6番目のアーウェルンクスちゃんは女子力が高い   作:肩がこっているん

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闇の福音編
血も滴る熱い夜


 その夜は満月だった。

 

 桜通りと呼ばれる女子寮に続く一本の桜並木道。

 その道を一人歩く宮崎のどかは、夜空に浮かぶオレンジ色に赤みがかった丸い月を視界に収め、ふと、今日学校で耳にしたーーある噂を思い出していた。

 

 ーー桜通りの吸血鬼。

 ーー満月の夜、女子寮前の桜通りにーー()()()()()()()()()()()()()()が現れる。

 

 所詮は根も葉もない噂、のどか自身そのように思っている。

 実際、のどかが恐怖を覚えたのは噂の内容というよりも、クラスメイトが悪戯で黒板に描いたチュパカブラなる怪物の方だ。

 そちらの衝撃が大きかったばかりに、今の今までこの場所が件の桜通りだということを忘れていた。

 

 ようするに、のどかにとって桜通りの吸血鬼の噂など、その程度の認識しかなかったのである。

 しかし、いざ自分がその噂通りの状況に置かれていると考えると、当然あまり気味のいいものではない。

 

(噂は噂だよね…………そうだ、お歌でも歌って……)

 

「こ、こ〜わく〜ない〜♪ ない〜♪ ない〜♪ ない……」

 

 恐怖を紛らわすために、のどかは歌い出す。

 

 我ながら逆に不安を誘うような声色だーーのどかは歌いながらそのように思った。

 薄暗い夜道に響き渡る彼女の歌声は、吸血鬼ならまだしも幽霊等の類だったら何かしらの効果があるのではないかと思うほどにマッチしている。

 

 オーディエンスの一人でもいたものなら即刻彼女にツッコミを入れているところだろう。頼むからやめてくれ、と。

 

 しかし、自分を鼓舞するために精一杯なのどかにしてみたら、そんな居もしない存在に構っている余裕は無い。

 

 すぐ近くの木陰に潜み、自身の歌を拝聴しているーー異形の怪物の存在など、彼女の知るところではないのだから。

 

 

 †††††

 

 

 その生物は息を殺し、目の前の通りを歌いながら歩く少女に視線を送っていた。

 

 闇の中に二つ、赤い光が浮かんでいる。それは、その生物の目だった。

 

 不気味な光を放つその目は、顔の半分の割合を占めるほどに大きい。

 

 胴体に比べていささか大きい頭、それを除けばほとんど人間の体型と変わらない。

 

 身体中は深々と毛で覆われおり、暗闇の中故に色の判断はつかないが、闇に溶け込んでいる度合いからしてあまり明るい色ではないだろう。

 

 別の身体的特徴を挙げるとすれば、頭部から背中、脊椎のラインにかけて突出している棘。木の幹に深く食い込んでいる鉤爪ーー、どれもこれも人外的要素を詰め込んだかのような造形だ。

 

 のどかからしてみたら、このような怪物がすぐ身近に潜んでいるなど、いかにこの桜通りが異様な雰囲気を漂わせていたところで思いも寄らないだろう。

 

 加えてーー

 

(そのいっぺん死んでみたくなるような歌声をやめなさい‼︎)

 

 ーーその怪物が、自身の歌に対してこのようなツッコミを入れているなどとは到底思うまい。

 

 そう、何を隠そうこの怪物の正体、もとい中身はーー。

 

(そりゃ私以外にいないでしょう)

 

 刹子以外に他ならなかった。

 

 

 ーーきせかえごっこ「日給五千円」(R)

 

 ーー自身のイメージした姿の「着ぐるみ」を作成する。

 ーー着ぐるみには自身の魔力反応を隠蔽する効果が備わっている。

 

 

(このアーティファクトの使い道なんてないと思ってましたが、このような機会があるとは…………というかチュパカブラってこんなんでいいんでしたっけ? 実物なんて見たこともないから適当なイメージで作ってしまいましたがーーーあ、長い舌忘れてた……って口そのものを作り忘れた模様!? ……ま、いいか)

 

 突如自分の体をベタベタと触り出す異形の怪物ーーもとい、チュパカブラ。

 刹子からしたら、着ぐるみの出来を確かめているに過ぎないのだが、何ともアレな光景である。 

 しかも顔の造形はかなり大雑把のようだ。

 吸血生物なのに口が無いとはこれいかに。

 もはやチュパカブラというよりもグレイである。

 

