6番目のアーウェルンクスちゃんは女子力が高い   作:肩がこっているん

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付き添いでつい着ちゃったけど、私は帰ってもいいと思う By明日菜

『ーーキャァアアアアアアアアア‼︎‼︎ 誰か、誰か助けてぇ‼︎ 怪物に襲われてるのぉ‼︎‼︎‼︎』

 

 夜の静寂をつんざく金切り声。

 それは私自らが発したものだ。

 ーー私はこのような()()()()も出せるのか。

 

 ぼんやりとした意識の中、自身が発した声に対してそのような感想を浮かべていた。

 ぶっつけ本番で自信がなかったが、中々どうしてやればできるではないか。

 

「ーーーーーーーーーー」

 

 目の前でその怪物(チュパカブラ)が固まっている。なんだ、お前今ので驚いたのか?

 怪物側がいちいちそんなことで驚いていたらあっという間にタコ殴りにされてしまうぞ?

 せっかく私が名役者ぶりを披露してやったというのに、相方のお前がそんな調子でどうする?

 

『ーータ、タカミチ⁉︎ 大変だよ! エヴァンジェリンさんが⁉︎』

 

 ほら、ギャラリーも集まってきたぞ? ……おい性悪、いつまで惚けている、私の足を引っ張るつもりか。

 

 ーーーーーー

 

 ーーほう、今の振り向き動作は中々のものだ。まるで猫のような機敏な動きだな。うむ、そうでなくては私の相方は務まらん。

 

 ーーーーーー

 

 ーーハハッ、『私をみくびるな』だって? いやスマンスマン、私の素晴らしい演技を前にお前が着いてこれるのか不安になってしまってな。

 わかったからそんなに憤るんじゃない。……フフ、愛いやつめ。

 

 ーーーーーー

 

 ーーさぁ性悪、観客は少ないがお前の演技を奴らに見せつけてやれ。

 夜の桜通りを舞台に、未知の生命体チュパカブラの魂の鼓動をその目に焼き付けてやるのだ。

 ここ麻帆良での公演を足がかりに、ゆくゆくは魔法世界にも進出を果たす我々の第一歩を踏み出そうではないか!

 

 そうだ我々は……我々、私たち…………いや私はーーーー

 

 

 ーーーー私は、何をやってるんだーーーー

 

 ーーーーーーーー

 

 ーーーー

 

 ーーいや本当に、何をしているんだ私は⁉︎

 

 そう思った途端に急激な眠気が襲ってくる。

 頭を左右に大きく振り脳を揺らすーー意識は覚醒とまではいかないが、なんとか繫ぎ止めることができた。

 

 ーー頭が重たい。

 ーー酒に酔ったかのような、なんとも言えない夢うつつな感覚。

 

 ーーなんだ……私の身に何が起こっている……

 

 夕方自室で目が覚めた時、思えばその時からすでに調子がおかしかった。一言で言えばーー酩酊していた。

 謎の酔いと倦怠感。魔力が空になり抵抗力が弱まったところをやられたか。

 ーー単なる風邪かなんかだろう。

 そう思った私は常備していた『魔力の自然回復薬』を飲んだ。

 ーー長引くようなら明日は学校をサボることができそうだ、などと思いながら日が沈みきるまで居間で休んでいたら多少は良くなった。酔いは依然として残っていたが、倦怠感はさっぱり消えた。やはりただの風邪だ、私は別段気にすることもなくこうして桜通りへとやってきたのだ。

 

 しかしーー。

 

 ーー今夜私がお前に会いに来た理由、それはーーーーお前に勝負を持ちかけるためだ。

 

 なんだそれは。

 なぜ私はそのようなことを言った。 

 いくらお互いに『弱体化』しているとは言え、私は能力そのものが抑えられているのに対し、性悪に掛けられている制限は魔力量のみ。どう考えても分が悪い。そんな相手に勝負を持ちかけるメリットなどありはしない。

 

 そもそもなんで私はここにきた?

 具合が悪いんだ、そのまま寝ていればよかったではないか。

 どのみちこの性悪に目を付けられてしまったんだ、邪魔されることなど目に見えている。

 

 ーーネギ君に理由を話しましょう。それで血を頂けばいいではないですか。エヴァさんがこんなことをする必要なんてないんですよ?

 

 それしかなかっただろう。

 性悪の案に乗せられるのはしゃくではあるが、もうそれくらいしか手は残されてないだろうに。

 ーーなぜそれを拒んだというのだ。

 

 ーーくそ、また意識が…………! ええい、しっかりせんか私!

