装甲悪鬼村正 トータル・イクリプス   作:Flagile

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村正

 翌日、朝早くから久しぶりに淡島にやってきていた。最後にやってきたのはレースが終わった後だっただろうか。既に修復は俺の手を離れ、完全にエンジニア達の領域に入っている。

 

 ある程度知ってるとは言え所詮概要程度、そこから実際の部品にまで落とし込むには相当な苦労があった。その苦労と比例するようにこの島の設備もだいぶ整ってきていた。最初は掘っ立て小屋に毛が生えたような倉庫が立っていただけだったのに今では立派なガレージが完成している。その横には不知火・弐型の修復のために必要な加工装置などの設備が整えられている。

 

 とは言っても必要な部品の大半は外注だ。幾らなんでもこの島だけで部品の全てを作るわけにはいかないからだ。その中にはあのアベンジを作った田村甲業も居た。

 

 不知火・弐型の姿は以前見た時から様変わりしていた。外装を外されて部品が露出しているのはいい。全部外されているのはレストアの時など珍しいが無いことじゃない。ところどころ不格好に飛び出している部分がある。それは大和の技術で小型化できなかった代用の部品達だ。即ちエンジニア達の苦労の跡だった。

 

 それ以上に目を引くのは右の跳躍ユニットが付いていた(・・・・・)部分だ。修理する上で大きな課題となっていた右の跳躍ユニットが根本から存在しなかった。代わりに取り付けられているのはずんぐりとした短いユニット。そこから伸びるケーブルがコックピットまで伸びているのがまた異様な感じがする。

 

《これ……とてつもなく大きいけど合当理……?》

「こんなものどうしたんだ?」

 

 どう見てもこの島の設備で作れるような代物ではない。いや、それどころか外注したとしても実現できそうにない。そう思いチーフエンジニアに尋ねる。

 

「いや、それが茶々丸様が突然持ってきたんですよ。我々は繋がるように改造しただけでどこからこんな物を持ってきたかは知らないんです」

「そう、か。……それでこれは動くのか?」

「はい。出力の調整が難しいと思いますが、動きます。――ただユウヤさんの人間離れした熱量を持ってしても15分も飛べないと思います」

「あのケーブルは伝熱管なのか……。つくしどう思う?」

《どんなに難しくてもやる。やってみせる》

 

 つくしが回答せずに意気込む。とは言え、まだ調整は済んでいないらしいので、今日の所は不知火・弐型を稼働させる事はできない。今回の目的はそれではないのだ。もっと小規模である意味重要な実験、それを行うためにこの島まで来たのだ。

 

 実験の第一段階としてつくしと不知火・弐型がドッキングする。大仰に言っているが、単につくしを纏った状態で弐型に乗り込み、二、三ケーブルを接続するだけだ。その内一つは伝熱管で、つくしの右肩、肩部装甲の下に接続する。つくしの右肩には突撃砲に熱量を伝える伝熱装置が付いている。真打には存在しない特殊仕様だ。

 

《接続を確認》

「了解」

《今回は、向こうの世界を観測するのが目的よね》

「そうだ。観測だけなら不知火・弐型の電力と俺の熱量だけでいける、筈だ」

 

 いつも以上に慎重に転移の術式を構築していく。

 

 基準座標設定……現在地点を基準点とする。

 

「ゼロセット」

 

 範囲設定……今回は観測が目的だ。だから前方の何もない空間に極小の点を範囲に設定する。これはいつもより楽だ。いつもなら対象は移動し続けている自分だ。……この設定を失敗すると範囲の内外で割断されてしまう。とは言え範囲を広げてしまうと級数的に熱量の消費が増えてしまう。どこでバランスを取るかが重要だ。

 

「範囲確定」

 

 転移座標設定……基準点からどこに移動するかを設定する。この座標は昨日求めた計算式に基準座標を代入することで求められる。

 

「座標設定」

 

 除外設定……転移座標が転移に向いていない場合に転移が行われないようにする条件付けだ。要するに転移先に人が居たら転移範囲で分断されてしまう事になる。そんな事になったら大惨事だ。

