《大和初、
開会の辞を述べる貴賓席の男――小弓公方、今川雷蝶はそこで一息入れると大仰な口調で宣言する。
《美よ!
麿は美しいものを見たいのよ!
強い者は美しい!
巧な者は美しい!
賢い者は美しい!
そして、速い者も美しいッ!
風すらも置き去りにして直向に駆け抜ける姿は、ただそれだけで目を奪われる美しさに満ち満ちている!》
茶々丸が今川雷蝶は変な奴だと言っていたがその言葉に間違いはなかったようだ。スタートに向けて集中する頭の片隅で思う。
《その美しさの極限は何処?決まっているわ……それは最も速いもの。最も速い者は、最も美しい!麿はその雄姿を見るために大和GPを開催したのよ!……いいわね?あなた達……選ばれし二十の騎手!最高の美を見せなさいッ!》
熱の篭った独白が会場に響き渡る。美しいか?何てことは知ったことじゃないが不知火の速さを見せつけてやろうとは思う。
《ここに――大和GP、決勝戦の開始を宣言する!!》
その宣言が放たれた瞬間、若干の困惑が混じっていた会場が一気に沸騰する。
《えー、程良い感じにナチュラルジャンキーな開会挨拶でした。ありがとうございます。決勝開始までもう間もなく!司会と解説はワタクシ、弾丸雷虎がお送りします》
「――茶々丸!?……何やってんだアイツ」
ごく自然に解説席に納まっている茶々丸を望遠で確認する。本気で解説をやるつもりらしい。確かに装甲競技について並々ならぬ情熱を傾けていたから解説もできないことではないと思うが、本来の解説役はどうしたんだか。
《なんでよッ!?》
《放送席で大声出すなよケバ太》
《誰がケバ太かっ!司会も解説も麿の手配した人間がちゃんといるはずでしょ!?なんであんたなの!》
《あー、あいつら腹痛で休み。賞味期限の切れた牛乳なんて飲むから》
《……牛乳?》
《や、ここんとこ伊豆高原の牛乳の売れ行きが悪くてさー。
《あんたが飲ませたんじゃないのッ!!》
まるでコントのような掛け合いを行う小弓公方と堀越公方。これがこの国のトップなのだ。本当に何をやってるんだか。だが、観客にはなかなか好評のようだ。場は暖まって来ている。その雰囲気を感じているのだろう。すかさず各騎の紹介に移るようだ。
《さー、各チームとも現在ピットで騎航準備に余念がありません!ミスは許されない!戦いは既に始まっている!ではここで最速を争う二○チームを順々に紹介していきましょう。まずはポールポジション――翔京ワークス"三城七騎衆"騎体は黄金の翼の"
《……そうね。今のところはここが一番期待できるかしら。ともすれば俗っぽい黄金の翼も、全国制覇の意気の顕れと思えば悪くなくってよ。美しく闘いなさい!その黄金が
《続いてタムラワークス"
《せめて、まぐれではないことを期待するわ。決勝をつまらない勝負にはして欲しくないもの。限界を究めなさい!その青いボディにかけて!》
《なんと今回紹介する機体は真打劔冑です!プライベーターの
《アーマーレースに真打なんて無粋ね、あり得ないわ。それになにあの騎体、腰部に合当理をマウントするなんてなにを考えているのかしら……あれじゃあ、重心位置がずれて空気抵抗が大きくなるだけじゃない》
《おや?予備予選と予選は見ていない?……なるほどならじっくり御覧ください》
紹介に合わせて観客に手を振る。観客が湧き上がる。歓声を受け気合も入るがどこか座りが悪い。こういう高揚感はテストパイロットをしていた時も感じたことのないレース特有の物だろう。慣れてないということもあるが、やはり俺は根っからのテストパイロットであり、レーサーではないのだろう。
《……おっと、開始が近いようです。巻いていきましょう。四番手、シーサイドバーサーカーズ。ここはアソシエイブルのセミワークスです。騎体は新鋭騎
《ここの騎体はデザイン面であまり冒険してないわねぇ。性能の高さは認めるけど》
《五番手はヨコタンワークス。騎体は世界を獲った名騎ハウンドの発展型
《相変わらず不格好な面構えね……。でも速さは正義よ。世界の頂点に立つための姿がこれだと言うなら、貫き通しなさい》
《続いてベルトの本家、ヒラゴーワークス。新型騎"
《この会社のネーミングセンスは時々よくわからないわね……》
《六番手、鎌倉マツイ。フラッグシップ"