 

 今の私は正気ではない。

 先ほど品のない金切り声をあげたのがいい証拠だ、普段の私だったらどんなに追い詰められた状況だとしてもあのような真似するはずもない。

 そして何よりも問題なのはーー

 

「ーーーーエヴァさん?」

 

「ーーーーっ! ぅ、ぅぅ〜〜〜〜‼︎」

 

 ーーそう、性悪だ。

 この性悪のことを思うと妙な気分になってくる。

 胸が締め付けられるようにーー切ない。

 これはおかしい。

 なぜ私はこいつを前にしてこのような年端もいかない乙女のような心持ちになっているのか。

 

 闇の福音たるこの私がーーーーありえん。

 

 先ほどまでのやり取りを冷静に思い返してみるーーーー羞恥が湧き上がり顔が熱を帯びてくる。 

 なんだというのだ、なぜこれほどまでにお前がーー愛しく感じる?

 

 ーー性悪が私に何かした、そうとしか思えん。

 

 ーーおのれ、一体何の目的があってこんなことをーーーー。

 

 

 ††††††††

 

 

 ーーは、嵌められたーーまさかエヴァさんが搦め手を使ってくるなんてーー。

 

 エヴァさんの突然の珍行動、それは結果的に私を追い詰めるためのものでした。

 

「ちょっとネギ⁉︎ どーすんのよ⁉︎ あんたあんなのと戦えるの⁉︎」

 

「そんなこと言われても〜〜⁉︎ ゆ、UMAに魔法が効くかなんて知りませんしーー」

 

「……どうしたものかな、これは……」

 

 ーー高畑先生に明日菜さん、それにネギ君……なぜこの場に現れてしまったのですか……。ああ、見回りですね、クラスメイトが被害に合ったと聞いたらそりゃネギ君でなくとも誰だって現場確認くらいしますよね。迂闊でした、エヴァさんの様子がおかしいことに気が動転して周囲の警戒を怠るとは……。

 

「……うぅ〜〜、ぅ〜〜、ぅ〜〜‼︎」

 

 そのエヴァさんは先ほどからずっと『うーうー』と唸っています。やめなさい吸血鬼ともあろう者が『うーうー』とみっともない! そんなに恥ずかしかったのならなぜやったんですか! 

 

「チュ、チュパカブラさん! エヴァンジェリンさんを解放してくださーい‼︎」

 

 ネギ君は私ことチュパカブラに対し、対話を試みる選択をした模様。

 

 ーーその前にもう少しエヴァさんを疑ってください、仮にも昨日チュパカブラに襲われたばかりだというのに懲りずにまた襲われてるんですよ⁉︎ どう考えてもおかしいでしょ⁉︎ 

 

「………………」

 

「う……ア、アスナさんダメです〜〜‼︎ なんも反応してくれません〜〜‼︎」

 

「当たり前でしょ‼︎」

 

 ーーぐぐ……私の目の前でイチャイチャしてんじゃねーですよ‼︎ おのれ明日菜さんめ、なに私そっちのけでネギ君の信頼勝ち取ってやがるんですか! 羨ましい‼︎ 羨ましい‼︎

 

「ーーがるるる…………」

 

「うっ……な、なんか怒ってない? あれ」

 

「ぼ、僕のせいじゃないですよね⁉︎」

 

 ーーく、今は耐えるんです刹子。チャンスはきっと、きっと巡り巡ってやってくる。

 ーーそれよりもまずはこの状況をどうするかを考えねばーー。

 

「…………(あの着ぐるみ(?)の中身は刹子君だと思うんだけど……どうする? 彼女のことだから何か事情があってのことなんだろうけど……)」 

 

 高畑先生は動く様子を見せない。この状況に戸惑ってるのはお互い同じようです。

 

 ーー逃げる? いや、いくら高畑先生が付いているとはいえ、何をしでかすかわからない今のエヴァさんをネギ君が居るこの場に残すのはよろしくない。

 下手したら隙を見てガブリといきそうだ。このエヴァさんならやりかねない。

 ーーチュパカブラの中身が私だと打ち明ける? ややこしいことにはなりそうだけど、とりあえず話し合いには持っていける。これしかないか。ーーネギ君から疑惑の視線を受けるのは心苦しいけど、それも我慢するしかーー。

 

「ぅ、…………(いかん、意識が遠くーー)」

 

