「ユウヤさん、ありがとうございました。でも私はオヴァムを追いたいと思います。お母さんが関わったなら尚更」

 

 その決然とした言いように言葉を失う。

 

「……そうか、気をつけろよ、俺から言えるのはそれぐらいだ」

「はい、ユウヤさんもお気をつけて、本当にありがとうございました!」

 

 礼を言って琴乃が去っていく。これで良かったのか分からない。知らないほうが良かったのかも知れない。関わってはいけなかったのかも知れない。だが、俺は教えてしまった。それだけが事実だ。

 

 

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