6番目のアーウェルンクスちゃんは女子力が高い   作:肩がこっているん

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後ろの二人がブツブツうるさくてかなわんアル

「どう見るーー楓」

 

 それは女性の声だった。

 麻帆良女子寮前の桜通り。

 時刻は夜の七時を回り、街灯に照らされた通りを除いて、辺り一帯は夜の闇に包まれている。

 往来にはいくつか人影が確認できる。

 

 その中で目を引くのは、やはり刹子扮する怪獣(チュパカブラ)だろう。

 怪獣(チュパカブラ)は目の前の男性に対して、真下から突き上げるようにアッパーカットを放っている。 

 見た目とは裏腹に、動作は完全に人間のそれである。己は今怪獣(チュパカブラ)に扮しているーーそのような事情など、中に入っている刹子の頭からはすっかり抜け落ちているに違いない。

 

 対する男性ーー高畑は、そんなのは些細なことだと言わんばかりに、まるで気にしている素振りはない。黙々と迫り来る乱打を捌き、的確な箇所に一撃を加え、そして後ろに引く。この一連の動作に神経を集中させている。

 この二人は純粋に殴り合いをしている。

 さながら、夜の桜通りを舞台に繰り広げられる異種格闘戦。

 その場にいるギャラリーは二人。少年と少女である。少年ーーネギは選手である高畑に対して応援の声を投げかけ、連れの少女ーー明日菜はただただ頭を抱えている。

 

 なんとも妙なメンツ、妙な催しだ。

 仮にこの場に事情を知らない第三者が通りかかったとしても、『撮影です』の一言で納得してしまうだろう。 

 

「お互い素の殴り合い。あれで判断を求められても困るでござるよ」

 

 先の声とはまた別。これまた女性。

 往来にいる明日菜が発したものではない。

 では誰が。

 通りに沿って並び立つ桜の木。

 木立の陰。

 声の主達は、そこに潜んでいた。

 

 

 ††††††

 

 

 ーー二人とも今夜時間は取れるか? ちょいとばかし噂のチュパカブラとやらを見に行こうかと思うんだが……。

 

 放課後、真名はそのように言って、拙者と古を夜の外出に誘った。

 字面通りに捉えれば、好奇心旺盛で、怖いもの見たさに自ら厄介ごとに首を突っ込んで行く、実にウチのクラスらしい思考だ。しかし、この友人に至ってはその限りではない。まず、ありえぬ。

 真名は言外に、『ウチのクラスメイトを襲ったチュパカブラを退治に行くから手を貸せ』と、そう言っているのだ。

 さすがに学園が誇る問題クラスといえど、倒すことまで視野に入れるような輩はそういない。チュパカブラの噂自体は盛り上がっているようだが、それでもなお、大半の生徒が未だ半信半疑といったところだろう。

 

 そんな中、真名は先の台詞を述べたのである。

 実際ウチのクラスで被害者が出た事実は確かだ。真名の台詞をそのまま捉えると、クラスメイトの敵討ち、脅威の排除、そんなところになるだろうか。無関心を装って、人知れず魔を成敗する。ーー何ともにニクい立ち回りだ。それは拙者も好むところである。

 ただ、あの真名が万が一でもそんな考えを起こすだろうか。

 

「……なんだ楓、私の顔をジッと見て。見るべきは私ではなく、あちらの戦いの方だろう?」

 

 ーー無いな。

 真名に限ってそのようなことは。

 普段の真名を知る拙者は、真名から誘いを受けた時、ただならぬ衝撃を覚えたくらいだ。

 これでも付き合いは長い。真名の個人的な経歴については一切知るところでは無いが、少なくとも人となりは理解しているつもりだ。

 真名は基本仕事絡みでなければ自ら動こうとしない。言ってしまえば金にがめつい。何かにつけて、これは幾ら分の仕事だ、これは転移符一枚は覚悟せねばならない故それだけの報酬は約束して貰う、などと言って学園からの依頼を断ったこともあるくらいだ。