 

「転移準備」

 

 設定を終える。

 

「じゃあ、行くぞ……」

《うん》

 

 緊張の一瞬。一瞬の間の後、不知火が詠唱を開始する。

 

《祈りの翼を以て

 無窮の空を超え

 事象の果を開け》

 

 臍下丹田から熱量を引き出す。五臓六腑を馳せ巡り、脊髄へ落とす。再び丹田へと回す。そこに存在する存在しない(・・・・・)回路に熱量を流し込む多すぎても少なすぎてもダメだ。繊細な作業。いつもよりもさらに慎重に行う。

 

「翔けろ。刃金の翼」

 

 呪句(コマンド)を発する。何事も起こらない。だが、熱量が大量に喪われ体の奥がずっしりと重い。

 

「……どうだ?」

 

 だがこれでいい。元から派手な何かが起こるような実験ではない。予想通りの結果だ。問題はここから先。

 

《――転移先情報の取得を確認》

「成功か?」

《少なくともこの近辺じゃない筈》

「データをくれ」

 

 視界にデータが転送されてくる。項目数はそう多くない。あの一瞬では詳細な分析まではできないのだ。分かることは三つ。

 

・大気中かつ物体内ではない事

・重力に僅かなゆらぎ(・・・)がある事

・自然には存在しないの濃度で重金属が存在すること。

 

《どう思う?》

 

 こっちの世界ではなさそうなのは確かだった。重力の異常に重金属。思い当たる節があった。横浜、そこに投下されたG弾だ。重金属の組成もAL弾の物と近い。

 

「――成功だ」

 

 喜びが湧き上がってくる。転移先が日本らしいというのも良い。元々の目的地だ。大きく遠回りしたが、これで帰るための目処が立った。

 

――――――

 

 熱量を使い果たしできる実験を終えた俺達は淡島から公方府に戻ってきていた。昼食を部屋で済ませ、日課の訓練をしようと外に出る。庭へと繋がる廊下、そこに一人の蝦夷の女性が居た。

 

「つくし……じゃない」

 

 一瞬つくしかと見間違えたが、よく見ると全く似ていない。むしろ共通点は褐色の肌と白髪程度だ。身長も髪型も体型も違う。間違えた事に抗議するように肩に止まっていたつくしが嘴で頭をつつく。……痛い。

 

 この世界に来てつくしとその祖父以外の蝦夷は見たことがなかった。ということはおそらく公方府の人間じゃない。とは言えその所在なさげ表情と物憂げなため息から侵入者でもないだろう。

 

「あら、あなた……ユウヤさんだっだかしら?」

「?どこかで会ったことあったか?」

 

 じっと見つめられていた事に気付いたのだろう。蝦夷の女が話し掛けてくる。蝦夷の女は自分の事を知っているようだ。だがこちらの記憶にはない。

 

「……そうね。分からなくて当然よ。私は村正、千子右衛門尉村正。こう言えば分かるかしら?」

《……景明の劔冑?》

 

 つくしが自信なさそうにそう言う。その言葉を聞いても一瞬理解ができなかった。理解した後もまさかという思いの方が強い。

 

「――あら。驚いた。理解が早いわね」

「…………劔冑がどうして人に?……まさかお前もリビングアーマーなのか?」

「リビングアーマー?……いいえ、普通の劔冑よ?」

 

 劔冑と人の合いの子、茶々丸と同じリビングアーマーでもないらしい。

 

《それ私にもできる?》

「不知火、だったかしら。それは無理ね。母様(かかさま)の力が……。あなた僅かだけど母様(かかさま)の匂いがする?」

《かかさま?》

 

 つくしと村正の間で話が進んでいく。

 

「……銀星号の事よ。二世村正。あたしの母。――そうか、あなたは『卵』を植え付けられたものね。……もしかしたらできるかも知れないわね」

《教えて欲しい。ちょうど手がなくて困っていた所》

「……あなたたちには世話になった物ね。――いいわ教えてあげる。と言っても見せるだけよ。術式は自分で編みなさい」

 

