すいません……
少し間を開けての投稿です。
次回から多分シリアス路線です。
クラーウィス家の屋敷の1階。数千にのぼる図書を補完する知識の倉庫――――――大図書館。
その管理を任されているメイド――――スカーレッドは、本棚の前で長い紅の髪を揺らしてため息をついた。ため息の原因はスカーレッドの目の前にある本の数々だ。
イルソーレの古本屋から一般人が扱うには危険すぎるとして送られてきた魔導書、約30冊。スカーレッドはこの本たちを、一時間以内に指定の場所にしまわなければならない。
普通の図書館ならまだしも、ここの図書館は大きさのスケールが段違いだ。とても一人ではしまいきれない。
「マコトは……忙しそうにしてたわね……クリーミネなら大丈夫かな」
屋敷の住人の中では、『クリーミネならきっと暇』という共通認識が拭いきれないほどに根深くしみついている。今日もそれは健在だ。
……可哀想なクリーミネには、今度美味しいものを買ってあげよう。
スカーレッドはそんなことを考えて微笑みながら、門番をしているクリーミネを呼ぶべく図書館の大きな扉に手を掛ける。
が、その扉はスカーレッドが力をかけるより前に大きく開かれた。
「いだっ!?」
弾かれるように開かれた扉が、スカーレッドの額に直撃する。スカーレッドは短く悲鳴を上げて倒れ、涙目で開かれた扉の向こうを睨んだ。
「わ、悪い……運が悪かったな、うん」
謝罪をしているのか運のせいにしているのか。
よくわからない言い訳を述べたのは当家の執事―――――マコトである。いつもいつも絶妙に自分を困らせるタイミングで登場する要注意人物だ。
しかし、今回はそこまで悪いタイミングというわけでもない。
スカーレッドは一瞬口角を吊り上げ、悪そうな笑みを隠れて浮かべる。そして、少々オーバーめの演技でマコトに駆け寄った。
「痛い! 痛いわマコト!」
「ならここにずっといればいいだろ」
「そういう『居たい』じゃない! 痛いの! 神経がビビッと!」
「そ、そうか……」
手をぶんぶん振り回しながら訴えるスカーレッドに、マコトの顔が引きつった。
スカーレッドが強引に物事を訴えるときは、その大体が人に何かをしてほしい時だ。そして、今回の場合、スカーレッドの後ろに本が数十冊転がっている。
この点から推測すると……
「本の収納の手伝いをしろって言いたいんだな?」
「ぎくっ……じゃなくて、ゴホン! まあ、そうじゃなくもないわ」
驚愕した後、わざとらしく咳払い。目を泳がせながら、遠まわしに人の推測を肯定する。
元気な奴だ。
「はああああああああああああ……めんどくさいけど、手伝うよ。ただし、終わった後に本を一冊貸し出してほしい」
「た、ため息長いわね……。本ならいいわよ? もとに戻してくれるなら、好きなだけ借りていきなさい! じゃ、早く仕事終わらせましょ」
スカーレッドはそう言って、マコトに何冊か本を放り投げる。マコトは器用に本を受け取ると、高い天井まで届く本棚に向かって飛び去った。
そうやって、本を受け取ってはしまってを繰り返すこと約50分。通常の五倍のスピードで仕事は進み、やがて終わった。
これを自分一人でやっていたら4時間10分掛かっていたことになる。恐ろしいハードスケジュールだ。と、スカーレッドは身震いした。
「おつかれ様。で、何の本を借りるの?」
床に静かに着地したマコトに、スカーレッドは首を傾げる。マコトが本を借りるのは別に珍しい話ではないが、この図書館の管理人としては気になるところだ。
「エルフの森についての本だ。今回、クエストで行くことになってな」
「エルフの森? なら知っているんじゃないの? 大戦の時、戦地だったじゃない」
大戦。それはかつてこの世界がたった一つの聖剣『エクスカリバー』を求めて争った戦争の総称だ。
