6番目のアーウェルンクスちゃんは女子力が高い   作:肩がこっているん

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6th Lord judgement

 雨が降り注ぐ森の中。

 絶え間なく降り続く雨を受けて、やがて土は水を受け容れることを諦め、その上に水面を築くに任せている。

 真っ白な空の色を映した水面と、それを打ち付ける雨粒がしぶきを散らし、辺り一面は白銀の幻想世界を演出している。

 その白く滲んだ世界の中で、二つの影が慌ただしく動く。

 

 二つの影の片割れ、アリカは決死の表情を浮かべていた。

 

(剣筋は我流ーーいや、所々型に沿ったものを織り交ぜておるか、……しかしこれは)

 

 アリカは剣に関してずぶの素人ではない。

 アリカの故郷「オスティア」、そこを統治する「王国ウェスペルタティア」は、利益を貪ることだけを考えている輩が蔓延る魔の巣窟。

 自分の身は自分で守らなくてはならない、それは姫であるアリカとて例外ではなかった。

 そういった環境のこともあり、自衛ができるほどには剣を扱うことができた。

 そして、紅き翼と共に数多の戦地を乗り切った経験もある。

 純然たる魔法使いが付け焼刃程度に身につけた剣相手に、後れを取ることはなどないーーはずであった。

 

(複数の型をバラバラに取り入れておる。それも、殺傷力の高い技のみを選んで……此奴、魔法使いのような成りのわりに、普段から剣を扱っているな)

 

 この男は剣を使い慣れている。

 アリカ自身の魔法特性を考慮しての武器の選択ではなく、元より日頃から剣を扱う人物だったようだ。

 

(「魔法使い」ではなく「魔法剣士」タイプか。紅き翼の連中と長いこと共に居ったせいで、その辺の基準が曖昧になっておった)

 

ーーギィン!ギィイン!!

 

 先ほどから自身の体を打ち付ける雨脚のことなど、両者は気にもせず剣を振るい続ける。

 アリカが護りに徹するのに対し、男の剣は首元や目元といった即死性の高い箇所を容赦無く攻め立てる。

 

(殺さぬと言っておきながら、何とも遠慮のない。これでは先ほどのメガロの連中の方がマシではない、か……ッ!?)

「考え事か、その油断貰ったーー」

 

 いつのまにかアリカは肩を掴まれていた。

 男の剣に合わせるので必死だったアリカがーーそのことに気づいた時にはすでに遅かった。

 

「なーー」

 

 男はアリカの肩を掴むと、流れるような動作で自身の足を相手の足に絡め、そのまま互いに宙を舞う。

 体を固定されたアリカは男と共には駒のように空中を瞬時に二、三回転ーーその勢いのまま水の貼った地面へと叩きつけられる。

 大きな水しぶきが迸る。

 

「ーーーーーかはぁッ!?」

 

(今のは……神鳴流の……)

 

「ーー浮雲・旋一閃」

 

 高速回転の勢いのまま地面へ強く体を打ち付けられたアリカは、強烈な痺れを感じたまま身を起こすことができなかった。

 手にしていた剣も、今の衝撃で投げ出してしまっていた。

 そのアリカの傍に、遅れて地面へと着地した男がそう口にする。

 

神鳴流剣士(お手本)は私の戦場ではそこら中にいる。捕獲対象が抵抗を示した際の無力化に役立てばーーと思い盗ませてもらったが、その甲斐はあったようだ」

「……ゴホッ!ゴホ、ゴホ!」

 

 アリカは肺を打たれたためうまく呼吸ができない。

 それを見て、男はこの戦いの決着を確信した。

 

 

「災厄の女王ーーお前の負けだ」

 

 

 ここにきて、アリカは自身の顔を強く打ち続ける雨粒を感じていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 妾の生とは何だったのか。

 

 あの日、これと似たようなことを考えていた。

 

「災厄の女王」としてかの大戦の主犯として貶められ、魔法世界全土の民の前で処刑されたーーあの日。

 

 妾の死を持って、民が少しでも大戦の傷を癒すことができるというのなら。

 

 少しでも、魔法世界の平和の礎として貢献することができるというのなら。

 

