3頭犬との激闘から時間が経ち、今日はハロウィンである。
ハロウィンというのは秋の収穫を祝って悪霊を追い出す祭りであるが、魔法界でもその祭りは健在であった。
悪霊という存在が魔法界に果たして存在するのかは不明だが、ゴーストやらポルターガイストやらがうようよしているのだから悪霊がいたって何も不思議ではない。
ホグワーツでもハロウィンを盛大に祝うことになっており、大広間はハロウィンの飾りつけと御馳走でいっぱいである。
生徒も授業中から浮かれ気分であった。
一人を除いて…………。
エスペランサ・ルックウッドは3頭犬との戦い以来、より強力な武器の制作に追われていた。
3頭犬相手にサブマシンガンが有効であったとは言い辛く、また、魔法で作った武器は脆く使い物にならなかったという事実は重く受け止める必要がある。
彼はあの夜以来、変身術と妖精呪文を極めることに時間を割いていた。
また、武器を作り出す魔法以外にも、決闘用にいくつかの呪文を習得することも欠かしていない。
銃や炸裂弾の類は対生徒用の決闘には使えないし、敵に呪文で先制攻撃をされた時には防ぐ手立てがない。
そこでエスペランサはいくつかの呪文を習得した。
”ステューピファイ 麻痺せよ”
”プロテゴ 守れ”
これらの呪文は”想像力”を必要とせず、単純に”生存本能”を魔力の源とする特殊な呪文だった。
基本的に攻撃的な呪文や防御的な呪文は「生き残りたい」という強い意志が成功の秘訣なのだそうだ。
数多もの戦闘を生き抜いてきたエスペランサにとって習得は容易かった。
ハロウィンということで生徒は早くから大広間にむかっている。
教職員も飾りつけで忙しいのだろう。
図書館には司書のマダム・ビンズを含めて人っ子一人いなかった。
エスペランサにとっては好都合だ。
呪文を唱えて杖を振り、いくつかの部品を石ころから作り出す。
スプリング状の部品や、細長いパイプのような金属の部品。
大小さまざまな部品を作り出し、それを結合する。
「こんなものだろ。被筒の形状が若干実物と異なるが問題にはならない。グリースガンの威力不足をこれで補うことが出来れば良いんだが」
エスペランサが今回作り出したのは小銃であった。
「ディレードブローバックを採用してるから反動は少ないし、新兵でも容易く扱えるこの銃なら短機関銃よりも戦い易そうだ。しかし、最近は小銃を撃っていない。ちょっと射撃訓練をする必要がありそうだな」
数時間に及ぶ武器制作作業も終わり、一息ついたところで彼はローブから煙草を取り出した。
周囲の目もあって久しく吸っていなかった煙草を1本取り出す。
魔法界にも煙草は売っている(ふくろう便で通信販売されているが勿論、未成年は買えない)が、愛用するアメリカンスピリッツはどこにも無かった。
「”インセンディオ 燃えよ”」
杖から炎を出し、煙草の先っぽに火を灯す。
スウッっと煙を吸い、一気に吐き出すと久々に吸ったからなのかクラクラとした。
燃焼材の入っていないアメリカンスピリッツは割と長く吸っていられる。
「腹も減ったし、大広間に行ってみるか。御馳走もありそうだしな」
そう呟いて短くなった煙草を7.62ミリNATO弾に魔法で変えたエスペランサは小銃を肩に担いで図書館を出ようとした。
図書館を出ようとして初めて彼はこの場所に他の生徒がいたことに気づく。
(他に人がいたのか。煙草も小銃も隠し通せるものじゃないか?)
