ウルトラマンノヴァ シーズンⅠ(00〜03話)   作:さざなみイルカ

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01話『新星/未来人ヨー』

 

 警報を聞いたのは、デスクワークに徹している時だった。

 

『第一級厳戒態勢発令。都市部Yエリアに怪獣出現、各機動部隊は所定の場でアラート待機。なお、第二空戦部隊、第一陸戦部隊、第二陸戦部隊は速やかに出撃されたし。繰り返す――』

 

 過去の防衛チームの戦闘記録を編纂(へんさん)していた遥は、先刻までの仕事の成果を保存して、会議室に駆けつけた。彼女に限らず、オフィスにいた全ての特務隊員がそこに集まる。

 

 時を置かず、スクリーンに影像が送られてきた。

 

『ゴオォォウッ! ゴオォォウッ!』

 

 大気を震わせる咆哮。歩を進める(たび)、泡のごとく沸き上がる爆発。うねりながら市街地を蹂躙(じゅうりん)する様は、まさに脅威だった。

 

 鋭い爪と牙、太い尾をもった二足歩行の恐竜型怪獣。アウト・オブ・ドキュメントに記録が確認されている“古代怪獣ゴメス”だ。

 

 三日月型の角と鱗のような皮膚。背中は甲羅状に変異していて、眉の体毛が血がたぎる(まなこ)をより獰猛に見せる。

 

『ゴオォォウッ! ……クァッ!』

 

 大口をあけた瞬間、赤と黒の熱線が街の一角に向かって翔び、そして()ぎ払われた。コンクリートのビルが弾け飛び、轟音が鳴り、街の方々で火災が発生する。

 

 記録に残るゴメスは体長一〇メートルで、放射熱線を吐く能力などは確認されていなかった。しかし、画面に映るその同種は、アーカイブの四倍の大きさがある。過去の記録と今の現実が異なる理由を説明したのは、異星からやってきたコンサルタントだった。

 

「コケッ、こりゃ変異種だな」

 

「変異種?」

 

 ミスター・タマゴはスクリーンに一歩近づき、ゴメスを指差す。

 

「ゴメスは大量の放射線を浴びると、長い年月をかけて巨大化するんだ。体質も変化し、より凶暴になる。ガッツ星では生物兵器として使う計画があったんだが、制御のしやすさからアロンにその座を奪われた」

 

「確かに、首輪繋いで芸を仕込むには向いてなさそうね」

 

 遥がそんなことを呟いていると、スクリーンが変わった。司令部の天宮司令長官、彼からの通信である。全員、敬意の意味から即座に起立し、姿勢を正した。

 

『朱里、状況は見ての通りだ』

 

 白髪。頼もしい恰幅(かっぷく)に、荘厳(そうごん)な声。貫禄が刻まれた(しわ)と、そこから(にじ)み出る雰囲気は、その地位を知らぬ者にすら威厳を感じさせることだろう。

 

 司令長官は、科学特務隊の隊長であり、自らに娘でもある朱里に頼みを述べる。

 

『ミスターの知識を借りたい。彼を司令部に貸してくれないだろうか』

 

「分かりました。ミスター」

 

 「あいよ」と了承し、ミスター・タマゴはオフィスを後にする。

 

「司令、私達も現場に急行します。問題ないでしょうか」

 

『無論だ。特務隊の行動決定権は全てお前に一任している。存分に力を発揮してくれ』

 

「G.I.G.。感謝します」

 

 義理の父は力強い頷きを娘に残し、通信を切る。画面は再びゴメスを映し出した。朱里はメンバー達に指示を下す。

 

「ビリー、ドンさん。二人は私と現場に急行。他の部隊と協力して、怪獣を市民の避難経路から遠ざけるわよ」

 

「G.I.G.」

 

「G.I.G.でゴワス!」

 

「遥、あなたは俊達に戻るように連絡して。二人が戻り次第、俊と一緒にあなたの古巣である第一空戦部隊に合流、鷹屋隊長の指揮下に加わって。あそこは一人欠員が出たみたいだから」

 

「G.I.G.」

 

 了解したが、遥には確認しておかなければならないことがひとつあった。

 

「マモル君はどうします?」

 

