こんなの村正じゃないと思われるかも知れません。
「ん?よお、稲城に新田だったか」
「ユウヤさん!」
「こんにちは、ユウヤさん」
鎌倉での用事の帰り道、鎌倉駅での事だった。俺は以前レース会場で出会った二人の少年と期せずして再会したのだった。平日の夕方とは言え鎌倉駅に用がある人間は少ない。物資の運送以外はほとんど軍専用と言ってもいいぐらい運賃が高いからだ。こういった些細なことからも今の大和の状況が感じられる。俺みたいに茶々丸の用事があるからと頻繁に列車を利用できる方が珍しいのだ。そんな利用者の少ない駅に学生が二人、道行く人に何事か聞いて回っているのだ。それが知り合いなのだから声を掛けてもおかしくはないだろう。
「二人共なにしてるんだ?そろそろ夜間外出禁止の時間だろ?」
「それは…………」
何か言いづらそうに言いよどむ、何か理由があるらしい。
「何か分からないが、場合によっては手伝うぞ」
幸いと言っていいのか、元の世界に帰る方法は全く検討もつかない中、今の俺は使いっ走りをするか、文献を当たる程度しかやることがないのだ。
「あの……リツを見ませんでしたか?」
「リツって言うとこの前一緒にいた子か。いや、見てないな」
記憶の底を浚ってみるが、この前会ったのが最後だったと思う。そしてその子を見たかどうか聞くっていうことはつまり。
「……居なくなったのか?」
「はい、一昨日から……」
「それは、心配だな……よし、分かった。俺も協力しよう」
そう言うと驚いたような顔をする少年二人。
「え!?手伝ってくれるんですか?」
「ああ、あまり役に立たないかも知れないが、大人が必要って場面もあるだろうしな。これも何かの縁だ」
「それは、そうですね。……じゃあ、お言葉に甘えます」
「おう、そうしろそうしろ。若い内は迷惑かけてなんぼだぜ」
そこからの捜査はとんとん拍子と言いたいくらい順調に運んだ。リツは駅前で数軒の店舗を覗いたあと帰路についたことが確認できたのだ。さらにリツの帰り道を辿っていき飲み屋通りで聞き込みをしたところ竹林に入っていくのを見たという人を何人か確認することができた。
「この竹林に入っていったらしいなリツさんは」
「竹林、か……」
「どうした?この竹林に何かあるのか?」
「いえ、ここの田中の爺さんは俺達にとってなかなか鬼門なんですよ」
「よく分からないが、俺の出番ってことだな、ここで留まっていても仕方ない。行くぞ」
通行路としては使われているらしいので、そのまま竹林に踏み込む。しばらく足元に何か痕跡がないかどうか注意しながら進む。
「コラァああああ!貴様らかぁあああああああ!」
「どわっ!」
突然、雷鳴の如き闊達な怒声が響き渡る。物理的な衝撃すら感じる程の驚嘆すべき肺活量だ。
「田中の爺さんだ」
「うわぁ、雷帝今日も元気だな」
竹林の奥から一人の老人が現れる。その背ピンシャンと伸びており、歳を感じさせない。片手に持った竹箒を振り上げており、いたく怒っていることが察せられる。
「おい、お前ら何かこのご老人にしたのか?」
「昔、この竹林を遊び場にしようと戦争を」
「……なるほど」
悪ガキ共がまた侵入したとでも思ってるのだろう。この状態から落ち着かせて話を聞くのはなかなか骨が折れそうだが、やらないと話が進まない。
「すみません!」
「ん?何じゃお主は」
「私は百橋ユウヤ、今はこの子達の責任者です」
「責任者?なんじゃそれは、それよりもこの竹林を荒らそうっていうなら誰だろうと容赦はしないぞ!」
「竹林を荒らすつもりはありません。一昨日の事なんですが……」
「一昨日じゃと!?やはりお主等か!竹林を荒らしたのは!!!」
再び老人が激する。それに対してこちらは静かに反駁する。
