装甲悪鬼村正 トータル・イクリプス   作:Flagile

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本予選

翌日、本予選。銀星号の事は気になるが今はとりあえずレースに集中だ。他のチームが最後の確認に追われている中、俺達もレースに向けて準備を進めていた。

 

「つくし、調子はどうだ」

《上々。後、つくしって呼ばないで》

「そうか、なら今日も頼むぜ」

 

昨日、あらから幾つかチームを周ったのだが結局手がかりといえるような物は手に入らなかった。如何せん、力を求めていないレーサー等いないのだ。全員が容疑者と言える。こうなると湊斗景明の持つ感覚だけが頼りだと言えるだろう。

 

そんな事を考えていると本予選開始を知らせるアナウンス、続いて空砲が鳴り響く。既に待ち構えていた十チーム程がピットを飛び出して騎手をコースへ送り出した。たちまち合図の空砲など圧する合当理の轟音が唸り狂い、人形の銃弾が舗道の上を疾駆し始める。そしてその轟音をもかき消す勢いで観客席からは熱狂的な声援が沸き上がった。

 

俺達は昨日と同様にしばらく様子見だ。レースの序盤というのはとかく事故が多い。長く走れば走るほどコースに順応できるために有利だというのは分かるがそれ以上にマシントラブルや事故が怖い。もっとも真打である不知火は多少の事故など物ともしないのだが。それでも事故など起こさないにこした事はない。

 

そしてその予想に反することなく、早速第一コーナーで事故が発生している。二、三騎ほどが衝突し、跳ね飛ばされて無残な姿を退避域に晒している。

 

「酷い事になってるな……」

《どうしても脆くなる、仕方ない》

「そりゃ、勝つためには仕方ない部分もあるんだろうがな……」

 

どうやら騎手は無事なようだ。競技用劔冑の方はスクラップのようだが。勝利するために装甲を削り、命を削る。レーサーとテストパイロットの違いと言ってしまうと語弊があるのかも知れないが、正直理解しているようで理解しきれない部分がある。

 

「さて、そろそろ行くぞ」

《おう、任せろ。御堂》

 

レースが落ち着いてきた頃合いを見てピットから飛び立つ。昨日と同じ様にトップギアは封じたまま安全マージンを十分に取っての騎航だ。カーブを他の騎体とは次元の異なるレベルで滑らかに最短距離を走っていく。

 

一分二七秒三三

 

この条件であれば上々過ぎるタイムだろう。今日の本予選も周回記録を競う事になる。問題は上位二〇チームに入れるかどうかという点だが、このタイムであればまず問題ないだろう。今日の順位によってスタートグリッドが左右されるのだが、実戦仕様で重い不知火にとってスタートダッシュは圧倒的に不利だ。ならば最初の順位など気にしても仕方ない。それよりも牙を隠しておく方がよっぽど重要だ。

 

会場の熱に浮かされているのを自覚する。ある程度は問題ないが熱くなりすぎるとまた何かやらかしてしまいそうだ。そう思い、切りあげることにする。ピットに入る。

 

「ゆうやっ!」

 

不知火を纏ったままの俺に抱きついてくる影が一つ。イーニァだ。最近何やら茶々丸と一緒に行動している事が多かったため以前のように一緒に居るということはなくなったのだが、その分会えた時にこうやって親愛の情を示す。

 

「おう、イーニァ、元気か?」

「うん!ゆうやは……ちょっと落ち込んでる?」

 

イーニァをちょっと持ち上げて横に置き、不知火を除装する。しかし、落ち込んでいる、か。つくしの事をふっきったつもりなのだが、まだどこかにしこりが残っているのかもしれない。

 

「イーニァがそう言うならそうなのかも知れないな。……イーニァは今度は何してきたんだ?」

 

そう問いながら周囲を見回す。今日は茶々丸は来ていないようだ。貴賓席から見ているのだろうか?生憎とそちらの方まで気にするほど頭が回っていなかったから覚えていない。

 

「あのね!チャチャマルのおしごとをてつだってるの!」

「それは凄いな、俺はあまり役に立ってないからな……」

 