 刹子がこのような姿でこの時間、この場所にいる理由についてだが……。

 それは他ならないーー桜通りの吸血鬼騒動の犯人、エヴァンジェリンの無力化である。

 

(ここまで出張るつもりはなかったんですけどね……でも、茶々丸さんからあんなこと聞いてしまったら……)

 

 

 ーーマスターはネギ先生の血を求めています。

 

 ーーサウザンドマスターに掛けられた「登校地獄」の呪いを、肉親であるネギ先生の血をもって解呪するのが目的です。

 

 

 屋上でエヴァの言動に違和感を感じた刹子は、その後エヴァの従者である絡繰茶々丸を訪ねた。

 

(茶々丸さんがすんなり目的を話してくれたおかげで助かりました。まさか「モノ」で懐柔できるとはね……)

 

 

 ーーマスターの命令ゆえ、いかに刹子さんと言えどお話することはできません(キリッ)。

 

 ーーえ?刹子さん、それは「グッドナイト†エヴァ」公式サイトで企画された「ファンが選んだぬいぐるみ化してほしいシチュエーション」で第7位にランクインした「ミミックに頭からカブリつかれてもめげないエヴァたん」ではありませんか!? あの企画では3位までしか商品化されなかったはず!? なぜあなたがそのようなレアグッズを!?

 

 ーーえっ頂けるのですか!?(シュポー‼︎)あ、ああありがとうございます! ーーそれでマスターの目的はですね……

 

 

 主人思いなのかそうでないのか、いまいち判断に困る従者であった。

 

(……愛されてはいるんですけどね、エヴァさん。とりあえず、ドンマイとだけ言っておきましょう)

 

 改めてそのことを思い返した刹子は、ほんの少しだけエヴァを哀れんだ。

 

(にしても、血が欲しいなら素直にネギ君にそう言えばいいでしょうに……。なぜこのような回りくどいやり方を、ましてや「襲う」などという観念に囚われているのか。ーーまぁ、それもそれでエヴァさんらしいと言っちゃらしいですが……)

 

 妙なところで悪の魔法使いらしさに拘るエヴァに、刹子は半ば諦めに似た気持ちを抱く。 

 

 エヴァに架せられた呪いに関しては、刹子自身できることならどうにかしてやりたいという気持ちはあった。

 

 現に、刹子は過去に何度かエヴァの呪いの解呪を試みたこともあるくらいだーー結局、全て失敗に終わったのだが。

 

 何はともあれ、刹子はこうして事件解決に身を乗り出したのであった。

 

 

 これ以上被害者を出さないために、そしてエヴァに道を説くためにーーーー

 

 

 ーーーーと、残念ながら理由はこれだけではないのである。

 

 

(エヴァさんを説得した暁には、ネギ君と話し合いの場を設けることにしましょう。当然その場には私も同席しますよ? 当然でしょう! 私がネギ君との接点を作るまたと無い機会! ……このチャンスをふいにしてはならない!!!) 

 

 下心全開である。

 

 ちなみに、エヴァがネギの血を吸うことに関してだが、刹子はこのことを別段心配してはいない。

 

 二人はそこそこ長い付き合いだ。

 エヴァは女子供を手に掛ける事などない。

 万が一呪いの解呪に致死量の血が必要だと判断された場合、エヴァは素直に身を引くだろう。

 

 それほどに刹子はエヴァを信用している。

 

(欲を言えば、昼間の内にもう一度エヴァさんと接触できればよかったのですが……どこに隠れたのやら。当然の如く念話にも出ませんし)

 

 校舎内を駆け回っている内に日が暮れてしまった。

 過ぎたことを後悔しても仕方がない。

 

(ここで止めてしまえば何の問題もありませんからね……………おっとーーーーご到着ですか) 

 

 

 ()()の気配を感じ取った刹子。

 

 のどかに向けられていた赤い視線は、今は遥か上の虚空を見据えている。

 

 突如、漆黒の夜空から一粒の雫が溢れたかのように見えた。

 

 それは黒い塊と相成って、桜通りを歩くのどかから少し離れた後方に音も立てず着地を果たす。

 