「いいえ、違います。ですが、興味深い。一昨日一人の少女がこの竹林で行方を晦ましたのですが、何か気づきませんでしたか?」
「行方不明じゃと?ワシは何も見取らんな。それよりもワシの竹林で行方不明など勝手なことを言いよるな!」
「ですが、厳然たる事実です。この竹林で姿を消したのは。ですからこの竹林の調査を行いたいのです」
「ふん!勝手を言いよる。何の権利があってワシの竹林に入り込もうと言うんだ!許さんぞ!」
「確かに権利はありません。ですので、できるのはお願いすることだけです。お願いします。この竹林の調査を認めてください」
深々と腰を折る。今できることは頼むことだけだ。少年たちも俺に続いたのが気配でわかる。
「お願いします!リツが……友人が危険に晒されているかもしれないんです!」
「…………イヤじゃ。そう言いたい所じゃがの、フン、分かったわい。好きにするといい。じゃが、竹林を荒らすようなら……許さんぞ」
「はい!ありがとうございます」
老人はイヤイヤ調査することを認めるとすぐに立ち去る。聞きたいことがあったのだが、そんな事を尋ねられるような雰囲気ではなかった。下手につついて許可を取り消されるような事は避けたい。
「よし、調査の続きをするぞ」
風が運ぶ川のせせらぎを聞きながら歩く。竹林の中はあまり、見通しが良いとは言えない。手入れのされていない伸び放題の竹は視界を妨げること甚だしい。
鬱蒼と茂っている草木が折れていないかなどよく観察しながら歩く。生憎とトラッキングのような追跡術は講義で軽く習った程度のためどの程度役に立つのか分からないが、どこから道を離れたのか程度は判別できる。
「ん?」
道の途中で草が折れているのを発見し立ち止まる。何かが通った跡だ。足元をさらに注意して見る。残念ながら足跡は見つけられない。
「どうしたんですか?」
「ここから何かが道を外れている」
「え?そんな事が分かるんですか?」
「まぁ、半ば素人判断だが、たぶん間違いない」
「あっ!あれ何か奥の方。なんか荒れてない?」
忠保が何かを見つけたのか指を指す。その指の先を見る。確かに荒れているようだ。慎重に痕跡を辿る。やはり痕跡は荒れているところに向かっているようだ。
しばらく進むと一群の竹がまとめて切り払われ、相撲の土俵程度の空き地になっている場所に出る。その周囲には切られた竹が散乱している。竹は鮮やかな切断面を見せており、一刀両断されている事が判別できる。
「爺さんが言ってたのはこれか」
「あぁ、竹林が荒らされたってやつ?」
「鉈かな?」
「斧かもねぇ。どっかの不良が憂さ晴らしでもしたかな?」
「いや、違うな」
「え?」
「相当な達人に業物だ。切断面が鮮やか過ぎる」
少なくともそんじょそこらの工具では
「これは……」
俺は一つの足跡を見つける。それは常人とは思えないほど大きく、深く沈み込んでいた。似たような足跡を俺は知っている。強化外骨格のそれだ。そして強化外骨格のそれに似ていると言うことは劔冑のそれにも似ているということだ。即ちここに居たのは武者であるという事だ。そして武者であるなら竹の断面も納得できる。
それからさらに周囲を捜索していく。また、何かが通った跡を見つける。今度の物はかなり大きいようだ。俺の想定が正しければ武者が通った跡だ。その跡を追っていく。無造作に歩いているらしく痕跡を辿るのはそう難しいことではなかった。
川の流れる音が聞こえる。いや近づいている。痕跡を辿っていくとそこには川が流れていた。なだらかな斜面が唐突に口が裂けたような谷のようになっており、その底には川が流れている。地下水脈が一部だけ露出しているのだ。そして痕跡はその中へと消えていた。
別々に調べていた少年達を呼び寄せる。
「これは……」
