ナパーム弾の爆発はエスペランサも観測所から見ていた。
7名の隊員が四方から盾の呪文を使って吸魂鬼2体を封じ込めた後、セオドールがナパーム弾である瓶を投擲する。
直後、盾の呪文によって封じ込められた僅かなエリア内で眩い光と轟音と共に爆発が起きた。
本来なら広範囲を焼き尽くす兵器であるナパーム弾の爆発をたったの半径数メートル以内に留めたのだからとてつもない威力になるのはあたりまえであった。
爆発は術で抑えられているが、そのせいで質量保存の法則は無視されてマグル界では起こり得ない現象が起きてしまう。
大地は抉れ、この世に存在する事すら出来なくなった物質が物理法則も魔術法則も超越して消失していく。
マグルの作り出した兵器。
魔法使いの作り出した魔法。
決して同じ世界に存在することは無かったこの二つのものが融合し、作用した結果、この世界の理を歪め、そこに物質が存在する事を許さなくなった。
エスペランサたちは図らずとも、この世に存在し得なかった現象を起こしてしまったのである。
そして、彼らは無論、それに気付く事はなかった。
爆発が収束し、黒煙が消え、隊員たちの展開した盾の呪文が消えると、そこには何も無かった。
草木は全て燃え尽き、いまだに火がくすぶっていたが、吸魂鬼の姿は確認できない。
ナパームの爆発を無理やり魔法で押さえ込んだ結果として、吸魂鬼はこの世界に存在する事が許されなくなってしまったのである。
そのことにエスペランサは気づく予知すらなかったが、しかし、吸魂鬼がナパーム弾によって消滅した事は理解できた。
「セオドール。状況を報告しろ」
『こちら02。セオドール。吸魂鬼の存在は確認できず。完全に消滅した模様』
「念のため爆心地と周囲の上空を警戒しろ」
『了解。隊員に負傷者は無し。なので2分隊の人間に警戒監視任務を行わせる』
「頼んだぞ」
『ああ。しかし、本当に吸魂鬼が消失するとは………』
「俺も驚いている。しかし、これが事実だ」
吸魂鬼は倒せる。
人類が作り出した通常兵器と魔法を使えば。
もう人間は吸魂鬼を恐れる必要がなくなった。
エスペランサは思わずにやけた。
「本当に……吸魂鬼を倒しちゃった」
M24のスコープ越しに爆心地を確認するネビルが呟く。
魔法界出身の彼は吸魂鬼が如何に恐ろしい存在であるかを理解していた。
しかし、まさかその存在を倒してしまう日が来るとは思っていなかったようである。
「吸魂鬼を倒したってだけでマーリン勲賞ものだな。学会に発表すれば我々は魔法界の英雄になれるぞ」
「では、吸魂鬼の倒し方は公にするんですか?」
フローラが言う。
「まさか。公にするはずがない。我々は吸魂鬼の倒し方という“力”を得た。これは世界中のどの軍隊も持たない力だ」
「その力を独占するということですか?」
「ああ。吸魂鬼を倒す事のできる軍隊ってのは、世界中の魔法省が喉から手を出すほど欲しい組織になるだろう。我々はたったの19人しか居ない組織だが、吸魂鬼を倒す事ができるだけで魔法省と対等に交渉する事のできる実力組織になり得る」
「軍隊……実力組織………ですか。今更ですが、私達は大それたことをしようとしているんですね。それこそ、これまでの魔法界の常識を覆してしまうような………」
「魔法界の常識を覆す……か。そうだろうな。魔法界は進歩という物を軽んじてきた。外の技術を取り入れれば恐ろしいとされてきた生物も倒す事ができるのに、それを拒んでいた」
「魔法界が外の技術……マグル界の技術を取り入れなかったことが悪であると言いたいんですか?私はそうは思いませんが。魔法使いもマグルも互いの力を恐れ、それが結果的に争いの種になってきたのは歴史が証明しています」
「俺は歴史学者のようなインテリではないから何が正しいのかはわからん。だが、現にこうして我々は通常兵器を利用して吸魂鬼を倒した。もし、マグル界の技術を魔法界がもっとはやくに取り入れていれば吸魂鬼の犠牲者はもっと減ったかもしれない……」
「……………」
「逆も然り。もしかしたら………救えた命がもっとあったかもしれない」
「………あなたは、これほどの力を手に入れても、それを他人のために使おうとするのですね」
「それが俺が魔法界に来た理由だからだ」
エスペランサは爆心地で隊員たちが歓声を上げ始めたのを眺めながらそう答えた。
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センチュリオンの隊員たちは吸魂鬼を倒すという目的を達成して浮かれ気分だ。
無理もない。
決して倒す事の出来ないと思われていた吸魂鬼という魔法生物を倒すというマーリン勲賞ものの成果をだしたのだから。
作戦の要となった遊撃部隊の3名は隊の中でも英雄扱いであった。
作戦終了後、必要の部屋に戻った19名の隊員は作戦の終了を祝して打ち上げを行う事にした。
グリフィンドールがクイディッチの決勝戦で勝利し、グリフィンドールは談話室でお祭り騒ぎをしている。
どこから調達したのかは分からないがその談話室には大量の菓子が置かれていたので、ネビルとコーマックがその一部をこっそりと必要の部屋に運び込んだ。
