「……ハッ!?」
目が覚める。
悪い夢を視ていた。昔の、あの日の夢を。
最悪の目覚めだ。こんなことは二度も無いと思っていたのだが、どうやら自分はハズレを引いたらしい。
「……顔洗うか」
「……気晴らしに人里にでも行くかな」
何時もの黒いローブを着ると、人里の方に向かって飛ぶ。そうだ。次いでにアイツにも会いに行くとしよう。何はともあれ、面倒な事にならなければいいが。
そう決断すると、俺は速度を上げた。
人里につき、しばらくの買い物を終わらせた俺の前には、案の定というか、面倒事が起きていた。
「グギィィィイイ!!!」
「う、うわああああああ!!?」
妖怪の襲撃だ。数は少ないが、凶暴な妖怪が里を襲ったのだ。市民達は元より、里を守る自警団ですら、妖怪を前に恐怖を隠せていない。
それもそうだ。彼等の殆どが妖怪を見るのが初めてだろう。人里に妖怪が入ってくることは、十年間一度もなかったのだから。
突然、悲鳴が上がった。辺りを見渡すと、女の子が倒れているのが目に入った。足を挫いたのだろう、足首を押さえている。
そんな格好の獲物を妖怪が逃す訳も無く、内の一匹が女の子に向かっていく。
「グギャァァアア!!!」
残念ながら、彼女の命はここまでだろう。助ける義理は俺にはない。自分でも残酷な事に苦笑しながらも踵を返そうとした俺は、しかしその足を止める事になった。
「……おかあ、さん……たすけて、お母さん」
―――気付いた時には、体が勝手に動いていた。考えるよりも先に、とはこういう事なのだろうか。俺は少女を抱き抱え、妖怪の攻撃を障壁を使って防いだ。
「……はぁ、やんなっちまうぜ。全くよ」
「……ぁ、え……?」
「無事か?嬢ちゃん。怪我ねぇか?」
「……ぁ、は、はい…。大丈夫、です」
「よし。ならとっとと逃げな」
追い払う様に少女を逃がし、妖怪の方に向き直る。
「グギィィイイイ……!」
妖怪は獲物を奪われた事に憤怒の表情を隠していない。
「悪いな、邪魔しちまったか?」
軽口を叩きつつ、妖怪を観察する。
眼は血走り、集点が合っていない。全身の血管が此処からでも見える位に浮き出ている。
そして、何よりの特徴。目の前の妖怪には、"羽"が生えていた。しかしそれは天使の羽などではなく、寧ろ悪魔の羽に類似していた。
元々にしては特徴的で、突然変異にしては変化に乏しい。妖怪に抱いたのは、そんな中途半端な印象だった。
「お…っと!」
「ギガァッ!?」
いつの間にか飛びかかって来ていた妖怪を難なく躱し、腹部を蹴り上げて態勢を崩す。そして掌を妖怪に向け、告げる。
「じゃあな、―――《ショックウェーブ》《オールレンジ》」
二節詠唱の魔法による全方位からの衝撃波が妖怪を襲う。態勢を崩した妖怪に回避することは出来ず、なす術も無く圧殺された。
小さな戦場に俺と妖怪だった肉塊だけが残る。余りにも呆気ない勝利。当然勝利の喜びなど有りはせず、出てきたのは溜息の一つだけだった。
「…………帰るか」
「それじゃあこの茶菓子はどうするのかしら?」
「……そうだったな。なら挨拶ぐらいだけでも……って、うおっ!?」
突然の背後からの声に一瞬驚きの声を上げるが、声の主が見知った者だと知ると、二度目の溜息をつく。
「あら、溜息をつくと幸せが逃げるわよ」
「誰の所為だ、誰の。っつうか、何時から居たんだ靈夢」
「いつから、って言われても。今さっき来たばかりよ。……里に買い物に来て、久し振りに友達に会いに行こうとしたら、妖怪の襲撃でしょ? 他をさっさと片付けて、ここが最後だーって時にあんたを見付けたのよ」
成る程、理解した。次いでに手間も省けたので、買ったものを渡そうと、袋に手を伸ばす俺に靈夢は、
「それにしても、アンタが見ず知らずの人間を助けるなんてね」
「……別に。ただの気まぐれだ」
「ふーん。ま、いいわ。私にゃ関係ないし」
そういって靈夢は手をヒラヒラさせると、その体を宙に浮かせる。
「じゃ、私は帰るわ。里からの礼が有ったらアンタが貰っといて」
「お前は良いのか?」
「善意でやったんだもの。見返りが欲しくてやった訳じゃ無いわ」
「……そうかよ。…まあ、じゃあな、靈夢」
「ええ、それじゃあ魔理沙。また今度」
靈夢は微笑んだ後、神社の方へと翔びたった。姿が見えなくなると、俺は踵を返した。
暫くして、家の前まで着き、扉に手をかけ……、
あ。……うっかりしてた。
((菓子折り渡すの、忘れてた))
―――この数日後、幻想郷は紅色に染まる。