 妾の生が、このために存在するのだというのなら。

 

 妾はこの生を、そして死を受け入れよう。

 

 そう思ったのだ。そうーーあの時はそう思えたのじゃ。

 

 だが、今は違う。

 

 妾はーー救いを欲しておる。

 

 あの日と同じ問い。しかし、あの日とは違う思いを抱いておる。

 

 ナギに救われ、妾は光を見てしまった。

 

 ナギと結ばれ、妾は家族を得てしまった。

 

 誰も信じることなどできぬ、人間関係など何の意味も持たぬ冷え切った王宮での日々を送ってきた。

 

 そんな妾にとって、ウェールズの村での暮らしがどれほど暖かく、光に溢れた日々だったことか。

 

 ナギは近いうちアスナを連れてくると言っておった。

 

 ナギがイスタンブール魔法協会へと赴いたのもそのため。

 

 もう少しだったのじゃ。

 

 もう少しで、失うほかなかった妾の家族が揃ったのじゃ。

 

 これから先辛い日々が待ち受けているのは百も承知

 

 しかし、家族が共にいてくれるのなら妾はそれを乗り越えようーーこの光ある暮らしを決して離さぬよう心に決めた。

 

 それなのにーー結果がこれか。

 

 ナギが行方を眩まし、アスナがどうなったのかすらわからない。

 

 妾を守る者がいなくなってしまったため、村に危機が及ぶ前に姿を晦ませねばならなくなったーー子供たちと、離れねばならなくなった。

 

 その村も結局は襲われてしまった。妾は再び罪を重ねる事になった。

 

 そしてーー妾自身も、また冷たく暗いだけの日々に逆戻り。

 

 

 

ーーあんまりではないか。

 

 

 

 幸せを感じていた、それはいけない事だったのか。

 

 妾には結局のところ、そのような資格などないということなのか。

 

 妾は充分に罰を受けた、まだ、まだ足りぬと申すか。

 

 これ以上、この世界は妾に何を背負わせようというのか。

 

 憎いーー妾を貶め、全ての責任を押し付けた連中が。

 

 憎いーー連中の言う事を信じ、それに同調した、今ものうのうと暮らしているであろう全ての魔法世界の民が。 

 

 憎い、憎い憎いーー

 

 

 

「憎い……何もかも、皆……」

「何だ?何か言ったか?」

 

 アリカの呟きは雨音にかき消され、男の耳には入らなかった。

 アリカは瞬きもせずただ目を見開き、雨粒が瞳を打つ事も気にせず、うわ言のように怨嗟の言葉を吐き出す。

 

「先ほどまでの威勢が嘘のようだな、災厄の女王。…………ふむ」

 

 男は、打って変わって大人しくなったアリカの様子を気にはせず、地面に投げ出されたアリカの姿を改めて見る。

 

 露出度を抑えた白いワンピースは、泥水に直に浸かったため、茶色く、惨たらしく汚れきっている。

 雨水を吸い込んだ服はピタリと肌に張り付き、生地の薄さも相まって身体中の線が隈なく浮き彫りになっている。

 重力に任せるがままの服に反して、それに包まれていた滑らかな凹凸はことさら主張を強めているように見える。

 そして、その身体の主は虚ろな表情を浮かべるのみ。

 

 男が、劣情を催さない理由がなかった。

 

「…………」

 

 男は膝を付き、右手の親指と人差しでアリカの顎を持ち上げ、目線をこちらに向けさせる。

 その際、男の指に付着していた泥が、アリカの口元を汚す。

 2人の目線が合うが、アリカは何の反応も示さない。

 まるで人形と目を合わせているかのようだ。

 

(捕獲対象に危害を加えるな、とは依頼にない。……いや、今更になってこの女を奴らに受け渡す事が勿体なく感じてきた。まぁ、今その事を考えるよりもーー)

 

 目の前には、身体から一切の力が抜けきり、抜け殻のようになったーー美しい女が横たわっている。

 男が唾を飲み込む。

 波打つ心臓の鼓動が男を囃し立てる。

 

 

 

「災厄の女王……お前はつくづくーー運のない女だ!」

 

 

 

