恋する八幡は切なくて   作:れーるがん

20 / 20
最終話です。これまで閲覧してくれたり感想くれたりとありがとうございました。


第20話

「にゃー......ふふっ」

 

でっかい猫の人形に顔を埋めてにゃーにゃー言ってる天使が俺の隣にいた。

こいつ、俺の彼女なんすよ。

そうまで喜んでくれると、消えていった英世達も浮かばれる事だろう。

 

「えらくご機嫌だな」

「あら、当たり前じゃない。あの時と違って、ちゃんと比企谷くんが取ってくれたのだから」

「あれはゲーセン専用の技だ。屋台では使えねぇよ」

 

それにあんな事を言われてしまっては頑張るしかなくなる。

 

さて、俺たちは現在鬱陶しいほどの人混みから離れたベンチに座っている。

雪ノ下が陽乃さんから教えてもらった穴場らしく、周囲には俺たち以外の人は見当たらない。

陽乃さんは今年もぱぱのんの名代で花火大会に来ているらしい。貴賓席を勧められたが丁重に断ったと雪ノ下が言ってた。

いや、実際貴賓席の方に厄介にならせて貰って陽乃さんの餌食になるのは御免被るので、雪ノ下にはナイス判断と賞賛を送るしかない。

そこまで野暮なことはしない人だと信じたいが、陽乃さんだからなぁ.........。

 

「そんな事より早く食べてしまいましょう。花火が打ち上がるとそんな暇も無くなるわよ」

「それもそうだな。どれから食べる?」

「お任せするわ」

 

ビニール袋の中から焼きそばとたこ焼き、あとジャンボフランクフルトの三種類を取り出す。

ほれ、と何も考えずに取り敢えずフランクフルトを雪ノ下に手渡し、俺は爪楊枝でたこ焼きをつまむ事にした。

いただきます、と行儀よく食事の挨拶。

うん、美味い。

昔由比ヶ浜からタコパなるものを聞いたことがあるが、たこ焼きなんてこう言う屋台で食うのが一番良いのだ。進んで家で食うものでもない。

フランクフルトの方はどうかと聞こうと思い隣を見てみると、雪ノ下はそれを食べるのに四苦八苦していた。

 

「ん......はふ、思ったよりも大きくて太いのね」

 

小さな口でその大きくて太いのを食べる姿を見て、変な想像をしてしまったことは許してほしい。

いや、別にフランクフルトを渡したこと自体には他意はなかった。適当に渡しただけだ。

でもあれですね。女の子が自分の口に収まらないものを一生懸命食べてる姿はいいですね。うん。

 

「何故か卑しい視線を感じるのだけれど」

「き、気のせいじゃねぇか?」

 

くっ、勘のいいヤツめ。

まぁ頑張ってフランクフルトを食べる雪ノ下の姿をもう少し見たいとかちょっとしか思ってないから。思っちゃってるのかよ。

.........いや、本当にちょっとだけだよ?

 

「そっちのたこ焼きも美味しそうね」

「食うか?」

「ええ」

 

たこ焼きの入ったパックを手渡そうとすると、何故か雪ノ下は目を瞑って口を開けていた。なんだか妙に艶かしい。

じゃなくて

これはあれか。所謂あーんと言うやつか。

っべーわー、雪ノ下さんまじっべーわー。

まずたこ焼きは中が熱くて危ないと言うのと、爪楊枝はおっちゃんがわざわざ二つ用意してくれてると言うのと、最後にあーんは未踏破の領域であると言うのと。

特に最後は大事。今まで一緒に飯食っててそんな事一度も無かったじゃないですかやだー。こいつが風邪引いてたまご粥作ってやった時ですらそれは起こり得なかったと言うのに。

よし、落ち着け俺。これは別にやましい事をしようってわけじゃないんだ。これくらいなら恋人同士で普通にある事なんだ。今まで恋人できた事ないから知らんけど。

 

ええいままよ、と軽く息を吹きかけたたこ焼きを雪ノ下のその口の中に放り込む。

あむ、と口を閉じた雪ノ下は、やはり熱かったのかはふはふと口の中で冷ましながらたこ焼きを食べている。その姿がなんだか幼く見えて可愛い。

餌付けした気分だ。

 

「あなたの言う通り、家で作るのとはまた違った味ね」

「だろ?こんな本筋から外れた場所じゃ五感で味わうもクソも無いが、味自体は悪く無いんだ」

「以前由比ヶ浜さんが言っていたタコパ、と言うのも今度やってみようかしら」

「いいんじゃねぇの?」

「その時は由比ヶ浜さんや一色さんも呼びましょうか」

 