 地面に降り立つと同時に黒い塊は霧散、その場には一人の少女が残った。

 

 

 ーーエヴァンジェリン・A・K・マグダウェル。

 

 

 此度の騒動を引き起こした張本人であり、今尚木陰から赤い瞳を輝かせている異形の怪物の標的でもある。

 

 噂とは違い、エヴァは黒衣など身に着けてはいない。

 昼間、刹子が屋上であった時と同じように麻帆良の制服姿である。

 

 エヴァは目の前で歌を歌っているのどかを視界に収め、静かに歩を進める。

 

 肩で風を切って歩く様は堂々たる貫禄だ。

 

 …………忙しくなく目線を動かし、周囲の様子をキョロキョロと伺ってさえいなければ。

 

(探してますね、私を。この着ぐるみの中にいる限り魔力探知にはかかりませんよ……と、こうしてはいられませんね!)

 

 この場に刹子はいないーーそう判断したエヴァの足並みが早まる。

 口元から鋭利な牙が覗く。

 狙うは今何も知らず歌など歌っている少女、その白くか細い首元ーー。

 

(ーーここで、止めます‼︎)

 

 異形の怪物が、今まさに獲物に食いつかんとする吸血鬼に襲い掛かった。

 

 

 

 †††††

 

 

 

 ーーガサガサッ!!!

 

「こ〜わく〜なーーーーはぅ⁉︎」

 

 突然の物音。それに驚いたのどかがハッと後ろを振り向く。

 

 そこには、自分と同じように驚愕に顔を染めたエヴァンジェリンがいた。

 

「エヴァンジェリンさん……⁉︎ いつのまに後ろにーーーー」

 

 のどかは声が喉に詰まったかのように、その先を口に出すことができない。

 

 何故なら、こちらに向かって猛進するナニモノかの姿が目に入ってしまったから。 

 

「がお〜〜〜〜〜〜!!!(エヴァさん覚悟〜〜〜!!!)」

 

「なっ……貴様はーーーーくっ⁉︎」

 

 すぐさま身を翻し、異形の怪物を迎え撃つエヴァ。

 お互いの両手ががっちりと噛み合い、力比べの体制に入る。

 

「〜〜〜〜〜〜〜、このぉ……」

 

「がお!がお〜〜〜〜〜〜!(おとなしく、しな……さい!)」

 

 吸血鬼と吸血生物の取っ組み合い。

 

 しかし……字面では怪獣大決戦とも言えるマッチングなのだが、ビジュアル的には「怪物に襲われている少女」にしか見えない。

 どう見ても少女側に勝ち目はないだろう。

 ちなみに吸血生物から発せられる鳴き声は、まんま刹子の声である。

 

「チュ、チュチュパチュパ……チュパカブラ⁉︎ あぅあぅーー」

 

 唯一のギャラリーであるのどかは混乱している。

 チュパカブラに驚くのも無理はないが、目の前の非力そうなエヴァがそのチュパカブラと力比べしているという異常な光景にも驚いてほしい。

 

(この声、やはり貴様か性悪! 何なんだその妙な格好はーーーーぬぅぅぅ!?)

 

 チュパカブラの見かけ通りの怪力に仰け反るエヴァ。

 

(流石に腕力ではまだ私の方が上のようですね!……このまま組倒してーー)

 

 吸血鬼に好条件を齎らす満月に加え、今まで蓄えてきた魔力。

 この二つを持ってしても、本来のポテンシャルには程遠く、徐々に押され始めるエヴァ。

 

 このままでは押し負けるーーそう思ったエヴァは少しだけ後ろの様子を伺い、すぐさま前に向き直る。

 

(……宮崎のどかの記憶は後で消せば問題なかろう。どのみちここでやられたら全てが水の泡だ!)

 

「ーーリク・ラク ラ・ラック……」 

 

 呪文の始動キー。

 力で負ける目の前のチュパカブラに対抗するために、エヴァは魔法の使用を選択した。

 

(ーーちょ⁉︎ エヴァさんったらここでぶちかます気ですか⁉︎ ……え、えと、この着ぐるみは自身のイメージで……)

 

「ーー来たれ氷精、爆ぜよ風精……」

 

(先手はもらったーーいや、この一撃で仕留める!このまま吹き飛ぶがいい性悪め!)