 男は劣情に任せるがまま、アリカの上に覆いかぶさろうと腰を上げたーーーー

 

 

 

 

 

 ーーーーが、それは叶わなかった。

 

 

 

 

 

 ーー掴まれている。

 白く小さい手にーーアリカの顎を持ち上げていた己の腕がーーー掴まれている。

 それもーー真下から。

 

 男は反射的に、白い手が伸びている先を見る。

 

 真下、地面に突いている自分の膝のすぐ前、そこに溜まっている水たまりからーーそれは伸びていた。

 

 

 

「ーーーーーーッ!!!!!!!」

 

 男はその手を払い、後ろへすぐさま飛び跳ねる。

 小さな手が水たまりに引っ込む。それと同時。その水たまりから後退する男に向かって一直線に水しぶきが迫ってくる。

 さながら、ヒレを水面に出した鮫が迫り来るかのように。

 

(ーー水を利用した転移魔法か!?そんな高等技術を扱える者が村にいるなど聞いてはおらんぞ!?)

 

 男は必死に体制を立て直しながらバックステップを繰り返すも、水面を走る水しぶきは今にも男を捉えられる距離まで近づいていた。

 

(追いつかれるーーならば、空へ逃げるまで!!!)

 

 たまらず男は地面を強く踏みつけ、その場から真上に跳躍ーー空中へ離脱した。そのまま、虚空瞬動を用いてさらに真上へーーただただ地面から遠ざかるために。

  

(転移魔法を扱うということはよほど強力な術者ーー一旦引くか?……いや、ここまできて撤退などーー)

 

 瞬間ーー男に悪寒が走る。

 

 

 ーー登ってきている。

 

 あの、水しぶきの主が。

 

 飛行魔法で追いかけてきているのではーーない。

 

 地上から、何者かがこちらに向かってくる姿はない。姿はーー確認できない。

 

 しかし、男の悪寒は止まらない。続けて虚空を踏み抜き高度を上げる。

 

(登ってきている、ヤツは、上空にいる私を目指して、この、雨の中をーーー)

 

 

 

 

 ーーこの、激しく降り注ぐ雨、落下する小さな雨粒一つ一つを通りながらーーーいやーー転移を繰り返しながら。

 

 

 

 

 「ーーーそんな、バカなこと…………が」

 

 

 

 

 突然、男の目の前で、雨粒がーー跳ねた。

 同時に、そこから現れた。

 男の悪寒の主が。

 使用人服を身にまとった、白髪の小柄な少女が。

 

 男はーー動けない。

 男が常時張っていた魔法障壁は、少女の出現と共に展開された曼荼羅模様の多重障壁と競合を起こし、あっけなく破壊された。

 それを認識してなおーー男は動くことができない。

 何をしてもーー無駄。

 視界に映る少女の姿を目にした時からーーそう思わされてしまった。

 男は、ただ驚愕するしかなかった。

 

 少女は動く。 

 流れるような動作で、少女の手から1枚のカードが投げられる。

 そのカードは吸い込まれるように男の胸元へ辿り着き、そこで静止する。

 

 

来たれ(アデアット)

 

 

 その言葉を聞いて、男はただ確認を取るかのように、視線を下げる。

 

 凶刃がーー己の胸元を貫いていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「……セツ子?」

 

 空で起きた一部始終は、横たわっていたアリカの瞳に映っていた。

 瞳に光が戻る。

 体の痺れはいつの間にかなくなっており、容易く起き上がることができた。

 

「ーーッ!セツ子!」

 

 体を起こし、再びを空を仰ぎ見る。

 

 ーー降りてくる。

 

 アリカの元へ、雨を伴い、空からゆっくりと少女が降りてくる。

 まるで、天が自分へ遣わした使者のように。

 

 アリカは目が離せない。

 

 ーーアリカ様

 

 少女の自分を呼ぶ声が、頭の中に響いたような気がした。

 少女が手を広げる。

 アリカもそれにつられ、空へと手を伸ばす。

 

 ふわりーーとアリカの腕の中に少女が収まる。

 

「アリカ様」

 

 今度はーー確かに聞こえた。

 

「アリカ様、やっと捕まえました」

 