「……地下水脈、だね」
「そっか。この音、弁天川から聞こえてきていたわけじゃなかったんだ」
「おれもそう思ってたよ。まさかこんなとこにこんなもんがあるとはなァ」
「武者の痕跡がこの中に続いている」
「え?」
唐突過ぎたらしい。俺が発見した痕跡のことを話して聞かせる。最初は懐疑的だった少年達もすぐに理解の色を見せる。
「武者がここを通ってリツを浚った……」
「今のところそう推定できるな」
「確かに武者ならこれぐらいの川くらい下流だろうと上流だろうと平気で動けるねぇ」
「……下流は銭洗弁天かな?」
「そうだとすると人目につかないわけがないな」
「じゃあ、上流……源氏山の頂上か?」
上流がどこに続いているのか、これ以上ここで話していても仕方ないだろう。
「……さて、今日はここまで、だな」
既に日が落ちかけている。これ以上暗くなってしまったら調査どころではないだろう。だが、かなりの事が分かってきた。犯人は武者。そしておそらく地元民だ。この竹林の事をよく知っていないとこんな抜け道を見つけられない。渋る少年達に明日も協力を約束して強引に帰宅させる。
堀越御所まで戻った時には夜も更けていた。茶々丸に事の次第を説明し、許可を願う。断られたらどうしようと思ったが、そんなことはなくあっさりと許可が出る。それどころか劔冑を持ち出す許可まで出してくれる。
そして翌日、待ち合わせの時間よりだいぶ前に到着した俺は竹林へと向かう。学校があるから集合は放課後なのだ。前回見つけた竹林の奥にある地下水脈近くまで来ると、押してきたバイクを一旦止める。
「八紘一宇」
誓言を唱え、劔冑を装甲する。そして地下水脈の中へと歩を進める。どれほど歩いただろうか?唐突に光が差し込んでいる場所を見つける。おそらくここだろう。慎重に出る。
山の中に出る。そこは竹林と同じように地面に裂け目があり、その下を今通ってきた川が流れていた。そして周囲をくまなく見て回る。が、残念ながら今朝の雨で足跡は流れてしまったらしい。道らしい道もない。しかたなく山を登る方向へと向かう。こういう時は登るのが鉄則だからだ。
山を登っていく。幸いな事にすぐに道らしき場所へとぶつかる。そしてその先には小さな学校のような建物がある。
「ここ、か?」
知らずに呟く。だいぶ古い建物らしく、まともに手入れもされていない。荒れ放題だ。だが、最近誰かが訪ねてきたらしい。床に厚く堆積した埃が一部ない。慎重に歩を進める。
教室らしき部屋に入る。椅子も机もないガランとした空間。だが教壇のあるべき辺りに大きな箱が四つ並んでいる。近づいてみる。箱はプラスチック製。鍵が掛かっているという事もないようだ。
縁に手を掛け開ける。中には予想も付かないものが入っていた。花だ。箱は水で満たされ、その水面一面を花弁が覆い尽くしている。色は紫。
一瞬呆気にとられるが、目的を思い出す。嫌な予感がする。恐る恐る花を掻き分ける。
そこには
制服が見える。鞄が見える。そして、人の形をした物が見える。人だった物が見える。それは死体だった。おそらく飾馬リツの。
他の箱も確認する。同じように花が入っており、その下には死体が入っていた。何れの死体も学生だと思われる。
目的は達した。最悪の形で、だが。俺は蓋を戻し、山を下山する。そして警察署へと向かう。身分を明かし、事情を話す。茶々丸の名を出したらあっさりと出動の許可がでた。警官を連れて再び学校を目指す。
学校に着くとまずその異臭に驚く。埃の匂い。黴の匂い。そしてそれを押し潰し圧倒的な存在感を誇る饐えた臭気。先程は装甲していたので匂いまでは感じなかったのだ。人が腐乱した得も言えぬ悪臭。その匂いに辟易しながら、教室に入る。
が、箱が存在しない。
