FAIRY TAIL 海竜の子   作:エクシード

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7月7日

 いつも通りに瞼を開け、映る光景はいつもと変わらぬ天井。体を起こし、今日の日付を確認する。

 

 7月7日。

 

 忘れるはずもない、リヴァルターニが姿を消した日。否、リヴァルターニだけではない。ウェンディやナツ達を育てたドラゴンも、同じ日に姿を消したという。

 寝室を出たテューズは眠そうに瞼を擦ると大きな欠伸をし、鼻腔を刺激する香ばしい香りに釣られてフラフラとリビングへ向かった。

 

「ん……おはよう……」

「おはようございます。髪、跳ねてますよ?」

 

 先程の香りの正体であるパンを片手に、フィールはクスリと笑いながらパンを口に含み、コーヒーを流し込む。

 足元のおぼつかないテューズがフィールの隣に腰をかけると、シャルルは食事の手を止めてテューズをジロリと睨んだ。

 

「先に顔、洗ってきたらどうなの?」

「ん……」

 

 聞いているのか聞いていないのか、船を漕ぐテューズの様子に、これはダメだとシャルルは嘆息する。

 その様子に苦笑を浮かべていたウェンディは、対面に座るテューズの行動に目を見開いた。

 寝ぼけているテューズがマグカップを手に取ったのだが、それはテューズの物ではなくフィールのマグカップ。

 それに気づかないまま口に運ぼうとするテューズを、三人は慌てて制止しようとした。

 

「あんた、待ちなさい!」

「ダメだよテューズ!」

「それは私の──」

 

 しかし彼女らの言葉は届かず、テューズはマグカップに口をつけると中の液体を口の中に流す。

 刹那、自分達の制止が間に合わないと判断するや否や、対面に座っていたウェンディとシャルルは自身のパンとマグカップを手に取り、飛び引くように横へと跳んだ。

 直後、一瞬にしてテューズの口内に苦味が広がり、今まで眠そうにしていた目が見開かれる。

 そしてテューズは盛大に、これでもかというほどに口の中の黒い液体を吹き出した。

 

「う"ぐッ……! ゲホッ……!」

 

 マグカップを置いてテーブルを掴み、背中を丸めたテューズは何度か咳き込んで唸り声を上げる。

 予想通りコーヒーをぶち撒けたテューズにフィールは片手で頭を押さえ、首を振ると嘆息した。

 だから止めたのに、と。

 

「うぇ……にが……苦い……!」

 

 片手で喉を押さえ、舌に残る苦味にテューズは涙を浮かべる。

 呆れながらもフィールがテューズの背中を摩っていると、ウェンディはミルク入りのマグカップを、そしてシャルルは雑巾をテューズの前に置いた。

 

「大丈夫?」

「後始末、ちゃんとやっておいてちょうだい」

 

 ウェンディから渡されたミルクを一気に飲み込み、深呼吸したテューズは謝罪を述べると雑巾でテーブルを拭き始める。

 昔から、テューズはコーヒーが苦手だった。

 まだ彼らが化猫の宿(ケットシェルター)に在籍していた頃、フィールやシャルルが飲んでいたコーヒーに興味を持ち、テューズとウェンディが試しに飲んでみたことがあった。

 その強烈な苦味にウェンディは顔を顰めていたが、テューズの反応はそんなものではなく、口に含んだ分の全てを吹き出しその場でのたうち回っていたのだ。

 曰く、コーヒーを飲むくらいなら泥水を食べる方がマシだとか。

 

「……本当にコーヒー嫌いですよね」

「うぅ……ごめんね……」

「別に気にしてないよ。私も梅干しは苦手だし……」

「あんた達、そういうのはちゃんと克服しておきなさいよ……?」

 

 吹き出したコーヒーの全てを拭き終え、席に着いたテューズは肩を丸めて小さくなる。

 そんな朝を迎え、身支度を整えた一行はギルドへと向かった。

 

 

 

 

「あ ! ウェンディ! テューズ!」

 