 アリカは、言葉を発することができない。

 少女の肩越しから、先ほどの男が倒れているのが目に入った。

 ーー驚愕の表情を浮かべ、胸を包丁で貫かれたまま。

 男は絶命していた。

 

「セツ子…………なぜ……なぜ」

 

 ようやく、振り絞るようにして言葉を紡ぐアリカ。

 

「……どうして、主がここに……どうして……」

 

 アリカの視線は、倒れている男の胸元にある包丁を注視していた。

 

 

 セツ子が何故、人を殺めねばならなかったーー

 

 

「まだ子供である主が……何故手を血に染めねばならぬのじゃ……そのような業、主が背負う必要など……」

 

 アリカの知るセツ子はーー普通の女の子だった。

 料理とお洒落が大好きな、多少人よりも気配りの利くーーそんな女の子だった。

 ーーそのままで、いて欲しかった。

 

 如何にしてこの場所にたどり着いたのか、どのような術を使ったかなど、そのような問いはアリカの頭には存在しなかった。

 ただただーー少女が自らの手を汚してしまったことを嘆いた。

 

「ーーもう、覚悟は決めましたから」

 

 アリカの背に回された少女の腕に力が入る。

 手の震えをアリカに悟られないように、強く、力を込めて震えを押し殺す。

 

「私はアリカ様の側を離れたくない、離れないんだって。アリカ様と一緒にいる、怖い人たちが来ても、私がアリカ様を守るんだって」

「……そんな……そんなことで……」

「ーーだから、その為だったらどんなことでもする。そうしなきゃ、アリカ様と一緒にいられないならーー私は、やってやるんだって、だからーー」

 

ーーだから、殺しました。

 

 少女のその言葉には一切の迷いも感じられなかった。

 

「まぁ、あそこまでやったのは……たまたまです。ーーあの男の、アリカ様を見る目に吐き気を覚えたから」

「……馬鹿ものぉ……そんな、理由で……自分の手を汚すでないわ……ばか、もの」

 

 なんたることだ。

 いつの間に主は、そこまでの殺気を放つようになってしまった。

 何故ここまでーー変わってしまった。

 

「……妾が、ほんの少し目を離した間に……とんでもない不良娘に育ってくれおって……」

「はい、アリカ様が私を置いて勝手にお出かけなんてしたからーーセツ子は、悪い子に育ってしまいました。……だから、アリカ様、いっぱい、いっぱい叱ってください」

「……あぁ……あぁ。叱ってやる……こんな不良娘を目の届かないところに置いておけるか」 

 

 2人は雨の中、しばらく抱き合った。

 そのまま白銀の世界へ溶け込んでしまうかのように。

 

 

 

 しかしーーそれも半ば強引に中断せざるを得なくなった。

 

 

 

「…………ホント、空気を読めない連中には困ったものですね」

「……セツ子?どうしたーーー!?」

 

 2人だけに許されるはずの世界に土足で入ってきたーー無粋な輩が現れてしまったから。

 

「いたぞ!!災厄の女王だ!!」

「手こずらせてくれたなァ……ええ?」

 

 水を差した輩は、当然今回の火種の発端である、メガロメセンブリアの魔法使い達だった。

 彼らだけではなく、後ろから魔族達も続々とやってくる。

 

「護衛連中は中々に手強かったぜ?おかげで随分と連れがくたばっちまったよ……おい、さっさと囲んじまえ!」

 

 木々の間から何人も魔法使い達が現れ、2人の周りを取り囲む。

 雨しぶきが織りなす白銀の空間は、今や見る影も無く黒に染められてしまった。

 

(森に中にまだここまでの人数がーーそれとも、村の方から流れてきおったか?く、状況は振り出しに戻るどころか最悪ではないか!このままではセツ子までーー)

 

「おう、さっきの嬢ちゃんやないか。まんまと連れの金髪の方には一杯食わされてもうたわい。ーーちと、八つ当たりさせてもらうで」

 

 取り囲んでいた集団の中で、一体の魔族が輪から飛び出す。

 それを見ていた他の集団は、「抜け駆けは許さない」と怒号をあげながら、追随しようと各々の得物に手をかける。

 先行した魔族が、怒気を滾らせながら2人へと迫る。

 

