英国某所
暗い部屋で2人の男が喋っている
「ついに今年、彼が向こうの世界に入ります」
「11年前から計画していたこの計画の最初のフェイズ。上手くいけばこの国の在り方。いや、我々の世界の在り方が一遍に変わる」
「湾岸戦争での我が方の被害を考慮しても、やはり、この計画は成功させるべきですね」
「ああ。我々の時代はここからはじまる」
二人の手元にはひとつの冊子が置かれていた
その表紙には『AM計画 オーバーロード作戦』と表記されている
Case01 come into contact with him
魔法学校への交通手段が汽車というのは如何なものなのだろうか。
ホグワーツ特急と呼ばれた蒸気機関車のコンパートメント内でやたらと重いトランクの中身を確認しながらエスペランサ・ルックウッドはそんなことを思う。
イギリスがまだ科学技術において世界一を誇っていた時代に開発された科学技術を代表とする蒸気機関を科学とは無縁の魔法界が使用しているのは妙に現実的だ。
長期保存のためにトランク内に収められた黒光りする物に油を染み込ませ終え、エスペランサは一息つく。
魔法界に身を投ずるにあたり魔法界に関する知識は一通り網羅してきたが、今まで自分が居た環境とは全く違う環境に戸惑いを隠せないのもまた事実であった。
入学用品を買いにダイアゴン横丁を訪れた際も魔法の世界に驚いたものだ。
だが、それ以上に驚いたのはこの世界の平和さである。
非魔法族(マグル)の世界では連日、湾岸戦争に関するニュースが報じられているというのにこっちの世界では戦争のセの文字もない。
物騒な事件が起きたとしてもせいぜい銀行破りやドラゴンの密売くらいだ。
銀行強盗なんてマグルの世界では日常茶飯事だし、密売はもっと多い。
「平和だな。こっちは………」
エスペランサは脱力して呟く。
イラクのクウェート侵攻をきっかけにはじまった戦争は湾岸戦争(ガルフウォー)と名づけられた。
米国を中心とした多国籍軍による「砂漠の盾作戦」によって3日でクウェートは奪還された。
巡航ミサイルや戦略爆撃機を使った一方的な戦闘に地上のイラク軍はなす術もない。
多国籍軍の戦闘による死亡者はわずか300であったのに対し、イラク軍は8000人以上の死者を出した。
そして、兵器の性能差が現代戦闘においていかに重要かを、世界中がメディアを通すことによって知ることとなる。
1991年2月にはイラク軍はクウェートから撤退した。
久々に訪れた平和を味わっていたエスペランサたちであったが、敗走したイラク軍の一部生き残りで編成された非公式の武装組織が“あの日”、突如として襲い掛かってきたのだ。
目的は略奪ー
非公式の武装組織といえど、充実した武器を持ち、部隊編成もしっかりとされている。
平和を謳歌していた一般市民はあっけなく殺されてしまった。
湾岸戦争前に傭兵であったエスペランサをはじめとした若干名の人間が立ち向かったが焼け石に水だった。
市民もともに戦った仲間も全員蜂の巣に………
そんな中で彼はダンブルドアと出会ったのである。
自分の故郷を、生活を奪った理不尽な暴力に復讐するために魔法を学ぶ。
それが彼の魔法界に来た理由だった。
(しかし、魔力と言う力を手にしたとしても失ったものは戻ってこない。一人生き残った俺がすべきことはこの魔力を利用してあの地獄を二度と作らないことにある)
少し感傷的になった時にエスペランサのいるコンパートメントの扉が開いた。
「ここ空いてるかい?」
見れば青白い顔をしたブロンドの髪の少年がコンパートメントの入り口に立っている。
そしてその後ろには、ブロンドのボディガードのようにしてゴリラを人間にしたような少年が二人立っていた。
「ああ。いいよ」
ゴリラを二匹入れたらコンパートメントがだいぶ狭くなりそうだったが、とりあえず了承することにした。