 真名の気質をそう捉えている拙者は、真名の誘いを前に、何か裏があるのではーーと勘ぐってしまった。果たしてこの誘いを受けて良いのかと。

 念のために、『誰かの依頼か』と聞いてみたが、真名は、『何を言っているんだ?』と首を傾けるばかり。

 結局、返事に窮する拙者を尻目に、同じくその場にいた古が何の疑いも持たず了承を返してしまったため、半ば強引に拙者も道連れと相成った訳だ。

 

「ヌヌ、チュパカブラの攻撃さっきから全然当たってないアルよ! コラ、もっと気合い入れるネ!」

 

 古は実に気楽なものだ。

 何の疑いも抱かずこの場へやってきて、往来で繰り広げられている光景に対して一切の突っ込みはなし。

 お主は裏の世界を知らぬ一般人ではないのか?

 少しは動揺してもいいだろうに。

 

「おい、古。興奮するのはいいがあまり大声は出すな。あと暴れるんじゃない。あちらに気づかれた時点で、私たちの観戦タイムは終了だぞ?」

 

「なはは……すまないアル。でも、ついつい体が動いてしまうのは如何しようもないアルよ」

 

 肝が据わっている、まぁ、それが古の在るべき姿か。

 少なくも真名と比べて裏を読む必要がない分、拙者も気を張らずに済む。

 この場にいることで上手く真名との中和を保ってくれることをありがたく思うことにしよう。

 

「楓、せっかく連れてきてやったのに、私たちの方ばかり見ているじゃないか。あちらの試合は退屈か? それとも、すでに実力の程は見極めたが故の余裕か?」

 

「買いかぶり過ぎでござる。拙者は未だ修行中の身故、そこまでの境地には至っておらぬよ」

 

「だったらちゃんとあの怪物の戦いぶりを見ろ。お前の目の良さには期待してるんだ。ある程度はあれの力量を見定めてもらわないとな」

 

「お主こそ目は良いだろうに。ーーが、拙者も礼を欠いていた事は確かでござるな」

 

 真名の言う通り、人様の戦いから目を逸らすなどと、いささか無礼であった。

 視線を前方へ、通りで行われている戦いへと移す。

 しかしーー。

 

「それにしてもな、真名。お主はどうもあの怪物ーーチュパカブラの評価を拙者の口から聞きたいようだがーー先ほども言ったように、アレでは判断を下すにも無理があるでござる」

 

「むぅ」

 

 チュパカブラと高畑先生の戦い。今行われているソレは、武の道を往く拙者からしたら、あまり為になる内容では無い。

 お互い付かず離れずの間合いを保ったまま繰り広げられる肉弾戦も、拳と蹴りのみで成り立っているその試合運びも、威力は常人のそれとは桁外れなのだろうが、要はただの殴り合いだ。技の一つも挟みはしない。

 しかし、高畑先生と対峙している怪物、アレが本当にチュパカブラなのだとしたら、拙者が技をどうこう催促したところでお門違いだ。武の達人すら唸るような肉体技を繰り出す吸血生物、それはもう笑い話でしかない。

 

 ーーチュパカブラが拳を握りパンチを飛ばしている時点で、もうすでに笑い話の域なのでござるが。

 

 よってアレはチュパカブラではない。偽物だ。いや、そもそも人間、チュパカブラの『皮』を被った人間だろう、間違いない。

 

「ときに真名よ、あのチュパカブラの正体について、でござるが……」

 

「アレに中身が存在する事くらいは見抜いていたか、さすがだな楓」

 

「茶化さないでほしいでござる。…………刹子殿か?」

 

「そうだな、正解だ」

 

 真名は拙者の方へと顔を向け、うんうんと何度も頷きながら事実を認める。

 こういう感情表現も真名にしては珍しい。何故だか今夜は随分と機嫌が良いようだ。

 拙者は話を続ける。

 