付近を探し回ったが結局箱は見つからず、当然死体も見つけられない。ただ、明らかな異臭があったため何かがここであったことは認められた。だが、そこ止まりだった。警官は死体がないなら捜査できないと言って帰っていった。
「クソッ、やられた」
恐らく犯人に見られていたのだ。そして急いで死体を別の場所に隠した。そう言う事なのだろう。迂闊だったとしか言いようがない。
そろそろ約束の時間だった。俺は重い足取りで集合場所を目指す。集合場所には少年少女が三人、そして
「あ、ユウヤさん!」
「よ、よう」
見つかってしまったようだ。暗黒星人がこちらを見る。見られるだけで気分が暗くなるような気さえする。
「お久しぶりです。ユウヤさん」
「ああ、久しぶり。来栖野さん、だったよな」
「はいっ」
昨日は別行動をしていた来栖野小夏が挨拶をする。当然だが、周りの人間は暗闇星人になっていなかった。
「あー、えーっと……この人は?」
「自分は内務省警察局鎌倉市警察署属員……湊斗景明です」
そう言うと上着の前を軽く開き、ホルダーの中に収まっている拳銃を示してみせる。旭日章、警察のシンボルマークだ。信じられない事にこの暗い人物は警察の人間だというのだ。
「警察官?」
「そのような物です。厳密には署長に雇われているだけの非公式な人員ですが」
「……良いのかそれ」
「良くはありません。バレれば処罰は免れないかと」
「……まぁ、いいさ。それでその湊斗さんは何で稲城達と一緒にいるんだ?」
「えーっと、それはですね……」
「些細な行き違いがあったというか……」
少年達が言葉をつまらせる。
「端的に言いますと、犯人と間違われ襲撃されました」
湊斗景明が端的に説明する。なるほど……。
「こいつらがすいませんでした!」
湊斗景明に向かって頭を下げる。
「「すいませんでした!」」
「状況を鑑みれば、自分が疑われたのも無理からぬことと言えます。貴方がたにのみ一方的な非があるとは思えません」
いい人だった。とてつもなくいい人だった。だが、暗黒星人だ。
湊斗景明もこの事件を捜査しているとのことだったので遠慮なく巻き込むことにする。それにしても警察に
そして、ついに辛い話を伝えなくてはいけない時が来てしまったようだ。
「あー、……クソッ。……飾馬リツさん何だが……」
「リツがどうしたんですか!?」
「おそらく、だが。死亡している」
「そ、んな……」
「……何があったんですか!?」
「俺は今日の午前にあの竹林の地下水脈を辿ったんだ。それでその先にある学校で死体を見た」
俺は端的に事実を説明する。
「地下水脈を?あの気になっていたんですがそのバイクって……」
「コイツか、コイツは俺の相棒だ。察しの通り劔冑だ」
「ユウヤさん、武者だったんですか!?」
「まぁ、な」
「ユウヤさんは……六波羅、なんですか?」
信じたくない。そんなニュアンスが込められた問いが新田から発せられる。
「そうだ。六波羅堀越公方の申次衆、百橋ユウヤ少尉だ」
「そんな……」
「隠してたつもりはなかったんだがな……すまない」
少年たちは衝撃を受けているようだ。想像は着く。今まで顔の見えない敵だった六波羅に急に顔ができて戸惑っているのだ。
「百橋ユウヤさん、先程死体を確認したとおっしゃられていましたが、その現場に案内して頂くことは可能でしょうか」
湊斗だった。湊斗は動じることなく淡々と俺に尋ねる。
「あ、ああ。もちろん良いぜ」
それから痛い沈黙の中、黙々と歩く。六波羅に属している俺に何か言う資格はないだろう。
「百橋ユウヤさん、今日はいい天気ですね」
「あ?ああ、そうだな……」
唐突に湊斗が天気の話題を振ってくる。あまりに唐突過ぎて碌な返しができなかったが、今のはもしかして話題を作ろうとしたのだろうか?