《そういう人が担当なんでしょ?》
《七番手!ヨコタンセミワークス、騎体"ハウンドMk.Ⅴ"!ようやくまともな名前だ!》
《まともだけど、まとも過ぎて冒険していないわねぇ》
前田が騎手を務めるチームだ。翔京系とは別の賭博推進派でもある横森鍛造のチームでもある。ワークスチームのスーパーハウンドと連携を取って戦われると厄介な敵になるかもしれない。
《八番手!ゲッコーワークス、騎体"
《……いつの間にか面白ネーミング選手権になってるんじゃないでしょうね?この大会……》
次々とレースの参加騎体が紹介されていく。その度に歓声が上がりドンドンと観客のボルテージも上がっていく。それに合わせるかのようにピンと張り詰めた緊張感溢れる空気も鋭さを増していく。ネーミングセンスは、その、あれだ。俺は良いと思うんだが。
《えー、では一一番グリッド。官公庁代表ポリスチーム。騎体は予選で破損した
《それ、あんたがごり押しで突っ込んだ騎体と騎手でしょうがッ!!》
そこに居たのはどう見ても村正だった。一応偽装をしようと言う努力の跡は見受けられるが見間違いようがない。確かにホットボルトと村正は似ていなくもないが村正を見たことがあれば見間違いようがないだろう。
考えてみればレースに出ている理由は分かる。このレース中に『卵』が孵化した場合に即座に対応するためだろう。だが、そのためだけに真打でレースに参加するなんて酔狂な真似をするとは思わなかった。だが、レース自体には関係ないだろう。今は気にしなくていい。
《……さぁ全ての
最初のランプが赤く点灯する。跳躍ユニットの出力を飛び出す直前まで上げる。
次のランプが赤く点灯する。飛び立つべく膝を曲げ足に力を貯める。
最後のランプが緑色に点灯した。溜め込んだ力を一気に解放する!
《各騎一斉に飛び出したぁーーーッ!!凄まじい
不知火の跳躍ユニットが火を吹き、加速していく。その横をすり抜けていくレーサークルス達。残念ながら実戦仕様で重い不知火の加速性能はレーサークルスに一歩劣る。だが、それを補ってあまりある大出力で速度の差は即座に詰められる。立ち上がりの差で順位は一気に下位にまで落ちたが勝負はこれからだ。
《群を成してホームストレートを駆け抜けてゆく!危険だッ!クラッシュの発生率は今この瞬間が最も高いィィィーーーッ!!ああーー!?一三番、浮いた―――》
早速一騎事故ったようだ。とは言え流石一流のレーサーが集まっているだけあって、順位を競り合いながらも限界ギリギリで上手くコントロールしている。
《直撃ッ!接触を避けようと無理な騎首転換を行った一三番、チーム・サワダ!浮いてしまった!コースアーチに激突ぅッ!直ちに救助が行われます!》
《無様ね。翼の扱いを知らない鳥は、落ちて当然よ》
《吹き飛んだアーチの修復も手早く行われております。この辺りはさすが熟練のスタッフ、仕事に無駄がない。一方レースは第一コーナーへ突入ッ!先頭はやはりか!翔京ウルティマ!続いてヨコタン、タムラ、マツイにアソシ、後は団子だ!最後尾はポリスチーム!さぁ、この順位!最初のコーナーを抜けてどう変化する!?》
下位集団の渦中で身動きが取りづらいがここが最初の勝負所だろう。他の騎体コーナーを曲がるため減速する中、コーナーへノーブレーキでの突入を試みる。これに付いていこうと数騎が続くがすぐに諦めて速度を落とす。跳躍ユニットの利点を最大限に活かし、コーナーに沿うように最短距離を最速で曲がる。
《ああっと!ここでプライベーターの不知火が下位集団を抜け出したッ!独自機構から繰り出されるノーブレーキ走法に誰も付いて行けないッ!》
《な、なんなのよ、あの騎体!加速は凡庸、いえ真打ちであることを考えれば優れていると言っていいのでしょうね。でもその後が、コーナリングがおかしいわ。減速しない。最高速度のまま飛び込んで最高速度のまま出てくる。あり得ない!あり得ないわ!……可変翼に推力偏向ノズル?いえそうじゃないわね。それとは系統が同じでも思想が違う。ウィングとバレルが一体化したあの機構は一体何なの》
こと運動性能において不知火を凌駕する騎体は存在しない。それが例え
《ポリスチームがコーナーを曲がる!なんというかッ――堅実な騎航だ!》