「チュパカブラ、いや刹子殿か。刹子殿の腰の辺りにしがみ付いている者、あれはエヴァ殿でござろう? この麻帆良で何か事が起こるとしたら、大抵は刹子殿とエヴァ殿、あの二人が関係しているでござる。そしてあそこにはエヴァ殿がいる。すると必然、その片割れが不在とは考え難いでござる」

 

「ああそうだな、お前の読みは当たっているよ。実に良い目をしている。……フフ、それにしても、何故エヴァンジェリンはあんなにも必死にしがみ付いているんだろうな。まるでチュパカブラに尻尾が生えたかのようじゃないか。ーーああ、あの場所が気に入ったのか。あいつの尻は大層立派だからな」

 

 真名は、『くっくっ』と笑う。

 拙者の話もいつの間にか流されてしまっている。

 本当に機嫌が良いな、一体何かあったのか。

 刹子殿の臀部が立派なのは、まぁ、頷ける。何せクラス一の安産型と呼ばれているくらいだ。

 それでも、エヴァ殿の行為は甚だ疑問な事に変わりはないが。ーーいかん、話が逸れてしまった。

 

「それで、真名はこれがわかっていて拙者らを誘ったのでござるか?」

 

「ん? わかっていて、とはーーあのチュパカブラの正体を、という事か?」

 

 真名は少し笑いを引きずりながら、拙者に受け答えする。

 構わず続ける。

 

「どちらかというと、今目の前で起きている事を含めた全部、という意味でござるよ」

 

「いや、さすがにそれはないよ。私はただ()()()()()()()()()()を襲ったという奴に興味があっただけで、事態がどう転ぶかなんて考えてもいなかったさ。後は、犯人だと言われているチュパカブラに心当たりがあっただけだよ。実際当たっていたようだしね。お前だって、前に刹子と戦いたいと言ってただろう? 良い機会じゃないか、なぁ古」

 

 古に視線を移す。

 

「む〜! どうしたアル! 動きがどんどん鈍くなってるネ! そんなんじゃせっかく私達が来た意味がないアルヨ!」

 

「…………こりゃ聞こえてないね」

 

 古は熱心に観戦しているようだ。

 試合そっちのけで無駄口を叩いている拙者らとはえらい違いである。

 この様子では今の拙者たちの会話も聞いていなかっただろう。

 それにしても、動きが鈍くなっているーーか。

 

「……確かに、雑になってきているでござるな」

 

 改めて刹子殿の動きに着目してみる。

 動作は全体的に大振り、言ってしまえば隙が大きい。

 それもそのはず、刹子殿の戦い方は武道家というよりも、喧嘩屋のそれだ。刹子殿が一度拳を振るってから次の体制に移るまでの間に、高畑先生は捌く、打つ、退く、構えるの四動作を行なっている。高畑先生が巧みなのだと言ってしまえばそれまでかもしれないが、あれなら拙者でもカウンターを打ち込むくらいの隙はある。それはこの場にいる他の二人も同じことが可能だろう。

 

「あの様子じゃ高畑先生はあえて場を持たせているな。……なぜかは知らないがーー決めようと思えばいつでも決められるだろう」

 

「ただただ高畑先生の(うま)さが際立つばかりでござるな」

 

「あれじゃ私がいつも相手にしている武道会の連中とあまり変わらないアル。……下手したらそれ以下ね」

 

 そうーーあの程度ならば拙者達の領域には遠く及ばない。

 古が言ったように、麻帆良には素人でも気の使える人間が多数いるが、せいぜい彼らと同程度。それにすら及んでいない可能性もある。

 一方高畑先生の動きには、一切の衰えを感じない。余分にステップを踏む余裕すら見せているくらいだ。それに比べ刹子殿はダメージが蓄積するばかりで、一向に解決策が打てない様子。動きも鈍くなっている。あれではもう長くないだろう。

 

「……幕切れも近い、でござるか」

 

 拙者の呟きには誰も答えない。

 先ほどまで元気だった古も今ではすっかり静かだ。

 このまま幕切れーーそれは、なんとも味気ないことか。

 

「ーー帰るか?」

 

