FAIRY TAIL 海竜の子   作:エクシード

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たった一人の為のギルド

「恐らくゼロは1に居る」

 

 鼻のいいナツは恐らくゼロがいると分かっていて1番を選んだ。

 そう語るエルザにウェンディは加勢に行こうと提言したが、エルザは首を振ってその案を却下する。

 

「ナツを甘く見るな。あいつになら、全てを任せて大丈夫だ」

 

 そう言って歩き出すエルザの後姿を見て、ジェラールはある光景が脳裏を過った。

 知らないはずの、けれど知っているいつかの記憶。桜色の髪を靡かせ、紅蓮の炎を身に纏う男。まるで竜のような気迫を放つその男を、ジェラールは知っている。

 

「ナ……ツ……?」

 

 顔を伏せ、痛む頭を押さえるジェラールの口からは、無意識の内に言葉が漏れていた。

 細部までは思い出せないが、記憶が映像として断片的に頭の中に映し出される。

 鋭い牙を剥き出しにしてかかってくる男との死闘は、まるで写真のようにフラッシュバックされた。

 

「ジェラール?」

 

 目を見開き、肩を震わせるジェラールを案じてテューズが声をかけるが、ジェラールは何でもないと言って自分の持ち場である5番魔水晶(ラクリマ)に向かう。

 しかしふらふらと歩く彼の後姿は今にも倒れてしまいそうで、少年達の不安を煽る形になった。

 

「私、ジェラールの様子を見てくるね!」

「ちょっと、ウェンディ!?」

 

 誰が見ても何かあったと分かるようなジェラールの様子に、ウェンディが後を追う。

 置いていかれたシャルルも慌ててウェンディについて行き、残されたテューズはジェラールを追うか、それともここはウェンディに任せて6番魔水晶へ行くかを逡巡していた。

 

「テューズ、心配なら私達も行きましょう?」

 

 決断出来ずに視線を泳がせるテューズの顔を覗き込み、フィールはその様子ではジェラールが気になって集中できないでしょうと言葉を付け足す。

 幸いまだ時間はある。ジェラールの様子を見に行ったところで予定の時刻に遅れる事はないだろう。

 テューズが急いで後を追うと、ジェラールには案外早く追いついた。途中で合流したウェンディが声をかけると、ジェラールはゆっくりと振り返る。

 

「ウェンディ、テューズ……」

「やっぱり辛そうだよ、ジェラール」

「大丈夫?」

 

 二人が心配そうに問うが、ジェラールからの返答はない。何も言わないジェラールに喋れない程辛いのかと不安になる二人だったが、そういうわけではなくジェラールは何かを考えているだけだと察して答えを待つことにした。

 

「君達は確か、治癒の魔法が使えたな。ゼロと戦うナツの魔力を回復できるか?」

 

 少しの間を置いてジェラールは口を開き、そう訊ねた。しかし問われた二人の反応は悪く、ジェラールは期待していたような返答は返ってこないだろうと察した。

 

「テューズはラクリマの破壊がありますし、ウェンディも今日一日で何度も治癒の魔法を使っています。回復は難しいですね」

 

 出来ないと言い出し辛かったのか口籠るテューズに代わり、フィールはジェラールに言葉を返す。

 おおよその答えは見当がついていたジェラールに驚きはなく、再度考え込むように顎に手を添えた。

 

「ならば、ナツの回復はオレがやろう」

 

 決意したような面持ちで告げたジェラールに、テューズ達の口からは間抜けな声が出た。

 治癒魔法を使えないのに一体どうするのか、という疑問が表情に漏れている少年達に、ジェラールは言葉ではなく行動で示す。

 指先に小さな炎を出して見せてやると、ナツと同じ滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であるテューズ達はそれだけで理解できたようだった。

 自身と同じ属性の魔法を食べることで魔力を回復するナツならば、この方法なら治癒魔法に頼らずとも回復が行える。

 寧ろ、体力を回復するどころか魔力のブーストも可能なこの方法の方が、ゼロ相手であればより有効だろう。

 

「あんたがナツと共闘すれば勝率は上がるだろうし、ウェンディ達が行くよりはマシね」

「共闘なんてしなくても、ナツならきっと勝てるさ」

「……エルザもそうですが、何故そう言い切れるんです?」

「……思い出したんだ。ナツという男の底知れない力、希望の力を」

 

 星空を見上げるジェラールは、穏やかにそう呟いた。

 今も殆どの記憶には靄がかかっているが、その靄の奥からナツと言う男の記憶だけは、まるで炎に照らされたようにはっきり見えた。

 守りたいものの為に絶対に勝てない相手(聖十大魔道)にも挑む、不撓不屈の精神。そして、それを乗り越えられる底知れない潜在能力。

 単純に考えればナツがゼロに勝つなど不可能だろう。けれども、記憶の中にいるあの男であれば、必ず勝つ。なぜかジェラールはそう確信出来た。

 

「ウェンディ。オレの代わりに5番魔水晶を破壊してくれ」

「そ、そんな……私にはできないよ」

 

 顔を伏せたウェンディの言葉をそんなことないと言って否定し、ジェラールは腰を屈めてウェンディと目線を合わせる。

 

「滅竜魔法は、本来ドラゴンと戦うための圧倒的な攻撃魔法なんだ」

 

 優しく、言い聞かせるように口を開いたジェラールはウェンディを見つめ、次にテューズと視線を合わせた。

 

「空気を、空を、天を食え。自信は無いかもしれない。けど、君達にもドラゴンの力は眠っている。それだけは確かだ」

「天を……食べる……」

「ドラゴンの力が……僕にも……?」

 

 言われた言葉を反復し、少しずつ咀嚼する。それでもまだ自信がない様子の二人に笑みを浮かべて頷き、ジェラールは頭を撫でた二人に背を向け、ナツの元へと向かっていった。

 

 

 

 

「着きましたよ、テューズ。6番魔水晶です」

「うん、ありがとう」

 

 少しでもテューズの魔力を温存しようと、砲撃の為に魔力を溜め、轟音が響くニルヴァーナ内部をテューズを連れて飛んでいたフィールは目的の場所に到着した。

 下ろされたテューズは顔を見上げ、自分の何倍もの大きさがあるであろう魔水晶と対面すると思わず固唾を飲む。

 これからこの魔水晶を自分が破壊すると思うと、本当に出来るのだろうかと不安に押し潰されそうだった。

 だが、やらなければならない。ここでこの魔水晶を破壊しなければ、ニルヴァーナは今度こそ化猫の宿(ケットシェルター)を文字通り跡形もなく消し飛ばすだろう。

 ギルドの為に、希望を託してくれた皆の為に、ここまで来てやっぱり無理です、なんて選択肢は残されていないのだ。

 

