申し訳ありません!!
セブルス・スネイプは校長室に居た。
決闘クラブでの“ある事件”についてダンブルドアが話をしたいと彼を呼んだためである。
様々な魔法道具が飾られ、歴代の校長の肖像がが並び、不死鳥の鳴く校長室はあまり居心地が良くない。
そう思いながらスネイプは隅に置かれた高級そうな椅子に腰をかけていた。
校長は不在である。
ふと、頬を僅かな痛みが襲う事に気づいた彼は、指で痛みの源らしき場所を触ってみた。
「血…………?」
指先には赤い血が付着している。
棚においてある鏡をチラリと見ると、彼の頬には“何かで引き裂かれたような”長さ2センチほどの傷が出来ていた。
「ルックウッド……」
スネイプはある生徒の名前をぼそりと呟く。
スネイプに傷を負わせたのは紛れもなくエスペランサ・ルックウッドであった。
ホグワーツにおいて決闘でスネイプに勝てる人物は少ない。
ダンブルドア、マクゴナガル、フリットウィック程度のものだろう。
スネイプは学生時代から攻撃的な魔術を好んでいたし、元々、魔法の才能も持ち合わせていたので魔法使いの決闘は得意としていた。
だから、ギルデロイロックハートやホグワーツの生徒が相手の決闘では本気にならずとも初撃で相手を倒す事が出来ると思っていた。
しかし、エスペランサの存在はスネイプのその常識を覆してしまう。
エスペランサはスネイプに真っ向から魔法による対決を挑んでは勝てないと即座に判断して、初手を回避した。
血の気が多いグリフィンドール生なら初手は何が何でも攻撃してくると思っていたが、エスペランサは回避を選択した。
しかも、回避に使用した魔法はおおよそ生徒が知らないようなマイナーなものだ。
エスペランサは常日頃から魔法による戦闘を行った際のシミュレーションをしていることが伺える。
さらに、エスペランサは検知不可能拡大呪文とマグルの武器を組み合わせて攻撃をしてきた。
流石のスネイプもそんな攻撃を生徒がしてくるとは夢にも思わない。
確かに、トロール戦やヴォルデモート戦においてエスペランサが銃を使用した事は知っていたが、それでも、あのような戦いは想定外だった。
エスペランサの戦い方は効率重視で強力だった。
並みの魔法使いなら即倒されていただろう。
対魔法使いの戦闘の経験地が不足しているために戦術に穴があるところがまだ未熟ではあるが、将来的にはとんでもない化け物になる可能性もある。
(しかし、ルックウッドの怖いところは他にある。闇の帝王やダンブルドアは一般の魔法使いが使えないような強力な魔法で相手を倒す戦い方をするが、エスペランサはホグワーツの下級生でも使えるような魔法のみを駆使して戦える)
スネイプはエスペランサに多少の脅威を感じた。
ヴォルデモートは強力で誰も使えないような闇の魔術を使用することで強さを得た。
ダンブルドアも似たようなものだ。
しかし、エスペランサの使う魔法は、さほど難しいものではない。
エレクト・テーレムという魔法は一見複雑に見えるが、実際のところ、複雑な論理は必要ではない。
おそらくこの呪文はエスペランサが独自に開発したものであるが、これは魔法によってマグルの機械を起動させる事の応用でしかない。
銃弾を追跡させる魔法も回避魔法も、マイナーではあるが難しいものではなかった。
つまりエスペランサは並みの魔法使いが使える魔法だけで“あれほどの火力”を出して戦えてしまっているわけだ。
もし仮に、彼がその戦い方と技術を他人に伝授したら………。
その伝授した人間を集めて軍隊を作り上げてしまったら………。
(死喰い人など可愛く思えるほど強力な組織が出来てしまう………)
おそらくダンブルドアも同じ心配をしているだろう。
エスペランサが闇の勢力に流れてしまったら、不死鳥の騎士団をもってしても勝つ事は出来ない。
(いや……それは無いか)