「百橋ユウヤさん、あなたはレーサーだとか」
話題を作ろうとしていたので間違いなかったらしい。今度は乗り損ねない。
「ああ、レースには二度出たことがある。まぁ一度は予選すら出られなかったんだが……
「ええ。好きです。双発の機体を操っていたとか」
「そうだな、コイツもそうなんだが、俺にとっては慣れ親しんだ形なんだ。双発で腰部に合当理がマウントされているってのは」
「なるほど、レースにおいて双発というのはかなり珍しいと思いますが、どのような利点があるのですか?」
「それは……」
「なるほど……」
「……」
「……」
ポツポツと話が弾む。どうやらアーマーレースが好きというのはその場凌ぎの嘘という訳ではないようだ。少年たちは押し黙ったままだった。そうこうしている内に本日三度目の学校に着く。
相も変わらぬ悪臭に少年たちは顔を顰める。この悪臭だけでもこの場所で何かあったということは十分に伝わるだろう。教室に案内する。やはり箱は存在しない。
「ここに箱が四つあったんだ。そしてその箱の中に、その、死体が入ってた」
湊斗は箱があった教壇の辺りにしゃがみ込むと地面を観察している。
「なるほど……確かに箱の跡が残っている。それに足跡、これは武者の物だ。それがおそらく二騎……」
「片一方は俺の物だと思う」
湊斗の独り言と思わしき言葉に補足を入れておく。
「百橋ユウヤさん、箱は四つあったとおっしゃっていましたが、他の箱にも死体が?」
「ああ、全部学生の物だと思う」
「学生の死体が四人分……」
考え込む湊斗。
「なぁ、ユウヤさん、本当にリツは、リツは死んだのか?」
「少なくとも俺はそうだと思ってる。生憎と証拠が消えちまったから証明はできない」
「犯人……犯人は誰なんだ?」
「……ここら辺に詳しい人間、地元民の犯行だと思う」
「そんな……」
「百橋ユウヤさん、私もあなたの意見に賛成です。百橋ユウヤさんあなたはこの辺りの生まれですか?」
「は?いや違うが…………なるほど、俺を疑っていると」
地元民の犯行であると結論付けた後に、地元民かどうか尋ねる。疑っていますと言っているような物だ。確かに自分の行動を振り返ってみると犯人だと思われても仕方ない面もあるように感じる。
「はい、地下水脈という抜け道を最初に発見し、劔冑を所持している。さらにただ一人死体を見たと主張している。疑わしいと言わざる負えません」
「確かにな。だが、俺じゃないぜ」
「はい、そう私も思います」
「えらくあっさり信じるな?」
「この事件が銀星号事件に関係しているのなら犯人は
「?変な確信だな」
「詳細は話せないのですが、銀星号事件と関わりがあるかどうか判別する方法があるのです」
流石は銀星号事件専属の捜査員という事なのだろうか?
「その方法で犯人が分かったりしないのか?」
「残念ながら」
さて、この場での調査はこれぐらいで終了だろう。
「なぁ、図書館に行かないか?」
「図書館ですか?」
「ああ、この学校の卒業アルバムがあるかも知れないと思うんだ」
「なるほど、犯人がこの学校の卒業生の可能性はあるね」
図書館に到着した頃には既に日が傾きかけていた。急いで図書館に入り、まずは司書に源氏山の学校の事を尋ねる。すると義務教育が始まったために建てられた建物で、使われていたのは十年ほどだけだと言うことが分かる。卒業アルバムもすぐに出してくれる。
「この中に犯人が……」
「いるかも知れないし、いないかも知れない。まぁ見てみよう」
しばらくは無言でアルバムの名前を追っていく。生憎と見知った名前など存在しているはずもないのでそこは地元民である少年たち頼りだ。
