ウルトラマンノヴァ シーズンⅠ(00〜03話) 作:さざなみイルカ
「姉さんに会わせたい人がいるの」
そう言って弟は、朱里を地下に連れていった。
幾多のパイプが、上にも下にも通る廊下。黄色い証明の光と薄い白煙で満たされたそこを進むと、一つの扉が見える。それを開くと、そこから懐かしい情景が広がった。
夕焼けとはまた違った
なぜ火星がここに。そう考えていると、自分がどこから来たのか思い出せなくなっていた。目に映るかつての世界が、朱里をそのお奥へ奥へと誘っていたのである。
「こっちだよ」
マモルに手を引かれ、さらに進んだ。そこはかつて住んでいた家。そこで待っていたのは数人の人物だった。対峙したとき、そのうちの一人が前に出て彼女に微笑みを見せた。
「おかえり、朱里ちゃん」
その顔は長い年月を経たものだったが、確かに面影が残っている。幼馴染のバン・ヒロトだった。
「そんな……、ヒロト君は死んだはずじゃ」
宇宙船アランダスの航行中の事故で、バン・ヒロトは地球の土を踏むことなく次元の彼方に消滅した。一二年前にGUYSによって再捜索が行われたらしいが、彼の生存も死体も確認されなかったという。彼は生きていたのか。
「何言っているんだ、朱里。彼はずっと火星にいた」
「あなたは悪い夢を見ていたのよ」
ヒロトの後ろに佇んでいた男女が、彼と肩を並べて言った。既に戸惑っていた朱里だが、その二人の姿を見てさらに混乱する。
「お父さん……お母さん……?」
なぜ、死んだ人々が自分の目の前にいるのか。なぜ、とっくの昔に離れたはずの故郷に自分は立っているのか。見当がつかなかった。
すると、弟が朱里の手を握る。
「全ては終わったんだよ、姉さん。全部元に戻ったんだ」
そういえば、自分の両親が死んだ経緯はなんだったか。故郷を離れたのはなぜだったか。自分は火星を離れてどこへ向かったのか。さっきまで何をしていたのか。思い出せない。唯一確かなのは、ここに来る前自分は深い苦しみの中にいたことだけだ。
あれは悪夢――。
そう思ったとき、全ての疑問は無となって消えた。
そう、自分はずっとこの星で暮らしいていた。生まれてから今日に至るまで。愛する家族や苦楽を共にした友人たち。これこそが、自分の生きてきた世界。そして、生きていく世界。
いつの間にか、ヒロトの両親も混じえて食卓を囲んでいた。同じ料理を味わう二つの家族は、他愛のない話題で会話を咲かせる。
「美味いな、この魚」
「ええ。火星での食物生産技術も大分進歩しましたからねぇ」
「そのうち、人類全員が火星に移住する日も近いだろうな」
「ねぇ、父さん。地球ってどんな星なの?」
「どうした、ヒロト。地球に行きたいのか?」
「ううん。地球なんて、行く必要ないよ。僕らはずっとここで暮らすんだ」
そう、自分達はずっとここで暮らす。何一つ変わらず、平穏に。朱里は目の前の食事を見つめてそう思った。
その時である。
一筋の閃光が走り、ヒロトの頭を撃ち抜いた。
「!?」
「ヒロトッ!!」
突然の事態に全員立ち上がり、彼の父は撃たれた息子の身体を抱き上げる。
侵入者だった。光線銃を持ち、眼鏡をかけた侵入者が、家族の
「迎えにきたよ」
突如として現れたそいつに対し、朱里の父は声を荒らげる。
「貴様、なぜここがわかった!?」
「姉さんに発信機を仕込んだんだよ。戦ってるときに」
「おのれ」
侵入者の顔は弟に似ていた。しかし、弟は隣にいるはずだ。あれは、弟ではない。朱里は思った。
「さぁ帰ろう、姉さん」
侵入者は朱里の方に歩いてくる。父はそれを拳で阻止しようとした。躱される。侵入者は突き出された父の腕を捻り、軽くその身体をあしらう。
侵入者は再び朱里方を向いた。
「あなた……誰?」
「弟だよ、姉さんの。姉さんはキノコ人間の作った幻覚に侵されているだけだよ」
「幻覚?」
すると、隣のマモルが朱里の手を引く。
「違う、弟は僕だよ。アイツはデタラメ言って姉さんを混乱させようとしている」
「ボクは真実を伝えているだけだよ」
すると、ヒロトの両親が侵入者に立ち向かった。拳打で父親を返り討ちにした直後、至近距離でその妻を銃殺。侵入者の行いは残虐なはずだったが、悪意を感じることができない。
「物事に永遠なんてありえない。人はいずれ死ぬし、そうでなくても変化してしまう。姉さんは両親を亡くして、故郷も離れて、幼い頃の全てを失った。それはとても悲しいことだけど、たとえ全てが元に戻っても、見ているような生活にはならなかった。だってそれは、現実じゃないから」
