帯刀の儀
あれからさらに数日が経過した。茶々丸は何やら忙しく飛び回っているらしく、俺達の前に姿を現さない。俺達の接待役として選ばれたつくしは鍛冶師と呼ばれる劔冑のメカニックらしく、その専門知識は深く興味深いものだった。そんな互いの知識を交換する時間はとても充実した物ではあったが、彼女にも当然仕事があるらしく一日中居るわけではない。そしてユウヤ達が寝泊まりしている部屋にやってくるのはつくしだけのためどうにも暇を持て余していたのだ。
もちろん女中さんとでも言うべき人達は居るのだが、まず近づいてこない上に対応が非常にそっけなく話す気がない事を露骨に示しており、対話する事は放棄していた。そんな状況の中、イーニァの薬は確実に減ってきていた。焦りがじわじわと心の中の勢力図を拡大していく。
「お兄さんたち、元気にしてたー」
いい加減自分も何か動くべきか、その思いが限界に達しようとした時の事だった。茶々丸が呑気な感じで現れたのは。
「あっ、ちゃちゃまる!こんにちは」
「お嬢ちゃん、元気そうだね。いやーこっちは大変だったよ。あっちこっちに指示飛ばしてね。うん、あて頑張った」
「それでどうなってるんだ?」
「ん?
この世界には当然だが戦術機用のトレーラーなど存在しない。それを淡島という島まで運んだというのだ。
「どうやって運んだんだ?」
「おっ、そこ聞いてくれます?
どうやらかなりの手間を掛けてしまったらしい。
「そうか不知火の事は分かった。今度見に行きたいんだが大丈夫か?」
「もちろん!今は気づかれないように移送しただけだけど、良ければ修理とかしたいし」
「修理できるのか?」
「んー、わかんにゃい。お兄さん、あんまり技術広めたくないでしょ?そうするとできることも限られてしまうのですよ、これが」
茶々丸は事を公にしない方向で動いている事が分かる。それがありがたい。どうするにせよ手札は多いほど良いし、伏せられるものなら伏せておきたいのだ。
「まだこの世界の事も全然分かってないからな……それで、茶々丸聞きたいことがある」
「うにゃ?なにかな、お兄さん」
「イーニァの事だ。薬がないとマズイって話はしただろ。その時に何か対策がある風な事を言っていたがそれを教えてくれないか?」
自分にとって今一番大事な事を茶々丸に尋ねる。
「あー、それなんだけど、ちょっちアテが外れてね。用意できそうにないのですよ」
「用意できない?薬のことか?」
舌打ちしそうになるのを必死に抑えて冷静に尋ねる。
「んにゃ、そっちも時間をかければできるかも知れないけど、その時間がないんでしょ。だから違う方法」
「違う方法?」
焦るばかりの気を抑えながら茶々丸を促す。
「そう違う方法。根本的に薬を要らなくする方法」
「薬を要らなくする……」
「うん、イーニァに武者になって貰おうと思ったんだけどね。これがちょっとうまくいかなかった訳ですよ」
「!?武者って、劔冑か!」
なるほど盲点だった。劔冑には
「そう真打劔冑ならお嬢ちゃんをベストの状態に固定する事もできる。根治することはできないかも知れないけど、悪化する事からは確実に解き放たれる」
「なるほど……いや、ちょっと待ってくれさっきアテが外れたって……」
「うん、あての手元には自由にできる真打劔冑がなかった。で、おじじから一領くらい引っ張ってこられるかと思ったんだけどちょっとダメっぽいのよ、これが」
「そんな……」
劔冑は貴重な物だというのは分かっている。特に今回必要なのは真打劔冑なのだ。その貴重さは想像を絶するだろう。茶々丸を責めるのは明らかに筋違いだ。手は尽くしてくれたのだ。その事に感謝しよう。
「……分かった。ありがとう。……その上で厚かましい願いになるかも知れないが教えて欲しい、真打劔冑を手に入れる方法は何かないか?」
「短期間でってなると、難しいね。戦術機を交渉の材料に使っていいならどうとでもなるんだけどね」
「……分かった。
一瞬の躊躇の末、茶々丸に頭を下げる。
「わわっ、そういうつもりで言った訳じゃないの、お兄さん。頭上げて」
「だが、イーニァを助けるにはそれしか方法が……」
「うん、分かったから。お兄さんの覚悟は。……あても覚悟を決めるよ」
