東方氷精伝   作:さいきょ

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紅ノ一

 消え去る視界の最後には遠くに飛び去る紅白が映っていた。

 

 次に視界が開かれた時、紅白の記憶は奥底にしまい込まれてしまっていた。

 

 彼女にとって意識が、自我が消え、再び浮かび上がるまでの期間は珍しいことではなかった。その日もいつもと同じように過去を忘れ、前だけを見据えて再び動き始めるだけの日である筈であった。

 

 しかし、なんの気紛れか、はたまた神仏妖魔の悪戯か、彼女は過去を思い起こそうとした。

 

 そしてあまり賢いとは呼べない頭脳を回転させ、断片的にそれを思い出した。

 

 迫る光弾、飛び去る紅白。

 

 それは敗北の記憶であった。彼女にとって同じようなことが原因で『一回休み』になることはよくあることだった。ただその事実は全て記憶の片隅に追いやられ、意識したことはなかった。

 

 それをその日、彼女は初めて意識した。そしてそれは彼女に、またも初めての一つの感情を芽生えさせた。

 

 負けてしまった、負けたくなかった。その感情の名前を彼女は知らなかったが、きっと彼女の心を読める誰かが傍にいたならば、それの名前を口にしただろう。

 

 即ち、それは悔しさであると。

 

 負けたくないと思った彼女は、次に勝ちたいと思った。勝ちたいと思った彼女は、次にどうすれば勝てるか考えた。順番に、積み木を重ねていくように思考を続けていく彼女は、やがて答えを得た。

 

 あの紅白にはまだ勝てない、だけどあの紅白に勝ったやつには勝てる筈だ。それで皆に勝って最後に紅白に勝ったその時を想像し、彼女は自然と口を開いた。

 

「あたいったら最強ね!」

 

 その最強への第一歩に、彼女は自らの住処である湖の畔に建つ紅き館を目指す。記憶の断片で最後に紅白が向かっていたその屋敷へと、彼女は飛び立った。そこに紅白に敗れた者がいると予想し、彼女は氷の結晶のように冷たく透き通った羽を背に最強への道を歩み始めた。

 

 ――暗転

 

 ここから彼女の物語は始まる。

 

 彼女の進むその先には幾人もの強者が立ちはだかるだろう、『誇り高き吸血鬼』『冥界の亡霊』『忘れられし鬼』『永遠の姫』『古き神々』、そして『境界を司る妖』……

 

 最強とは最も強いこと。

 

 ある者は夜を支配する不死を最強と語る。

 

 またある者は何人とも逃れえぬ魅惑の死を最強であると。

 

 そしてまたある者は純粋たる力こそが最強の証だと言う。

 

 中には強さなど永遠の中にあっては無意味だと考える者もいる。

 

 強者であれ弱者であれ自らの前では何も為しえないと昂る者がいる。

 

 もしも真に最強を名乗るのならば、それら全ての考えを封殺しなければならない。強い弱いと始めに語り出したものなど今となっては誰にも分からない。ただ最強を示すためには全ての者達にそれを認めさせなければならない。

 

 力、技、心、その全てを手に入れた者がきっと真の最強たる資格を得られるのだから。

 

 その道がいかに困難であるか、ちっぽけな妖精である彼女には理解など出来ない。しかし、だからこそ彼女は最強へと至る可能性を秘めるのだ。無邪気な彼女の瞳には前しか見えていない、俯くことなく、寄り道することなく、ただ真っすぐに迷いなく前に進めるのだ。

 

 さあ第一の幕が上がる。

 

 序幕はプロローグにも関わらず、随分と波乱に満ちている。まずは恐ろしき悪魔の館のその門の守護者、次に時を支配する瀟洒な従者、そして英知を究めし七色の魔女。最後には館の主にして誇り高きノーライフクイーン、運命を支配する永遠に幼き赤い月。

 

 彼女が果たしてどこまで辿り着けるのか、それは見てのお楽しみ。練習もリハーサルも台本もない一度限りの大演劇。それではこれより氷の妖精チルノの一世一代の物語の始まり始まり。

 

 ……誰かが足りない? 心配無用! 彼女の活躍によっては堪えきれなくなった観客が495年間の封印を破って薄暗い地下の底から舞台に飛び上がってくることでしょう。

 

 もし、そうなった時、彼女は一体どんな選択を行うか、その時まで心待ちにしておきましょう。

 

 それでは今度こそ開幕のブザーを鳴らしましょう……

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