(ジェラールはあの時、僕にも天を食えと言っていた。なら、ジェラールを信じる)

 

 一度肺を空っぽにし、大きく空気を吸い込む。すると、僅かに魔力が回復しているのを感じた。

 ウェンディと酷似した魔法を使うが、テューズとウェンディの魔法は全くの別物。

 幾ら似ているからといって、テューズには空気を食べて魔力を回復させることは出来ない。

 彼が食べるのは水。今テューズが食べているのは、空気そのものではなく、空気中に漂う微量の水分だ。

 

『水は世界中、何処にでも存在している』

 

 遥か昔、リヴァルターニにそう言われた事を思い出した。

 

『水? ……火とかの方が、強そう』

 

 これはきっと、リヴァルターニから初めて魔法を教えてもらった時の記憶だろう。

 まだ幼いテューズが思った事をそのまま言葉にすると、リヴァルターニは眉に皺を寄せた。

 

『何を言う! 水ほど強い魔法はないというのに!』

『……本当、に?』

 

 子どもというのは自分の感情をあまり隠すことはない。その為、テューズがリヴァルターニの言葉を信じていないということは、まだ子どもに慣れていないリヴァルターニでも手に取るように理解できた。

 

『水は世界中に存在している』

『……ここには、無い、よ?』

『そんな事はない。そなたも直に分かる』

 

 水は空気を漂い、世界中に存在する。リヴァルターニの言った事は正しく、現在のテューズは、そういう事だったのかと漸く言葉の意味を知ったのだ。

 

『そこに3つの岩があるだろう?』

 

 リヴァルターニが指差した先には、海に聳え立つ3つの岩山があった。

 今からその岩を破壊すると言うリヴァルターニは、岩の壊れ方をよく見ておくようにとテューズに命じる。

 言われた通り、テューズが岩に意識を集中させているのを確認し、計3回、リヴァルターニはそれぞれの岩に小さなブレスを放つ。

 1度目のブレスは岩を粉々に粉砕。2度目のブレスは岩を切り刻んでバラバラにし、3度目のブレスは岩を貫通、その中央に大きな穴を開けた。

 

『凄い……! どうやったの……?』

 

 目を輝かせて尊敬の眼差しを送ってくるテューズに、自尊心の満たされたリヴァルターニはどうだ凄いだろうと口角を上げる。

 素直に頷くテューズに、リヴァルターニは解説を始めた。

 

『水の性質を変えたのだ。そなたが望めば、水は如何様にも姿を変える。砕くことも、切り裂くことも、貫くことも、全てはそなたの心次第だ』

『…ぁ………わかった』

『いや、そなた絶対に理解できてないだろう……』

 

 事実、性質を変えるだなんて全く持って、一切分からなかったテューズはごめんなさいと目を伏せる。

 内心ではその様子が可愛くて堪らないリヴァルターニは、死闘の末に感情を一切表情に出すことなく押し殺し、テューズに優しく語りかけた。

 

『今は理解出来ずとも良い。それはきっと時間が解決するだろう。だからテューズ、今日私が話したことを憶えてくれれば、それで良い』

 

(……うん、憶えてるよ。全部、ちゃんと憶えてる……!)

 

 心を落ち着かせて目を瞑ると、頭の中の時計が鮮明に見えるようになった。時計は今も正確に時間を刻み、もう間もなくその時はやって来る。

 

──後15秒。

 

 まだだ。まだ足りない。限界まで息を吸い続け、肺が悲鳴を上げる程に空気を詰め込む。

 

──後10秒。

 

 全身の魔力が高まっていき、魔水晶を砕く未来をイメージする。

 砕く。砕く。砕く。心の中で繰り返してその事だけに意識を向け、水の性質を変化させる。

 

──後5秒。

 

 高まった魔力は水となって周囲を巡り、全身の魔力を口の一点に集中させる。

 

 

『そなたならばできる。私は信じているぞ』

 

 

 そんな幻聴を聞いた。

 

 瞬間、目頭が熱くなり、まるで炎のような熱が全身を駆け巡る。今ならどんなことでも出来てしまいそうな、そんな力が体の奥から湧いてきた。

 

「海竜の──」

 

 

 

 

「──咆哮ォォォ!!!!」

 

 

 

 

 体がはちきれそうな程溜め込んだ魔力を放出し、魔力は水となって魔水晶へと向かっていく。

 テューズの望み通り、砕くことに特化された水は球体の魔水晶に直撃すると同時に大きな罅を入れ、時間ぴったりに魔水晶を粉砕した。

 

「……やった……」

 

 全魔力を使ったことによる魔力不足、そして、無事に魔水晶を破壊できた安堵からテューズはその場に座り込む。

 ガラガラと音を立てて崩れていく魔水晶の音だけが響き、先程まであった砲撃の為の轟音は消え去っていた。

 

「テューズ! ニルヴァーナが……!」

「うん、止まったね……」

 

 目にいっぱいの涙を浮かべて駆け寄ってきたフィールを抱きしめ、テューズはギルドを救えたと喜びを噛みしめて笑い合う。

 刹那、凄まじい振動が二人を襲った。

 床は罅割れ、天井が崩れ始める。彼らが行ったのは大地から魔力を吸い上げている魔水晶の破壊。

 これによって確かにニルヴァーナの魔力を断つことができたが、それはつまりニルヴァーナに一切の魔力が供給されない事を意味する。

 魔力を断たれた6本の足はただの足のような形状をした岩に成り下がり、当然そんな物では中央の都市を支えることなど不可能だ。

 

「ニルヴァーナが崩壊します! 急いで脱出しますよ!」

 

 瞬時にニルヴァーナの現状を理解したフィールは、テューズの手を引いて来た道を引き返す。

 少し後ろでは崩落した瓦礫によって道が塞がれ、後少し判断が遅ければ生き埋めになっていたところだった。

 テューズも手を引かれながら懸命に走り続けていたが、魔力不足からか足が縺れて転んでしまう。

 すぐにフィールが駆け寄って手を貸すが、ニルヴァーナの崩壊は想像以上に早く、二人の真上に位置する天井は巨大な瓦礫となって崩れ落ちて来る。

 

(ダメだ、間に合わない──!)

