俺のお嬢様は、最近なんだか活発すぎる   作:ogyo

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第十二話 『銀と黄金と紫と』

ダンジョンに潜入してから約五時間。

 マコト達は順調にダンジョンを攻略していた。

 

「舵取り」

「リス!」

「スカート」

「トンカチ!」

「トランペット」

「と……トースト……」

「それさっき言ったろ」

 

 約三十分前、歩くのに飽きたらしきアイリーンはマコトにしりとりをしようと提案してきた。クリーミネに戦闘をまかせっきりで正直暇だったマコトは提案に乗ったのだが、アイリーンの語彙力が低すぎてまるで勝負にならない。

 ……勝負にならない原因の一端は、マコトが『と』で終わる単語ばかり言っていることにあるかもしれないが。

 

「あ、時計って言ってなかった。時計!」

「糸」

「また『と』!? と……トートト」

「あ、今新しい単語作ったろ!?」

「あるもん! 魔術用語だもん! マコトは魔術わからないから知らないだけだもん!」

「……トマト」

「また『と』!?」

 

 頭を抱えて考え込むアイリーンの前方では、クリーミネが一人でモンスターと戦っている。ダンジョンに潜入してすぐの時はアイリーンも加勢していたが、クリーミネ一人で充分だとわかるとマコトと世間話を始めたのだ。

 

「シャアアアアアアッ!」

 

 二メートル近くもある蛇が身を縮め、溜めを作ってからクリーミネにとびかかる。クリーミネは躱すことも無く炎を纏う愛剣を真一文字に振り、蛇を吹き飛ばした。

 クリーミネの剣――――――――『オルタナティブ・アカシックレコード』の属性が炎に変化したということは、あの蛇の属性は氷か草だったのだろう。

 

「マコトさん! 遊んでないで手伝ってください!」

「トール!」

「ルート」

「また『と』!?」

「無視ですか!? 無視なんですかッ!?」

 

 このままクリーミネに戦闘を任せていてもおそらくは大丈夫だ。それほどにクリーミネは強い。

 しかし、クリーミネをあまりいじめすぎると後が怖いので、ここは大人しく後退した方がいいかもしれない。真夜中に双眼鏡で風呂を覗いた自分を発見できるほどクリーミネは強いのだ。

 

「アイリーン、しりとりの続きはまた後でだ」

「いや、もういいや……もう私のボキャブラリーは尽きたから……あ、徒手」

「首都」

「ほらまた『と』だ! そーいうところがマコトの悪いところだよ!」

 

 顔を膨れさせて文句を言うアイリーンに苦笑いしながら、マコトは愛刀を引き抜いた。

 鞘から引き抜かれた刀はダンジョン内の僅かな光を反射し、頼もしく輝いている。

 

 この刀自体には、とくに能力も特殊な機能も無い。ただ、とにかく頑丈なだけの刀だ。

 マコトが祝福を使って刀に神力を溜め、斬撃のように飛ばそうとすると並の刀剣なら消滅したり折れたりしてしまう。戦いのときに武器を失うのは致命的だ。

 そこで、伝承に出てくるような頑丈でチートな武器を探したのだが、簡単には入手できなかった。

 そのため仕方なく、この刀を制作してもらったのだ。

 

「よし、クリーミネ! 交代す―――――――――」

「ひゃ!?」

 

 突如、轟音がダンジョン内を駆け抜けた。マコトは衝撃で倒れそうになるアイリーンを慌てて受け止める。

 音が聞こえた方向はクリーミネの遥か前方。おそらくはダンジョンの最深部――――――ボス部屋だ。

 

「誰かがボスと戦ってるの?」

「いや、だとしたらそいつも俺達と同じ道を通ってきたことになる。でも、ここまでの道のりに誰かがモンスターと戦った形跡なんてなかった」

「ボスが私たちに気づいて目を覚ましたんですかね?」

「それもない。ボスはダンジョンの宝を守るために設置されたモンスターだ。だから、ボス部屋に入り込まない限り反応しないはずだ」

 

 マコトは思考しながら、魔力を通路の先に飛ばしてみた。もしも通路の先で魔法が使われていた場合、マコトが飛ばした魔力と通路の先に存在する魔力がぶつかって、魔力が跳ね返ってくるはずだ。

