レースは不知火、百橋ユウヤの勝利に終わった。陰義を使った逆転劇。今でも真打はレースに出るべきではないと思っている。だが、アベンジがあのような事をした以上、この結果が最善だったのだろう。
レースをコース上から眺めていた俺達はアベンジの凶行の一部始終を見た。汚された。そう思った。不知火がレースに戻った時の怒りが理解できた。そして陰義を使ってまで勝ちにいった姿が目に焼き付いている。本来は使うつもりなどなかった筈だ。
レースは終わった。墜落した百橋ユウヤへのヒーローインタビューは延期され、大会は終わった。俺は装甲を解く気にもなれないままガレージで待っていた。
「景明さま」
長身の貴婦人とその付き人、そして女学生が戻ってくる。彼女たちには調査をお願いしていた。
「どうでしたか」
「ほとんどのチームは帰ったようです。観客も……」
「残っているチームは何処ですか」
「タムラとライジングサンダー、他にプライベーターが幾つかです。百橋ユウヤさまは先程意識を取り戻したそうですよ」
「有難うございます。――村正」
《ええ》
「『卵』の反応は」
《まだ、この周辺にある。覚醒寸前の状態のまま……》
「わかった。……アベンジか不知火、そのどちらかが『卵』を持っている可能性が高いと云えよう」
《……そうなるかしらね。でも、どうして……
どちらのチームも自分と関わりが深かった。だが、自分がやらねばならない。
「湊斗さん……これから、その」
女学生――綾祢一条が言い淀む。調査は事実上終了した。これからは実力行使の時間だ。そして、一条は無力でも付いてきたいのだろう。それは認められなかった。
「この先は俺の職責。お前は戻れ。指示あるまで待機だ」
「……あの。あたしも……!」
「帰れ」
「…………はい」
「大尉殿も。後の事はどうかお任せ下さい」
そう大鳥香奈枝大尉にも伝える。
「……わかりました。後程、またお会いしましょう」
「……では。失礼致します、湊斗さま。ご武運を」
香奈枝に促されて一条が立ち去る。それを無言で見送る。
村正を纏ったままタムラのガレージを訪ねる。
「……!これは……湊斗さん、ですね?」
皇路操の父であり、アベンジを作ったメカニックでもある皇路卓が驚きの表情を向ける。劔冑姿でやにわに現れればそれも当然だろう。彼の後ろにはレーサーである皇路操がいた。その奥にはアベンジが置いてある。他にスタッフの姿は見えない。皇路親子、二人きりだ。
「どうしました、そのような格好で。まだお帰りではなかったのですか?」
「はい。やらねばならぬ事が、ありまして」
「あの、申し訳ないのですが、できれば後日にして頂けませんか」
皇路卓が柔らかく拒否したい旨を伝える。
「残念ですが、付き合ってもらいます」
「……」
「――本当に残念ですが、無理にでも付き合ってもらいます。皇路氏」
「……一体、何の用なのですか」
「自分は警察としての職務を果たしに参ったのです。犯罪を摘発するという職務を」
「……!」
そう告げると今までの柔らかい表情を一変させる皇路卓。そしてなおも無表情を続ける皇路操。
「田村甲業勤務、皇路卓。並びに皇路操。貴方がた両名を殺人未遂容疑で逮捕します。署までご同行下さい」
「…………な、なんですかそれは。何のことだかさっぱりだ。不知火の事故のことですか?あんなの装甲競技では珍しくもないことです。それに真打だったからほとんど無傷だったでしょう……」
「はい――幸いな事に不知火はサンドトラップに突っ込んだだけでほぼ無傷でした。確かに装甲競技では起こり得ること。特筆すべき事態とは言えません」
そこで一度言葉を切る。
「
「そ、そうですよ。それに第一あの事故と僕らは何の関わりもない!不知火の騎手が焦ってミスを犯しただけです」
「
「うッ……!?」
「不知火に焦る理由はありませんでした。あの状況下、焦っていたのは貴方がたに他ならない。――違いますか」