何より同年齢の子供と会話をしたことがあまり無い彼にとって気軽に話しかけてきたブロンドの少年たちは大変ありがたい存在であり、無碍にすることも出来なかったのである。
3人の少年はズカズカとコンパートメント内に入ってきて椅子に座る。
全員が座ってからエスペランサは自己紹介をはじめることにした。
「俺はエスペランサ・ルックウッド。国籍は英国だけど訳あって中東のほうにいた。特技は銃の分解結合」
「?? 僕はドラコ・マルフォイ。マルフォイ家と言えば君もわかるだろう?聖28家に記された正当な血統の」
「ああ。こっちじゃ血統を重んじる風潮があるんだったな。オッケー。覚えた。マルフォイだな」
教養がないとやっていけないと思い、彼は英国魔法界の風潮などについて予習をしていた。
英国魔法界では血統主義が未だに根強く残っており、少なからず差別が存在するらしい。
「こっちがクラッブとゴイルだ」
「「………………」」
(無口なゴリラ1号と2号か。重戦車みたいだ)
マルフォイ少年は腰ぎんちゃく2名の紹介をするが、当の本人たちは何もしゃべらない。
そんなことは気にもせずマルフォイ少年はしゃべり続ける。
「ルックウッド家と聞いてすぐわかったよ。ルックウッド家と言えば由緒正しい血統だ。まあマルフォイ家ほどではないけど。純血同士仲良くしよう。君はもちろんスリザリンだろ?」
「たぶん人違いだ。親についての記憶は曖昧だが、俺は魔法とは縁のないところに居たからな。まあ、実際のところマグル出身か魔法族出身かも不明だ。そもそもこの間までマグル社会にいたしな」
「マグル社会に?冗談だろ?」
多少馬鹿にしたようにマルフォイが鼻で笑う。
(こいつ、俺がマグル出身かもしれない可能性を提示したとたんに侮蔑したような表情をしやがった。しかし、このブロンドの目から感情を読み取ることは出来ない。心を閉ざしているのか?)
エスペランサは長い間特殊な環境に身を置いていたため目からその人間の感情を読み取るのが得意となっていた。
ダンブルドア曰く開心術というらしい。
実際、彼は目から読み取れる感情の変化から敵兵の動きを予測し、生き抜いてきた過去もある。
「君もホグワーツに入校するのなら家柄と血統については知っておくべきだ。もっとも、マグル出身は入校するべきではないと思うがね。マグル出身の入学を許すダンブルドアには父上も閉口しているよ」
「父上?」
「ああ。僕の父上はホグワーツの理事長をしていてね。魔法省でも発言権を持っている。あのコーネリウス・ファッジでさえ………」
それから十数分間、エスペランサはマルフォイ少年の自慢話に行き合わされる羽目になった。
「ハリーポッターを見てくる」と言い残してマルフォイら3人がコンパートメントを後にすると、ようやく彼は解放された。
マルフォイたちがいなくなった後、エスペランサはトランクから“ある物”を取り出す。
それはマグルの世界で“拳銃”と呼ばれる物であった。
実際、ホグワーツ魔法魔術学校と言う場所がどの程度、治安の維持を出来ているかわからないため(もっとも、ダンブルドアのような人間の指揮する英国の学校法人が無法地帯と言うことは無いだろうが)護身用の武器は持っておこうと思い、裏ルートで幾つかの装備を持ってきていたのだ。
弾倉に7発の11.4ミリ弾を装填し、スライドを前後させ、初弾を送り込む。
その後、再度、弾倉を銃本体から抜き取り、もう一発の弾丸を装填した。
(これでいつでも戦える………)
コンパートメント内で2、3回射撃姿勢を取ってみる。
「久々だな。この感覚…………」
握把を握った時の感覚。
ツンと鼻を突く油のにおい。
ズシリと重たい鉄の塊が、地獄のような戦場を思い出させる。
銃を構えることで、彼はここ何週間かの平和ボケした頭を切り替えさせた。
以上です。
ちなみに主人公が持っている銃はM1911と言う設定です。