ウルトラマンノヴァ シーズンⅠ(00〜03話) 作:さざなみイルカ
03話『姉弟/ナメゴン襲来』
ウルトラマン80が地球を去り、ウルトラマンメビウスが現れるまでの間、地球に怪獣は現れなかったとされていた。四半世紀の沈黙を破ったのは、一般的に宇宙
しかし、それはあくまで
今から一七年前、夜雲朱里は怪獣を目撃した。
当時一二歳だった彼女。
「出身地はどこか」と他人に聞かれたとき、朱里は地球の地名を言うことができない。彼女は火星生まれのスペースジェネレーションだからだ。弟も同様である。
怪獣を目撃する日の朝。火星居住ドーム内の児童学習施設――つまり学校に、朱里は通っていた。その面持ちは暗く、足取りは重かった。
「どうしたの? 朱里ちゃん」
三つ年上の幼馴染バン・ヒロトが声を掛けてくれたのは、机に座ったときだった。この学校には、火星開拓団や鉱物資源運搬船団、あるいは火星都市防衛隊の家族である六才から一五才までの子供たちが通っているが、全学年の人数を足しても二〇人にも満たない。そのため、生徒児童全員が家族のように仲が良かった。
「実は……」
朱里は心中を打ち明けた。それは、生まれ育った故郷を離れなければならない、という内容だった。
幼い弟が特殊なウィルスに侵されたのだ。ただちに命に別状があるわけではないが、放置しておくと今後の成長に深刻な影響を残しかねない。できるだけ早い治療が望まれた。しかし、彼の病状を治すためにはより設備の整った環境が必要だった。
そこで夜雲一家は、次に出立する鉱物資源運搬船団と共に地球に帰還することになったのだ。両親にとっては一五年ぶりだが、朱里と弟にとってはまだ見ぬ世界だった。
「そう、それは寂しいね」
独創的でないヒロトの言葉は、言った方と言われた方の両方の胸中を捉えていた。ただ、言われた方にはもう一つ別の要素も混じっている。“不安”だ。
生まれてから一二年間、ずっとこの赤い星の、このドームの中で育った。友達も思い出も、ここにしかない。いずれ地球に行かなければならないことは知っていたが、突然の離郷を受けとめられるほど、朱里は大人ではなかった。
しかし、行きたくないなんて口にできるはずがない。両親にとっても
彼が次に言葉を発したのは、朱里の
「ごめん、なんていえばいいのかわからない……」
それが最初の一言だった。
「ただ、僕もいずれ、父さんたちと地球に行く。地球に行ったら、朱里ちゃんに会いに行くよ」
ヒロトは彼女に希望を提示しようとした。
効果はあったが、やや弱い。彼は朱里の肩を持ってさらに続けた。
「それに、朱里ちゃんは独りじゃない。マモル君がいるじゃないか」
弟の名前をだされたとき、朱里ははっとした。そうだ、自分には弟のがいる。まだ生まれて四年しか経たない、弱々しくも無垢な目をもった、大事な兄弟が。
彼女は思い出した。彼が生まれた日のことを。出産後の母が抱く赤ん坊の姿を見て決意したのだ。「強くなる」と。弟のために、強い姉になると決めたのだ。
朱里が完全に涙を拭うより早く、空襲が鳴った。
「怪獣だ! 怪獣が現れたぞ!」
クラスの誰かが叫んだ。教室内の全員が、窓の向こうに飛びついた。巨大なナメクジの怪物である。ナメゴンと呼ばれるその怪獣は、ドームの外にある資源採集施設を
過去の記録によると、ナメゴンは塩に弱いとされていた。防衛隊はすぐに塩化ナトリウムによる攻撃を試みるも、効かなかった。ナメゴンを送りつけた宇宙人は、自分達の尖兵をより強化していたのだ。
やむを得ず、火力による掃討が始まった。ドーム内の住人には避難勧告が敷かれる。