 この方法は相手の魔力と自分の魔力の差が大きすぎると片方の魔力が飲み込まれたりして失敗するが、今この場で試せる方法はこれくらいしかない。

 

「――――――――来た。この先に誰かいるぞ」

「え、でも、通路には人がいた痕跡がありませんでしたよ?」

「確認してくるから待っててくれ」

 

 確かに自分の魔力が跳ね返ってくる気配を感じ取ったマコトは足を踏み切り、魔力の方へと走り出した。

 一人の時なら全力で祝福を使い、崩落覚悟でダンジョンが崩れる前に通路を駆け抜けるところだが、今は仲間がいるのでそれはできない。

 でも、それでも相手がいなくなる前にはたどり着けるはずだ。

 

「待っ――――――――――――」

 

 クリーミネの静止の声を置き去りにするように、マコトは祝福を使ってダンジョンが崩れない程度に速度を上げる。

 現在向かっている方角には、おそらく賢者の石もある。

 あの石の力は強大だ。もし間違った道に使おうとする者が得ようとするなら、全力でそれを阻止しなければならない。

 賢者の石がきっかけで大戦が起こることになるという結末だけは何としても拒否しよう。

 

「あそこか!」

 

 通路の壁が後ろへ流されるような景色がしばらく続くと、来る途中に見てきた扉とは明らかに違う巨大な扉が見えてきた。

 趣味がいいとは言えない装飾は、初めて見る者には恐怖すら与えるかもしれない程の独特の威圧感を放っている。

 間違いない、ボス部屋だ。

 

「この扉の他に通路はない……てことは、あの奥でビンゴだな」

 

 マコトは扉の前で停止し、他に通路がないか確認する。周囲の壁にも、床や天井にも通路が隠されている痕跡はない。来る途中も一本道だったので、誰かがいるなら間違いなくこの扉の奥だろう。

 

 あらかたのことを頭の中で整理し終えて、マコトは轟音の正体を確かめるべくゆっくりと扉を押した。

 妙に重苦しい音が、緊張感を高めていく。

 

 徐々に開いていく扉の隙間から見えたのは、明るく照らされたボス部屋と綺麗な床に落ちたモンスターの角だ。形状から見て、おそらく炎竜のものだろう。

 だが、どうしてこんなところに落ちているのかがわからない。トラップの類だろうか。

 

 そんなことを考えていた時、妙に鉄くさいにおいがマコトの鼻腔をついた。その匂いは大戦中、何度も嗅いだ匂いと酷似している。いや、まさにそのものだ。

 

「―――――――――血の匂い」

 

 突然、今まで自力で開けていた扉が勢いよく開いた。より濃くなった血の匂いに顔をしかめながら中へ入ると、部屋の奥から声が響く。

 

「ほう、自力でここを突き止めた者がいたか」

 

 声の主は銀の鎧を着た大柄の男。男の背後には鎧を着た騎士が数十人おり、鋭い目つきでこちらを睨んでいる。

 こちとら部屋に入っただけだというのに、随分な態度だ。

 マコトは怒りを顔に出ない程度にまで押し殺すと、砂ぼこりが落ちている天井を見やる。

 

「おたくら、ここの天井をぶち抜いて入って来たのか?」

「見てわかる通りさ」

 

 天井には、人五人は通り抜けられるであろう巨大な穴が開いていた。さっきの轟音は、おそらくこの穴を開けた時のものだろう。

 しかし、妙な穴の開けられ方だ。自分の祝福で同じように穴を開けようとすれば、前にも言ったようにダンジョンが崩落してしまう。

 だが、この騎士たちは崩落させないでこの部屋に侵入しているではないか。

 

「無駄な破壊がない、きれいな穴の開け方だな。余程高火力の魔法を使ったらしいが……そんな魔力の持ち主がおたくらの中にいるとは思えない。どんな手を使ったんだ?」

「良い観察眼をしている。ここにたどり着けるだけあるな」

 

 こちらの質問は答えず、騎士たちは一斉に剣を引き抜く。部屋を照らしている魔法の光が剣に反射し、無数の光が壁に届いた。

 マコトは確かな敵意を全身で感じながら、部屋の右奥を見る。そして、唖然とした。

 

「――――――――おたくら、どうやってこれをやりやがった」

 

 普段の口調が乱れ、前の世界―――――ノースコスモロジーにいた頃のような棘のある口調に無意識に戻る。

 

