ハリーポッターと機関銃   作:グリボーバルシステム

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投稿遅れました!

なかなか時間が作れなかったので
申し訳ありません!



感想などありがとうございます



case37 Battle training 〜戦闘訓練〜

「吸魂鬼が1体消えたって噂が全校に広まってるよ」

 

 

グリフィンドールの寮から必要の部屋に向かう途中でネビルはエスペランサに話しかける。

 

 

「そうだろうな。あの豪雨の中でも吸魂鬼が消滅する瞬間を見ていた生徒は少なからず存在してただろう。ロンもハーマイオニーも目撃したし」

 

「ロンたちにはエスペランサが吸魂鬼を倒したってバラすの?」

 

「いや。バジリスクの毒を量産して兵器にしていることはトップシークレットだ。センチュリオンの隊員以外には秘密にしておかなくてはならない」

 

「そうだね。でも、すごいや。吸魂鬼を倒せる武器なんて史上初だよ!マーリン勲章ものだよね」

 

「正直、俺も倒せるとは思っていなかった。バジリスクの毒ってのは恐ろしいな。今後、バジリスクの毒を含んだ弾薬は厳重に管理しないといけない」

 

 

 

必要の部屋の前に到着した2人は扉を開けて、部屋に入る。

 

入室した2人がまず最初に目撃したのは喧騒とする隊員たちの姿であった。

 

 

 

 

「だから!あれは吸魂鬼が侵入してきたせいだ!!!奴らが来なければグリフィンドールは負けていなかった!」

 

 

つばを撒き散らしながらグリフィンドールの隊員が言う。

 

 

「ポッターが気絶したのは気の毒だ!しかし、セドリックがスニッチを掴んだのはポッターが気絶するのと同時か、それよりも少し早い段階だった。我々が勝利した事に変わりはない!」

 

「何だと!?そんな理屈が通用すると思ってんのか!」

 

「我々は客観的に見た事実のみを言っている。君たちグリフィンドールの生徒はいつも感情的で物事の本質が見えていないんだ」

 

「くそっ!調子に乗りやがって!!!」

 

 

グリフィンドールの隊員が傍にあったパイプ椅子を蹴り飛ばして口論となっていたハッフルパフの隊員に掴みかかろうとする。

 

ハッフルパフの隊員も負けじと杖を取り出して応戦しようとした。

 

 

 

 

 

ズガアアアアアアン

 

 

 

 

「!?」

 

「なっ!?」

 

 

一触即発だった隊員たちは部屋内に突如として轟いた銃声に我を取り戻した。

 

 

 

「何やってるんだ貴様らは!」

 

 

硝煙の立ち上る拳銃を天井に向けて構えながらエスペランサが叫ぶ。

 

 

 

「い、いやだって………こいつがクィディッチで負けた俺たちを馬鹿にして」

 

「馬鹿にしてなどいない。そもそも先に突っかかってきたのはお前達の方だ」

 

 

おそらくクイディッチの件でグリフィンドールとハッフルパフが喧嘩になったのであろう。

クイディッチは年間で最も白熱する競技会だ。

寮同士の争いの種はほとんどこの競技に由来するといっても過言ではない。

 

 

「お前達がクイディッチで熱くなるのも分かる。マグル界ではサッカーの試合が原因で戦争になったという例もあるからな。スポーツで争うのはまあ、理解できる。だがな、我々センチュリオンの隊員は互いに自分の命を預けあう戦友だ」

 

「……………」

 

「寮という垣根を越えて信頼関係を築かなければ、実戦で戦えない組織になる。お前達が敵意を向けるのはセンチュリオンの隊員ではない。少しは頭を冷やせ」

 

 

エスペランサの言葉で隊員たちは黙り込む。

 

 

 

「やはり、こうなったか」

 

 

一連の騒動を見ていたセオドール・ノットが言う。

 

 

「やはり、とは?」

 

「急ごしらえの組織だからな。帰属意識も仲間意識もまだ出来てはいない。寮というしがらみにもまだ囚われているんだろう。この調子だと今後も争いは起こる」

 

「ああ。そうだろうな」

 

「早急に対策を練る必要があると思う。と言っても僕はあくまでも副隊長だ。意見具申しか出来ない。判断は隊長である君にゆだねるよ」

 

「……………」

 

 

帰属意識、フォロワーシップ、仲間意識。

 

軍隊では長時間をかけてこれらを教育していく。

しかし、センチュリオンは創設1週間の部隊だ。

 

それらが身についているはずもない。

 

 

「そうだな。団結を深めるための“何か”をしなくてはならない。セオドール。補給責任者とフローラを呼んできてくれ」

 

「何かやるんだな?」

 

「そうだ。3週間後の休暇。全隊員で陣地防御の模擬野戦訓練を行う。この訓練を通じて、各人に精神的な教育を行う」

 

「了解。至急、責任者を招集して起案を作り始めるとする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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必要の部屋でのイザコザを何とか収めたエスペランサは寮へ帰る前にネビルとともに医務室に立ち寄った。

 

無論、ハリーの見舞いのためである。

 

 

謎の人気を誇るハリーであるから、彼の病床には様々な見舞い品が置かれていた。

 

山盛りのお菓子や虫だらけの花束(恐らくハグリッドからのもの)などだ。

 

 

 

 

「残念だったな。ハリー。でも、無事で何よりだ」

 

