俺とイーニァは鉄道に乗って安房国までやってきていた。そこから茶々丸が用意してくれた車に乗って山道を行く。安房国の山中にある
平久里村に入ると適当なところに車を置いて、村長の家を目指す。茶々丸からウォルフ教授が逗留しているとしたら村長宅だと聞いていたからだ。村長宅はそれなりに広そうな和風の平屋だった。
「こんにちはー」
「はーい」
インターホンなど存在しないらしいのでノックしながら声を掛けると屋敷の奥から女中さんが現れる。
「あら、これは六波羅様にお嬢様、ようこそいらっしゃいました」
「ああ、ちょっと用事があってな、村長はいるか?」
「はい、おります。ささ、こちらにどうぞ」
そう言うと下にも置かないような所作で応接室へと案内される。その態度の裏に僅かな恐怖が紛れているように感じ、どうにも座りが悪い。ここに来るまでにも感じたが六波羅の評判は良いとは言えないようだ。茶々丸から六波羅の軍籍と軍服をもらったのだが、一般人として押し通した方が楽だったかも知れない。
「これはこれはようこそいらっしゃいました。……初めまして、で間違っておりませんよね」
「ああ、ここには初めてきた。俺は
「わたしはイーニァ・シェスチナだよ!」
「これはご丁寧に……百橋少尉にシェスチナ様でございますね。私はこの村の村長を努めております青江荘助でございます」
流石に外国人が六波羅にいるのはおかしいということで、俺は百橋という偽名を名乗ることになったイーニァも最初は偽名を使うことを考えたのだが、髪や瞳、肌の色が明らかに大和人の物ではないので諦めたという経緯がある。
青江と名乗った老人からはこちらを伺うような気配がする。それもそうだろう。今この村にはGHQの人間が居るのだ。そんなところに初めてくる六波羅の人間、さらに謎の外国人少女付きときては何もないと思うほうがおかしい。そしてそれは正しい。俺は一気に踏み込む。
「単刀直入に言おう。ウォルフ教授と面会がしたい」
ごく簡単に結論から言おう。俺の要望はあっさりと実現した。六波羅の威光を恐れたのか分からないが、すぐにウォルフ教授を呼んでくると行って村長は出ていったのだ。そしてその数分後、俺はウォルフ教授と対面していた。
「さて、まずはお嬢ちゃんパンツ履いてるかい?」
第一声から最悪だった。イーニァが怯えて俺の後ろに隠れる。
「ウォルフ教授、いきなり失礼なことを聞かないでください」
「失礼とはなんだね、人はパンツを履かずに生まれてくる。ならばパンツを履いていない事こそ自然なのだ!」
「ダメだ。この教授……」
「ふむ、履いてる……それは良くない脱がせてあげよう!さぁさぁさぁこっちに来るんだそこな履いてる少女!」
「止めろって言ってるだろうが!」
「ゲバッチョ!?」
全力でぶん殴る。吹き飛ぶウォルフ教授、そして何事もなかったかのように立ち上がり言う。
「それで六波羅の人間が私に何の用なのかな?」
「…………まずはお初にお目にかかります。ウォルフ教授、私はユウヤ・ブリッジス。こちらでは百橋ユウヤと名乗っております」
そこでようやくこちらに興味を持ったのだろう。ギョロリとした眼がユウヤを捉え、そして横に座っているイーニァを見る。
「うん?ブリッジス……ハーフかね」
「はい、に……大和とアメリカの」
危うく日本と言いそうになる。別に日本と言っても通じないだけで特に問題にはならないとは思うのだが注意するに越したことはない。
「ほう!アメリカ!アメリカか……それでそんな君がGHQの学術顧問なんかに一体全体何の用なのかな?」
「はい、教授は神の研究をされている、間違いありませんね」
「よく知ってるね。間違いない僕は神の研究をしている。ここにもその一環で来たんだ」
教授が神の研究の一環でここに来たというのは本当の話なのだろう。だが、それだけではないはずだ。少なくともGHQの目的はまた別にあるはずだ。
「実は六波羅とは直接関係ない話なのですが、我々はあなたの神の研究のお手伝いをしたい」
「手伝いたい、と……それで一体何ができるのかな?生憎と人手も資金も足りているんでね」
「……神の実在を証明できます」
「今、何と言ったのかな?神の実在を証明できる?」
