刻の少女は、天幕を開く
四月といえば。
桜が舞い散る春であり、出会いと別れの季節などと言われることが多いだろう。または変態の季節とも聞いたことがあるが、まあ変質者が多い季節とは言えよう。
昔から、4月は季節の変わり目の中でも大きな節目とも言えるだろう。年が明ける元旦・正月とはまた違った意味で色々と変化を感じる季節だ。
学生ならば入学シーズン、はたまた進級によるクラス替え。社会人からは仕事始め、と言ったところだろうか。
花見や雛祭りといった季節限定のイベント事は別として(そもそも雛祭りは三月なのだが)、誕生日とはまた違った感覚で年を取ったように感じたりもする季節だと思う(※偏見)。
さて、そんな春もうららな今日は、まさに絶好の入学式日和と言えよう。
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県や地域によって変わるが、東京都内の学校の入学式は例年4月7日に行われることが多い。
その理由が何なのかは、さしてどうでもいいし知りもしないが、この日は真新しい制服に包んだピカピカの一年生たちが何処か浮かれた様子で新たな通学路を歩いている。
まだ制服に「着せられている」ような初々しさを見ていれば、近所の年配方にはどこかほっこりとする光景だろう。
国立魔法大学付属第一高等学校、通称魔法科高校。東京都八王子に位置するこの高校も例に漏れず、4月7日の本日が入学式となる。
今日という日はやはり特別な行事となるようで、朝早くから在校生たちが慌ただしく入学式の準備に勤しんでいた。
校門横には「第一高等学校入学式」の立て札が設置され、外に出された折り畳み式の机には新入生への配布資料やらなんやらが並べられ、会場となるホールでは生徒会によるリハーサルや最終打ち合わせなどが行われていた。
さて、そんな活気溢れる校内の少し奥、周りと比べて人通りの少ない遊歩道を歩く少年がいた。
割と高身長でガタイもしっかりした体型。顔はそこそこではあるが滲み出る雰囲気によってどこかクールな印象を与える。
少年ーー司波達也は、今日からこの学校に入学する新入生である。
まだ準備をしている時間なのにこんなにも早く学校にきているのは、妹が新入生総代であるために式典でスピーチをするため、そのリハーサルに参加するためだ。
学校に来た段階で先ほど少々トラブルがあったものの(本人としてはさほどトラブルと感じていないが)まだまだ開始時刻まで時間があるため校内散策も兼ねてこうして歩き回っていた。
流石は魔法科高校というべきか、学校内の敷地は非常に広く慣れないうちは迷ってしまうのではないだろうかと思わせる。本人は敷地が広い程度で迷うような方向音痴でもないが。
敷地内にも関わらず、割と草木が生い茂っている道を歩き回っていれば、ようやく座れそうなベンチを見つけた。
ただ、そこには先客が居た。
艶やかな黒髪に前髪で隠された左目。露になっている右目は深紅に染まっている。体型も非常に整っており、一目で美人であることが分かる。
その手には今時には珍しい紙媒体の本を持っており、熱中しているのか視線は本から一切外れない。
そしてーー
(紋無し……二科生か)
彼女の制服には、第一高校のシンボルである校章が描かれていなかった。
魔法科高校、取り分け第一高校では二科生制度が存在する。一学年200人を二つに分け、成績上位者を一科生、それ以下のものを二科生とする制度である。
一科生はより強い魔法師を育てるために、教師を優先的に宛がわれたり、学校内で様々なものを優先できたりなど優遇される。
対して二科生は、基本的に映像を用いた授業を行い、実習室などで基礎を鍛えるために自主的な形で育てられる。
二科生は一科生のスペアであり、一科生から抜けた穴ができれば二科生の成績優秀者から一科生に繰り上げられる。
徹底的な実力主義であり、一科生と二科生は暗黙として
そして、一科生と二科生を分けるのは制服に刺繍された八枚花弁の校章の有無である。
二科生は一科生にとって、自分たちがいかに優秀であるかの比較対象でしかない。そんな存在が、未だ準備中の校内に居るのならば通り際に陰口を叩かれてもおかしくはない。
達也も状況的には同じだが、早めに来た理由がハッキリしている分まだ分かる。
だが、彼女はなぜこんなに早くから校内に居るのだろうか。
そんな些細な疑問を頭の片隅に追いやりながら、他に座る場所もないため彼女へと話しかける。
「すまない。隣に座ってもいいか?」
すると彼女は本から目を離し、こちらを向くと、にこりと笑った。
「えぇ、どうぞ。お座りくださいな」
「失礼する」
そうして達也がベンチに腰掛ければ、彼女は再び本へと目を落とす。
「君は、新入生か?」