エスペランサはベッドで横になるハリーに励ましの言葉をかける。

ハリーは試合に負けたのと、相棒の箒が粉砕されたことで傷心していた。

 

彼のニンバス2000は不運な事に暴れ柳に突っ込んだらしい。

病床には箒の残骸も置かれていた。

 

 

「ありがとう。エスペランサ。それにネビルも」

 

「箒はもう直らないのか?」

 

「ここまで粉々になったら手の施しようがないみたい。だから新しい箒を買わないといけないんだ」

 

「そうなのか。箒って高いのか?ネビルは知ってるか?」

 

「うん。ハリーの使ってるニンバス2000は2001が出て型落ちしたけど、いまだに高価な箒のままだよ。買えないほどではないと思うけどね」

 

「それじゃ、学生には無理だな。学校の備品の箒は?」

 

「あれじゃだめだよ。学校の箒は流れ星っていう箒で、ハエよりも遅いんだ。どうやってもスリザリンには勝てない」

 

「いっそのことそのオンボロ箒に推進エンジンでも搭載したらどうだ?」

 

「ははは。君が言うと冗談には聞こえないよ」

 

 

ハリーが苦笑いする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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約4週間前。

 

 

 

 

センチュリオン発足後、最初の会合の時まで遡る。

 

 

 

 

 

 

軍隊においては銃貸与式という儀式が存在する。

 

入隊後、各人に1挺ずつ銃が渡されるという儀式だ。

軍隊では自分が使う銃が決められている。

テキトウにその辺にある銃を使うのではない。

 

与えられた銃のメンテナンスは保有者に責任があり、破損や結合不備は重い責任を取らされる。

また、常に銃を携行はせず、使った後は整備をしたのちに武器庫に格納することになっていた。

 

銃の管理は非常に厳密なのである。

 

無論、エスペランサの設立した組織であるセンチュリオンもこの制度を採用していた。

 

必要の部屋内に設けられた武器庫には小銃を格納する銃架が置かれ、格納後はしっかりと鍵をかけることが徹底された。

この鍵の管理は日替わりで決められた当直の隊員が行うこととなっている。

 

 

 

 

センチュリオンの隊員に貸与された銃はコルト・M733・コマンドと呼ばれる銃である。

 

今までエスペランサは多種多様な銃を戦闘において使ってきた。

ある時はM16自動小銃を使い、ある時はG3A3バトルライフルを使い、ある時はバーレット重狙撃銃を使った。

しかし、小隊規模の部隊を編成して戦闘を行う場合はそのようなことは出来ない。

 

部隊を編成して戦うのならば使用する弾薬の規格を統制する必要がある。

 

エスペランサはセンチュリオンの隊員全員が持つ小銃の弾薬は5.56ミリNATO弾に統制することにした。

エスペランサは元々、米軍傘下の特殊部隊で傭兵をしていたので米軍の使用する武器の方が扱いに長けていたし、教育も出来る。

なのでNATO規格の弾薬に統制をして、隊員の使用する銃も西側諸国の使用する物にした。

 

 

隊員と言ってもエスペランサ以外の隊員は戦闘経験はおろか、戦闘訓練すらしたことのないホグワーツの生徒だ。

 

ホグワーツの生徒はマグル界の子供と違い、スポーツ経験や体育の経験が少ない。

ホグワーツ内で唯一行われている運動は箒に乗って行うクィディッチのみである。

 

物は試しにエスペランサは18名の隊員を対象に体力テストなる物を行ってみたが結果は悲惨であった。

1500メートル走では完走出来ない隊員が続出し、腕立て伏せの平均回数は10回を下回った。

例外としてセドリック・ディゴリーのみが驚異的な運動神経を見せたが、ほとんどの隊員が体力不足である。

 

体力も無く、年齢的に体格も完成していない隊員に重量の重いバトルライフルや銃身の長い小銃を使わせるのは非効率である。

そこで、従来のM16を短くしたM4カービンをさらにコンパクトにしたコルト・M733・コマンドを標準装備としたわけである。

 

M16をかなり短くした見た目を持つその銃は最大でも774ミリしか長さが無い。

最近起きたソマリアにおけるモガディッシュの戦いでの活躍は特筆すべきだろう。

 

19名しかいない現在のセンチュリオンで編成できる部隊は1個小銃小隊が限界だ。

なのでエスペランサは小隊を編成するのを諦め、2個小銃分隊を編成した。

本来なら迫撃砲や対戦車榴弾をメインで運用する部隊も編成したかったのだが、人数的に不可能である。

後々、センチュリオンの人数が増えていけば複数の小隊を編成したり、迫撃分隊を編成したりすることも出来るであろう。

だが、現状では主戦力を小銃並びに機関銃といった軽火器にした歩兵部隊しか作れなかった。

 

 

 

見たことも触ったことも無い自動小銃を貸与された隊員たちはその銃の重さと見た目の禍禍しさに目をぱちくりさせていた。

 

マグル出身ならともかく魔法界で生まれ育った隊員たちは銃の威力も扱い方も分らない。

なのでまずは銃の危険性から教育する必要がある。

 

軍隊の新入隊員にまず、教育するのは自分の持つ銃の危険性なのだ。

なのでエスペランサは初っ端から実弾射撃をさせるなんてことはせずに、座学から始めることにした。

 

貸与した銃を一旦、武器庫内に格納させ、エスペランサは射撃場として用意した空間へ全員を集めた。

必要の部屋の最深部に用意された射撃場のレンジは200メートル。

一般的な射撃場と見た目に大差はない。

 