五時間に及ぶ死闘の末、防衛隊はナメゴンの撃破に成功した。ドームに被害はなかったとはいえ、多くの犠牲者が出た。その中には、ヒロトの母親、そして、朱里の両親も含まれていた。
ナメゴンの襲来から数日後、犠牲者の葬儀が行われた。その日の晩、朱里は両親の遺体安置所に根を生やしたように入り浸った。
不思議と涙は出ない。両親の死というものが、信じられなかったのだ。ひたすら遺体を見つめていれば、いつかまた目を覚ます瞬間に巡り会えるのではないか。そう思っていたのかもしれない。
しかし、夜が明けてもそんな瞬間はやってこない。夜がきても、また夜が明けても。また夜がきても、明けても。
「朱里ちゃん」
三日もそこにいた彼女に声をかけたのは、ヒロトの父親だった。彼は彼女を無言で抱き寄せ、そして、彼らが目覚めることはない、というごく自然なことを彼女に
ヒロトの父親の言葉を聞いて、朱里は涙腺のダムを決壊させた。彼のスーツを濡らしたことを、朱里はその後何年も記憶することになる。
さらにその二日後、ヒロトの家に身を寄せていた彼女のもとに、一人の男性がやってきた。火星防衛基地の防衛参謀を務めていた人物だった。
「単刀直入に言う。君たち姉弟には予定どおり、地球に行ってもらう」
男性の言葉を半分疑い、半分理解できなかった。全て脳内に納めたとき、朱里は必死で拒否した。
「嫌です。ここを離れたくありません」
「朱里ちゃん……」
ヒロトの父が横から声を掛けてくる。心中察した面持ちだったが、それで少女の気は静まらなかった。
「地球になんか、行きたくありません! 友達も、思い出も、お父さんも、お母さんも、ここにしかいない! 地球には誰もいない! 私はひとりぼっちになってしまう!」
天板を叩いて、朱里は声を張り上げた。部屋にいた一人は親身な同情を目で示したが、もう一人は
じっと彼女を見つめ、そして発言を返した。
「……そうか。地球に行けばひとりになってしまうのか」
男性の声調には全く変化がない。目に見えない強さが空気に乗って朱里にひしひしと伝わる。
「だが、それは君の弟さんも同じことじゃないのか」
「!」
「そして彼は、たとえひとりでも地球に行かざるを得ない」
「…………」
「弟さんを、ひとりにするな」
その言葉に、心を貫かれた。
彼の言葉通りだった。病気を抱えている弟はどの道地球に行かなければならない。そして、両親が死んだ以上火星に戻ってこれる理由がないだろう。火星に思い出がないにせよ、弟にはまだ生きた経験すら少ない。本当の意味で何も無いのだ。
朱里は再び泣いた。おそらく、これが人生最後の涙だったのだろう。彼女はこの数日で、一生分の涙を火星の地に流してしまった。それから先、彼女は泣いた記憶がない。
一ヶ月後、彼女は赤い星を後にした。
宇宙船の窓から故郷を見納めた後、病床に伏せる何も知らない弟のもとに向かった。無垢な彼を抱き寄せ、四年前の決意改めて誓う。
「強くなる」と――。
地球に着いた後、姉弟は共に地球に帰還した火星防衛参謀だったの男性の養子となった。
それから一七年。地球で暮らしてから、何度か引っ越しをした。多忙である養父の仕事がら、様々なところに移転する必要があったのだ。今ではドラグーンベースから車で一〇分もかからない場所にある屋敷が、彼女の帰る家となっている。
「おかえりなさい、朱里さん」
中年のやや小太りの女性。家政婦のヨネが、仕事帰りの彼女を玄関まで迎えてくれる。これは一七年全く変わらないことだった。
「ただいま、いい匂いね」
「ええ、今日は良い
「ねぇ、ヨネさん。マモル帰ってきてる?」
「いいえ、今日も戻られてませんが……」
「そう……」
最近、弟が全く家に帰ってこない。それが朱里には気掛かりだった。