 尋ねた途端、さっきまでテンポよく律動的だった隊長の動きが一瞬止まる。この部屋にいる全員が、彼女の心中を忖度(そんたく)できた。できたからこそ、確認しておかなければならなかったのだ。

 

「彼には、私から追って指示を出すわ。それまでここで待機させておいて」

 

「G.I.G.」

 

 おそらく、指示は出ないだろう。朱里はマモルを危険な任務に就かせるのを避けているようだった。経験が浅いから、というのが表面上の理由だろうが、そこに私的感情が含まれているのは誰の目にも明らかである。唯一の肉親を大切に思って、と考えれば責められるものではないが。

 

「各自、速やかに行動を開始。X-GUYS,sally go(サリーゴー)ッ!」

 

「「「G.I.G.」」」

 

 朱里は、二人の部下を引き連れてオフィスを去る。遥は隊長の指示に従い、怪電波調査に向かった同僚達に連絡した。 

 

「もしもし、俊太郎? 怪獣が出たわ。さっさと……」

 

 反応がない。

 

 通信が繋がっていなかったのだ。もう一度、コールしてみるが応答がない。GUYSデバイザーの画面は砂嵐のままだ。

 

 不吉な予感が、彼女の神経を駆け抜けた。すぐさまもう一人の同僚に連絡する。

 

 やはり、繋がらない。そう思ったとき、すぐに通信が帰ってきた。

 

『こちら、マモル』

 

「マモル君? 遥よ、どうしたの? 何かあったの?」

 

『いえ、特に何も』

 

「そう。怪獣が出現したわ。至急俊太郎と一緒に基地に戻って」

 

『G.I.G.』

 

 遥は取り合えず安堵した。あとは、彼らの帰りを待つのみである。

 

 

 

 

 

 

 深い睡魔のトンネルを抜けても、視界は明るくなかった。

 

 床、壁、天井。全てが植物に侵食された石の部屋。中央の台座に置かれた鉱物の放つ緑色の光が、唯一の灯りである。

 

「目が覚めた?」

 

 俊太郎に話しかけてきたのは眼鏡。宙に浮く、黒縁の眼鏡だった。

 

 薄暗い部屋を踊るように飛ぶそれは、目覚めたばかりの特務隊員の顔をまじまじと見つめる。レンズの先に見えない眼でもあるのだろうか。

 

 俊太郎は、手足が動かないことに気付く。部屋中に張られた植物は、自分の自身にも絡みついていたのだ。罠に嵌まり眠らされ、得体の知らない何者かに捕まる。よくある話だが、経験するのは初めてだった。

 

「あー、状況掴めてきたわ。……で、お前は誰で、ここはどこだよ」

 

「ボクの名前はヨー。ここはボクの秘密基地だよー」

 

 子供のような無邪気な声だ。それだけに、その内面も無邪気だとは思えないが。

 

「そうかい、ヨー。怪電波を流していたのはお前だな?」

 

 相手の目を見て――もとい、レンズに視線をやって訊ねた。

 

「そうだよー。君を誘き寄せるために流したの」

 

 ヨーは急に部屋の中央に飛び、台座の上で緩やかな波のように舞う。挑発されているのだろうか。

 

「宇宙人に狙われるとは、俺も偉くなったな。で、地球へは何しに来たんだ?」

 

「えっ?」

 

「先日、大気圏を突入して爆発した円盤。あれはお前が乗って来たんだろ。違うのか?」

 

「確かに乗って来たよ。でも、あれは宇宙船じゃないよ。それに、ボクは宇宙人じゃない」

 

「なんだと」

 

 答えを聞いた途端、自分の中の予想が傾き、興味がこぼれ落ちたのを俊太郎は感じた。

 

「あれはタイムマシン。ボクは君と同じ地球人だよ。未来の、だけど」

 

 「驚いたな」と自然と言葉が()れた。言動を素直に受け止めるなら、謎がさらに増殖する。

 

「人類は将来タイムマシンを作るのか。それで、お前は何年後の未来からやってきたんだ? 百年後? それとも千年後か?」

 

「一二年後だよー」

 

 刹那、言葉に詰まった。

 

 その数字はあまりにも具体的過ぎて、少なすぎる。無形の爆弾が俊太郎の脳内に放り込まれ、彼の頭の中を真っ白にしてしまう。

 

