「責務を果たそうと思います」
「責務?」
「はい、心が定まりました。銀星号を倒さなくてはなりません」
景明は迷いが吹っ切れたような顔をしていた。そして宣言する銀星号を打倒することを。
「……そっか。じゃあ、試してみよう」
唐突に現れた茶々丸が言う。
「試す、と?」
訝しげに景明が言う。意味が取れなかったのだろう。
「お兄さんに機会をあげる。御姫を殺す機会をあげる」
「――――」
「……何ですって?」
驚きはある。だが、同時に納得もある。これが茶々丸が言っていた景明に任せるという事の意味なのだろう。
「できるかな?お兄さんに……『英雄』に徹して――肉親を殺すことが」
「………………」
茶々丸が悪そうに嗤う。だが、嘘は言っていないのだろう。茶々丸は真実しか言っていない。そう思う。無言で廊下を歩く。重たい沈黙。何か言う資格は俺にはないだろう。ただ見届ける、これだけは譲れなかった。
「閣下。事前に教えておいて頂きたいのですが……」
「ん?」
「光を、どうやって……殺すと?寝込みを襲うつもりですか?」
当然の疑問、例え堀越に存在する全ての軍を動員したとしても銀星号に勝てるか怪しい。少なくとも追いつくことは無理だ。
「違うよ」
「……」
「それじゃ殺せない。逆だよ」
「逆?」
「うん」
「……?」
「例によって、わけわからない」
村正が茶々丸に問う。同意だった。訳が分からない事を言う茶々丸、だがこれ以上何かを言う気はないらしく。ゆったりと歩を進めていく。
「すぐにわかる。一目でわかるさ」
「――――――」
湊斗景明の足が止まる。踏み出そうという意志はあるのに無意識に体が避けようとしているような突然の停止だった。
「……御堂」
「どうしたの?お兄さん」
「…………」
「行くよ?」
「…………はい」
茶々丸が急かす。そしてとある部屋へとたどり着く。堀越御所の最も奥深く、滅多に人も来ないような奥まった部屋だった。確認するように見回す茶々丸、そして戸を引き開けた。
中は暗い。夜の海のように茫漠と無が広がっている。しかしやがて目が慣れるにつれて、客間のような部屋だと分かる。そう多くない調度品。上質の畳が敷き詰められた床。
――中央には、
「……光?眠っているのか?」
「いいや、起きてる……目覚めているよ」
かちり、と音がして。全てが電灯の光明に照らし出された。
そこに居たのは布団に寝ている少女だった。病んでいる。一目でわかる。死期が近づいている。目は開いているが意志が宿っていない。そこまで見て取ってようやく気付く。この死に瀕している少女が
「こ……これって、これって」
「おめーは知らないんだっけ?湊斗光の病気」
「し、知ってる……御堂が教えてくれたから知ってるけど!」
「どういうことよ!?これが湊斗光なら、
そうだ。この少女が銀星号をできる訳がない。この少女は
「誰っしょね?」
「はぐらかさないで!」
《そうよ、教えなさいよ》
「つくし、今は黙って聞いていよう」
思わずといった風に茶々丸に噛み付くつくし。それをなだめる。俺も聞きたいが、それは俺が尋ねるべきじゃないと思う。チラリとこちらを見た後、すぐに視線を村正へと戻す茶々丸。
「はぐらかしちゃいねえ。単なる意地悪だ。けどおめーもわかり切ったこと訊くなよ。ここに湊斗光がいるんだから、この湊斗光が装甲して銀星号やってるに決まってんだろ」
「どうやってよ!できるわけないでしょう!?こんな、植物状態の重病人が……装甲して戦うなんて」
茶々丸の言うことを素直に聞くのならば
「どう聞いてもデタラメな話だよなー。でも、ここに嘘はなんにもない。真実、この湊斗光が銀星号だ」
「だからっ……どうやって!そんなことができるっていうのよ!」
「眠る」
眠る?そう言えばさっき目覚めていると言っていた。そこに何か秘密があるのか……?