スネイプは頬の傷に杖を向け、「“エピスキー 癒えよ”」と唱えながら思った。
エスペランサは闇の勢力を憎んでいるという話だ。
彼は罪の無い人間に危害が加わることに過剰な反応を示す。
それに、正義感が強い。
もっとも、スネイプはその正義感が嫌いであったが………。
エスペランサほどの異常な正義感を持った人間が闇落ちする可能性は低い。
だが、エスペランサはマルフォイをぶん殴った時のように、己の正義にそぐわない人間に対しては容赦をしないだろう。
(己の正義が絶対だと思い、それにそぐわない者は徹底的に叩く。まるであの忌々しいジェームズ・ポッターと同じだ)
スネイプは奥歯を噛みながらかつて自分を苦しめた存在を思い出した。
ただ、エスペランサはジェームズ・ポッターと違い、大人びていて常識的な生徒だった。
ダンブルドアによればエスペランサは以前、マグルの軍隊に居たらしい。
軍隊上がりの人間である故に他の生徒よりも、いや、そこら辺の大人の魔法使いよりも精神的に強く、大人びているのだろう。
成績も悪くない。
スネイプがエスペランサの事を心の底から憎めないのはその為だった。
「セブルス。遅くなってすまんの」
不意に背後から声をかけられたスネイプは席を立ち、軽く頭を下げる。
アルバス・ダンブルドアがいつの間にか部屋に戻ってきていた。
「校長………。我輩に何の用件ですかな?」
「おお。急に呼び出してすまない。今回呼んだのは件の決闘クラブでの話が詳しく聞きたかったからじゃ」
ダンブルドアが高級そうなソファに腰をかけながら言う。
「あの場に居た教師はセブルスとギルデロイだけじゃ。ただギルデロイの証言は役に立たないからの」
ダンブルドアは苦笑いしながら言う。
役に立たないロックハートを何故雇ったのだとスネイプは疑問に思っていた。
「成程。校長が聞きたいのはポッターのパーセルタングについてですかな?」
「話が早くて助かる。ハリーは本当に決闘クラブで蛇と話していたのかね?」
「間違いなく……話していました。かつて我輩が闇の帝王に仕えていた時、闇の帝王はペットである蛇と幾度と無く話していましたから蛇語を聞き間違える事はありません。あの独特の発音は紛れも無い蛇語です。しかし、蛇語というのは生まれつきでなくとも、学べば喋れるようになります。現に、校長は蛇語を話せるのでは?」
「確かに。わしは蛇語を学習し、習得した。じゃが、習得には途方も無い歳月が必要なのじゃ。ハリーに蛇語を習得する時間が合ったとは思えぬ」
「だとしたら、やはり遺伝………?」
「可能性はある。何せポッター家は由緒正しい家系であったから、数世紀遡ればサラザール・スリザリンの血が入っているかもしれぬ。もしそうであれば、ハリーが蛇語を話せたとしても不思議ではない。じゃが、わしはハリーのパーセルタングは遺伝ではないと考えておる」
「と、言いますと?」
「ハリーはヴォルデモートと何らかの絆が出来てしまっている可能性じゃ。あのハロウィンの夜。ヴォルデモートがハリーを殺そうとした際にハリーとヴォルデモートの間には何らかのつながりが出来てしまった。あの稲妻型の傷が良い例じゃ。ヴォルデモートの力が強くなるとあの傷は痛むらしい。もし、ヴォルデモートの能力が絆という形でハリーに受け継がれてしまっているとしたら………」
「つまり、ポッターにはヴォルデモートの能力の一部が宿っていると?」
「仮説じゃがの。わしはハリーがヴォルデモートの一部となってしまっておるとも考えている」
「一部…………?」
「あくまで仮説じゃ。兎に角、近頃のホグワーツは不穏な空気が流れておる。セブルスもこれ以上犠牲者が出ないように気を配っておくれ」
「承知………」
ダンブルドアはそこで一息つき、天井を見上げながら言葉を続けた。
「それと……もう一つ聞きたい事があった」
「何でしょう?」
「エスペランサ・ルックウッドのことじゃ」