《……なにあれ。劔冑の性能も騎手の力量も凡庸。見るべき点が無いわね》
村正達がボロクソに言われている。戦闘用の真打にレーサーじゃない騎手、俺達よりもさらにレース向きじゃない組み合わせなのだ。そうなるのもむべなるかなと言ったところか。
《ウルティマがスプーンカーブを抜けるッ!どうやら頭一つ抜き出たッ!続く集団はスーパーハウンド、RG-一〇、アベンジの三強!激しい鍔迫り合い!マツイはやや遅れたか!?追う不知火がマツイに襲いかかる!》
《おおむね順当な展開ね。さあ、これからどうなるかしら……》
下位集団を抜け出した俺は上位集団からはぐれ気味になっていたマツイと一騎打ちを演じていた。流石に決勝に残るだけあってマツイは上手い。加速性能に難があることを見抜いて、抜きどころであるコーナーを的確にブロックしてくるのだ。そこを抑えられると一気に闘いづらくなる。勝負どころは次のスプーンカーブだ。
《スプーンカーブで不知火が勝負に出たッ!アウトからマツイを抜きに掛かる!だが、マツイ上手い!アウト側のコースを絶妙にブロック!これは手が出ないかァ!》
「それぐらい予想の範囲内なんっ、だ、よ!」
急激なGに耐えながら吼える。アウト側を狙っていたかのように見せかけていた不知火をイン方向に無理矢理流し、がら空きになっているマツイのインに頭をねじ込む。
《何とッ!アウトを狙っていたと思った不知火が一瞬の内にインに移動!マツイの横を抜けていきます!順位は入れ替わり不知火が四位に浮上!》
《とんでもないわね、あれができる騎体もそうだけど、騎手の方にもかなりの負荷が掛かっている筈よ》
確かにかなり負荷が掛かる上に奇襲に近い。そう何度も通じる技じゃないだろう。
《おっ、アソシが抜きに掛かった!インを攻める――が、駄目だッ!がっちりラインを封じられて、こちらは手も足も出せず!二位三位の変動はありません!》
《良い攻防ね。……それに引き換え、最下位のあれは何なのよ。どん臭いったら。よっぽどの駄作なのね、あの劔冑》
《先頭がコントロールラインを越えたっ。これで五周!六周目です!残り一五周。そろそろ中盤戦に差し掛かります。状況はやや膠着してきたか?》
《そのようね。翔京を筆頭にヨコタン、アソシ、タムラ、不知火、マツイ……不知火以外上位陣は順当なところで安定しているわ》
《やはり注目はダークホース不知火でしょうか?一方、下位の情勢はいまだ混沌。激突ありコースアウトありの激しいデッドヒート繰り広げています!》
マツイと戯れた結果生まれた距離を一歩、いや半歩ずつ削っていく。コーナーを一つ越えるたびに本当に僅かだがアベンジのリアが近づいていく。神経を削る消耗戦。だが今は耐える時だ。
《しかし、最後尾のポリスチームだけは孤立気味だッ!やはり予備騎での参加は無理があったか!?昨日の事故が痛かった!それでもポリスは
いけー
負けるな
頑張れファイトだ
うわーん!応援してるこっちがアホみてー!》
《ほっときゃいいでしょうがッ!?》
コントのようなやり取りに気が削がれる。茶々丸は一体何をやっているのだか……それにしても村正は茶々丸が押し込んだ騎体だと言っていたが、賭博反対派としての行動なのだろうか?それとも銀星号事件を知ってなのか?
《…………えーーーーーーーーーー!?》
《なんじゃありゃァーーーーーーー!?》
大歓声とともにアナウンスが絶叫する。咄嗟に後方を確認する。物凄い勢いで村正が疾駆していた。あれは……陰義の力、か?とにかく尋常の物ではない。村正の陰義は磁力操作だと思うのだが、それをどうやったらあんな加速が実現できるのだろうか。
《すげー!すごいぞホットドッグ!なんだかわけわかんねー加速で一気に追い上げたぁーーーーーッ!!》
《なんでよっ!なんであんな騎体であんなスピードがあんな急に出るのよ!ありえないわっ、監視員に連絡!なにかおかしな器械をつかってなかったか確かめて!》
《おお!?ホットドッグ、加速が止まった!結局なんだったのかさっぱりわからんけどとにかく限界に達した模様。安定した騎航に戻るようです》
《……それでもまだ……さっきまでの騎航に比べると随分速いわね。これが本当の性能なのかしら……?》