妻子を殺された男性が、再度侵入者を攻撃した。腕を触手に変化さて放った、薙ぎ払いだ。不意を突かれた侵入者は打たれると同時に、掛けていた眼鏡を床に落としてしまう。跳ねた眼鏡は朱里の足元にやってくる。
一度は床に手をついたが、すぐに起き上がって第二撃に備える。
飛んできた触手を掴み、光線銃でバン家の当主を撃ち仕留める。
「人間どんなに努力しても、孤独や寂しさからは一生逃れられない。でも孤独があるから、人は誰かを愛することができる。そして愛されるから、人は強くなれる。そして姉さんのくれた愛情が、ボクを強くしてくれた」
光線が飛んだ。父の眼から放たれた怪光線だ。侵入者は瞬時に身を引く。そして踏み出し、格闘戦を仕掛けた。数回の蹴りと拳打の打ち合いの末、侵入者は父の身体を背負投げし床に叩きつけた。そして他の三人と同様に銃で絶命させる。
迫りくる侵入者の脅威に、母と弟は朱里を庇おうと前に出る。
「でも愛情すら永遠でありえない。不変の愛は時と共に劣化して依存に変わる。ボクはそんなことにしたくない。だって……だって、姉さんが大好きだから!」
「!」
真剣な眼差しが、朱里の中の何かを撃った。
「だからX−GUYSに入ったんだ! 姉さんを助けるために! 強くなりたいって願ったんだ! 姉さんを守るために!」
母が侵入者の説得を遮った。しかし侵入者は強く、犠牲者の数を一人増やすだけの結果に終わる。
朱里はこの数分間で、親しい人たちを一斉に失った。しかし、悲しくない。いや、既に経験していたからだ。その
侵入者こそ、自分の弟。夜雲マモルではないか。
「お願い、目を覚まして! 姉さんっ!」
朱里は侵入者の方へと歩き出した。すると、隣にいた
「いかないで、姉さん」
それは彼女の庇護欲と母性を刺激するはずの、弱くて悲しそうな声だった。しかし、朱里が引き返すことはなかった。その代わりに振り向き、握った手を解き、彼の両肩を持って言った。
「強くなりなさい――私はあなたをそう言って育ててきたたわ。そして、あなたは強くなった。だから私も、強くなる。あたなに恥じない姉であり続けるために」
それは過去との決別だった。朱里は既に背にいる侵入者が本物であり、もう一人が偽物だと理解していた。彼女が
最後に包容を交わす。これで幻は消えてくれれば良かった。だが、次に現れたのは化物としての本性だった。
「オマエヲ、イカセハシナイ……!」
本来の姿を晒したキノコ人間の額に、閃光が射られた。最後の一体だったようだ。周囲には、他に数体の死体が転がっている。ここは火星ではなく、コンクリートの太い柱が並ぶ地下だった。
「姉さん、大丈夫?」
「ええ」
近づき、しゃがみ込んできた弟に返事を返す。記憶を取り戻したあたりから、状況も大分飲み込めていた。
「地上でウルトラマンが戦っている。ピンチなんだ。彼を助けて」
「いえ……」
弟の要請を断った。代わりに、落ちていた眼鏡と自分が所持していたサイバーカードを彼に渡す。
「彼を……ウルトラマンノヴァを助けるのはあなたよ、マモル」
眼鏡、サイバーカード、そして“ノヴァ”という名前。朱里は弟の変化の全てを受け入れた。物事は永遠ではありえない。過去にすがるのはもうやめたのだ。
「うん、ありがとう。姉さん」
マモルはそれらを受け取り、強く頷く。
地上の街では戦いが続いている。
《⑨》
第二空戦部隊の救援が来て、一時は生命拾いした。駆けつけたガイズマシンはすぐに斬られ、星なき夜空の虚しい花火となって散っていく。
事態はかなり苦しい。カラータイマーの点滅が表すように、ウルトラマンノヴァは困憊状態だった。そして、未だホシキリブレードの攻略法を俊太郎は見出していない。
『フフ、これで終わりだッ!』
反撃に失敗していたノヴァは、避ける態勢すらとれていない。絶対絶命の最中、刀が振り下ろされる。
「……!」
眼を
次の刹那、激痛は走らなかった。予想に反した瞬間に精神体の彼は再び
『なんだ!? 何か起こった!?』
刃が突如弾けて闇夜に霧散したのだ。刀だけではない。纏っていた武者風の鎧も消滅したようだ。
「間に合ったか……」
本当に狡猾な奴が、マシュラの魔の手から奪われた物と人を奪還したようだ。逆転の希望に据えていた俊太郎だったが、危機が目前まで迫っていただけに、希望の存在には苦情の一つも言いたかった。
「おい。遅いぞ、未来人」
『文句言わないでよ。助かったんだから』
「隊長は無事なんだろうな」
『怪我ないよ。それにボクらの会話も聞こえないから問題なし』
「そうかい。こっちは今にもやられそうだよ」
『それじゃあ、今回もボクが助けてあげよー♪』
