「ユウヤさん、お久しぶりです。に……雄飛です」
レース後、わがままを言ってユウヤの見舞いに来た。真打劔冑が低高度からの墜落程度でどうにかなるほどヤワではない事は知識としては知っているが、それでも心配な物は心配だ。
医務室と書かれた部屋に入ると中にはベッドで眠っているユウヤと一人の少女が居た。目を引かれる少女だ。僅かに青みがかった長い銀髪。大きな瞳に幼い顔立ち。それに反比例するような大きな胸。どこか儚げな表情が印象的だ。外人さんだ。このご時世かなり珍しいが、
「あっ、どうも初めまして、ユウヤさんの……チームメイトの方ですか?」
チームメイトかと尋ねたが、違うような気がする。かと言って恋人と言った風でもない。強いて言えば家族、だろうか?ユウヤを見つめる瞳に年に似合わない母のような優しさを感じる。同時に父を慕う娘のようにも見える。繋いだ手に強い絆を感じた。
「うん、イーニァはユウヤのかぞくだよ。ユウヒはなにしに来たの?」
首を縦に振って肯定の意思を示す。その事に一瞬違和感を感じる。家族、か。先程も思ったがその関係が一番しっくり来る。長年連れ添ったような安定感があるのだ。それにしても名乗っただろうか?……いや、きっと先触れをしてくれた冬太が俺の名前を出したのだろう。
「あー、ユウヤさんの御見舞に来ました。以前お世話になったので……あっ、これ御見舞の品です。って言っても売店で買ってきたタコ焼きなんですけど」
それも経費削減のためか材料が手に入らない時勢のせいか、タコは入っていないらしいのだが。……果たしてそれはタコ焼きと呼べるのか限りなく疑問だ。見舞いに行くと決めた時に手ぶらはどうかと思って購入したのだ。冬太曰く、おそらく熱量欠乏だから食べ物は喜ばれるでしょうとの事だったのだが。
「タコヤキ?」
「えっと、小麦粉に卵とか入れてボール状に焼いた食べ物です。本当はタコが入ってるんですけどこれは入ってませんが。……食べてみますか?」
そう問いかけるとコクンと頷いたのでビニール袋からパックに入ったたこ焼きを取り出し、爪楊枝を刺しイーニァに差し出す。イーニァは僅かな戸惑いの後に意を決したように爪楊枝に手を伸ばしたこ焼きを口に運ぶ。小さな口でたこ焼きを齧る。
「……美味しい」
気に入ったようだ。爪楊枝に残ったたこ焼きも口に運ぶ。たこ焼きと言えば一口で食べて熱くてはふはふする物だと思うがたこ焼きファーストコンタクトならこれもまた良しだろう。……もっとも、できてから時間が経っているため口に放り込んでもどうせはふはふできないのだが。
「そりゃ良かった」
「ユウヒ、ありがとう!」
ひまわりのような笑顔でお礼を言われる。そんな大した事をしていないのに過剰なお礼を言われたようで照れる。……もっともこのたこ焼きを買ったお金もこのレースに来たお金も全て大鳥家、引いては国民から出ている。気を引き締めなくてはならないそう思う。
「…………ん」
「ユウヤ!おはよう!」
「……ああ、おはよう、イーニァ」
ユウヤさんが目覚めたようだ。ユウヤさんは上体を起こすと伸びを一つしてからあくびを漏らす。そこで俺達の存在に気付いたようだ。
「おはようございます。お久しぶりです。ユウヤさん」
「あ、ああ。おはよう。久しぶりだな、もしかして見舞いに来てくれたのか?」
「はい、あっ、これ一応御見舞の品のたこ焼きです」
「……タコヤキ?タコってあれか?デビルフィッシュの事か?」
デビルフィッシュ?直訳すると悪魔の魚?タコはオクトパスだったと思うのだが……どういう事か分からなかったので、冬太に助けを求めると
「雄飛様、デビルフィッシュとは英語でタコの事です。一説によると鱗の無い魚を食用にしてはいけないためそう呼ばれる事があるそうです」
「へー、そうなのか……あっ、これたこ焼きですけど、タコは入ってないのでただの小麦粉と卵をボール状に焼いた物です」
「そうなのか……見た目は美味そうだな……」
「うん、おいしかったよ!」
「……じゃあ、せっかくだし貰うか」
そう言うとユウヤは意を決したようにたこ焼きに手を伸ばす。爪楊枝でたこ焼きを突き刺し口に放り込む。
「……イケるな」