釣れたようだ。明らかに反応が違う。やはり神の存在はウォルフ教授にとって重要なのだ。その神の実在を証明できると聞いて無視することはできなかったのだろう。
「はい、私達には神の実在、いえ神と云う名の宇宙人の存在を証明できます。宗教の話ではありません実在する
「…………」
「信じられないのも無理はありません。ですが多少なりとも興味を持たれたようでしたら一度会って欲しいのです」
「……会って欲しい?誰とだね」
「神の実在を証明できる人物と、突拍子もないように思われるかもしれませんが、彼女はその神とやらを感じることができるのです」
「…………分かった。その人物と会おう」
そういうことになった。これで後は茶々丸とウォルフ教授を引き合わせるだけだ。どうやって連絡を取るのかについてやり取りを重ねる。それは問題なく終わった。では、ここからはおまけの任務だ。
「それと話は全く変わってしまうのですが、教授がここで何をしていたのか教えていただくことはできますか」
「学術調査だよ。君達も知ってる通り神の研究さ、表向きはね。そして私にとってその表向きこそが重要だった。……これじゃあ答えにならないかな」
「私としましてはその裏向きの目的というのが気になるところなのですが……」
「まぁ、そうだろうね。……まぁ、正直私は言っても構わないと思うから言ってしまおう。数打に
「……なるほど、そんな事ができればパワーバランスが一変しますね。そんな物がこの村にあると?」
「正直あまり期待していなかったんだがね……あったんだよ。荒神結晶――私は
正直こんなに素直に話してくれるとは思っていなかった。そしてオヴァム、劔冑と鍛冶師を繋ぐ謎の物質、神の欠片、神の存在の傍証、そんな物が存在するとは俄には信じられない。まぁ、信じられないのは劔冑の存在自体なのだが。
「そんな重要な話を私にして良かったのですか?」
「ふむ、もう既に必要な情報は揃っている。研究も進んでいる。後は知られるのが遅いか早いか程度の違いだけだろう」
「……貴重なお話、ありがとうございました」
「まぁ、待ち給え。そちらばかり聞いて私からの質門はなしかね?」
「いえ、何かご質問があれば回答します」
聞けることは聞いたそう思い話を切り上げようとするとウォルフ教授に引き止められる。
「なに、大したことじゃあない。君は
「アメリカン・ドリーマー、ですか?」
「おや、知らない?英国から新大陸の独立を狙っている人達のことさ」
「なるほど、世事に疎いもので。そうですね。……アメリカは独立すべきだと思います」
自分の意見を表明するに留める。それにしてもアメリカン・ドリーマーとはよく言ったものだ。アメリカの独立を夢見るもの、そしてその困難さをよく表している。アメリカンドリームは叶いそうで叶わないからこそアメリカンドリームなのだ。それほどこの世界の英国は圧倒的な存在であり、劔冑の生産ができないアメリカの不利がよく分かる。
「そうかそうか、ああ聞きたいことはそれだけだ。ではなユウヤ・ブリッジス君、そしてパンツ履いてる少女。次こそは必ず脱がせてあげよう!」
それだけ言い残すと返事も待たずにスタスタと出ていく。最後まであの教授は変態だった。
さて、目的は全て達成できたようだが裏取りもした方がいいだろう。あの変態教授、ただの変態ではなく食わせ者の変態のようだった。その言うことを全てそのまま信じることはできそうにない。
研師の仕事場を訪ねる。あの教授の言うことが正しいのであれば荒神結晶なる物を作ったのがここの研師達のはずなのだ。
「こんにちは、少し話を聞きたいんだが、良いか?」
「あら六波羅様、いらっしゃませ。話、ですか?良いですよ」
仕事場に居た妙齢の女性に声を掛ける。
「俺は百橋ユウヤ少尉、ここにはちょっとした調査で来ている」
「百橋少尉……私は瀧澤静蓮です。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。で、早速だが荒神結晶について知りたい」
