アイリーン嬢と冒険に出る約束をして、早二日。アイリーン嬢を見たクリーミネや他の住人が驚愕したり、冒険に必要な物資をそろえたりと、俺は忙しく過ごしていた。
冒険者になる、と口で言うのは簡単だが、いろいろと手続きが面倒なのだ。この世界は案外、証明書などの書類関係にうるさかったりする。
俺が前いた世界は、ほとんどのことを戦闘で決めていた物騒な世界だったが。
「クリーミネ。支度は終わったか?」
「昨日の内に済ませておきましたよ。まさか、また三人でイルソーレに行くことになるとは思いませんでしたよ」
慣れた手つきで腰に剣を差し、クリーミネは楽しそうに微笑む。
『イルソーレ』とは、ここら辺の住人が『イルソーレ王国』のことを呼ぶときに勝手に省略した略称だ。
旅の中継地として発展したイルソーレ王国は、無限に広がると言われるこの世界に存在する、ありとあらゆるものが集まる商業都市として名高い。
イルソーレは巨大な防壁に囲まれていて、そのうえ『無敵』と言われる聖騎士団が24時間警備しているため、安全という点では折り紙つきだ。
そのため、商人が遠くから集まってくるらしい。
「にしても、ほんとに面倒だよな。わざわざイルソーレまで行かないと魔法結晶が貰えないなんて」
「『農民、商人、冒険者、政治家の区別はしっかりとつける』というのが連合国で決めた決まりです。冒険者の証となる魔法結晶が簡単に入手できてしまったら、身分の差があやふやになってしまうじゃないですか」
「身分ねえ……。江戸時代かっ! って叫びたくなるよ」
「叫んでるじゃないですかぁ……」
魔法結晶。
それは『冒険者たる者は、必ずこれを所持しなければならない。』と連合国が勝手に定めた条約にも書かれている、冒険者であることを示す身分証明書のようなものだ。
その結晶は何よりも硬い鉱石で出来ているらしく、世界四大攻撃魔法の一角『神槍グングニル』をくらっても壊れなかったらしい。
世界四大攻撃魔法とは神々の武器を模した四つの攻撃魔法のことで、その威力・効力は人間の出せる魔法の中では最強と言われている。
もちろん、未知の魔法やロストマジックと呼ばれる失われた古代の魔法は世界四大攻撃魔法と比較できない為、より強力な魔法も存在する可能性はある。
話がそれたが、俺たちはアイリーン嬢用の魔法結晶をこれからイルソーレに取りに行くところだ。
しかし、ここである問題が発生している。
「アイリーン嬢、遅くね?」
肝心のアイリーン嬢が、いつになっても来ないのだ。
これは様子を見に行った方がいいか。
「マコトさん、いいですか? 女の子というものは、支度にとても時間がかかる生き物なんです。だから、ここで静かに待ちましょう」
「ふーん……クリーミネは随分、支度が早かったな?」
「だ! か! ら! 私は昨日の内に時間をかけたんですよっ!!」
腕を大きく振り回し、必死に女の子であることを訴えるクリーミネに俺は「すまん、すまん」と謝る。
以前にクリーミネをいじりすぎて泣かせてしまい、図書館を管理するスカーレッドという少女にボコボコにされたことがあったので、その事件以来すぐ謝るようにしているのだ。
「お、お待たせ……待った?」
微笑ましいクリーミネを眺めていると、階段の方からようやく声が届いた。
どうやら、アイリーン嬢も支度が終わったようだ。
なんかデートに遅刻した彼女みたいなセリフが飛んできたので、こちらもお決まりの定型文で返すとしよう。
「「いいえ、俺(私)も今準備が出来たところです」」
返事が偶然重なり、クリーミネがおかしそうに微笑む。そして、こほん、と可愛らしく咳ばらいすると、アイリーン嬢の服装を見た。
「お似合いですよ、アイリーン嬢」
「そ、そうかな……」
俯いて、顔を赤く染め上げるアイリーン嬢は綺麗な金髪とよく合う黒い魔女服を着ている。
いかにも魔女らしい格好だ。箒でも持ったら完璧だな。
「では、行きましょうか。ご希望でしたらマコトさんの能力で飛んでいくことも可能ですが、どうします?」
「運動不足だし、歩いていきたい」