いつかの未来の出来事を思い浮かべて微笑みを浮かべる雪ノ下。

まるでその笑みを合図とするかの様に、今日のメインである花火が打ち上がった。

腹の底まで響く大きな音が突然鳴ったからか、ビクッと肩を震わせて驚く雪ノ下。

驚いたのも一発目が上がった時のみで、続く二発目三発目にその目を奪われていた。

 

「綺麗......」

 

だが俺の目に花火は映っていなかった。

自然と、隣で空に咲く花を見上げる彼女に視線が誘われる。

その横顔は花火なんかよりも綺麗で、儚くて。

いつか散ってしまわないかと不安に思う。

そう考えた時に、陽乃さんの残した課題のうちの一つに答えが出た。

 

「なぁ雪ノ下」

 

打ち上がる花火の音に負けないように、気持ち声を張って彼女の名前を呼んだ。

こちらに振り向いた、花火の光に照らされる雪ノ下の顔はやっぱり誰よりも綺麗で儚くて。だから、それを散らさないようにずっと側にいたくて。

 

「一緒に暮らそう」

「......え?」

「直ぐには無理だと思う。その為の金もないからバイトもする。

その、上手く言えないんだけどさ......」

「......不安になったの?」

 

お見通し、と言う事か。

やっぱり雪ノ下雪乃には敵わないらしい。

無言で首肯した俺を見て、彼女はクスリと小さく笑った。

 

「あなたって、存外にロマンチストよね」

「どこがだよ」

「花火を見て感傷に浸ってしまうあたりがよ」

 

そうなのか?いや、確かにそうなのかもしれない。高校時代の恥ずかしい発言の数々を思い返してみれば反論できないぞ。

 

「なんでも一人でやろうとするのはあなたの悪い癖ね」

「いや、別にそんなことは言ってないだろ」

「なら言い方を変えるわ。周りの人間を頼ればいいのよ。

私も母に言われたのよ。あなたと同棲はしないのかと。比企谷くんも姉さんに言われたのでしょう?でも、自分達はもう大人で、子供ではないのだから自分の事は自分でやらなければならない、とか思った?」

「......よく分かったな」

 

やっぱり雪ノ下さんサトリなの?もしくは俺がサトラレなの?

 

「私も同じことを思ったもの。それで、思った事をそのまま母さんに伝えたらなんて言われたと思う?」

「そこでその話はおしまい、とはならなかったんだろ?」

「ええ。親にとって子供は何時迄も子供のままだから、出来れば頼って欲しい。ですって」

 

子を持った事のない若造の俺には分からない感覚だ。

でも、きっと雪ノ下のお母さんのその言葉は嘘偽りない本心なのだろう。

今までの彼女達の関係性を鑑みれば、その感情は人一倍強くてもおかしい事ではない。

 

「私もあなたも、今まで人に頼ると言うことをしてこなかった。いえ、頼り方を知らなかったのね。だから、これからは、頼らせてくれる人がいるなら頼りましょう。父さんも私達が一緒に暮らせるように色々手配してくれてるみたいだし、それを蔑ろにする事は失礼ではなくて?」

「そう、なのか?」

「ええ、そうよ」

 

信頼の意味を履き違えて依存した高校時代。

その頃から雪ノ下は変わった。

いや、違うか。変わろうとしているから、人に頼ると言う本当の意味を知ろうとしてるから、そう言えるのだろう。

 

「それと」

 

雪ノ下は手に持っていたフランクフルトのパックをそっとベンチの上に置き、おもむろに立ち上がった。

何事かと見ていると、後ろに回り込んで背中から俺を抱きしめてきた。

 

「私はどこにもいかないわ。勝手に居なくなったりしない。ずっとあなたの隣にいるから。だからあなたも」

 

私の隣から勝手に居なくなったりしないでね。

 

花火の音に掻き消されそうになったその言葉は、確かに俺の耳に残った。

きっと、雪ノ下も不安だったのだろう。いつか俺が彼女のから離れるかもしれない。俺だけでなく、由比ヶ浜や一色達がいなくなって、一人になるかもしれない。

だから、その言葉に対する返事なんて決まっている。

 

「俺はずっと側にいるさ。例え何かあったとしても、鬱陶しくもみっともなく這い蹲ってでも側にいてやる。裏でカサカサとゴキブリみたいにな」

「もう少し言い方があるでしょう......。でも、その方があなたらしいわ」

 