そう切り出すと瀧澤静蓮の顔がみるみるうちに青くなっていく。六波羅とGHQの関係を考えればその反応もおかしくないだろう。この人は六波羅の仕事を受けながらGHQに自らの技術を売っていたのだ。そしてその事を六波羅の武士――つまり俺だ――に問い詰められる生きた心地がしないだろう。
「それをどこで……」
「ウォルフ教授から聞いた。この事で俺があんたを責める事はない。……信じられないかも知れないがな。俺が知りたいのは荒神結晶についてだけだ」
「……分かりました。知っていることを話します」
「そもそも荒神結晶ってのはどうやって作るんだ?」
「荒神結晶は特殊な製法で作られた伝来の七支刀を泉に浸け、三日三晩柄を握って念じ続ける事で七支刀の先に生まれます。初めは米粒程の大きさなのですが、念じ続ける事で段々大きくなり、三日目には卵程の大きさになります……これを鍛造時に埋め込むことで陰義が発現しやすくなります。しかし、念じる際に雑念や邪念が混じると劔冑が完成した時に暴走したりするなど妖甲となってしまいます」
「なるほど強い力を得る代わりに暴走する可能性もある訳だな」
「はい、私達はその妖甲になる可能性の高さからこの技術を禁術として封印してきました」
「だが、ウォルフ教授に教えた」
「それは……あの方達が技術者を紹介してくれと言うので紹介しただけなのです!……いえ、言い訳ですね。私は人買いの片棒をかつぎ、その事をネタに強請られ、禁を破った。それだけです」
「……悪党がよくやるやり口だ」
「騙された私が悪いのです」
「それは!……いや、続けてくれ」
「GHQは荒神結晶を研究し、
「ある条件?」
「極限の意志と仮に呼んでいます。仕手の意志が極限まで高まり純化することで陰義が発現する、ようです。これ以上は私の手を離れてしまったため分かりません。ただ、極限の意志が出やすい
「アーマーレース?」
「知りませんか?レーサークルスという劔冑で行うレースです」
「ああ、なるほど、競馬みたいな物か」
元の世界では競馬なんて言う金の掛かる競技はもちろん、ほとんど全てのプロスポーツが行われなくなっている。自分にとって競馬も縁遠い歴史上の話なのだ。
「賭博ではないみたいですけどね」
「なるほど」
だが、想像することはできる。そう言った競技では勝ちと負けに大きな差が生まれるのが世の常だ。そうなると勝ちたいという気持ちが強く出るだろうし、その思いが強いほど強くなるための土壌があると言えるだろう。
「七支刀を見せてもらうことはできるか?」
そう静蓮に問いかけると静蓮は首を振る。研究のためにGHQに持って行かれてしまったそうだ。
「じゃあ、オヴァムも全部持っていかれたのか?」
「オヴァムはここにはありませんが……荒神結晶ならあります……これです」
そう言うと静蓮は神棚の中から黒の混じった銀色の卵状の物体を取り出す。渡された荒神結晶はほのかに温かく、その形状も相まって何かの卵のようだ。
「これが荒神結晶……」
その時だった。エンジン音が近づいてくるのが聞こえる。俺は特に気にもせずに話を続けようとしたが、静蓮の様子がおかしい。その事に気付いてようやく気づく。この国ではまだ車は貴重品なのだ。それこそ軍ぐらいでしか使われないほどに。
軍が何しに来たのか知らないが、想像は着く。静蓮がGHQに協力していた事がバレたのだ。だからといって表立って非難することはできないためにおそらく冤罪を押し付けようと言うのだろう。推論に推論を重ねているがそう外れてはいないはずだ。
「動くな!反逆の疑いで拘束する!」
六波羅の軍服を着た一団と一人の鎧士が乗り込んでくる。俺は素直に手を上げて交戦の意志がないことを示す。というより拳銃の一丁も持ち合わせていない状況で軍の相手は不可能だ。
「!お前……いや、あなたはどこの所属でありますか?少尉殿」
部隊長なのだろう鎧武者が俺に所属を問う。その圧倒的な暴力の気配に引きそうになるが、丹田に力を込めて見返す。
「俺は堀越公方
申次衆とは奏者とも呼ばれ、元来は天皇や院に奏聞を取次ぐ役目をする人物のことらしい。まぁようするに取次役、マネージャーみたいな物だ。茶々丸の配下として動きやすい立場を考えた結果こうなった。イーニァには公式な身分は与えられなかったが、茶々丸の賓客として扱われる事になっている。