「……眠る、って」
「この湊斗光が眠ると『銀星号』が出てくる」
「何よ……それ」
「…………」
「二重人格……?」
ずっと黙って湊斗光を呆然と見ていた湊斗景明がふっと漏らす。
「いや、違う。銀星号は人格じゃない。実験して調べてみた」
「実験?」
「あては最初、この状態を見ても、御姫って変な寝方するんだなーとしか思わなかったよ。湊斗光が鉱毒病で廃人になってるなんて、初めは知らなかったしね」
「……」
「でもその内、段々と妙に思えてきたからさ。物は試しで脳波を調べてみたの。この状態と、立って動いてる時と」
「脳波……?」
「てきとーにわかりやすく言えば、頭の血の巡り具合だ。わりと最近の学問だけど、お兄さんは多分知ってるよ。――いや……おめーら村正こそ誰よりも詳しく知ってるはずだ。知らないわけねえ。知らなかったら、どうして人の精神を書き換えられる?その脳波を調べてみたら、さ。結果は逆だったんだ」
「逆……」
「
そんな……そんな事があり得るのだろうか?だが、それでも銀星号の罪は変わらない。銀星号はこの世に存在してはいけないのだ。
「――――――」
「夢なんだよ。『銀星号』は湊斗光の見ている夢、既に破壊された人格が、砕け散った意識の底で見続けている夢だ」
「……夢……?」
「そう」
「そんな――ふざけた話が」
「心当たり、何もないか?」
「あるわけないでしょう……」
「お兄さんは?」
「…………」
否定は、ない。湊斗景明には何か心当たりがあるようだ。だが、まだ受け入れられないのだろう。
「あるっしょ?言ってたもんね……御姫が目の前にいるのに、その実在を疑ったって」
「……しかし……やはり……有り得ません。あれを全て、眠りの中で行っていたなど!」
「言うなりゃ、天然の無想――無想剣だ。御姫が無敵なのも道理だぁね。どだい、人間ってのは無駄が多く出来てる。その無駄を全部取っ払って、自分に必要なものだけを残したのがあの
「有り得ません」
湊斗景明が否定する。だが俺は納得した。世界が隔絶しているように思ったことを思い出したのだ。あれは正しくこの世の存在ではなかったのだ。
「そんな都合のいい奇跡があってたまるか、って?」
「…………」
「安心してよ。これは奇跡なんて素敵なもんじゃない。呪いに過ぎない。代償は支払われている」
「……どういう意味ですか」
「お兄さん、この容態を見てどう?二年前と比べて」
茶々丸に言われて景明がマジマジと湊斗光を見る。その目は痛ましいものを見る目だった。
「………………衰えている……?」
「うん。活動中は理不尽なパワフルぶりに騙されるけど、こうして寝てると明らかでしょ?中身はもっと酷いよ。最新最高の医療技術をかたっぱしから注ぎ込んで、どうにかこうにか命を繋いでるけど……あといくらも保たない」
「それは――」
「抑制のない夢の世界に根差しているからこそ、銀星号は人外境の力を揮える……。けどその分の負債は、現実の湊斗光の肉体からきっちり取り立てられてるってわけ。こうして……」
「…………」
誰もが沈黙する中、茶々丸が淡々と言葉を紡いでいく。
「あての見るところ、あと二回かな。銀星号として動けるのは」
「二回……」
「多分ね」
「その後は――」
「無いよ」
「……」
「そこで終わり。銀星号も……湊斗光も」
これが……銀星号の真実。
「…………」
「さて。どうしよう、お兄さん?」
「……どう、とは?」
「あては約束を守ったよ。御姫を殺すチャンスをあげた」
「…………」
「今ならそこらの子供でもやれる。首に手をかけて、軽く捻ればおしまいだ。さ、どうぞ」
真実は明かされた。後は結末だけだ。辛い決断の時だ。どちらを選んでも景明は後悔するだろう。だが決断しなくてはならない。湊斗光を、銀星号をどうするかを。
「………………馬鹿な」
「あと二回。でもその二回で、どれだけの人間が死ぬのかな?」
「――――――」
「『銀星号』は湊斗光がごく深い熟睡状態に陥ったとき発生する現象だ。出現を未然に阻止する方法はない。現れたものを、力で止めるのも無理。……今しかない。お兄さん。犠牲者を出したくないなら、いま殺すしかないよ」
「……御堂……少し……席を外して。私が、」
見かねたのか村正が申し出る。だがその言葉は他ならぬ景明によって止められる。
「すっこんでろよ。言っとくが、おめーにはやらせねえ。あてが機会をあげるのはお兄さんだけだ」
「……村正……」
「…………」
「そっ。すべてはお兄さん一人の決断。お兄さんの意思でやらなくちゃいけない。湊斗光を……殺害する……」
「……っ……」
苦悶の表情を浮かべる湊斗景明。その事につい手を出したくなる。だが、我慢するどんな決断を下すにせよそれは湊斗景明がするべきものなのだ。俺に、他の誰にも資格はない。
「お兄さん……あてと坊主が言ったことを思い出して」
「……?」
茶々丸が優しく優しく囁く。
「無我。湊斗景明が湊斗光の死を望まないなら……湊斗景明を捨てるんだ。英雄になるんだ。世界の意思は
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」