特別大きな花が空に咲き誇る。

その花よりも余程綺麗な彼女の顔にそっと影を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

「比企谷くん、朝よ、起きなさい」

 

チュンチュンとスズメの鳴き声が家の外から聞こえる。

時計を見ると短針はもう少しで六を示そうとしている。昨日まで学生最後の春休みだったので、四月の過ごしやすい温度にこの時間の起床は少し酷かもしれないが、今日から社会人である身からするとそうも言ってられない。

在学時の健康的な生活を取り戻せばなるまいと、自分の眠気を押し殺して、未だにスヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てている彼の体を揺する。

 

「んん......小町ぃ?」

 

どうやら目が覚めたようだ。

それにしても、目覚めの第一声が妹の名前とは、この男はどう言う神経をしているのだろうか。

 

「おはよう比企谷くん。今のが小町さんの名前でなければ姉さんと母さんと父さんに報告しているところだったわ」

「......おはよう。今の一言のお陰でバッチリ目が覚めたわ」

 

目元を擦って、グッと伸びをする。

その姿を見ているとまるで猫のようだ。昔彼はウサギ派、いえ、戸塚くん派だったかしら?ともかく、猫も犬も選ばずにウサギを選んでいたわけだが、やっぱり比企谷くんには猫が似合うと思う。

 

「そんな笑顔でどしたの?」

「......なんでもないわ。朝食を作ってくるから先に顔を洗ってきなさい」

 

どうやら猫と比企谷くんの事を考えていたら自然と笑顔になってしまったらしい。

外では少し気をつけないといけないわね。

彼を起こすと言う目的は達せられたので、取り敢えずそう言い残して先にベットから出た。

一緒に暮らしてからもうそれなりに経つが、同じ部屋で寝起きを共にすると言うのは未だに慣れない。

 

 

 

あの花火大会で彼が一緒に暮らそうと言ってから、話は想像以上にトントン拍子に進んでいった。

元から父が準備を進めていたと言うのもあったのだけれど、比企谷くんが思いの外その話にノリノリだったのだ。

曰く、バイトを始めるから一緒にいられる時間が少なくなる、との事らしい。

家の話をしていただけなのに、二人揃って千葉に対する愛を滔々と語り出した時は流石に姉さんと一緒になって止めた。

多分、あのまま放置していたら夜遅くまで続いてたんじゃないかしら。

 

なんにせよ、同棲が始まったのは大学二年に進んでから。

一色さんの入学祝い兼誕生日回も、由比ヶ浜さんや小町さんの誕生日会もこの家で行った。

以前住んでいたマンションに比べると過ごした年月は少ないが、前のマンションよりも愛着の湧く家となってしまった。

 

「にしても、まさか本当に編集者になっちまうとはなぁ」

 

朝食をつつきながら、目の前に座る彼が突然口を開いた。

ただでさえ口数の少ない私達は食事中となると更に喋らなくなるのに、珍しい事もあるものだ。

 

「まだ編集者と決まったわけではないわよ。配属先はこれから決まるのだから」

「でも殆ど決まったようなもんだろ」

「あなたこそ、本当に教師になってしまうとは思わなかったわ」

「しかも総武高校ってのがまたなぁ......」

 

編集者と教師。

大学生の時に私達が見出した夢はこうして叶えることが出来ている。

恋人として交際を始めた頃に母さんに言われた。雪ノ下の家のことは考えず、私のやりたい事を見つけなさいと。

どうやら比企谷くんも姉さん経由で同じような事を言われていたらしい。

まさか自分が編集者になって、比企谷くんと一つ屋根の下で暮らしてるなんて思いもよらなかったけれど。これも、あの間違いだらけの青春ラブコメがあったからこその今なのだろう。

 

「ネクタイ、曲がってるわよ」

「お、おう」

 

玄関口で革靴に履き替えた彼のネクタイを直してあげる。

彼は未だに私の顔が近づくと頬を染めて恥ずかしがるのだ。そんなところも可愛らしく思えてしまう辺り、どうやら自分の想像以上に彼に惚れてしまっているらしい。

 

「それじゃあ行きましょうか」

「そうだな」

 

行ってきます、と二人揃って声を出す。

今はまだ返事はないけれど、いつか、私が行ってらっしゃいと返事をする側になるのかな、と。

遠くない未来に想いを馳せた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。