そう言うともう一つ口に放り込む。どうやらお腹が空いているだろうという冬太の予想は当たっていたようだ。元から6個しかなかったたこ焼きはすぐにユウヤの腹に収まる。
「これ、どうぞ」
たこ焼きと一緒に買ったラムネをユウヤに手渡す。
「ああ、ありがとう」
喉も乾いていたのかラムネも一息に飲み干すユウヤ。満足気に口元を服の袖で拭い瓶をテーブルの上に置く。
「助かった。腹が減っていたんだ」
「そうじゃないかと思っていました。墜落したのって熱量欠乏が原因ですよね?」
「ああ、そうだ。……レースはどうなったんだ?よく思い出せないんだが」
「そりゃあもう大興奮でしたよ!最後の墜落しながらもゴールラインを突破したユウヤさんは最高に格好良かったです!」
「ん。
「え?何か言いましたか?」
「いや、何でもない」
そこからしばらく大和GPや近況について話した後、あまり長居しても悪いという事で失礼する事にする。用事もないので俺達は篠川に戻るべく駅を目指していた。もちろん移動は車である。豪華な事だ。そう距離がある訳でもないのだから歩けば十分だとも思うのだが、冬太を含めて誰も譲ってくれない。……せっかく鎌倉まで来ているのだから小夏達に会いに行きたいという思いもある。だが、それは願ってはならない願いだ。少なくとも今はまだ。
「なぁ、冬太」
「はい、何でしょうか。雄飛様」
「……俺に尽くしてくれるけどなんでだ?」
ずっと聞きたかった疑問。冬太は最初から俺の側に立って行動して提案してくれていたと思う。今回のレースもそうだ。さっきの見舞いもそうだ。俺は大鳥雄飛になると決めた日から味方などいないものだと覚悟していた。なのに冬太がいた。それが不思議でならなかった。
「雄飛様、これから無礼な物言いになることをお許し下さい」
「ああ、率直な言葉が欲しいんだ。気にしなくていい」
冬太が車の座席に正座して居住まいを正す。それに合わせて俺も背筋が伸びる。
「一言で言えば雄飛様と自分は似ていると思うからです」
「似ている?」
冬太は黒髪黒目、目鼻立ちはくっきりしているがどちらかと言えば弥生人系の顔立ちだ。あまり背格好や顔が似ているとは思えない。
「はい、私は孤児でした。生きるために同じ孤児達と野盗まがいの事をしていました。そんな折、獅子吼様に捕らえられたのです。反抗する野犬のような私を獅子吼様は気に入られたようで、衣食住と教育を受けられる機会を与えてくださったのです。私以外にも獅子吼様が引き取ったたくさんの孤児がそこにはいました」
「獅子吼がそんな事を……」
意外だった。強者以外見捨てそうな獅子吼が孤児を養育しているという。確かに獅子吼はできる事はやっていた。それは政務を手伝うようになってから知っていたが、こうして実例を知るとその思いが深くなる。
「それから……いろいろあって、獅子吼様に忠誠を誓いました。拾われ、全く違う生活をする事になった私といきなり大鳥の後継者となった雄飛様、立場が変わったという意味では似ていると思うのです。そして私は先達から受けた恩を雄飛様に返しているだけです」
「そう、か。……なんで恩を直接返さないんだ?」
いろいろあっての所で冬太は恥ずかしそうに頬を染める。きっと言葉通りいろいろあったのだろう。何れもっと仲良くなったら聞いてみたいと思う。先達から受けた恩を俺に返すというのは不思議な感じがする。
「恩送り、という考え方を知っていらっしゃいますか?」
「恩送り?」
「はい、誰かから受けた恩を、直接その人に返すのではなく、別の人に送ることです。恩を当人へ返すのはとても難しいです。ですから恩を送るのです。巡り巡ってその人の元へ行けば良いなとか、返せない恩に少しでも報いたいという祈りです」
きっと、冬太はたくさんの恩を受けたのだろう。そしてそれを返すためにもっとたくさんの恩を送ろうと決めたのだと思う。小さいことなのかも知れない。大きな流れに歯向かう事などできないのかも知れない。だが、それでも現実を切り開こうとする確かな一撃だった。
「雄飛様には守りたいものがありますか?」
「守りたいもの?」
