クリーミネは、一体のボスモンスターとさしで戦うことのできる実力は有している。それは日々の訓練で培った圧倒的な筋力と、クリーミネの愛剣あっての結論だ。
クリーミネの愛剣―――――『オルタナティブ・アカシックレコード』は世界記憶の概念そのものであり、敵の情報を瞬時に分析することが出来る。
簡単に言えば、その剣は辞書なのだ。敵の情報を調べ、戦いやすいように剣の性質を変える。
剣が自動でそうすることにより、クリーミネは今まで不利な状況で戦うことはなかった。
しかし、今日初めてクリーミネは本当の修羅場を経験することとなる。
「――――アイリーン嬢。あの貨物からモンスターが飛び出てきた時、あなたがここにいては勝機はゼロに等しくなってしまいます。ですから、逃げてください。出来るだけ信頼できる人に助けを乞うてください。生きていれば――――――きっと、救われますから」
クリーミネは後ろに隠れるアイリーンを見ることなく言うと、剣を引き抜き構えた。
戦闘開始の瞬間は、おそらく一瞬で訪れる。 その一瞬を逃すか逃さないかが、最初のターニングポイントだろう。
逃すわけにはいかない。自分の使命だけは、守らなくてはならないのだから。
「い、嫌だよ……! クリーミネも、一緒に冒険に――――」
「早く行ってください!!」
クリーミネが怒鳴ると、アイリーンは僅かに肩を震わせた。お互いがお互いを思い合うあまり、意見がぶつかり合い、感情が揺さぶられる。
大切な人を守りたいクリーミネと、大切な人に傷ついてほしくないアイリーン。
それぞれの思いが再度言葉になろうとした瞬間、貨物を焼く炎が一瞬大きくぶれた。
「―――――――来た」
貨物の中から、黒い針状のものが一斉に周囲に突き刺さる。無論クリーミネにもそのとげが迫ったが、クリーミネはそれを容易に切り裂いて無効化した。
「全方位への一斉攻撃……炎の中からどこに障害物があるのか確認した……。斬られた棘は私の方へ来た一本のみ。ということは……私を敵と認識した可能性が高い」
クリーミネの推測に答えを与えるように、炎の中から黒い何かが飛び出す。
それは瞬時に四方八方に張り巡らされた黒い針の一本に潜り、時々ほかの針に飛び移っては結界内の人間に近づき、切り裂いていった。
「足場にも使えるの!? く、クリーミネ! 逃げないと!!」
アイリーンの悲鳴じみた声が響いた時、黒い何かはクリーミネに向かって跳躍する。クリーミネの剣は敵の戦意に反応するように属性を変え、自身を光り輝かせた。
「アイリーン嬢! 早く下がってください!!」
黒い何かから、一本の針が伸びた。クリーミネはそれを首を傾ける程度の動作で回避すると、剣を軽く引いて迎撃態勢をとる。
が、黒い何かが発した針がゴムのように縮み、クリーミネとボスモンスターの距離が瞬く間に詰まった。
「――――――ッ!!」
黒い何かから、真っ赤なかぎ爪が飛び出る。クリーミネは剣を全力で振り切り、かぎ爪を大きく弾いた。
その時、一緒に黒い何かを覆っていた闇が振り払われる。
「オオカミ……ですか」
闇を振り払われタモンスター―――――――巨大オオカミは空中で体制を整え、前足で地面に着地すると全身の毛を逆立たせる。毛は一瞬で闇を纏い、剣山のようにオオカミの背中と足を覆った。
その動作はクリーミネに大きな絶望を与える。
全身を覆った剣山の鎧のせいで、剣の刃が一撃で通る部位は腹と顔面だけに限られてしまった。しかし、すばしっこく動くオオカミ相手に連撃を加えることは至難の業。
これは勝率が大きく下がったことを暗示している。
「『リュミエール』!!」
凛とした声とともに、一本の光の矢が放たれる。
それはオオカミの目前に迫り、小爆発してオオカミの鎧を僅かながらに削った。
「アイリーン嬢!?」
「クリーミネ! 私も戦える! だから……生きよう!」
「――――-ッ」
アイリーンが叫びに、クリーミネは思わずため息をこぼす。
そして肩をすくめて、今までで一番、嬉しそうに笑った。
「翌日の筋肉痛は覚悟してくださいねっ!!」
世界記憶の概念の複製が、青白い光芒をひく。
禍々しい常闇は、牙をむき出しにクリーミネに迫る。
ガギィン!