 騎士たちが高威力の魔法で天井に穴を開けることなら、偉業ではあるがまだ物理的に可能な範囲と言える。

 しかし、今目の前で広がっている光景は明らかにその範囲から超えていた。

 

 床の三分の一を血の海に変え、蜘蛛の巣状にひび割れた壁の中央に見えない杭で止められたように死んでいるのはこの部屋のボス――――――――炎竜だ。

 腹には天井と同じように大穴があいており、流れ出る血は鼻に縊り付くようなにおいをはなっている。

 死体には腹の傷の他に目立った外傷はなく、炎竜が一撃で倒されたことは容易に想像できた。

 

「賢者の石の守護竜なら、それなりの強敵だったはずだ。それを鎧にほこり一つつけずに魔法で一撃とは、最近の騎士は巨大ビームサーベルでも持ってるのか?」

「この程度の雑魚など、剣を使うにも値しない。我らの技術をもってすればな」

 

 薄ら笑いを浮かべながら、銀の鎧の騎士は得物の先をマコトに向けた。刃こぼれ一つないその剣に、魔法を纏った形跡はない。

 となると、剣に魔法を付与してドラゴンを倒したわけではないらしい。

 

 謎ばかりが深まっていくが、一つだけわかったことがある。

 この騎士たちには―――――――――

 

「――――――――賢者の石は渡せねぇ。お前らどこの国の暗殺部隊だ」

「……何故暗殺部隊だとわかった」

「国が所有する騎士団にはその国の紋章を刻むのが連合国の取り決めだ。お前らにはその紋章がない」

「そこまで気付いたなら生きて返せんぞ?」

「元から帰すつもりはないだろうが」

 

 表情が豹変し、好戦的な笑みを浮かべる騎士に悪態をつく。

 初めから予想していたが、やはりこの騎士たちは『目撃者は殺せ』という趣旨の命令を受けているのだろう。大戦が終結して一度は痛い目を見た者達は、どうあっても更生するつもりはないらしい。

 

 銀の鎧を着た騎士が呆れるマコトの左に素早く移動し、剣を大きく振りかぶる。明らかに人間の身体能力を超越した動きだが、今さら驚きもしない。

 ただの身体強化魔法なら見飽きている。

 

「悪く思うな」

 

 殺意の籠った声と共に、剣先が空気を裂きながら首筋に迫ったその時。

 マコトは祝福を行使し、手加減なしの一撃を騎士の横腹に叩きこむ。拳から爆発のごとく放たれた力の奔流は、騎士を部屋の隅まで吹き飛ばした。

 

「どんな手を使ってボスを殺したのかはわからないが、高威力の魔法なら撃つにはそれなりに時間がかかるはずだ。簡単に俺を殺せると思うなよ?」

 

 無数の敵意に、殺気交じりの敵意で返す。何人かの騎士は一睨みで怯んだが、その他にはまだ余裕があるように見える。

 何か奥の手でもあるのだろうが、こちらのやるべきことは一つしかないのだ。

 

――――――――ボスを仕留めた魔法が放たれる前に、全員を倒しきる。

 

「我が鎧に傷をつけるとは。でかいのは態度だけではないらしいな」

 

 祝福を行使して壁に叩き付けたはずの銀の鎧の騎士が、口角を吊り上げながら存外元気そうに立ち上がる。余程防御力の高い鎧を着ているようだ。しかし、魔法結晶で作られていない限り破壊は可能だ。

 一発で駄目なら二発。百発で駄目なら千発当てればいい。

 一番の勝利への障害は破壊はできないと断定し、諦めることだろう。

 

「我らが太陽に報いるために! ――――――総員、敵を消し去れ!」

 

 銀の鎧の男が剣先をマコトに向けて声を張り上げると、背後の騎士たちが一斉に走り出す。それぞれが剣に魔力を流し、後ろに引いて溜めを作った。

 色とりどりの魔力の輝きと殺気が視界の中で交錯し、狂気じみた絶叫が部屋を満たすのを感じる。

 その絶叫が恐怖に打ち勝つためのものか、怒りのままに出されたものかは定かではないが、全員が全員、確実にマコトを殺しに来ているのは否定のしようがない事実だ。

 

 相手が戦士で、ここが戦場で、相手が自分を殺そうとしている。

 この条件がそろったなら、もう慈悲を捨てられる。

 