「ーーー!止せ、セツ子だけはどうにか見逃し「誰が誰に八つ当たりするですって?」ーーセツ子!?」

 

 セクストゥムがアリカを庇うように前に立つ。

 それを見たアリカが言葉を続けるよりも早くーーセクストゥムの腕がしなりをあげ、向かってくる魔族に向かって何かが投擲される。

 

「ーーー!?がぁっ!!!?〜〜〜〜〜〜〜〜!!!?」

 

 セクストゥムが投擲したソレは弾丸のように雨風を切り、向かってきていた魔族の右目を貫く。

 突然の出来事に魔族は体制を崩し、走る勢いのまま地面を滑り込む。

 魔族は自身の右目に刺さっているソレを確認しーーさらに怒気を高めることとなった。

 

「包丁!?こんなもんで……っ、よくもこの儂をーー」

 

「ーー八つ当たりされるのはそちらの方です……よ!!!」

 

 さらにセクストゥムは追加で、今しがた右目を射抜いた魔族へ包丁(ハナヨメシュギョウ)を投擲する。その数ーー10本。

 10本の包丁(ハナヨメシュギョウ)は全て倒れ伏していた魔族の顔から肩に掛けてに命中し、その黒い皮膚に深々と刺さる。

 ただの包丁といえど、痛みは感じるのか、魔族は思わず仰け反る。

 

 アリカがその光景に唖然としていると、そのまま魔族へ向かって走り出したセクストゥムを認識して、我に帰る。

 

「セツ子!近づくでない!!其奴はその程度では「あぁ〜〜もう!!!こんだけ投げても包丁は包丁ということですか!!!」……その、程度、では……」

 

 アリカの言葉を大声で遮ったセクストゥムは、痛みに悶える魔族の元へ辿りつくと、刺さっていた包丁(ハナヨメシュギョウ)を一本引き抜きーーそのまま魔族を切りつけた。

 

「!!?ーーな、なにすんじゃこのーーがぁ!?」

「この!ーーこの、この!!!」

 

 倒れ伏している魔族に対し、力任せに何べんも包丁を叩きつけるセクストゥムの姿に、アリカや周囲の魔法使い達は言葉が出ない。

 さすがの魔族もこれには堪らず、体を丸めされるがままにーーそして、動かなくなった。

 

「ーーこれだけやってこれですか。やはりただの包丁と割り切るべきですかね……あぁ、でも、スッとしました」

 

 セクストゥムのこの行為は、本当にただのーー八つ当たりだった。

 魔族の言動に苛立ち、自身のアーティファクトの不甲斐なさに苛立ったーーただそれだけ。

 それだけの余裕が、今のセクストゥムにはあったのだ。

 

(紫陽花の指輪は意外に有効なことがわかっただけ僥倖でしたけどね。ーーアリカ様の所在地を水精霊たちが探してくれたので、転移もスムーズにできましたし)

 

 包丁を片手に、自分の世界に入り始めるセクストゥム。

 その様子を見ていたアリカは思わず手で顔を覆う。

 

「セツ子ーー主は、本当に……」

 

 本当に、主はどうしてしまったのかーー。

 このような状況に置かれて、なぜそうも平然とふざけていられる。

 これでは、まるでーー

 

「主は、妾だけではなくナギにも似てしまったよう……じゃな」

 

 久しく感じていなかった、あの紅き翼と共に戦場を歩いていた時の、謎の安心感。

 目の前のセクストゥムを通して、あの時感じていたものがこみ上げてくる。

 

(……どうしてしまったのかーーか。フ、どちらかと言えば、らしくないのはーー妾の方じゃな。いつまで弱気でいるつもりじゃ)

 

 アリカはふと笑みをこぼし、勢いよく立ち上がる。

 

「セツ子!!いい加減帰って来ぬか!この不良娘!」

「ーーー!!は、ハイ!すみませんまた私やってしまいました!!」

 

 ハッと我に帰ったセクストゥムは、思い出しかのように辺りを見渡し、猛ダッシュでアリカの側へ駆け寄る。

 

「この不良娘が!従者が主人のそばを離れてどうする!」

「申し訳ございません!私ついカッとしちゃって……え、今」

 