「はい。本当はもう少し遅く来るつもりだったのですが、時間を間違えてしまいまして」
「そうか」
そう言うと、彼女は再度達也に顔を向ける。
「申し遅れました。わたくし、時崎狂三です。どうぞ気軽に、お好きなようにお呼びくださいませ」
「司波達也だ。宜しく頼む」
軽い自己紹介をし、互いに世間話をしながら時間を過ごしてゆく。
彼女――狂三と会話してみて、どうやら狂三は登校時間を間違えてしまったことに駅で気がついたらしく、連れに連絡をしたところ「先に学校に行ってください」と言われここで時間を潰していたらしい。
彼女と会話して観察してみたが、その気品の良さ、仕草一つを取ってもどこかの令嬢だろうかと思わせる。
そこのところを本人に聞いてみたところ「えぇまあ。生まれはそれなりでしたわね」と曖昧な返事が返ってきた。
そうしているうちに時間は経ち、自身の時計を確認すれば、気づけばもうすぐ受付開始の時刻になる手前となっていた。
狂三の方も、懐から鈍く輝く懐中時計を取り出す。
「随分とレトロな品だな」
「えぇ、とある方からの頂き物でして。大事にしております」
狂三は優しく微笑むと、時計を仕舞いベンチから立ち上がり歩き出した。
「それでは、わたくしはお先に失礼します」
去っていく狂三の後ろ姿を、達也はじっと見つめていた。
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達也と別れて会場へと移動し始めた狂三は、周りを少し興味深そうに見ていた。
「こうして見回してみますと、天宮市とは全然違いますわね」
校舎内といえど、ここは魔法関係の専門学校。そして国立大学の付属高校である。街中でも色々と物珍しいものが沢山あったが、学校内であれば見慣れないものはやはり沢山あった。
そもそも、狂三が住んでいる天宮市では現代の魔法があまり拡がっていない。街中だって市内駅であればまだまだ通常の電車が運行しているし、キャビネットよりも自動車の方が多く走っている。
警察などの公的機関や施設ならば魔法技術を使ったものやCADを携帯した警官などは割と見られるが、天宮市の一般人にとっては魔法は「そんなものがある」程度の認知度である。
他に目立つような現代魔法関連の何かがあるとすれば、CADをはじめとした法機を造ることを中心としている大手企業の日本支部が存在するくらいである。
そう考えると、今年の入学まで天宮市内から普段出ることがない狂三は、こうして本格的に殆どを魔法技術で構成された建造物やら街中の殆どを走るキャビネットやらはどこか異様な光景にも思えただろう。
そうしてキョロキョロと周りを見回しながら会場の方へと歩いていけば、少しずつ人が増えてきた。
校舎入り口から会場ホールへかけて、新入生たちが友人と喋りながら、また新たな友人となる人たちと会話しながら歩き流れてゆく。
それを横目に見ながら、狂三は自身の知り合いを探す。今朝は自分が三十分ほど早く到着してしまった為に、一応は携帯で一報を入れたが電話を掛けたとき、相手はどうやら寝坊していたようだ。
狂三の電話に大慌てで準備をしはじめた相手は、携帯を挟んだ向こう側でガッシャンガッシャンと、一人で暴れているかの如く動き回っていた。
その事に呆れの溜め息を吐きながらも、相変わらずのどんくささに苦笑を禁じ得なかった。
そうして待ち続けて数分か、正門からこちらに向かって走ってくる目的の人物を見つける。
「くーるーみーさーん。お待たせしましたー!」
こちらを見つけて顔を綻ばせると、闘牛のように猛ダッシュで突っ込んできた。こちらに受け止めて貰おうとでもしたのか、それをヒラリと避けると相手の少女はバランスを崩してそのまま少女の前方にいた集団に突っ込んでしまった。
何事かと周囲に目線を向けられれば、突っ込んでしまった相手に「すいませんすいません!」と謝りながら立ち上がり、こちらへと戻ってくる。
「酷いじゃないですか狂三さん!なんで受け止めてくれなかったんですか!」
「お早う御座います響さん。そもそも、何故受け止めてもらえると思っていたのでしょうか?」
「そこはほら、私と狂三さんの仲じゃないですか」
「わたくしは知り合いだろうとそういったスキンシップはあまりとりませんわ」
「良いじゃないですか、狂三さんの方が腕っぷしはあるんですから…痛い!?」
「人を脳筋みたいな呼び方をするのは止めて貰えません?」
「そこまでは言ってないですよ?!」
立ち上がった少女は、狂三に掴みかかるかのように凄んでくる。
一人で荒ぶっている少女――緋衣響は、今年から狂三と共に入学する、知人兼サポート役(但し、役に立つとは言っていない)である。一年ほど前に出会ってから関係が続いており、今回も狂三が魔法科高校に行くと判った途端「自分も付いていく」と言い出してきたのだ。