 

「ーー弾けよ凍れる息吹……」

 

 エヴァの周りに凍気が漲る。

 呪文の詠唱もあと一句をもって完成する。

 勝利を確信するエヴァに対し、刹子は半ば投げやり気味になっていた。

 

(ーーええいなんでもいい‼︎ 着ぐるみさん!とにかくエヴァさんの口を塞いでくださいーーーー)

 

 どんな方法でもいいからエヴァの口を封じるーー。

 

 刹子は投げやり気味にそのようなイメージを思い浮かべた。

 

 途端、チュパカブラの頭部に変化が生じるーー。

 

「ふぇ?」

 

 ーーのどかは見た。チュパカブラの首から上がグンと伸びる様を。

 

「ーー氷……は?ーーーー!!!?」

 

 ーーエヴァはその身で体感した。いきなり目の前にチュパカブラの顔面が迫ったと思ったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()て、次の瞬間ーー視界が真っ暗になったのだ。……エヴァは驚きのあまり、呪文の詠唱を中断してしまった。

 

 

 文字通り頭から首までぱっくりとーーエヴァはチュパカブラにかぶりつかれた。

 

 

「〜〜〜〜〜〜‼︎⁉︎」

 

 未だ自由な両足でチュパカブラに蹴りを入れ、せめてもの抵抗を示すエヴァ。

 

 チュパカブラは微動だにしない。

 やがてチュパカブラの頭部が縮み始め、体格の関係上エヴァは頭ごと引っ張られる。

 ーーエヴァの足は地を離れ、宙ぶらりんの状態になった。

 

(ーーなんだか知らないけど結果オーライ? ……と、とりあえずこのまま連れ帰って「ーー貴様ぁ……」ーーうひぃ⁉︎すぐ目の前にエヴァさんのお顔がーー)

 

 着ぐるみの中で顔面を付き合わせる刹子とエヴァーーとは言っても、着ぐるみの中故に真っ暗でお互いの表情は確認できないのだが。

 

「よくも邪魔を……よもや私にこのような辱めまでーー!」 

 

「ーーお、おお落ち着いてエヴァさん! 私は何も邪魔するつもりは……お、お話をーー」

 

 鼻先をガンガン付き合わせ、怒りの態度を示すエヴァ。

 

 ーー外面では、今もなお手足をバタバタと振り回し暴れるエヴァと、その場をぐるぐると回転するチュパカブラーーというなんともな光景が繰り広げられている。

 

(ーー!……そうだ、この性悪は都合よくこんな近くまで私に接近を許したのだ。ーーいっそこのまま……)

 

「ですからね! 私には考えがありまして! エヴァさんがこのような行為に及ぶ必要は「貰ったぞ馬鹿め‼︎」ーーむぐっ⁉︎」

 

 突如口内に違和感を感じる刹子。

 

 自分の口の中にうねうねと生暖かいモノが侵入してくる。

 

 これはーー。

 

「ーー、んぅ、ぅん……」

 

(ーー舌? エヴァさんの舌だこれ⁉︎ まさかエヴァさんの方から求めてくるなんて、しかもディープな……って違う違う! エヴァさんが考えもなしにこんなことーー)

 

 エヴァの突然の行動に驚くのも束の間、すぐに刹子は自身の口内での異変に気づいた。

 

「⁉︎ んん〜〜〜〜⁉︎ んぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜‼︎」

 

(ーー痛っ⁉︎ 噛みやがりましたこの吸血鬼‼︎ 私の舌を‼︎ この私から血を吸うなどとーー)

 

(ーーフハハハハハ‼︎‼︎ このマヌケめ、吸血鬼である私にここまで接近を許すお前が悪いんだよ‼︎‼︎ ……このまま根こそぎいただいてやる‼︎)

 

 

 

 †††††

 

 

 

 吸血鬼の頭にかじり付いた吸血生物。

 

 その吸血生物の舌にかじり付き、その力を奪おうとする吸血鬼。

 

 吸血種たる両者は一歩も譲らない。

 

 

「んぁ、んんん! んぁぁ⁉︎」

 

 刹子は必死にその行為から逃れようとするも、すでにエヴァは刹子の舌の根元近くまでを自身の口に含んでしまっている。

 なおかつ吸血鬼特有の鋭利な牙が深く突き立てられているのだ。

 刹子は舌を巻くことすらできない。

 