 ーー今、従者って。

 ペコペコと頭を下げていたセクストゥムは、アリカの言葉の意味を心の中で反復し、顔を上げる。

 

「言葉通りじゃ。最も、従者であると同時に不良娘というオマケがついておるがの。ーーー主は、妾を守ってくれるのじゃろ?」

 

 その言葉を聞いたセクストゥムは、顔を輝かせ、何度も頷く。

 

「ーーハイ!!私、アリカ様の側を離れません!そのためにも、私はアリカ様を守ります、守らせてください!」

 

 2人は見つめあい、今にも抱擁するのではないかーーそれくらい、2人の間の空気は出来上がっていた。

 

 

 

 

「ーーーーーオイ、お前らの三文芝居にいつまで俺たちは付き合わされるんだ?」

 

 

 

 

 当然、このまま終わらせてはくれない。当たり前だ。

 2人だけの空間など、この状況においてーー許されるはずもなかっただろうに。

 先ほどまでの緊張感は何処へやら、2人は周囲が囲まれているという事実をすっかり頭の隅へ追いやっていた。

 いつの間にか、包丁(ハナヨメシュギョウ)で滅多刺しにされていた魔族も立ち上がっている。

 

「なんだ?現実逃避のつもりだったのか?だったらもうそれはお終いの時間だ。ーーさっきよりも苛ついちまったよ、もう我慢ならねぇ。2人仲良くあの世へ送ってやる」

 

 周囲を囲んでいた魔法使い達は、誰もが怒気を放ちながら、ジリジリと2人へと近づいていく。

 

(ーー結局はこの危機的状況は変わらず、か……仕方がないの)

 

 アリカは落ちていた自分の剣を拾い、セクストゥムに語りかける。

 

「セツ子、一点突破じゃ。ーー主の魔力封印はいつの間にか解かれているようじゃしの。障壁を最大に展開して「アリカ様」……なんじゃ?」

 

 何回妾は言葉を遮られればいいのか。

 すぐそこに脅威が迫っていることも相まって、無理にでも気丈に振る舞おうと立てた作戦の説明を邪魔されてしまったアリカは、少しやっつけ気味にセクストゥムへ返事をする。

 しかし、セクストゥムから返ってきた答を受け、アリカの中で驚きと、そして微かなる希望が芽生えるのを感じた。

 

 

 

「倒しますーーーーここで全員。1人残らず、それこそ……一撃の元に」

「ーーーーーーーー!」

 

 

 セクストゥムの目は本気である。

 私を信じろーーそう訴えかけている。

 

「……いける、そう申すのならーーーここで妾に示してみよ。妾の新たな剣、その力をーーーー」

 

 

 

 

「何ごちゃごちゃ話してやがる!?まだ余裕ってか?ええ!?ーーお前ら、いくぞ!!!!!」

 

 

 ーー開幕。

 

 中心にいる2人へと、魔法使い達がなだれ込む。

 もう地上に逃げ場などない。あるとしたらーーそれは上。

 

「アリカ様ーー失礼します」

 

 セクストゥムは素早くアリカを抱き抱えーーー真上の空へと投げ出した。

 突然の行動に、思わず釣られて顔を上げ空を仰ぎ見る魔法使い達。

 

 

「ーーーーあ?」

 

 1人の魔法使いが呆けたような声を出す。

 

 そこには、たった今アリカを空へ投げ出したはずのセクストゥムが、遥か上空の雨空の中、アリカを受け止めている光景が映し出されていた。

 

 

 

 

 さっき、アリカ様を厭らしい目で見ていた男をーー空まで追いかけた時よりも、精度が上がってる。

 突貫的に考えた複合技だけど、これは十二分に強力なものだ。

 

「ーーーーーーっ」

 

 アリカ様は驚いている、だけど、今は追求してこない。

 私のやることにちゃちゃを入れまいと、黙っているのだろう。

 だったらーーその期待に答えないわけにはいかない。

 

 

 

ーーーナギは、今も貴女のことを信じています。

 

 

 

 別れ際に、最後にアルさんが言った一言が、私に勇気をくれる。

 

 

 