やはり……か、とスネイプは思う。
ハリー・ポッターの蛇語の件ではなくこっちの話が本題なのだろう。
「セブルス。君は彼と決闘をしたという話を聞いた。というのも、ここへ来る途中、医務室に寄った時にエスペランサが運ばれていたからの」
「……………」
「生徒から聞いた話によればエスペランサは中々に奮闘したと聞いたが………」
「まだまだ魔法使いとしては未熟な腕でした。魔法の才能自体は凡才といったところでしょうな。ただ……」
「………ただ?」
「ただ、奴は将来的に危険になるかもしれません」
ほう、とダンブルドアは興味を示した。
「ルックウッドの魔法の腕は同学年の中では上位に食い込むレベルでしょう。ですが、過去の偉大な魔法使いには到底及ばない。正直な話、グレンジャーのほうが遥かに出来が良い。しかし、ルックウッドはこれまで魔法界に存在しなかった“マグルの技術を最大限に活用した戦い方”を持っている」
「マグルの技術?」
「ルックウッドは魔法によってマグルの武器を量産しています。加えて、その武器に魔法を施している。そんなことをする生徒は見た事がありません。闇の帝王は圧倒的な魔法力で他を捻じ伏せていましたが、ルックウッドはマグルの武器に若干の簡単な魔法をかけるだけで死喰い人を撃破出来るほどの火力を手に入れてしまっている………」
マグルの武器と魔法を組み合わせる魔法使いは魔法界に存在しなかった。
マグルの自動車に魔法をかけるアーサー・ウィーズリーのような変わり者は居たが、基本的に英国魔法界の人間はマグルの世界の技術に無知で無頓着であったから、そういった発想にたどり着かなかったのだろう。
また、闇の魔法使いはマグルを見下している節があるから、マグルの武器を使うという発想自体ナンセンスだ。
「エスペランサは少々行き過ぎた正義感を持っておる。昨年、わしはその片鱗を見た。彼がクィレルを何が何でも殺そうとしている様子を見た時、わしは少々、不安を覚えた」
「ルックウッドは危険です。奴の目は12歳の子供の目ではない。戦っていたときの目は兵士の目でした。我輩も何度か決闘を行ってきましたが、奴の目は修羅場を潜り抜けてきた不死鳥の騎士団の魔法使いよりも鋭く、強い………。それに、魔法を補助道具として、マグルの武器の火力を最大限に引き出す戦い方………。2年間で奴は魔法使いとの戦い方を研究したのでしょう。今はまだ未熟ですが、今後もっと経験値をつめば恐ろしい存在にもなり得る」
「…………そうかもしれぬ。かつて、わしはトムが闇へと落ちていくのを止める事が出来なかった。エスペランサもトムと同じじゃ。育て方次第で脅威にも希望にもなり得る」
「希望………ですか?」
「そうじゃ。近い将来、ヴォルデモートが復活した時、奴に臆することなく立ち向かう事の出来る数少ない人間にエスペランサはなるじゃろう。あの子の勇敢な姿を見て多くの人が希望を持つ事が出来る、とわしは思っておる」
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エスペランサ・ルックウッドが目覚めたのは20時を過ぎた頃であった。
失神光線を受けて倒れた際に頭部を床に強打してしまい、頭蓋骨にひびが入ってしまったらしいとマダム・ポンフリーは言う。
だがしかし、魔法というのは便利なもので、頭蓋骨のひびはたったの1時間程度で治せてしまった。
とりあえず完治はしたものの様子見ということで一晩、医務室に泊まることになったエスペランサの元にハリーたちが見舞いに来たのは20時半を過ぎたところだ。
両手いっぱいの食事を抱えて現れたハリーたちにエスペランサは喜んだ。
「で?俺がスネイプ先生に倒された後、どうなったんだ?」
「それが、ちょっと厄介な事になって………」
持ってきてもらったチキンを頬張りながらエスペランサは自分が気絶した後の出来事を聞いた。