 

 急いで走り出すが、巨大な瓦礫から逃れるにはもう遅すぎた。もうダメだと頭を腕で覆い、テューズ達はぎゅっと力一杯目を瞑った。

 しかし、彼らに落ちて来たのは小さな石粒だけ。不思議に思い、二人がゆっくりと目を開くと、その瞳に映ったのはオレンジ色の髪をした巨漢の背中だった。

 

「二人とも、怪我はないかね?」

「一夜……さん?」

 

 一度でも見たら忘れられないであろう、強烈なインパクトを持つ顔を2人に向け、一夜は2人を一遍に抱き上げると脇に抱えた。

 

「君達に助けられた恩。今ここで返そう!」

 

 一夜は走った。落下し、迫りくる瓦礫をその肉体を持って幾度となく粉砕し、己が力で塞がれた道を切り開く。

 その姿は正しく、()()()()と呼ぶに相応しいものだった。

 

 

 

 

「む、あれは麗しの!」

 

 ニルヴァーナを無事に脱出した一夜は勢いそのまま森を駆け抜け、視界に捉えた緋色の髪を持つ女性に手を振りながらスピードを上げる。

 

「エルザさぁぁん!!!」

 

「ひぃ! 何者だ!!」

「おっさん! 無事だったのか!」

 

 力の香り(パルファム)の効果で筋肉が膨れ上がり、巨漢となった一夜の姿を初めて見たエルザは、一目でそれが誰か分からず槍を構えて臨戦態勢を取った。

 しかし隣のグレイは一度助けられた経験からこれが一夜だと理解しているため、一夜の無事に安堵しエルザに敵ではないと説明する。

 

「すまない一夜。皆が世話になったようだな。礼を言う」

「いえいえ、大切なエルザさんのご友人ですから。当然の事をしたまでです」

 

 テューズ達を下ろすと一夜はエルザの前に屈み、一体何処から取り出したのか一輪の花を差し出した。

 苦笑いしながらそれを受け取り、口説いてくる一夜のは対処にエルザは困り果てる。

 いつもであれば蹴りの一発でもいれてやれば良いだけの話なのだが、ナツ達だけでなくテューズ達の危機まで救って見せた一夜を一蹴するのは流石に気が引けた。

 目でグレイに助けを訴えようにも、当のグレイはテューズと談笑していてエルザの訴えに気づかない。気は乗らないが仕方あるまいと、エルザは足を振りかぶる。

 その時、2人の傍に柱時計が落ちて来た。砂煙を上げて着地した時計に、全員の目が奪われる。

 

「目が回るぅぅと、申しております」

「これは!」

「ルーシィの星霊だ!」

 

 ルーシィと契約している時計座の星霊、ホロロギウムを見てエルザとグレイは喜色満面に駆け寄っていく。

 するとホロロギウムが開き、その中からはハッピーを抱えたルーシィが出てきた。

 間一髪、ホロロギウムのお陰でニルヴァーナの崩壊に巻き込まれずに済んだルーシィはホロロギウムに礼を述べ、ホロロギウムは一礼をすると星霊界に帰っていった。

 

「皆! 無事だったか!!」

 

 次に現れたのはジュラだ。テューズと同じく魔力不足に陥ったウェンディ達を救出し、ニルヴァーナを脱出して来たらしい。

 

「これでギルドは!」

「うん! 大丈夫だよ!」

 

 化猫の宿を救えたと、ウェンディとテューズは手を取り合うとその場で飛び跳ねて歓喜する。

 それから、ちゃんとお礼を言おうと辺りを見渡した2人は何かが足りない事に気づいた。

 魔水晶を破壊した面々は無事脱出しているが、1人足りない。見事ゼロを打ち倒し、魔水晶を破壊した男の姿は幾ら見渡しても見当たらなかった。

 

「ナツさんは? ジェラールは!?」

 

 ナツだけではなく、ナツの回復に向かったはずのジェラールの姿も見えない。

 ウェンディの質問に誰1人として答えらず、まさかニルヴァーナの崩壊に巻き込まれたのではないかと、一同に緊張が走った。

 見渡せども樹海が広がるばかり。背中から気持ちの悪い汗が吹き出るのを感じながら、テューズは静寂の中である音を聞き取った。

 まるで地中を何かが流れるような、普通に暮らしているのであれば聞くことはない音。真後ろに移動した音に振り返った時、地面が大きく膨らんだ。

 

「愛は仲間を救う、デスヨ」

 

 膨らんだ地面から現れたのは、元六魔将軍のホットアイ改めリチャード。

 その両脇にはナツとジェラールを抱えており、2人の無事を知った一同はほっと胸を撫で下ろした。

 

「「ナツさん!!」」

「うぉ!? なんだ!?」

 

 訳も分からぬままここに運ばれ、混乱しているナツにウェンディとテューズが涙ながらに飛びつく。

 驚きながらもナツはしっかりと2人を受け止め、2人はナツの背中に腕を回した。

 

「ギルドを守ってくれて、ありがとうございました!」

「ナツさんのお陰でニルヴァーナを止められました!」

「……何言ってんだ。みんなの力があったから、だろ?」

 

 苦しいくらいに力一杯抱き締める2人にそう言うと、ナツはみんなの顔を1人ずつ見渡した。

 決して、ナツ1人の力ではないのだ。仲間がいるから立ち上がれた。戦えた。だからこれは、全員で勝ち取った勝利なのだと。

 微笑んだナツは、2人にそれぞれ手を突き出す。

 

「もちろん、お前達二人の力もな!」

 

 目元を擦って涙を拭い、2人は元気よくナツとハイタッチした。

 

 

 

 

「全員無事で何よりだね」

「それは、無事って言うのか…?」

 

 満足そうに呟いたハッピーに疑問を呈し、グレイは困惑しながらナツに視線を向ける。

 無理を重ねていたナツは戦いが終わったことで緊張の糸が切れたのか、テューズ達とハイタッチをした直後に今まで無視していた疲労がドッと押し寄せ、突然倒れるように寝込んでしまった。

 

「ナツさん、大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。ナツですから!」

 

 ナツだから、という謎理論にテューズは首を傾げたが、グレイやルーシィ、エルザまでもが頷いており、ナツは普段一体どんな扱いを受けているのかと疑問が沸く。

 しかし、直感的にこれは知らない方が幸せだろうと感じ取ってあまり深くは考えないことにした。

 

「何はともあれ、これで作戦終了だ。みんな、よくやった!!」

 

 ジュラのその言葉に、本当に終わったのだと息をついたグレイは聞きそびれていた疑問を思い出し、振り返ると後ろにいるジェラールを指差す。

 

「んで、あれは誰なんだ? 青い天馬のホストか?」

「うーん……? あんな人居たっけ?」

 