 真名がそう拙者らに問いかける。

 古は答えない。

 拙者も無言を貫く。

 

「ーー結果が見えたからといって、すぐ立ち去るというのは忍びない。と言ったところか?」

 

 違う。

 そう言った感覚ともまた違う。

 

 此度何度目になるか、拙者は試合から視線を外し、真名の方へと向ける。

 真名はすでに拙者を見据えていた。

 お互いの視線がかち合う。

 そんなとき、古が声を発した。

 

「ーーもう! 最初にやってた()()()()()()()()()()()()()()はなんだったネ! あれだけの技を見せておいてこのまま終わりなんてないアルよ‼︎」

 

 古は今にもここから飛び出て行きそうな程に憤っている。

 それはーー拙者も同じ心持ちだ。

 

 ーー拙者らがこの場に到着したばかりの時、刹子殿は見事に高畑先生の猛追を躱していた。あの時に見せた()()()、アレを成すことのできる者が、この程度の戦いしかできぬはずがなかろう‼︎

 

 思わず拳を強く握りしめる。

 釈然としない、馬鹿にされているような気分だ。

 古は『ピョンピョン早く動くアレ』と表現したが、その詳細は実のところ、本来ならば古も知り得るものだ。

 

「古、私たちが最初に見たのは瞬動術だろう? わざわざピョンピョン動くーーなどと解りにくい言い方をしなくてもいいじゃないか」

 

 真名は拙者から目を逸らさずにそう言う。

 

 ーー瞬動術。

 

 『気』による身体強化により跳ね上がった運動力。

 強化された全身のバネは高い瞬発力を生み、『ゴム(まり)』のような高い弾性を両脚に与える。

 これだけでも、その身は一飛びで屋根を越すほどの跳躍力を得る。

 

 そこで、さらなる『気』を足裏に収束させる。

 これにより、体は真下に吸い寄せされるかのような負荷が加わるが、同時に『ゴム(まり)』と化している両脚は、驚異的な爆発力を蓄えることとなる。

 

 限界まで引き絞られた弓弦につがえられた、矢。

 その身は、矢と等しくなる。

 ひとたび放たれれば、数歩と必要とする道を、一歩で跨ぐことが叶う。

 

 それが、瞬動術。

 これは幾度か修行の際に、拙者が古に見せたことあるし、古もこれと似た中国拳法の技を扱う。

 だがーー。

 

「瞬動術だったらも少し踏み込み先でバタつくアル。それに踏み込み前に力んでいる動作もなかったネ」

 

「ああ、『入り』も『抜き』も完璧だったな。それはもうーー」

 

 真名が言葉を溜める。

 拙者と目を合わせたまま。

 続きはお前が繋げーーその目はそう言っている。

 

「……それは、もはや『縮地』の域でござるな」

 

 瞬動術も縮地も、ある程度の距離を瞬時に移動すると言う点ではさほど変わりはない。

 違いは、『入り』と『抜き』。移動前と移動後の、体の態勢にある。

 古の言葉を借りれば、瞬動術と言うのは、踏み込む前に『力み』、踏み込んだ先で『バタつく』。

 要は見え見えの前動作で力を溜め、加速。一切の減速もなく、移動距離の限界を迎えた段階で、突然の急停止。当然、体は慣性という名の物理からの報復を受けることとなる。いくら『気』で強化された体とは言え、それは免れぬ事なのだ。

 

 それらの欠点を、無くすーーとまではいかないが、限りなく目立たなくする事は可能だ。

 対峙する相手に悟られる事なく地を踏み、穏やかな態勢のまま動作を締める。縮地とは、より完成された瞬動術を言うのである。

 そして、それは瞬動術を扱う拙者が、目指すところでもある。

 

「縮地、と言われればそうアルね。ふむ、あれが縮地だったアルか」

 

 古は勝手に納得したようだ。

 それならばそれでいい。

 ここから先は口にしたところで、その先に着地点はない。

 目の前で、先ほどから一寸たりとも拙者から視線を外さない、この信用の置けない友人はーーまだ何か言いたい事があるようだが。

 