 

「注目してくれ。今から全員にこの銃の恐ろしさを見てもらいたいと思う」

 

 

エスペランサは集まった全隊員に言う。

 

 

「なんだ?さっそくその銃とやらを撃つんじゃないのか?」

 

最前列でしゃがんでいたアンソニー・ゴールドスタインという隊員が言う。

他の隊員もしきりに頷いた。

 

「どこの軍隊でも最初から実弾射撃をするわけがない。まずは安全管理事項を頭に入れて、扱い方を覚える。そうしたら次は射撃姿勢やクリック修正などの教育を行い、空包射撃を経験した後に実弾射撃に移る」

 

「なんか、まどろっこしいな。エスペランサはその銃とやらに魔法をかけてるんだろ?軽くしたり………。教育何て不要なんじゃないか?」

 

「いや。銃を扱ううえで安全事項を覚えるのは初歩中の初歩だ。絶対に教育をする。下手をすれば命を落としかねない」

 

銃は便利な道具である一方で整備を怠れば命を失う危険もある。

 

結合不良による暴発。

実戦において作動不良を起こし敵弾にやられること。

安全装置をかけずに放置した末に意図しない射撃を行ってしまう事。

銃口管理の不足による味方殺し。

 

銃の管理についてしっかりと教育を行わなければこのような事故が起こりかねない。

 

 

「銃は危険な道具なんだ。だからしっかりと管理しなければいけない。逆を言えば管理の仕方を知っていれば危険性はない」

 

 

そう言ってエスペランサは傍らに置いていたM733を持ち上げる。

 

置いてあったM733には弾倉が入っていない。

これも安全管理のひとつで射撃時以外は基本的に弾倉を抜いておく必要があったし、薬室内にも弾丸を残してはいけなかった。

戦闘時においては常に弾倉を装填したままにするが、それ以外は基本的に抜く必要がある。

 

エスペランサは射撃場の200メートル先に設置された‟人型の的”に向かって銃を構える。

 

この銃には軽量化の魔法も自動誘導の魔法もかけられていない。

ヴォルデモートとの戦闘時のようにそれらの魔法を無効化される可能性がある以上、射撃訓練は魔法抜きで行なうことが求められていた。

 

エスペランサは照星を的に合わせ、引き金を引いた。

人差し指の第一関節を引き金にかけ、曲げるのではなく真っすぐに引く。

 

 

 

 

ダン

 

 

ダン ダン

 

 

 

 

轟音と共に銃弾が飛び出し、その銃弾は200メートル先の的に命中した。

 

隊員たちは思わず耳を塞ぎ、中には目を瞑ってしまうものもいる。

何人かは既にエスペランサの戦闘を見たことがあったのでそこまでは驚いていなかった。

 

 

「基本的に銃の有効射程は500メートルほどだ。まあ、銃の種類によるが、貸与したM733の有効射程はそんなものだろう。魔法使いが使う死の呪いや失神光線の類は呪文を唱えなくてはならない上に連射が不可能で、射程はそれほど長くない。戦闘を行う事だけを考えるならば、杖よりも銃を使用した方が効率的だ」

 

肩から銃尾を外し、安全装置をかけ、弾倉を抜いた後、薬室内の弾丸が残っていないかを確認しながらエスペランサは言う。

 

「500メートルって………。そんな危険なものを僕たちは持つのか?」

 

「そうだ。こいつは人を殺すという事のみを目的として作られた道具だ。扱い方を間違えれば己の命や味方の命を奪うことになってしまう。まずは、安全管理の5段階について学んでもらおう」

 

 

 

 

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そして、あの銃貸与からおよそ4週間後の今。

 

センチュリオンの隊員は初の野外戦闘訓練を行うことになる。

 

 

 

 

 

センチュリオンの隊員は入隊してから射撃訓練や戦闘訓練も数えるほどしかしていなかった。

軍隊で言えば新入隊員と技量は変わらない。

 

禁じられた森の前に集まった18名の隊員は個人携帯装備を全て装着した状態で整列している。

 

整列の要領や各種動作に関しても彼らは一応、教育されている。

現在、整列している隊形は2列横隊。

動作は整列休めという、休めの動作よりも少し手の位置が高い姿勢だった。

 

部隊の精強さは各種動作の斉一性からも見受けられる。

 

エスペランサは敬礼動作から行進動作まで動作を教える際にはセンチ単位で矯正して完璧な姿勢を覚えさせた。

例えば、整列休め時の踵と踵の幅は25センチであるとか、敬礼の際に手のひらは見せないだとかである。

 

 

 

「センチュリオン部隊員点呼!!!」

 

 

「センチュリオン部隊員、総員19名、事故無し、現在員19名!」

 

 

エスペランサの号令に反応して現在、当直を勤めているネビルが人員現況の報告を行った。

 

 

「各人、体調に異常などはないか?」

 

「全員、体調に異常なし。装具に関しても前日に確認してあるから問題はないと思う」

 

「了解。ではネビルも列中に入ってくれ」

 

 

ネビルが2列横隊の最右翼に走っていき、他の隊員と同様に整列休めをしたのを確認したエスペランサは口を開いた。

 

 

「本日の訓練内容を下達する!本日は実戦を模擬した野戦訓練を行う。まずはこれを見てくれ」

 

 

エスペランサはあらかじめ地面においておいた小銃を取り上げた。

 

 