 今日一日を振り返っても記憶にない男に首を傾げ、確かに誰だとルーシィも疑問を覚える。

 そんな2人にこの男はジェラールだとエルザが伝えると、グレイ達2人は衝撃から一瞬固まり、次には驚愕から絶叫した。

 楽園の塔の一件ではジェラールの姿を目にしたことのなかった2人だが、だからといって彼の所業を知らないわけではない。

 予想通りの反応を示す2人に苦笑いを浮かべ、大丈夫なのかと聞いてくるグレイにエルザは問題ないと返す。

 

「今のジェラールは、皆さんの知ってるような悪人じゃないんです!」

「記憶を失ってるらしくて……それに、ジェラールは本当はいい人なんです!」

 

 テューズとウェンディもジェラールを援護するが、ジェラールが楽園の塔の黒幕だと知っているグレイは、はいそうですかと簡単に納得できるはずもなく困惑している。

 そんなグレイにジェラールに危険性はないことを示すかのようにエルザはジェラールの側へ歩いて行き、彼に手を差し出した。

 

「とりあえず、力を貸してくれた事には感謝せねばな」

「……いや、感謝されるような事は……何も……」

 

 気まずそうに顔を逸らすジェラールの様子は、聞いていた人物像とはかけ離れたものだった。

 こちらを一瞥したエルザと目が合い、グレイは溜息を吐くとエルザがそれでいいなら何も言うまいとジェラールに対する警戒を緩める。

 

「お前は、これからどうするつもりだ?」

「これから…?…」

 

 隣に移動したエルザの顔を未だ見れず、俯いたままのジェラールは自身の手をジッと見つめる。

 

「……わからない」

「……そうだな。私とお前との答えも、そう簡単に出そうにない」

「怖いんだ……記憶が戻るのが」

 

 そう漏らしたジェラールの手は、小刻みに震えていた。自分の知らない、過去に犯したのであろう数々の悪行。

 それを思い出した時、自分はまた悪人に戻ってしまうのか、もし仮にそうならなくても自分はその罪を受け止めることができるのか。

 先のことを考えると、不安に押し潰されそうになりどうしようもなく怖かった。

 

「私がついている」

 

 エルザのその一言に、今までジェラールを霧のように包んでいた不安は一瞬で霧散した。

 まるで自分を陰から引き摺り出すように力強く、そして優しい声は、ジェラールの頭の中に驚くほど穏やかに流れ込んでくる。

 ジェラールが顔を上げると、エルザの瞳に自身の顔が映り込んだ。

 

「たとえ再び憎しみ合う事になろうが、今のお前はほっとけない」

「エルザ……」

「私は──」

 

 見ているだけで心が照らされるような、そんな穏やかな笑みを浮かべるエルザの言葉は、突然聞こえた絶叫に阻まれた。

 絶叫を上げ、その場の雰囲気を一瞬で一転させた一夜はパントマイムでもしているかのように、何もない場所をペタペタと触り探っている。

 

「どうした!? おっさん!」

「トイレの香り(パルファム)をと思ったら、何かにぶつかった!」

 

 そう言う一夜の前には目には見えない壁があるようで、どうにかしようと一夜は全身を押し付けるがビクともしない。

 一気に緊張が走り、辺りを見回した面々は自分達を囲むように地面に紫色の文字が刻まれている事に気づいた。

 

「これは──」

「「術式!?」」

 

 いつの間にか閉じ込められてしまった事に驚くと同時に、全方位から近づいてくる無数の足音にエルザ達は警戒を強める。

 そんな一同を囲い込み、白い服に身を包んだ軍勢。片手に長い杖を持つ彼らの服には、十字架のようなマークが刻まれていた。

 

「手荒なことをするつもりはありません。しばらくの間、そこを動かないでいただきたいのです」

 

 軍勢は皆同じ服を着ている中、1人だけ違う服に身を包んだ明らかに上官であると分かる眼鏡の男は、軍勢の前に出てくると一同にそう告げた。

 

「私達は新生評議院、第4強行検束部隊隊長。ラハールと申します」

 

 本部が壊滅し、解散となっていた評議院。彼等が新生評議院として発足されていた事にルーシィ達が驚く横で、テューズ達は情報の処理が追いつかず、体を小さくしていた。

 

「我々は法と正義を守るために生まれ変わった。いかなる悪も、決して許さない」

「オイラ達、何も悪いことしてないよ!?」

「存じております。我々の目的は六魔将軍の捕獲。そこにいるコードネーム"ホットアイ"をこちらに渡してください」

 

 ラハールの言葉に、ジュラは大きく動揺した。

 確かにホットアイことリチャードは六魔将軍の一員であり、評議院の捕獲対象となって当然である。

 しかし、それは以前の彼であればの話。心を入れ替え、善人となったリチャードと共に戦場を駆けたジュラ達二人の間には、確かな友情が芽生えていた。

 

「ま、待ってくれ──!」

「いいのデスヨ、ジュラ」

「リチャード殿……」

 

 リチャードの弁明をしようと身を乗り出したジュラの肩に手を置き、リチャードは静かに首を振った。

 

「たとえ善意に目覚めても、過去の悪行は消えませんデス。私は一からやり直したい。その方が弟を見つけたときに、堂々と会える。デスヨ」

 

 彼の言葉に笑みを浮かべ、ジュラはリチャードが投獄されている間自分が代わりに弟を探そうと申し出た。

 ジュラの申し出に驚きながらも深く感謝し、リチャードは手掛かりとなる弟の名前をジュラに伝える。

 ウォーリー・ブキャナン。

 弟だと言ってリチャードが口にした名前は、エルザのよく知る人物だった。

 

「その男なら知っている」

「なんと!?」

「私の友だ。今は、元気に大陸中を旅して回っている」

 

 突然の告白に固まるリチャードにエルザが無言で頷くと、目に大量の涙を浮かべたリチャードは膝をつき、嗚咽を漏らす。

 

「おぉ……! これが、光を信じる者だけに与えられた奇跡という物デスか! ありがとう……! ありがとう!!」

 

 崩れ落ちたリチャードはその後抵抗することなく評議院に連行され、月明かりに照らされながら穏やかな表情で護送車に乗り込んでいった。

 

「も、もうよいだろ! 術式を解いてくれ……漏らすぞ!?」

 

 六魔将軍のリチャードを捕えた評議院に、もう目的は果たしたのだろうと一夜は内股で頼むが反応は返ってこない。

 それどころか、ラハールは震えながら我慢する一夜を無視し、ある一点を見つめて眼鏡に手をかける。

 

「私達の本当の目的は、六魔将軍ごときではありません」

 