《やー、すごかったね。そういやおめー、あれに凡庸だの駄作だの散々言ってなかったっけ?》
《……くっ。わかったわよ。取り消すわよ、認めるわよ。あの騎体は並ではないわね。どうにもよくわからないところがあるけど……あの加速は超常的で――美しくもあったわ。あれを見せただけでも、この決勝戦に参加する資格はあったと言えるでしょう》
《主催者サマのお言葉でした。良かったねー、ポリスの人!》
何が村正達に起こったのかは謎だが、それはそれとして遂に上位陣に食らいつく。が、タムラは何を考えているのか、こちらがアウトに振っても気にする様子がなかったためそのままスルーさせてもらう。何事もなくタムラの前に出る。
「不気味、だな」
《そうね、でも今は気にしても仕方ない》
「ああ、この調子でどんどん行くぜ!」
アソシのRG-一〇のピッタリ後ろに付ける。そして先程と同様にコーナーを利用してノーブレーキでアウト側に振る。当然、そのラインを塞ごうと騎体をアウト側に寄せるアソシ、そこに一気にイン側に横スライドするように動き、抜き去る。
《おおっと!ここで一気に不知火が二台抜き、いやさ、タムラは敢えて抜かせたようにも見えたが?さてここからどうなる!このまま一位の座まで掻っ攫ってしまうのかァ!?》
《見事ね……でもワンパターンだわ》
《おや、先頭を独走していた翔京のペースをダウン!どうした!マシントラブルか!?》
翔京のウルティマがヨコタンのスーパーハウンドの直ぐ側まで下がってくる。その動きに疑問を感じながらも、スーパーハウンドに対してもアウトからの攻めを見せる。
「!?これが狙いか!」
アウトに振った騎体をインに持って行ったのだが、そこはウルティマが陣取ってラインを塞がれていた。咄嗟に減速し、衝突を避ける。
《これは凄い!ウルティマとスーパーハウンドが協力して不知火のアタックをブロッッック!流石に二騎相手では手も足も出ません!》
《これは協力と言うよりスーパーハウンドが上手く利用されている形ね。流石一流のレーサーだわ、見事な駆け引きよ。そして不知火は手を見せすぎたわね》
それから数度アタックを掛けるもスーパハウンドを上手く使うウルティマを突破できずに遂に十周、半分が終わってしまう。
《ここで各騎ピットインに入る。このピットイン作業の早さもレースに影響を与える重要な要素だ。……いや、一騎ピットインしない!不知火はピットインしない!それも当然か!あの機体は真打!
《これは……決まったかもね》
先頭に立ち、今までとは別の類のプレッシャーが掛かってくる。後ろから追われる恐怖。ここから先はこのプレッシャーとの闘いだ。
《不知火がトップに躍り出て順位は大きく変動!十周前後で不知火を除いた各チームとも
《今、レースは完全に不知火の物よ。ここからどうその圧倒的優位を奪い返すのか?それが見どころね》
――――――
レースを観戦するVIP席のすぐ近く、一人の男が憤懣やる方ないといった感じで手当たり次第に物に当たりながら出て来る。
「クソっ、タムラはともかくあんなどこの誰とも分からない輩に邪魔などされてたまるか!かくなる上は……」
男は通信機を手に取ると何処かへと連絡を付ける。
「……私だ。ああ。手筈とは状況が異なるがやらせろ。何が何でもアイツを止めるんだ。……嫌がっている?そんなことは承知の上だ。……レーサーのプライド?知った事か!そのプライドごと買ってやれ、どうせ勝ち目はない今日の勝負での意地を売り、明日の勝負での勝ちを買え、と伝えろ。資金援助に技術提供、やつらが喉から手が出るほど欲しがっているものを約束してやれ。そうすれば動くだろう」
そう告げるとそれまでの怒りはどうしたのか男は嫌な笑みを浮かべる。
「……案ずるな。後でどうにでも誤魔化せる。とにかく我々には今日の勝利が必要なのだ。そうだろう?そのためには詐術のひとつやふたつ、こなさねばなるまい……」
――――――
《おっと。後方で異変です。いくつかの騎体がタイミングを同じくして減速っ。後退していきます》
《接触でもしたの?まあどうでもいいわ。終盤が近いのにあの調子じゃ、どうせ勝ち目はないでしょう。邪魔にならないようにどいていなさい》
《邪魔にならなきゃ、いいけどねー?》
《え?》