「これは全員に貸与された小銃と同型だが、使用する弾丸が特殊なものだ。通常なら実弾を装填するはずだが、こいつはペイント弾しか入っていない」

 

「ペイント弾?」

 

「ペイント弾ってのはまあ、クソ爆弾みたいなもんだ。殺傷能力は無く、着弾とともに塗料が付着する。まあ、訓練用の銃弾ってところだな」

 

「じゃあそのペイント弾というのを撃ち合えば良いんだな。チーム分けはどうする?分隊で戦い合うのか?」

 

「いや。今回は臨時の編制を組んで戦ってもらう。1つめのグループは俺の指揮するグループで、俺以下7名。これをアルファ分隊と呼称。2つめはセオドールの指揮するブラボー分隊。こちらは12名の編成となる」

 

 

それを聞いてセオドールが質問する。

 

 

「編成について疑問がある。なぜブラボー分隊の方が人数が多いんだ?これではアルファ分隊が不利だろう」

 

「それはもっともな意見だ。しかし、お前たちと違って俺は実戦経験もある元軍人。仮に同規模の分隊でかち合った場合、俺の指揮する分隊が圧勝してしまうだろう。これは過信でも何でもない。戦闘は実戦経験で差が出る」

 

「なるほど。確かに、僕たちは束でかかっても君には勝てないだろう。少なくとも、今は。説明を続けてくれ」

 

「ああ。説明を続行する。まず、本訓練で使用するのは禁じられた森のある区画だ。事前にこの区画の安全は確認済み。後ほど各人に地図とコンパスを配布する。弾薬は1人につき90発。この後、アルファ分隊はA地点、ブラボー分隊はB地点に前進し、そこで待機。0900になったのならば状況開始とする。勝利条件は敵勢力を殲滅させることだ」

 

 

エスペランサはざっくりと訓練内容を説明する。

 

隊員たちはその内容を理解したようでウンウンと頷く者もいた。

 

 

「ではこれより指揮者の指示に従い、待機地点に前進せよ。以上。わかれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

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訓練地域に指定した区画は禁じられた森の奥地であった。

事前にケンタウロスにはこの区画で戦闘訓練を行う旨を伝え、万が一にもセンチュリオンの隊員以外の生徒が入らないように、訓練地域の外周に「かくれん防止器」を設置している。

 

訓練地域は半径1kmの円状に設定。

中心には高さ50メートルほどの小さな山が存在し、山の麓には湖から流れてきた水によって小川が形成されている。

 

エスペランサはあえてこの山が中心になるように訓練地域を設定した。

 

この地域には15メートル以上ある樹木が無数に乱立している。

 

無数に乱立する樹木と中心に存在する山。

そんな中で2つの分隊が戦闘を行う場合の戦略は極めて単純だ。

 

地の利を得てしまえば良い。

 

つまり、中心に存在する山の頂上を先に抑え、あとは陣地防御線を行なえば良い。

山頂に存在する陣地を攻めるのは非常に難しいが、陣地を防衛するのはそれに比べれば比較的簡単である。

 

エスペランサは無論、自分の分隊員を引き連れて山頂を確保する予定だ。

 

当初、隊員への説明では「分隊同士の山岳地戦」と言ったが、この戦いは「どちらが先に山頂を奪い、陣地防衛戦に持ち込むか」が問われた戦いなのである。

エスペランサが自分の分隊員を極限まで少なくしたのは、彼がこの今回の戦いの本質を理解しているからであり、また、彼の分隊がセオドールの分隊よりも確実に早く山頂を攻略出来るからだ。

 

 

A地点と呼称された訓練区画の西端に到着したエスペランサは隊員を一か所に集めた。

 

「現在地、A地点。状況開始まで残り5分。総員、密集」

 

 

エスペランサの一言で彼の分隊員は装具をガチャガチャ言わせながら集合する。

 

今回の訓練には非戦闘員も含め、19名の隊員全員が参加していた。

非戦闘員も全員、行軍訓練と戦闘訓練を経験している。

非戦闘員も十分に戦力であった。

 

 

「点呼!フローラ。セドリック。ダフネ両姉妹。フナサカ。ロジャー」

 

「全員揃ってるよ」

 

「了解した。体調異常者、装具異常者は無いか?」

 

「「「 無し 」」」

 

 

全員が揃ったのを確認してからエスペランサは作戦の説明を開始した。

 

「では当分隊の指揮をエスペランサ・ルックウッドが執る。本分隊はA地点より東へ前進。中央の山頂を確保する。中央の山頂を確保したならば防御陣地を構築する。我の分隊は敵分隊よりも人数が圧倒的に少ない。しかし、先に山頂を攻略して陣地防御戦に持ち込むことで戦力差を埋める」

 

「敵が先に山頂を攻略する可能性は?」

 

「俺はこの森の地理を知り尽くしている。敵分隊が先に辿り着く可能性は無い。また、あっちは人数が多いため、移動が鈍足になることも予想される。だが、万が一のことを考えて行進間の陣形は各人間隔を5メートル以上取り、2名の隊員を先遣させる。発砲は極力抑えろ。一人頭の弾丸は90発しか無い。決して無駄にするな。また、これは実戦を模擬している。故に、最優先とするのは敵の殲滅だ。以上。質問はあるか?」

 

 

「………………」

 

 

「よし。では時刻合わせを行う。現在時0859。5,4,3,2,1、今、0900。これより状況を開始する。先遣2名。前進」

 