大戦が終結したのは2年前であり、その爪痕は今でも濃く残っている。
例えば、『連合国』。これは大戦時、味方同士の国が組んだ同盟に加盟した国々のグループのことで、この世界に複数存在している。
『農民、商人、冒険者、政治家の区別はしっかりとつける』などの規則は、連合国の会議で作成されたものだ。
後もう一つ、爪痕をあげるとすればアイリーン嬢とマコトだ。
アイリーン嬢の父は大戦に巻き込まれて犠牲に。
マコトは大戦時、数々の国を滅ぼして戦果を挙げ、平和を築いた。
が、マコトは知っている。その平和を築き上げるために、自分がどれだけの尊い命を犠牲にしたのかを。
数えきれない流血と涙。その先に、例え永遠の平和と幸福があったとしても、それは所詮数々の死体と血だまりの上に立つ脆すぎる理想だ。
何かを救う為に何かを壊す。壊すことでしか守れない非力さと愚かさを責める自責の念と葛藤は、マコトの人生に重くのしかかってしまう形となった。
「あの時は剣聖との戦いに夢中で、森を見る余裕なんてなかったんだ。アイツ時間も斬るからな。チートかっての」
高い図書館の天井を見上げながら、マコトは苦笑する。戦地で剣聖と相対した時の衝撃は今でも忘れられない。
己に害成す全ての魔法や攻撃を完全に封殺する結界『万象末尾』をも切り裂き、挙句の果てには次元の壁を斬ることで次元の隙間を生み、そこに攻撃を吸い込ませることで完全に封殺して見せたのだ。
質量のないものを斬るとかいう次元の話ではない。世界と世界の間を斬ってしまうのだから。
「私から見れば、マコトも充分『ちーと』よ。なんか……ズバァーンてなるし」
「とりあえずスカーレッドは文法を勉強した方がいいな、うん。義務教育の大切さがわかったよ」
「ぎむきょーいく?」
首を傾げ、言葉の意味を必死に考えるスカーレッドにマコトは笑みを向けた後、本棚の方へ歩き出す。
スカーレッドはマコトが笑顔になったのを見て薄く笑った。
「……過去の話をすると暗い表情になるの、自分で気付いてないのね」
◆◆◆
光魔法の薄い明りが、目に悪影響を及ぼさない程度の明かるさで本の古紙を照らしている。マコトは本を閉じ、ふと時計を確認した。
「11時半……かなり経ってるな」
気付けば本を読み始めてから3時間が経過している。普段は仕事に追われていてこんな時間が取れるはずもないのだが、今日はおそらく暇であろうクリーミネに仕事を半分任せてある。そのため、こんな有意義な時間が取れたのだ。
「そろそろ休憩といきますか」
本を本棚にしまい、大図書館の扉に触れる。
すると、後方――――おそらく庭園の中央あたりから微弱な魔力を感じた。
この流れのスピードと流れ方から見て、おそらく攻撃魔法だ。威力は中の上と言った所か。
「―――――――はあ、どうか侵入者じゃありませんように」
マコトは心の底からそう願いながら、足の裏に力を流して地面を蹴った。それだけで大図書館につもるほこりが叩かれ、宙を舞っている。
こんなところをスカーレッドに見られたら、ただでは済まないのは経験から簡単に予想できた。
……今度高級なお茶をおごってあげよう。
目まぐるしいスピードで本に埋め尽くされた景色が後ろへ流れていく。そして、本の数が少なくなってきたところでマコトの前に大きな両開きの窓が現れた。
人一人通れる程度の大きさがあるそれに、マコトは魔力をぶつける。それにより、窓が勢いよく開かれた。
マコトはスピードを落とすことなく窓を通り、屋敷の屋根まで浮上。静かに両足で着地し、姿勢を低くして魔力の元凶を見た。
「『エレメンタルインパクト』っ!」
幼さのある透き通った声が響き、攻撃魔法が淡い光と共に放たれる。しかし、マコトは魔法が放たれたというのに何も動かない。