 そう言うと村正が発光し、次の瞬間。そこには巨大な赤蜘蛛がいた。本当に景明の劔冑、村正だったのだ。その事に改めて驚きを感じる。

 

《良い?しっかり見ておきなさい。まずは第一段階》

 

 そう言うと仕手がいないにも関わらず装甲状態になる。仕手がいないと言うことは中は空なのだろうか。驚きのうめきを上げる。

 

《――で、次が第二段階っと》

 

 次の瞬間には先程の蝦夷の女が立っていた。何が起こっているのか全く分からない。とりあえず異常な事が起こっているのは確かだった。

 

《こう?》

 

 つくしが俺の肩から舞い降り、何かをする。次の瞬間、俺が装甲していないにも関わらずそこには不知火の姿があった。

 

「あら、上手いわね。でも無駄だらけね」

《ん、ダメ。維持できない》

 

 そう言うと不知火は再び鷹の状態へと戻る。どうやらすぐにできるような技ではないようだ。

 

《もっと検討がいるね》

「そうね、だけどその調子で行けばすぐにできるようになるわ」

 

 どうやっているんか全く理解できないが、つくしにはある程度伝わったらしい。和気あいあいとしているつくしと村正。つくしもつくしの姿になれる可能性があるという事だろうか。それは……、どうなのだろうか?嬉しい?よく分からなかった。

 

「…………それで、えらく物憂げな表情をしていたが、何を悩んでいたんだ?」

「……そう、ね。相談するのも良いかしら……」

「悩んでるなら相談した方がいい。一人で悩んでいたってロクな結論は出ないぜ」

 

 吹雪を乗りこなそうと格闘した時の事を思いながら言う。あの時間が無駄だったとは思わない。俺には必要だったと今なら思うが、あの時ももっと早く本気でヴィンセントに相談できていたら日本製戦術機の事を分かっていただろうと思う。

 

「銀星号を追っていることは知っているわよね?私達は銀星号を追って何度か捉えている。なのに勝つことができない。……私はその原因の一つが心甲一致の差にあると思うの」

「心甲一致?」

《仕手と劔冑の関係の理想、仕手と劔冑の間に全く齟齬のない状態、似た概念に人馬一体っていうのもある》

 

 つくしが補足説明してくれる。なるほど銀星号はその心甲一致の状態にあるからあれほど強さを誇る、と言いたいのだろう。

 

「湊斗光と母様(かかさま)は互いを同一視してるんじゃないかと思える事があるの。少なくともそれに近い領域にいるわ」

「なるほど、それで心甲一致に至る方法を悩んでいる、と」

「――ちょっと違うわ。……仕手(御堂)を他者として意識している自分がいるの。それが心甲一致の邪魔になってるんじゃないかと思って……」

 

 村正が言っている事はこうだ。心甲一致には仕手と劔冑が互いを同一視する必要がある。なのに自分は仕手を他人としか思えない。そして恐らくその意識を捨てることに躊躇いがあるのだ。だから悩む。

 

「――馬鹿馬鹿しい」

「何よ、人が真剣に悩んでいるのに」

「銀星号に勝ちたいんだろ?」

「そうよ!そのために心甲一致が必要なの!」

 

 そう銀星号に勝利する事が必要なのだ。別に銀星号になる必要はない。同じ道を通る必要などないのだ。そもそも出発地点が違うのだから同じ道など通りようがないのだ。

 

「お前達と銀星号は同じになる必要なんてない。――想いあった果てにだって心甲一致はあり得るだろ?というかいまさら他人じゃなくて自分だと思うなんて到底無理なんだよ。だったら自分の道を突き詰めるしかないだろ」

「それは……そうかも知れないけど」

 

 受け入れ難いのか懊悩する村正。俺ができるアドバイスは既にもう伝えた。後は村正がどう受け取るかだろう。

 

 一体どれほどの時間村正は悩んでいただろうか?ハッとした表情で庭の方を見る。その視線を追う。何も見えない。次の瞬間、村正は蜘蛛の状態になり走り出す。(はや)い。

 