 

エスペランサの号令でセドリックとロジャーが先に前進を始めた。

 

彼らは互いに10メートル程の距離を開き、左右斜め前方を警戒しながら前進する。

数十メートル前進したところで2人とも手を上げて左右に振るのが見えた。

 

この戦闘区域は樹木に覆われている上に草木も生い茂っているため、目を凝らさなければ彼らを視認することは出来ない。

 

 

 

「1分隊。前進用意。前進!」

 

 

エスペランサの指揮の下、残りの隊員も草木をかき分けながら、低姿勢で全身を開始する。

昼間でも薄暗く、巨大な木が乱立する森はまるで迷路。

 

慣れない隊員たちは必至で他の隊員を見ながら、邪魔な草木に妨害されつつ前進する。

 

 

「あまり音を立てるな。草木を一気にかき分けるのではなく、ゆっくりかき分けて進め」

 

 

最適な侵攻ルートを即座に判断して歩くエスペランサは周囲の隊員に小声で伝達した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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B地点を出発したセオドールの分隊もまた、山頂を目指していた。

 

戦闘区域の地図を見た瞬間に山頂を攻略する必要性を彼は見出し、状況開始と共に分隊を前進させたのである。

 

 

(しかし、山頂の優位性はルックウッドも知っている。彼の分隊は少人数故に機動性が高い。なら、こちらの分隊が先に山頂に辿り着く可能性は低い………)

 

セオドールは考える。

 

彼は持ち前の頭脳で地理的優位性の重要さに気付いたが、問題は隊員の能力の水準が低いことだった。

ぬかるみに足を取られて倒れる隊員や、早くも疲労困憊になる隊員。

このままでは先に山頂へはたどり着けない。

 

加えて、セオドールは行進の陣形を一切考えていなかった。

 

あろうことか、彼は隊員を密集させたまま前進させていたのである。

だから、動きが鈍くなり、前進が遅れる。

 

 

「これじゃ先に山頂を取られるぞ。やっぱり総攻撃を仕掛けた方が絶対良い」

 

 

後続のコーマック・マクラーゲンが言う。

 

コーマックは状況開始後から再三に渡り総攻撃を仕掛けることを具申していた。

 

敵の数は少ない。

先に山頂を取られたとしても数に物を言わせて総攻撃を仕掛ければ味方に損害が出ても作戦目的は達成できるはずだ。

これがコーマックの意見であった。

 

 

「ルックウッドは部隊を一か所に固めずに、必ず、分散させる。だから総攻撃をかけても殲滅することは不可能な可能性があるんだ」

 

「いや、だからと言って君の作戦も無謀だ。先に山を取られることは分かり切っているのに前進させるなんて愚策だぞ」

 

 

コーマックとセオドールが意見で対立するのを他の隊員は心配そうに見ていた。

 

彼らの体力はかなり消耗している。

額には汗をかき、戦闘服は汗で変色していた。

 

 

「指揮官は僕だ。今は僕に従え。部隊の意思を統一しなければルックウッドには勝てないぞ」

 

「フン。僕の作戦で行けばルックウッドなんて一捻りだ。なあネビル」

 

 

コーマックは背後で草木をかき分けていたネビルに言う。

 

ドーランと汗でドロドロになった顔のネビルは困惑した。

 

 

「えーと………僕は………」

 

 

「ちっ。早いところ終わらせてシャワー浴びたいぜ」

 

 

コーマックは困惑するネビルの返事を待たずに、前方にあった大木目指して前進していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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エスペランサの分隊は早くも山頂に到達した。

 

掩体を掘る時間は無いので、エスペランサは木の根や倒れた大木、草木などを防御壁の代わりとして戦うように命じた。

 

山頂も麓と同様に樹木や草木が生い茂っているが、それらが天然の要塞となっている。

 

360度どこから攻撃されても対応できるように隊員を配置につかせた後、エスペランサ自身は恐らく、敵が侵攻してくるであろうB地点の方角に存在した大木の陰に隠れ、小銃を構える。

 

 

 

「良いか。命令があるまで射撃は厳禁。音を立てず、敵が出現するのを待つ」

 

 

隊員は全員、顔をドーランで塗り、ヘルメットには草を括り付けているため、遠目からは視認しにくい。

セオドールの分隊も恐らく、発見できないだろう。

 

地の利は得た。

 

ならば、後は侵攻してきたセオドール分隊を確固撃破していくだけだ。

 

 

エスペランサよりも2メートルほど下の斜面で双眼鏡を除くフローラが軽く手を上げてエスペランサを呼んだ。

 

 

「どうした?」

 

「敵襲です。予想よりもはやく来ましたね」

 

 

フローラも顔をドーランで塗りたぐっている。

 

普段彼女が見せる美貌はもはや存在しない。

 

 

「敵の数と位置を報告しろ」

 

「はい。敵は12名全員が密集して前進中。こちらに向かっています。距離は300メートルほど先でしょうか」

 

「密集だと?何やってんだか。それじゃ殺してくれって言ってるようなもんだぞ」

 

「敵の隊員は見るからに疲労困憊しています。無理に前進してきたんでしょうね」

 

「ああ。12名全員が密集しているならもうこちらの隊員も360度警戒させる必要はなくなった」

 

「他の人たちも全員ここへ連れてきて一斉に掃射してしまえば一瞬で勝敗は決する。そういうことですか?」

 