グリフィンドールの寮から運び込まれた菓子をつまみながら、隊員たちは互いを称えあっている。
「今日は一人の犠牲者も出さずに吸魂鬼を倒すという魔法界始まって以来の快挙を我々が成し遂げた記念すべき日だ。今はまだ魔法界に公にする事は出来ないが、この功績は……………」
「御託は良いからさ!お前も飲めよエスペランサ!!」
祝辞を途中で中断されたエスペランサは隊員の一人が渡してきたバタービールを受け取る。
パーティー会場と化した必要の部屋のブリーフィングルームの真中には菓子だけでなくバタービールがパイプ机の上に積み上げられていた。
「これ……ソフトドリンクじゃねえか」
「???それがどうかしたのか?」
「作戦終了後の飲み会はアルコールって相場が決まってるんだ。ちょっと待っとけ」
そう言ってエスペランサはブリーフィングルームの端に置かれた弾箱を開ける。
この弾箱には彼がマグル界から持ち込んだアルコールが入っていた。
「キープしていた酒だ。数はそんなに無いし高価なものでもないが、まあ、バタービールよりはマシだぞ」
「酒って………僕達まだ未成年だぞ」
「セドリック。遊撃部隊隊長が何を恐れる?これくらい飲める器じゃねえと隊長は務まらんぞ?」
「いや、それは………」
「おい、コーマック。セドリックを抑えとけ」
「了解!!」
「なっ!や、やめろ!」
コーマックに抑えられたセドリックの口に無理やりエスペランサは酒を注ぎ込んだ。
「ぐええ!なんだこれ!」
「ニコラシカだ。度数は少しばかり高いが、冬場に飲むと美味い」
セドリックが酒を飲んだのを見て、他の隊員たちもバタービールを放り投げて酒瓶を手に取り始める。
「明日はどうせ休日だ!酔っても大して問題にはならないし!」
「グリフィンドール寮は朝までドンちゃん騒ぎだろうから朝帰りしてもばれない!」
ネビルとコーマックがウイスキーのボトルを開けながら言う。
その向こうでは第2分隊の小銃手たちがドイツ製のビールをかけあっていた。
「皆、楽しんでるな」
「セオドールか」
ワインのボトルのコルクを抜いていたエスペランサの横へセオドールがやってきた。
「勝利に酔うっていうのかな。戦いに勝って、浮かれて、そして次の戦いを望む。僕も君の気持ちが少し分かった気がする」
「俺は別に勝利に酔ってはいないが?」
「………そうかな。1年生の時も2年生の時も、君は戦いに勝って帰ってきた。僕達は君の心配をしていたけど、君はそんなことは知らずに、満足そうにして帰ってきた」
「満足そうに……?」
「自覚は無いかもしれないけどな。僕は君が指揮官であり仲間である事に安心すると共に、恐れも抱いている」
セオドールは弾箱の一つに座り、エスペランサを見つめた。
「恐れ?」
「ああ。君は戦争を憎んでいる。が、同時に戦場に自分の居場所を見出してしまっている。僕らは、そんな君についていくことになるが、ついて行った先に何があるのだろう……と」
「それは……俺は、平和な世を目指している。だからその先にあるのは……」
そこまで言ってエスペランサは考え込んだ。
彼が目指すのは平和な世。
だが、それを実現することを保障は出来ない。
そこまでに19名の隊員を一人も死なせずにすることも保障は出来ない。
「一本貰おう」
セオドールはエスペランサの足元に置かれたワインのボトルを手に取り、自身の持っていたコップに注いだ。
「君が僕達をどこへ連れて行くのかはわからない。その先が平和であるのか、それとも地獄であるのか。でも、僕は今日、吸魂鬼を倒した時に正直怖くなったんだ。“力”を持ってしまった事に。これから僕達がどういった戦いをするのか、ということに恐れを抱いたんだ」
「…………」
「恥ずかしい話だろ。副隊長だってのに」
「いや、それが正常だよ。セオドール」
「そうなのか?」
「ああ。ガンサー症候群ってのがあってな。98パーセントの兵士は持続した戦闘によっておかしくなっていくんだ。どんなに肝っ玉のある奴だって戦闘には恐れを抱く。気が狂う。だが、恐れているうちはまだ人間でいられているんだよ」
「僕もいつかは戦闘に慣れて、おかしくなってしまうのだろうか?」
「おかしくはさせないさ。俺が」
「君が………。そうか。そうだな。君のように常に正しい道を示してくれる指揮官がいれば我々は、我々でいることが出来る。そういうことだな」
「その自信は俺には無い。俺が正しいかどうかはわからん」
エスペランサは1年近く前にトム・リドルと対峙したときのことを思い出した。
正しさというのが主観的なものでしかないことはそのとき理解している。
「君は正しいさ。少なくとも僕はそう信じている」
「セオドール………」
「はは。少し、酔ったな」
セオドールはそう言ってコップに残っていたワインを飲み干した。
エスペランサは酒盛りの最中である第1分隊の隊員たちのところへ戻ろうとした。
そんな彼をセオドールが呼び止める。
「そういえば、ガンサー症候群では98パーセントの兵士がおかしくなるんだろ?残りの2パーセントはどうなるんだ??」
「ああ、そのことか」
エスペランサは苦笑しながら答えた。
「残りの2パーセントは元からおかしかったんだよ」
ガンサー症候群の下りは私の好きな小説の1シーンを参考にしました。