「あっ!鈴川先生だ」
「おっ、本当だ。あの学校の卒業生だったんだな」
「お前らの先生か?……ちょっと話を聞きたいな」
「先生を疑ってるんですか?先生が犯人なわけないですよ」
「あの学校についても知りたいからな」
確認はそう時間も掛からずに終わる。残念ながら他にめぼしい名前は見当たらなかった。当然だが、俺の名前も存在していなかった。すっかり日も傾いき薄暗くなった道を学校へ急ぐ。唯一の手がかりである鈴川に話を聞くためだ。教員である鈴川ならまだ学校に居るはずだ。
「鈴川先生」
鈴川は職員室に一人残っていた。
「ん?なんだお前達、こんな遅い時間に……あなた達は?」
「自分は内務省警察局鎌倉市警察署属員、湊斗景明です。あなたに話があってきました」
「俺は六波羅に所属している百橋ユウヤだ」
六波羅と名乗った途端凄まじい眼光で鈴川に睨まれる。それを受けてさて、どう聞くのが良いのか、そんな事を考えていた時だった。
「あなたが飾馬リツさんを殺した犯人ですね」
湊斗景明が爆弾を投げる。もしかしたら、そんな可能性は考えていたが、いきなり過ぎる。
「な、何を……」
「あなたは飾馬リツさんを竹林で拉致、その後廃校舎で殺害に及んだ。間違いないですね」
それは有無を言わさぬ断定だった。狼狽える鈴川。少年たちを保護するように自らの後ろに移動させる。
「鈴川令法、あなたは劔冑を所持している。当方にはそれを判別する方法がある」
「なぜだ……なぜなのだ。六波羅、六波羅ァ、巨悪の片棒を担ぎながら、この私を捕らえ、罪に問うというのか!恥を知れ!」
「恥ならば知っている。六波羅に頭を垂れ、ただ機を待つばかりの不甲斐なさ、心ある警官ならば誰もが心の底より恥じている。……しかしそれが、貴様を見逃す理由になる筈もない。例え汚物に満ちた街であっても、屑を一つ一つ拾う行為が意味を失うことはない。恥は貴様こそが知れ」
「ぐ……ッ!」
「なぜ殺した?」
景明が淡々と問う。その姿は地獄の裁定を司る閻魔大王のようだった。
「欲しいからだ!惜しいからだ!美しいものが腐り果て失われることに私は耐えられない。耐えたくもない。美しいものは必ず失われる。守り通す方法はない。だから愛する美しき諸々よ。私のこの手で、破壊する」
鈴川が立ち上がると叫ぶ。その叫びに合わせるように地鳴りがし、轟音が室内を揺るがした。そしてそれは現れた。蜈蚣、百足だ。だが尋常の物ではない。人の体長を優に超える巨大な百足だった。その黄銅色の肌は鈍い金属の煌めきを放っていた。劔冑だ。それも真打の劔冑。
「真改」
鈴川が劔冑の銘を呼ぶ。百足が割れた。十数、あるいは数十の破片と化し、鈴川を囲うように散る。鉄甲の渦の中。ゆるゆると腕が上がった。
渦を描くように左手を顔の横に、それと平行に右手を軽く伸ばす。
「いかで我がこころの月をあらはして」
「闇にまどへるひとを照らさむ」
そして開放するように両手を下に広げる。
誓言を唱える。閃光とともに鋭い金属音が響き渡る。武者が現れた。そして太刀を振りかぶる。それに決然と立ち向かう湊斗景明、一歩も動かずその場に仁王立ちしている。間に合わないと知りながらも俺は自らの劔冑を求めて走りだす。生憎と俺の劔冑は外に置きっぱなしになっているのだ。
「捕まるものか!お前らは殺す!」
振り下ろされる刃。硬質な音。弾かれる太刀。慌てて飛び退く鈴川。
「抗う強さも耐え忍ぶ靭さもなく、ただ八つ当たりのように凶行を働いた鈴川令法。その罪状は明白。だが貴様の処断に警察の名は借りない」
「何ィ……?」