独走状態にあった不知火の前に周回遅れになった騎体達が見える。茶々丸が警告してくれなくても分かる。こいつらは邪魔する気だ、と。
《……え?ちょっと、ちょっと!》
《おおーっと、これはアクシデント!中盤争いから脱落した騎手らが周回遅れになってトップの不知火に近接。不知火、進路を塞がれた格好になった!》
《青旗は出ないの!?どうせ騎体にトラブル起こして落ちてきた連中でしょう!さっさと脇へどかせなさいよ!》
《いやいやところがあのお歴々、周回遅れになった途端に調子が回復したようでーす。決勝参戦騎にふさわしい
《……なんでそっぽ向いて耳ほじりながら言うのよ?》
《別にィ?》
進路妨害されてペースがダウンする。その隙に接近する上位陣達、そして上位陣が十分に接近してきたのを確認したのだろう。下位の一騎がバランスを崩したフリをして体当たりを仕掛けてくる。
「そこまでするか!!」
咄嗟に減速し、激突を回避。しかしその隙に俺を除いた上位陣が抜き去っていく。ピットインのアドバンテージは奪い返されてしまった。それから数度アタックを試みるも行かせる気はないようだ。アウトからの奇襲もこれだけ数が揃っていると効果はない。
《ちょっと待って。あの機体真打なんでしょう?何で頭を抑えられているのよ》
「ちっ、好き勝手言いやがる。こっちがどれだけ気を使ってるのかも知らずに」
《御堂、やっちゃおう》
「仕方ねぇ、一騎ずつ丁寧にやるぞ!」
目標は前方で進路を塞いでいる内の一騎、
《おっと?どうした?不知火がゆっくりと
《―――なるほど、今まではそのあまりの格差に気を使っていたのね。でもその思想は惰弱だわ。使えるものは使う。他人でもなんでも使えるものを使って勝つのが勝者よ》
《
開けた視界の中を全力でトップ集団を追う。レースの流れはウルティマへと支配者を変えていた。 僅かな差が重く響いていた。ようやく上位集団の尻尾を捕まえた時には既に終盤に入っていた。
先頭集団の尻尾を走るはタムラ・アベンジここまでひたすら上位集団を走り続けてきた技術は流石の一言だが昨日のような異常な速度は未だに見せていない。まだ奥の手を隠し持っている状態だ。このまま黙って終わらせるわけがない。
《おっと、ここで不知火が仕掛ける!が、その攻め手にアベンジは全く反応を見せない!不気味だ!先程と同様にただで抜かせる!》
《タムラは何を考えているのかしら?》
仕掛けない訳にもいかないので、立体交差で仕掛けたのだがアベンジは無反応。悠々と抜き去り順位を上げる。続いてアソシの隙を狙う。そのチャンスは意外とすぐにやってきた。
《立体交差を越える!ウルティマ、ミスを犯しません!》
《危なげないわね。むしろ続く連中の方が怪しくなってきたわ》
《おおっ!?スーパーハウンドとRG-一〇がいま接触しかけた!そしてその隙を見逃さず一気に不知火がごぼう抜き!これは上手い!》
《スーパーハウンドとRG-一〇は無様ね。ウルティマと不知火の圧力に耐えきれなくなってきたんでしょう。その点不知火は見事ね、一瞬の機を逃さなかったわ》
順位を二位に上げ、遂に残るはウルティマだけだ。先程とは違いスーパーハウンドはいない。レース経験では圧倒的に差があるがどう対処してくる?
《一時は落ち込んだ順位を脅威の粘りで取り返した不知火!さぁここからどうでる!そしてウルティマはどう対処する!?》
《見どころね、今までのようなワンパターンな攻めはそろそろ飽きてきたのだけれどどうなるのかしら?》
とりあえず攻めるポイントはコーナーだ。アウト側からの攻め。ワンパターンと言われようとレーサーとしての引き出しが少ない俺はこれに頼らざる負えない。
《不知火、やはりアウト側に騎体を振った!それに反応してウルティマもラインを塞ぐ!ここからっ!……ダメだァ!ウルティマもイン側に移動してラインを潰した!不知火の必殺技、破れたり!!》
《とりあえずウルティマが見事ね、何が来るか分かっていたとしてもよく対応したわ》
ダメ、か。流石に見せすぎたらしい。ならば次は運動性能を最大限に活かすまでだ。ウルティマから僅かに距離を取る。
《おっと、ここで不知火が若干ペースダウン、何をする気でしょうか?》
《このままではウルティマに勝てないと判断したのでしょうね。その判断は良くてよ》