 ーードサ

 

 後ろで物音がしたので振り返ると、何故かエヴァさんが倒れていた。

 

「ーー! エヴァンジェリンさん⁉︎」

 

「エヴァちゃんが急に倒れた……? ーーっ、まさかあのチュパカブラに何かされてーー」

 

 ーーちょ、エヴァさん何してくれてるんですか⁉︎ これじゃますます話がややこしくーーいや、それがエヴァさんの狙い⁉︎

 

「〜〜〜! ぼ、僕の生徒に手を出すなんて、せ、先生として許せませんよ‼︎」

 

 そう言ってネギ君は私に杖を向けてくる。

 

 ーー違うの〜〜〜! お姉ちゃんは貴方と戦う気なんてこれっぽっちもないの〜〜〜!

 

 この状態で正体を明かしたらただでさえマイナスの傾向にある好感度がどうなるかわかったものではない。

 そう思うと、知らず知らず私は身動きが取れなくなっていました。

 

「…………ネギ君、ここは僕に任せてくれるかな?」

 

 高畑先生が一歩前に出る。

 ーーえ、何、どうなさるおつもりで?

 

「え? タカミチ? だ、大丈夫なの⁉︎ 相手はチュパカブラなんだよ⁉︎」

 

「高畑先生⁉︎ そんな、無茶です⁉︎」

 

 ーー話し合い、話し合いをするんですよね高畑先生? 何ポッケに手を突っ込んじゃってるんですか何する気ですかやめてほしいのですが。

 

「安心しなさい。これでも僕は魔法使いなんだよ? さっき話しただろう?」 

 

 ーー知ってますよそんなこと。そんな事よりも私と話し合いをですねーー。

 

「ーーそれに、ネギ君は魔法を使っての実戦経験はないだろう? ……流石に相手の実力は未知数だ、何をしてくるかわからない。いきなりアレとネギ君を戦わせるのは気がひけるよ」

 

 ーー今私のことを『アレ』呼ばわりしました? え、高畑先生、中身が私だって察してますよね? 本気でチュパカブラなんて思ってませんよね?

 

「いい機会だ。ネギ君は少し観戦しているといい。明日菜君もね。ーー僕の戦い方は普通の魔法使いとはベクトルが違う故あまり参考にはならないかもしれないけどね、ハハハ……」

 

 ーーえ、この流れってやっぱり……

 

「ーーうん、わかったよタカミチ。……き、気をつけてね」

 

「高畑先生、やばくなったら私も戦いますから! これでもキックとか自信あるんですよ!」

 

「ハハハ、それは頼もしい。まぁ、なるべく君たちの手を煩わすことが無いよう頑張るよーーーーさて」

 

 改めて高畑先生が私の方へ向き直る。

 

「それじゃお相手願おうかなーーーーチュパカブラ君?」

 

 

 ††††††††

 

 

 ーー何考えてんですかこの眼鏡。

 

 目の前の高畑先生は両手をズボンのポケットに収めたまま動かない。

 ネギ君と明日菜さんが困惑している。まぁどう見ても戦う気があるようには見えませんよね、あの姿は。

 高畑先生の表情はーー何やら楽しげだ。

 

「……(刹子君の方から先にアクションがあったらそれに合わせるつもりだったけど、あのまま待ってたらネギ君達が飛び出しかねなかったからね。さすがに時間切れだ。ーーそれに、ネギ君に実戦というものを肌で感じさせる良いチャンスだ、刹子君、わかってくれるね? ーーちゃんと合わせてくれよ)」

 

 ーー高畑先生から発せられる空気が変わる。

 冗談じゃない、高畑先生と肉弾戦なんてまっぴらごめんだ。

 でもどのみちあの感じじゃいつ仕掛けてきてもおかしくない。せめて回避の体制だけでも……ってーーーー

 

「ーーーー⁉︎(エヴァさん⁉︎ 何私の足掴んでるんですか⁉︎ しかも両足⁉︎)」

 

 倒れているはずのエヴァさんがもの凄い握力を込めて私の両足を掴んで離さない。

 ーー貴女起きてるでしょ⁉︎ というかどこにそんな力がーーーー

 

 

 ーードゴッ‼︎

 

 

「ーーーーーーーーごほッ⁉︎」

 

 突如お腹に()()()()()()()()()()()()衝撃が加わった。

 高畑先生は先ほどの場所から動いてもいないし、何かをした様子もない。

 しかし、私にはわかる。

 高畑先生は仕掛けてきた。一切のタメも予備動作も無しに、魔法の射手に匹敵する不可視の攻撃をーーーー。

 

