ウルトラマンノヴァ シーズンⅠ(00〜03話) 作:さざなみイルカ
「自然が豊かな」と言えばお世辞になるのだろうか。ハンドルを握りながら、俊太郎は考えた。山に囲まれた、人口五〇〇〇人にも満たない小さな町。星見町という名前がかつてはあったが、近年の人口減少による市町村合併の末、今はかつて隣接していた市に吸収された。
目立った産業があるわけでもなく、都市部からもやや離れていて、土地としての需要は低い。しかも、近年の政府の財政難と“地方分権”を大義名分によって、国からの交付金がカットされたために、実質的な破綻に追い込まれていた。そしてなにより悲しいのは、旧星見町は、決して特別ではないということだ。このような町は今の日本、どこにでも存在する。
俊太郎は少年時代をこの土地で過ごした。景色を眺めていると、過去の世界に意識が引き込まれていく。
メビウスが地球にやって来た一二年前、俊太郎は中学三年生だった。
当事の大人は、新たな怪獣頻出期の到来に
“フェニックス奨学金”という奨学金制度がある。これは、クルー養成学校かGUYSアカデミアに入学する際、将来GUYSに入隊することを誓約することで学費を免除して貰うことのできる制度である。母子家庭育ちである俊太郎は、経済的理由からこの制度を利用し、同期生の多くも将来の入隊と引き換えに学費を免除をしていた。
将来GUYSに入隊する、というのは取りようによって「就職先が保障されている」とも解釈できる。そのため、高校のキャリア課も生徒にGUYSクルーになる進路を積極的に奨めた。
俊太郎はこの隊服を着ていることを後悔していない。しかし、同期の何人かは既に死んだ。戦いの日々に精神を病んだ者もいる。あるいは、正義とは程遠いX-GUYSの実態に子供の頃の純粋な憧れを砕かれて、失望した者もいる。
辞めたければ除隊すればいい。だが、フェニックス奨学金を利用した者はそう簡単に辞められない。入隊から五年以内に辞めると、学費を返納しなければならないのだ。結果どんなに嫌でも、当人達は隊服に袖を通し続けなければならない。
それでも、社会は対怪獣の防衛力拡大を歓迎し、学校は今でも多くの生徒に入隊とフェニックス奨学金を奨めている。
社会に出る子供。少子化の日本にとって貴重な人的資源。それ吸収してX-GUYSは大きくなり、一方社会は痩せ細っていく。
その挙げ句が目の前に広がる景色である。
「俊さん?」
音もなく
「すまない、なんだ」
道を曲がった。ここから、緩やかな坂道になる。木々の間から木漏れ日が差し込み、フロントガラスを通して二人に注がれる。
「俊さんはこの土地出身なんですよね。思い出とかあるんですか?」
入隊したばかりの後輩・夜雲マモル。無垢な瞳をもつ彼に、こんな不純な頭の中を見せたくない。
「いや、ない。俺、小学校のときははみ出しものだったし、中学校ではいじめられてたからな」
「えっ、そうなんですか」
驚いていた。恐らく、一二年前の自分に今の自分を見せても同じ反応をするだろう。
「それに、家族ともあんまり仲良くなかったからな。俺が学校でどんな扱い受けてても、助けてくれなかった」
それどころか、家庭内で自分の精神を積極的に傷つける兄弟もいた。俊太郎は、そこまでは口に出さなかった。家族は現在、この土地に住んでいない。もっと都市部に近いく、そしてより人口と財政が安定している市に引っ越していたのだ。そのため、ここには過去はあっても未来はなかった。
「意外です。俊さん、基地内でも人気者だから、昔いじめられていたなんて」
「嫉妬だな。俺のような魅力的な人間を妬んで攻撃するヤツがいるんだよ。困っちまうぜ」
言ってみた。聞いていた相手が遥だったなら、弾力のある返しがあっただろうが、隣の後輩に同じものを期待するのには無理があった。困惑するマモルに、俊太郎は言葉を追加する。
「……ってのは冗談で、小さな町は村社会だからな。異質な存在は受け入れがたかったんだろう。それは小中学校のクラスでも変わらねぇ」
「大変だったんですね」
「ああ。だから高校から都会の学校に通うことにしたのさ」
