俺のお嬢様は、最近なんだか活発すぎる   作:ogyo

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プロローグ 『聖拳』

 霧で視界が悪い森の中を商人はビクビクしながら歩いていた。

 ここは蛍の森。夏になると蛍が星のように輝いて幻想的な景色を見せることから付いたこの名だが、残念ながら春はただの森に等しい。

 

 この世界にはモンスターと言われる怪物から神や悪魔の類まで、さまざまな生物が存在している。そのため、一般人が護衛も雇えず外に繰り出せば大抵の場合モンスターに食われて死ぬ。

 護衛の一人でもいれば生存確率が飛躍的に上がるが、この世界の大体の住人は貧しいために護衛を雇うことは少ない。

 この商人も貧しいようで、護衛を付けずに足早に森の中を歩いていた。

 

 もうすぐでイルソーレ王国に着く。旅の中継地点として発展し、世界中の品々が集まるあの国ならば自分の商品も売れるはずだ。金が入れば長女の学費を出せる。

 

 商人は喜ぶ娘の姿を想像し、モンスターに出くわさないようさらに歩く速度を上げた。

 その刹那。

 突風が森を吹き抜け、大地や木々が一瞬にして凍りついた。何事かと商人が顔を上げると、そこには屈強な牙を冷気を帯びた口から覗かせるドラゴンがいた。

 

 なんで。

 確か、ドラゴンは南の氷山に異動したと聞いていたのに。

 

 太陽が草木を鮮やかに照らす森林。それを全生物の体力を奪い尽くす白銀の地獄へと変えたドラゴンは、怯える旅人を一睨みして翼をはためかせた。

 すると、凍てついた大地に雪が勢いよく舞い、季節外れの吹雪が作りだされる。

 

 天候さえも瞬時に変える絶対的な力。それを目の前にして、商人は動くことも敵わずにいた。

 呆然と立ち空くす商人の頭によぎったのは、朝早く起きて『いってらっしゃい!』と笑顔で自分を見送ってくれた家族だ。

 

 一粒の涙が頬を伝って落ちた時、商人は身を翻して勢いよく走りだしていた。

 

「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!」

 

 死ぬわけにはいかない。自分には家族がいる。

 娘は学校に行きたいと言っていた。初めてのお願いだったんだ。幼いながらに貧しい家のことを気遣い、物をねだったことも無かった娘の願いが、自分が死んでは叶わなくなってしまう。

 

 商人は荷物を全て捨て、靴が脱げるのも構わずに全力で駆けた。

 しかし、やがて糸が切れたように地面に倒れ、荒く息をするだけになった。足の感覚が消えていて気付かなかったが、見れば足が凍てついて地面に張り付いている。

 

 氷竜特有の能力『アイスバーン』。

 そこに存在するだけで地面を凍結させる能力だ。

 

 これで、逃げることは敵わなくなった。

 

「ハハ……ハハハハハハ……」

 

 ドラゴンは壊れたように薄く笑う哀れな下等生物を見下ろすと、捕食するべく口を大きく開いた。

 その姿を見て、商人は察する。

 

 この世界は弱肉強食。弱き者に救いなど無く、絶対的な強者こそがあらゆる権利を持つ世界だったのだ。

 自分は弱い。だから、こうなった。

 弱い故にたった一人の愛娘の願いもかなえることも許されず、強者の糧となるのだ。

 これがこの世界の真実か。

 

「……ごめんな、俺は家に帰れそうにないよ」

 

 ドラゴンの口がさらに大きく開き、自分に迫ったその刹那。

 

「あれ……? 私のお散歩コースがとんでもないことになってるんだけど……」

 

 商人は、自分の隣に少女が立っていることに気付いた。

 かなり高値であろう服を身に纏い、大きな杖を背中に背負う少女は、緊張感のない言葉をもらす。 

 ドラゴンは突然の乱入者を警戒しつつ観察しているようだ。

 

「ここのあたりにドラゴンが出るなんて、珍しいこともあるんだね」

「に、逃げろ! 奴はドラゴンだぞ!?」

 

 もう、自分は助からない。なら、せめて。目の前の娘より三つ上くらいの少女だけは、何としても助けたい。

 そう思い、恐怖が全身を縛り上げる中、精一杯商人は声を絞り出す。が、少女は手を顔の先で軽く振って薄く笑った。

 

「……私には、私を守ってくれる人がいるから。商人さんはよくがんばったよ。もういい。後は、私の執事がなんとかしてくれるから。―――――――助けて」

 