淡々と事実を突きつける。
「……そ、それは確かに……我々にも焦りはありました。しかし不知火とて同じです。優勢な側には、優勢な側なりの緊張があるものですよ、湊斗さん」
「その点は否定しません。確かに彼はレースの経験も浅く、プレッシャーを感じていたでしょう」
「ほ、ほら、そうでしょう。やはり事故だったのですよ!湊斗さんあなたの言うことは何の筋も通っていない!名誉毀損です!本来なら訴えるところですが、あなたには恩があります。今回は忘れましょう。お帰り下さい!早く!」
皇路卓がまくし立てるのを最後まで黙って聞く。
「…………」
「……ッッ」
「――あの時。あれを確認できたのは、不知火・アベンジ両騎の様子を後方から窺っていた自分と極めて注意深く、且つ位置と視線の方角が適切であった観客席の人間。これは幾人もいないでしょう。しかし少なくとも一人はいました」
大鳥大尉の事である。彼女は観客席からアベンジの凶行を目の当たりにしたのだ。
「な……何を言っているのだか。さっぱり……」
「不知火がアベンジを抜くために、アベンジへ注意を集中させた瞬間。アベンジの甲鉄の一部が
「!!」
「スリップを活用して抜こうとした、まさにその瞬間です。不知火の騎手は視覚を潰され、制御を失い――コースアウトしサンドトラップに突っ込んだ。真打でなければ死亡したでしょう」
「……しょ……証拠……証拠は……!」
まだ認められないのか。不知火に、真打にこの仕掛を使わざる負えなかった段階で策は失敗しているのだ。目撃者は死亡する、それが成功するための必須条件なのだ。
「そこに有ります」
アベンジを指差す。
「その
「うっ……うぅ……!うっ、……ああああ!」
「……お父さん!」
皇路卓が懐から拳銃を取り出しこちらに向ける。
「……無意味な行動です。その銃を捨てて下さい。それはただ、貴方の罪を増やすだけに過ぎません」
「はは……無意味?違う……違うな。レーサークルスの事なら何でも知っている。……この距離で、この口径の弾丸は防げない。湊斗さん。あなたがいなくなればいいんだ。あなたさえ……」
「無意味です」
繰り返す。だが、激した皇路卓には何も通じていないようだ。
「あなたが……あなたが僕の翼を奪うのなら……」
「銃を捨てなさい」
「――死ねッ!死んでしまえッ!」
銃弾が放たれる。そして無意味に村正の装甲に弾かれる。
「……ッ!?」
「……」
「ば……馬鹿な。そんなはずが!」
再び銃弾が放たれ、明後日の方向に弾き飛ばされる。
「……投降せよ。皇路卓。貴方の抵抗は不可能である」
「なっ……なぜ……!レーサークルスの薄い甲鉄で、防ぎきれるはずがないのに……!?……ま、まさか……それは……。それは……ァッ!?」
「村正。外すぞ」
《やっと?良かった。ようやく息が継げる……》
「鬼に逢うては鬼を斬る。
仏に逢うては仏を斬る。
ツルギの理ここに在り」
村正に偽装のために取り付けたパーツが弾け飛び、村正本来の姿が露わになる。
「……
「皇路卓。銃を捨てよ。皇路操。投降せよ。両名に投降を命ずる。一切の抵抗は不可能」
「あ……あぁ……」
「……」
「どうして……どうしてこんなことになる。勝利は手にできず……世界に挑むこともできない。みっ、湊斗さん……あなたは僕を応援してくれていたんでしょう!僕の無念を知っているでしょう!僕は……僕は、ようやくあの挫折からここまで還ってきたんだ!どれほどの苦労だったか!あなたならわかってくれるはずです!」
思うところがない訳ではない。だが、認められない。
「見逃してください……!お願いします……お願い……」
「貴方の苦労は知っている。烏滸がましくも、同情さえする」
「みっ……湊斗さん……」
「しかし。貴方は人を殺めようとした」
「……ッ!」
「……湊斗さん……やったのは……わたしです……お父さんじゃ……ありません……」
皇路操が皇路卓を庇うように前に出て訴える。