 キョロキョロと周囲を見渡していたルーシィは、扉を開けてギルドに入ってきたテューズ達を見つけると手を振りながら駆け寄って行く。

 呼ばれたテューズ達もルーシィに気づき、手を振り返す。

 

「二人とも今夜予定はある?」

「いえ、何もないですよ」

 

 そう答えたテューズがウェンディに確認の視線を向けると、彼女はそれに頷いてテューズの意見に同意する。

 二人の予定がない事に胸を撫で下ろしたルーシィは、ニヤリと口角を上げた。

 

「二人は7月7日にある七夕っていう行事、知ってる?」

 

 七夕、という初めて聞く言葉に、二人は顔を見合わせる。次に一緒にギルドへ来ているシャルル、フィールに視線を向けると、二人は首を横に振った。

 言葉自体は知ってはいるが、所詮その程度の知識。それが何かを説明出来る程の知識は、残念ながら持ち合わせていなかった。

 そんな彼らに、ルーシィは大まかなあらすじを説明する。

 働き者の彦星と織姫が結婚したが、結婚した二人は仕事をしなくなり、それに怒った神様が彦星を天の川の向こう側に追いやり、離れ離れにしてしまったこと。

 悲しみのあまり泣いてばかりいる織姫を憐れに思い、神様は二人が一年に一度だけ会えるようにした。その日が7月7日であること。

 

「どう? ロマンチックでしょ!」

「一年に一度だけ会える……素敵です!」

 

 ルーシィに同意し、ウェンディは目を輝かせる。テューズに関してはそうなんだ程度にしか感じなかった話だが、少女達からすると乙女心をくすぐる話だったらしい。

 

「それにしても、よくそんな事知ってたわね。七夕なんて、何処かで聞いたことあるくらいだったけど」

「クリスマスなどに比べてかなり小さな行事と認識していました。現に、当日である今日になってもあまり耳にしませんし」

 

 七夕というイベントは、あまり世間に浸透してはいなかった。フィールの言葉通り、今日が七夕当日だというのに街は普段と変わらない。

 こういったイベント行事が好きであろう妖精の尻尾(このギルド)も、これといって騒ぎ立ててはいなかった。

 

「ほら、私って星霊魔導士だから、星について色々調べてるの」

 

 照れくさそうに笑うルーシィから星霊への深い思いを感じ、テューズ達は自然と頬が緩む。

 七夕は天の川について調べている時に知ったのだと補足し、ルーシィはでも……と言って視線を落とした。

 

「折角だから今夜はみんなで集まろうって話をしてたのに、ナツったら気が乗らないからオレはいいとか言って来ないのよね……」

 

 こういうの好きそうだと思ったのにとルーシィは愚痴を零していたが、テューズには何となくナツの気持ちが理解できた。

 7月7日はナツのようにドラゴンに育てられた滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)からすると、大切な親と離れ離れになった、あまりいい思い出があるとは言えない日になっていたから。

 

「ウェンディ達は来れる?」

「問題ないですよ。ね?」

「……ウェンディが行くなら仕方ないわね」

 

 ウェンディに続き、シャルルの参加も決まる。フィールからどうするのかという視線を送られていたテューズも、頷いて参加する事を示す。

 正直に言うと、ナツ同様気が乗らないという思いはあった。しかし折角の誘いを断るのも気が引けるし、何よりいい気分転換になりそうだ。

 そんな思考があっての判断、ルーシィは彼女らの参加に手を合わせて喜んだ。

 

「集合は夜、場所は私の家だからね。それじゃ私、もう一回ナツ誘ってくる!」

 

 そう告げたルーシィはギルドを飛び出していき、残されたテューズ達は夜までの時間潰しも兼ね、依頼板から手頃な仕事を探して受注する。

 手に取ったのは猫探しの依頼。最近は専らこのような仕事ばかりを受けていた。

 こんな雑用を魔導士に頼むなと不服を漏らす者もいるが、魔導士も仕事がなければ生活できない。

 故にこのような小さな仕事も数多くギルドに寄せられており、戦闘能力の低いテューズ達のような魔導士からすると安全にお金を稼げるありがたい仕事となっていた。

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 夜空に星が輝き始めた頃、マグノリアの街を歩く少年は頬の傷を摩りながら溜息をついた。