す、と湊斗景明は左腕を差し上げた。天を刺す手刀。それが示すもの。―――いつからそこにいたのか。
「!!」
蜘蛛がいた。それは大きな、紅い蜘蛛。天井に張り付いて、見下ろしている。複眼に妖しい
「村正」
蜘蛛が弾ける。弾けて散る。黒い男の周囲を舞う。紅い鉄が踊る直中、片手が再び、ゆるりと流れる―――
左手で顔面を隠す。
「鬼に逢うては鬼を斬る
仏に逢うては仏を斬る
ツルギの理ここに在り」
左手を突き出し握り込む、そして遥か彼方の星を掴まんとするがごとく手を伸ばす。
禍々しい深紅の武者が現れた。
「な!?村正、だと!?」
それは平久里村で見た呪われし深紅の武者だった。善悪相殺、敵を一人斬れば、味方も一人斬らなくてはならない戒律を背負った呪われし劔冑。
「鈴川令法。弱さに溺れた惨めな外道。当方村正、ただ一身の都合によって貴様を討伐する」
「―――!!」
村正の登場に怯えたのか、鈴川令法が飛び立つ。屋根を突き破り空へと翔ける真改。それを追って飛び立つ村正。噴き上げた熱風が頬を打つ。
湊斗景明が村正の仕手だった。驚愕すべき事実だ。だが、納得いった部分もある。
「―――マズイ!?」
俺は止まっていた足を動かし外へと走り出す。このまま村正に鈴川令法を殺させる訳にはいかない。それは鈴川令法だけじゃない他の誰かも犠牲にするという事だ。それは止めなくてはならない。
「八紘一宇!」
誓言を唱える。真打劔冑と違い一瞬で装甲が完了する。地を蹴り、合当理に火を入れ飛び立つ。鈍い出足が今は憎い。既に二騎は遥か彼方へと至っていた。
真改は当初逃げていたようだが、すぐに逃げ切れないと観念したのか
「何で俺が敵の心配しなくちゃならないんだ……」
呟きながら、機体を駆る。交戦を開始した事で徐々にだが距離は詰まってきている。そして二合目、ストール寸前の機体の制御に手間取っている内に村正がいち早く態勢を整え突撃する。
三合目、互いに手を出さない不可解なすれ違い。ここからではよく見えなかったが何かが起きたらしい。おそらくは陰義、劔冑が有する超常の能力。その結果だろう。
そして四合目、大きな緩旋回からの激突。真改は相も変わらず高度劣勢のままだ。高度の優位という基本中の基本すらも知らないようだ。そしてようやく
「村正!止めろ!俺が代わる!」
「不要です。この敵は当方の敵です」
「鈴川はどうでもいい!だが、善悪相殺の呪いは無視できない!」
「!!何故それを」
「無視するなぁあああ!!!」
動揺したらしい村正に折り悪く真改が切り込んでくる。それを辛うじて捌く村正。だが、これでいい。今は村正に真改を落としてもらっては困るのだ。
交戦距離まで至り、俺はまず高度を確保する。何をするにしても優位を得ておくというのは損にならない。村正と真改が再度激突する。だが、その有利不利は変わらない。このままいけば真改が落ちる。ならその前に俺の手で落とす!
そう覚悟を決め、真改に向かって
「邪魔を!するなァ!」
鈴川が吼える。マズイ。今のは不用意な一撃だった。一撃で決めるつもりだったが、これでは絶好の機会を村正に与えただけだ。さらに態勢が崩れた真改に向かって村正が向かっていく。
その時だった。
「
鈴川が何かを唱える。
その言葉に引き寄せられるように下方から水が渦を巻いて噴き上がる。地上の河川から噴き上がった水流に打ち飛ばされ、村正が転げ落ちる。怒涛は更に村正を追う。天を渡る水の龍からしてみればあまりにもちっぽけな武者を一呑みに呑む。
「村正!」
今の非常識な力は何だ?陰義だ。だが、陰義とはこのような規模の攻撃すら可能にするのか?