 ラハールの言葉に、再び緊張が走った。闇ギルドの三大勢力であるバラム同盟。その一角である六魔将軍を"ごとき"と言ったのだ。

 六魔将軍など取るに足らない大罪人、それが誰を指しているのかが分かってしまい、エルザの動悸が早くなる。

 

「評議院への潜入、破壊、エーテリオンの投下。もっととんでもない大悪党がそこにいるでしょう──」

 

 そう言ってラハールが指を差した先にいるのは、エルザの隣で顔を伏せる青髪の男。

 

「──貴様だ。ジェラール!」

 

 名を呼ばれ、顔を上げたジェラールと目が合ったラハールは固唾を呑んだ。

 決して表情には出さないが、これから彼が捕らえようとしているのは過去に聖十の称号を持っていた格上。自分達が束になっても、力尽くでは捕らえられないであろう事は分かっていた。

 

「来い。抵抗する場合は、抹殺の許可も下りている」

 

 拳を握り、内心の不安を隠し淡々と言葉を発する。ここで大罪人(ジェラール)を逃すなど露聊かも許されない。故に、ラハールはここで差し違える覚悟すらも固めてきたのだ。

 ラハールが合図を送ると、一同を囲む軍勢の中から複数の男がジェラールを取り囲む。

 抵抗された場合に備えラハールは警戒を強めるが、ジェラールは一切の抵抗を見せずに手錠をかけられた。

 想定していた最悪の事態にならずに済んだ事に安堵したのも束の間、ラハールはすぐに気を引き締める。

 

「ジェラール・フェルナンデス。連邦反逆罪で、貴様を逮捕する」

「待ってください! ジェラールは記憶を失ってるんです! 何も覚えてないんですよ!?」

 

 連れていくよう合図を出すラハールにウェンディは必死に訴えて弁明しようとするが、相手にされるはずもなく彼女の意見は認められない。

 

「ジェラールはニルヴァーナを止めるのに協力してくれました! 今のジェラールは悪い人じゃないんです!」

「……たとえ今記憶がなかろうと、善人だろうと、この先記憶を取り戻す可能性はあるでしょう。そうなれば、この男が善人であり続ける保証はありません。そんな危険な男を、この世界に放ってはおけない」

 

 同じくジェラールを弁明するテューズにそう返し、ラハールは目を瞑る。彼とて今のジェラールを捕らえる事に心が痛まないわけではないのだ。

 本当に記憶がないのだとすれば、今のジェラールは他人(過去の自分)の罪で捕まる事になる。それには同情もするが、それ以上に危険が大きすぎた。

 仕方のない事だと割り切り、ラハールは術式を解くよう部下に指示を出す。するとすぐに術式は解除され、テューズ達を閉じ込めていた透明な壁は消え去った。

 

「でもジェラールは──」

「いいんだ。抵抗する気はない」

 

 食い下がるテューズ達を宥めたのは、他でもないジェラールだった。涙目で見つめるウェンディを見て、ジェラールの表情は辛そうなものに変わる。

 

「君達の事は、最後まで思い出せなかった。本当にすまない……」

 

 そう言って頭を下げたジェラールを見て、テューズは涙を堪えながら唇を噛み締めた。

 本当にテューズ達の事を思い、心を痛めているその姿は彼らの知っている優しいジェラールと寸分も変わらない。

 そんな彼が目の前で連れて行かれるのに、何も出来ない自分の無力さが悔しかった。

 

「……この子達は昔、あんたに助けられたんだって」

「そうです。私がこうしていられるのは、貴方のお陰らしいですから」

 

 俯いてしまったテューズ達に代わり、シャルル達がそう説明する。するとジェラールは空を見上げ小さく微笑んだ。

 

「そうか……オレは君達にどれだけ迷惑をかけたのか知らないが、誰かを助けた事があったのは嬉しいことだ」

 

 微笑みながら、ジェラールはエルザに視線を移す。エルザと呼ぶと、顔を伏せていた彼女と目が合った。

 彼女の言葉に、どれほど励まされただろうか。どれほど救われただろうか。

 彼女との一日にも満たない短い記憶を思い返すと自然と笑みが溢れ、ジェラールはありがとうと心からの感謝をエルザに告げると護送車へと足を進めていく。

 

(止めなければ……私が止めなければ、ジェラールが行ってしまう。せっかく悪い夢から目覚めたジェラールを、もう一度暗闇の中へなど……)

 

 手足は震え、額から汗が伝う。ここで評議院の邪魔をすればジェラールは救われる。

 しかし、そんな事をすれば評議院の矛先は妖精の尻尾(家族)に向けられるかもしれない。そんな考えが脳裏をよぎり、エルザは遠ざかっていくジェラールの背中を見つめた。

 

「死刑か無期懲役はほぼ確定だ。二度と誰かと会うことはできんぞ」

 

 ジェラールとのすれ違い様、ラハールは残酷な現実を口にする。その言葉が、引き金となった。

 目を見開き、震える手を握りしめてエルザは評議院を睨む。ジェラールを連れ戻そうと一歩を踏み出した時、評議院の内の一人が殴り倒された。

 

「行かせるかぁぁっ!!!」

 

 叫びを上げ、突然の事に固まっている評議院を更に殴り倒すナツ。

 ジェラールの元に辿り着くために邪魔な評議院達を力尽くで退かすナツの姿に衝撃を受け、一瞬思考が停止していたラハールは我に返るとナツを止めるよう部下達に指示を出した。

 かかってくる評議院を殴り、蹴り、ナツは押し寄せてくる人の波を無理矢理突き進む。

 

「どけッ! そいつは仲間だ! 連れて帰るんだァ!」

「よ……よせ……」

 

 震える声でジェラールが静止するも、ナツは止まらない。ナツの周囲には倒れた評議院達で埋め尽くされるが、周囲の評議院を倒したかと思えば次は更に大勢が襲いかかってくる。

 ゼロとの戦闘の疲労からかナツは足がもつれ、チャンスとばかりに一人が持っていた杖を振り上げた。

 しかし、横からグレイのタックルを受けて弾き飛ばされる。

 

「行け! ナツ!!」

 

 叫ぶグレイは、ジェラールまでの道を切り開こうと評議院達を薙ぎ倒す。

 

「こうなったらナツは止まらねぇからな! それに、気に入らねんだよ! ニルヴァーナを防いだヤツに、一言も労いの言葉もねぇのかよ!!」

「それには一理ある。その者を逮捕するのは不当だ!」

「悔しいけど、その人が居なくなるとエルザさんが悲しむ!」

「もうどうなっても知らないわよ!」

 