これは厳然たる事実だった。茶々丸は俺の行動にほとんど制約を掛けていない。仕事を手伝おうとしたこともあるのだが、それよりも元の世界に帰るための方策を探す方を優先して欲しいと言われてしまったのだ。そしてその方策を全く見つけられずにいる。逆にイーニァはたまに茶々丸の手伝いをしているようだ。ESP能力は似たような能力を持っている茶々丸でも代わりができない事がある。そしてそんな時にはイーニァに協力を要請しているようだ。

 

「きのうのレースもみたかったけど、ちゃんとおしごとしたんだよ」

「そうか偉いな」

 

褒めて褒めてと言わんばかりのイーニャの頭を撫でる。イーニァと一緒にレースを見る。現在のトップはヨコタンワークスのスーパーハウンドで一分二七秒二五、二位が俺だ。確かにスーパーハウンドは群を抜いていい走りを見せていた。

 

「ゆうや!レースっていいね!」

「ん?何がいいんだ?」

「みんな一つのことにいっしょうけんめいなの!ちょっとうるさいけどきれいないろしてるんだよ!」

「そうか、イーニァはレースが好きか」

「うん!」

 

それから数周スーパーハウンドを中心に見る。コース取りやコーナーの攻め方、そう言った速く走るための技術の引き出しは俺よりも遥かに深い。見ているだけで勉強になる。スーパーハウンドが速度を落とした。ピットインだ。いや、このまま終了するようだ。電光掲示板を確認する。一分二七秒一九。良い記録だ。茶々丸に事前に確認したコースレコードを参照しても『大和のレーサーなら』良い記録だと言える。

 

しばらくレースは膠着状態に陥った。千分の一秒を争うようなギリギリの闘いが三位以下で繰り広げられる。頭半分抜け出しているのはY.T.Rのハウンドだろうか。昨日の予備予選を考えるともう少し行けそうな感じなのだが、苦戦しているようだ。

 

拡声器を通したアナウンスが新たなチームの参戦を伝える。そして、コース上に姿を現す騎体。

 

――翔京兵商ワークスチーム"三城七騎衆"

それは名騎アプティマに似ていた。

その改良騎ダガーアプティマにも似ていた。

派生騎パルチザンにも似ていた。

だが、そのどれとも違った。

……黄金色の翼。

――騎手(レーサー)来馬豪(くるまごう)

――騎体名"理想(ウルティマ・シュール)"

 

何かとんでもない物が出てきたという事は分かる。だがそれ以上を読み取るには情報が足りなかった。

 

《何よあれ……》

「どうしたんだつくし?」

《あれ、全身ユーツ鋼》

 

ユーツ鋼、確かインドの鉄だっただろうか、非常に希少性が高く、重量比強度に優れた材料だった筈だ。なるほど、その貴重な材料を惜しみなく使ったとなると性能も突き抜けた物になるだろう。

 

異様な光景がそこにあった。

黄金翼の騎士が、ストレートを駆けている。

その速さは付近を走る数騎とほぼ同等。あるいはやや劣るか。だが、おおむね変わらない程度の速度で騎航()んでいる。

一周目(・・・)スタート直後(・・・・・・)の騎体が。

 

「圧倒的な加速性能、か」

《ユーツ鋼製だから軽量、常識外に》

「…………」

 

とんでもない強敵が現れた。確かに翔京は賭博化を成功させるためにこのレースに入れ込んでいるという話だったが、ここまでやるとは思わなかった。文字通り金の力でレースを勝とうというのだ。

 

ウルティマ・シュールが駆ける。観客らも熱狂を忘れ、ただただ唖然として、疾駆する金色を見つめている。魅入られたように。サーキット場としておよそ考えられない静寂の中を、翔京の"理想"――ウルティマ・シュールは王者そのものの傲岸ぶりで駆け続ける。

 

二周、三周……周回を経るにつれ、いよいよその異様な本性は露わになる。

 

五周目ラップ、一分二六秒八九

六周目ラップ、一分二六秒四四

七周目ラップ――― 一分二六秒二七

 

一秒以上も差を付けられてしまった。圧倒的な速さ。その圧倒的な速さに暫定一位から転げ落ちたヨコタンワークスが再び騎体を引っ張り出してコース上に現れた。

……無駄だろう。しかも意味がない。混乱しているのだろう。

 