 地上に蔓延る黒い集団を見下ろす。

 

 やれるーーやれないはずなんて、ない。

 

 私は、水を司るアーウェルンクスが1人ーーー。

 

 

 

 

 

 教えてやれーー紅き翼の面々に匹敵する、その宿敵であった者達の力を。

 

 思い知らせろーー三下風情が敵う相手ではないということを。

 

 

 

 

 示せーー数多の文明を悉く滅亡へと追い込んだ、水の理を。

 

 

 

 

 セクストゥムはーー謳うように、精霊へ、世界へと語りかける。

 

 

 

 

 

「ーーヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト

 

 

 ーー契約により、我に従え、深淵の王

 

 

 ーー来れ、水の氾濫、古の水門

 

 

 ーー全ての、驕慢なる生に、等しき罰を

 

 

 ーー此は、測り知れざる、海洋の理

 

 

 

 

 

 ーー『しずむせかい』」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 あの後、村の被害はほとんどなかったそうです。

 

 なんでも、村の魔法使いさん達がこれでもかと張り切ったそうで、どちらかというと味方からの誤爆での負傷の方が多かったとのことでした。

 

 ネカネちゃんは私と別れた後は、宣言通り全力で逃走、その途中でスタンさんに拾われて事なきを得たようです。

 私の分までたっぷりと叱りつけられたそうです。

 ネカネちゃんはそのことを愚痴っていましたが、私もアリカ様にそこそこ叱られたので、お相子ということで。

 

 思い返せば、あの時は完全にネカネちゃんに女子力負けしてたなぁ。

 あ、ネカネちゃんが私に背負わせた巨大リュックサック、どうやら沢山の携帯食料とか簡易テントなどが詰め込まれてたそうです。

 そうーーいつの間にか背中からなくなってたんです、あのリュックサック。

 ネカネちゃんと別れてすぐ遭遇した魔法使いたち、私が闇雲に包丁(ハナヨメシュギョウ)を振り回してた時。おそらく邪魔だからと一旦おろして、そのまま忘れてしまったようです。

 

 おかげで苦労しましたねぇ〜。

 

 女2人で何日間も野宿をする羽目になるとは。

 アリカ様も途中で落としたらしいんですよ、荷物。

 私がアリカ様を探し出して、2人で熱く抱きしめあった時には、すでに2人は無一文だったんですね。

 

 まぁ、今となってはいい思い出です。

 

 話は戻りますが、私が女子力で惨敗を喫したネカネちゃん。

 そのネカネちゃんを通して、ネギ君の様子を定期的に聞かせてもらってます。

 やっぱりというか、ネギ君はお父さんの話を聞くのが大好きだそうな。

 男の子ですものね、無敵のヒーローのような存在には憧れるでしょう。それが自分のお父さんだというならなおさら。

 

 ちなみに、ネギ君は今年で3歳になります。

 あれから3年経つのですね、時が経つのは早いものです。

 

 そんな、無敵のお父さんに憧れてるネギ君ですが、母であるアリカ様のことは聞かされてません。

 ネギ君のお母さんは、ネギ君を産んで間もない内に亡くなった、そのように伝えたそうです。

 というのも、本人であるアリカ様自身がそのように村の人たちに頼んだからなんですが。

 

 こればかりはしょうがないのでしょうね……。

 

 経緯はどうであれ、私とアリカ様はネギ君に負い目を感じていることは事実。

 

 まだ赤ん坊だったから、というのは言い訳にしかならないのはわかってます。

 もし、これから先ネギ君に会ったら、その時は心から謝りましょう。

 と言っても、ネギ君にしてみたらなんのことかわからないと思いますが。

 結局は自己満足ーーそれでもやらないよりは全然良い、はずです。

 

 いつかまた、ナギさん、アリカ様、ネギ君、そして私。4人が揃う日を期待して、日々頑張らねばなりませんね。

 

 

 

 そんな私とアリカ様は、2人で旧世界の国々を宛てもなく旅をする日々を送っています。

 

 聞いてくださいよ。アリカ様ったら、ウェールズの村を出る時、「どこに行こうかなど決めてはおらんかった」とか言うんですよ。

 考えられません。

 ーーまぁ結局のところ、何かと曰く付きなアリカ様を受け入れてくれる旧世界の魔法関係組織なんて存在しない、というのがそもそもの理由なんですが。

 