 ジュラ、一夜、ルーシィもグレイの後に続いて評議院達と交戦し始め、ナツはジェラールまであと少しという所まで辿り着き、邪魔をする評議院の間からジェラールに手を伸ばす。

 

「来い! ジェラール、お前はエルザから離れちゃいけねぇ! ずっと側に居るんだ、エルザのために! だから来い! オレ達がついてる! 仲間だろ!!」

「ッ! 全員捕らえろ! 公務執行妨害、及び逃亡補佐だ!!」

 

 ラハールの命令で、彼らの目的は対象の鎮静化から捕縛へと変更。評議院達は本格的に交戦を開始し、戦闘は更に激化していった。

 

「──もういい!! そこまでだ!!!」

 

 乱戦の中にエルザの声が響き、全員が動きを止めた。

 普段の凛とした声は震え、強く唇を噛んだ事で彼女の舌を鉄の味が刺激する。

 

「騒がせてすまない。責任は全て私がとる……ジェラールを……連れて……いけ……」

 

 仲間を守る為に感情を押し殺すエルザの表情は、緋色の髪に隠れて見る事は出来ない。

 ナツ達を止めてくれたエルザにジェラールは口角を僅かに上げ、振り返って大人しく連行される。

 しかし、ジェラールは突然歩みを止めた。過去の記憶は全くと言っていいほど無いが、一つだけ、彼女の髪を見て思い出したのだ。

 

「そうだ……"お前"の髪の色だった」

 

 綺麗な笑顔でそう呟き、ジェラールはエルザに別れを告げると護送車の中へと消えていく。

 評議院達はジェラールを連れて立ち去り、辺りは先ほどまでの乱闘が嘘のように静まり返る。

 誰も言葉を発せずに立ち尽くしていると、エルザは一人樹海の奥へと消えていった。

 

 

 

 

「エルザ、どこいったんだろ……」

「……暫く一人にしてあげよ?」

「あい……」

 

 エルザを心配するハッピーはルーシィに促され、耳と尻尾を垂らしながらその場に座り込む。

 六魔将軍との戦いに勝ち、ニルヴァーナを防ぐ事にも成功した。だというのに彼らは暗い雰囲気に支配されていた。

 

『誰かを助けた事があったのは嬉しいことだ』

 

 記憶がなかろうとあの時の表情はテューズの記憶の中のジェラールと同じ優しげなもので、あの表情が頭から離れない。

 

(もう会えないなんて……そんなの嫌だよ。やっと会えたのに、まだ何も恩返し出来てないのに……)

 

 膝を抱え、顔を埋めると目から涙が溢れ出てくる。6年前に出会い、別れ、それからずっと再会できる時を待ち望んでいた。

 漸く、漸く再会出来たのに彼には記憶がなく、ちゃんと話す時間さえもなかった。こんなのはあんまりだろう。

 

『二度と誰かと会うことはできんぞ』

 

 ラハールの言葉が深く胸に突き刺さる。今のジェラールは何もしていないのにこれから一生を牢の中で過ごすか、記憶にない罪によって命を奪われる。

 救いの無い現実。もうジェラールに会う事は出来ないという事実に、胸が張り裂けそうになった。

 それでも乗り越えようと思えたのは、自分と同じように悲しんでいる人がいるから、自分よりも悲しんでいる人がいるから。

 ジェラールだって、きっと悲しむ事は望んでいない。そう思い涙を拭ったテューズが顔を上げると、空は美しい緋色に染まっていた。

 こうして、暖かい朝焼けに包まれて長い一日は幕を閉じた。

 

 

 

 

 テューズ達のギルドである化猫の宿(ケットシェルター)に招待され、集落まで案内された連合は男女に分かれて別の家に通される。

 すると、そこには様々な服が広がっていた。その内の一着を着用し、グレイは鏡の前で自分の姿を確認する。

 

「結構イケてる服だな。どうだ、似合うか?」

「あ……えぇと……」

「服を着てから言え。いくら何でも脱ぐのが早すぎだろう……」

 

 着用してから僅か数秒で服を脱いだグレイに何と返せばいいのか分からず、苦笑いを浮かべていたテューズ。

 そんな彼を見かねたリオンにそう指摘されグレイはバツが悪そうに目を逸らす。

 

「あー……あれだ、速ぇ事はいい事だっていうだろ……」

「だからと言って数秒で脱ぐバカが何処にいる……」

 

 弟弟子の醜態にリオンがやれやれと嘆息をつくと、グレイは目を細めてリオンを指差した。

 

「すぐ服を脱ぐバカならオレの目の前にも居るぞ」

「……? 何をバカな事を言って──ぬぉ!? いつの間に!?」

 

 疑問符を浮かべ、自分の姿を確認したリオンは驚愕した。

 鏡に写る自分は先ほど身につけた筈の衣服は着ておらず、鍛え上げられた肉体を晒していたのだ。

 人のこと言えないだろと冷ややかな視線を送るグレイに、リオンは青筋を立てる。

 

「少なくともお前よりはマシだがな! オレの方が長い時間着ていた!」

「あぁ!? 大して変わらねぇだろうが! ガキかてめぇは!」

「むむ、何やら楽しげな香り(パルファム)が……」

「あ、一夜さん! 皆さんも!」

 

 グレイとリオンが火花を散らしていると、すんすんと匂いを嗅ぎながら一夜が建物の中に入ってくる。

 その後ろからトライメンズも姿を現し、駆け寄って行ったテューズは彼らにも衣服を勧めようとしたが、ある点に気付いて首を傾げた。

 

「……皆さん、服が綺麗になってます?」

 

 六魔将軍との戦いで衣服がボロボロになってしまい、それが理由で彼らはここで代わりの衣服を身につけていたのだが、一夜達はそんな必要はないほど綺麗なスーツを着ている。

 だが、少なくともテューズの記憶ではヒビキ達のスーツは所々破れていたし、一夜に至っては肥大化した筋肉によって彼のスーツは弾け飛んでいた筈だ。

 

「紳士たるもの、服の替えの1着や2着は用意しているものさ」

「この近くに、連合の集合場所になっていた建物があっただろう? あそこは僕達青い天馬(ブルーペガサス)の別荘だから……」

「ふらっと居なくなったと思ったら、そんなもんを取りにあそこまで戻ってたのかよ……」

 

 化猫の宿に来る際、クリスティーナと共に墜落したリオン達と合流してからここまで来たテューズ達。

 合流してから化猫の宿に辿り着くまでの間に、一夜達は気づくと姿を消していた。

 何かあったのでは心配をしていたグレイは思ってたよりもずっと下らない理由に呆れ、ため息を漏らす。

 