「ーーそれにしても、いくら縮地と言えどアレは「真名、聞きたい事があるでござる」…………なんだ? 楓」

 

 真名の言葉にわざと被せる。

 それ以上は蛇足だ、言う必要はない。

 それよりも、だ。

 いつもよりも機嫌が良く、口の軽い、真名ーーお主には今聞いておかねばなるまい。

 

 拙者は珍しく人を睨みつけるかのような眼差しを真名に向ける。

 真名は動じない。

 拙者は構わず口を開く。

 

「お主は、刹子殿の実力をーー本当は知っているのではござらぬか?」

 

「…………」

 

 真名はーー答えない。

 だんまりを決め込むつもりか。

 言外に、それは肯定を表しているに他ならないーーだが、それでは拙者は納得しない。

 

「お主は随分と刹子殿に興味を持っているようでござる。いや、入れ込んでいると言うべきか」

 

「そう見えるか」

 

「あくまで惚けるつもりか」

 

 ーーそうはいかぬ。

 

「お主が今宵拙者らをこの場に誘った狙いは、この際置いておくでござる。結局のところ、お主は刹子殿とどういった関係なのだ? 刹子殿の何を知っている?」

 

 刹子殿がこの学園の裏の関係者である事は、拙者も知るところである。

 真名自身も、あくまで学園からの依頼という形ではあるが、裏の仕事も請け負っている。どちらも学園の裏に関わっている事に変わりはない。

 おそらく、そこで何らかの繋がりがあったのだろう。

 この場にーー刹那が居ない事が悔やまれる。

 真名が言うには、刹那は他に仕事が入っているため誘えなかった、とのことだが、それも信用できるか甚だ怪しい。

 これを見越してあえて誘わなかったか。

 だとしたら、なぜーー。

 

「……楓、凄い顔だぞ? 少し落ち着いたらどうだ?」

 

「だからそれはお主が……っ!」

 

 いかん。

 ペースを乱されている。

 今の拙者は酷く落ち着きがない。

 だが、それも致し方ない事だ。

 あれ程の『縮地』を、拙者と同年代の者が目の前でやってのけた。ただ事ではない。

 拙者自身、己の『縮地』の完成度に対しては、並々ならぬ自信がある。誇りがある。忍びとして、武人として、他者より秀でている部分を挙げろと言われれば、拙者は迷う事なく『縮地』を選ぶ。それほどのものなのだ。

 

 だが。

 

 だがーーそれも取り下げなくてはならなくなった。

 

 拙者の縮地はーー()()()()跳べぬ。

 いや、これは拙者に限った話ではない。

 瞬動術の特性上、人体の構造上、踏み込むといった概念上、生み出される力はどうしても()()()()()()()となって表れる。

 

 だが、刹子殿がやったあれはどうだ?

 あれはーー()()()()()いたではないか。()()に、何不自由なく跳んでいたではないか。

 できないーー拙者には。

 あの動きを前に、ネギ坊主はこう評していた。それは拙者の耳にも届いていた。

 まるで、反復横跳びのようだ、と。

 そんなーー生易しいものではない。

 技後硬直も何もあったものではない。絶え間無く縮地を連発するなど、一体どれほどの修練を積めば、そのような事が可能になるというのか。

 

「……嫉妬でもしたか? あいつの『縮地』を見て。お前ともあろう者が」 

 

「…………」

 

 した。

 ああ、したとも。

 だが、武に携わる者として、それだけで終わってはいけない。

 知らねばなるまい。

 刹子殿の事を、そこまでの完成度に在る縮地の詳細を、それに至った経緯を。

 聞かねばなるまい。

 拙者もそこに辿り着く事ができるのか、どうか。

 必要とあらば、拙者は何でも捧げよう。

 それだけの覚悟はーーある。

 

 真名が再び口を開く。

 

「……悪かったよ、楓」

 

「……何を思ってその言葉を口にする?」

 