「堀越公方の!これは失礼いたしました!」
相手の武者も身分としては少尉なのだが、一兵士と将官付きの少尉では持っている権力に差がある。それが態度に出たのだろう。
「それで、これは一体何の騒ぎなんだ?」
「はい!小弓公方からこの村に反逆の容疑が掛かっているため一人残らず拘束せよとの命令が出ております」
「反逆?」
「何でも売国行為を行ったと小官は聞いております」
GHQに独自の物とは言え技術を流出させていたのだから売国行為と強弁できなくもないだろう。静蓮は顔面蒼白になりながら下唇を噛んでいる。
「なるほど、それでこの人も捕まえに来た、と」
「はっ、その通りであります……堀越公方の近習とは言え余計な手出しはご遠慮願いたいのですが……」
そこは譲れないのだろう。断るようならば武力で押し通すと気迫が言っている。
「……ああ、好きにするといい」
裁かれる程、悪だったとは思わないが、この場で抵抗しても無意味だろう。自分も技術流出の咎で追われている身だった者としては助けたいと思わなくもないが、この世界に積極的に関わってしまうことにまだ抵抗感がある。
「それと、申し訳ないのですが、確認が取れるまで付いてきて頂けますか?」
「ああ、当然だろう」
そう告げると兵士は部下に静蓮の拘束と家探しを命じる。反逆の証拠でも探しているのだろう。
その時の事だった。
「おもしろい物を持っているな」
銀だった。
いつの間にか白銀に輝く優美な鎧武者がそこにいた。俺は六波羅の部隊のさらに上官でも現れたのかと思ったのだが、そうではないらしい。六波羅の鎧武者――記憶が確かなら九○式竜騎兵――は俺以上混乱している。
「何者だ!」
悠然と俺に歩み寄ってくる白銀の鎧武者に部隊長が鋭く問う。
「――ん?おれが何者か、だと?何者、というのは深い問いだな。誰だ、と尋ねるのとは違う。名を告げるだけでは答えとして足りるまい。おまえはおれの意味を問うのか?ならばこう答える。――おれは天下布武。白銀の星の名で呼ばれている者だよ」
「何を言っている?……白銀の星?まさか銀星号か!?天下布武だと?……この、痴れ者が!」
その不敵な答えに敵と判断したのだろう。六波羅の鎧武者は太刀を抜き放ち、見事な太刀筋で斬りかかる。
次の瞬間。
……今、あいつは一体何をした?まるで何も見えなかった。
そして、銀の鎧は俺の直ぐ側まで傲然と歩いてくると、俺の手の中にあった荒神結晶を掴み上げる。
「あっ!」
あまりに自然、あまりに威圧的、その存在感に圧倒されて何もできないまま荒神結晶を奪われてしまった。
「ふむ、おもしろいな、力を結晶に纏めるか。……村正!」
《なんだ御堂?》
「おれたちもやるぞ、光の覇道を結晶にする!」
そう言うが早いか銀の鎧武者の手の内の荒神結晶が、
銀の武者は今度は吹き飛んだ九○式竜騎兵へと歩み寄る。一歩近づくごとにどうにか周りを囲んでいた兵士達が後ずさる。そしてまだ痛みに呻いている九○式竜騎兵に白銀の卵を押し当てる。すると、まるで鎧などないかのように卵が鎧の中へと溶けて消えていく。そして絶叫。
「うがあああああああ!」
九○式竜騎兵を駆る部隊長が苦悶の咆哮を上げる。
「何を……何をした!」
「
「な、に?」
九○式竜騎兵が幽鬼の如く立ち上がる。そして刀を振り上げる。
「な!?」
「ぐがあああああああ!」
部隊長は錯乱したような咆哮を上げながら手当たり次第に味方を切り捨てる。何が起こってるのか分からない。だが、この場に居てはマズイことだけは間違いない。
「イーニァ!あいつが何をしたのか分かるか!?」
「うんん、わかんない。でもくろいのとかあかいのがぜんぶきえちゃってしろいのだけがのこってるの。わたしあのひとこわい」
イーニァ自身も何を言いたいのか、分かっていないのか要領を得ない答えが返ってくる。だがイーニァが怯えているのは分かる。何が起きているのか全く把握できていないが、まずはとにかく一度距離を取るべきだ。そう判断する。その時、ちょうど腰が抜けたのかへたり込んでいる静蓮が目に入る。助けるべきだろう。そう判断し静蓮を助け起こしながら言う。