 踊る黒縁のレンズを眺め、まばたきを二度挟む。 

 

「一二年後だと」

 

「そう、一二年後」

 

 一度更地にされてしまった思考回路を再生させ、混じりけのない本心をヨーにぶつけた。

 

「信じられねえな。一二年後の地球人だってなら何か証拠を見せろよ」

 

 ささやかだが、語尾に力が込もってしまう。

 

 自分の認識する世界を揺るがすほどの事実に出会った時、人は既存の常識にすがるのが常である。今ここで囚われているのが他の人物なら、ヨーの話を簡単に拒否し、その発言を虚偽だと断定してしまったかもしれない。

 

 しかし、俊太郎は常識をそこまで信奉していなかった。予測を超える事態を瞬時に受け入れる柔軟性の持ち主なのだ。そんな彼だからこそ、正確な情報を強く求められずにはいられなかった。

 

 すると、突然部屋の壁に立体画面が表示される。

 

『ゴオォォウッ! ゴオォォウッ!』

 

 俊太郎が眠っている間に出現した、古代怪獣ゴメスである。既にX-GUYSの迎撃は始まっており、街は混沌の(てい)をなしている。

 

 市街地での怪獣出現は、あらゆる作戦の中で特に困難を極めるものだ。X-GUYSの本質は“怪獣攻撃部隊”ではなく“地球防衛隊”であり、少なくともそう志向されて設立された。そのため、人命が第一とされており、まずは市民を安全な所に避難させなければならない。それを完了した上で、本格的な掃討作戦を実行できるのだ。

 

「記録によると、この怪獣ゴメスはYエリアの街に多大な損害を出すんだよ」

 

「実はお前が操ってるだけじゃないのか?」

 

「ひどーい、ボクはそんなことしないよ。だったら、これならどう? 五二秒後、ゴメスの背中を青い閃光が掠めるよ」

 

 画面左下のタイムスタンプを眼鏡の縁で指して、ヨーは言った。指定した時間に、預言した内容が起これば、少なくとも彼は未来のことを知っている、ということになる。

 

 五二秒後、それは証明された。

 

『……ギヤッ!』

 

 糸のような青い閃光は、角度から見て、どこかの建物屋上から放たれたものだ。そしてそれは、怪獣の気をある方向に引き付ける。

 

 たった一発の攻撃で、確実に怪獣を避難経路から逸らさせる技術。科学特務隊の隊長・夜雲朱里の狙撃だ。

 

「どう?」

 

「ああ、認めるよ」

 

 両手を挙げたいところだが、生憎と手は植物の太い幹に捕まっている。

 

「お前が未来人だとして、その目的はなんだ? どうして俺は捕まっているんだ?」

 

「ボクね、この時代でどうしてもやりたいことがあるの。でもそのために、君の協力が欲しい」

 

「なんだ、それは」

 

「太古の昔、光の巨人がこの土地に降り立ったという伝説があるのは知ってる?」

 

 「一応」と俊太郎は答えた。

 

 ヨーが言っているのは、旧星見町に伝わる郷土伝説のことである。

 

 一二年前にメビウスが地球に到来した頃、町の振興会がその郷土伝説をウルトラマンと結びつけて町興(まちおこ)しを(はか)った時期があった。それなりに効果はあったが、一時的な、そして最後の賑わいにしかならなかったのは、町の現状を見ての通りである。

 

 ヨーは「そのこじつけはあながち間違いではない」と俊太郎に言った。その巨人が残したとされる“超星石”が、俊太郎たちが調査に入った山のある場所に封印されていたらしい。

 

 部屋の唯一の灯りである鉱物こそ、その超星石だ。

 

 念力か、それとも、彼の見えざる手か。ヨーは触れずして光る鉱石を開き、中から別の何かを取り出す。

 

「なんだ、それは」

 

 銀色の装飾が施されたアイテム。見た形は何かの持ち手のようだ。中央で青色のオーブが煌めく。

 

「ノヴァイスゼラ。使えば、その巨人の力を得ることができる。つまり、ウルトラマンになれるの」

 

「そんなものがあるのか」

 

