タカシは今日も家の近所の古書店に立ち寄っていた。
ここには世界中から取り寄せられた様々な古書が所狭しと並べられている。タカシは店内を見て回った。
「ん?」
と、ある一冊がタカシの足を止めた。その本は『異能の国のアリス』というタイトルだった。
「なんだこれ? 異能の国?」
『不思議の国のアリス』なら聞いたことはあるがこれは初めて目にするものだ。
「どんな内容なんだろ? 買ってみるか……」
タカシはその本をレジに持っていった。店長のおじいさんがうたた寝をしている。
「おじいさん、この本を買いたいんですが……」
「……ん? ああ、タカシくんか。 どれどれ……」
おじいさんはタカシが持ってきた本の表紙を見た。
「ん? こんな本、取り寄せたかのう?」
「え? でも、ちゃんと置いてありましたよ? 値札もありましたし……」
「そうだったかのう? じゃあ、取り寄せたんじゃな」
おじいさんは首をかしげながらもその本をレジに通した。
タカシは買った本を手に古書店を出た。
家に帰ると、早速タカシは買った本を読んでみた。
内容は『不思議の国のアリス』を基に、アリスたちが『異能』と呼ばれる能力を使って赤の女王と対峙するというものだった。アリスの設定も『不思議の国に迷い込んだ少女』から『不思議の国の王女』に変わっている。原作とは大きくかけ離れたものとなっていた。
「なんだか微妙だなぁ……」
タカシはなんだか損をした気分になっていた。この本だけで千円もした。学生のタカシにとっては大きな買い物である。しかし、タカシは一度気になったら確かめずにはいられない性分なのであった。
「今度からはもっと考えてから買わないとなぁ……」
タカシは本を勉強机の上に置くとベッドに横になった。
* * *
「ここは……」
気付けば、タカシはおかしな場所にいた。キャンディーが空に浮かび、木にはチョコレートが実っている。周りの家もお菓子でできていた。
「変な場所だなぁ……」
「誰?」
と、背後から誰かの声がした。タカシが振り返ってみるとそこには少女の姿があった。少女は青いエプロンドレスを着ており、腰辺りまで伸びたブロンドの頭には大きなリボンをつけていた。その姿はまさに物語の中のアリスであった。
「あなたは誰ですか?」
「えっと……、僕はタカシっていいます……」
「タカシ……? 知らない名ですね……。 もしかして、赤の女王の手先ですか?」
少女は顔色を変えた。
「そ、そんな、とんでもない!」
「じゃあ、あなたは一体誰なんですか? 正体を明かしなさい!」
「ぼ、僕はただの……、普通の中学生です!」
「チュウガクセイ? なんなんですか、それは?」
「じゅ、十二歳から十五歳までの人のことをそう呼ぶんです!」
タカシは必死にそう説明した。
「よく分かりませんが……、悪い人ではないのですか?」
「は、はい!」
少女はひとしきりタカシの目を見たあとに言った。
「確かに……、悪い人ではないようですね……」
「え? い、今ので分かったんですか?」
「私ほどになれば目を見ただけでどんな人か分かりますので」
「最初は疑ってたのに……」
「だ、黙りなさい!」
そう怒鳴った少女の頬は赤かった。
「あの……、君の名前はなんていうんですか?」
「私の名前? アリスよ、覚えておきなさい」
「アリス! やっぱりアリスだったんだ!」
「なっ!?」
タカシのリアクションに少女──アリス──は驚きを隠せなかった。
「その格好見て『そうじゃないかなぁ』って思ってたんだけど、やっぱりアリスだったんだ!」
「え、ええ……、私がアリスよ……」
「僕、アリスの大ファンなんです! 本も何度も読みました!」
「ほ、本……? なんのこと……?」
「『不思議の国のアリス』です! 僕、小さいころからこの本が好きで──」
とそのとき、二人を衝撃が襲った。地面が激しく揺れ、二人はその場に倒れこんでしまった。まるで天地がひっくり返りそうになるようであった。
「な、なんなの!?」
「じ、地震!?」
タカシはそう言ったが、地震にしてはあまりにも規模が大きすぎる。それに、この揺れは自然的なものではなく人為的に起こされたもののような感じがした。
「なんなの!? なんなのよ!?」
アリスはパニックになっていた。
「と、とにかく、揺れが収まるまでじっとしてましょう!」
そんなアリスにタカシは声をかけた。
と、二人はなにかに引っ張られるような感覚を覚えた。それはとても強く、簡単には引き離せないものであった。
「きゃあああああ!」
アリスの体がふわりと浮かび上がった。
「アリスっ!!」
タカシはアリスの手を掴む。絶対に離すまいと力を込めるが、それも空しく二人一緒に空中へと飛ばされ、そのまま暗闇へと投げ出されてしまった。
* * *
「アリスっ!!」
タカシは目を覚ました。そこに広がるのはいつも通りの自分の部屋。タカシはいつの間にか眠りについていた。
「夢か……」
しかし、どことなく現実味のある夢でタカシは奇妙な気分になっていた。心臓はいまだにバクバクしている。
「変な夢だったなぁ……」
タカシは体を起こそうとした。と、視界にあるものが入り込み、タカシは動きを止めた。
「いつつ……」
それは身を起こすと、どこかにぶつけたのか頭を抑えている。
「ここは……、どこ……?」
それは、いや、その人物をタカシは知っていた。というよりも、つい先ほどまでその人物と会話をしていた。
「き、君は……!」
「え……?」
その人物は振り向いた。それに合わせてブロンドの髪が揺れ動く。タカシの姿を捉えた瞬間、その人物は驚きで目を見開いていた。
「あ、あなた……!」
タカシは目の前で起こっていることが信じられなかった。夢で見た少女の姿がそこにあるはずがない。が、それは間違いなく現実に起こっていることなのであろう。タカシはそう直感した。
アリスの姿がそこにあった。