「そうだ。他の連中を連れてくる。フローラは引き続き敵の警戒を頼む。射撃は控えろ」

 

「わかりました」

 

「それと2名を山の中腹まで前進させて、わざと姿を晒せ」

 

「わざと………ですか?」

 

「そうだ。それだけで敵の体制を崩すことが出来る」

 

 

 

 

 

 

 

 

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「見ろ。あそこ」

 

 

コーマックがセオドールを止めて、前方に見えていた山を指さす。

 

その山の中腹にエスペランサの指揮する分隊の隊員2名の姿が見えた。

その2名は巧妙に草やドーランで偽装されてはいたが、何の遮蔽物にも隠れずにセオドールたちに銃を向けている。

 

 

「あいつら。僕たちに姿を見られていることに気づいていないのか?」

 

コーマックが言う。

 

「あんなところで待ち伏せていたら偽装した意味が無い。見つけてくださいと言わんばかりだ。罠か??」

 

セオドールはあまりにも滑稽な2名の隊員の行動に違和感を感じていた。

そもそも、姿を見せているのは2名だけ。

他の隊員はどこに潜んでいる?

 

 

「罠??違う。たぶんあれはエスペランサが偵察に出した隊員だ。だから本隊はもっと後ろにいる筈だ」

 

 

コーマックはセオドールの意見を否定する。

 

 

そうこうしていると2名の隊員は山腹から山頂の方へと回れ右して逃げ始めた。

 

 

「こっちが気づいたことに気付いたのか?」

 

「チャンスだ。まずはあの2名を倒してしまおう!総員、射撃開始!!!」

 

「馬鹿!指揮官は僕だ!勝手に命令をするな!」

 

 

コーマックの勝手な指示を聞いた他の隊員は一斉に2名の逃げつつある隊員に射撃しはじめる。

 

 

 

タタタタタタタ

 

 

タタタタタ

 

 

 

乾いた射撃音が森に木霊し、薄暗い木々の間を曳光弾が照らす。

 

 

しかし、魔法を一切かけていない銃は重く、反動も大きい。

新米隊員たちの撃つ弾丸は全く敵に命中しなかった。

 

代わりに大木に無数のペイントが付着していく。

 

 

「くそ!遠すぎるんだ!前進して追いかけろ!近づけば当たる筈だ」

 

コーマックがまたも指示を飛ばす。

 

セオドールはコーマックに続いて2名の隊員を追いかける隊員たちを止めようとしたが、徒労に終わった。

隊員たちは最早、誰が指揮官であるかを忘れている。

 

 

「深追いするな!ちりじりになるな!」

 

もはや罠であることは明らかである。

 

新米の隊員が魔法のかかっていない通常の銃をまともに扱えるわけがない。

実戦形式の射撃を行ったことのない隊員たちは反動に怯み、銃口がぶれる。

 

敵2名との距離は100メートル近い。

 

寝撃ち(腹ばいになって射撃する体勢。最も命中しやすい射撃姿勢であり、射撃訓練の初歩)しか行ったことのない隊員が動きながら命中させるのは困難だ。

 

 

エスペランサは無論そのことを知っていた。

 

100メートル程度離れていれば、弾があたることはまずない。

樹木に覆われているこの場所なら猶更だ。

 

故に斥候の姿を晒したところで何の問題にもならない。

 

逆にそれを利用して、敵勢力を深追いさせ、指揮系統を乱す。

精強な部隊ならこんなことでは指揮系統は乱れず、そもそも初撃で斥候は倒されていたのだが、即席で作ったセオドールの部隊には効果がある。

 

 

「こうなったら仕方ない。ネビル!援護射撃だ!左右の樹木を掩蔽として伏せ撃ちの姿勢を取れ」

 

セオドールは突撃に加わっていなかったネビルを視界の端に発見し、指示をする。

彼の予想ではエスペランサは深追いした隊員たちを確固撃破しようとしているはずだ。

どこに潜んでいるかは分からないが、茂みの中か、それとも木の上か。

 

 

「セオドール!!!逃げて!!狙われてる!」

 

「何!」

 

 

樹木に隠れたネビルが叫ぶ。

 

セオドールは前方の山に再び目を向けた。

 

 

「そうか。エスペランサの狙いは、僕を本隊と切り離すことだったのか…………」

 

 

山頂に存在する倒れた木の上に現れた敵はエスペランサ・ルックウッドに間違いなかった。

 

彼の持つ銃の銃口からはまっすぐにペイント弾が向かって来る。

初撃は見事にセオドールに命中した。

 

赤色のペイントが彼の戦闘服を染め上げる。

 

 

「な……やはり既に山頂は奪取されていたか。そして、奴の狙いは指揮系統を麻痺させること。そのためには指揮官を本隊から切り離して撃破する必要があった。そういうことだな?」

 

 

セオドールは無念そうに銃を地面において座り込んだ。

ペイント弾が命中した隊員は戦闘不能判定が下されて、演習終了までその場で死体役である。

 

 

 

「固まるな!!散解しろ!!!」

 

 

戦闘不能になったセオドールの代わりにコーマックが周囲の隊員に指示を出すが、パニックに陥った隊員たちは聞く耳を持たない。

 

 

次々に山頂から飛び出すエスペランサの部隊の隊員はパニックに陥ったセオドール部隊の隊員たちに容赦なく射撃を浴びせる。

 

 

 