(ここにいる性悪が内包する魔力は上限値の約2割程度だったな……せっかく捕えたというのに分身体という事実にはがっかりだがーー贅沢は言ってられん、か……)

 

 

 ーーいやはや、まさか本当にセッちゃんが「2人に増えた」とは

 

 

 以前アルが話していたように、ここにいる「六戸刹子」は分身体である。

 

 この事実は念話を通して、すべての「花嫁修行」所持者に伝達されている。

 

 当然、目の前にいるエヴァにもその事実は伝わっている。

 

 

(どうした性悪? 首元の拘束力が弱まってきているぞ? これならば抜け出そうと思えばいつでも抜け出せる) 

 

 刹子の心的状態に影響したのか、エヴァの頭を固定していたチュパカブラ=着ぐるみの拘束が緩む。

 外から微かな光が着ぐるみ内に入り込み、エヴァは刹子の表情を確認した。

 

 ーー刹子の目に涙が溜まっている。

 

 それは舌を噛まれたことで生じた痛みによるものなのかどうかはわからない。

 

 涙は頰を伝い、密着した両者の口元を這う。

 

(ククククク……いい貌をするじゃないか性悪、えぇ? 一時はどうなるかと思ったが、かえって最高のロケーションではないか。ククク……血の味も極上だ、実に旨い。ーー耳が少し寂しいな……どれ、もっと声を張れ‼︎)

 

 エヴァはさらに舌に込める力を強める。

 

「ぃんぅぅぅぅぅーーーー⁉︎」

 

 悲鳴にすらならない刹子の呻きを受け、エヴァはぶるぶると体を震わせる。

 

(油断したーー!こういうキスもたまにはいいかも、とか!ちょっと思っちゃった少し前の自分を殴りたい……。さっさと振りほどくべきでしたか……いや、口づけという行為において私が負けを認めるなど…………く、魔力がーー)

 

 吸血鬼が行なう「吸血」行為は、その血を介して対象者の「魔力」を奪う特性も備わっている。

 

 いわばーーマジックドレイン。

 

 刹子の体からはすでにかなりの量の魔力が失われている。

 現に足元はおぼつかない、今にもエヴァを下敷きに倒れてしまいそうだ。

 

(やば、意識がーー)

 

 急激な魔力の減少により、薄れゆく意識。

 

 意識を手放し、このままエヴァに体重を預けようとしてーーーー踏み止まった。

 

 

 

 ーーおいセクストゥム。お前、私のモノにならんか?

 

 

 

 刹子の脳裏に浮かんだのは、遠い日に交わしたとある会話の中でーー

 

 ーー目の前の吸血鬼が、自身に対して発した言葉だった。

 

 

(……この、程度……なんてことない。そうでしょう? 私……)

 

 刹子の体に力が入る。

 

(この私が()()使()()との勝負に屈するなんて……あってはならないことなんだからーー!)

 

 刹子は両腕で強くエヴァを抱きしめる。

 

(ーー電子精霊たちよ!「アルバム」と「サテンケープ」の遠隔起動を!ーー急いで!!!)

 

 刹子の突然の抱擁ーーーー所詮は最後の悪あがき、とエヴァが切り捨てたのも束の間ーー。

 

(ーー、なんだこの光はーー⁉︎)

 

 突如着ぐるみの中が眩い光に染められる。

 

 光の発信源は刹子の制服、その内ポケットからだ。

 

(ーー性悪‼︎ ここにきて一体なにをーー)

 

 刹子の顔で視界が塞がっているため、エヴァは今身の回りで何が起きているのかを確認することすらできない。

 

 刹子がいつの間にか制服の上に()()()()()を羽織っていることも、二人の頭上に()()()()()()()()()()()()()が出現したことも、エヴァには知る由もない。

 

 ただ、自分の身に異変が起きているーーこの事実だけはまさに今体感していた。

 

(吸血を通して性悪から流れ込む魔力の流出が止まった?……いや違う、止まったどころかーー()()()()()()()()()()()()()⁉︎)

 

 

 ーーきせかえごっこ「きせかえアルバム」(R)

 

 アーティファクト形態の見た目はトレーディングカードを収納するカードファイルそのもの。

 手持ちの「きせかえごっこ」カードを収納することができる。

 仮契約時、このアーティファクト自体が契約の魔法陣の役割を果たす。

 

