俺のお嬢様は、最近なんだか活発すぎる   作:ogyo

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第一話 『あるひとつの時間の動き』

 朝の八時過ぎ。

 俺は屋敷の窓を全て拭き終え、朝食の準備をする前に同僚と一息ついていた。

 

「マコトさん。たまには仕事を私に任せて、休暇を貰ってもいいと思うんです」

「休憩時間ならこの時間で充分だ。それに、この屋敷には有給ってもんがないだろ?」

「ユウキュウ? なんですかそれ」

 

 俺の目の前で椅子に腰をかけている同僚のクリーミネは、白髪を揺らしながら可愛らしく顔を傾ける。

 俺はその動作を見て、この世界には『有給』という言葉がないことを悟り、同時に存在しない有給が取れるわけがないとため息をついた。

 

「てか、クリーミネ。門番の仕事はどうした」

「……有給を取りました」

「え、有給あんの!? この世界には救いがあんの!?」

「そ、そんな大袈裟な話じゃないですよぅ……」

 

 苦笑いを浮かべ、紅茶を口に含ませるクリーミネ。俺はいつもと変わらないその優雅な動作を眺め、手前のカップを片付けてドアに向かう。

 

「ちゃんと仕事しろよ? 俺は朝食作ってくるから。門番の仕事が終わったらアイリーン嬢の部屋に運んでおいてくれ」

 

 立去りざまに振り向いて言うと、クリーミネがため息交じりに肘をついた。

 

「いつになったら、出てきてくれるんでしょう。もう3年ですよ? ずっと薄暗い部屋に閉じこもっていられたら、お体を崩しかねない気がするんですが」

「それほどに大きい出来事だったんだろ。アイリーン嬢の家族は……もう永遠に帰って来ないんだからな」

 

 目を伏せ、あの日のことを思い出す。あの日は生きた心地がしなかった。

 何度も戦場を越え、何度も人の死に立ち会ってきた俺でさえ、あんなに自分を責めたて呪ったのだ。

 アイリーン嬢の気持ちは……考えるまでも無い。

 

「クリーミネ……俺は――――――――」

「その答えは、自分の行動に現れるものです。色を失った物語は、止まった時間は、ちゃんと動き出すものなんですから。……空気が重くなっちゃいましたね。私も仕事に戻ります」

 

 俺の言葉を強引に止め、クリーミネもカップを片付ける。

 俺は「らしくない話はするもんじゃないな」と苦笑しながら、部屋のドアを開いた。

 ……自分の知らないところで、時が過ぎていくのを知らないで。

 

 

 ◆◆◆

 

 俺が住んでいる屋敷は、旅の中継地点として発展した国『イルソーレ王国』の東側に位置する『蛍の森』の入り口に立っている。

 廊下はマンガに描かれる屋敷のように長く、窓の数は軽く100を超えていて、日当たりがよく、庭も広い。

 一階には図書館、二階には大広間、三回にはアイリーン嬢の部屋がそれぞれ位置しており、執事を始めた当初の俺は何度もこの屋敷で迷った経験を持っている。

 まさに豪邸。それが、俺が初めてこの屋敷に入った時の感想だった。

 

 時刻は八時四十分。

 俺は朝食が出来たことをクリーミネに伝えるべく玄関に向かっていた。

 

 屋敷の住人全員がテーブルに着くのにかかる時間を考慮すれば、いつもどうり九時ジャストに食べ始めることが可能なはずだ。

 なんてできた執事なの俺。

 

 自分で自分を褒め称え、悲しくなってきたその時。執事になった当初の俺が『シンデ〇ラ城か!』とツッコんだ美しいカーブを描いている階段から、指輪がころころと転がってきた。

 

「指輪? しかもメイジ用のアイテムじゃねぇか」

 

 赤い色に輝く魔法結晶が輝くその指輪は、上位の魔法使いがよく所持している魔法威力を高めてくれるアイテムだ。この指輪は大変高価であり、値段は一軒家一つ分にも値する。

 いくら豪邸でも、さすがにこんな高価なものを床に転がしておくのはどうかと思う。

 

 俺は指輪を拾い上げ、クリーミネに指輪について心当たりがないか聞くべく玄関のドアに触れた。僅かに漏れる朝陽が視界を真っ白に染め上げ、俺は思わず手で目を保護する。

 

「――――――――指輪、返して」

「え……?」

 

 突如、背後から声が響いた。

 俺は、その声の主を知っている。忘れるはずもない。忘れてはならない。大切な人の声だ。

 しかし、部屋にこもって出てこないその少女が、こんなところにいるはずがない。

 

 俺は混乱しながらも、声の主を確かめるべく後ろを振り返った。

 

「返して……指輪」

 

 鈴の音のような声が響き、朝陽によって輝きを増した金色の髪が俺の視界を温かく照らす。魔法使い用のローブをまとった少女の素肌は日を浴びていないせいか真っ白であり、瞳は鮮やかな黄色を帯びている。

 

 この少女の名はアイリーン・クラーウィス。

 部屋から三年以上出てこなかった、俺の主である。

 

「私、冒険に出たい」

 

 階段の手すりに触れ、アイリーン嬢は震える声でそう告げる。俺はその光景と発せられた言葉の内容に唖然としていた。

 

 『冒険に出たい』。つまり、外に出るということ。

 俺は内心、アイリーン嬢が過去を乗り越え、部屋から出てくるのはもっと先のことと考えていた。

 最悪、外に出ることは一生敵わないとまでも。

 

 だが、アイリーン嬢はその予想をいい意味で裏切ってくれた。

 クリーミネの言葉を借りて表現するなら、『止まっていた時間が動き出した』ということだろう。

 

「もう、いいんですか?」

「うん……ありがと。もう逃げないから。……マコト、お願いがあるの」

 

 アイリーン嬢は階段を降りきり、俺の前まで歩み寄ると、

 

「一緒に、冒険に出てほしいの」

 

 優しく微笑んで言った。

 温かな風が吹き抜け、アイリーン嬢の髪を撫でる。

 視界が輝き、色を失った物語に再び色彩が添えられた。

 

 俺は何かが始まる予感を感じながら、アイリーン嬢に指輪を手渡す。

 

「もちろんだ」

 

 

 

 

 

 

 




抽象的な表現が多いけど、後々『なるほど』と思ってもらえるはずです。
うまくいけばね!
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