「私自身、あいつがあそこまでのものを扱うとは、思いも寄らなくてな。同じテリトリーの技を使うお前がいる手前、意見を聞きたいがばっかりに、必要以上にお前を煽る形になってしまったーーーーすまないと思っている」

 

 そのような謝罪は、この話に何の発展も生まない。

 拙者がお主の口から聞きたいのは、そんなものではない。

 一向に煮えたぎらない友人に、今一度問う。

 

「ならば、答えろ真名。刹子殿は何者でござるか。実力のほどは。お主との関係はーー」

 

 先ほども同じ事を聞いた。

 これで答えないようなら、拙者は力づくでもーー。

 

「ーー昔の仕事仲間だ。私がこの学園に来る前の。だから……その逸る気を抑えろ」

 

「仕事仲間だと? お主と刹子殿が?」

 

 真名がようやく情報を出した事で、拙者の昂ぶる感情は一旦治まる。

 古が驚いた顔でこちらを見ている。

 逸る気とやらは、よほど外に漏れていたのだろう。

 修行が足りぬな。こうも容易く感情を悟られるとは。

 それにしてもーー仕事仲間か。

 

「初めてあいつと出会ったのは戦場だ。最も、味方としてだが。……聞くか?」

 

「いや、それには及ばぬ。戦場という事は、よっぽどの戦を経験してきたのだろう。刹子殿は手練れ。それがわかっただけでよい。そこから先は、踏み込む限りではない事は承知している」

 

「話が早くて助かるよ」

 

 場の空気が弛緩する。

 恐る恐るこちらの様子を伺っていた古は、ホッとため息を吐き、視線を通りへと戻す。

 拙者と真名も、同じように顔をそちらへ向ける。

 あいも変わらず喧嘩殺法の、刹子殿の姿がそこにある。

 まだ、続いていたか。

 

「刹子殿のあの喧嘩屋さながらの動きは、どういった意味があるでござるか?」

 

「意味も何も、見ての通りだと思うよ。あいつの格闘戦なんて出会った時から常にあんな感じだ」

 

「……それでは、先ほど行なっていた縮地についての説明にならぬ。それに、あそこまで隙だらけの拳撃で、裏の者とやり合えるものか」

 

「あいつが隙だらけなまでに大振りの拳を放っている要因はーーーー高畑先生だ」

 

「何?」

 

 刹子殿にのみ向けられていた視線を、高畑先生へと移す。

 両腕を十字の形に、胸元の前で構えた、守りの姿勢。

 攻めに転じる時以外は、常にその姿勢を崩さない。

 その十字の守りの上から、刹子殿は何度も拳を叩きつける。その度、弾かれーーガラ空きの態勢を眼前の高畑先生の前へさらけ出す。その、繰り返し。

 ()()()()ーーか。

 

「高畑先生は『咸卦法』と呼ばれる特殊な技法を用いている」

 

「ーーそれは」

 

「楓、お前が『気』と対をなす『魔力』の存在を知ったのは麻帆良に来てからだろう? ならばピンと来ないのも無理はない。私も、原理は解るが、実践はできない。大雑把に言うと『咸卦法』とは、『魔力』と『気』、二つの相反する要素を一重に融合させた、謂わば反則技みたいなものだ」

 

「少なくとも、拙者が育ってきた環境の中で、そのような技法を耳にした事はないでござる」 

 

「それはそうだろう。『咸卦法』は、『邪道』ではないが、かえって『王道』と言う訳でもない。知らぬのも無理はないさ」

 

 拙者はとんでもない試合を前に、随分と余計な事を考えていたようだ。

 あの攻防に隠された秘密を、拙者は見抜く事が出来なかった。

 不覚ーー。

 

「要はその『咸卦法』とやらで、高畑先生は驚異的な防御力を得ている、と言う事でござるか」

 

「ああ。今もああやって喧嘩殺法に興じている怪物もどきも、『咸卦法』だけは使わせまいと奮迅していたようだが、いつの間にやら使用を許してしまったようだ」

 