図書館入り口付近に3学年と思われる男子生徒1人と1学年の女子生徒が2人立って何やら口論になっている。
この時間に図書館にいることも不可解であったが、3年の男子生徒と1年の女子生徒という組み合わせも奇妙なものであった。
エスペランサの記憶が正しければ3人ともスリザリンの生徒のはずだ。
男子生徒の名前はわからないが、女子生徒は魔法薬学の教室で見かけるので知っている。
ひとりはダフネ・グリーングラス。
純血家系であるグリーングラス家の出身であるが、当のグリーングラス家は純血主義でないらしくスリザリンの中では異端な存在であったとエスペランサは記憶する。
人懐っこい性格と非純血主義から他寮の生徒との付き合いも良かったはずだ。
もう一人のほうは逆に純血主義の家系出身であるフローラ・カローであった。
エスペランサはある目的のためにホグワーツの生徒の基本情報を調べたことがあるが、彼女の家系には“死喰い人”が存在していたことを確認している。
フローラという生徒がどのような思想を持っているのかは現段階では不明である。
エスペランサは相手の目からある程度の感情と思考を読み取ることが出来るが、彼女の思考は全く読み取ることが出来なかった。
謎に包まれた彼女だが、普段は無口であることと、冷めた目をしていることから同級生に恐れられている節がある。
ただし、綺麗なブロンドの髪と整った顔から、一定数のファンもいるらしい。
そんな2人が男子生徒に絡まれている現場というのは珍しいものである。
エスペランサは好奇心から3人の方へ向かっていった。
「僕と君との仲なんだから良いだろ?」
「あなたとの仲とはそういった仲なんでしょうか?」
「家族ぐるみの付き合いだろ? ハロウィンを一緒に過ごすくらいしてくれても良いじゃないか」
「駄目!この子はわたしと一緒に大広間に行くんだから」
会話の内容からある程度の状況は把握できた。
要はナンパだ。
おそらく男子生徒がカロー学生を無理に誘っているのだろう。
齢11か12にしてその手の話があるとは恐れ入る、とエスペランサは思った。
他人の色恋沙汰には興味が無かったし、何よりも早いところ晩飯を食べたかったので3人をスルーして彼は図書館を出ようとした。
だが、図書館の出口を塞ぐように3人が居た為にそれも不可能となる。
非常に面倒くさい事態であるが、スリザリン生とはいえ同期である2人の女子生徒に恩を売っておくのも悪くは無いと思い直し、エスペランサは行動を起こした。
「邪魔だ失せろ」
空腹感による苛立ちもあったのかもしれない。
エスペランサの口から出てきたのは有無を言わさぬ命令口調であった。
必要最低限の言葉で自分より2つ学年が上の男子生徒に命令したエスペランサにフローラ・カローとダフネ・グリーングラスは驚きを隠せないようだった。
「何だよ。偉そうな奴だな。お前は確かグリフィンドールの落ちこぼれの1年だろ」
「上級生にまで名が広まってるってのは喜ばしいことなのか?」
どうもエスペランサは学校中に名前が知れ渡るほどの問題児だったらしい。
「俺はそっちの娘に用があるんだ。とっとと失せるのはお前の方だ」
「用ってのはカローのことを口説くことか?だったら止めとけ。お前に口説かれてる最中は嫌な顔しかしてねえ。反吐が出そうって感じだ」
3学年の男子生徒の頭に血が上っていくのが分かる。
1年の、それもグリフィンドール生に煽られているのだから無理も無いだろう。
怒りのボルテージが上がりきったのか、男子生徒は杖を取り出してエスペランサに向けた。
「生意気な奴だ。呪いをかけてやる。今更後悔しても遅いぞ」
「こっちの台詞だ」
ジャキン
「あ?何だそれ?」
「G3A3。っていっても分からないか」
杖を向けてきた男子生徒にエスペランサは出来立てほやほやの銃を向けた。
G3A3。
ドイツのH&K社が開発した銃であり、M16やAK47カラシニコフと同じく世界の傑作銃と呼ばれている。
先日の3頭犬との戦いで短機関銃の威力不足と命中精度の悪さを実感したエスペランサは集弾性の良い自動小銃を欲しがっていた。
そこで作ったのがこの銃だ。