必至に射線から逃げようとして茂みを掻き分けていた隊員は背後から掃射されてリタイア。

反撃しようと山頂に向かって銃を構えた隊員も顔面にペイント弾が命中して倒れこんだ。

 

ネビルは近くにいた隊員2名とともに倒れた大木の陰に身を潜めている。

 

セオドールの分隊はエスペランサ分隊よりも人数で勝るが、経験豊富なエスペランサが指揮をする分隊の方が圧倒的に強力だ。

故に先に山頂を奪取されることも予想できたし、彼らが待ち伏せている事も想定内だった。

 

しかし、所詮敵の人数は若干名。

指揮をするエスペランサ以外は素人で、射撃訓練も数回しか行っていない。

それならば、人海戦術で何名かを犠牲にしながらも一気に突撃してしまえば勝機がある。

 

ネビルもその考えには賛同していた。

 

だが。

 

 

 

 

タタタン タタタタ

 

 

「うわっ」

 

「やられた!」

 

 

 

逃げ遅れた隊員たちは次々に倒れていく。

 

散解せずに固まっていたところをまとめてやられたらしい。

 

 

 

素人隊員であっても戦い方次第では戦力になる。

 

エスペランサは自分以外の隊員を徹底して斥候に割り当て、敵を発見しても射撃をするのを控えさせた。

一方でセオドールの隊は敵を発見した隊員から勝手に射撃を始めてしまった。

 

エスペランサは敢えて斥候をネビルたちに発見させ、勝手に射撃を始めたネビルたちの正確な位置を特定したのである。

 

 

 

「生存者!生存者はいるか!!???」

 

習いたての匍匐前進で茂みに隠れているコーマックが叫ぶ。

 

 

「コーマック!こっちだ。ネビル以下2名。戦闘可能!」

 

「他には……いないのか?」

 

「後方の茂みに2名ほど隠れているけど……たぶん残弾がない。初撃でフルオートでトリガーハッピーーしてたから」

 

「くそ!してやられた!!」

 

 

コーマックは持っていた小銃から弾倉を抜いて、新しい弾倉を入れた。

これがラストの弾倉である。

 

 

「残り30発。ネビルは?」

 

「僕はまだ60発残ってる。他の2人も殆ど無傷なはずだよ」

 

「そうか………。だが、これじゃ勝ち目がない。やっぱり最初から僕が指揮を執っていたほうが良かったんだ」

 

「…………それは違う」

 

「何!?」

 

「たぶん、セオドールでも君でも、誰がやったってエスペランサには勝てなかった。だって経験値が違いすぎる。さっきの見ただろ?出会いがしらに2人をいっぺんにヘッドショットで倒す彼を………」

 

「チッ。じゃあ、もう負けだ負け。とっとと降参すれば良い」

 

「それもダメだ。エスペランサはこれを本当の戦闘だと思って戦えって言った。こっちにはまだ戦力が残ってる。降伏するわけにはいかないよ」

 

「じゃあ、どうしろって言うんだ!」

 

「僕に考えがある」

 

「考え?」

 

「エスペランサはこれを本当の戦闘だと思って戦えって言った。本当の戦闘は何でもアリな戦いだ。ならその言葉通り、やってやれば良いんだと」

 

「ネビル……?何を考えて???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「残り6人って所か?」

 

「そうですね。それに対してこちらは無傷。これも想定内でしたか?」

 

「素人戦闘員がこんな複雑な地形で足場も悪いところでまともに射撃なんて出来ない。斥候を囮にしたところで敵は斥候を倒す事すらできない」

 

 

双眼鏡でペイント弾によって倒された隊員の数を数えながらエスペランサとフローラはそんな事を話していた。

 

 

「残ってる隊員の中でセオドールの代わりに指揮を執っているのは恐らくコーマックだろう」

 

「コーマック・マクラーゲン。そうですね。仕切りたがりの彼なら率先して指揮をしはじめそうです」

 

「奴の思考は単純だ。敵の勢力が6人である事を考慮すると、山頂を包囲するような作戦は使わない。しかし、先程のような固まって突撃するような馬鹿な真似はもうしないだろう。となると、どう攻撃してくると思う?」

 

「そうですね………。私だったら後方に支援の隊員を残して、その隊員が射撃支援をしているうちに他の戦闘員を前進させます。これを交互に行っていけば味方の損害を少なくしながら敵に接近できますよね」

 

「その通りだ。分隊を前進させるときは射撃支援の下に戦闘員が前進する」

 

 

 

エスペランサは大木の根を防御壁にして待機している隊員に集まるように指示を飛ばした。

 

敵の残存勢力は僅か。

周囲を包囲して攻撃してくる可能性は低く、周囲を警戒する必要性は薄い。

 

ならば全隊員を集め、敵勢力を掃討する段階に移るべきだとエスペランサは思った。

 

敵の6人は木の陰などに隠れているものの、場所はほぼ把握できている。

裏を取られたり、奇襲されたりすることはないだろう。

 

面で制圧していけば確実に殲滅可能だ。

 

 

「これより我が分隊は山を下りて残存勢力の掃討に移る。2名を山頂に残して援護に回す。他の隊員は全員、俺に続いて下山。各人ごとの間隔を5メートル開き、横一列で前進する」

 

エスペランサは自分の銃を構えて前進を開始する。

 

他の隊員もそれに倣って歩き始めた。

若干2名の隊員のみ、支援要因として山頂で待機する。

 

 

するとその時だ。

 

 

 