加速するためのスペースを確保する。今までの戦い方でブロックされてしまうと加速が途切れ、コーナーを脱出した時の速度が遅くなってしまう。そうなってしまうと相対的に重い不知火は加速に時間が掛かってしまう。
それを避けるためにわざとスペースを開けたのだ。130Rに加速しながら突っ込んでいく。カーブの最中も減速するどころか加速を続ける。そしてコーナーの出口でウルティマのぴったり後ろを取る。要するに立ち上がりを重視し、その後の直線で勝負しようという作戦だ。
《130Rを加速しながらクリアー!こんな事が許されていいのか!?カーブは減速する物という常識を塗り替えて不知火が走る!!》
《改めてとんでもない騎体ね、カーブをものともしていないわ。でもこれでウルティマと並んだだけここからどうするのかしら?》
バックストレートを左右に騎体を振り、相手に対応を迫る。左右に振る度に僅かずつであるが相手に遅れが生じている。運動性能ではこちらの方が一枚優れているのだ。相手の騎手はその遅れを最小限にしようと努力を続けているが限界がある。ついに鼻先を相手の横に突っ込むことに成功する。そしてそのまま最終コーナーへ、減速せざる負えない敵騎を尻目に最高速度のまま突入する。
《抜いたァァァァアア!!!ついにウルティマの壁を突破し不知火がトップに躍り出た!》
《見事よ。ちょっとバタ臭い抜き方だったけど騎体の性能を存分に活かした結果ね。》
そのままホームストレートを最高速度まで加速し疾駆する。一度前に出てしまえばウルティマは敵ではない。もちろんレーサーの経験は圧倒的に上だから油断はできないが、加速性能以外に特出した点はないのだ。そして減速しなくても良いという不知火の特性上加速性能の差は問題にならない。
《さぁ、先頭集団はホームストレートに突入!――お?アベンジが……速度を落としています!》
《何かしら?まさかマシントラブル?》
《……いや。こいつは、多分……あの》
「翼をください。
私は空を駆けたいのです」
「翼をください
私は風と戯れたいのです」
「翼をください
私は鳥になりたいのです」
「翼をください
私は空も風も鳥も裏切りたいのです」
「私の翼は全てを裏切る。
全てを捨て去り忘れ去り、なかったものにしてしまう」
「なぜならこれは恋ではないから。
なぜならこれは逆襲なのだから」
「空は私を厭い風は私を憎み鳥は私を妬め。
慟哭をかき鳴らしてこの名を唄え」
「"
《来たーーーーーーーッ!》
《こ、この加速は……ッ!》
《タムラ・アベンジ、本性を見せたッ!
《凄い……!さっきポリスチームが見せた魔術のような理解し難い暴走とは全く違う。完成された機構による統制された爆走よ!美しい!美しいわぁ!》
どうやらアベンジが遂に動き出したようだ。先程の包囲網だって本来はこのアベンジに仕掛けるための物だったはずだ。それが俺達というイレギュラーが独走していたために投入せざる負えなくなったのだろう。おそらくこれ以上の妨害はない筈だ。
《抜いたッ!RG-一〇!アソシエイブル社の誇る傑作騎、防ぐとかどーとか以前に反応できませんでしたッ!ヨコタン、スーパーハウンドも後塵を拝す!いつの間にか後姿を見せ付けられているッ!騎手の愕然とした顔が見えるようです!タムラ・アベンジ、皇路操ッ、一躍三位へ急浮上ぉーーーーーッ!!》
アベンジとウルティマが壮絶な二位争いをしながらジリジリと距離を詰めてくる。ここに来てさらに加速しているようだ。先程ウルティマは脅威ではないと言ったが、訂正が必要なようだ。このままでは単純に速度で負ける。
《これはっ……凄まじい勝負になってきたァーーーッ!!直線ではタムラ・アベンジ!爆発的な速力で首位を強奪するッ!しかし、コーナーでは翔京・ウルティマ!大きくリアを振りながら回るアベンジの懐を容易く破って引き離す!それでもアベンジ、完全に振り切られはしない!粘るッ!そしてストレートで逆転する!両者一歩も譲らず!そして確実に不知火に迫っているッ!逃げる不知火!追う二雄!》
《す―――素晴らしい……ッ!》
《只今の周回のタイムが出ました。……これはすごい!
翔京ウルティマ、一分二五秒八七!
タムラアベンジ、一分二五秒八八!