現行のNATO弾は5.56ミリであるが、それよりも威力の高い7.62ミリ弾を使用する小銃が必要と思った彼は幾つかの候補を立てた。
ガリル。
FAL。
カラシニコフ。
M14。
64式。
などなど。
その中で馴染みが深く信頼性のあるG3A3を採用したわけである。
「またマグルの武器か。マグルの武器で杖に挑むなんて無ぼ……………」
ズガアァーン
男子生徒が言い終わらないうちにエスペランサは引き金を引いた。
無論、銃口は男子生徒の背後の壁に向け(しかも衝撃波が彼を襲わないように細心の注意を払った)、危害を与えないようにした。
とは言え、至近距離で7.62ミリ小銃の射撃を目撃すれば、その威力に恐怖する。
男子生徒は杖を落とし、床に這いつくばって震えていた。
グリーングラスは小さな悲鳴を上げて耳を塞いでいる。
カローだけは一瞬ビクッとなっただけで、すぐに普段のポーカーフェイスに戻っていた。
「あまり“こいつ”をなめないほうが良いぞ。呪文を詠唱する間に、7.62ミリ弾がお前の脳天をぶち抜くからな」
「ひっ!ひいいいいいいいいいい」
腰を抜かした男子生徒は尻尾を巻いて逃げていった。
「そ、それ………。そんな危ないものいつも持ってるの?」
びくびくした様子でグリーングラスがエスペランサに話しかける。
「護身用だ。この学校には危ないものがいっぱいあるからな。もっとも、今撃った銃弾は衝撃弾だ。殺傷能力は無い。戦場でもないし、一般生徒を殺すような真似はしないさ」
「よ、よくわからないけど…………良かったぁ」
例え敵対している生徒であっても、非戦闘員には変わりない。
武器を持たない人間に向かって実弾を撃つようなことは絶対にあってはならないとエスペランサは思っている。
故に実弾ではなく限りなく殺傷能力を抑えた衝撃弾を作り出したのであった。
「方法はともかく、助けてくれたことはお礼を言います」
表情を一切変えずにフローラ・カローが礼を言ってくる。
声色は相変わらず冷たいままであったが………。
「いや、別に助けたわけじゃない。俺も腹が減ってイライラしてたし、早いところ大広間に行きたかったからな」
「その割にはタバコを吸ってゆっくりしてたみたいですけれど?」
「バレてたのかよ。まあいいや。助けた礼に喫煙は黙っておいてくれ。あと銃の所有も」
「気が変わらなかったら黙っています」
「可愛くない奴………。えっと?カローだっけ」
「フローラで良いです。私は自分の家系が好きではないので名前のほうで呼んで下さい」
「カロー家か………」
「わたしもダフネで良いよ!あと助けてくれたついでに1つ情報提供」
ダフネ・グリーングラスが唐突に言う。
「何だ?」
「さっきここにくる途中にグリフィンドールの1年生が女子トイレで泣いてるのを見たよ。慰めようと思ったけどわたしたちはスリザリン生だから多分口利いて貰えないし………」
「その生徒は誰だ?」
「グレンジャーよ」
ああ、成程とエスペランサは思った。
ハーマイオニーは優秀であるが、その優秀さの裏には壮絶な努力がある。
図書館で日頃から武器開発をしているエスペランサは、同じく図書館でずっと勉学に励んでいる彼女の姿を目撃していた。
ありとあらゆる分野の本に手を出しているハーマイオニーの知識に対する貪欲さを彼は尊敬すらしていた。
しかし、彼女の欠点は学力や魔法の能力を全て自分基準で見てしまうところである。
自分が出来るのだから他人も出来るという考えは時にヘイト感情を生んでしまう。
特に精神年齢の低いロンなどの生徒は次第にハーマイオニーを敵視するようになっていた。
「ハーマイオニーは寮内で孤立していたからな。それに今朝、ロンが本人の目の前でその事実を言った。おそらくそれがトリガーとなったんだろ。優秀とは言え、11歳の子供が他人の悪意をスルー出来る筈も無い」
「あなたは彼女のことが嫌いになったりはしてないの?」
「まさか。あそこまで努力が出来る人間とはむしろ親しくしたいくらいだ。まあ、俺は彼女に嫌われているみたいだけどな」
「ではあなたが彼女を慰めに行ってはどう?」
「女子便所にか?」
「ありとあらゆる校則を破っているあなたが今更女子トイレに侵入しても誰も驚かないと思いますけど?」