その問に対して、ロンは少し口ごもる。
「あの後、スネイプはハリーとマルフォイを戦わせたんだ。それで、マルフォイは魔法で蛇を出した。そこまでは良かったんだけど………」
「???」
「ハリーが魔法で出された蛇に話し掛けたんだ。その……蛇語で」
「へー。ハリーは蛇と喋れるのか。そんな特技があったとは………」
エスペランサは蛇語が魔法界で特別なものである事を知らない。
「エスペランサは知らないと思うけど、蛇語ってちょっとやばいんだ。魔法界でも蛇語を話す事の出来る人は殆ど居ないんだよ。そりゃあ、ダンブルドアとかは独学で学んで喋れるみたいだけど、生まれつき蛇語を話す事が出来る人はめったに居ないんだ」
「レアな能力ってことか。良かったじゃないか。ハリーにひとつ特技が増えて。今度から履歴書の特技の欄に特技はクィディッチと蛇語ですって書けるな」
ハハハとエスペランサは笑う。
だが、ロンもハーマイオニーも笑わなかった。
「蛇語を話す事が出来るのはサラザール・スリザリンの血を受け継ぐ人だけって言われているのよ?近年で蛇語が話せたのは例のあの人だけ。ねえ、あなたならこの意味がわかるでしょう?」
ハーマイオニーが言う。
流石に、エスペランサも笑うのをやめた。
「なるほどな。スリザリンの継承者によって秘密の部屋が開かれたこのタイミングで、スリザリンの末裔しか遺伝しない蛇語をハリーが話せると判明した。つまり、今、全校生徒はハリーをスリザリンの継承者だと疑っているわけだ」
「そうなんだ。そりゃ、フレッドやジョージはハリーを継承者なんて思ってないけど、でも結構な人数の生徒が信じてるみたいだ」
「………まあ、継承者ではないにしろ、ハリーがスリザリンの末裔という可能性は捨てきれないな」
「違う!!!!!」
ハリーがエスペランサの言葉に声を荒げる。
ハリーの怒声に遠くに居たマダム・ポンフリーが苛立ち、咳払いをした。
「落ち着けハリー。俺は一度、図書館で魔法族の血筋に関する本を読んだ事がある。その本によればポッター家は数世代前までは完全な純血だった。現代の英国魔法界に完全な純血は28程度しか残っていない。故に、この28家族はどこかしらで親戚同士になっているんだ。あー。ロンとマルフォイも実は親戚になっちまう」
「げ!!!本当なの!?」
ロンが悲鳴を上げる。
「つまり、代々、純血の家系というのは遠い親戚関係にあるんだ。だからハリーの中にスリザリンの血が流れていても不思議ではない」
「そんな!でも、僕は継承者じゃない。それに去年、ヴォルデモートを倒したのは僕たちだ!!!」
ハリーがヴォルデモートの名前を口にした時、ロンとハーマイオニーはビクッとした。
「ハリーが継承者じゃないのは分ってるさ。ただ、蛇語の能力を持っていても不思議ではないって話だよ」
「じゃあ継承者はやっぱりマルフォイだ!」
「俺に一方的に殴られるような奴がスリザリンの継承者だとは思えないけど………」
その時、エスペランサの居る病室のカーテンがシャっと開き、新たな来客が現れた。
フローラ・カローだ。
「あ、目覚めてたんですね」
そう言いながらフローラは病室に入ってくる。
「お、お前達!何しに来たんだ!!」
スリザリン生を毛嫌いするロンが食って掛かる。
そういえばエスペランサは自分とこのスリザリン生2人が割りと仲良く接している事をロンたちに言っていなかったな、と思った。
「単に見舞いに来ただけですよ?何か文句でもありますか?」
フローラが冷たい目をしてロンに言う。
ロンはその冷たい目に少し怯えているようだった。
「ロン。この人は大丈夫だ。フローラが居なかったら俺は昨年、ヴォルデモートとの戦いで負けていた」
「へー。名前で呼んでるくらいには仲が良いのね?」
ハーマイオニーが少し驚いたように言う。