騎航(はしり)が荒い。あのままでは事故を起こすだけだろう。その気配を感じたのか逆に翔京が下がっていく。観客が喧騒を取り戻した。誰もが電光掲示板に目を向けている。

 

――― 一分二五秒九七

 

鎌倉サーキットの落成式に招かれた欧州のトップレーサー達の記録に肉薄するレベルの数値だった。そのレベルが違う記録に盛り上がる観客。そしてその盛り上がりが一段落すると観客が白けていくのが感じられる。明日の決勝などやらなくても結果が目に見えていると言いたいのだろう。

 

「凄まじい、な」

《ええ》

「…………」

 

その時ふと横を見るとイーニァが可愛らしく頬を膨らましている。先程までご機嫌だったのが一転不機嫌になったようだ。

 

「どうした?イーニァ」

「あのこ、きらい!あのこがでてきてからつまんなくなった」

 

『あのこ』とはウルティマの事だろう。どうやらイーニァも気に入らないようだ。俺も気に入らない。ウルティマ・シュールの傲岸さが、そして何よりも観客の白け具合が。

 

ふつふつと反発心が沸き上がってくる。まだレースの結末は分からない、その事を思い知らせてやる必要があるようだ。

 

《御堂?》

「気が変わった。もう一回出るぞ」

「ゆうや!がんばってね!」

 

今まで封印してきたトップギアを開放する。情報戦と言う意味では下策も良いところだが、それでもやる。この空気はBETAに勝てないのではないかという雰囲気に似ている。だから打ち砕くのだ。

 

再度装甲し、コース上に飛び出す。白けた雰囲気の中、不知火は順調にラップを刻んでいく。騎体の慣らしが終わり、十分にスピードも出ている。ここからが本番だ。

 

緩い第一コーナーをノーブレーキのまま全速力で突っ込み速度を落とさないまま跳躍ユニットに任せて最小半径で曲がり切る。S字カーブも知ったことかと言わんばかりに抜け、緩いバンクを踏破する。

 

そこまで来てようやく気づいたのか観客がざわめき始める。

 

130Rを最小の減速幅で捻じ伏せる。そのままバックストレートを疾走し、スプーンカーブを押し切る。最終コーナーも全速力のまま突入し全速力で抜ける。そしてゴール。

 

――― 一分二六秒一五

 

観客が再び熱気を取り戻し熱狂する。ウルティマ・シュールに対抗できる騎体はここに居る!その事を宣言する。そのまま記録を更新すべくラップを刻む。

 

数周したところでスタート周辺が慌ただしくなったのを感じる。アナウンスが遠く聞こえる。最後の大物、タムラの登場のようだ。集中力も切れてきた事を自覚し、挑戦を取りやめピットインする。

 

「ゆうや!ありがとう!」

「ごめんなイーニァ、アイツを負かす事ができなかった」

「うんん、いいの。それにこれからきっとおもしろくなるよ!」

 

そう言うイーニァの視線の先にはタムラのピットがある。ピットからスタッフが出走の準備を着々と進めているのが分かる。

 

――田村甲業ワークスチーム"T・F・F(タムラ・ファイティング・ファクトリー)"

 

――騎手 皇路操

 

瞬間、歓声が上がる。皇路操はカリスマを備えたレーサーのようだ。登場するだけで会場を熱狂させる。だが歓声は一瞬で途切れる。場を温め直してと言っても、まだどこか白けた雰囲気が残っているようだ。それを残念に思う。

 

まばらになってゆくさざめきと拍手を浴びながら、雲間から差す薄い日差しのように彼女は現れる。

 

――騎体名……

 

その、

刹那。

 

サーキット内のあらゆる光が固定され、あらゆる風が流れを止めた。あらゆる思考が、同じ方向を指した。停止した世界で、誰もが音のない声で、ただ一言を主張していた。

 

―――あれは、何だ。

―――あれは、何だ。

―――あれは、何だ。

あれは(・・・)何だ(・・)!?