「?」
そう言うと茶々丸が居住まいを正す。
「実はここにも真打劔冑があるんだ」
「本当か!?それを、厚かましい願いだがそれを提供して欲しい。頼む。俺ができることなら何でもする!」
「……あて」
茶々丸が意地の悪そうな笑顔で言う。が、理解できない。
「えっ?」
「だからあて、
「うんん、そんなことないよ!ちゃちゃまるのこと、すき!」
「おっ、そんなに直球で来られると照れちゃうね」
「それは……良いのか?」
茶々丸とイーニァが契約する?それは考えたこともなかった選択肢だ。だが、イーニァが助かるならその申し出を受けるしかないんじゃないだろうか。
「お兄さんの方が好みだけどお嬢ちゃんに使って貰うってのも良いかもね?まぁ、あてにも仕事があるから四六時中お嬢ちゃんを守れる訳じゃないし、道具としては不完全なんだけどね」
「……自分を道具みたいに言うなよ」
「お兄さん?」
自分をまるで道具のように、それも不完全な物のように言うその言い様に俺はつい口を挟んでしまう。
「茶々丸、まだ短い付き合いだが、お前は確かに生きてるんだ。ここにいるんだ。生まれは特殊かも知れないが、それが何だ。お前は道具じゃない。人だ」
「お兄さん……」
「すまない、偉そうな事を言った。……偉そうなこと言った口で何を言うのかと思うかもしれない。だが、茶々丸にお願いしたい。イーニァの相棒になってくれないか?……イーニァ、勝手なこと言ってるがそれで良いか?」
「うん、ちゃちゃまるはちゃちゃまるだもん!」
「……お嬢ちゃん、うんん、御堂!あてと帯刀の儀を!」
「たてわきのぎ?」
「そう、劔冑と仕手がお互いを認めあって契約する儀式、あては御堂達を認めた。御堂もあてを認めた。後は契約するだけだ」
茶々丸はおもむろに立ち上がると親指を口に当て、表皮を噛み切る。僅かに流れ出る赤い血。
「御堂、あてと同じようにしてみて」
「うん、分かった!」
そう言うとイーニァも茶々丸と同じように親指の表皮を噛み切る。そして茶々丸が血が流れる親指と親指を合わせる。どこからとなく金属を弾いたような澄んだ音が一つ響き渡る。
「御堂、呼んで!
「うん!―――虎徹!」
イーニァが自然と腕を胸の前でクロスさせ拳を握り込む。銘を呼ぶとそれに合わせて茶々丸が光り輝き、次の瞬間、甲鉄の破片へと変じる。甲鉄の破片はイーニァの周囲を囲むように飛び回る。茶々丸が弾けた事に驚愕する。
「獅子には肉を。狗には骨を。龍には無垢なる魂を」
「今宵の虎徹は―――血に飢えている」
そして誓言が紡がれる。甲鉄の破片がイーニァに向かって集まり、次の瞬間、そこには虎をモチーフにしたと思われるスタイリッシュな劔冑が誕生していた。銀を基調として黒色が虎の模様に象られ引き締まった印象を与える。豪壮な双発の合当理は如何にも速そうだ。ワンポイントとして赤く染まった脛当てが激しさを表す。丸みを帯びながらも要所々々は鋭く尖っており纏っている力強さを感じさせる。そして何よりも目を引くのは肩と腰にたなびく赤い布だろう。
「これが……真打」
呆然と呟く。数打とはまた違う存在感。圧倒的な武力の象徴。鍛冶師の命を注ぎ込んで打ち上げられた本当の劔冑。
《御堂、どう?》
「うん、すごいよ!ちからがわきでてくるの!」
《じゃあ、ちょっと一飛び、って訳にはいかないか……御堂飛び方知らないもんな。じゃあ残念だけど今日はここまでだ》
「うん、わかった!」
そう言うが早いか、虎徹が除装される。そして茶々丸が唐突にその場に現れる。
「……これでイーニァは薬がなくても大丈夫、なのか?」
「うん、あての診たところ大丈夫だね」
「……茶々丸、本当に、ありがとう」
「いいってお兄さん。あての方こそ……ありがとう」
「ちゃちゃまる、ありがとう、すごかったよ!」
「おっ、御堂にそう言ってもらえると嬉しいね」
これで最大の懸念はなくなった。後はこの恩義に答える事が優先事項だ。とりあえず今は素直に喜ぼう。
――――――――――――――
「ウォルフ教授?」
これからどうするのか、そんな話をしていた時の事だった。茶々丸がその名を上げたのは。
「そう、GHQ学術顧問のウォルフ教授、その人と接触して欲しいんだ」