「痛!痛えええええええええええええええ!!!助けてくれ!!!!!」

 

 

 

麓の樹木の間からコーマックが苦痛に満ちた表情で転がり出てきた。

 

 

 

「な!?どうしたんだ?」

 

 

流石のエスペランサも困惑する。

 

 

茂みの上を痛がりながら転げまわるコーマックは今にも死にそうな顔をしている。

 

 

「ぎゃあああああああ!!!」

 

 

「まずい!フローラ!!!回収していた杖と救急キッドを持って来てくれ!」

 

 

エスペランサは傍らで銃を構えていたフローラに、訓練前に回収していた杖と救急キッドを持ってくるように指示を出した後、斜面を駆け降りる。

 

折れた枝などが彼の戦闘服を破いたが、気にしている場合ではなかった。

 

 

「大丈夫か!!!!どうしたんだ!?」

 

 

転げまわるコーマックに駆け寄り、エスペランサは病状を見ようとする。

 

外傷なら魔法で何とかなるが、体内の器官が異常をきたしているのなら手の施しようがない。

すぐにでも医務室に運ぶ必要がある。

 

エスペランサは焦っていた。

 

焦っていたからこそ、背後から近づくネビルに気付かなかった。

 

 

「ぎゃああああああ…・………あ、もう良いだろ」

 

 

急に転げまわって痛がるのを止めたコーマックはエスペランサの背後を見てニヤリとする。

 

 

「あ?どういう…………」

 

 

 

 

タン

 

 

 

 

エスペランサの背後に近づいたネビルは小銃の引き金を引いていた。

 

銃口から出たペイント弾はエスペランサの背中を青色に染める。

 

 

 

「え?は?」

 

「エスペランサ。君は最初に僕たちにこう言ったよね。これは実戦形式の戦闘訓練であるって。それなら、君は無暗に出てきちゃダメだった。‟実戦において、苦しんでる敵兵に駆け寄る兵士なんていないよね?”」

 

 

 

この訓練を一番、実戦ではないと思ってしまっていたのはエスペランサである。

 

所詮は素人の兵士相手と侮っていたのもあるが、訓練であるという枠組みから抜け出せていなかった。

無論、コーマックの痛がりは演技。

しかし、エスペランサは実戦では絶対に行わない、「敵兵の元に駆け寄る」という行動に出てしまったのである。

 

ネビルはエスペランサの性格を知っていた。

 

彼は自分の仲間が苦しんでいたら全てを放棄して救いに来る。

 

それを知っていたからこそ、ネビルはエスペランサを騙すことが出来た。

 

 

 

エスペランサが倒されたことに動揺する隊員は多かった。

 

しかし、すぐに状況を理解したフローラは銃を構えなおしてネビルを倒そうとする。

 

 

「ネビル!後ろだ!」

 

 

コーマックは立ち上がりながら叫ぶ。

 

ネビルは瞬時に振り向き、銃口をフローラに向けた。

 

 

 

ネビルは本来、臆病な性格であった。

臆病なうえに優しく、最初の射撃訓練でも手が震えて引き金を引くことが出来なかった。

 

その理由は、射撃訓練に使用する的が人型だったと言う事がある。

 

ただの的で訓練をした軍隊が実戦で人を撃つことが出来なかった。

しかし、的を人型にした瞬間に実戦で人を撃つことが出来るようになったというのは有名な話だ。

 

人型の的に向けて銃弾を撃ち込むことが出来ないネビルにエスペランサはこう言った。

 

 

 

「俺も人を撃つのは怖い。俺が引き金を撃つことでそいつの人生が終わるんだからな。だがな、本当に怖いのは、俺が撃たなかったことで仲間が撃たれることなんだよ。誰かを守るためには引き金を引く勇気がいるんだ」

 

 

 

だからネビルはもう迷わない。

 

彼も「守りたかった人」が存在するのだから。

 

 

 

 

迷いなく引き金を引くネビル。

 

フローラよりもコンマ数秒判断が早かったネビルの撃った弾丸は彼女に命中する。

 

 

 

痛がるフリを止めたコーマックも戦線に復帰し、瞬く間に2名の隊員を倒した。

指揮官としては不合格の彼であったが、彼の意とは反して、フォロワーに回った時は優秀である。

指示さえあれば必ずそれを遂行することこそ彼の本質であった。

 

 

隠れていたセオドールの分隊の面々が続々と出てくる。

 

 

山頂で待機していたエスペランサ分隊の2名は自分隊だけになったことに気付き、退避しようとしている。

 

 

「逃がさない!」

 

ネビルは再び小銃を構えた。

 

山頂までは200メートル近く距離が開いている。

威力の弱いペイント弾では射程ギリギリの場所だ。

 

 

だが

 

 

 

タン

 

タン

 

 

 

ネビルの放った銃弾は見事に2名に命中した。

 

 

 

 

 

「ここ最近、わかったことがあるんだけど。僕、結構射撃が得意みたいでさ。ちょっと自信があるんだ」

 

ネビルは傍らで座り込むエスペランサに言う。

 

「………ちょっと自信がある、か。射撃初めて数週間で200メートル射撃を難なくこなす奴なんてそう存在しない」

 

「でも僕、君よりは射撃が上手くないと思うけど?」

 

「俺が何年撃ってきたと思ってるんだ?控えめに言っても、お前は狙撃手としての才能があるよ」

 

 

エスペランサは力なく笑った。

 




コミケ行ってきました。

楽しかったです。

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