「まあな。で、フローラ。単に見舞いに来たわけじゃないだろ?」
「……メインは見舞いでしたけど………まあ、良いです。少しわかったことがあったので報告しに来ました。スリザリンの継承者についてです」
「「何だって!!!!」」
ロンとハリーが声を上げる。
「言っておくがハリーは継承者じゃないぞ?アリバイがあるからな」
「それは知ってます」
フローラは近くにあった椅子を引き寄せて座りながら言う。
「ちなみに、スリザリンの寮内にも継承者は居ません。私とセオドールで調べました。なので継承者が誰なのか、という問に対しての答えは持っていません」
ロンが「じゃあやっぱりマルフォイだ」と呟くのを無視してエスペランサはフローラに話を続けるように促した。
「現在のところ襲われたのはミセス・ノリスとコリン・クリービーです。スリザリンの怪物というのは伝説によればマグル生まれを排除する為に活動するらしいですが、それならミセス・ノリスを襲った理由が分りません。と、言うよりも最初に襲った生物が猫1匹というのはあまりにもお粗末過ぎると思います」
「………フィルチさんがスクイブであったから襲われたという仮説は?」
「それなら先にフィルチを襲うでしょう。まあ、問題はそこではありません。これを見てください」
そう言ってフローラは鞄から赤色の液体が入った瓶を取り出した。
真っ赤ではなく少々どす黒い赤を下その液体は血液に良く似ている。
「それは………」
「ミセス・ノリスの襲われた廊下に塗られていた血文字を何とかして回収してきたものです」
ミセス・ノリスが襲われた廊下の壁には「継承者の敵よ気をつけろ」と血文字が書かれていたが、数日前にそれが何者かによって消されていた。
エスペランサは教職員の誰かが魔法で消したのだとばかり思っていたが、どうやら血文字を消したのはフローラだったみたいである。
しかも、彼女はその血を回収してきたみたいだ。
「この血を魔法薬で解析してみました。結果を言いますと、この血は人間のものではありません」
「人間の血ではない?じゃあペンキか何かだったのか?」
「いえ。この血液は鳥類のものである可能性が高いです」
「魔法薬でそんな事が分るの?」
ハリーが質問する。
その質問にはハーマイオニーが答えた。
「スネイプが授業で一度だけ言っていた気がするわ。2角獣の角と毒ツルヘビを一定量混ぜ込んだ薬品に生物の身体の一部を投入する事でその生物の情報が得られるって………」
「そうです。幸いにしてこの二つの材料はスネイプ先生の薬品棚にあったので調合は差ほど難しくありませんでした。ちなみに、この薬品を応用したものがポリジュース薬です」
フローラがさらりと言った「ポリジュース薬」という単語にハーマイオニーがピクリと反応した。
ハーマイオニーがポリジュース薬を作ろうとする上で最も入手に手間取っている2角獣の角と毒ツルヘビの皮をフローラはあっさりと手に入れていたらしい。
「鳥類か。ホグワーツに居る鳥類っていったらハグリッドの小屋の近くの鶏と、ふくろう小屋のふくろうくらいなものだな。でも、ふくろうが殺されたっていう話は聞かない………」
「そう言えば!」
ハリーが声を上げる。
「ハグリッドがこの間、鶏小屋の鶏がみんな殺されたって話をしてた!ハグリッドは狐の仕業って言ってたけど、きっと継承者の仕業に違いないよ!!!」
「でも何でわざわざ鶏小屋まで鶏を殺しに行ったんだろ………。ホグワーツなら鶏を殺さなくても血は手に入るよ。ほら、フレッドとジョージの悪戯グッズに鼻血が止まらなくなるヌガーとかあったじゃないか」
「確かにロンの言うとおりだ。わざわざ鶏を殺しに行く必要は無い。鶏を殺しているところを誰かに見られたりするリスクもあるしな。もしかしたら鶏ってのが怪物の弱点なのかもしれない」
「…………もしかしたら」