 原因は受注した猫探しの依頼。

 ウェンディのお陰で傷は癒えたが、今日の出来事を振り返ると溜息をつかずにはいられなかった。

 

「大丈夫? まだ何処か痛む?」

「いや、それはもう大丈夫……」

 

 心配してくるウェンディに苦笑と共にそう返し、テューズは先程の事を思い返す。

 探していた猫を見つけたあの時、テューズはつい気が緩んでしまっていた。故に何かに躓いてしまい、猫の尻尾を踏んでしまった。

 それからは大変だった。

 屋根から屋根へと飛び移る猫を追って屋根から転げ落ちたり、捕まえようと飛び込んだものの見事に躱され、頭から地面に衝突したり、捕まえたと思ったら頬に3本線の切り傷を付けられたりと、それはもう大変だった。

 其の癖猫は尻尾を踏んだテューズから逃げていただけだったようで、ウェンディが呼びかけると自分から寄ってきて大人しく捕まったのだ。

 一体自分は何のためにあんな苦労をしたのかと思うと、一気に疲れが押し寄せてきた。

 

「シャキッとしなさい。もうルーシィの家に着くわよ」

「……はーい」

 

 シャルルの言葉に不服そうに唇を尖らせたテューズだったが、こんな暗い表情を見せて盛り下げる訳にもいかない為、自身の両頬を挟むように叩いて気を取り直す。

 そうこうしてる間にルーシィの家に到着したようで、窓からは明かりと共に騒ぐ声が漏れていた。

 如何やら、ルーシィはナツを誘う事に成功したらしい。

 扉をノックして少し待つと、ルーシィによって家の中に招き入れられる。

 

「いらっしゃい、みんな!」

「「「お邪魔します」」」

「邪魔するわよ」

 

 笑顔で出迎えるルーシィに頭を下げたテューズ達に気づき、グレイはここに座れと手を招いた。

 

「まぁ適当にくつろいでくれや」

「いやぁわりぃな、こんな汚い家で」

「ここ私の家! 私の台詞! てか汚くしたのあんた!!」

 

 まるでここが自分の家であるかのように振る舞うグレイとナツにルーシィが吠えるが、二人は全く気にしていない。

 反省する様子もなく料理を食い散らかすナツにルーシィは頭を押さえ、そんなルーシィにテューズ達は同情の視線を送った。

 

「ん、ウェンディ達も来ていたのか?」

 

 後ろから声をかけられ、ウェンディ達は振り返る。

 そこに居たのは、パジャマ姿で濡れた髪をタオルで拭くエルザだった。

 お風呂上がりのようで、エルザの頬は紅潮し体からは湯気が出ているように見える。

 

「ちょっとエルザ!? また私の家のお風呂勝手に入ったの!?」

「あぁ、いい湯加減だったぞ」

 

 ルーシィにそう返したエルザは片手で頭を拭きながら、ルーシィの横を素通りしてベッドに腰をかけた。

 

「ウェンディ達も今日は寛いでくれ」

「だからそれ私のセリフだから! それにあんた達は寛ぎ過ぎよ!」

 

 自由奔放なナツ達に振り回され、息切れを起こしたルーシィは肩で息をしながらゆっくりと振り返る。

 

「……まぁ、ゆっくりしていってね」

 

 そう言って笑いかけるルーシィは既に疲労の色が見えた。

 しかし、その表情は相も変わらず騒ぎ続けるナツ達に視線が向けられた時には微笑みへと姿を消していた。

 

「いつまでそこで突っ立ってんだ。こっち座れよ」

 