淡々とフローラは喋る。
案外この女は毒舌だとエスペランサは思った。
「とは言え同じ寮の生徒が泣いていると聞いて黙って何もしない訳にもいかんしな。とりあえず行ってみるか」
「結局、女子トイレに侵入する訳ですか。侵入する前にタバコの始末だけしておいて下さいね」
「バレてたのか」
「本にタバコの臭いがついたらマダム・ビンズがあなたを半殺しにすると思います」
「それもそうだ」
「では私たちはこれで」
終始無表情だったフローラ・カローであったが、去り際に少しだけ微笑んだような気がした。
ダフネ・グリーングラスは「またね」と手を振ってフローラの後に続く。
「スリザリン生だと思って警戒していたが、案外良い連中だったのかもしれないな」
そう呟いてからエスペランサは図書館を後にした(タバコの吸殻は消失呪文で消しておいた)。
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女子トイレにハーマイオニーとトロールを一緒に閉じ込めた馬鹿な連中が居ると思ったらハリーとロンだった。
「お前ら馬鹿か!?」
呆れるを通り越して怒りを覚えたエスペランサは持っていたG3A3の銃床で木製のトイレの扉を破壊して中に入る。
ボロボロになった扉から女子トイレに入り込むとドブのような臭いが鼻をついた。
ダフネとフローラ両名の情報を元に地下の女子トイレに行ってみると、ハリーとロンが何故か居た。
不可解に思ったエスペランサは2人に何をしているのかと尋ねてみると、何とトロールを女子トイレに閉じ込めたのだという。
トロールという生物がどのようなものなのかは知らなかったが、先日の3頭犬のように危険な生物であることは2人の会話の様子から想像できた。
トロールを閉じ込めたことに喜ぶ二人に、女子トイレの中に居たハーマイオニーは逃がしたかと聞くと、二人とも顔を真っ青にしたものである。
「くそったれが!今回もまともな武器が無いまま戦うのかよ!」
途轍もない臭気に満ちた女子便所の中に侵入したエスペランサはすぐに銃を構える。
4メートルはあるであろう身長。
こぶが全身にあるように見える筋肉質の身体。
知能の低そうな顔は逆にトロールという生物の危険さを物語っている。
何よりもトロールが手に持った巨大な棍棒がエスペランサに命の危険を知らせていた。
トイレ内は至る所が破壊されている。
洗面台は粉々になり、折れた水道管からは水が噴出している。
個室は見る影も無い。
唯一破壊を免れた一番奥の個室の脇で縮み上がっている女子生徒はハーマイオニーに間違いなかった。
「こっちだウスノロ!」
急にトロールを挑発する声が聞こえたと思えばハリーとロンがトイレに入ってきていた。
どうやらトロールの意識をハリーたちに向けさせ、その隙にハーマイオニーを逃がすつもりらしい。
床に落ちていた扉や洗面台の残骸をトロールにぶつけはじめたハリーとロンを見て、エスペランサも行動に移った。
ズガアァーン
「ギャアアアアアアアアアアアア」
トロールの眼球に7.62ミリ弾を撃ち込む。
「やっぱりバトルライフルは命中精度が良いな」
痛みを耐えながらトロールは今しがた自分に攻撃してきたエスペランサに向かって突進してくる。
相当怒っているのだろう。
トロールの顔は真っ赤であった。
「トロールは俺一人に攻撃対象を絞った。ハリー、ロン!今のうちにハーマイオニーを救出して離脱しろ!」
「君はどうするの!?」
「こいつを人気の無い場所に誘導する!」
「危険すぎるよ!」
「俺には銃(こいつ)がある!トロールは化け物みてえな強さだが、知能は殆ど無いと見える。数ヶ月前に相手にした戦車よりは倒しやすい!」
そう言ってエスペランサは再度トロールに銃撃を浴びせる。
ダンッ ダンッ ダンッ
「グアアアアアアアアア」
「そうだ。こっちに来やがれ化け物」
ハリーたち3人がトイレから脱出するのを確認した後、エスペランサはトロールをトイレの外に誘導した。
彼はハリーたちが逃げたのとは逆方向に銃を撃ちながら走る。
トロールも一定の間隔で銃弾を浴びせてくるエスペランサを追って走り出した。
ダダダダダン