 

それは嘗て、どのような企業も、どのようなチームも、造り上げたためしのないカタチをしていた。全く前例のない、競技用劔冑(レーサークルス)。あれに比べればまだ不知火の方が常識的なカタチをしている。

 

奇形。

歪んだ姿。

凝視すれば、平衡感覚を失いかねない程に。

狂っている。

この造形は、狂っている。

この形を造り上げた人間は心を病んでいる。間違いなく、脳神経系の大切なネジを一本、外してしまっている。頬を掻き毟りたい。そんな狂躁さえ呼び起こされる。そして、それと糸一筋で危うく均衡を取っているかのような、感慨――

 

美しい。

いたたまれぬほどに、美しい。

円周率を無理やり解き明かして形容したかのような流線型のフォルム。そこにメタリックブルーのカラーリングが重なれば、それは無限の海であり果てなき空だ。

 

異界の美。

あってはならないもの。

禁忌の芸巧。

 

今―――

そんな代物が、サーキットに立っている。

 

――騎体名"逆襲(アベンジ)"

 

「あのこはとってもきれいなんだよ!」

 

イーニァが嬉しそうに言う。それに反応することもできずにアベンジを見つめる。

 

「……なんだ、ありゃ?」

《分からない、でも強烈な思想を感じる》

 

思想、そう思想だ。

攻撃的で狂気的、そして強烈な思想をあの騎体からは感じる。

妄想にほど近いほどの思想。それがあの騎体にはある。

 

……滑り出しはゆるゆると。

ホームストレートを静穏に、青の騎体が流れてゆく。

平凡な加速。

平凡な速度に達して、コーナーへ。

最短距離を行こうとして大きく膨らむ(・・・・・・)

 

バタついたコーナリングだった。

短い直線を抜け、緩いカーブをこなして進む。

長いバンク。

ゆったりと曲がってゆく。

攻めない。

 

外見に反して目を引くところのない騎航。観客席には拍子抜けのような空気と、本気を出すであろう後の周回に期待する空気が混ぜこぜになって広がりつつあった。

 

「跳ねたっ!?」

 

ヘアピンカーブを曲がるタムラ騎は跳ねていた。速度と旋回がもたらす空力抵抗に押し負ける格好で騎体後部が跳ね上がっている。酷い横流れ。カーブの曲線に全く沿っていない。

 

「酷い、な」

《ええ……でも、まだ何かある》

 

だが、何も起こらないまま時間だけが過ぎていく。せっかく盛り上げた空気は弛緩しきっていた。本予選は終了に近づいていた。もう数分ほどで規定の時間となる。電光掲示板を確認する。

 

現首位は翔京ウルティマ、それに続いて俺達不知火、大分差があって長崎鳴滝に拠点を置く、外国企業のアソシエイブルのセミワークスチームRG-一〇。ヨコタン・スーパーハウンドは四位。以下ヒラゴー、鎌倉マツイ、ゲッコーのワークスが順々に並び、次にヨコタンのセミワークスY.T.R。後は群小のワークスやプライベーターが団子状に固まった成績で連なる。タムラもその中だ。

 

「ゆうやっ!くるよ!」

 

イーニァの呼びかけに意識をコース上に戻す。時間的におそらくラストアタックになるだろう。アベンジがメインストレートに滑り込む。

 

そして、

爆発した(・・・・)

 

メタリックブルーの閃光がメインストレートを、疾走っていた。

 

「なっ!?」

 

マウンド上でピッチャーの投げた一四〇キロの速球が突然、銃弾に変貌したかのような異様な加速。圧倒的速度。

何か思う間こそあれ、言葉にするよりも先にストレートを駆け抜けた青光はコーナーへ突入している。

エアブレーキによる減速――足りない!到底足りない!あんな速度では曲がり切れない!クラッシュする!

 

―――捻じ伏せた。力ずくで。

 

酷いコーナリングだった。最短距離も最少効率もあったものではない。だが曲がった。あの速度で。それは奇跡ではない。乱暴と言うにも酷烈な騎航はなお続く。

S字カーブ

緩いバンク

130R

立ちはだかる関門に対して、減速という必要代価を踏み倒し続けながら、タムラ・アベンジは走破する。凄惨に。

 

これほど無惨で、

これほど醜悪で、

これほど低劣で、

これほどまでに速い、装甲騎手が――

過去に一度でも存在したろうか。

 

断定できる。

こんなものはいなかったと。

こんな――

悪魔のような騎手は何処にもいなかった。

 