「うん。ボクはね、君にこれを使ってウルトラマンになって欲しいの」

 

「冗談だろ」

 

「本気だよ」

 

「どうして俺なんだ」

 

「X-GUYSの人の中で、君が一番相応しいとボクが思ったから」

 

「そいつはお目が高い。お前、人をみる目はあるみたいだな」

 

「ありがと」

 

「けど、おだてたくらいでそんな得体の知れない提案を飲むと思うなよ」

 

 新星俊太郎は負けず嫌いである。しかしそれは、彼が強さに貪欲なことと同義ではない。自分が権威や脅威になることを彼は望んでいないし、まして人外的な存在からそれを施して貰おうなんて真っ平だ。

 

 しかし、ヨーは余裕を崩さなかった。

 

「簡単に飲むからこそ、君とこの日を選んだんだよ」

 

「なんだと」

 

 映像はまだ消えていない。

 

『ゴオォォウッ! ゴオォォウッ!』

 

 ゴメスの快進撃と、それに抗うX-GUYSと、逃げ惑う人々の姿が替わるがわる表示される。

 

「君は耐えられるの? 怪獣に壊されていく街をただただ見ているのを」

 

「X-GUYSがいる」

 

「じゃあ、君は耐えられるの? そのX-GUYSがこれ以上強くなるのを。大きくなるのを。社会を食い潰していくのを」

 

「仕方のないことだ」

 

「じゃあ、君は耐えられるの? 一二年後の子供にそんなことを言う自分を。そんな大人になっていく自分を」

 

「…………」

 

 言葉を詰まらせた。負けを、認めざるを得なかった。耐えられることなど、何一つもない。

 

 弱いと思われるのは(しゃく)だ。しかしやはり、俊太郎は力ある存在になることに躊躇(ためら)いがあった。

 

 一二年前、メビウスの到来が、間接的ではあるものの自分の人生の在り方を決めてしまった。あの頃はヒーローの活躍を手放しに讚美(さんび)していたが、メビウスが現れなかったらX-GUYSがここまで肥大化することも、自分がその組織に関わることもなかっただろう。もっと違う人生を歩めていたかもしれない。もっともその場合、人類はエンペラー星人に滅ぼされていただろうが。

 

 ウルトラマンという存在は、強大な力だ。そして力はそれが善きにせよ悪きにせよ、周囲に多大な影響を及ぼす。俊太郎は、誰かの人生を歪めるのが怖いのだ。

 

 しかし、“強大な力”という点では、怪獣もX-GUYSも違わない。誰かが力ある存在と戦わなければ、力なき人々は殺されるか支配されるかの二者択一である。それに、自分が提案を拒んでも、ヨーは次の候補者を探すかもしれない。もしも、それに選ばれたのが力に溺れるような輩だったら――。

 

 結局、何からも影響されず、何にも影響を及ぼさず生きるなど、不可能だということか。それが、社会で生きるということなのだから。

 

 俊太郎は、腹を(くく)った。

 

「みっつ、質問させろ」

 

「なあに?」

 

「ひとつ。ウルトラマンになれば、お前は俺を解放してくれるのか?」

 

「もちろん」

 

「ふたつ。俺はその力であの怪獣を倒しても問題ないのか?」

 

「むしろ、そうして欲しい」

 

「みっつ。解放され怪獣を倒した後、俺はお前を捕まえる。それでも構わないか?」

 

「やるのは好きにして。成功するとは限らないけどね」

 

『ゴオォォウッ! ゴオォォウッ!』

 

 依然、ゴメスは街を蹂躙している。一刻の猶予(ゆうよ)もない。

 

「……その答え、忘れるなよ」

 

「それじゃあ、これを」

 

 手足を封じていた植物は解かれ、俊太郎の手にノヴァイスゼラが納まる。

 

「さぁ、行って! 新たなる星、ウルトラマンノヴァ!」

 

 俊太郎はそのアイテムを天井に掲げる。叫びは、自然と口から出た。

 

「ノヴァァァァッ!!」

 

 新星の光が彼の身体から沸き上がり、薄暗い部屋を輝きで満たす。

 

 一二年前の過去を振り払い、一二年後の未来の手引きを受け、新たなるウルトラマンが現代に解き放たれた。

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