「立てるか!?逃げるぞ!」
「それなら裏口があります!」
静蓮とイーニァを連れて仕事場の裏口を目指す。後ろでは阿鼻叫喚な地獄絵図が展開されている。死神がひたひたと迫ってくるのを感じながらひたすら走る。
「あの!百橋様!……娘が!娘が居るのです!」
「どこにいる!?」
「それは、こっちです!」
静蓮に連れられて村を駆け抜ける。背後からは破壊の音が段々広がっているのが判る。音に追い立てられるように俺達は走る。村の外れ、山の近くにある一件の家屋に向かって静蓮が駆ける。家の前にはティーンエイジャーだろうか、まだ幼さを残している静蓮によく似た少女が居る。
「琴乃……」
静蓮が震える声で少女に声を掛ける。そしてその手を掴み、俺達の方に引っ張って来る。あの少女が静蓮の娘なのだろう。
「大変な事になった。里を出よう」
「お母さん?……この人が?」
琴乃と呼ばれた少女が物問いたげに俺達の、いや俺の事を静蓮に尋ねる。それにハッとしたように一度俺の顔を見る静蓮。
「うんん。違うわ。この人は私の恩人だけど、今日紹介するつもりだった人じゃないの。それより琴乃、早く里を出ないと……」
「ああ、何が起きてるのか分からないだろうが、とにかく今は逃げることだ」
まだ何か言いたげな琴乃を制してとにかく走らせる。今はとにかく距離を取るべきだ。静蓮の先導で寺の裏手を抜けて薄暗い墓地をひた走る。
「琴乃……。本当にごめんなさい」
いきなり静蓮が足を止め、琴乃に言う。
「どうした?」
まだ事情が飲み込めていないのだろうぽかんとした表情の琴乃を差し置いて俺は問いただす。静蓮が目を見開き、喉の奥から言葉にならない息が漏れた。その尋常じゃない様子に振り返る俺達。
静蓮の視線の先には分厚い
劔冑が一足で距離を詰める。その手に握られた巨大な太刀が夕日を浴びて血に濡れたように光る。
(こんな所で、何も分からずに終わるのか……)
劔冑という圧倒的な存在に訳も分からないまま殺される。そんな最後を幻視する。せめて娘だけでも守ろうと言うのだろう。無駄だと分かっているだろうに静蓮が琴乃に覆いかぶさるのが見える。俺は歯噛みする。
「いや……諦めてたまるか!!」
無謀だとしても立ち向かう。その覚悟を決める。九○式が太刀を振り上げるのが見える。とにかく九○式が動いてしまえば相手の勝ちは揺るがない。ならばそれより前に腕を取る。装甲した相手なのだ。殴ってもしょうがない。ならば関節を狙うしかない。そう思った時には飛びかかっていた。
それに合わせたのだろう。太刀を振り下ろそうとするのが目に入る。万事休すか……。そう思った時だった。風切り音がした。そして俺は
地面には分厚い装甲に覆われた手のような何かが落ちている。九○式の腕だ。そして、目の前には噴火したような紅蓮の赤があった。深紅の劔冑が現れた。
「もう大丈夫よ。琴乃。《あの人》が護ってくれたから……」
静蓮が琴乃に言う。現実に認識が追いつかない。次の瞬間、九○式が音を立てて崩れ落ちる。九○式からゆっくりと血溜まりが広がっていく。
「助かった、のか……?」
呆然と呟く。
だが、これで全てが終わった訳ではなかった。深紅の劔冑が抜いた刀を身体の正面に構えた。その刃の真っ直ぐ先に静蓮が居る。切っ先を向けられているにも関わらず静蓮はおだやかな笑みを浮かべていた。
「琴乃、お別れみたい」
静蓮が琴乃にそう言う。
「ごめんね。お母さん、罰が当たったの。人買いの言いなりだったから。琴乃に言えない悪い事をしてたから」
「貴女に……非はありません」
深紅の劔冑の中から、搾り出すような男の声が聞こえた。静蓮が優しい声で深紅の劔冑の中の男に呼びかける。
「ありがとう。私、うれしいの。あなたが私に好意を持ってくれてたって証拠だもの」
その声に唐突に悟る。静蓮はこの劔冑の男が好きなのだ、と。
「仕方ないことなの。こういう仕組みになってるんだから。お母さんは好きな人のために死ねるの。わかる?」
問われた琴乃が首を振る。俺も何が起きているのか、これから何が起きるのか理解できない。
「いつか分かるわ。そのときまで、忘れていなさい。……琴乃、あなたを巻き込まなくて良かった」
