『マコト……もう、傷つかなく、て……いい、から……生きて……』
最愛の人が血と涙を流している。
『もう……辛い、思いは……しちゃだめ、だよ?』
『駄目だ! アリスッ! アリ――――――――――』
『―――――ありがとう』
笑顔と共に、アリスは死んだ。黄金の力と呪いを託して。
◆◆◆
マコトの視界が白一色に染め上げられる。
剣聖程の実力者の魔力放出だ。防御力は生身の人間であるマコトが食らったらひとたまりもないだろう。
しかし、そんな最大の攻撃の前で打つ手はもう、ない。
マコトの腕が力を力をなくして垂れ下がった。
もう何をやっても無駄である。
そんな時、マコトの脳内にあの世界――――――ノースコスモロジーでの出来事が鮮明に流れる。
『猪突爆進! ワタシに爆撃されたいのはあなたね!』
とある森で、無駄にテンションが高い少女がマコトに話しかけている。
マコトは意味が分からず、首を傾げた。
『え、何、爆げ―――――――――うそだあああああああ!?』
少女はそんなマコトに構わず、
『貴様が傲慢か。我ら竜族の前に自分から現れるとは……酒のつまみにでもなりにきたのか?』
暴食の竜が、ビルの頂点に止まり配下と共にマコトを見下ろしている。
殺気で満ちている空間の中でマコトは鼻を鳴らした。
『あんたが暴食か。トカゲと言うよりハエだな』
瞬間、獄炎と黄金が衝突した。
『受け取れ―――――――祝福だ』
かつてマコトの最愛の人を攫った氷神が、マコトに光り輝く球体を授けている。
球体は青白い光となって溶け、マコトの中に溶けた。
『……必ず、戻ってくる』
マコトの目には、明らかな怒気が宿っていた。
『マコト……ずっと一緒に居れるかな?』
暖かな光が照らす部屋の中で、二人の男女が肩を寄せている。
照れながら発せられた言葉に、マコトは微笑んだ。
『ああ。二人で頑張ろう、アリス』
『マコト……もう、傷つかなく、て……いい、から……生きて……』
……そうだった。……これは走馬灯なんかじゃない。
「俺は、死ねない」
垂れ下がったマコトの腕に、力が戻る。
マコトは大きく拳を振りかぶり、全力で前に突き出した。
―――――アリスから託された『祝福』を使って。
「……ッ! 何が」
魔力の奔流が弾け、剣聖の真横に黄金の光が突き刺さる。マコトの渾身の一撃はエルフの森を大きく抉って進み、やがて見えなくなった。
剣聖はその威力に目を見開く。
「アリス……! もう俺は、あんな後悔はしたくない……!」
立ち込める土煙の中。マコトは今は亡き最愛の人を想う。
「この力……魔力じゃない。君ってやっぱり人間じゃなかったんだ」
「確かにこの力の元は神力と言われる神の源だ。だが、俺はちゃんと人間だよ」
「嘘。人間の持てる力じゃない。それとも加護?」
加護とは、生まれ持った能力のようなものだ。ごく稀に、人間でも氷竜の能力『アイスバーン』を持つ者がいる。
これは世界から『氷竜の加護』が絶対神から加護が与えらたことが原因で起こるものだ。
神に気に入られた才能を持つ者は、みんな何かしらの力を持って生まれる。
これが、この世界における加護である。
「これは生まれ持った加護じゃない。俺が最愛の人に貰った『祝福』だ」
「『祝福』?」
「生物は一回限り、自分が生まれ持った加護を複製して相手に託すことが出来る。それが『祝福』。まぁ、使用には条件が付くものがあるが便利な技だな」
「……厄介ね」
剣聖の頬に汗が流れる。先ほどまでとは格段に自分の勝率が下がった。
あの黄金の力。自分の全力の魔力放出を一撃で消しきってみせた。
そんな高火力攻撃、世界四大攻撃魔法くらいのものだろう。
「その最愛の人はどうしたの?」
「……死んだ。アリスの祝福を無理やり受けようとした奴に殺された」
目を伏せて言うマコトに剣聖は静かに「そう……」とだけ呟くと、剣を構えた。
マコトもそれに倣う。
「剣聖――――――レイミール・ラナンキュラス。ここは戦場。あなたに慈悲はかけられないけど……あなたが生から解放された時、最愛の人と再会を果たすことを願います」
丁寧な口調で、剣聖は微笑む。その笑顔を見て、マコトはここが戦場であることを一瞬忘れた。