「了解です」
クリーミネはアイリーン嬢の返事を聞いて頷き、玄関のドアを押し開ける。
ここから、とても平和とは言えない一日が始まった。
◆◆◆
太陽が空の頂点に達し、イルソーレの街の賑わいが一段と増した頃。
マコト達は蛍の森を運よくモンスターと遭遇せずに抜け、しばらく歩いてようやくイルソーレ王国に到達していた。
「や、やっと着いた……マコト! 早く行こ!」
「今日は珍しく門に人だかりがないな……」
イルソーレ王国は商人を多く集めるために、犯罪対策に力を入れている国だ。門前では兵士が入国する者をチェックしており、普段は門前に商人たちの行列が出来ている。
だが、今日は不思議とそれがない。危険なモンスターでも近くに出没したのだろうか。
マコトは慣れない光景に警戒しながら、門前の兵士の元に到達する。
「イルソーレ王国へようこそ。お名前を聞かせていただいても?」
「大島マコト。職業は執事兼剣士だ。こちらにおられるのがクラーウィス家のご令嬢、アイリーン嬢とその従者、クリーミネだ」
「……そのような高貴なお方がお越しになるとは聞いていませんが」
さすがは安全に力を入れているイルソーレの兵士だ、とマコトは思わず苦笑いした。
質問が鋭く、失礼承知で敵意をぶつけてくる。ここまでしての安全性というわけだろう。
「急用だからな。伝える時間がなかった。信用に足らないと言うのなら、この剣を見な」
マコトは腰に差している片刃の剣――――日本刀を門番に差し出す。門番を眉をひそめて刀を受け取り、目を見開いた後慌てたように刀を返した。
比較的マコトと付き合いが長いクリーミネとアイリーンも、門番の予想外の反応に首を傾げる。
「こ、これはとんだご無礼を。まさか『賢証』を持っておられるとは……」
「いや、安全に気をつかうのはいいことだろうよ。この世界は物騒だからな。これからも頑張ってくれ」
「私からもご幸運をお祈りいたします」
マコトは門番に軽く一礼し、アイリーンとクリーミネと共に王国へ入った。
厚い防壁の中を抜け、明るく照らし出された繁華街を見てアイリーンは目を輝かせる。
アイリーンにとってこの街に来たのは三年ぶりだ。
感動するのも無理もない。
マコトはそんな光景を笑顔で見守っているクリーミネに、そっと耳打ちをした。
「クリーミネ。一瞬だけ、王城の聖騎士に会ってくる。能力を全力で使えば30分もかからないはずだ。その間だけアイリーン嬢を頼む」
「王城!? しかも聖騎士!? 何を言ってるんですかマコトさん! 不審者と間違えられて捕らえられますよ!? いくらマコトさんが強くても、この国の聖騎士団長には手も足も出ないはずです!」
マコトの言葉を聞いたクリーミネが、マコトの肩を揺らして必死にことの重大性を訴えた。
この国の聖騎士団団長―――――――ダーインスレイブ。
伝承に登場する光の槍を自在に操り、無限に持つ魔力でどんな魔法も詠唱無しで行使することができるというこの国の英雄だ。
曰く、どんな魔法も手で触れただけで消滅させ、大戦中に大国を半日で落とした。
そんな強者に目を付けられたら、マコトの身が危険だとクリーミネは思ったのだろう。
しかし、マコトは珍しく真剣な顔つきでクリーミネを見つめた。
「頼む」
「う、……安全に、お願いしますよ?」
「もちろんだ。アイリーン嬢をよろしく頼む!」
マコトが微笑み、軽く跳ねた瞬間。突風が街を吹き抜けたと思うと、マコトの姿はすでに消えていた。
まったく。いつもいつも勝手な人だ。
心配して待ってる人の気持ちも知らないで。
クリーミネはため息をつき、心の内を押し殺してアイリーン嬢に駆け寄る。
いくらここが安全な国だとはいえ、危険がゼロというわけではない。クリーミネはそれを承知しており、アイリーン嬢に危険がないか入念に辺りを見渡した。
「もう、クリーミネも楽しんでよ。せっかく可愛い顔なのに、仕事ばっかりじゃもったいないよ」
「か、可愛くないですよっ!? アイリーン嬢の方が可愛いです! そ、それより、あのアクセサリー屋さんを見てみませんか!?」