ダダダ
カチッ
「弾切れか」
20発しか装弾数のないG3A3は連射をすれば2秒で弾が尽きる。
予備弾倉に余裕の無かったエスペランサはG3A3を廊下の隅に投げ捨てると、今度は懐からM3グリースガンを取り出した。
エスペランサがトロールを誘導したのは比較的幅の広い地下1階の廊下である。
ここなら存分に戦えると彼は思った。
トロールを戦車と仮定して市街地戦を仕掛けるのならば、狭い路地は避けたい。
ホグワーツ城の中を市街地と仮定して戦闘を行うシミュレーションは何度も行ってきた。
しかし、そもそも、市街地戦というのは実働部隊と支援部隊の最低2つの部隊が必要である。
戦車=トロール相手にエスペランサ1人で戦いを仕掛けるのは無謀過ぎた。
「だが、勝算はある!」
パララララララララ
グリースガンを連発で撃ち、トロールを怯ませる。
だが、如何せん威力が低い短機関銃では思ったように効果が得られない。
加えて、戦闘によってアドレナリンが分泌されているのか、トロールは既に痛みを感じていないように思えた。
「グオオオオオオオオオオ」
トロールが棍棒を振りかざす。
対処に遅れたエスペランサはすんでの所でその攻撃をかわした。
攻撃はかわせたが、誤って銃を落としてしまう。
(接近しすぎた!銃の長射程を活かしてロングレンジ戦法を仕掛けるつもりが………。このトロール、思ったよりも素早い!)
落としたグリースガンを拾おうとしたが、その矢先にトロールがグリースガンを踏みつける。
数トンの体重を持つトロールに踏み潰されたグリースガンはぺしゃんこになってしまった。
さらに、トロールは棍棒でエスペランサに殴りかかる。
(くそっ。これは死んだか………?)
死を覚悟したエスペランサであったが、トロールが振りかざした棍棒は何故か“トロールの手を離れ、空中で静止していた”。
「何が起こったんだ?」
「間に合った!」
見れば逃げたはずのロンが杖を構えている。
おそらく彼が唱えた浮遊呪文が成功したのだろう。
トロールの持っていた棍棒は見事に空中で浮遊していた。
ロンの後ろにはハリーとハーマイオニーも居る。
「逃げろといったはずだ!」
「君一人を置いてはいけないだろ?それに今、やられそうだったじゃないか」
実際、エスペランサはロンに命を救われた。
それは変えようの無い事実だ。
彼が来なかったら自分は死んでいただろうとエスペランサは思う。
「感謝する!」
一言礼を言うと、エスペランサはすぐに体勢を立て直す。
トロールは武器を失った。
今がチャンスだ。
この機を逃したら勝機は無い。
(それに、敵は既にキルゾーンに入った)
エスペランサは単純に逃げていただけではない。
彼はトラップを仕掛けたキルゾーンにトロールを誘導していたのである。
あの3頭犬との戦いの反省で、エスペランサはいざという時に魔法生物を確実に倒せる場所を作っておいていた。
それが、現在居るこの場所である。
火をつけたところで引火もせず、起爆装置や雷管がなければ爆発しないC4プラスチック爆弾を複数、壁に設置しておいた。
仮に危険な魔法生物との戦闘に陥った時、彼はその生物をこの場所(キルゾーンと名付けた)に誘い込み、殲滅する予定だったのである。
壁の裂け目にあらかじめ押し込んでいた粘土状のC4に急いで起爆装置を差し込む。
本来なら遠隔操作で電気信号を流す起爆装置を使いたかったが、ホグワーツでは電子機器が全て使えなくなる魔法がかかっているため、有線にて起爆させる必要があった。
C4の起爆は信管を爆発させ、その衝撃波を利用する。
単純に着火をしただけではメラメラと燃えるだけで爆発しないが、信管の爆発による衝撃波によって爆発させることが可能であった。
「C4を起爆させる!総員退避!柱の後ろだ!」
ハリーたち3人にそう命令すると、エスペランサも3人と一緒に柱の影に隠れる。
トロールはいまだに混乱していて攻撃の素振りを見せない。
C4の破壊力は凄まじいものだ。
ホグワーツ城の基盤は案外頑丈に作られているから4~5キロのC4を爆発させたところで城自体が崩壊することは無いだろうが、万が一という可能性がある。