「ーーーー!(無音拳、マジに撃ってきやがりましたーーーーっ)」

 

 エヴァさんに両足をしっかりと固定されていたおかげで棒立ち状態。見事に油断していたお腹にクリーンヒット。

 この場で()()()()なんて展開しているわけもなく、高畑先生の不可視の拳は惰性で張っていた私の薄っぺらい障壁をあっさりと突破。

 お腹の中のものが逆流してくるーーーーが、乙女の意地でなんとか堪える。 

 

 ーーーー私、男の人に腹パンされてしまいました。

 

 衝撃をまともに受けてしまった私の体は()()()に折れ曲がるも、未だ私の両足を固定しているキティちゃんのせいで仰け反ることもできない。

 かといってこのまま立っているとどのみちサンドバックにされる恐れがある。

 一瞬の判断で、私はこのまま勢いに任せて地面に突っ伏しているエヴァさんに甘えることにした。

 

「おぶッーーーーーーーー⁉︎」

 

 ーーエヴァさんの上に大の字で倒れこむ。理不尽な目にあっていることへの恨みも込めて、しっかりと体重を乗せる。

 

「ーーあ、あれ?…………(お、おかしいな、刹子君なら避けるか防ぐかしてくれると思ったんだけど……)」

 

「え、い、今何が? なんでいきなりチュパカブラが倒れたのよ⁉︎」

 

「今のタカミチが何かやったの⁉︎ なんだかわからないけどすごいや!」

 

 すごいや! じゃねーんですよネギ君‼︎

 貴方のお姉ちゃんがたった今そこの鬼畜メガネに腹パンされたんですよ! 感動してる場合じゃないでしょぉお⁉︎

 

「……ぬ、ぬぅ…………(なんだ、体が重いーーって性悪⁉︎ 貴様何私の上に乗っかってる⁉︎ くそ、体が思うように動かんーー)」

 

 高畑先生からしたら予想外、と言ったところでしょうか。

 私なら何かしら上手く対処してくれると思ってたんでしょうね。すみませんね不甲斐なくて。でもこちとらそれどころじゃないんですよ。

 

「ぅぅぷ…………(仰向けの体勢だとヤバい! 出る出る⁉︎)」

 

 お腹からのエマージェンシーを察知した私は腹部の痛みを堪えながらなんとか起き上がろうと試みる。

 

「ーーーー⁉︎(あたたた⁉︎ 性悪貴様、一箇所に体重を加えるんじゃない‼︎ ーーあぃたたたたた⁉︎)」

 

 やっとの思いで上半身だけ起こすことに成功。

 気づけばエヴァさんは私の両足から手を離して何やら悶えている様子。

 やはり起きていましたね、まぁエヴァさんのことは後にしましょう。今はそれよりもーー。

 

「…………(口の中が酸っぱい。うぅ、なぜ私がこのような目に……ッ! あんのデスメガネぇぇ‼︎‼︎‼︎)」

 

 着ぐるみ越しに高畑先生を睨みつける。

 

「ねぇタカミチ、今の何⁉︎ どうやってやったの? 僕にもできる⁉︎」

 

「い、いや……ネギ君? 今はそれよりもーー」

 

「キャア⁉︎ 起き上がってるわよチュパカブラ! それになんか目がすごく怒ってる感じなんだけど⁉︎」

 

 ええ、怒ってます、怒ってますとも。もうカンカンですよ。

 

「……ぐるるるるるる(刹子ボイス)」 

 

 立ち上がる私ことチュパカブラ。

 見据えるは気まずそうにこちらを見ているデスメガネ。

 許しませんよ、乙女の柔肌をなんだと思っているんですか。

 

「がうぅぅぅぅぅーーーーーー‼︎(顔面にワンパン入れてメガネ叩き割ってやりますよ‼︎)」

 

 できる限りドスを効かせて威嚇をする。

 ネギ君が驚いて明日菜さんの後ろに隠れる。待っててくださいねネギ君、お姉ちゃん今からそこの眼鏡とお話し合いをするので。

 

「……なんかややこしいことになっちゃった、かな? ハハ……」

 

「がおーーーーーーーー‼︎(覚悟しなさい!)」

 

「……このっ……こいつめ…………(私のことを忘れるなぁ‼︎ おのれ性悪めぇーーーー)」

 