バックストレートを疾走。

息一つ吸う間はおろか、瞬き一つの間さえなく。

スプーンカーブに突入……

押し切る。

 

かつてあらゆる騎手を屈服させ、隷従せしめ、頭を低くして通過することのみを許してきたこの急カーブの権威が、この反逆者には通じない。一切の礼儀を払わずに、彼女はコーナーを蹴り散らす。

 

走り抜けるという表現さえもはや相応しくはなかった。踏み潰している。剛力に任せて。それは、ただの暴力だった。

 

似たような事をやっているから分かる。あれは可変翼騎だ。

 

《パワー過剰の中枢設計。流線型の甲鉄。低角度のダンパー。可変翼……》

「その結果生み出される直線における爆走と、曲がればいいという程度の旋回性能、か」

 

最後のコーナーを今、アベンジは曲がり切った。ホームストレートへ帰還……駆け抜けて、基準線を越えてゆく。

 

記録――――

 

一分二六秒〇八

 

翔京の理想(ウルティマ)に次ぐ第二位の成績を、タムラの逆襲(アベンジ)は打ち立てていた。会場が一呼吸遅れて熱狂する。本物の熱狂だった。

 

そして本予選が終了した。俺はイーニァに留守番を頼んで、ガレージを回っていた。湊斗景明を見つけ昨日の調査結果を共有するためだ。もしかしたら既に『卵』を発見していて解決しているなんて線もあり得る。その場合の善悪相殺の呪いが誰に掛かるかという点は問題だが。

 

果たして湊斗景明はポリスチームのガレージに居た。考えてみれば湊斗景明は警官である。警官がポリスチームに居るのはごく自然な事だろう。だが、ポリスチームの雰囲気がおかしい。緩みきっているのだ。湊斗景明の横には長身の女性と一人の老女が控えている。

 

「よう、湊斗さん、何か進展はあったか?」

「百橋ユウヤさん、いえ、残念ながら」

「あの景明様?そちらの方はどなたなのかしら?」

 

景明の横に控えていた、この場には場違いな雰囲気を漂わせている長身の女性がそう尋ねる。俺の方もこの貴婦人が一体誰なのか気になっていた所だからちょうどいいと思い自己紹介をする。

 

「ライジングサンダーってチームの百橋ユウヤだ。湊斗さんとは以前銀星号事件でちょっと縁があったんだ」

「あら、ありがとうござます。私はGHQの大鳥香奈枝です」

「私めは香奈枝の侍従、永倉さよでございます」

 

GHQ(・・・)大鳥(・・)香奈枝と永倉侍従か。大和の情勢に詳しくない俺でも気になる名前だ。なぜこの二人と湊斗景明が行動を共にしているのかは想像もつかない。だがとりあえず仲間のようだ。それから簡単に情報共有を行う。

 

「なるほど、本予選に出ていた騎体に『卵』はなかった、と」

「はい、そしてどのチームもやはり力を求めている。その裏には賭博化の企みがある、と」

 

要するに手がかりはないという事だ。何らかの方法で偽装しているのかそれ以外に方法があるのか、とにかく時間がないという事だけは分かった。卵の孵化は遅くとも明日だそうだ。困った状況にガシガシと頭を掻く。

 

「そう言えばポリスチームはなんでこんなに弛緩してるんだ?」

「それは、決勝レースに出ることができないからです。予選の最後に事故を起こしてしまい予備騎もないため出場ができないのです」

「それは……ご愁傷様だな」

 

なるほど、通りで弛緩した空気を漂わせている訳だ。彼等の大和GPは終わってしまったのだ。ポリスチームは力ない動きで撤退の準備をしている。

 

「待て、ポリスチームが撤退したら調査はどうするんだ?チーム関係者じゃ通らなくなるだろ?」

「それを苦慮しているところです」

 

湊斗景明が若干苦みばしった表情で方策がないことを告げる。どうすればいいのか途方に暮れた空気が満ちた時の事だった。

 

「湊斗さん、食事調達してきましたっ」

 

一人の女学生がビニール袋を片手にやってきた。見た顔だ。昨日Y.T.Rのメカニックとやりあっていた女学生だ。

 