「見ろよハッピー! こっちの服、ハッピーがいんぞ!」

「あい!」

「いや、それただの猫の模様だろ」

 

 猫模様の服を引っ張り出し、興奮するナツにツッコミを入れるグレイ。騒ぐナツや一夜達を見回し、ここにはバカしかいないのかとグレイは頭を掻いた。

 

「この模様……もしや、これらは全てここで作られたのか?」

「そうですね。ここは集落全部がギルドになっていて、織物の生産も盛んなんです」

「なるほど。道理で……」

 

 化猫の宿というギルド名の通り、ここで生産された衣服は猫や肉球といったギルド名に関する模様が施されている。

 その模様からもしやと考えたジュラは自身の考えが正しかったと知り、服を1着手に取るとまじまじと眺めて瞠目した。

 

「という事は、これがニルビット族に伝わる織り方っていうやつなのかい?」

「そう……なんですかね?」

 

 イヴもジュラと同様に疑問をぶつけてみるが、テューズからの反応は微妙なものだった。

 テューズ自身も化猫の宿に所属しているとは言え、ニルビット族の事は今回の件で初めて知ったのだ。

 これがニルビット族の織り方かどうかなんて知っている訳もなかった。

 

「そういや、オレ化け猫の宿ってギルド、今回で初めて聞いたぞ?」

「あい、オイラも聞いたことなかったよ」

「え……? うわぁ、うちのギルドってそこまで無名だったんですね……」

 

 思い出したように呟いたナツの言葉にハッピーも同意し、テューズが皆を見回すとグレイやリオンも首を横に振る。

 あまり他と関わりを持つギルドでない事は知っていたが、これほど無名だとは思っていなかったテューズはショックを受けて肩を落とした。

 

「ここで話すのもいいが、ローバウル殿を待たせるのも気が引ける。そろそろ行くとしよう」

「そうですね……それじゃあ行きましょうか……」

 

 大事な話があるから、着替え終えたら呼んでほしい。そう言っていたローバウルの事を思い出したジュラにより、一同は建物から出てローバウルの元へ向かう。

 ローバウルは集落の中央に位置する広場でギルドの全員と共に待っており、テューズ達が来た少し後に女性陣も広場に到着した。

 

「妖精の尻尾、青い天馬、蛇姫の鱗、そしてウェンディ、シャルル、テューズ、フィール。よくぞ六魔将軍を倒し、ニルヴァーナを止めてくれた。地方ギルド連盟を代表して、このローバウルが礼を言う」

 

 全員が集まった事を視認したローバウルは真面目な面持ちで口を開き、感謝を伝えるとナツ達は照れ臭そうに笑みを浮かべた。

 

「なぶら、ありがとう」

「どういたしまして! マスター・ローバウル。六魔将軍との激闘に次ぐ激闘! 楽な戦いではありませんでしたが、仲間との絆が我々を勝利に導いたのです!」

「さすが先生!」

 

 様々なポーズを決める一夜の後方で、トライメンズは一夜を称えて拍手を送る。

 一方、蛇姫の鱗の方ではジュラがリオンとシェリーの肩を抱き、二人に労いの言葉を送っていた。

 

「この流れは宴だろ!」

「あいさー!」

 

 満面の笑みではしゃぐナツ達に続き、宴という言葉を聞いた青い天馬の面々は、場を盛り上げるために手拍子を鳴らしながら一斉に踊り出す。

 

「ハイハイ! 一夜が!」

「「「一夜が!?」」」

 

「活躍!」

「「「活躍!」」」

 

「ワッショイ! ワッショイ!」

「「「ワッショイ! ワッショイ!」」」

 

「さぁ、化け猫の宿の皆さんもご一緒にィ!?」

 

 ナツやグレイ達も踊りに参加し、一夜は化猫の宿のメンバー達にも参加してもらおうと手を差し伸べる。

 しかし彼らは全くと言っていいほど反応を示さず、先程までのお祭り騒ぎは一瞬にして消え去ってしまった。

 

「皆さん、ニルビット族の事を隠していて本当に申し訳ない」

「そんな事で空気壊すの?」

「全然気にしてねーのに。な?」

 

 こういう重い雰囲気より、楽しいお祭り騒ぎの方がいいとナツとハッピーは口を尖らせ、テューズとウェンディは自分達も気にしてませんよとローバウルに言葉を送る。

 しかし彼の表情は依然変わらず、この場は重い雰囲気に支配されていた。

 

「皆さん、ワシがこれから話す話をよく聞いてくだされ。まず初めに、ワシらはニルビット族の()()などではない。ニルビット族そのもの。400年前、ニルヴァーナを作ったのはこのワシじゃ」

 

 ローバウルの告白に衝撃が走った。末裔ではなくニルビット族そのもの。ましてや400年前にニルヴァーナを作ったなど、普通の人間ではありえない。

 人間は400年間も生きることなど不可能であり、もし仮にいるとしたら不老不死くらいだろう。

 普段であれば冗談だと思うような突拍子もない話であるはずなのに、ローバウルの言葉にはそれが冗談ではないと思わせるような何かがあった。

 この話を聞いたら最後、もう今までのようには戻れない。直感的にそれを感じ取ってしまい、テューズは金縛りにでもあったように体の自由が奪われた。

 

「400年前、世界中に広がった戦争を止めようと、ワシは善悪反転の魔法平和の国(ニルヴァーナ)を作った。平和の国(ニルヴァーナ)はワシらの国となり、平和の象徴として一時代を築いた。しかし、強大な力には必ず反する力が生まれる。闇を光に変えた分だけ、平和の国(ニルヴァーナ)は闇を纏っていた」

「マス……ター……?」

 

 ローバウルの話の先が何となく良くないことだと分かってしまい、テューズの動悸が激しくなる。目は乾いているというのに瞬きする事が出来ず、唇は震えて上手く言葉を発する事が出来ない。

 これ以上は聞きたくない、聞いてはいけない。

 なのに、テューズは頭が真っ白になってただ立ち尽くす事しか出来なかった。

 

「……バランスを取っていたのだ。人間の人格を無制限に光に変える事はできなかった。闇に対して光が生まれ、光に対して必ず闇が生まれる。人々から失われた闇は、我々ニルビット族に纏わりついた」

 

 テューズ達が目にしたニルヴァーナの上に存在するあの大きな古代都市。

 6本の足に持ち上げられ、そう簡単に外部から侵入することのできなかったあの都市。

 だがそれは内側からの脱出も困難である事を意味する。そんな逃げ場のない場所で溜め込んだ闇が解き放たれてしまえば、どうなってしまうかなど想像に難くない。

 