地下の廊下だけ崩壊するという事態は十分に考えられた。
「“プロテゴ・マキシマ 最大の防御”」
故にエスペランサは防御呪文を唱える。
最近、図書館で発見した虎の子の呪文で現在魔法界に存在する防御呪文の中では最大級の効力を持つ。
呪文の詠唱者を中心に360度、半径数メートル(この呪文の有効範囲は使った本人の魔力の強さに比例するらしい)の円を描くようにシールドが展開され、呪文や物理的攻撃を防いでくれる優れものの魔法だった。
エスペランサのプロテゴ・マキシマの有効範囲は現在のところ半径2メートル弱。
ハリーたち3人を爆発からギリギリ守ることが出来る。
「3人とも!俺から離れるなよ!」
3人がエスペランサの周りに固まったのを確認してから、彼は起爆装置を作動させた。
「吹っ飛べ化け物」
ズドオオオオオオオオオオオオオオオン
C4による爆発はトロールの巨体を容易く吹き飛ばし、周囲の大理石で出来た壁を抉った。
廊下に設置されていたランプや飾りなどは木っ端微塵になり、爆発による衝撃が城の床を揺らす。
エスペランサの使用した防御呪文は彼を含めた4人を爆風から守っていたが、衝撃波によって、展開されたシールドがビリビリとノイズが入ったように揺れている。
呪文の精度が完璧でなかったのだろう。
盾の呪文はかろうじで爆風を防いだみたいだった。
爆発も収まり、黒煙が立ち込める廊下を見ると、トロール“だった”ものが床に倒れこんでいる。
一応、生死を確認する必要があったのでエスペランサはそれに近づいた。
両腕は吹き飛ばされ、全身が赤く焼け爛れたトロールが焼ける臭いが鼻を突く。
「呼吸は停止してる。もう大丈夫だ」
「本当に?倒したの?」
ハリーが隠れていた柱から顔を出し、聞いてくる。
「ああ。倒したみたいだ」
「わーお!トロールを倒すなんて凄いや!」
「俺一人の力で倒したんじゃない。ロンが浮遊呪文を使っていなかったら今頃俺はあの世に行ってた」
エスペランサがそう言うとロンは少し顔を赤くした。
C4の爆発によって廊下の隅に置かれていたG3A3は粉々になっていたし、M3はトロールによって破壊された。
もし仮にトロールがC4によって絶命しなかったらもう後が無い状態だった事実をエスペランサは重く受け止める必要があった。
(武器も火力も十分じゃない。トロールより強力な敵を目の前にしたら、おそらく太刀打ち出来ない………)
ボロボロになった小銃を取り上げてエスペランサはそんなことを考える。
「あなたたち!これは一体どういうことですか!?」
バタバタと足音が聞こえたと思い、振り返ればマクゴナガル、スネイプ、クィレルの3人の教師が走ってきていた。
マクゴナガル先生とスネイプ先生はいまだに煙が立ち込める廊下に倒れこんだトロールを見て軽く驚く。
クィレル先生はトロールの死体を見て気絶する。
「これは………。あなた達は何をしたんですか!?」
「トロールが襲ってきたんで爆殺しました。すでに死亡は確認してあります。我々の中に負傷者はいません。廊下の破損状況は確認しておりませんが………」
「全く何を考えているんですか!!!!!」
マクゴナガル先生の雷が落ちる。
「あなた達が死ななかったのは運が良かっただけです!それに生徒は全員寮に帰るよう指示したはずです!」
「え?そうなの?」
エスペランサは図書館にこもっていたために大広間での避難指示を知らなかった。
「聞いてください先生!3人とも私を探しに来たんです!」
ハーマイオニーが突然喋りだす。
「私……トロールのことを本で読んでいたので倒せると思って、一人でここに来ました。でも、出来なくて。そこに、ハリーとロン、それにエスペランサが来てくれたんです」
詭弁だ………。
エスペランサはハーマイオニーがなぜトイレに居たかを知っている。
それでも、彼女はハリーたちを庇う為に嘘をついたのだ。
優秀な頭脳を持つハーマイオニーがたったひとりでトロールと戦おうとするはずが無い。
「しかし、このトロールはどうやって…………」
「プラスチック爆弾を使いました。と言っても先生はご存じないと思いますが。あらかじめこの廊下に爆薬を設置しておき、トロールをここまで誘導したのです」