 手招きするグレイに従ってテューズが隣に腰を下ろすと、グレイはテューズの皿に次々と料理を持っていく。

 食べ切れないであろう量が盛られていき、顔を引き攣らせたテューズはグレイにこんなには食べられないですよと訴えかける。

 しかしそんな訴えは意味をなさず、ちゃんと食わなきゃでかくならねぇぞとグレイの手は止まらなかった。

 

「肉ばかりじゃないですか……テューズに食べさせるのであれば、もっと栄養バランスを考えてください」

「大丈夫大丈夫、こんくらい問題ねぇだろ」

「なっ!? こういった少しの積み重ねが──いえ、もういいです。言うだけ無駄でしょうね……」

 

 次のテューズの食事は野菜を山盛りにしなくてはと密かに誓い、フィールはグレイから視線を逸らす。

 そうして視線を逸らした先、テーブルに並んだ料理の横に何枚かの小さな紙が置かれている事に気づいた。

 一枚一枚色の違うそれらをどのような用途で使うのか想像が出来ず、フィールはルーシィに対して疑問をぶつけてみる。

 

「ルーシィ、この紙は一体……?」

「うん? あぁそれね。短冊っていって、それに願いを書いて笹に飾るとその願いが叶うらしいの。後でみんなで書こうと思ってたんだ」

 

 既に短冊がついた笹を手に取り、ルーシィは見本としてみんなにそれを見せる。

 願い事こそ書かれていなかったが、様々な色の短冊が飾り付けられた笹は鮮やかなものだった。

 

「ねぇねぇルーシィ、ルーシィは短冊に何を書いたの?」

「ひ・み・つ」

「うげぇ」

 

 艶かしい表情でウインクをしたルーシィを見て、ハッピーは苦虫を噛み潰したかのように顔を顰めた。

 

「うげぇって何よ。うげぇって!」

「オイラそんな事言ってないよ?」

「あんたの記憶力はどうなってんのよ!」

「あい、オイラ猫ですから。猫の記憶力です」

 

 涼しい表情でしらを切るハッピーに青筋を立て、ルーシィはワナワナと震える拳を握りしめる。

 笑顔を貼り付けたルーシィと目が合い、その拳が何処に飛んでくるのかを察したハッピーは急いでナツの下へと駆け寄った。

 

「ナツゥ! ルーシィがいじめるよ!」

「そのくらいにしてやれよ。ハッピーが可哀想だぞー」

「私が悪いのかしら!?」

 

 ルーシィにそう述べたナツは笑いながら料理に手を伸ばし、ルーシィは眉間を押さえた。もう慣れたことではあるが、自由すぎる。

 ハッピーはシャルルへのアプローチへ向かっており、もうルーシィの事は忘れている様子。

 その様子に聊かの苛立ちを覚えながら振り向いたルーシィの視界には、下着しか着用していないグレイが飛び込んできた。

 

「おいルーシィ、この短冊ってやつなんだが──」

「ちょッ!? あんたは私の家で服を脱ぐな!!」

「うぉ!? いつの間に!?」

 

 自身の格好を見て驚愕するグレイを横目に、ルーシィはその奥へ視線を向ける。

 そこにあったのは脱ぎ散らかされたグレイの服。いい加減人の家で脱ぎ散らかすのはやめて欲しい。

 などと考えていたルーシィは、もう一度グレイに視線を戻した。昔は平然とパンツ一丁でいる彼に面食らっていたが、今となっては慣れたもの。慣れたくはなかったのだが。

 

「この短冊ってやつ、もう書いちまってもいいのか?」

「え? まぁ別にいいけど」

 

 ルーシィから返答を受け、グレイは席に戻ると筆を持って短冊を見つめる。

 そのグレイに続き、テューズ達も短冊を手に取った。

 

(願い事……か。どうしようかな)

 

 願い事と言っても、所詮は風習。書けば絶対に叶うなど、魔法の存在するこの世界でもあり得ない。

 しかし、だからと言って真面目に考えないわけではないのだ。皆、悩みながらもそれぞれの願いを短冊に記し、ルーシィに手渡す。

 それを受け取ったルーシィは、それらの願いが叶うよう祈りを込め、一つ一つ丁寧に笹へと飾り付けていく。

 