その原因は、もしかしなくても魔法を放った張本人がアイリーンだからだろう。
「この程度の威力では上位のモンスターには太刀打ちできませんよ」
飛んで来る魔法を楽々と斬り伏せ、クリーミネは剣を片手で器用に回した。
この状況はさしずめアイリーンの魔法の練習にクリーミネが付き添っているといった所だろう。
「家事をやっといてって頼んだはずなんだけどな……面倒見がいいんだか、さぼり癖があるんだか……」
ため息交じりに言うマコトだが、後者が絶対に正しくないということをマコトは知っている。スカーレッドは論外として、屋敷の中で一番真面目なのはクリーミネだ。
まじめ過ぎるあまり時々天然を発揮したり弄られ属性になることがあるが、仕事は命を懸けてまで全うする。
その真面目さがどうにも危なっかしいので、屋敷の人間は常にクリーミネを心配しているのだ。
「! 誰ですかっ!!」
突然、クリーミネが誰かの存在を察したらしくマコト製の木刀を投擲した。投擲した木刀は目まぐるしいスピードで、もちろんマコトの方へ飛んで来る。
「おわっ!!」
マコトが転がって木刀を回避すると、木刀は音を立てて屋根に激突。木刀が先ほどまでマコトがいた屋根に突き刺さり、ひびを入れた。
マコトはそれを見て冷や汗を流している。
「し、死ぬところだった……」
マコトは人間だ。どんなに攻撃力が強くとも、防御力は鍛え上げた程度の人間のそれである。ゴーレムの一撃をくらっただけでも戦闘不能になるだろう。
そんな『一撃くらったらゲームオーバー』という世界で戦ってきたマコトの回避能力は、最早人間の反応速度ではない。
その回避能力が予期せぬ木刀回避につながったのだ。
すごいぞ経験。
「躱された!? 予備動作も最小限に抑えたのに!!」
「ど、どうしよう!? 侵入者!?」
マコトが胸をなでおろしていると、クリーミネとアイリーンは慌てて身構えた。屋根にいる人物が、侵入者ではなく従者であると知らずに。
「ま、マコトかな?」
「だとしたら、女子二人の秘密の特訓を覗き見るなんて、良い趣味とは言えませんね」
秘密でやりたいなら庭のど真ん中でやるなよ!!と、会話を聞いていたマコトは言いかけ、心の中に留める。
しかし、クリーミネの言動を聞く限りここで出て行っても問答無用で制裁を受ける流れになるだろう。それは避けたい、絶対に。
転移系の魔法は使えない。能力を使えば、衝撃波と気配で即バレだ。せめて、能力を使うなら何か大きなものに隠れたところで……
「いや、いけるぞ……逃げ切れる!」
名案の浮かんだマコトは小さくガッツポーズをとり、反対側の屋根に向かって駆けだした。
正面から出て行って制裁を受けるなら、反対側から出て行けばいいだけの話だ。庭から目視できない屋敷の裏に飛び降り、着地直前で能力を行使。
着地時の衝撃を消して無事着地したら、屋敷の裏口から侵入する。
これならば無事に逃げ切れるだろう。
「完璧だっ!」
庭と対極にある屋根を蹴り、マコトは宙に身を躍らせる。これで勝った。とマコトは確信したが、それは大きな間違いだった。
視界の端を鮮やかな白髪が通り過ぎる。その短く切り揃えられた髪を見て、マコトの顔が引きつった。
「こんばんわマコトさん! こんなところで何をしているんです?」
目から完全にハイライトを消し、世界最恐の笑みを浮かべるクリーミネ。
その手には、木刀が強く握られていた。
「い、いや、つ、疲れたからスカイダイビングをしようと思いまして……」
「そうですか! なら……もっと高いところに連れて行ってあげますね」
「うそだああああああああああああああああああ!?」
マコトの視界が涙で歪んだ時。
クリーミネは木刀を全力で振り抜いていた。