「!!!廊下の壁に爆薬を設置していた!?」
「有事の際に使えると思いまして」
「グリフィンドールから10点減点です!今後、危険なものを廊下に勝手に設置しないと誓いなさい!」
「ですが、C4はそれ単体では爆発せず…………」
「それ以上言うようでしたら罰則を課します!」
「………………」
エスペランサは育ってきた環境上、常識が無かった。
「それとミス・グレンジャー。あなたには失望しました。あなたはもっと賢い生徒だと思っていましたよ。5点減点です」
「………………」
「ですが、未成年の魔法使いがトロールを倒したことは褒めるべきでしょう。学校の危機を救ったということもあり、1人につき5点差し上げます。エスペランサ。あなたにもです」
「あ、感謝します………」
「さあ、4人とも寮へ帰りなさい。寮で皆、パーティーの続きをしています。破壊された廊下は魔法で直しておきますので」
「ありがとうございます!!!!」
こうして対トロール戦は幕を閉じた。
この戦いを機に4人は親友となった。
人は共通の経験をすることで互いを好きになる。
エスペランサたちにとってはこのトロール戦がまさにそれだったのである。
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「1年生がトロールを倒すなんて聞いたことがありません」
「我輩も少々、あの生徒を過小評価していたかもしれませんな」
「ええ。それにこれを見てください」
エスペランサたち4人が寮へ帰った後、マクゴナガルとスネイプは破壊された廊下を魔法で復元していた。
トロールの死体は地下室に放り込まれた。
その最中、2人は奇妙なものを目にする。
廊下はあたり一面、爆発によって黒く焦げていたが、1箇所だけ全く焦げていない床が存在した。
半径3メートルの円を描くようにして無傷を保ったその場所は、4人の子供がぴったりと入るようなサイズである。
「爆発から身を守るために防御呪文を使った………と考えればこの無傷な床は説明できる」
「しかし、防御呪文を1年生が使えるとは思いません」
「ルックウッドは魔法薬は致命的だが、限られた呪文は得意としていると聞きました。それにグレンジャーも能力的には防御呪文を使えてもおかしくは無い」
「スネイプ先生。これは盾の呪文でも最上級のものを使った跡です。彼らには不可能です」
「事実は、彼らがトロールを爆殺し、生き残ったことです。我輩としては特にルックウッドは注意すべきかと」
「………………」
マクゴナガルとスネイプが話している場所とは少し離れた所で気絶した“フリ”をしていたクィレルは考えを巡らせていた。
クィレルはトロールに詳しい。
彼が今回送り込んだのは攻撃力も防御力も並外れた個体であったはずだ。
それを1年生の生徒が倒せるはずが無い。
それも爆殺だ。
コンフリンゴ等の爆発系呪文ならホグワーツの生徒も使えるが、今回の爆発はコンフリンゴを遥かに凌ぐ爆発だ。
それに、床一面に広がる空薬莢。
クィレルはかつてマグル学の教師であった過去がある。
マグルの武器に関してはある程度知っていた。
銃、火砲、ミサイル、化学兵器、核爆弾………。
マグルの兵器は魔法とは比べ物にならない威力がある。
が、同時に扱いには複雑なシステムが必要であり、魔法でそのシステムを無力化することも可能だった。
(マグルの武器は魔法界では役に立たない。しかし、仮にマグルの武器を“魔法で作動”させたら…………)
気絶したフリをしながらクィレルは床に転がっていたM3グリースガンの残骸を密かに回収する。
(感謝するぞ。エスペランサ・ルックウッド。私の計画はこれで飛躍的に成功する可能性が高まった!)
クィレルはにやりと笑った。
今回登場したのはG3A3とC4です。
あと、スリザリンのオリキャラ(設定上は原作にも登場する)出しました。
既存キャラよりもオリキャラのほうが動かしやすかったのと、スリザリンに主人公のコネクションを作っておきたかった為です。
また、プロテゴ・マキシマについては独自の設定を入れました。
魔力の強さと効果範囲が比例することと、360度シールドが展開するなどです。
では!!