三者共に大和人騎手のコースレコードッ!百分の一秒の争い!誰に軍配が上がるのか、まるで見えません!》
《直線のアベンジ。コーナーの不知火。そして技のウルティマ……いいわ!全員最高よ!荒々しい野性の美と、驚愕の機構の美、それに精緻を極める技巧の美……誰がより美しいのか。答えを教えて頂戴!》
《さあ誰だっ!主催者の求める答えは果たして三者のいずれがあたえるのかっ!》
ウルティマがアベンジを抑えてくれていれば良いのだが……どうやらそうもいかないらしい。二者が壮絶なデッドヒートを繰り広げながら……いや、アベンジが僅かに差を付け始めた。
《ここでアベンジが一歩前に出たッ!不知火はもう手の届く距離にいるッ!このままアベンジがトップを強奪するのかッ!それとも不知火が守りきるのかッ!》
《ウルティマは……ここまでかしら。コーナーと立ち上がりがいくら上手くても詰められるタイムに限界があるってことね》
アベンジがバックストレートで一気に距離を詰めてくる。だが、抜かさせない。半ば勘を頼りに必死に騎体を振りブロックする。遥か後方から一瞬で距離を詰めてくる青い閃光に見てからでは付いて行けない。次はブロックすらできないのではないかと背筋が凍る。
《不知火必死のブロック!進路を塞がれたアベンジは一気にペースダウン!》
《危ないわね。……衝突のリスクを負ってでもアベンジを前に行かせたくないという意気の現れかしら》
ブロックに失敗したらウルティマの二の舞いを演じる事になりかねない。タイミングを外したら激突の危険すらある。だが、アベンジを止めるにはそのリスクを
緩いバンクを抜け短いストレート、アベンジが青い稲妻となる。インかアウトか、その判断をしている段階ではどちらにでもいけるのだ。限界ギリギリまで待つしかない。そして一瞬の見極めでインかアウトに賭ける。
《アベンジが前に立ったッ!不知火は自ら進路を開ける形になってしまったッ!これはどうした事だ!》
《アベンジのあまりの速度に山を張っていたのでしょうね。そしてそれが外れた。それだけの話よ》
外した!いつまでもブロックしきれるとは思っていなかったが、早速外してしまった。ならば何が何でもコーナーで前を取る必要がある。……そして130R、大きくリアを振るアベンジの懐を食い破る。
《一度は首位を強奪したアベンジ!だが、あっさりと懐を取られ不知火が前に出るッ!》
《ウルティマとの対決を思い出すわね。ウルティマは衝突のリスクを負えなかったけど、今度はどうなるかしら?》
最終コーナー前のストレート、アベンジは背中にぴったりとくっついている。この状態では動き始めから抜きに掛かるまでの時間がなさすぎる。少なくとも後ろを気にしながら走っているようなでは防ぎきれない。
《御堂》
「なんだ?つくし」
《……アベンジがどっちに行くか私が判断する》
「それがつくしの判断か……よし、任せる」
つくしにアベンジの監視を任せ、俺は最短距離を走ることだけに集中する。
《アウト!》
「おう!……くっ、ダメ、か」
つくしの助言から即座に騎体をアウトに振る。が、間に合わない。アベンジが横を抜き去っていく。アベンジの事はつくしに任せて俺は最速で走ることだけを考える。
《直線ではやはりアベンジ!圧倒的に速いッ!だがそれでも不知火は食い下がる!そしてコーナーでは寄せ付けない!とんでもない速さで曲がっていく!僅かずつではあるがこれは不知火が引き離しているかッ!》
《走り方を変えてきたわね。より速く、より美しく。いいわ。その決断、麿の好みよ》
必死だ。僅かでもミスが出ればアベンジに引き離される。最短、最善のコースを全速で行く事だけが今できる全てだ。相変わらずアベンジが抜くことをブロックする事には成功していない。少しずつピントが合ってきているような気もするのだが、タイミングがシビア過ぎる。早ければインとアウトを変えるだけの猶予をアベンジに与えてしまう。遅ければ反応する間もなく抜き去られる。そして長いホームストレート、今まで苦闘しながら貯めてきた貯金が一気に切り崩される。それでもどうにかアベンジの真後ろを確保する。
《アベンジ、ホームストレートで一気に距離を詰め、再び首位に浮上!だが不知火を振り切ることができないッ!不知火、アベンジの背後を取る!スリップについた!》
《ホームストレートで突き放せない。これは決定的かも知れないわね》
《さぁ、第一コーナーが近い!不知火、第一コーナーで抜きに掛かる――》
第一コーナーに突入する。その瞬間の事だった。唐突に視界が失われる。
混乱。混乱。混乱。
コントロールを失う。そこからはテストパイロットとしての本能だった。跳躍ユニットを前方に向けてフルブレーキング、無理な挙動に跳躍ユニットが軋む。が、それでも足りない。
―――衝撃
サンドトラップに突っ込む。何が起こった?何が起こったのだ?一拍間を置いて思い出す。前を行くアベンジが唐突に光った事を。
―――何故?
《――――あっ》
《……激突ッ!?不知火が……コースアウトしてサンドトラップに突っ込んだわ!!丁度抜きに掛かろうと速度を上げたところで、事故を起こしたのね……!なんてこと……》
《…………》
《ちょっとあんた、ぼーっとしてないで解説しなさいよ!こんなのレースでは良くあることでしょ!?アベンジは……無事ね!