「はっ……ははははは!ははははははははは!どうだ、見たか……この力。真改の力。私の力だ!美しきもののために!我が正義だ!」
「鈴川令法!」
俺のせいだ。俺が不用意に手を出したから村正が落ちた。後悔は後に、今は鈴川をどうにかするのが先決だ。そう心に決め真改に向かって
「チィ、六波羅の羽虫が!私の力を見ろ!」
そう言うと、再び
「
「……?」
呪文が途中で止まる。
頭の中に閃く物がある
「真改!どうしたのだ!?」
鈴川が醜く吠えている。未だ自分の状態も理解していないのだろう。
「……
「
「さっきの陰義で限界だったって事だよ」
「そ……そんな」
落ちていく真改を追う。ここまで手間取らせたのだ。死なれるのも寝覚めが悪い。ここまで来たらちゃんと司法の場で裁いてもらうのが筋ってモンだろう。真改の腕を掴み、ゆっくりと降下していく。
その時だった。
《敵騎、
「鈴川令法。俺は貴様の生存を認められない。故に最期は、俺の手で送る」
ボロボロになった村正が急速に接近している。湊斗景明は生きていたのだ。そして既に戦闘不能の状態になってもまだ鈴川令法を殺そうと言うらしい。
「クソッ、まだやるっていうのかよ!?」
深紅の武者が太刀を鞘に納める。居合/抜刀術の構。一刀必殺の意思の具現。
「し……真改……!?」
《双極の磁力。その吸引と反発の作用を、居合の技に持ち込むか……何という恐ろしき工夫よ。ここまで精密かつ高圧の力を御すは仕手にとっても劔冑にとってもまさしく生死を天に預ける綱渡りの筈……それを遂げている……》
「真改ぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
《……我が仕手よ。武の鬼道を歩んだ者の逃れ得ぬ運命、今がその時と存ずる》
「助けて、助けてくれぇええええ!」
「チッ」
咄嗟に真改を手放す。既に地上は近い落ちたとしても死ぬことはないだろう。そして村正に向かって突撃する。タックルしてでも押し留めようという腹だ。斬られないとは思うが、確信はない。迫り絶対的な死の気配に背筋が凍る。だが、身体は勝手に動いている。村正に組み付く。幸いな事に斬られなかった。
「何故そこまで邪魔をする!」
「何でそこまで殺したがる!」
「奴の生存を認められないからだ!」
「何で認められない!」
「……奴の劔冑が寄生されているからだ」
「寄生、だと?」
「……そうだ、銀星号の卵に犯されている」
「……孵化したらどうなる?」
「銀星号が増えることになる。故に俺は奴の生存を認められない」
「劔冑だけを破壊したらどうなる?」
「それは……分からない」
「ならまずはそれを試してからだ!」
「…………承知」
村正を離し、地上に降りる。油断はしない。真改は居た。装甲状態は解除されている。巨大な百足は死んでいるかのように巨躯を横たえていた。鈴川令法は……辛うじて生きている。
「
《諒解。
死を始めましょう》
「吉野御流合戦礼法、"迅雷"が崩し……
ここに真改の
「……あった……野太刀の……柄だ」
《これで一つ。……残りは六つね》
「それは何なんだ?」
「村正の野太刀の一部だ。銀星号に奪われ卵にされた」
「何でも有りだな……善悪相殺の呪いは?」
「……大丈夫だ」
「そうか、これでとりあえず解決だな。疲れたぜ。……それで何で銀星号を追っている。そんな呪いを背負ったままで」
そこからは後処理は俺が行った。非公式な警官である湊斗景明は口止めの『お願い』だけして俺からの問いには何も答えず去っていった。また銀星号を追いかけるのだろう。
「……なぁ、これはないだろ」
その翌日の朝、朝刊を読んでいると吹き出しそうになる。俺が新聞デビューしていたのだ。これを企んだ犯人は目の前に居た。足利茶々丸だ。
「にゃは、お兄さんがGHQの悪巧みを阻止してくれたからね、六波羅の風聞を少しでも良くしたいって言うあてのプロパガンダに利用させてもらいました」
「はぁ、狙いは判るけどよ……どうりで協力してくれた訳だ」
茶々丸には今回の件だけでも劔冑の持ち出しから始まって警察を動かす際にも名前を借りるなど世話になってしまっている。それを考えると文句を言う筋合いはないのだろう。俺は大きくため息をつくのだった。
今回は完全にプロットなしで書き上げたのですが、ユウヤが思いの外動いてくれました。
正直、装甲悪鬼村正っぽくはないのですが、これもありかな?と。
いっそ完全スルーした方が良いかと思ったのですが悩んだ末、出すことにしました。
一応、この作品で目指しているのは世界にとってよりベターな結末です。
湊斗景明にとってベストな世界にはなりえません。
さて、書き溜めていた分は消化してしまったので、ここからの更新は週1程度になると思います。