「あら、ご苦労さま。お茶まであるなんて行き届いたこと」

「細やかな気配りでございます。流石は綾祢さま」

「……誰も、お前らの分があるなんて言ってねぇんだけどな。まぁいいや……ほら。……それでこの人は?」

 

綾祢と呼ばれた少女は昨日のことを覚えていないのか俺の存在を訝しげに見る。先程大鳥香奈枝に答えたのと同じ自己紹介をする。

 

「ふぅん、あたしは綾祢一条、名前はこの順であってるから、間違えて呼ぶなよ」

「ああ、綾祢一条さん、よろしく頼む」

 

一条とは珍しい名前のように思う。一体何を考えて親はこの名前を付けたのだろうか。それにしても女学生にGHQに警官、さらに混沌の度合いが増した。一体どんな繋がりから行動を共にしているのだろうか。気になるところだ。

 

一条が調達してきた握り飯とパックの緑茶を食べる景明達。そう言えば腹が減ってきたように思う。帰りに売店によってイーニァと俺の分の夕食を確保しようと思う。

 

「さて、腹も減ってきたし、そろそろ行くな」

「はい、情報提供ありがとうございました」

「あまり役に立たなくてすまない」

「いえ、そんな事は……」

 

湊斗達と別れガレージに戻る。そして夜。ガレージには鉄を叩く音ような音が響いていた。と言ってもガレージの中がうるさい訳ではない。むしろガレージの中からはほとんど何も聞こえないと言っていいだろう。他のチームが夜を徹しての最後の調整をしているのだ。

 

「ゆうや、起きて」

 

暗くしたガレージ内で仮眠を取っていた俺をイーニァが揺すって起こす。

 

「んっ、ああ、イーニァ?どうしたんだ?」

「へんなひとたちがきてるの」

 

その一言に眠気を無理矢理追い出す。イーニァが警告する『へんなひとたち』尋常な用件の者たちではないだろう。まず間違いなく襲撃者だ。もっとも何故襲撃されるのかは分からないのだが。

 

「ありがとな、イーニァ、そいつらはすぐ来るのか?」

「うん、あそこのドアの前に集まってるの」

「分かった。……不知火」

《御堂、何事?》

「多分、荒事になる。装甲する」

《了解》

 

静かに立ち上がり、ドアから距離を取る。そして誓言を唱える。

 

「未来なき煉獄に生まれ

 牙なき者の明日のために

 希望の糸を紡いで朽ちる

 されど刃、礎となり

 虚空へ至る道となる」

 

「飛翔せよ!不知火」

 

誓言を唱え終わるのとほぼ同時にドアが蹴り開かれ賊が押し入ってくる。格好は典型的な野盗スタイル。顔だけは覆面で隠した簡易的な物だ。武器は手に持ったナイフやバールと言った工具程度だろうか。拳銃ぐらいは隠し持っているかも知れないがはっきり言って戦力差が酷すぎた。

 

不知火を纏った俺が立ち塞がっていることにまず動揺する襲撃者達。がその動揺も一瞬の内に納め飛びかかってくる。レーサークルスならまだしも真打である不知火に勝てるはずもなく次々と無力化される襲撃者、最後の一人を沈めるのに1分とかかっていなかった。むしろ殺さないように手加減する事が一番難しかったと言えるだろう。

 

ガレージにあった縄で襲撃者達を縛る。その時の事だった。一人の男がガレージへと入って来る。鋭く重い想念を感じさせる目つきをしている以外に印象に残らない男だった。不審な男を警戒する。

 

「久しぶりだな」

 

男が言う。その発言に改めて男を見直すが見覚えがない。いや、そう言われてみるとあの目は見たことがあるかも知れない。だが、思い出せない。

 

「誰だ?すまないが思い出せない」

「ふっ、無理もない。一瞬、それも直接言葉を交わした事もないのだからな。こうすれば思い出せるか?」

 

そう言うと男がおもむろに懐から黒い布を取り出し顔に巻きつける。顔をほとんど隠し目のみが見えるその姿に記憶が刺激される。そう遠い過去の話ではない。ほんの一月二月前の事だ。

 

「―――黒瀬童子」

「思い出したか」

「ああ、それで俺に何の用だ?」

 

そう問いかけると、黒瀬童子は視線を俺から外す。その視線の先は……イーニァ?