エスペランサの言葉を聞いてハーマイオニーが何かを思いついたようであった。
「心当たりが?」
「確証は無いけど………。でも、確か鶏を苦手とする魔法生物の話をどこかで読んだ気がするわ………」
「情報はまだ少ないが、それでも多少の手がかりは掴めたな。怪物の正体が分れば犠牲者を出さずに済むかもしれない」
エスペランサとしてはこれ以上犠牲者を出す事を避けたかった。
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第3、第4の犠牲者が同時に出てしまったと言う情報がエスペランサの耳に入ったのはエスペランサが退院してすぐの事だった。
犠牲者はジャスティン・フィンチ・フレッチリーと、ほとんど首なしニック。
新たな犠牲者の出現を防ぐ事の出来なかったエスペランサは焦りと憤りを感じた。
例によってスリザリン生は事件を面白がり、マグル出身の生徒は震え上がった。
マグル生まれではないが、ロンの妹のジニーは相当、気が滅入っている様子である。
加えて、第一発見者がハリーであった事も混乱の原因の一つであった。
ミセス・ノリスの発見者もハリー。
コリン・クリービーと近しい存在だったのもハリー。
決闘クラブでジャスティンに蛇をけしかけたのも(本人は否定するが)ハリー。
生徒たちは皆、ハリーが継承者であると信じて疑わなくなっていた。
医務室を訪問し、石になったミセス・ノリス、コリン、ジャスティン、そしてニックを眺めるエスペランサの表情は暗い。
松明に照らされた犠牲者の姿はもはや死体同然であった。
並べられた4つのベットには彼らが目を見開いたまま横たわっている。
犠牲者のベットの横に積み上げられている果物や花は見舞客が置いていったものだろう。
冷たくなった4人を見下ろしながらエスペランサは拳を握り締め、呻く。
「くそったれ………」
奥歯をかみ締めて呟くエスペランサ。
握り締めた拳は爪が食い込みすぎて出血している。
マダム・ポンフリーに無理を言って犠牲者の見舞いに来たのは、彼らの姿を目に焼き付けるためだった。
(二度と目の前でこのような犠牲を出さないと誓ったはずなのに、また俺は救えなかったのか………)
犠牲者は石になっただけでまだ死んではいない。
だが、しかし、石になった彼らは死んだも同然の状態であった。
「小僧…………」
振り向けば、フィルチが立っていた。
顔色を青くし、目の下には隈が出来ている。
噂では、ミセス・ノリスを石にした犯人を寝る間も惜しんで探しているらしかった。
「フィルチ………さん、か」
「何をしにきた………」
「……………」
「犯人はわかっとる………。ポッターの奴だ。奴がわしのノリスを………」
「フィルチさん。それは違う。ハリーは魔法使いとして半人前だ。こんな事が出来るはずもない」
「………ちっ。わかっておる。ただの八つ当たりだ。八つ当たりでもしないと気がおかしくなりそうなんだ」
ため息をつきながらフィルチはミセス・ノリスの傍にやってきて見舞いの品らしいネズミの屍骸を置いた。
衛生上良くないので後でネズミは処分しようとエスペランサは思った。
毛が全て逆立ち、目を見開いたまま硬直しているミセス・ノリスを撫でながらエスペランサはフィルチに質問した。
「フィルチさん。秘密の部屋ってのは前にも開かれた事が?」
「わしは詳しく知らん。その頃の管理人はわしじゃなかったからな。確かその時は女子生徒が一人死んだという………」
ベットに座りながらフィルチは応えた。
「死んだ!?石になったわけではなく???」
「死んだらしい。そして、犯人は既に捕まっている。誰かは知らんがな………」
おかしい。
不可解だ。
前回の犠牲者は死んだのに、今回の犠牲者は石になっただけ。
前回の怪物と今回の怪物は異なる種類の生物なのか。
それとも、怪物など存在せず、魔法使いの手による仕業なのか………?