考えるまでもなかった。そう問われた時に真っ先に思い浮かんだのは小夏の顔だった。小夏、リツ、忠保、友人たちとの掛け替えのない時間。そんな日常を守りたい、守らなければならないと思った。胸が痛む。小夏は泣いていた。そんな事がないようにしたかったのに。
「――みんなの日常だ。理不尽に奪われることのない世界、そんな世界になれば良いと思う」
「そうですね。そのお考えを忘れないでください。きっと叶います」
「そうなるように頑張らなくちゃな」
「そうだ!雄飛様、これを」
満足気に頷くと冬太が何か良いことを思いついたと言った顔で、自分の首から掛けていたネックレスを取り出し、手渡してくる。冷たい感触。思わず受け取るとそれは美しい透き通るような緑色をした勾玉のネックレスだった。
「これは……勾玉……?」
「はい、そうです。母の形見なんですけど、この勾玉が私と獅子吼様を引き合わせてくれたような気がするんです。……この勾玉を雄飛様に受け取って貰いたいのです。今、勾玉の導きが必要なのは雄飛様だと思ったんです」
ギョッとする。そんな大事な物を受け取ることなどできない。そう思う。あまりにも重い。そう重くないはずの勾玉がずっしりと重く感じた。
「そんな大切な物、受け取る訳にはいかないよ」
「そう仰らずにどうぞ受け取ってください。勾玉が雄飛様を選んだような気がするのです」
「俺を選んだ……?」
「はい!あっ、そうだ。受け取って頂けないなら預かって貰うというのはどうでしょう。……大切な物なのでちゃんと返してくださいね?」
いたずら気に笑いながらそう言って、強引に首に付ける冬太。どうも俺がこの勾玉を持つことは確定路線らしい。諦める。これからも世話になるだろうし、適当なところで返そう。そう心に決める。
「っと、着きましたね。さっ、行きましょう。雄飛様」
冬太は急いで靴を履くとドアを開けて雄飛側へと回り込み、ドアを開けてくれる。
「ああ、ありが……」
礼を言おうとした時の事だった。フッと冬太の顔から表情が消える。そして、タックルするように抱きしめられる。
「頼綱様の仇!」
爆竹が弾けたような軽い音が二回、そしてビクッと震える冬太の体。護衛達の取り押さえろ!という声。騒がしい。何が起きた?
「ご無事ですか?雄飛様」
「あ……ああ」
頷く。自動車の中に押し込まれる。冬太の手が震えているのが印象的だった。
「よか、った」
フッと笑顔を見せ、そのままずるずると力を失ったように倒れ込んでくる冬太。
「お、おい、大丈夫か!?」
抱き上げようとするとぬるりと手が滑る。なんだ?そう思い手を見る。
「ひっ」
赤かった。冬太を見る。ピクリとも動かない。
それからの事はよく覚えていない。気付いた時には篠川の自室で寝ていた。立ち上がる。周りを見回す。暗い。誰もいない。廊下に出る。フラフラと歩く。ふと気付くと執務室の前にいた。ドアを開ける。眩しい。中に誰かいる。
「冬太……」
「おお、雄飛様。お目覚めでしたか!」
大柄の男が椅子から立ち上がりこちらに近寄ってくる。……獅子吼だ。周りを見回す。冬太はいない。
「……獅子吼。冬太は……どうなった?」
ようやく意識がはっきりしてくる。震える声を押さえ付けて獅子吼に恐る恐る尋ねる。
「冬太は見事、雄飛様をお守りし殉職いたしました」
殉職、職務のために死ぬこと。死。死んだ。冬太が死んだ。俺を守って……。ようやく悲しさが現実に追いつく。だが、泣けない。泣いてはならない。涙を必死で堪える。
「犯人は岡部の残党……いえ、正確に言えば岡部に協力していた村の一般市民です。動機は六波羅に対する恨み。特筆すべき点はございません。六波羅に守られていた雄飛様が六波羅の重要人物と判断し突発的に襲撃に至ったとの事です」
「……岡部に協力していた村って」
「はい、以前見せしめに族滅するように奏上いたしました村です」
「俺のせいって事か……」
「いいえ、恩を恩と思わない愚民と警備に隙を作った護衛の責任にございます。こう言ってはなんですが、命を狙われるのは権力者の定めかと」
責められた方がマシだった。誰がなんと言おうと俺の判断ミスがこの事態を招いたのだ。だが、だからと言ってまだ何もしてもいない民衆を手に掛ける事もまた俺にはできそうになかった。それでもやらなければならないのかも知れない。大鳥雄飛になるのならば。