静蓮が艶然と一笑する。
「ありがとう」
それが、最後の言葉だった。
静蓮の首が飛ぶ。厚い草生えにふわりと落ちる。弛緩した目蓋は半ば閉じ、丁度微睡みから引き戻されたばかりのように、幸福そうな顔をしていた。
「なんで?」
琴乃が静蓮に問いかける。
静蓮の胴からは、動き続けている心臓の拍動に合わせて、規則正しく血が流れ出している。
「う……うぅ……うおぉぉおおぉおお」
劔冑の内から、吠えるような、うなり声が聞こえた。
「なんで?」
琴乃が劔冑に問いかける。
「おぉぉおおおぉぉぉおおおおおおおお」
深紅の劔冑は答えない。ただ、地鳴りのように響く声だけが漏れてくる。既に日は落ち、月が上っていた。
「なんで?」
琴乃が同じ言葉を繰り返す。その時だった。
「何故答えてやらない?」
天から童女の声が降ってきた。頭上を振り仰ぐ深紅の劔冑。俺も顔を上げる。そこには、何の支えもなく中空に腰掛ける者の姿があった。月よりも眩しく夜空に煌めく劔冑。先程九○式に何かした銀の劔冑だ。あれが現れてから世界が変わった。
深紅の劔冑の中で何かが切り替わった。大気に不可視の力が満ちて産毛が逆立つ。すさまじい感情のうねりが空気に流れ出たかのようだ。合当理に火が入った。
「光ぅーーッ!!」
叫びと共に、深紅の劔冑が地を蹴った。天空に静止する銀の劔冑に向け、驀直する。深紅の劔冑は盛大に合当理を噴かし、銀の劔冑に迫り、刀を振るう。何度も、何度も。それなのに一度たりと刀が甲鉄を叩く音は聞こえない。
武者同士の空中戦を見るのは初めてだった。それでもこれが普通の戦いでない事はよく分かった。稲妻のような軌跡を描く深紅の劔冑に対して、銀の劔冑はまるで、見えない床の上で、優雅に
深紅の劔冑と銀の劔冑の距離が離れた。深紅の劔冑の装甲が青白い雷光を帯びる。その手に長大な野太刀が出現した。
「吉野御流合戦礼法"
裂帛の気合と共に、夜空に青い直線が走る。そこから広がった見えない力で俺の髪の毛が逆立ち、遅れて雷のような音が聞こえた。
銀の劔冑に向けて放たれた光速の打撃。
だが、その刃は銀の劔冑に届かない。
突然、天地が逆転する錯覚に襲われた。空へ、銀の劔冑めがけて身体が落ちていきそうになる。奇怪な燐光を帯びる銀の劔冑。その背後の星空が歪む。まるで巨大なレンズを背負っているように見える。
銀の劔冑の顔面が割れた。
縦に並ぶいくつもの眼が、地上を睥睨する。異様な姿となった銀の劔冑に対して村正は距離をとろうとするが、不自然な姿勢のまま銀の劔冑へと引き寄せられていく。
銀の劔冑はあくまで優雅に、深紅の劔冑に向かって
「
童女の声が響き渡ると、深紅の劔冑が夜空から消えた。
遠く、地響きが聞こえてはじめて、深紅の劔冑が地面に叩きつけられたのだと分かった。
地上から黒い小さなものがたくさん、螺旋を描いて空へ伸びていく。あれは屋根瓦だろうか。続けて、村にある何もかもが宙に浮かび、銀の劔冑に向けて飲み込まれていく。
眼下から村が消え去った。抉り取られたような大地のみが無残な姿を晒す。幸いと言っていいだろう。破壊の魔の手は村から離れた墓地までは及ばなかった。銀の劔冑はいつの間にかどこかへと去っていった。その事に安堵し、へたり込む。
「…………クソッ、情けねぇ」
何もかもが分からなかった。分かったことは劔冑の暴威だけだ。特に銀の劔冑は
どれほど茫然自失していただろうか、肩を揺すられてそちらに目をやる。そこにはイーニァが心配そうに俺のことを見ていた。
「ちゃちゃまるにれんらくしたよ、すぐにむかえにくるっていってた」
「そうか……ありがとう、イーニァ。……そうだよな。しっかりしないと」
どうにか気合をかき集めて立ち上がる。周りを見渡す。琴乃と呼ばれた少女が気絶しているのが目に入る。同時に静蓮の満足げな死に顔も。その顔に静蓮がなぜ死ななければいけなかったのか?そしてなぜ静蓮はその死を受け入れていたのか?疑問が頭を過る。だが、今はそんな疑問よりもまずは少女を保護することが優先だろう。保護と言っても何ができる訳でもないのだが、まずは人里まで送り届ける必要がある。俺は少女を背負うと町へと歩き始めるのだった。