 何やらエヴァさんが私の背中によじ登っているようですが、それに構っている余裕もない。

 

 ーー当初の目的? それよりも今は私の女子力にかけて、あのデスメガネを一発ぶん殴る方が、大事でしょうがぁぁあーーーー‼︎

 

 

 ††††††††

 

 

 ーー無音拳。又の名を居合い拳。

 

 刀の『居合抜き』になぞらえて命名されたその技術は、文字通り『拳』を振るう速度を極限まで高めることに特化したもの。

 刀を拳、鞘をポケットに置き換えるというなんとも飛躍した解釈の元に成り立ったその技術。

 見た目はただポケットに手を突っ込んでいる、というだらし無い姿勢にしか見えないーーけど、そう思って油断したら最後。

 

「ーーーーーー」

 

 その場から横へ大きく飛び退く。

 私が立っていた場所で何かが起こった様子はない。

 ネギ君達から見たら、チュパカブラが突然真横に飛んだだけの奇妙な行動にしか見えないでしょう。しかし、これは決死の回避行動に他ならないのです。

 

『相手の行動ログは攻撃一色、今も続いてるでち! 立ち止まったら集中砲火でち!』

 

『これだけの威力の小攻撃が、いくら連打してもMP消費ゼロとか魔法の射手涙目なのね!』

 

 電子精霊達の戦況報告を聞くまでもありません。

 無音かつ不可視とはいえ、肌で感じる『圧』が未だ相手の拳が止まってはいないことを証明しています。

 私は自身に無音拳の照準を合わせないよう、ひたすら左右に移動し続ける。

 高畑先生の本気の『拳』はこちらに一切の隙を見せることを許さない。

 ほんの少しの技後硬直でも良い的にされるーー無音拳を避け続けるという行為自体がかなり高度なこと、なんですがーー。

 

「ね、ねぇ……ネギ? あのチュパカブラ、さっきから何してるのかわかる?」

 

「いえ、なんというか…………反復横跳び?」

 

 なんとも微妙な表情でこちらの戦い(?)を眺めている二人。

  

 ーー地味ですか、地味だと言いたいんですか。

 ーーしょうがないでしょう、あの『拳』の恐ろしさを知ったらカスリダメすら貰いたくなくなるんですよ!

 

 無音拳は当たっても避けても、ド派手なエフェクトなど出ません。

 何かに取り憑かれたかのように反復横跳びを繰り返すチュパカブラ、それをポッケに手を突っ込んでただ眺めているオッサン。そのような構図でしかないのです。熱いバトルシーンになんか見えるはずもありません。

 

「(僕も刹子君も結構凄いことやってると思うんだけど……ちょっと地味すぎてインパクトが足りないかな?)」

 

 ーーちょっと地味すぎるな〜、インパクトが欲しいな〜とか考えてますね? 顔に出てますよ高畑先生。

 

「(人払いの結界は張っておいたし、少しくらいなら音を立てても……このままじゃネギ君達に何も伝わらないだろうからね)」

 

 ーーここらで一つネギ君と明日菜さんにかっこいいところ見せておこうかな、なぁ〜んてところですか? 冗談ですよね高畑先生? ()()()なんて使いませんよね?

 

 高畑先生の動きを注視する。

 ポケットから手を引き抜いたら、それは突撃の合図。

 

「(……刹子くん、少しくらいなら猶予はくれるよね?)」

 

 先ほどから私目掛けて飛んできていた『圧』の気配が消える。

 攻撃が止んだ。

 高畑先生の両手がポケットから、抜かれたーーーー。

 

「がぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーー‼︎‼︎‼︎(させるかーーーー‼︎‼︎‼︎)」

 

 高畑先生目掛けて、前へ、全力突進。

 およそ20メートルほどの距離をーーその一歩で埋める。

 

「ーーーーっ!(刹子君⁉︎ ここは待つところじゃないのかい⁉︎)」

 

「がおおおお‼︎‼︎‼︎(誰が待つもんですか! そしてこのまま殴られなさい‼︎)」

 

 高畑先生の目の前へと躍り出た私は、右手に思いっきり魔力を込めて握り込む。

 幸いこの着ぐるみアーティファクト「日給五千円」は、自分の魔力を隠蔽することが可能。

 身体強化に関してなら、どれだけ魔力を使ってもネギ君に悟られることはない。

 ……わざわざ隠す必要もない気がしますが、それは置いておいてーー。

 