「叶うといいね、シャルル」

「……そうね」

 

 ウェンディから目を逸らし、シャルルは笹を見つめる。

 願いが込められた短冊が一つ飾り付けられれば、笹には一つ色が増える。赤や黄色、色とりどりの願い()を纏った笹を見ていると、不思議と願いが叶うのではないかと夢想していまう。

 こんな事をしたところで、現実は変わらない。だがそれでも願ってしまうのだ。使命も何も忘れて、この先も彼女達と平和に生きていきたいと。

 

(……馬鹿ね)

 

 自嘲気味に笑うシャルルが何気なく空を見る。そして、その先に広がる景色に目を奪われた。

 

「あ! みんなあれ見て!」

 

 シャルル同様、夜空を見上げていたルーシィが興奮気味に指を差す。

 黒く染まった空には星々が宝石のように輝く中、一際大きな存在感を放つのは雲状の光の帯。

 

「あれが天の川か。絶景だな」

「でしょでしょ! それで、あれが織姫!」

 

 緋色の髪を耳にかけ、夜空を眺めるエルザにルーシィは目に見える星座について解説していく。

 目を輝かせる彼女達の横で空を見上げていたシャルルは、気配に気づき振り返った。

 

「この先も、ウェンディ達と居られるように……叶うといいですね」

「……人の短冊を盗み見るなんて、いい趣味してるわね」

 

 笑顔でそう言ってきたフィールに悪態を吐き、シャルルは逃げるように再び夜空に視線を戻す。

 嫌な言い方をした。と心の中で溜息をついたシャルルの隣に立ち、フィールはシャルルの横顔をジッと見つめる。

 そして、クスリと笑みを溢した。

 

「その顔を見れば、何を書いたかなんてものは大体の予想がつきますよ。私も、同じようなものですから」

 

 そう告げると、フィールもシャルルと同じ方向を見つめる。

 乞い願わくは、どうかこれ以上二つの世界が交わりませんように。どうか、この使命が果たされることがありませんように。

 力のない自分達では、有事の際にテューズ達を守り通せる保証はない。だからこそ切に願う。無力な自分を呪いながら。

 

「テューズは短冊になんて書いたの?」

「……言わなくても分かるでしょ?」

 

 苦笑を浮かべたテューズが言葉を返すと、ウェンディは言われた通り、彼が何を書いたのかを察して目を伏せる。

 7月7日。どれだけ仲間と騒いだところで、嫌が応にも思い出さずにはいられない。

 消えたドラゴンの行方は未だに何一つ分からないまま、月日だけが流れていく。一体どこで何をしているのか。そもそも生きていてくれているのか。

 7年間も探し続けているが、手がかりと言えるものは何一つとして見つからなかった。

 

「もう7年だもんね……」

 

 歳月が流れるのは早いもの。気づけばドラゴンに育てられた期間より、ドラゴンを探している期間の方が多くなっている。

 いつになったら再会できるのか。もうこのまま会えないのではないか。思考が段々と後向きに変わっていき、テューズは気持ちを切り替えようと両頬を挟むようにして叩いた。

 そうして顔を上げると、引き込まれそうなほど綺麗な星々が目に入る

 何処かにいるであろうリヴァルターニも、同じようにこの空を見ているのだろうか。

 

「……会いたいな」

 

 ボソリと零れ落ちるように呟かれた、本人でさえも気づかない程に小さな言葉は、誰の耳にも入らなかった。

 

 

 

 

 深く、冷たく、暗い深淵。世界を水が満たす深海の世界。

 海底から上昇してくる気泡達と幾度となくすれ違いながら、小さな光は下を目指して潜っていく。

 この暗い世界には不釣り合いのように思える、まるで妖精のようなその光。

 途方もない深さをひたすら潜り続け、漸く目的地へ辿り着いた光はその場で漂い揺々と辺りを照らす。

 

「……何の用だ」

 