「連合国軍第三部隊副隊長―――――大島 マコト。あんたとは……戦場で会いたくなかったよ」
両者の笑みが重なり、最大の敬意を込められた両者の構えが同時に崩れた。
『いざ、勝負』
瞬間、マコトの地面が蜘蛛の巣状に割れ、爆発じみた轟音が辺りに響く。
マコトはそれと同時、一瞬で剣聖の背後に回り込んでいた。
剣聖は目を見開き、体を半回転させてマコトに反応する。
が、剣聖がマコトを正面に捕らえた時、すでにマコトの右足からは黄金の力が解き放たれていた。
剣聖は驚愕しながらも剣の腹で黄金を受け止める。
ピキッ。
超高火力攻撃がもたらす衝撃が、剣聖の剣を突き抜けた。
剣聖の手に握られている柄を残して、剣が黄金と共に粉々に砕け散る。
マコトは開いたガードに間髪開けず黄金を放った。
が、剣聖が凄まじい反応速度を見せ、一瞬で刃を形成する。
「切れて」
剣聖の目が見開き、腕が一瞬ぶれた。コンマ一秒にも満たない時間の中で振られた刃は、空間を―――――世界と世界を結び付けている次元を切り裂いた。
虚空にブラックホールのようなものが瞬間的に形成され、マコトの攻撃が飲み込まれていく。
マコトはその光景を、呆然と眺めていた。
「これは魔法じゃない……ただの一閃で……空間を切った?」
やがて攻撃は完全に吸い込まれ、空間の切れ目はただの虚空に戻っていく。
驚愕するマコトを余所に、剣聖はマコトの懐に飛び込んでいた。
マコトが自分の陥っている状況に気づいたその時は、剣聖の攻撃をかわすにはあまりにもタイムロスが大きすぎた。
「とった」
剣聖の剣がマコトの首元に吸い込まれていく。
目の前まで迫った自分の死に、マコトは無意識に氷神の能力を発動させた。
森が、世界が、再び白銀に塗り替えされる。
剣聖の剣は絶対零度の能力に負け、音を立てて砕けちった。
が、剣聖は一瞬で刃を創造する。
いくら刃を破壊し続けても一瞬で再び創造されては、勝負は平行線だ。
となると、耐久力勝負になることになる。が、それは攻撃特化のマコトにとってかなり不利な勝負となってしまう。
それだけは避けなければなるまい。
「私に切れないものはない! 『剣神の加護』の前では君も無力だよ」
―――――まあ、やろうと思えば一瞬で勝負を付けられるところまで来たのだが。
剣聖の剣が振られる。ここでマコトが刀でガードしたりいなしたりすれば、間違いなく刀ごと真っ二つに切り捨てられるだろう。
何故なら剣聖はこう言ったのだ。
『私に切れないものはない』
「――――――矛盾って、知ってるか……?」
万物を例外なく貫く矛と、どんな矛でも貫けない盾。
矛盾とは、この二つがぶつかるとどうなるのだろうか、という疑問から生まれた言葉だ。
実際に、どちらが強いか試してみよう。
剣聖の剣がさらに速度を上げ、マコトの胸の真ん中に突き出される。
マコトは迫りくる剣先を避けることなく、自分の拳を握りしめた。
「さようなら、マコト」
剣がマコトの腹に当たり、剣聖が勝利を確信する。
が、剣はマコトを貫くことなく、甲高い金属音を響かせて弾かれた。
加護の効力を無視した、予想外の出来事。剣聖は思わず目を見開く。
「な、なんで! 加護を使ったのに!」
「まだ完全じゃなかったのさ。魔力を全身に流せ。―――――――全力で防御しろよ?」
マコトがニヤリと笑い、黄金に包まれた拳を突きだす。
黄金は剣聖の腹部にヒットし、爆発音を立ててエルフの森に突っ込んだ。
いくら剣聖と言えど、この攻撃をもろにくらえばもう動けないだろう。
砂煙が舞い、木々が倒される。
戦場に満ちていた殺気は完全に消え、静かな夜が目を覚ました。
消えた殺気は、この戦いの終結を意味していた。
マコトはため息交じりに剣聖の剣が弾かれた部分の裏にある服の内ポケットから、『魔法結晶』を取り出す。
「絶対に壊れない石、か……『不完全』と『絶対』を比べたら、そりゃ絶対が勝つわな」
万物を斬る加護と、絶対に壊れない石。どちらが完全なものなのか確かめたマコトは、星々が輝く空を見上げる。
これが敵地となっていたエルフの森の奪還が成功した瞬間だった。
まさか二話にわたってこの話を書くことになるとは思わなかった……
過去篇は意外と長くなりますね。
勉強になった。
あ、受験勉強……(現実逃避)