「お兄さん。
どれだけ時間が流れただろうか。湊斗景明が湊斗光の上に移動する。湊斗光の首に手を掛ける。今何を思っているのか、手は止めどなく震えていた。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
湊斗景明が絶叫する。骨が砕ける。嫌な音が響く。景明が崩れ落ちる。
「あ、ああ、あああああ!!」
悲痛な鳴き声が部屋に響き渡る。村正が駆け寄る。俺も駆け寄ろうとする。――が、それを茶々丸が制する。
「――ユウヤ、これから何があったとしても逃げて、そのまま元の世界に帰って。いい?」
「茶々丸?茶々丸はどうするんだ?」
「あては……と時間がないみたいだ」
「何?」
景明がゆらりと立ち上がる。その幽鬼のような雰囲気に背筋が凍る。背中からだけでも感じられる物がある。何かが変わった。
「景明……?」
「村正」
「えっ!?」
村正が戸惑った声を残して蜘蛛の姿へと变化を遂げ、弾ける。弾けて散る。幽鬼のような男の周囲を舞う。紅い鉄が踊る直中、片手が再び、ゆるりと流れる―――
左手で顔面を隠す。そして誓言が紡がれる。
「鬼に逢うては鬼を斬る
仏に逢うては仏を斬る
ツルギの理ここに在り」
左手を突き出し握り込む、そして遥か彼方の星を掴まんとするがごとく手を伸ばす。禍々しい深紅の武者が現れた。血のように赤い朱い深紅。湊斗光の死体と相まって不吉なまでの存在感を放っていた。
《御堂!》
茫然としていた俺につくしが警告の声を発する。ハッとする。湊斗景明は今湊斗光を殺した。だから景明を蝕む呪いはその履行を求める。善悪相殺。その犠牲者を求めているのだ。
「未来なき煉獄に生まれ
牙なき者の明日のために
希望の糸を紡いで朽ちる
されど刃、礎となり
虚空へ至る道となる」
景明が一体誰を狙うのか分からない。だが、何をするにも装甲していなければどうしようもない。そう判断し、誓言を紡ぐ。
「飛翔せよ!不知火!」
装甲した時には既に事態は取り返し難い程進んでいた。
「さようなら、グッドラック。ユウヤ」
朱い武者が大上段に脇差しを構える。その刃の先には茶々丸。致命的なまでに判断が遅かった。茶々丸はこの結末を迎えたなら初めから死ぬつもりだったのだ。
「ウオオオオッッッッ!!」
合当理を急起動、茶々丸へと向かう。全ての判断を置き去りにしてただ体だけが動く。今思うのはたった一つ、間に合え、間に合え!それだけだった。
一秒が寸刻みになり、コマ送りのように死神の鎌が近づいていくのが見える。
衝撃。
背中が熱い。斬られた。深手。腕の中を見る。茶々丸が目を丸くしている。生きている。その事に喜びが湧き上がる。
《御堂!》
背後で気配、脇差しを振り上げたのを感じる。
「翔けろ!刃金の翼!!!」
丹田に熱量を供給。無理矢理陰義を発動させる。範囲設定も移動先も適当だ。発動すればそれでいい、そんな思いが功を奏したのか、次の斬撃の前に陰義は発動する。
背中から落下する。地面へと背中を強かに強打。背中の傷が激痛を発する。
「ッツ」
それでも腕の中を確認する。そこにはまだ茶々丸が収まっていた。生きている。助けられた。今度は油断することなく周囲を確認する。赤い武者はいない。そこは荒野のような場所だった。
「どこだ?ここは?」
「……江ノ島だ」
茶々丸が機嫌悪そうに答える。江ノ島?確か鎌倉の近くの観光地だっただろうか。
「茶々丸、無事か?」
「何で助けた……」
茶々丸が腕の中を抜ける。責めるような、安堵したような様々な感情が入り交じった表情。立ち上がる。背中に激痛。適当に発動した陰義の代償も大きい。体の奥がずっしりと重く、手足は冷たい。それでも立つ。
「助けたかったからだ。迷惑だったか?」
「それは…………」
「――そうだ!村正はどうなる!?」
善悪相殺の対象を見失った村正がどうなるのか?逃げることしかできなかったが、後がどうなったのか気になる。
「湊斗景明は己を捨て『英雄』になった」
荒野の一方向を見ながら茶々丸がポツリと呟く。
「『英雄』?」
「そう、遂にお兄さんは至ったんだ」
「それで、善悪相殺の対象を見失ったらどうなるんだ?」
「もう関係ないよ。大義を以て
何?ちょっと待て。
「湊斗景明は世界を救った『英雄』となった。そして村正は仕手が英雄であることを許さない。善悪相殺、
「そん、な。――――――俺が地獄に導いてやるって言っただろうが……馬鹿野郎。英雄になんざなりやがって」
魔王は地に堕ちた。だが、
「ユウヤ、ユウヤの世界に行こう……。後の事はこの世界の人間に任せればいい」
茶々丸が甘く甘くささやく。
「行かないと……」
「どこへ?」
「景明を、村正を止めに」
《無茶よ!大怪我してる!》
「……どうしても行くって表情だね」
「ああ。景明を放っておくことはできない」
茶々丸が仕方ないとばかりに穏やかに笑う。
「まず建長寺に行きな」
「建長寺?」
「そこに景明の仲間と舞殿宮がいる。ユウヤは後の事が気になるんあだろ?だったらそれも解決しなくちゃ、ね」