 といっても、理解のある人がいないーーというわけではないんです。

 

 極東の島国、日本という国には、アリカ様とも縁のある紅き翼の元メンバーの1人、近衛詠春さん。

 そして、アリカ様どころか私にとっても縁の深いーーアルビレオ・イマさん。

 

 この2人が、今現在日本にいます。近衛詠春さんはそもそも日本出身だそうですから、当たり前といっちゃ当たり前ですが。

 

 かといって、こちらがただ押しかけるというわけにもいきません。

 

 近衛さんは、なんでも日本に存在する魔法関係の二大組織の一つ、関西呪術協会の長を務めてらっしゃるそうです。

 曰くだらけの私たちが2人押しかけては、組織の不和に繋がりかねません。

 近衛さんにただご迷惑をおかけするだけです。

 アリカ様も、それは好むところではないと仰ってました。

 

 変わって、アルさんが今いる場所ーー「麻帆良」という都市。

 そこも、魔法関係者が多く在籍するという点では、前述した関西呪術協会の例の通り。

 いらぬ火種を投げ込む気もさらさらないので、今まで近づこうとすらしなかったのですが、ただーー。

 

 

 

ーーアルさんが会いに来てくれってうるさいんです。

 

 

 

 来る日来る日も、アルさんと私は「きせかえごっこ」による念話機能でお話をしています。

 それも基本はアルさんの方からかけてきます。

 どうやら、あの時の仮契約で、アルさんのハートに火を着けてしまった模様。

 

 

ーー日がな一日中、貰った仮契約(パクティオー)カードに描かれたセッちゃんを見て自身を慰める毎日です。寂しいですよ、セッちゃん。どうか、会いにきてください。

 

 

ーー今晩わ、セッちゃん。あぁ、そちらはまだ昼でしたか。ーーえ、要件は何か、と?……フフ、ただ声を聞きたかったから、では、いけませんか?

 

 

ーーセッちゃん。貰った仮契約(パクティオー)カードがなんだかふやけてきてしまったので、できれば新しいのを貰いたいのですが。

 

 

 

ーー…………セッちゃん、セッちゃん、セッちゃん、セッちゃん、セッちゃん、セッちゃん、セッちゃん、セ…………

 

 

 

 

 

 

 怖い。

 

 

 

 

 

 

 会いに行くのは、もう少し先でいいや。

 

 

 

 

 

 

「アリカ様、今日もお願いします」

 

 

「なんだかんだで、この行為も慣れてしまったのぅ」

 

 

「慣れたーーだなんて……やっぱり時々趣向を凝らして変化を加えて言った方がいいんでしょうか」

 

 

「何を言っておるんじゃ、ほれ、さっさとやるぞ。今日は新作の最終調整をせねばならんからの、きびきびいくぞ」

 

 

「……アリカ様、最初はこの商売全然乗り気じゃなかったのに、今や私以上に熱入ってますね」

 

 

「待ってくれておるファンの期待を、そして何よりキティを裏切るわけにはいかんじゃろう!」

 

 

「もぅ、正式名称はそっちじゃないんですけどね。ーーというか、私たち未だに本物に会ったことすらないんですけどね。はぁ……路銀の足しにでもなればと思って始めたら、まさかこんなに人気が出るなんて……」

 

 

「ぬぅ!?いかんもうこんな時間じゃ!新作の調整が終わったら、まほケット用のキティ原稿の仕上げも残っとるというに!セツ子、とっととやるぞ」

 

 

「え〜、どんな時でも雰囲気にはこだわるのが女の子の嗜みだと思うんですけど……」

 

 

「だから!時間がないと言っておろうが。ーーどうせ、今日も包丁じゃろ。ほれ、いくぞ」

 

 

「今日は良いの来そうな感じがするんですってーーームグゥ!?〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんな感じで、アリカ様と2人で今日も頑張ってます。

 

 セクストゥムでした。

 

 

 

 

 




エヴァ「何!?終わったーーだと」

茶々丸「次回から麻帆良編です」

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