「ならば何故刹子殿は攻め手を変えない? あれではヤケを起こしているようにしか見えないでござる」

 

「お前の言う通り、ヤケを起こしているんだろうよ。何でかは知らないが、力比べ、とでも思っているんじゃないか? ()()()()()()、とでも呼べる人物が、そんな性格だったらしいからね」

 

「それは、難儀な血筋でござるな」

 

「フフ、そうだな。高畑先生もそんなあいつを相手にするのが楽しくて仕方無いんだろう。だから、ああして勝負を持たせている」

 

 その気持ちはーーなんとなく拙者も解る。

 

「ただの意地の張り合い。あの戦いはそれだけの上で成り立っているんだよ。お互いをどうこうするつもりなんてハナからあの二人の頭の中には無いのさ。だから、お前もそう身構えて見る必要はないんだよ」

 

 そうは言うが、こちらからしたらお預けを食らったまま、延々と出し惜しみされているような気分なのだ。今更気持ちを切り替えるなど、無理な話。

 刹子殿が難儀な性格をしている事は解った。戦場を経験してきた以上、かなりの手練れである事も解った。

 ここから先は、刹子殿本人から聞いた方が早いのだろう。

 彼女本来の戦い方。

 完成された縮地と、乱雑な喧嘩殺法。この二つからどのように戦いを組み立てていくのか、今すぐにでも問いただしたい。

 

 横目で真名を見る。

 この友人はこれ以上口を割らぬだろう。

 ここまで拙者を煽ったのだから、せめて拙者と刹子殿の仲をとり持つくらいはして欲しいものだ。

 

「……ふむ、しかし、殴り合いは殴り合い。楓が言ったように、多少は攻め手を変えてくれないと、さすがに飽きるな」

 

「今更過ぎるでござるよ。むしろ今まで飽きてなかった事の方が驚きでござる」

 

 今夜の真名は機嫌がいいどころか、おかしい。

 何だ、お主はそこまで刹子殿の事を気に入っているのか。

 仕事仲間というのは建前で、実はただならぬ関係、という事ではあるまいな。

 それは置いておいて、聞くべきところは聞いておくか。

 

「仮にーー攻め手を変えるとした、刹子殿はどういった動きに出るでござるか?」

 

 仕事仲間だったのだから、当然知っているだろう。

 答えてくれるかは、怪しいが。

 

 真名は顎に手を当てて、考える素振りを見せた後、案外すんなりと答えた。

 

「あいつは本来、接近戦には『得物』を用いる。攻め手を変えるとするならばそこだ。そもそも、握り拳を振るっている時点で、あいつの戦闘スタイルからは大きく外れてる」

 

「『得物』ーーしてそれは?」

 

「包丁だ」

 

「なんと」

 

 包丁とは、あれか。

 料理の具材を切るのに使う。

 そういえば、刹子殿が問題を起こした際に、かなりの割合で『包丁』という単語が挙がる。

 まさかーー。

 

「刹子殿の素行不良の原因の一つ、包丁の携帯。まさか、こんなところで結び付くとは」

 

「常に包丁という訳ではないようだがな。私が見た中には()()()()()()()()()()()()もあった」

 

「いや、もういいでござる……拙者はもう一杯一杯でござるよ」

 

 人の得物にケチをつける気などないが、何故なのだ。何故、包丁なのだ。

 縮地で鋭く間合いを詰めて、よりにもよって包丁で斬り付けるのか。果たして通るのか、それは。何故もっとマシな得物を選ばなかった。己の得物にこだわりはないのか。

 刃物ならば何でもいいのか、はたまた包丁がいいのか。感覚がわからぬ。

 何ともちぐはぐだ、刹子殿は。

 これ以上は拙者の頭が持たぬ。

 

「まぁ聞け楓。ただ闇雲に包丁を振り回すのがあいつの戦闘スタイルという訳じゃない。近接戦も、止むを得ない場合か、勝負を決める際にしか選ぶ事はない」

 

「なんでござるか。つまりは『縮地』や『包丁』といった近接戦の手段を備えておいて、基本は遠距離攻撃が主体などと申すか」

 