 

「貴様に用などない。死んで欲しくないと、守ると誓った者を守れなかった貴様のような奴には、な」

 

視線を俺に戻す。その鋭い眼光から感じるのは――軽蔑。悪意の篭った視線が俺を焼く。……確かに俺はつくしを守ることができなかった。自らの意志で劔冑になることを決断したとは言えつくしは死んだのだ。守れなかったという指摘は間違っていない。否、正しいと思う自分が居る。

 

《劔冑になったのは私の意志。御堂は悩む必要はない》

 

つくしがそう言ってくれる。だが心の何処かでそれを受け入れられないのを感じる。とは言え黒瀬童子に言われる筋合いはない。悩みを無理矢理一度断ち切り黒瀬童子に問う。

 

「……じゃあ、何しに来た?」

「その少女、怪しげな妖術を使うようだが、生かしておけん」

「なに?イーニァを殺す、と?」

「そうだ!その少女によって多くの仲間が犠牲になっているのだ!」

 

強烈な敵意を黒瀬童子は隠さない。黒瀬童子が言っている事も想像は付く。幕府の重鎮である茶々丸の手伝いをする中で、反幕府勢力を率いている黒瀬童子の恨みを買うような事があったのだろう。どちらが正しいという問題ではない。とは言え、イーニァを狙っていると言われて放って置けるはずもない。戦う準備を整える。

 

「イーニァ、俺の後ろに居ろ」

「うん!」

「ふんっ、その少女は生かしておけん。だが、この場で戦うつもりはない。百橋ユウヤ、貴様は堀越公方に使われたままでいいのか?」

「……どういう意味だ」

「言葉通りだ。大和を六波羅の好き勝手にさせていていいと思うのか、と問うている」

 

大和の現状、民衆の暮らしは良いものだとは言い難いだろう。六波羅による圧政、それが民衆を蝕んでいる。だが、GHQ、引いては大英連邦という強敵を抱えている情勢を鑑みると一概に六波羅が悪とは言えないのではないだろうか、強権的ではあるが必要悪だとも言えるのだ。そしてその判断は異世界人である俺が下していいものじゃないと思う。

 

「……良いかどうか判断する立場に俺は居ない。悪いが勧誘なら俺以外を当たってくれ。だが、イーニァに手を出すつもりなら俺の敵だ」

「……そうか、時間の無駄だったな。堀越公方に組みするなら我らの敵だ」

 

無言で睨み合う。どれほど時間が経っただろうか、フッと黒瀬童子が下がり、視線を合わせたままドアの外へと消える。どうやら立ち去ったようだ。イーニァを見ると笑顔で頷いている。本当に立ち去ったようだ。安全を確認して不知火を除装する。

 

戦いにならなくて良かったという思いがある。黒瀬童子は劔冑持ちだ。それもつくしと親子関係にある。そんな身内同士で戦わせたくはない。それに彼の言っていた事も間違いではないのだ。

 

それから放置していた襲撃者の処置を大会組織委員会に聞きに行く。表に出ていないとは言え堀越公方がスポンサーをしているチームだからかすぐに動いてくれる。襲撃者を引き渡す。だが、襲撃の真相が明らかになることはないだろう。

 

おそらく襲撃者のバックには翔京が居るのだと思う。ウルティマ・シュールで圧勝する筈がぽっと出のプライベーター相手にいい勝負だったのだ。賭博化という利権を得ようとしている翔京にとって堪ったものではないだろう。それで排除しようと襲撃を試みたのだと思う。

 

そして翔京のバックには小弓公方が居る。その権力を考えると黙殺される見込みが高いと思う。もちろん茶々丸にどうにかしてもらうという手もあるのだが、被害もないしそこまでする必要を感じない。

 

それよりも俺が襲われたと言うことはもっと手強いライバルであるタムラも襲われた可能性が高いと思う。それについて何ができる訳ではないのだが安全を祈っておく。やはりレースの結末はコース上で決めるべきだと思うのだ。

 

一通り処置を終える。できれば茶々丸にも報告と相談をしたかったのだが、生憎と捕まえることはできなかった。やるべきことを終えた頃には本戦の当日になっていた。今日の試合に向けて身体を休めるのだった。

 

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