東方氷精伝 作:さいきょ
その門は閉ざされていた。
特別な仕掛けがあるわけではなく、単純に鍵が掛かっているわけではない、鉄の棒を組み合わせた柵のような形状、そんな門。赤子が少し押しただけでも容易に開いてしまうその門は実際には簡単に開くことは難しいものであった。門を開けられるのはその門を構える館の住人か、館に招待された者だけであろう。もっとも、高貴な館の主は招待した客人に門を開かせるなどという雑事を行わせることは決してありえない。
門を開けるのはその門の番人の役目。館へ入る資格を持たぬ者達に決して門を開くことない妖怪の守護者が守るその門を破るのは困難なことであった。
もっとも、門を無視して空から入り込んだりする巫女や壁を破壊して強引に忍び込むような魔法使いにとっては門などあってないような物だったが、それでも正規に正面から門を突破するのは困難であった。
門番の名を紅美鈴、今となっては誰がその名を名付けたのかを知るは当人のみ。
彼女の守る門の突破を目論む者は覚悟せよ、人外たる彼女の拳は風よりも鋭く岩をも砕く。並みの人間であれば彼女の一撃で肉も骨も、そして心までもまとめて打ち砕かれるだろう。
しかし、そんな彼女の前に立ち向かう者が一人、否、一匹と呼称するのが正しいのかもしれない。氷の妖精たるチルノである。彼女は紅白へと挑む最初の足掛かりとして彼女の記憶で最後に紅白が向かっていった方向にとりあえず飛んできたのである。その場所こそがここ、番人により守られたその門のうちにある紅き館。芳醇なワインの如き紅の色で塗りたくられた悪魔の館。そのままに紅魔館と呼ばれる場所であった。
「いいですか、誰かのお家にお邪魔するときはちゃんと玄関から入らないとダメですからね?」
「わかった!」
「よしよし聞き分けのいい子ですね。それともう一つ、招かれてもいないお家に無理矢理入ったらダメですよ?」
「わかった!」
「よろしい、それじゃあこの後どうすればいいかもわかりますね?」
「わかった! わかったからもう入ってもいい?」
「あちゃー、全然わかってませんねー」
美鈴は優しく諭すように彼女に道理を説く。しかし彼女はしっかり話は聞いているが話を理解出来ていなかった。妖怪と妖精の間には明確な力関係が存在する。妖怪が上で妖精が下なのだ、多くの妖怪にとって妖精というのはそこらを飛び回る羽虫に等しい存在であり、気に留める者は少ない。本来であれば絡まれれば適当にあしらうか、蹴散らすかであるが、そのどちらの態度もとらずに幼子を相手にするようにして接する美鈴は比較的穏やかなな妖怪であるだろうことが分かる。
「う~ん…どうやったら分かってくれますかね…」
「よく分かんないけどアタイはそこの赤いのに用があるんだから入ってもいい?」
「紅いのじゃなくて一応紅魔館っていう名前ちゃんとありますからね? まあこうなったらアレですかね……」
そう言うと美鈴は懐から数枚の紙の束を取り出し、チルノに向けて突き付けた。
「弾幕ごっこ!」
「ふふふ、スキマ妖怪も偶には良い事を思いつくものですね。妖精でも分かる程に簡単かつ美しく、こうして物分かりの悪い妖精ともちゃんとコミュニケーションが取れる。という訳で勝負です妖精! 私が勝ったら大人しく住処に帰りなさい!」
会話はそこまで、二人はお互いにふわりと浮かび上がり距離を取る。
―――リン
鈴が鳴るように、鮮やかで澄んだ音が辺りに響いた。それと同時に美鈴は鮮やかな光弾を生み出す、彼女の気で編まれたそれは例えるならば花火のように彼女を中心として四方八方へと広がっていく。
『華美』、もっともシンプルに彼女が作り出す弾幕を表現するならばその二文字で済む。華やかで美しい。
チルノは少しその弾幕の華に見惚れた。目の前に弾幕が迫るまで、チルノは目を輝かせながらその光景を眺めていた。だが、そのまま見惚れているわけにはいかなかった、これは
近づきすぎてはいけない、美鈴を中心とするその弾幕は彼女に近くなるにつれ密となり逃げ場を失う。離れすぎてはいけない、