 少女が発した、『助けて』という簡潔な一言。

 それがトリガーとなり、ドラゴンが現れた時の倍はあろうかという突風が森を吹き抜け、大気中の雪が一瞬にして吹き飛ばされた。

 

「おいおい。俺のお散歩コースを勝手に凍結させたのはどこのどいつだ」

 

 突如、真横から声が響き、商人は状況が理解できないままに声の主を探した。自分の隣にいたのは二振りの剣を背負った青年で、体に風のようなものを纏っている。

 前にエルフの一族が体に風を纏って身体能力を上げる魔法を使っているのを見たことがあるが、この青年はそれと比にならない量の風を纏っていた。

 これではまるで竜巻だ。

 

「き、君は冒険者か? レベルは?」

「剣士兼執事だよ。 レベルは1だ」

「もう。いつまでそんなことを言うつもり?」

 

 淡々と返ってきた青年の言葉に、商人は絶望した。

 レベルとは、その生物が持つ戦闘力を他の生物と比較しやすいように魔法結晶が数値化したもので、この世界の力関係はほぼこの数値の大小通りになっている。

 この数値は変動することがあり、大きな怪我を負ったり戦意が消えたりするとレベルは僅かではあるが下がる。

 そのため、異常なまでに正確にレベルによって強さの順位が予想できるわけだ。

 

 ドラゴンの推定レベルは250。

 レベル1の冒険者に勝てる相手ではないことぐらい、幼児でもわかるだろう。

 

「に、逃げろ! 君はドラゴンを知っているのか!? 無駄死にはよせ!」

「今時ドラゴンを知らない人はいないだろ……。心配しなくても死なないよ」

 

 青年は自分を興味深そうに見るドラゴンの前に立ち、手に持っていた石を全力で投げつけた。石はドラゴンの鼻にヒットし、ドラゴンは一瞬顔を背けると雷鳴のような咆哮を辺りに響かせる。

 

「ドラゴン激おこ」

「怒らせてどうするんだ!! 早く逃げろ!」

 

 満足そうにドラゴンを見る青年に商人は怒鳴り、やがて硬直する。商人は気付いたのだ。

 ドラゴンが口に膨大な量の魔力を溜めていることに。

 

「お、終いだ……。ブレスなんてくらったら、俺たちどころか国も消える。こいつは怒らせちゃいけない奴だったんだ……」

 

 体を震わせて絶望する商人の言葉に、緊張感のかけらもない青年はニヤリと笑った。

 

「怒らせてはいけない奴? 何を言ってるんだよ」

 

 言いながら、ドラゴンへゆっくりと歩みを進める青年を商人は黙ってみることしかできない。

 体が告げていた。

 

『今の奴には近づくな』と。

 

「この世界は単純だ。強き者が弱者を支配するだけ。でも、その理論ならあんたに救いはあるぜ?」

 

 柔らかく拳を握った青年に向けて、ドラゴンは口の中に溜めていた魔力を放出した。

 しかし、青年はそれを気にすることなく続ける。

 

「だってあんたの前に立つでかいトカゲは、それよりも強い者に狩られる定めにあるんだから」

 

 目の前に迫った魔力の奔流に、青年は拳を突きだした。拳は魔力に当たる寸前に黄金の弾丸となったように輝き、凍てついた大地を一瞬にして溶かした。

 

 そして、その拳はドラゴンすらも溶かす。

 

 ズバアアアアアアン!と空気が弾かれたように震動し、ドラゴンは肉片すらも残さず焼き尽くされる。

 青年はその様を平然と見つめ、商人に向き直った。

 

「あんた商人だろ? 外は危険だから、これでも売って護衛を雇いな」

 

 そう言って放られたのは球状の結晶。

 これはドラゴンの体の中でしか生成されない特殊な鉱石だ。売れば300万は下らないだろう。

 どうやら、青年はこの結晶を傷つけないように器用にドラゴンを消し飛ばしたようだ。

 

 商人は身を翻して王国とは反対方向に歩みを進める青年を、ただ茫然と見つめる事しかできなかった。

 別に結晶を貰って驚いているわけでも、ドラゴンが消えた喜びに浸っているわけでもない。

 

 商人は見てしまった。

 青年が拳を振り抜いた瞬間、青年の持つカバンから見えた魔法結晶に記された文字を。

 

『LV 十億五千万』

 

 それは、この世の絶対的強者のみ持つことが許される数値だった。

 

 




この作品は作者が投稿している他作品の構想段階でボツになったストーリーであり、登場人物・世界感がところどころ一緒です。
しかし、ストーリーは全く違うものとなっております。
そんな作品嫌だ! という人はブラウザバック推奨です。
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