「ーーく、それを貰うわけには‼︎」

 

「がぁああ‼︎(取った‼︎)」

 

 ーー花嫁修行流 女子力全開パンチ‼︎‼︎‼︎(たった今命名)

 

 ようはただの大振りパンチ。

 とはいえ、当たれば確実に障壁を貫くほどの威力が込められている。

 それを肌で感じたのだろう、高畑先生は両腕を交差させ守りの体制に入る。

 私は構わずガードの上から拳を叩きつけた。

 

 ーーガィン、と金属同士がぶつかる音にも似た衝撃音が夜の桜通りに響く。

 

「ーーーー、(さばかれた!)」 

 

 殴りつけた拳に伝わる感触がやけにーー軽い。

 ヒット時に後ろに飛んで衝撃を逃したか。

 さすがに動きが直線的すぎた。こんな典型的な方法で対処されるような攻撃を決め手に選ぶとはーー迂闊。

 

「(衝撃は逃すことができたーーけど、腕がビリビリいってるよ⁉︎ 刹子君、君は()()()の中では一番STR(筋力値)が低いとかなんとか言ってなかったかい⁉︎)」

 

「ーーがるるぅ‼︎(次です、次! まだ高畑先生の両手はポケットに収められていないーー接近あるのみ‼︎)」

 

 距離を取られぬよう前へ前へと推し進む。

 先ほどまでの反復横跳びとは打って変わって、『横』ではなく『縦』の動き。

 当然腕をブンブンと振り回し打撃の連打を浴びせながら。

 ーー距離など取らせない。ましてや、この近距離で再度両手をポケットに収めさせなどしない、それだけは、()()()()()()()()

 咸卦法を使ってようがいまいが、この教訓は変わらない。

 

 ーー無音拳の脅威は中、遠距離だけではない。

 ーー()()()にこそ、対峙した相手の意識を根こそぎ刈り取る『死神の鎌』が存在する。

 

 ーー確たる破壊力を保ったまま飛来する『拳圧』、それを生み出すことのできる『拳』そのものこそーーーー真の脅威に他ならない。

 

「ーー是が非でも拳を再び鞘に収めさせはしない、そういうことか‼︎」

 

 高畑先生は私の意図を読み取ったようだ。

 無理に拳をポケットに収めようとして隙を作るくらいならーーそう思い至ったのだろう。両腕をボクシングのファイティングポーズのように構え、そのまま応戦してきた。

 高畑先生は私の『縮地』の完成度を知っている。

 下手に動くくらいなら、この場で足を止めて迎え撃つことを選んだようですね。ならばーー。

 

「がぉぉおお‼︎(いいでしょう。素の肉弾戦で貴方にどこまで迫れるのかを試すいい機会です。私の女子力にかけて、貴方をぶちのめします!)」

 

「本来なら『魔法使い型』の君とこうして殴り合いができるとは……。いいね、エヴァとの戯れを経て培われた体術、どれほどのものか見せてもらうよ‼︎」

 

 交差する拳と拳。

 己の意地をかけた私の戦いはまだ始まったばかりです!

 

 

 ††††††††

 

 

「…………なんていうか、私たち、蚊帳の外?」

 

「す、すごい! タカミチもチュパカブラさんも、まるで映画のアクションシーンみたいな動きでーー!」

 

「……ハァ、あんたはあんたで楽しそうね」 

 

 一人置いてぼりを食らった気分になった明日菜。

 高畑も刹子も、当初の目的など忘れてしまったかのように二人だけの世界に入り込んでしまっている。

 ネギはネギで、キラキラと目を光らせながらその光景を眺める始末。

 

「……あれ、そういえばエヴァちゃんはーーーー」

 

 エヴァンジェリンの姿が見えないーーと、辺りをキョロキョロと見回した明日菜。

 道端に倒れ込んでいたはずだが、いない。

 そこで再び視線を高畑達の方へと戻す。

 

「ーーーーあ」

 

 いた。

 チュパカブラの背後に。

 もっといえばチュパカブラのお尻にしがみつき、ブンブンと長い金髪を振り回している。ーーいや、振り回されている。

 

「……エヴァちゃん、なんでチュパカブラにしがみ付いてるのかしら」

 

 明日菜は当然の疑問を浮かべ、チュパカブラのお尻から尻尾のように垂れ下がっているエヴァをただただ見つめていた。

 

 

 

 




遅れました!
皆さんは夏風邪にはお気をつけて!(笑)

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