弾幕の花の中では、辺りは全て光弾に囲まれ視界も悪くなる。故に大きく動いてはいけない、思わぬところから弾が飛んで来れば避け損じる。小さく小さく最小の動きで、弾の軌道を予測し避ける必要がある。ちょんちょんとチルノは小刻みに動き続ける。
チッと弾の一つがチルノの頬を掠めた、グレイズである。ギリギリ当たってしまった、ではない。ギリギリで避けてやったぞどうだ、である。グレイズを為したものはそれを誇り、為された者は天晴見事とそれを称賛するのだ。
「とても妖精とは思えない動き! なら、これならどうでしょうか?」
―――虹符『彩虹の風鈴』
美鈴は用意していた紙束、スペルカードとそう呼ばれるそれから一枚だけ取り出し宣言する。スペルカード自体に特別な意味があるわけではない。これは次の手札を切るという宣言なのだ。スペルカードの枚数が自身の持てる手札の数をそのままに表し、もしも手札を全て使い切ってしまったならばその時点で
「すごい!」
新たな手札を切った美鈴に対してチルノは素直に感嘆の声を上げる。
美鈴の新たな手札はその名の通り『虹』であった。横に並んだ七つの色の弾がアーチを描くような軌道で三百六十度全方向に向かって放たれる。それがチルノの目には間違いなく光り輝く虹に見えた。
チルノも見惚れてばかりではいない。その美しさに目を奪われるのは仕方がないかもしれないが、これは
勿論、粗野で避ける隙もないような弾幕という名の力を用いて挑戦者を叩き潰すことも出来る。だがそんなことをして何になる?
答えは簡単だ。アイツは格下相手に下品で余裕も持てない雑魚だと周囲の者に囃し立てられるだけだ。
だからこそ挑戦された側は優雅に、挑戦した側は必死に、それぞれ勝利を目指すのだ。
今回の挑戦者は紅魔館に入れろと要求してきたチルノだ。挑戦者故にチルノはその美しい弾幕を避け続ける。美しさに目を奪われることないように集中しながら迫りくる弾幕をちょんちょんと避け続ける。何秒か、何十秒か、チルノはただひたすらに弾の軌道のみ意識を割きそれを避け続ける。
やがて虹は消える。
チルノの目指す虹の根本、そこにいた美鈴は心底驚いたような表情でチルノを見つめる。ちっぽけな妖精が自身の弾幕を全て避け切った。その事実に美鈴は感嘆する。自身が圧倒的な強者であるなどと美鈴は思っているわけではない、だが妖精とは少し力を籠めるだけで容易く散ってしまう存在なのだ。それなのにチルノはまだ自分の前に立っている。例えるなら毒も牙も持たないような貧弱な蟻が象と殴り合いを繰り広げているようなものだ。
―――有り得ない!だけど素晴らしい!
美鈴が思ったのはその二つだ。通常の妖精からはかけ離れたチカラを持つチルノ対してに素直に称賛の念を抱く。その強さのさらに先を見たいと考えた美鈴は次なる手札を切ろうとした。
「そこまでよ美鈴」
だが取り出した新たなスペルカードを宣言する寸前に、美鈴の背後から何者かが声を掛けたことによりそれは中断された。
「も~なんですか咲夜さん、今いいところだったのに」
「お嬢様の命令よ、客人を屋敷に通せ、案内は必要ないとのことよ」
美鈴に咲夜と呼ばれた人物は果たしていつからそこいたのかチルノには認識出来なかった。瞬きをしたら、一呼吸をしたら、気が付いたらそこにいた。咲夜はチルノに対して特別な意識を向けることはなく端的に要件のみを美鈴に伝える。
「確かに伝えたわよ」
「あっ、ちょっと咲夜さんっ!」
次の瞬間、咲夜の姿はそこには無かった。突然現れたことと突然消えたに美鈴は特に驚きを感じている様子は無かったが、チルノは目を白黒させていた。
「なんだかよく分からないけど入ってもいいの?」
相手側の事情なんて知ったことないと言わんばかりにチルノは呑気に言う。その様子をみた美鈴は小さく誰にも聞こえないほどの音でため息を吐いた。そして仕方ないと言わんばかりに頭を下げ静かに紅魔館の門を押し開けた。