この土地に住んでいた頃、何より一番辛かったのは“動けないこと”だった。いじめられていても、家族と不仲でも、俊太郎は星見町を出られずにいた。高校生になって、行動範囲が広がり、アルバイトをして自分の金銭を持てるようになり、彼は今の自分をつくることが出来たのだ。そして、その過程でGUYSクルーになると志したのである。
「着いたぞ」
怪電波の発生源があると思われる山の
降りて、周囲を見渡す。
麓には公園があるが、管理する者がいないせいか、遊具はススキと錆に蝕まれている。俊太郎が子供のときも、ここで遊んでいる子供を見かけたのは時々だった。
「この山のどこかに発信源があるんですね」
「こっちからいくぞ」
石の階段に後輩を案内する。ずっと上っていくと神社らしきものがあり、その道中で踊り場のような山道がいくつもある。その中で脇道に逸れ、獣道に足を踏み入れて調査を開始する。隊員用携帯端末“GUYSデバイザー”で怪電波の反応を調べつつ、木々の間を歩き回る二人。
「マモル。お前がX-GUYSに入ったのは司令や隊長が薦めたからなのか?」
「はい。隊長の……姉さんの役に立ちたかったんで」
太い木の根を
「結構なことだけどよ、お前はやりたいこととかなかったのかよ」
「えっ……」
「何かあったんじゃないのか。GUYSに入るだけが人生じゃないだろう」
我ながら言っていておかしいな、と俊太郎は感じた。高校を卒業して九年、GUYSにしか関わっていない奴に言える筋合いはないはずだ。
マモルは少し考えて、その結果を口にする。
「……ないですね。子供の時から決まってたことですし」
「決まってた?」
「GUYSに入って、姉さんやお父義さんの手助けをする。そう言われて育ったので」
つまり自身の意思ではない、ということなのか。他の可能性を考えるべきとも思うが、少なくとも俊太郎には何かを言えた義理はない。
枝を掻き分けて、彼は悟った。結局、自分も大人になっている。一二年前、GUYSとメビウスの活躍に熱浮かされて今の社会を作った、かつての大人に。
すると、森の奥で何かが発光した。
二人は腰に携えていたGxブラスターを抜き、光があった方に駆ける。
比較的に斜面が緩やかで、木々が少く見通しのいい場所。佇んでいたのは、フードで顔を隠した中肉中背の男。
「おい、あんた。そこで何をしている」
「ピクニック」などという答えは予想してないし、期待もしていない。こんな場所でそんな格好なのだから、返事の内容は限られていた。
無言で逃げる、だ。
「待て!」
後を追う。その直前に、俊太郎はマモルに本部との連絡を頼んだ。自分にもしものことがあったときに備え、応援を呼んでもらう必要があったからだ。
足場の悪い山道。湿った枯れ葉を土と共に蹴り、太い木の根を飛び越え、枝を突き破って男の背中を追跡した。
奴が逃げ込んだのは、小さな洞窟だった。すると俊太郎が走る必要はなくなった。
「袋の鼠だな」
洞窟の先が行き止まりだということを、彼は知っていたのだ。幼少時代の遊びの記憶が、思わぬ形で役に立った。
ブラスターを構えたまま、振り向く男を追い詰める。
「さあ、答えろ。お前は何者だ?」
答えたのは口ではなく、拳だった。
避ける俊太郎。
発砲してもよかったが、無闇に相手を傷つけるのは好みではなかった。そのため、同じ拳で対応する。
俊太郎は同僚のビリーにいつも対決を挑む。そして、いつも負ける。しかしそのお陰で、彼の格闘技術もなかり上達していた。本人は決して認めないが。
短い打ち合いの末、男の
「よし、じゃあ目を見て話し合おうか」
フードを暴いた。そこにあったのは、昆虫似の異形な顔でも、禍々しい霊鬼のような面でもなく、まして、男かと思ったら美少女だった――などというオーソドックスな展開でもない。無個性な鉄の水晶だった。アンドロイドである。
光沢放つその表面に写る自分を目の当たりにして、俊太郎は全てを洞察した。自分は追い詰めたのではなく、
刹那、アンドロイドの体から白い煙が噴射される。退避を試みたが、煙はたちまち洞窟内を満たし、一人のGUYSクルーを夢魔の世界に取り込んだ。