正直付いてこられてもお邪魔…はっきり言ってしまえば足手まといなのだが、相手は絶対に譲る気はないだろうしこちらの邪魔をしないことを条件に同行を許したのだ。
その条件を本人は快く了承し、今も調子良さそうにこちらへと話し掛けてくるのだが…
「少しばかりウザイですわよ?」
「ストレートに酷いこと言わないでください!?」
「泣きますよ!?」と既に涙目になりながらも両手をバタバタとさせて感情表現をしてくる様を横目に本日二度目の溜め息を大きく吐き、入学式開始時刻まで刻一刻と差し迫ってきたのを確認して会場へ向けて歩き出す。
「ほら、もうすぐ開演時間です。行きますわよ」
「うー。狂三さんが相変わらず冷たいです…」
「寧ろ優しくされるとでも思ってらしたのでして?」
相も変わらず辛辣な塩対応で相手を往なしながら、会場へと足を進める。
暫く歩くと、大きなホールへと辿り着く。ホールの中へと入り、そのまま正面入口へと入ると、会場内はやはりというか、非常に広かった。
天宮市にある市民文化会館やコンサートホール張りの広さで、見渡す限りでは二階席もありそちらではテレビ局の関係者か、沢山のカメラで埋め尽くされていた。
「ほえー。凄い広さですね」
「ええ、そうですわねぇ。正直、わたくしはこんな広い場所よりももっと狭い方がいいですけれど」
「あー、まぁ確かにここまで広いとかえって落ち着きませんしねぇ。なんだかカメラも入ってきてますし」
「ここは日本屈指の魔法科高校なのですから、ああいうのは仕方ありませんわ。いつの世も、目立つ場所というのは衆目の中心になっておりますし」
そう呟きながら手頃に空いている席を探す。周囲を見ればそれなりに空席は有るのだが、前後丁度半分辺りで少し席の開き方に差がある。
よく見れば、前列には一科生が。後列には二科生が座っており、その真ん中を境目に一科と二科が綺麗に別れていた。
「あれ?なんで真ん中で別れてるんですか?」
「どうやら一科生と二科生で区切られているようですわね。といっても、見た感じでは意図的なものではなく無意識に別れたようですが。
差別意識を最も持っているのは、差別されている側とはよく言ったものですわね」
「はぁ。難儀な話ですね」
そうは言っても、二人も前列に行って余計に目立つ気もなければ、真面目熱心に入学式を聞く気も無かったので適当な後ろ席を探すのだった。
暫く歩いていれば、丁度良さそうに何人分か空いた席があった。
そして、その空席の横には先ほど合った少年――達也が座っていた。
「お隣、宜しいでしょうか」
「ん。あぁ、構わない…君は」
「ええ、先ほどもお会いになりましたわね」
優美な動作で隣席に狂三が座り、その横に響が座る。再び談笑に耽っていれば、今度は向かい隣から「あの…」と小さい声で呼び掛けられる。
「私、柴田美月と言います。よろしくお願いします」
「司波達也です。こちらこそ宜しく」
「時崎狂三と申しますわ。宜しくお願いしますしますわね、美月さん」
「緋衣響です。どうぞ宜しくです」
少しオドオドとした感じで話し掛けられる。どうやら美月は気が弱い性格なのだろうか、こちらが優しく返事を返すとどこかホッとしたように胸を撫で下ろした。
「あたしは千葉エリカ。よろしくね、司波くん。時崎さん、緋衣さん」
そして、美月の更に向こう隣に座っていた少女からも挨拶が来る。
ショートの髪型や明るいオレンジ色の髪やハッキリとした目鼻立ち、その喋り方から活発な印象を与える。
「こちらこそです。わたくしのことはどうぞ、お気軽に狂三とお呼びくださいな」
「オッケー。いやぁでもさ、チョッと以外だったな」
「以外とは、何がですか?」
「ほら、狂三ってなんだかお嬢様っぽいからさ、もうちょっと堅苦しい方かと思って」
「あー確かに、狂三さんは気品溢れてる感じがしてますもんね。でも狂三さん、割と庶民的ですよ?この前だって…」
「響さん、余計なこと言いますと後が怖いですわよ?」
「ハイすいません黙ります!」
こうして新しく出来た友人と会話をしていれば、入学式開始のブザーが会場内に鳴り響いたのだった。
舞台の幕は上がり、踊り子のダンスは始まる。
大衆の闇にひっそりと潜む少女の影は、前座の演目を踊りあげ始める。
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ということで最初っから出てきました、空っぽ少女です。
デート・ア・バレットもうひとりの主人公であるのですが、名前自体がある意味書籍のネタバレなんですよね。
狂三と絡ませるのならば一番弄り甲斐のあるキャラなので許してください。
ちなみにバレット要素は彼女だけなのであしからず。