 暗闇の底から、不機嫌そうな声と共に鋭い眼光が光に向けられた。常人であれば思わず息を飲むようなプレッシャー。

 明らかに自分の訪れを歓迎していないであろうその様子に、光からは溜息が落とされた。

 

『用がなければ話すことも許されないのかしら? 私と貴方の仲でしょう?』

「黙れ。我々の干渉は禁じられている。それは貴様もよく知っているだろう」

 

 はっきりと言葉にはされなかったが、犇々と伝わってくるここから出て行けという明確な拒絶に、光は悲しそうに揺らめく。

 

『私としては、また貴方と昔みたいに仲良くしたいのだけれど……リヴァルターニ』

「戯言を……くどいぞ、グランディーネ」

 

 リヴァルターニの眉間に皺が寄り、静かな世界に乾いた舌打ちが響いた。グランディーネの声が、口調が、光が、リヴァルターニの神経を逆撫でする。

 

『残念だわ。本当にね……』

「……とっとと用件を話せ。さもなくば今すぐに消えろ」

 

 これ以上無駄口を叩けばリヴァルターニは力尽くでグランディーネをここから叩き出すだろう。

 その事を察し、グランディーネは大人しく目的であった疑問を口にした。

 

『あの子達はこの時代に来て誰よりも早く合流したわ。あの時点で、他の子供達はまだ散り散りになったままだった。あの出会いは、偶然によるものかしら? それとも、私達の魔法による必然?』

「……そんな下らん事を言いに来たのか」

『下らなくなんてないわよ。少なくとも、私やウェンディにとっては』

 

 グランディーネの疑問に対し、返ってきたのは溜息混じりの呆れ声。その反応にグランディーネは幾許か腹を立てる。

 見えているのは光だけだというのに、むっと口を結ぶ彼女の姿が頭に浮かんでリヴァルターニは思わず眉間を押さえた。

 実に下らない。態々禁じられている干渉をしてまで聞くことなのだろうか。

 何かもっと重大な用件だと内心構えていたリヴァルターニは、全身から力が抜けていくのを感じながら、宙に漂い答えを待っているグランディーネに言葉を返した。

 

「魔法自体はあの子達に受け継がれたが、あの特性は別だろう。私達の魔力にある互いを引き寄せ合う性質。これは私達故のものだ」

『……そう。貴方の意見が聞けてよかったわ。あの子達の再会が私達の影響によるものなんて可哀想だもの』 

「可哀想……? 解せんな」

『ロマンというものよ』

 

 クスクスと笑う声に不快感を隠す事なく舌を鳴らし、気を悪くしたかしら? と揶揄うように尋ねてくるグランディーネをキツく睨む。

 彼が人間であったのなら、その額には筋が立っているだろう。

 

「……用はこれだけか?」

『えぇ。これだけよ』

 

 今度はリヴァルターニの問いにグランディーネが答え、たったこれだけの為に約束を破っておきながら一切悪びれる様子のない彼女に、リヴァルターニは怒りを通り越して呆れを覚えた。

 

「ならばもう消えよ。目障りだ」

『あら残念……ふふ、また来るわ。リヴァルターニ』

 

 そう告げると、光は心なしか満足そうな様子で上に向かって浮遊して行く。

 事実、グランディーネは非常に満足していた。あの問いとは別にある、本当の目的を達することが出来たから。

 リヴァルターニの意見を聞きたかった事は紛れもない事実だが、リヴァルターニの意見と彼女の意見は全くの同じ。既に自分の中に答えを持っていた。

 つまり、本当に態々聞きに行く程の事でもなかったのだ。

 彼女の本当の目的は、それを口実にリヴァルターニと話すこと。以前のような関係の修復とまでは到底出来なさそうではあったが、最悪という訳でもない。

 まだ可能性はある。それを知ることが出来ただけでも十分な収穫だった。

 

『……またね』

 

 振り返ると小さく独りごち、ずっと奥深くにいる竜に対して、まるでウェンディに向けるかのような親愛の眼差しを送る。

 そうして光は、次に会える機会を心待ちにして消えていった。





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