 

 ーーきせかえごっこ「吸血鬼のサテンケープ」(SR)

 

 俗にいう吸血鬼マント。

 接触している対象から魔力を吸収できる。

 仮契約時に着用することで、()()()()()()()()()()()SR以上のカードの排出率を底上げすることができる。

 

 

(ちぃーー!いつもの訳のわからんアーティファクトの力か⁉︎ ーーーー、くそっ)

 

 

 このままでは巻き返されるーー。

 

 エヴァは顎になおさら力を込める。

 

 刹子の口の端から暖かいものが溢れ出る。

 

 ーー流血。

 

 鮮血が着ぐるみの内部を染め上げ、外部には薄っすらと染みが広がっていく。

 

 エヴァはすでに血を啜ってなどいない。

 

 ただただ、刹子の舌に歯を付き立てる。

 

 噛みちぎれるのなら、そうするに違いない。

 

(私の舌を噛みちぎることができない……それほどまでに今の貴女は吸血鬼の力そのものが弱まっている。それにひきかえ、「吸血鬼のサテンケープ」が誇る「魔力の吸収能力」は真祖の吸血鬼のそれと同じ。ーー先に墜ちるのはエヴァさん、貴女の方です!)

 

 自身の体から抜け出ていく魔力、エヴァにはそれを止める術などない。

 

(おのれーーーー、吸血鬼である私に対して……このようなふざけた真似をーーーー!)

 

 抵抗しようにも、刹子による強固なホールドによって両手を動かすこともままならない。

 

 その上、刹子はさらなる追い討ちを掛ける。

 

(受けてみなさいーー既存の仮契約を超えた、私の10連仮契約(パクティオー)の力をーーーー‼︎)

 

 二人の頭上に浮かぶアーティファクト「きせかえアルバム」から一筋の閃光が地面に向かって伸び、一瞬の間に契約の魔法陣が形成される。

 

 エヴァは、自身の身体にさらなる負荷が加わったのを感じた。

 

(これまでの魔力吸収は前座……そしてこれからが本番。私の蓄えた魔力を奪い尽くすトドメの一撃を加えるつもりか。……こんなことなら、唇ではなく首元に噛み付いてやればよかった。……こいつに一泡吹かせようと奇をてらった私の判断ミス、だなーー)

 

 

 

 

 契約の魔法陣が放つ光が、桜通りを眩く照らす。

 

 

 吸血種たちの戦いは、間も無くして終わりを告げた。

 

 

 

 †††††

 

 

 

 着ぐるみのアーティファクト「日給五千円」をカードに戻し、私は桜通りに吹き渡る夜風にその身を委ねていた。

 そんな時、すぐ側でこちらを黙って見つめている茶々丸さんの存在に気づく。

 

「……茶々丸さん、ずっとそこに居たんですか?」

 

「こんばんわ刹子さん、マスターはご無事でしょうか? それと質問の返答ですが、私はマスターが頭からカジられたのと同時にこの場に到着しました。故に、今までのお二人のやり取りはバッチリと収めています」

 

「なるほど、B級映画的やり取りから目を離さず、ただただ傍観していたと……」

 

「はい、なんだかお二人の邪魔をしてはならないと感じまして……と、とても、盛り上がっているように思えましたし」

 

「確かに、エヴァさんからは実に濃厚なキッスを頂きましたよーーーー血が出るくらいにね」

 

 当事者である私とエヴァさんからしたらそれはもう、お互いの得意分野を賭けた負けられない一戦ーーいわば種の頂点を決めるかのごとき戦いと言えた。

 

 しかし、外面から見たらどうだったろう。

 

 着ぐるみプレイに興じるアレな関係の二人組ーーそのように映ったのではないか。

 

 エヴァさんが変なスイッチ入ったせいで収拾がつかなくなってしまった。

 

 口の中が血の味しかしない。

 

 下手したら本気で舌を噛み切られてた。

 

 なんて凶暴なのだろう、このーー 

 

 

「……終わらんぞ……今回ばかりは……このまま、お前に負けたままでは…………」

 

「ーーこぉのキティちゃんは……本当にもうーーー、痛ッ……つぅ……」

 

「刹子さん、口元の周りが大変なことに。ーーハンカチです、どうぞ」

 