剣と牙が交じり合い、両者は全力で踏み込んだ。
オオカミは地面が抉れるほどに足に力を込めるが、クリーミネのパワーに耐えきれず全身を軽々と空中に吹き飛ばされる。
―――――――今なら腹を狙える。
クリーミネが剣を軽く引き、跳躍しようとした瞬間。
貨物付近から、炎を纏った木片がクリーミネ目掛けて放たれる。クリーミネはオオカミへの追撃を諦め、回し蹴りで木片を破壊した。
「に、二体目……?」
さらに震えが強まるアイリーンの声。
その声が、さらなる地獄の扉を開くトリガーとなった。
「え……?」
クリーミネの声に、困惑の色が現れる。
貨物の炎から黄色に光る眼光がクリーミネを射抜き、その瞬間に地面と建物が凍結。
街が、世界が、白銀の地獄へ塗り替えられた。
これは氷竜の能力『アイスバーン』ではない。あの自然災害とはこめられている魔力の質が違う。
クリーミネの思考回路に、様々な仮説が生まれ、事態をさらに混乱へと導いていく。
得体の知れないモノの存在に、心が原始的な恐怖に支配された。
クリーミネの剣先が、僅かに震えはじめる。その恐怖を増幅させるかのように、貨物からゆっくりともう一体のボスが姿を現した。
「ガイコツ……アンデット系統のモンスターですか」
「シャアアアアアアッ!!」
剣を持った長身のガイコツが、さらに周囲の気温を下げる。クリーミネは警戒の色を強め、全身に魔力を流して身体能力をブーストさせた。
全身に魔力が流れ、体温がほんの少し上昇するが、そんな些細な変化にクリーミネは気付かない。目の前の命のやり取りを前に、体温の変化のような些細なことはどうでもよかった。
――――――それが、最大の失点だったことにクリーミネは気付かない。
ガイコツの体がゆらりと動き、クリーミネを狩るべく移動する。クリーミネも同様に距離をつめようと、足に力を込めた。
しかし、足は動かない。
「――――――!? 何が……」
瞬時に自分の足を確認し、やがてクリーミネは硬直する。
クリーミネの視界に収まったのは、靴底が厚い氷に包まれ、地面と一体化している足だった。緊張と警戒で、自身の靴が氷漬けになっていることに気付かなかったとクリーミネは今さらながらに察する。
「クリーミネ!」
アイリーンが声を発すると同時に、ガイコツの剣が目まぐるしいスピードで動いた。
剣は吸い込まれるようにクリーミネの華奢な体に迫るが、クリーミネは愛剣でそれを防ぎ、背後の建物に吹き飛ばされた。
次に動いたのは、巨大オオカミだった。
オオカミは周囲に突き刺さる針から無数の影を取りだし、空中で三本の槍を瞬時に形成する。槍は空中で三回ほど回転してから、一斉にクリーミネが吹き飛んだ建物に放たれた。
ズガァン!!
破壊音と砂ぼこりが白銀の地獄と化した繁華街に広がっていく。
アイリーンはその光景を見て、一粒涙をこぼした。
――――――お母さんとお父さんも、こんなに怖かったのかな。
残酷な過去が、今が、希望なんて見つけられなくなる程に、視界いっぱいに広がった。
そんな時、アイリーンは無意識に言葉を発する。
「マコト……」
座り込み、嗚咽を堪え、その名を叫ぶ。
「マコト!!」
視界が涙で歪み、周囲の状況すら見えなくなったその時。
目の前で、ぐしゃり、と肉が潰される音が響いた。
「―――――――――――――」
アイリーンの脳裏に、クリーミネの顔が浮かぶ。
次に浮かんだのは、後悔だった。
何で、見ていたままだった?
何で、悲しむことしかしなかった?
何で、助けをこうことしかしなかった?
後悔が心の中を循環し、アイリーンは涙を拭って前を見た。
そして、ちぎれたオオカミの片腕を目にする。
「え……?」
後悔が混乱に替わり、アイリーンはゆっくりと立ち上がろうとした。
その刹那、街を覆っていた氷が一瞬にして吹き飛ばされる。
「殺して殺して殺して殺して……罪の上にしか存在しない力が、もしも他の役に立つのなら」
聞き覚えのある声が、凍結した心を温かに溶かしていく。
「―――――――――ッ!!」
オオカミのものと思われる断末魔が響き、街から闇が消えた。
「逃げて逃げて逃げて逃げて……後悔の上にしか存在しない力を、もしも誰かを守るために使うことが許されるのなら」
鈍い音が響き、日輪のような黄金が辺りを照らし出す。
そして、ガイコツが握っていた剣の破片が地面に落ちた。
「俺は……命を懸ける覚悟があるよ、アイリーン嬢」
アイリーンが振り返った時、ガイコツがろっ骨を消滅させられて上空に吹き飛んでいた。
その様をクリーミネはため息交じりに見ている。
「もう眠れ」
聞き覚えのある声の主――――マコトの刀から、力の奔流が放たれた。
視界が白に塗りつぶされ、金切り声が響く。
数秒後。
アイリーンが見た空は、いつも通りの青空だった。