「そういえば………。コリンとジャスティンはマグル生まれだが、ニックはマグル生まれじゃないよな………。そもそもゴーストを石化する手段って何だ?」
ほとんど首なしニックの生前はあまり良く知らないが、彼の話を聞く限りマグル生まれではなさそうだ。
となると怪物は「マグル生まれのみを石にする」訳ではなさそうだ。
なら、怪物がニックたちにターゲットを定めた理由は何だろう?とエスペランサは思う。
(………もしや、ターゲットを定めて襲っているわけではないのでは?片っ端から生徒を襲っているだけなのだとしたら?)
襲われた犠牲者に共通点は無い。
ニックがマグル生まれで無い以上、マグル生まれのみを襲うという論理は破綻している。
猫、人間、ゴースト。
襲う対象の種族もバラバラで共通点がまるで無い。
何故だ………。
「怪物は……襲う対象を定められないのか?ひょっとしたら……無差別に周囲の生物を石にしてしまう生物なのかもしれない」
メデューサという生物は見たものすべてを石に変えてしまう能力を持っている。
つまり、メデューサの意思とは関係なく無差別に周囲の生物を石化してしまう訳だ。
もし、秘密の部屋に潜む怪物がメデューサと同様かそれに近い能力を持っているのなら辻褄はあう。
残された疑問は、50年前に秘密の部屋が開かれた時の犠牲者は死んだのに、何故、今回の犠牲者は死なずに石になっただけなのか、である。
「………フィルチさん。ミセス・ノリスが襲われた晩に何か変わったことはありませんでしたか?」
エスペランサの質問にフィルチは暫し考える。
「普段と何ら変わらんかった気がする。例によってピーブスの悪戯の後始末をして、それから水びだしになった廊下の掃除を………」
「それだ!」
「あ???」
あのハロウィンの晩。
嘆きのマートルが女子便所で暴れまわったために廊下は水びだしだった。
無論、ミセス・ノリスが襲われた場所も例外ではない。
「秘密の部屋の怪物は、その姿を見たもの全てを無差別に殺す能力を持っている。だから怪物は襲う対象を基本的に定められない。故に襲われた被害者は何の共通点もなく、襲われた場所はバラバラなんだ。そして、今回の犠牲者が死なずに石になっただけである理由は、誰も怪物の姿を直視していない為。ミセス・ノリスは水びだしになった床を通して怪物を見た。コリンはカメラ。ジャスティンはニックを通して怪物を見たんだ。これらは全て憶測だが、辻褄はあう」
もし、この憶測が正しいのであれば、今回、死者がまだ出ていないのは単なる偶然でしかない。
怪物を直視してしまったら死ぬ。
今までの犠牲者は運良く怪物を直視せずに済んだが、今後は死者が出る可能性が高い。
グズグズしている暇は無かった。
すぐにでも怪物を倒さなければ生徒に死人が出てしまう。
エスペランサはもう一度、犠牲者の姿を目に収めてから医務室を後にしようとした。
「小僧。どこへ行く?」
急いで医務室を出ようとするエスペランサをフィルチが止めた。
彼にしては珍しく生徒を心配するような顔をしている。
「………決まってるじゃないですか。怪物を倒す準備ですよ」
エスペランサはそう言い残して医務室を去った。
フィルチはまだ何か言いたそう顔をしていたが、エスペランサをこれ以上止めることは無かった。
バジリスクってマグルの武器を使えば割と楽勝に倒せるのでは……?