「……どうも。このハンカチせっかく白いのにもったいない。今度新しいの買って渡しますね」

 

 

 茶々丸さんから無地の白いハンカチを受け取り、口の周りに優しく当てる。

 夜風に晒されて、若干乾き始めているようだ。

 これは寮に戻る前にどこかで洗わないといけない。

 でないと千雨になんて言われるかわかったものではない。

 

 地面に横たわるエヴァさんの口元も似たような惨状だ。

 

 見ようによっては、口の周りがケチャップで汚れるのも気にせずナポリタンをバクついたお子様のような絵面だ。

 

 私の血はさぞかし美味しかったのでしょうね、ったく。

 

 

「そうだ、宮崎さんはーー」

 

 宮崎さんの姿が見当たらないーーと思ったら、私のすぐ後ろで倒れていた。

 

「宮崎のどかさんは、私がここに到着したと同時に意識を失いました」

 

「つまり、目の前でショッキングな映像を見せられて気絶した、と。……なんとも好都合なことで」

 

「彼女の記憶はどうするのですか?」

 

「記憶は消しませんよ。宮崎さんには、チュパカブラがエヴァさんを襲った……いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という情報を広めてもらう仕事が残っています」 

 

 わざわざ私が「チュパカブラ」に扮して此度の夜に臨んだ理由は単純だ。

 

 

 ーー桜通りの吸血鬼事件に対し、学園側の疑いを()()()()()()()()()()()ため。

 

 

「今回のエヴァさんが起こした騒動は言ってしまえば魔法絡み。まだ学園側には話が行ってないようですが、このまま事が進めば確実にバレる。ましてや最終的にはネギ君に接触するつもりでいるのです。……どう考えても、よくない事態になるのは目に見えてます」

 

「それで……チュパカブラ、というわけですか」

 

「ええ、さすがの魔法関係者も「チュパカブラ」なんてUMA的存在は信じないでしょうからね。ただの作り話、で軽くスルーしてくれることでしょう」

 

 これで、今回の騒動は終わり。

 

 宮崎さんには怖い思いをさせてしまったが、後日無事なエヴァさんを見ればとりあえずは安心してくれるだろう。

 

 後の問題はーー。

 

 

「……しょ、性悪ぅ〜……諦めんぞ私はぁ…………私が勝って……今度こそお前を……」

 

 

 ーーこのキティちゃんめ。うわ言でもまだそんな事を……。

 

 

「エヴァさ〜ん、エヴァさんってば〜? ……ダメですね、両頬をいくらプルプルしても起きる様子がありません。これは話し合いは明日に持ち越しですね…………よいしょっとーー」

 

 エヴァさんをお願いしますーーそう言って、抱きかかえたエヴァさんを茶々丸さんに渡す。

 

「エヴァさんが起きたら言っておいてください。話があるからそれまでじっとしておくように、と」

 

「マスターが聞き入れてくれる自信がありません」

 

「そこをなんとかするのが従者の役目じゃないですか!……ホント、頼みますよ」

 

 とは言ったものの、モノで簡単に買収できる茶々丸さんだ。

 このままエヴァさんの家に行って、起きるまで待機するべきか……でもーー。

 

「宮崎さんを寮の部屋まで運ばないといけませんからね。そのためにはまずこの血まみれの状態をなんとかしないと……」

 

 今確認したら口から流れ出た血は制服にまで達している。

 このまま女子寮に入ったら大問題だ。

 というかこれじゃ私が宮崎さんを襲った吸血鬼にしか見えない。

 

「そんなわけで、私は宮崎さんを送ったらそのまま自分の部屋に帰ります。それに千雨もお腹をすかせているでしょうし。ーーもう一度言いますが、頼みましたよ、茶々丸さん?」

 

「ーー善処いたします」

 

 

 エヴァさんを抱え夜空に飛び去っていく茶々丸さんを見送る。

 

「……わかってますよねエヴァさん。いつものような魔法が関係しない勝負とはわけが違うんですよ、今回の騒動は。私がかばえる範疇を超えかねないんですよ? ……エヴァさん」

 

 刹子は茶々丸から渡されたハンカチで今一度口周りを拭く。

 

 

 

 

 純白のハンカチは刹子の血でーーーー()()()に染まっていた。

 

 

 

 

 


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