「地獄じゃ……ワシ等は共に殺しあい、全滅した。生き残ったのはワシ一人だけじゃ。いや、今となってはその表現は少し違うな……我が肉体はとうの昔に滅び、今は思念体に近い存在。ワシはその罪を償うため、また、力なき亡霊(ワシ)の代わりにニルヴァーナを破壊できる者が現れるまで、400年見守ってきた」

 

 当時を思い返し、悲しげな、辛そうな表情だったローバウルはテューズ達を一瞥すると、僅かに笑う。

 

「今、ようやく役目が終わった」

「そ、そんな話……」

 

 涙を浮かべ、震えるテューズ達を見たローバウルは申し訳なさそうに顔を伏せる。

 するとローバウルを含めた化猫の宿のメンバー達の体が輝きだし、ローバウルの後ろにいるギルドメンバー達は次々に消え去っていく。

 

「なにこれ!?」

「マグナ! ペペルも……!」

「あんた達!」

「どうして……!?」

 

 人間が次々に消える光景に、ウェンディ達だけでなくその場にいる全員が目を見開いて自分の目を疑った。

 昨日まで共に暮らしていた仲間達が消えていき、ウェンディ達は消えないでと泣き叫ぶが状況は変わらない。

 

「騙していてすまなかったな。ギルドのメンバーは皆、ワシが作り出した幻じゃ」

 

 その告白に全員が言葉を失った。人格を持つ幻を作り出すなどそうそう出来る事ではないのに加え、このレベルの幻であれば、それこそ聖十の称号を持つ者達ような強大な魔力が必要になる。

 ローバウルが作り出した幻は一人や二人ではなく、ギルド一つ分の膨大な数を作り出しているのだ。

 それも7年間絶え間なく、共に暮らしてきたウェンディ達が気づかないほどの精度を保ったまま。

 

「ワシはニルヴァーナを見守るため、この廃村に"一人"で住んでいた。7年前、一人の少年がワシの所に来た」

 

『この子を預かってください!!』

 

 そう言って突然訪れた少年は手に幼い少女を抱えており、ローバウルは少年のあまりに真っ直ぐな眼に断る事が出来ず、一人でいようと決めていたのについ承諾してしまった。

 

『おじいちゃん、ここどこ?』

『こ、ここはじゃの……』

『ジェラール……私をギルドに連れていってくれるって……』

 

 目を覚ました少女が今にも泣き出しそうな顔で不安げに呟くものだがら、ローバウルはついここが魔導士ギルドだと嘘をついてしまったのだ。

 その言葉が嘘だとは知らずに少女は嬉しそうに顔を上げ、ローバウルは外に出るよう少女に促す。外に沢山の幻を作り上げて。

 これがこのギルドが出来た理由。たった一人の少女の為についた優しい嘘を、ローバウルは7年間つき続けてきた。

 

「じゃあ、このギルドはウェンディのために作られた……」

「そんな話聞きたくない!! バスコもナオキも消えないで!」

 

 両手で耳を塞ぎ、ウェンディは立ち尽くすテューズの隣で悲痛な叫びを上げる。

 しかし彼女の願いも虚しく、名を呼ばれた二人は笑顔で消えてしまった。

 

「ワシは不安じゃった。いつかこうなることはわかっていた。ウェンディに真実をはなし、別れる時が……」

「いやぁっ! お別れなんてしたくないっ!」

 

 咽び泣くウェンディに優しげな笑みを送ると、ローバウルは隣のテューズに視線を移す。

 

「だが、ある日ウェンディが一人の少年を連れてきた」

 

 ウェンディと同じく竜を親に持ち、そしてある日突然育て親の竜が消えてしまうという、同じ境遇の少年。

 年も近く、すぐにウェンディと打ち解けた少年を見てローバウルの中にあった不安はその時に消えた。

 シャルルだけじゃない。この少年がいれば、いつかその時が来た時にウェンディは現実を受け止め、乗り越えられる。そう思った。

 

「テューズが来てくれたお陰で、ワシは安心して行く事が出来る」

「やだ……やだよ! 僕が居るせいでマスターがいなくなるなら、僕は化猫の宿(ここ)にいられなくてもいい! だから……だから行かないで……マスター……」

 

 崩れ落ち、絞り出すように泣き叫ぶテューズにローバウルは首を横に振る。

 そして、涙を流す二人の後ろを指差すとローバウルは満面の笑みを浮かべた。

 

「ウェンディ、テューズ、シャルル、フィール、もうお前達に偽りの仲間はいらない。本当の仲間がいるではないか」

「「ッ! マスター!」」

 

 ローバウルの体の光が、消えていった者達と同じように強まって行く。それと同時に二人は地面を蹴り、ローバウルの元へ駆け出した。

 思い残すことはないとでも言うような、とても穏やかな表情で消えて行くローバウル。

 テューズが必死に手を伸ばしたが、後少しの所で間に合わずに虚しく空を切った。

 

『お前達の未来は始まったばかりだ。皆さん、本当にありがとう。この子達を頼みます』

 

 消えたローバウルの声だけが響き、膝をつくテューズ達の肩にある紋章も最初から無かったかのように光となって消えていった。

 その光景にシャルルとフィールは手を取り合い、涙を堪えて視線を逸らす。

 

「マスター……何で……僕は、貴方に助けられて……居場所をもらって……! なのに、まだ貴方に何の恩返しも出来ていないのに……!」

 

 拳を握り、大粒の涙を流すテューズの姿。それがグレイには過去の自分と重なって見えた。

 大切な恩人に救われ、居場所をもらい、そして何の恩返しも出来ないまま失った。

 だからなのか、自然と体が動き、グレイはテューズの下へ行くと蹲る彼の背中に手を添える。

 それと同時にエルザも足を踏み出し、彼女は泣き崩れるウェンディの下へと向かった。

 

「オレも、大切な人を失った。その辛さはよく分かる」

「だが、愛する者との別れの辛さは仲間が埋めてくれる」

 

 声をかけられ、顔を上げたテューズ達とそれぞれ目を合わせ、エルザ達は二人に優しく微笑む。

 

「「来い──妖精の尻尾(フェアリーテイル)へ」」

 




・海竜の咆哮ー口から水の竜巻のようなブレスを放つ。テューズの意思で切り裂く・砕く・貫くなど水の性質の変化が可能。しかし性質変化は殺傷力が上がるためテューズはあまり好んで使わない。
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