俊太郎は苦笑混じりに舌を打った。振り返ってみれば、いつもあの未来人に助けられている。ゴメスのときは援護射撃、グドン戦ではGUNアーチャー、そして今回は奪還したての薄い新兵器。もしも歴代ウルトラマンの強さの番付があるとしたら、自分は最弱の部類に入ることになるだろう。必然とは思うか、やはり
ヨーはカードをデバイザーに差す。彼は今、どこかの屋上に移動したようだ。
《エフェクト・リンク! ザムシャー!》
Gxブラスターとそれを連結させ、点滅するカラータイマー目掛けて情報を乗せた閃光を射つ。ガッツ星人、マシュラ、そして三度目にしてやっと、本来使われるべき人物にそのデータは行き渡る。
《OK! ザムシャー!》
軽妙な音楽が流れると同時に、ノヴァの身体が眩い光に包まれる。
《一刀両断っ♪ ホシキリブレードぅ♪》
荘厳な武士の甲冑がノヴァのプロテクターに重なる形で装着された。腕には籠手、片目には眼帯。まさにそれは、かつて青いウルトラマンと共に戦った宇宙剣豪の似姿だった。サイバーカードに秘められたデータが、ノヴァの身体に溶け込み力となるのを俊太郎は感じた。そして気づけば、端麗な直刃を持つ得物をその手に握っている。
一方、鎧も武器も消失したマシュラは動揺を隠しきれずにいた。
『おのれ! サイバーカードを取り戻したからといって勝った気になるな、猿!』
「そりゃ無理だ。もう負ける気がしねぇ」
その言葉に触発されたマシュラは、腕を変形させた。ホシキリブレードに対抗するためか、剣状の鋭利で尖った形である。キノコにしては中々のデザインだな、と俊太郎はその形に内心感心した。
変形させたその腕を脇下に構え、突進してくるキノコ怪人。振られたそれに、俊太郎も刀で対応する。
刃同士のぶつかり合い――というより、ホシキリブレードが一方的にマシュラの腕を断った。光線すら斬り裂ける刀に、菌類の腕を切断できぬ道理はないようだ。マシュラは落ちた腕に驚愕し、恐れ
『ば、バカなっ!?』
切っ先を敵に向けて、俊太郎は言った。
「どうする? 最高の知性体らしく、賢く降参でもするか?」
『ふざけるなぁッ!』
不安を拒絶するように先を斬られた腕を振るマシュラ。再び根状の菌糸体がノヴァに襲いかかる。
後に跳んで回避する。第二、第三の追撃が地面から突き出てくる。
斬り裂いた。駆け抜ける剣筋が太い菌糸体を断ったのだ。ノヴァは次々と生える根たちを居合斬りしていき、マシュラとの距離を詰めた。
最後の一線。剣閃はマシュラの脳天から股にかけてまで駆ける。刹那、怪巨人の身体は見事真っ二つに両断された。
そして間もなく、最高の知性体は夜の街に四散した。
十数日後、天宮の屋敷の前に軽トラックが止まっていた。その車体ナンバーはドラグーンベースが保有しているものである。
「ヨネさん、ガムテープ尽きちゃった。新しいのちょうだい」
前日まで荷造りをサボっていたために、引っ越し当日になってその作業を手伝わされる特務隊メンバーと家政婦。今日はマモルが基地の宿舎に移る日だった。
「よくあいつを行かせる気になりましたね」
俊太郎は衣類を分類しながら、分類したそれらをたたむ朱里に言った。今は勤務時間中のはずだが、こんなことをしていていいのか、という疑問は口にしてはいけない。歴代地球防衛隊には、隊員の私事にチーム総出で付き合うという奇妙な風習があり、幸が不幸か特務隊はその流れを継いでいた。
「操られてたとき、彼が言ったの。永遠なんてありえない、って。彼は私のために強くなろうとしている。彼が変わっていくことに不安を感じていたけれど、その変化を阻むべきではないって思い直して」
朱里を何と言って催眠から解放したのか、ヨーから聞いていた。マモルの口から発せられたそれは、実は得体の知れない未来人が言ったことであることを知っていた俊太郎は、複雑な気持ちだった。言っていることは正論かもしれないが、「お前が言うな」というツッコミも入れたかった。
しかし、ヨーが朱里を正気に戻すために演技しただけだとは、一概に言えない。彼はマモルの心境をかなり洞察しているようで、発言の内容も俊太郎が聞く限りデタラメではないように思えた。
「私は弟のことを何も分かっていなかったみたい」
朱里は呟くように吐露した。それは単なる所感に過ぎなかったが、俊太郎も共感した。
「俺も分からないことだらけですよ」
隠し事をしている。嘘もついている。しかし、この言葉は本当だった。彼も分かっていない。
「でも、もっと知りたいと思います。あいつのことを」
“あいつ”とはどちらのことか。両方のことだ。だからこそ、“あいつ”とはこれからも向き合おうと俊太郎は思った。
特に片方は油断ならないのだから。