 もはや何を聞いても驚くまい。

 拙者はもううんざり、といった対応をする。

 真名はそんな拙者を見て、笑いながら話を続ける。

 

「そうだよ。そもそもあいつは『魔法使い』だ。それも元々は『後衛タイプ』のね。魔法自体はこの前見ただろう?」

 

「ジャスティスレンジャーの面々に披露してもらった、何とも摩訶不思議な術でござろう? あの戦い自体は一瞬の内にけりがついてしまった故に頂けないが、確かにあの『魔法』とやらは目を見張るものがあったでござる。しかしな、真名ーー」

 

「しかし、何だ?」

 

 拙者はその時の光景を脳内に思い浮かべる。

 

「拙者は、火と風、二つの魔法をあの戦いで目にしたでござる。詠唱というタメを必要とはするが、一度放たれれば、その威力たるや絶大ーーーーなおさらおかしいではないか。それほどの威力が込められた『魔法』を放っておいて、その上でわざわざ接近戦に持ち込むのでござるか? 言っては何だが、近接か遠距離、どちらか片方に寄せて伸ばした方が、自身の為にもなろう? 『後衛タイプ』なら、『魔法』の威力を高めることに重点を置くべきでござる。刹子殿は、結果的には『縮地』を会得して、不得意な距離を無くすことに繋がったのであろうが、そこまでに至る過程がわからないでござる」

 

「自身の戦闘スタイルに逆らってまで、畑の違う分野に手を出した事の意味、か」

 

 そうだ。

 そこまでする事の意味がわからない。

 まだ自分の『戦闘スタイル』が決まらない内ならば、そういった選択もあり得るだろう。

 しかし、真名は言った。

 刹子殿は、()()()()()()()()の魔法使いだと。

 無理矢理変えたと言うのか? 今まで自分が高めてきたスタイルを。

 下手したら両方器用貧乏になって、並々ならぬ時間を棒に振る可能性だってあり得ると言うのに。

 

「そうだな……この事に関しては、私も詳しくは把握してないんだがーーーーある程度の目処は立っている」

 

 真名は通りにいる刹子殿を、何やら感慨深いような目で見つめながら、言葉を続けた。

 

「恐らくは、あいつの扱う魔法のーー()()()()()()()()()んだと思う」

 

「属性ーー」

 

「先程話に出た、火と風、二つを例に挙げるとすればーー火は『破壊力』、風は『速度』又は『推進力』。『風』と生業を同じくする『雷』もまた同じ。西洋魔法における各属性には、これらの概念に沿った特性が与えられている」

 

「風と雷が同列だと言うのは、何とも違和感があるが、まぁ捉え方の違いでござるかーーして、刹子殿の属性とは?」

 

「ーー水だ」

 

 水。

 

「……水、でござるか」

 

「西洋魔法における水の特性は何だと思う?」

 

 なんだ?

 水を飲めば喉が潤うーー潤い? いや、違うか。

 川を水が流れるーー流れ? いや、流れとは何だ。抽象的すぎて漠然としない。

 水、水、水ーー。

 

「ーー答えは、『変化』だ」

 

「ーーハッ! 真名、拙者はまだ考えて…………『変化』?」

 

「『状態変化』、『性質変化』、『形状変化』ーーそれらの概念を司る魔法、それが水の魔法だ」

 

 変化ーーそれが刹子殿の魔法。

 その魔法は、一体どのようなーー。

 

 

 

「ーー『弱体化』や『状態異常』を(もたら)す水の魔法ーー謂わば、猛毒の雨。それを遠距離から絶え間無く放射し続ける。それが、補助に特化したあいつのーーセツ子の魔法使いとしてのスタイルだったんだよ」

 

 

 そう言って刹子殿を見る真名の瞳からは、拙者は何も読み取る事ができなかった。

 

 

 




刹子「説明回! 私一言も喋ってませんよ⁉︎」

エヴァ「私なんてお前の尻尾扱いだぞ」

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