「何があった!?――クッ、行け!つくし!」

《了解!》

 

 村正は答えない。ただどこかを目指して突き進む。とにかく追いかける。靴を探す余裕もなかったために素足で追いかける。つくしが肩から飛び立ち先行する。

 

 俺が追いついた時には全て終わっていた。銀星号――光が地面を踏みにじりながら去っていく。明らかに怒っている。何かがあったのだ。彼女が視界から完全に去ったのを確認した後、景明へと注意を戻す。

 

「何があったんだ」

《銀星号が景明を汚染しようとした》

 

 つくしが答える。汚染、あの敵味方、親兄弟関係なく襲い続ける地獄を引き起こすアレの事か。

 

「それを、村正が防いだ、と。景明、大丈夫か?」

「はい、ご心配をお掛けしました」

 

 未だ地に尻を付いた状態だった。景明を助け起こす。

 

「なぁ、質問してもいいか?」

「はい、何でしょうか?」

「何で銀星号を止めようとしてるんだ?」

 

 ずっと聞きたかった事。景明が銀星号を追っている事は知っている。だが、なぜ追っているのかは知らなかった。

 

「……妹なのです」

 

 それは予想の付いていた事だった。同じ苗字、親しげな態度、仲の良い家族だったのだろう。だからこそ分からなかった。なぜああ(・・)なってしまったのか。それに村正だ。

 

「家族だから……、その凶行を止めたい。それだけなのか?それだけで善悪相殺の呪いを受け入れられるものなのか?」

「それは――私が罪人だからです。私にはあれを止める義務がある」

 

 それから景明は懺悔するように語ってくれた。自らの罪を。

 

「最初の一歩で……一番大切な者を亡くしたから止まれなくなったんだな」

「それは……そう、なのかも知れません」

「景明、お前は銀星号を倒した後、どうするつもりなんだ?」

 

 これだけ罪の意識が強いのだ。そう簡単に自分を許すことなどできないだろう。そう思い尋ねる。

 

「……司法の裁きを受けます。……受けるつもりでした」

「つもり?どういう事だ?」

「署長――私の後ろ盾――が言ったのです。俺の、私の罪を赦免する、と」

 

 その言葉は様々な思いが混じり合い真っ黒に感じられた。

 

「良かった……とは考えてないみたいだな」

「私は罪人です。多くの罪なき――いえ、例え罪があったとしても殺すべきではない人間を殺してきました。ならばその行いには罰が必要なのです」

「死にたい、のか?」

「いいえ、自分は死にたくなどありません。死は何にも勝る恐怖です。……泥にまみれ糞尿を啜ってでも生き延びたいと思うまでに自分は死を恐れています。――だからこそ自分は死すべきなのです。死にたいと欲して死ぬのは安楽への逃避に過ぎません。何の処罰でもない。それは単に自殺であり、贖罪の放棄です」

 

 その思いに圧倒される。と同時に納得いかない。両方分かり、両方共納得できないのだ。

 

「……善悪相殺の呪いは、例えば人食い熊を殺しても発動するのか?」

「?それは……村正、どうだ?」

「発動しないわ」

「宇宙から来た化物だったらどうだ?人類の天敵みたいな奴だ」

「……発動しないと思うわ。……一体何が言いたいの?」 

 

 発動しない、か。景明は罪とこの上なく真摯に向き合っている。ならば俺が景明の死に場所を与えても罰は当たらないだろう。ちょうど良くそんな地獄と救いを求める人がたくさん居る場所を知っている。

 

「なら、俺が。……俺がお前を地獄に導いてやる。単に殺すなんて生温い罰は与えねぇ。永遠の地獄で悶え苦しめ、その果てに無残に果てろ。お前はその手で地獄から生者を救い続けるんだ。殺した以上に救え、救って救ってその果てに化物に人知れず殺されろ」

「――私を罰してくれる、と?」

「ああ、お前に相応しい惨たらしい死を約束してやる」

「……ありがとう、ございます」

 

 

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