「俺を殺したいのなら、ダーインスレイブ程の一撃を繰り出せるようにしてくるんだな」

 

 殺到する騎士たちに笑いかけ、マコトは刀に神力を限界まで流す。刀身が僅かに熱を帯びたのを感じ取ると、刀を真一文字に振り切って神力を解き放った。

 震動と轟音が部屋を駆け抜け、鮮やかな光が世界を白く染め上げる。

 

 全力の一撃ではないが、意識して手加減したわけでもない、容赦ない一撃。

 それをもろにくらった騎士たちは、黄金の輝きに吹き飛ばされて力なく床に倒れた。

 

 リーダー格の銀の鎧を着た男の指示に従い、一斉に飛び込んだのが彼らの運が尽きた瞬間だろう。マコトのように広範囲に高火力攻撃を放てる相手には、一斉に飛びかかるのでは効果が薄い。

 バラバラに、一人ずつタイミングをずらしながら攻撃するべきだったのだ。

 

「ちっ、使えない奴らだ。恥晒しどもめ」

 

 最後の騎士―――――――今倒れていった騎士たちに指示を出した張本人が、倒れている騎士を蹴り飛ばして舌打ちをする。

 部下を思いやるタイプの人間ではないことは察していたが、それでも想像を絶する腐敗ぶりだ。

 マコトは感情を押し殺すのをやめ、銀色の騎士を睨めつける。

 

「最後はあんた一人だが、大人しく賢者の石を渡す気はないよな?」

「無論だ。―――――――――時間がない。悪いが遊びはお終いだ」

 

 真上の穴から空を見た後、騎士は少し焦りの表情を見せながら銃のようなものを構えた。

 実に近代的な武器だが、この手のものは大戦中に見たことがある。しかし、それはただの銃火器――――――炎や弾丸を飛ばして使う道具であったが、今回は少し違うように見える。

 弾を飛ばすと言うよりは、もっと別の何かを――――――――――

 

「死灰と化せ」

 

 冷徹な一言と共に、銃口から出た光が部屋を淡く照らしだす。紫色の光は形容し難い不気味さを持っており、マコトはその見覚えある光に全てを悟った。

 

 迷路で聞いた轟音は一回のみだった。なのに、空いている穴は天井とドラゴンの腹に二つ。

 床には天井を貫いた後にできたクレーターもない。あるのはドラゴンの角のみだ。

 

 これらの条件から、大穴を開けた謎の魔法は天井を貫通した後、床に当たる前に直角に曲がってドラゴンを貫いたことが予想できる。

 マコトはその考えに至った時、そんな不規則な動きをする魔法は存在しないと思っていた。しかし、それは勝手な決めつけに過ぎなかったのだ。

 以前、マコトが大戦中にその身に受けた魔法。あれならば、鉄壁を誇る迷路の壁に穴を開けることも、直角に曲げることもできる。

 

「決して射損なうことのない、回避不能の神槍―――――――」

 

 世界四大攻撃魔法が一角――――――――――『神槍グングニル』

 

 その不気味な光に照らされ、マコトは焦りを確かに感じ取った。

 

 

 ――――――――油断していた。

 強大な力を持つ魔法は発動に時間がかかるため、必ず使用を阻止できるものと思っていた。

 だが、実際はそんなに甘くなく、現に目の前の敵は銃を使って一瞬で魔法の行使に成功している。

 このままの甘い考えの下であの神槍に立ち向かえば、確実に死ぬ。万に一つも生還の可能性はない。

 何故なら、あの神槍は回避不能で、例え敵と反対の方向へ投げられたとしても不規則な動きで曲がりながら必ず敵を貫くようにできているのだ。

 

 故に、もう回避はあきらめた方がいい。

 他に取ることが出来る対処はただ一つ―――――槍の破壊だ。

 決死の覚悟を持って槍を槍でなくただの魔力として散らすことが出来れば、『槍』としての効力は完全に失われるのはずだ。

 槍が放たれる直前の今、必殺の一刺しから逃れる方法はもうこれしかない。

 

 マコトは刀を素早く納刀し、限界まで両腕に神力を流した。そして、発射の瞬間を見逃すことを防ぐため前方を見やると、銃口から閃光が走るのが目に入る。

 

 空気を切り裂くような轟音、濃密な魔力。

 その二つすら置き去りにして、絶対回避不可の矛先はマコトに迫った。

 

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