「え、うん! 行こ!」
クリーミネは顔をイチゴのように染め上げ、適当に傍にあったアクセサリー屋を指差した。
そして、まだ14歳なのに油断のできない人だ、と肩を落とし、クリーミネはアクセサリー店に向かって駆けるアイリーンを追った。
◆◆◆
「は? ペットにダンジョンのボスモンスターを王国内に取り寄せたぁ!? あのじーさんは頭が狂ったのか!」
クリーミネと別れた後、俺は上空を全力で飛行し、王城の手前で一人の聖騎士を発見した。
そして、話を聞くと、この国の王がモンスターを王国内に取り寄せたことが判明し、このようなリアクションを取るに至ったわけだ。
「馬鹿か! 王様に向かって何て口を利いている! あのモンスターは騎士の育成のために使うモンスターで、正当な理由があって輸送を決定したのだ」
「嘘つけ! あのじーさん絶対ペットにするつもりだったろ!? 俺、前に『ドラゴン飼いたいから捕まえてきてくれ』って言われたことあるぞ!」
俺はあのじーさんが嫌いだ。
ちゃんとするところはちゃんとするからメリハリはしっかりしているんだろうが、オンオフが激しすぎるのだ。
激しいのは抜け毛のスピードだけにしてもらいたい。
「じゃあ、モンスターを乗せた貨物は今どこにある? まさか、この人通りが多い中で輸送してるんじゃないだろうな」
「……おそらく、現在は西門付近の繁華街を輸送中だ」
「アホか」
西門付近。
つまり、アイリーン嬢とクリーミネがいる繁華街のことだ。あんなところでボスモンスターが暴れたら、被害はゼロに抑えられないだろう。
「チッ、ここに来るんじゃなかった!」
「ちょ、ちょっと待て!」
俺は焦る気落ちを隠さず、西門に向かって飛び立った。
◆◆◆
「!! 何これすごいおいしい……マコトにも買っておこうよ!」
「マコトさんには要りません! 心配させてる罰です!」
店を数件見て回ったクリーミネとアイリーンは、大通りの端でソフトクリームを食べていた。
マコトがこのソフトクリームを見たら、まさかこの世界で食えるなんて!! とはしゃぐこと間違いなしだ。
しかし、二人はそんなことを想像できるはずもなく、のんびりとマコトの帰りを待っていた。
そんな時。
「あっ」
アイリーンの目に、小さな赤い宝石が大きな荷物を引いた馬車の方へ転がっていくのが映った。クリーミネもそれに気づき、馬車が横転しないか警戒した。
その刹那。
爆発音と熱線が辺りを叩き、爆炎が馬車を破壊した。
「きゃ!?」
「アイリーン嬢! 下がってください!!」
クリーミネは馬車の木片が吹き飛ぶのを見ながら、あの宝石が火の魔力を封じた魔法具だと今さらながらに気づく。
もう少し早く気づけていれば、と後悔が頭をよぎり、クリーミネは唇を噛んだ。そして、その行為で気持ちをひとまず抑え込むと、アイリーンを守ることだけに集中する。
繁華街はすでにパニック状態となり、怒号と悲鳴が響き続けている。この中ではアイリーン嬢を安全に避難させることは不可能だ。
クリーミネは頭を回転させ、この場合のベストな行動を考え出そうとする。が、その思考は一瞬にしてかき消された。
炎上する馬車の中央から、黒い影のようなものが街全体に広がっていく。輪のように広がって空を深淵に塗り替えたモノの正体を、クリーミネは知っていた。
ダンジョンのボスモンスターが戦闘時に使用する、固有結界なるものだ。
ボスは固有結界を張ることにより、戦闘を行う場所を自分の戦いやすい状況に変化させる。
それが発動したということは。
「ボスモンスターがあの中にいる!?」
クリーミネは驚愕し、一瞬停滞した。が、その停滞は、致命的すぎるタイムロスとなる。
空を深淵に塗り替えた闇を追うように、もう一つの輪が馬車から上空を駆けていく。その輪は青白い炎を帯びており、昼の繁華街を一瞬にして地獄へ変えていった。
「嘘でしょ……」
アイリーンの声が、恐怖で震える。
だが、いくら恐怖したところで、もう状況は変わらない。
太陽を遮った二つの輪は、これから二体のボスモンスターが暴れることを人々に暗示していた。