「そりゃ、構わないが……なぜなんだ?」
ウォルフ教授とは何者でなぜ接触したいのか?そしてなぜ俺達なのか?そんな意味を込めて疑問を発する。まぁ、後者については予想が付かない訳ではない。現在の一応協力体制にあり、平和が成り立っている。とは言え、GHQと六波羅は裏では対立してるのだ。六波羅の高官が表立ってGHQの関係者と繋がりを持とうとするのは危険だろう。
「うん、あては神を黙らせたい。そして、このウォルフ教授ってのは、その神を研究しているんだ。敵を知り己を知れば百戦危うからずって言うでしょ?」
神を黙らせたい。確かに以前もそう言っていた。そのために神を調べているという事だろう。確かに敵を倒すために敵を知るのは王道だろう。そう思っているとどこから取り出したのか紙の束を投げて寄越す。
「
確かクルスとは劔冑の英国での呼び方だったか。読んでみろという事だろう。論文を手に取り、読み進める。幸いな事に論文は英語だった。固有名詞以外に読むのに苦労することはない。
「……神は宇宙から飛来して、大和の地下に眠ってるって事か?」
劔冑が生まれたのは
「そんな与太話でも手繰らないと元の世界に帰る方法なんて見つかんないと思うよ、お兄さん」
「……そりゃそう、だな。異世界なんて人の手に余る。だから神の御業ってか」
何でこんな途方もない上に雲を掴むような話になっているのか、頭を振る。だが、他に方法が思いつかない以上、今はこの線を追うのがベターだろう。
「分かった。そのウォルフとかいう教授に会ってくる。それでそのウォルフ教授ってのはどこに居るんだ?」
「安房国の山中にある研師の村、そこでGHQが何かやってるみたいなんだけどウォルフ教授もそこにいる」
「研師?」
「そっ、劔冑を修理する人たち、
形としては六波羅の関係先でGHQが何かやっているらしい。話を聞いているだけで臭ってくる。陰謀の匂いだ。そんな中に飛び込まないといけないらしい。
「……ウォルフ教授に何か伝えることはあるか?」
「うーん、そうだね、あまり表立ってあてとの繋がりは作りたくないんだよね……あての事は隠して神の実在を証明する方法があるって事だけ伝えてくれない?それで食いついてきたならよし。食いついてこないなら一旦引いてちょうだい」
「分かった。それでどうやって神の実在を証明するんだ?」
「ん?お兄さんにはまだ見せたことなかったっけ。良いよ、覚悟があるなら見せてあげる。あてが見てる世界を」
茶々丸の表情が今まで見たことないほど冷たく硬くなる。その気迫に押される。だが、ここで見ないという選択はない。それをしたら茶々丸から見捨てられるのではないかと思う。そうじゃなかったとしても俺が自分のことを許せなくなりそうだ。
「……ああ。覚悟ならある。見せてくれ」
「ホントに覚悟してね……じゃあ行くよ」
茶々丸がそう言うと、脳髄を金槌で念入りに打ち砕いた上石臼にかけて磨り潰しペースト状になったところを炙り焼きにするような衝撃、感触。
「グッガッ……これが、これが茶々丸の見ている世界?……こんな物が神だと?」
それは確かに神としか呼びようもないのかも知れない。だが、こんな物が……神だとは認めたくない。ただただ圧倒的な力。それが何かを延々と訴え続けているのだ。
「そうだよ、お兄さん。これはただの力の塊で、それ以外になにもありゃしない。途方もなく強大で……ただ強大なだけで、何もできやしないんだ。何の意味もない。虫ケラにも劣る。だからこいつは欲しいだ。自分に意味を与える仕手が」
茶々丸が吐き捨てるように言う。
「だからずっと、四六時中、休みなしに吼え猛っていやがる。……人の迷惑も考えずにね……!」
最後の呟きは憤怒と憎悪、そして絶望のカクテルだった。
しばらく話もできないほどのダメージを受ける。茶々丸はこんなのを四六時中聞いているというのか、その事に愕然とする。そして納得する神を黙らせたい、その切実な願いを。別の世界という俺達への期待も理解する。
「茶々丸」
「なに、お兄さん」
「改めて、お前に協力する。堀越公方じゃないお前個人を信用する。何が何でも元の世界に帰る方法を見つけてやる。そしてお前に新しい世界を見せてやる。約束だ」