「み、操……」
「…………」
「うっ……うぅぅ……くそっ、くそっ、くそぉっ!!」
メチャクチャに拳銃を発泡する。弾が切れても引き金を引き続ける。
「あんなポッとでの奴なんか知ったことかっ!このご時世に真打なんて持ってるのはどうせロクでもない奴なんだ!!レーサークルスが、僕の技術の粋が、真打に負けるなんて……有り得ない!!」
「……投降せよ」
「ぐっ……あああ、ああああ」
「投降し、縛につけば危害は加えない。法に基づいた待遇を保証する」
「逮捕されれば、僕はどうなる……操はどうなる」
「……」
「奪うんだな!?全て、何もかも、また僕から奪うんだな!?諦めろと――またしても僕に、諦めろというのか!嫌だぁッ!嫌だ嫌だ嫌だ!僕の勝利は盗まれたんだ!さらに僕から奪おうというのか!あんな奴は認めない!今日の勝利は僕の物だったんだ!」
「皇路卓。それは貴方のものではない。貴方が……闘い方を、誤った時に。失ったのだ」
「認めなぁい……認めないぞ、僕はァ……」
正気ではない。皇路卓は既に狂気へと落ちていた。
「操……クルスを纏えぇ!」
「……お父さん……」
「皇路卓!投降を!」
「操ぉッ!」
「……はい」
皇路操がアベンジへと駆け出す。だがレーサークルスは一つ一つ手で纏わなくてはならない。時間が掛かる。無意味だ。
「皇路操。父の指示に従っても意味は無い!
「……ごめんなさい。湊斗さん。きっと、あなたが正しい……けど……間違っていても……わたしはお父さんに従います」
「……っ」
「そうだ……操。僕らは別々のものではない。一つのものだ。僕はお前だ。お前は僕だ」
「はい」
「お前の勝利が僕の勝利なんだ。だからお前は勝たなくてはならない。勝たなくてはならないんだ」
「はい」
「僕はお前を勝たせなくてはならない……何をしても」
皇路卓の手から拳銃が離される。無造作に。そして懐から取り出す。
「――!?」
《御堂!……あれは――!!》
拳大の、輝く球体――銀星号の『卵』!!
……植え込まれていなかったのか!?
銀星号はあのまま手渡したのか!?
「だから発見できなかったのか……」
《だから孵化しなかったの!?》
「お父さん……それは……」
「
「それを直ちに引き渡せ、皇路卓!それはお前に何も与えない!ただ奪うだけだ!何もかもを!」
「……ああ。悪魔もそう言った。これを使えば何もかも失う。そして、引き換えに……望むだけの力を得られると。最速の世界を制する夢が叶うと!」
「欺瞞だ!確かに力は得られるかもしれない。しかしその力はお前も、娘も、食い破らずにはおかない!」
「だからどうした?僕は自分の滅びには耐えられる。僕の一部、操を失うことにも耐えられる。耐えられないのは……」
狂気、既に理は遥か彼方に過ぎ去っていた。ただただ妄執。
「僕と操が勝利できないことだけだ!!」
「皇路卓ッッ!!」
「操ぉッ!僕らは勝つ!必ず勝つんだ!!」
取り憑かれていた。魅入られていた。勝利に。
「……はい。お父さん」
《御堂ッ!だめ、止めて――!》
「ぁ――ぁぁあああッ!!」
アベンジに『卵』を植え付けようとする皇路卓。それを阻止すべく未だ装甲の叶っていないアベンジを両断する。
「――――ッ!!」
「アベンジッ!?」
アベンジが心鉄を断ち切られ崩壊する。その残骸に取り付き、『卵』を押し当てる皇路卓、そしてその傍らに寄り添い、こちらを睨んでいる皇路操。『卵』はただ無為に床に転がるだけだった。
行き場を失った『卵』を回収する。
握り潰す。
『卵』は内側から噴き出すように光を放つ。白銀色の光輝。一瞬の煌めき。『卵』は虚空へと溶けるように消えていく。
「……野太刀の、鞘」
《ええ……》
アベンジを失い、勝利への執着を断ち切られ、抵抗の意志を失った二人を署に連行する。後は署長が上手く処理してくれるだろう。彼らが再び立ち上がる事を信じる。あの二人は
これにてレース関連の話は終わりです。