それまで上機嫌だった茶々丸が手元のマイクのスイッチを切る。その表情には隠し様もない失望の表情を浮かべていた。
「………………その手使うのかよ。馬鹿が……それじゃなんにも面白くねえ。レーサーの癖に……アベンジなんて怪物創ってみせた癖に
……どうして、速く
俺はサンドトラップから不知火を立ち上がらせる。
「っつ。……つくし、損傷を報告」
《了解、頭部および跳躍ユニットに軽度損傷、跳躍ユニット保持部に過負荷が掛かってちょっと危険、何れも自動回復可能》
「了解、騎航は可能なんだな?」
《問題ない。……許せない》
許せない、か。確かにそうだ。事故を誘発するようなやり方は許せない。アベンジは騎体の表面を鏡面化することで日光を反射させ、俺の目を潰したのだ。スタッフが駆け寄ってくる。その手を振り払い、空へと舞い戻る。
「追いつくぞ!不知火!」
《おう!》
既にアベンジと半周近い差が付いていた。跳躍ユニットを手繰りながら、最高速に持っていこうとしながら不知火に問いかける。
「通常の騎航で追いつくことは可能か?」
《不可、尋常の方法じゃ追いつけない》
「そうか……」
普通に騎航しても追いつくことはできない。これは物理的な限界があるからだ。最高速度が足りない。加速性能が足りない。距離が足りない。
《諦める気はないんでしょ?》
「もちろんだ」
不知火が笑うような声で呟く。それを受けて腹に力を入れて返答する。そして覚悟を決める。尋常の方法では追いつくことはできない。だが、このまま奴を優勝させる気など俺にはなかった。
「不知火!陰義を使うぞ!」
《良いのね?》
真剣な、だがどこか分かっていたと言わんばかりの声で不知火が最終確認する。無言で頷く。
《了解!私達の力見せてやろう》
丹田に全身の『気』を回すような意識をする。この『気』と言うのは不知火を纏うと感じられるよく分からない物だ。だが、これが陰義に直結しているという事は事前の実験で判っている。
《祈りの翼を以て
無窮の空を超え
事象の果を開け》
不知火が
「翔けろ!刃金の翼!」
イメージする。目標は次のアーチ、アーチをくぐる必要があるからだ。アーチの真下、限界ギリギリにいる
次の瞬間
俺達はアーチの下にいた。瞬間移動、それが不知火の陰義だった。騎体が擦れそうなほどアーチの至近。コース上で得られる限界高度、そこから降下する。重力を味方に付けて加速する。そして地面ギリギリ、俺達は騎体を
「まだだ!もう一回行くぞ!!」
《了解!》
《なにーーーーーーーーッ!!》
《なんじゃそりゃーーーッ!!》
再びアーチギリギリに出現する。そのまま地面に向けて加速を続ける。以前から考えていた不知火の陰義の使い方の一つだ。
《事故でリタイアかと思われた不知火がレースに復帰!その後次々とアーチを跳んでいきますっ!これは陰義でしょうか?》
《陰義、なんでしょうね。瞬間移動かしら?とんでもないわね。それに、何よあれ。まだ加速し続けてるわ》
視界が次々と変わっていく、瞬間移動の反動で体内に直接手を突っ込まれぐちゃぐちゃにかき回されたような違和感がある。だが、
《レースは既に最終盤!残りも半周となりましたが、とんでもない事が起こっていますッ!》
《こうなるとアベンジが逃げ切るのか、それとも不知火が追いつくのか、それが問題ね、特に不知火の体力が持つかどうか疑問だわ》
身体の中から熱量を捻り出して陰義と跳躍ユニットに費やす。まだだ、まだ落ちる訳にはいかない。最終コーナー直前。アベンジの真後ろに瞬間移動する。既に熱量は枯渇寸前だ。手足が冷たい。それでも大きくリアを振るアベンジの懐を食い破りどうにか前に出る。だが、ラストのホームストレートをどうする?ここで前に出られたらもう追いつけない。視界から色が失われる。考える余力すらない。
一瞬の閃き
《今!》
つくしの声がするよりも早く、身体が勝手に動く。アベンジの頭を抑える。あまりのタイミングに出足をくじかれるアベンジ。真後ろにアベンジがいる。
何も考えられない。もう限界もいいところだ。限界まで飛びそのまま墜落する。何も感じない。地面を滑るように墜落する。
歓声が遠く聞こえる。
《不知火が!不知火が!!不知火が!!!ゴールラインを墜落しながら突破!!!執念の勝利です!!》
《す―――素晴らしい……ッ!見事よ!》
当初のプロットではユウヤは事故で途中退場の予定だったのですが、陰義まで使って勝利してしまいました。
また、割りとどうでもいい設定の話ですが、不知火はチェーンドライブです。一言にチェーンと言っても通常の自転車のチェーンのような物ではなくサイレントチェーンと呼ばれる類のチェーンです。通常品とくらべて高性能化や低騒音化、軽量化などの効果があります。
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